輝利哉君のひ孫が大正時代にタイムスリップするお話 作:科学大好き人間
「しのぶさん。どう? 美味しい?」
「はい・・・ただ、稲葉君が作ってくれたバニラアイスクリームの方が美味しかった気がします。」
「えっと、しのぶさん。一応ここ高級ホテルのお店だし、周りに人がいないか確認してからそういうことは言ってね? 聞かれたらきっと怒られるよ?」
「はっ!! 申し訳ありません! つい本音が・・・!」
現在、僕らは都会のホテルで、超絶贅沢な晩御飯を食べていた。
エビフライ、スパゲッティ、ハンバーグ、クリームコロッケ、オムライス、ビーフステーキ、フレンチサラダ等等・・・そして最後にデザートのアイスクリーム。
TPOを考慮して、二人ともいつもの隊服ではない。そんなことをしたら100%目立つ。
僕は詰襟シャツの上から黒の着物と袴を履いていつもの若葉色の羽織スタイル。
対してしのぶさんは白色を基調とした紫の紫陽花柄の着物にいつもの蝶の羽織を着こんでいる。
ちなみにこれは鬼の調査を目的とした潜入任務・・・とかではない。普通に休暇である。
ことの発端は、一ヶ月前、カナエさんからの指摘により始まる。
まず、僕としのぶさんは晴れて恋仲となったものの、せいぜい客間、縁側で談笑するのみ。
強いて他に挙げるなら、僕が不死川さんとの稽古に向かう途中、おはぎを大量購入するために、行きつけの和菓子店にしのぶさんを連れていくくらいだ。カナエさんもいるけど。
付き合い始めて二か月が経過するころ、ついにカナエさんが動き出す。
『なんで今までとそう大差ないのよ二人とも!! 少しは恋人らしいことしたらどうなの!?』
どうやら、カナエさんはもっと僕たちの仲を深めてほしかったようだ。
僕はてっきり『イチャイチャするならよそでやれ!』的なことを言われると思っていたのに、まさかの逆の指摘だったとは・・・
しかし、僕は小中学校で年上のお姉さんにどっか連れられていくことはあってもその逆の経験はない。
しのぶさんも恋愛は初めてのため言わずもがな。
正直、二人ともアプローチのかけ方なんて知る由もない。
下手に距離感を間違えると、またしのぶさんが恥ずかしがってどこかに飛んでってしまう。
流石蟲柱とつい思ってしまったことは内緒だ。あまりにも失礼過ぎるから。
そうして、時間だけが過ぎていくと、やがて僕としのぶさんの休暇日が2日連続で重なった。
柱二人の休暇がたまたま2日連続重なるなんてことはまずありえない。
しのぶさんが不審に思い、カナエさんに問い詰めた。すると、
『お館様に頼んで、二人の予定を開けてもらったわ。うふふ~。』
とかなんとか言ってた。つまり僕ら二人の関係は、産屋敷家全員に筒抜けとなった。何してくれてんのあの人!?
そこからカナエさんがうまいこと蝶屋敷の仕事を切り盛りした結果、その2日間だけは、しのぶさんがいなくても大丈夫な体制になった。
まあ、それでも僕の生産ノルマはカナエさんにはどうしようもないため、代わりに輝哉さんの鶴の一声で、生産員は一斉休暇日となった。
いやさ・・・あのお姉様は一体何者なのよ。お館様顎で使ってんじゃん。
まあ、僕も以前、バニラアイスの材料探しに産屋敷家の人員大量に巻き込んだ過去があるから強くは言えないけど。
あれ・・・もしかして、僕とカナエさんってやってること同じ!? うわあ・・・すっごい自己嫌悪感が湧いてくるんだけど・・・
「稲葉君? どうしましたか? 体調でも悪いのでしょうか?」
僕がカナエさん絡みで頭を悩ませていたら、目の前で心配そうにしのぶさんが見つめてくる。
「大丈夫だよ? ちょっと考え事をしてたんだ。」
「考え事・・・ですか。稲葉君の『大丈夫』はあまり信用ならないですからね。何を考えていたか教えてもらってもいいですか?」
うん・・・顔に出てたかな・・・ものすごく心配していらっしゃる。あんまり悲しそうな顔しないでほしいな・・・
僕は取り繕っても無駄だと思い、考えていたことを正直に話した。案の定、しのぶさんは苦笑いしている。
「あはは・・・姉さんには困りものですね。」
「まあおかげでしのぶさんと二人でお泊り旅行みたいなことできてるんだけどね。そこはまあ、感謝かな?」
「ええ。姉さんに帰ったらお礼を言わないといけないですね。」
「多分しのぶさん、帰ったら根掘り葉掘り聞かれるよ。覚悟しとかないとまずいんじゃない?」
「え!? なんですかそれ嫌です!!」
しのぶさんが急に慌て始める。う~ん。言わなければよかったかな。でも今のうちに備えておいた方がいい気もするしなあ。
僕はそんなことを思いながら、この後の予定に考えを巡らせる。
さて、ひとまずデザートも食べたし、そろそろ部屋に戻る感じかな?
僕はある程度、洋式のホテルに慣れてるけど、しのぶさんはそうもいかないだろうし、いろいろとリードしなきゃいけないんだろうなあ。
とは言え、大正時代のホテルが現代と全く同じなわけないし、ところどころはホテルマンに聞くしかないだろう。
一応、このホテルは産屋敷家の関係者が経営しているそうで、輝哉さんが部屋を取ってくれているらしい。
最初、蝶屋敷から都会まで徒歩で移動するのしんどいな、どうしようとか考えていたのに、休暇の当日屋敷の前に馬車が停まってて度肝を抜かれた。
この時代、ホテルが馬車で迎えに来るなんて、相当のお得意様か目上の身分の人限定のはずなんだけど。
正直、しのぶさんも想定外の待遇に途中まで小鹿のように震えていた。うん。気持ちはわかる。よくわかる。
そして、馬車の人から輝哉さんの手紙を預かったのだが、内容を読んで唖然とした。
輝哉さんは今回僕らのためにホテルを予約し、観光地のピックアップまでしてくれていたのだ。めっちゃくちゃノリノリである。
『日ごろ君達が鬼殺隊を支えてくれていることを本当に感謝している。これを機にしっかり羽根を伸ばしてきなさい。ただし、くれぐれも羽目を外し過ぎないように。』
うん。文章に記載されるこの相反する内容はつまりそういうことだろう。情緒が発達しきってないと言われる僕ですら余裕でわかる。
じゃあなぜ、よりによってホテルなんか予約しているんだ輝哉さんは。むしろ期待してるんじゃないかこれは。絶対あの人楽しんでるよ。今頃笑ってるんじゃないかな?
僕がそんなことを思い出しているうちに、目の前に座っているしのぶさんも落ち着いたようで、こちらの様子を伺っている。
「うん。それじゃあ行こうか。」
僕らは食事を終えて、ホテルの部屋へ戻った。
部屋の内装もどこか高級感があり、窓からは東京の街並みの様子が見える。
現代と違い、そこまで派手な夜景でもなかったが、しのぶさんは感激していたようだ。ならいいか。
部屋には書斎棚、化粧棚、椅子、ソファーと並んでおり、奥にはシングルベッドが二つ。
流石にこれでツインベッドだったら僕はカナエさんをはっ倒すか、輝哉さんに物申しに掛け合っていただろう。
正直、あまりそういうことは乗り気になれない。小学校の頃、そういうホテルに連れ込まれそうになったことがあるから若干トラウマだ。
あの時雁哉が気づいて助けを呼んでくれなかったら今頃どうなっていたか。いや、考えるのはよそう。
まあ、恥ずかしがりやなしのぶさんが僕にそういう意味で襲い掛かることなんて、天地がひっくり返ってもないだろうけど。
そんな失礼なことを考えながら椅子に腰を下ろした。
しのぶさんは部屋の周囲をキョロキョロ見渡している。洋式のホテルはやはりもの珍しいのだろう。
やがて、しのぶさんは僕とベッドの方を交互に見て口を開いた。
「あ・・・あの・・・仕切りとかはないのでしょうか・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・なさそうだね。」
うん。やはりしのぶさんの恥ずかしがりの度合いは相当なものだ。
輝哉さん・・・どうして部屋を二つに分けてくれなかったんでしょうか・・・
いや、せめて和式の旅館であれば、ふすまで仕切るとかいろいろとやりようがあったはずなんだけど・・・
「あの・・・ふすまとかは・・・?」
それちょうど僕が考えてたやつ・・・
「洋式にふすまの文化はないだろうね。せめてカーテンがあればね・・・」
「や・・・やはり恋人同士だと世間一般的にこういうお部屋に泊まるものなんでしょうか・・・?」
「・・・まあ分ける人は少ないんじゃないかなあ・・・よほど事情がある人達以外は・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
気まずい沈黙が続く。しのぶさんは緊張しているのか、椅子に座ろうともしない。
流石に可哀そうなので、僕は一度立ち上がり提案する。
「部屋に人がいると寝れない人っていると思うし、しのぶさんがそうなら僕は夜どこかで時間潰してくるよ。」
「あ、いえ!! そこまでしていただくなくても結構です!!」
「ああ・・・そう・・・じゃあどうしようか・・・」
これはもう手詰まり過ぎるでしょ・・・いっそ夜通し起き続けて、明日さっさと帰って仮眠とるべきか・・・?
「しのぶさんはどうしたい?」
「わ・・・私ですか?」
「うん。」
もう僕にはいいアイデアが思い浮かばない。ならもう本人の好きなようにさせてあげるしかないのでは?
「だ、大丈夫です! これも経験だと思うので!! べ、別に一緒のお布団で寝るわけではないので問題ありません!!」
なんか結局一人で納得してた。なんかあれこれ考えすぎて疲れたな・・・今日はさっさと寝よう・・・
「了解。それじゃあ僕はもう眠るから。明かりはしのぶさんが眠る直前に消してもらっていいからね。」
「え? もう眠るのですか? できればその・・・もう少しお喋りしたいのですが・・・ダメでしょうか?」
う・・・上目遣い・・・だと・・・。
やめてしのぶさん。それは僕に効く。やめてくれ。
これを狙ってやっていたとすると、なかなかの策士だ・・・
「わ・・・わかった。しのぶさんが満足するまでは起きてるね。」
「あ、ありがとうございます・・・!」
それから僕らは、とりとめもない世間話を交わし、談笑した。
やがて、夜も深まってきたので、僕らは交代で部屋のお風呂で体の汗を流し、歯磨き等必要なことを済ませて、就寝の準備をした。
「ねえ、稲葉君。明日なんですけど、どこに行きたいですか?」
「う~ん。そうだね。ここから近くて、比較的徒歩であれこれ見れるところがいいかなあ。」
「そうですか。それでしたら・・・」
しのぶさんは輝哉さんの手紙に書いてあった観光地の中から一つを選んだ。
「浅草なんかはどうでしょうか? きっといろいろ見るものがあって楽しいですよ?」
続く
浅草・・・何やら不穏な気配が・・・という感じで続きは次話に回します。
うっかりマイケルジャクソンみたいな人に会わなければいいのですが・・・
果たして二人は平和に休日を満喫することができるのでしょうか!?
ちなみに紫陽花には色によって多種多様な花言葉があるみたいですね。青や紫はネガティブな意味合いも多いのですが、「辛抱強い愛」という意味も含まれているそうです。
とあるドイツの男性医師と日本の女性の遠距離恋愛が由来だそうです。
しのぶさんはドイツ語の医学書を読める女性で、カナト君は遠い未来から来た男性ということで、二人にぴったりかなと思い、今回しのぶさんにそれを象徴する紫陽花柄の着物を着てもらいました。