輝利哉君のひ孫が大正時代にタイムスリップするお話 作:科学大好き人間
「姉さん。今日は何の集まり? 稲葉君もいるってことは何か重要な話?」
現在、私は蝶屋敷の離れにある仏間に呼び出されていた。
以前、ここに三人で集まった日の夜に上弦の弐と接触したことは、今でも忘れられない嫌な思い出だ。
だからか自然と体がこわばる。姉さんもどこか真剣な表情で座っていたから尚更だ。しかし、対照的に稲葉君はどこか呆れたような表情でこちらを見てくる。
「しのぶさん。別に大した話じゃないから、そんなに緊張しなくてもいいよ。」
「もう! 稲葉君ったら! とっても重要な話なんだからそんな風に言っちゃダメじゃない!」
「? どういうこと姉さん?」
私は姉さんの正面に座る。稲葉君の言葉が気になる。一体なんの話なのか・・・
「しのぶ。落ち着いてよく聞きなさい・・・実はね・・・最近カナヲの様子がおかしいのよ!」
「カナヲが!?」
姉さんは変わらず真剣な様子。対して稲葉君は苦笑いを浮かべている。
「別にカナヲちゃんだってたまには髪をとかしたり整えるぐらいのことするでしょ? もう十五の女の子なんだから。」
「カナヲが髪を!? 姉さんそれ本当なの!?」
「本当よ! 昨日私見たもの! 私の部屋の化粧棚の鏡の前で、半刻以上ずっと髪をとかしては整えてを繰り返していたんだから!」
「絶対おかしい! 何かあったとしか考えられないわ!」
「しかもそれだけじゃないのよ? 稲葉君に確認したら、庭の花を何本か用立ててほしいってカナヲに頼まれたみたいなの! 信じられる!?」
「カナヲが花を!? 本当に!?」
「あの~、二人ともさぁ、カナヲちゃんのことなんだと思ってるの? 年頃の女の子が身だしなみや生け花に関心持つのって普通のことでは?」
「普通じゃないわよ! あのカナヲよ!? きっと何かあったに違いないわ!! 私今から問い詰めてくる!!」
「ちょっと待ちなさい、しのぶ。そこまでしたらカナヲが可哀そうじゃない? だから今三人で作戦会議してるのよ?」
「作戦会議って・・・一体何を話し合うっていうのさ・・・」
稲葉君は心底呆れている様子。しかし、彼は事の重大さを理解していない。あのカナヲが自分で自分の身なりを整える・・・!?
今まで私たちが手入れしてあげないと、寝ぐせだって直さないような子だったのに、そんなこと考えられないわ・・・!
きっと何か理由があるはず・・・!
「しのぶ。私一つだけ心当たりがあるの・・・もしかしたらなんだけど・・・」
「何!? 姉さん、もったいぶらずに教えて!!」
姉さんは一呼吸置きその想定を話す。
「もしかして、恋なんじゃないかしら?」
「恋!!?? カナヲが!!??」
「いや、だから、カナヲちゃんのことなんだと思ってるの? しのぶさんもカナエさんもさぁ・・・」
「いやいや!! あのカナヲよ!? そもそも男の子と親しそうに話してるとこなんて見たこと・・・あっ!!」
私は、そこまで口にしてようやく心当たりを思いついた。
「もしかして、最終選別の時なの!?」
「そうよ、しのぶ。きっとその時、他の子と接して恋に落ちたんだわ、きっと・・・!」
「いやいや! ないないない!! あのカナヲよ!!??」
「いや、だからさ、カナヲちゃんのこと・・・はぁ・・・もういいや・・・」
いよいよ稲葉君が呆れを通り越して、何も発言しなくなった。私も言い過ぎたと思い、咳ばらいをする。
「で、では・・・そうなると、お相手は誰かという話なんですが・・・稲葉君心当たりはありますか?」
「えぇ・・・なんで僕にそんなこと聞くの?」
「だって! カナヲに庭の花をねだられたぐらいだし、何か気づいてても可笑しくないでしょう!? 正直に白状してください!!」
「いや・・・白状もなにも・・・これと言って気になることなんて・・・あっ・・・」
「!! 何か思い当たることが!?」
「イ、イヤ。ナニモシラナイヨ?」
「い~な~ば~く~ん? 今すぐ正直に言えば許してあげるわよ~?」
稲葉君は姉さんから問い詰められて滝のような冷や汗を流している。少し可哀そうだが、ここは姉さんに便乗するしかない!
「知ってることがあるなら、ちゃんと話してください! 秘密にするなんてずるいですよ!?」
私は稲葉君の肩を掴んで思いっきり揺らす。彼は目を回してる。
「カ、カンベンシテヨ・・・」
「言うまで許しませんよ! さあ! 白状して下さい!! お相手の名を!!」
「いや、本当に相手が誰かは知らないって! でも、藤重山でカナヲちゃんは他の子たちを助けてたって言ってたから、きっとそれを率先してやり始めた子なんじゃない? 知らんけど。」
「な・・・なるほど・・・」
私が稲葉君を解放してあげると、彼はゆっくりと回復の呼吸をしていた。あれ? そんなに強く揺すったかしら、私。
「じゃああとはそれをしてた子を特定するだけね! お手柄じゃない稲葉君!」
「・・・どうも・・・」
姉さんは満面の笑みで稲葉君にお礼を言うけど、稲葉君は全然嬉しくなさそう。どちらかというと安堵してため息をついてる感じだ。
「うふふ~。カナヲは案外恥ずかしがらずにすぐその男の子とくっついちゃうかもしれないわね~。しのぶも先を越されちゃわないよう急がなきゃね~。」
「? 急ぐって何をよ?」
「ふふふ~。カナヲももう十五よ~? お相手の男の子が十七になったらすぐに祝言をあげるかもしれないわね~。」
「!!?? そんなわけないでしょ!!?? カナヲが祝言なんてまだまだ早いわよ姉さん!!」
「うふふ~。そうかしらあ。しのぶは奥手だから、姉さんカナヲよりあなたの方が心配だわ~。」
「わ、私は柱だし! おいそれと結婚なんてできないわよ!! しょ、将来的には考えているけれど・・・///」
「あらあら~。だって、稲葉君。しのぶはこう言ってるけど、あなたはどうなの~? 私、気になって夜しか眠れなくなりそうだわ~。」
「姉さん・・・それって普通に眠れてると思うわ・・・」
「うふふ~。でも気になってるのは本当よ~。稲葉く~ん。どうなのかしら~?」
私が稲葉君の方を見ると、私たちとは対照的に彼の表情は暗かった。
「・・・まじめな話をすると、産屋敷家の許可が下りた相手じゃないと僕は結婚できないと思う。
僕は養子だし、家の方針に対して異を唱えることは難しいかな。特に雁哉には話を通さないとダメだろうね・・・」
「あら、つれないわね~。そんなことを言ったらしのぶが可哀そうよ? もっと気の利いたこと言えないのかしら?」
すると、稲葉君はその場を立ちあがり、部屋を出ようとする。
「ごめん。生産拠点に行く用事があるから、先に帰らせてもらうね。」
そうして、彼は私が声を掛ける前に行ってしまった。私たちの会話が気に障ったのだろうか。稲葉君にしては珍しく不機嫌だった気がした。
「しのぶ! 何してるの!? すぐ追いかけなさい!!」
「姉さん!?」
「明らかに様子が変よ、稲葉君。変にぎくしゃくする前に、本音を聞いてきた方がいいわ。」
こういう時、私より姉さんの方が察しが良かったりする。経験の差によるものだろうか。
私はすぐに稲葉君の後を追いかける。
「稲葉君! 少し待ってください!!」
彼は蝶屋敷を出るところだった。彼は私を一瞥して立ち止まる。
「その・・・ごめんなさい・・・私たちだけ一方的に舞い上がってしまって・・・気に障ったなら謝ります・・・」
「別に気に障ったわけじゃないよ。気にしないで。」
彼の表情はなんというか複雑そうだった。一体稲葉君は今何を考えているの?
「稲葉君・・・聞いてもいいですか?」
私が恐る恐る聞くと、彼はこちらに正対する。
「その・・・稲葉君は将来的に結婚などは考えていますか・・・?」
うう・・・重い女だと思われたらどうしよう・・・でも、明らかに結婚の話題が出てから様子がおかしかったし、今聞かないと・・・
「そうだね。僕もできることなら将来結婚して夫婦になりたいと思ってるよ。しのぶさんと・・・」
「っ!!」
彼からこんなに正直にはっきりと気持ちを聞いたのはこれが初めてかもしれない。私は思わず胸が高鳴る。鼓動が速くなる。
「そ、そうなのですね・・・とても嬉しいです・・・!」
「ただ・・・」
「っ!?」
彼は一体、なにを言うつもりなの・・・!? それが怖くて体がこわばる。
「しのぶさんは僕と結婚できたとして、幸せになれるのかな・・・」
「え・・・ど、どういう意味ですか・・・?」
そんな突拍子もない彼の言葉に私は間の抜けた声でしか答えられない。
「うん。僕は痣が出てるし、寿命も長くない。しのぶさんのことを考えると、一緒になっても先の長い将来で悲しい思いをさせるんじゃないかな・・・」
「そっそんなことありません!! たとえ短い時間でも、私がそばに居たいんです!! 稲葉君は嫌なのですか・・・!?」
「・・・」
どうして答えてくれないの? どうしてそんな悲しそうな顔をするの? そんな彼を見てると胸が苦しい。締め付けられるようだ。
そんな私の様子を見て、ようやく彼は口を開いた。
「ねえ、しのぶさん。もしもさ・・・僕がこの時代の人間じゃないって言ったら・・・どう思う?」
「え・・・」
どうしたの急に・・・彼は一体なんの話をしているの? 意味が理解できない。私の唖然とした顔を見て、彼はクスリと笑う。
「ごめん。今のは忘れて。しのぶさんが心配そうにしてたから、つい紛らわせようと思って、つまらない冗談を言っちゃったよ・・・ごめんね。」
「あ・・・い、いえ。・・・冗談・・・だったのですね・・・」
「うん。ごめんね。変なことを口走って。僕はしのぶさんと一緒に居られて幸せだよ。いつもありがとうね。」
「・・・」
そうして彼は背を向けて、蝶屋敷をあとにした。
私は彼の言葉を反芻した。『この時代の人間じゃない』っていう言葉がとても気になった。
冗談って言ってたけど、その時の彼の表情は真剣そのもので・・・とても辛そうにしていたように見えた・・・
この時私は彼の真意がわからず、ちゃんとそれを確かめておけばよかったとのちに後悔した。
続く
終わりを少し不穏な感じにしてすみません。ラストの結末に向けての伏線みたいなものなので何卒ご容赦ください。