輝利哉君のひ孫が大正時代にタイムスリップするお話 作:科学大好き人間
「はい。どうぞ。」
トクトクっと注ぎ、シュワシュワと音が鳴る。私の好きなジンジャーエール。
「ありがとうございます。何から何まで用意いただいて・・・」
「かまわないよ。しのぶさんに喜んでもらえるならね。」
彼の言葉に胸が高鳴る。私は頬を赤くし少しの間俯く。やがて、彼が隣で外を眺めて呟く。
「今日も月が綺麗だね。」
「はい・・・」
暫く沈黙が続く。よく私が言葉にしているので、彼も真似たのだろうか。
「あれ? しのぶさん、夏目漱石知らない?」
「? もちろん知っていますが、それが何か?」
彼は急にそんな偉人の名前を出す。一体どうしたのだろう。
「ん~・・・著書にそう書いてあったわけじゃないんだけど、夏目漱石は英語教師をしてた時に、生徒たちが『I love you.』を『我君を愛す』って訳したのに対して、
『日本人はそんなことは口にしない。月が綺麗ですねとでも訳しておきなさい』って言った逸話があるらしくて。だから、今のはしのぶさんに対する愛のささやきのつもりで言ったんだけど、どうやら通じなかったみたいだね。」
「ええっ!? そんな言い回しがあるんですか!? 私口癖でよく周囲に言ってますよ!?」
「まあ、実際そんな著書もないし、明記された書物もないからきっと誰かが何かを勘違いしてそう言い伝えを残しただけだとは思うんだけどね。だから平気じゃない?」
「そんな・・・もし一人でも勘違いさせてしまっていたらどうしましょう・・・私が好きなのはカナト君唯一人なのに・・・」
「あはは・・・まあしのぶさんが知らないってことはきっとみんなも知らないよ。それに鬼殺隊の中では僕らの関係は殆ど周知の事実だしね。」
「それなら良いのですが・・・今度から気を付けます・・・」
暫くカナト君は私を見て笑っている。私はからかわれてるんじゃないかと悔しくなり、カナト君の指に自身の指を絡ませる。
「わ、私も・・・カナト君のことを愛していますよ///・・・とっても・・・///」
「・・・しのぶさん・・・」
彼は目を丸くする。私みたいに簡単には赤面してくれないのが悔しい。
「ねえ、カナト君。下の名前で呼ぶ以外に、私に何かしてほしいこととかないんですか? 私、今日のお礼がしたいです。もらいっぱなしなんて・・・そんなのずるいじゃないですか?」
「いや、僕は別に構わないけど・・・」
「私が構うんです。何かないんですか? 昼間だってずっと下の名前で呼んでるんですから、そろそろ他のお願いもしてくださいよ・・・///」
私は頬を赤らめながら、彼にそう問いかける。彼は一度顔を背け、月を眺めて考えているようだった。
「じゃあ一つだけ・・・」
「もう・・・一つと言わず、いくつでも構いませんよ?」
「じゃあ、まず一つ。しのぶさんに抱いてほしい。」
彼はそうぽつりとつぶやく。私は彼の意図がわからず硬直する。
「え、えっと・・・それはつまり・・・どっちの意味で言ってますか???」
私は焦る。私が今思い浮かべたことだったら、恐らく実行する前に私は全身から火が出るような恥ずかしさで冷静でいられなくなるだろう。けど、当然と言えば当然だが、彼は一般的な意味のお願いをしてたらしい。
「ただ、しのぶさんに抱きしめてもらいたいんだ・・・母が我が子を愛しく思うかのように・・・ダメかな?」
彼はどこか寂しそうな幼い子供のような目で私を見つめていた。その目に浮かんだのは孤独とも言うべき寂しさだろうか。私はすぐさま、彼の顔を胸にうずめるように抱きしめる。
「・・・こうですか? これで合ってますでしょうか///?」
私は顔が真っ赤になっている確信があるほど、自身に熱を感じていた。でも、彼がようやく私にしてくれたお願いなのだ。無下にはしたくなかった。
カナト君から一瞬突然のことで驚いた気配がしたが、やがて安心したのか、そっと目を閉じて安らぐような気配に変わった。
いつまでそうしてただろうか。月が徐々に高くなり、時間の経過を感じる。
「ありがとう、しのぶさん・・・僕の願いを叶えてくれて・・・」
「えっ?」
彼の突然の言葉に、私の体は一瞬跳ねる。けど、抱きしめる手はそのままに、彼の次の言葉を待った。
「僕は・・・本当は・・・こうして誰かに抱きしめてほしかったんだ・・・ずっと・・・子どものころから・・・」
「カ、カナト君・・・?」
「・・・僕は六つの時、両親を亡くした。それから産屋敷当主の意向で養子に入り、雁哉と一緒に育てられた。最初のうちは雁哉は僕のお兄さんとして、僕を何度か抱きしめてくれた。
でも一年やそこらでそれもなくなった。幼いとはいえ、いつも男の子同士で抱きしめ合ってたら周りの目だって気になるからね。」
「・・・?」
「それ以降・・・僕の心を包み込んでくれるような人はいなかったように思う・・・雁哉は頼れるお兄さんだけど・・・やっぱり兄ってそういうことをする立場じゃないからね・・・
ずっと寂しかった・・・誰かに愛情を注いで欲しかった・・・死んだ父や母のことが恋しくて堪らなかった・・・でも僕はその思いに蓋をし続けて来た・・・あんなことがあったから・・・」
「あんなこと?」
「年上の女性に建物に連れ込まれて手を出されそうになったことがあるんだ・・・僕は母が恋しくて、子供の頃、学校帰りに道端で優しくしてくれた知らない大人の女性に心を開いた・・・そうして起きた事件で・・・」
「っ!?」
「建物に連れ込まれた時点で雁哉がすぐ警察を呼んでくれて大事には至らなかったけど・・・それ以降ずっと年上の女の人が怖かった・・・でもずっと母のような人が恋しくて堪らなくて・・・
ずっと自分の気持ちを押さえつけて来た・・・これまでずっと・・・」
「・・・カナト君・・・」
「だから・・・今だけは・・・それが叶ったように思う・・・しのぶさんは僕の恋人だけど・・・年下だけど・・・僕の頼れるお姉さんみたいな人だから・・・ようやく叶った・・・そんな気がする・・・」
「・・・っ!」
私は抱きしめる力を少しだけ強める。彼の声が泣きそうにか細かったから。まるで今にも消え入りそうだったから・・・
「ありがとう、しのぶさん。僕に愛を注いでくれて・・・空っぽだった僕に愛情を注いでくれて・・・」
「・・・お礼なんて・・・私はただ自分の正直な気持ちをカナト君にぶつけてるだけですから・・・」
まるで、幼い男の子のようになってしまった彼をそのまま抱きしめ、頭をそっと撫でる。私の愛が彼に少しでも伝わるように・・・
そうして暫くして、冷たい風が吹いた。秋とは思えないような・・・まるで真冬のような空気に触れたような気がした。私は身震いすると、彼がはっとする。
「ごめん、しのぶさん。寒いよね? 中に入ろう。」
「そうですね。中で暖かくしましょう。」
そうして私たちは部屋に戻り、就寝前の準備をする。
彼の寝室の横に客間があり、その間にはふすまで仕切りができるような間取りだったため、私たちはふすまを開けた状態で並んで布団を敷く。
「それじゃあ、お休み。さっきはありがとね? おかげでぐっすり眠れそうだよ。」
「あ・・・その・・・」
私は、彼がふすまを閉めようとした瞬間立ち上がって手を伸ばし、それを遮る。
「? しのぶさん?」
私の胸には様々な感情が混ざり合い、溢れそうだった。
彼のことが好きで堪らないという気持ち、彼に寄り添って包み込んであげたい気持ち、そして・・・
彼と肌を重ね合いたい願望が大きく渦巻いていた・・・
「カナト君・・・一緒のお布団で寝ませんか? 今日は秋にしてはとても寒いので、寄り添い合って眠りたいです・・・///」
「し、しのぶさん?」
私は自身の欲求を抑えられないでいた。
でもカナト君がいけないんですよ? 今日一日で何度私の気持ちをとめどもなく溢れさせてきたことか・・・
「私が一晩中抱きしめてあげます・・・/// カナト君の願望を叶えて上げます・・・/// ですから・・・いいですよね?」
私は今、きっと悪い女の顔をしている。自分の欲望をカナト君の為だと嘯いて隠して、誤魔化そうとしているのだから・・・
「・・・しのぶさんは・・・いいの? 恥ずかしがりなしのぶさんなら・・・そいうのはてっきり苦手だと思ってたんだけど・・・」
「カナト君になら・・・構いませんよ? もしカナト君が望むなら・・・私は何だってして差し上げます・・・///」
私はそう言って、彼に迫る。彼は目を見開いて、私の肩に手を置いて私を制止する。
「添い寝するだけ・・・なんだよね? 念のため確認しておくけど。」
彼は冷静だった。どうして? 私はこんな風になっているのに。きっと私の表情を見て、彼だって察してるはずなのに・・・
やっぱり彼はそういう行為に抵抗があるのだろうか・・・子どもの頃の恐怖的な体験があるから・・・
なら・・・しょうがないけど我慢するしかない・・・彼を傷つけたくないもの・・・
私は必死に自分の気持ちを胸に押し込んで何でもないよう装った。
「・・・はい・・・もちろん添い寝だけです。念のため、姉さんにそういう時のためにと渡されているものがありますが・・・カナト君の気持ちをないがしろにしてまでしようとは思いませんよ?」
「ん? どういうこと? 何を渡されたって?」
私は姉さんに渡された箱も持ってきて、中身をカナト君に見せる。カナト君は呆れて物も言えないような顔をしていた。
「全くあの人は・・・出歯亀根性極まれりだよ・・・尚更今日はそういうことしたくなくなったよ・・・しのぶさんには悪いけど。」
「いえ・・・何度も言うようですが、カナト君の気持ちを尊重したいので・・・」
「わかった。それじゃあ一緒に眠ろう。しのぶさんに添い寝してもらえるなんて、こんな幸せなことないよ。」
「カナト君・・・」
私たちはそのまま同じ布団で一緒に横になる。暖かい。彼の体温を感じるだけで、さっきまでの渦巻くようなどうしようもない感情が少しだけ収まった気がする。
「じゃあ、電気消すね。お休み、しのぶさん。」
「はい、おやすみなさい。カナト君。」
部屋は暗室になり、二人とも目を瞑る。お互い向かい合って抱き合う。やがて、カナト君の体温を感じられるだけでも充分な気がしてきた。
ああ・・・幸せ・・・こんな時間がいつまでも、いつまでも続けばいいのに・・・眠って目が覚めたら、鬼なんて全部いなくなってしまえばいいのに・・・
そう思いながら、私は意識を手放した。
ー血鬼術 冬ざれ氷柱ー
突如として、屋敷の外から無数の落下物の音が鳴り響く。私もカナト君もすぐさま覚醒する。
彼はすぐさま、傍にある日輪刀と無線機を担ぐ。
私がやや遅れて起き上がると、屋敷にも無数の氷の支柱のようなものが天井を突き破り落下してくる。
「しのぶさん!! 脱力して!! ちょっと抱きかかえるよ!?」
彼の反応は速かった。もしかしたら私と違って完全には眠っていなかったのかもしれない。私は異常事態なのにも関わらず、そんなことしか考えられない。
私はカナト君に抱きかかえられたまま、屋敷の外に連れ出される。そしてようやく、何が起きたかを認識した。
「これは・・・童磨の血鬼術!!??」
「そうだね・・・ほんとあいつ・・・空気読まないよね・・・人が安心しきっているところにこの仕打ち・・・本当に許せないんだけどっ!!」
彼はいつもの穏やかな口調ではなかった。それほどに、はらわたが煮えくり返る思いなのだろう。私も事態が呑み込めてきて、全身を駆け巡るほどの不快さと怒りがほとばしる。
「しのぶさんは日輪刀持ってきてたっけ?」
「すみません・・・蝶屋敷に置いてきたままです・・・」
「わかった。大丈夫。しのぶさんは僕が命に代えても守るよ。」
「ダメです。絶対死なないでください。約束してください。」
「・・・わかった。絶対二人で生き残ろう。」
彼の決死の言葉を聞いて、私はすぐに訂正させる。こんな形で彼とお別れなんて死んでも御免だ。
「とにかく無線機で状況を報告しよう。まずは産屋敷邸に。それから最寄りの蝶屋敷へ。不死川さんもいるし、入院中だけど宇随さんもいる。柱4人なら童磨を抑え続けるくらいわけないはず!」
「わかりました! 無線機預かりますね。カナト君は周囲の警戒を。」
彼は無線機を私に預け、矛を構える。怒りで握力も増してるのか、すぐに日輪刀の刃は真っ赤に染まる。
「こちら、花屋敷。童磨らしき鬼の襲撃あり。蟲柱と草柱で時間を稼ぐので、至急応援を。返信求む。」
定石通り、産屋敷邸に連絡を飛ばす。出てくれたのは恐らくあまね様だ。私は一度無線を切る。そうしてすぐに蝶屋敷に連絡を取ろうとしたのだが、逆にこちらに無線が掛かってきた。
「こちら第一生産拠点!! 報告にある童磨と思われしき鬼の攻撃を受けています!! 至急草柱様に応援を!!」
「なんですって・・・!? わかりました! 生産員は直ちに撤退!! 人命優先で拠点を放棄しなさい!! こちらも襲撃を受けているため救援は暫く時間が掛かります!!」
すぐに無線を切るが再び連絡が。
「こちら第二生産拠点!!第一拠点と同様襲撃を受けています!! このまま撤退します!!!」
無線はすぐに切れる。一度に三か所も同時攻撃? 一体どうやって・・・
「カナト君!!」
「大丈夫聞こえてるよ!! きっと童磨の結晶ノ御子だ!! 最大7体まで出せるからここら一帯の鬼殺隊施設を襲ってるんだ!!」
「では蝶屋敷は・・・!!」
「恐らく襲われる可能性が高い!! 花屋敷は放棄する!! すぐに蝶屋敷に向かうよ!!」
私たちは花屋敷から撤退する。屋敷の周辺を遠くから見てわかった。童磨の姿はなく、結晶ノ御子らしき人形が一体だけで破壊活動をしていた。
「あれを破壊しなくて良かったんですか!?」
「壊しても、すぐ童磨は生成できる!! 無視して蝶屋敷に向かおう!!」
やがて私たちは蝶屋敷に到着し、不死川さんとカナエさんに合流する。
「しのぶ!!」
「姉さん!? 大丈夫!? ここは平気!?」
「今のところはね! でも大変なことになってて・・・」
「不死川さん。花屋敷並びに生産拠点が複数同時に襲われています。そちらの掴んでる情報は?」
「オイオイ、マジかよ、そりゃあ・・・稲葉ァ、落ち着いて聞けェ。実はな・・・」
不死川さんから信じられない事実を聞く。
「現在、刀鍛冶の里、隠の遠距離支援部隊の宿舎も同時に襲撃されている・・・どちらも上弦の鬼らしき襲撃を受けてるとのことだァ。」
「は・・・?」
僕は事態の深刻さに戦慄するしかなかった。
続く
幸せモードから一転、冷水を浴びせられるような展開にしてしまい申し訳ありません。まあ本文中では実際冬ざれ氷柱を浴びてはいるんですが(黙らっしゃい)。ただ、そろそろ話を進めないと100話までに完結しなくなってしまうため、このような展開になりました。
次回のさらに次回からは、刀鍛冶の里(?)編ということで、オリジナル追加要素として複数拠点への上弦同時襲来となります。話数を重ねるごとに展開がハードモードになっていってるので、最終章どうなるんだろうと我ながら戦慄してます(汗)
それと前書きでも告知しましたが、次回は番外編となります。サブタイトルは「猗窩座と黒死牟」です。鬼側で今まで何が起きていたのか描写します。加えて刀鍛冶の里(?)編終了後にも再度番外編を投稿予定です。本編に関わる内容なので、お付き合いいただければ幸いです。