輝利哉君のひ孫が大正時代にタイムスリップするお話 作:科学大好き人間
「すごいです! 稲葉さん! 本当にひとりでに動いてますよ!」
「うん。ようやく形になったかな。血や泥の汚れとかなければ、問題なく洗えそうだね。」
僕は今、自作の洗濯機が問題なく動いてるかをアオイちゃんと二人で確認している。
大正元年から日本の電気の普及率は一気に高まっていたことが幸いした。
もしそうでなければ、動力源を自力で確保しなければいけなかったから、こう早くは完成しなかっただろう。
「よし、問題なさそうだね。もし壊れたり、動かなくなったらいつでも教えて。任務で昼間から移動してる日とかでなければすぐに直せると思うから。」
「はい・・・! 本当に、ありがとうございます・・・! しかし、よろしかったのでしょうか? 稲葉さんにとっては、私たちの負担をなくすこと以上に、優先すべきことがあったのでは・・・?」
心底嬉しそうな笑顔から一転して、アオイちゃんは申し訳なさそうにこちらを見上げてくる。
確かに、雁哉にも似たようなことは言われた。
しかし、今まで、蝶屋敷の洗濯はほとんどアオイちゃんが手洗いでやっていたのだ。
現代の生活に慣れている僕からすれば、一つの医療機関から出る衣類すべてを個人が手作業で洗うなど、想像を絶する負担だ。
よく見れば、アオイちゃんの手元はところどころあかぎれやしもやけのような痕が見て取れた。
まだ十二の女の子なのに、そんな状態でも文句ひとつ言わず、蝶屋敷の機能に支障が出ないよう献身し続けているのだから放っておけなかった。
・・・というような趣旨をなんとなく彼女に伝えた。
すると、なぜかアオイちゃんは目を丸くして固まってしまった。
どうしてだろう。やっぱり僕は、雁哉以外の人と話す時、何かと相手を困らせてしまうことが多いようだ。
黙り込んでしまったアオイちゃんの前でわたわたし始めた僕の様子を見て、やがて彼女はおかしそうに口を開いた。
「もう・・・なんなんですか、あなたは・・・。急にそんな風に言ったかと思えば急に一人で慌て始めるしで・・・ふふっ・・・稲葉さんは面白い人ですね。」
お・・・面白い人・・・か。
やっぱり僕はみんなから変人に思われがちなのだろう・・・
この前もしのぶさんと話してたら、今のアオイちゃんみたいに固まらせてしまったし・・・
でも、まあ、アオイちゃんに再び笑顔が戻ったから良しとしよう。
「う・・・うん。なんかごめんね。今後気を付けるよ。」
「? あ、はい。・・・?」
再びアオイちゃんが僕の発言で困惑している。
これ以上困らせてもよくないし、この辺で切り上げるか。
「それじゃあ、僕はもうそろそろ行くよ。この後、カナエさんに新しい呼吸の型を見てもらう約束があるんだ。」
「あ・・・はい! 引き留めてしまってすみませんでした!」
「いいよ、気にしないで。また、何か困りごとがあったら言ってね。井戸に増設した滑車のような細工でよければすぐにできると思うから。」
「あ・・・それについてもありがとうございました! あれのおかげで水汲みがすごく小さな力でできるようになって本当に助かっています! いつか必ず何かお返しさせてください!! 私にできることならなんでもしますので・・・!!」
「うん。気持ちだけでもうれしいよ。ありがとね。それじゃあまた・・・」
なんか最後の言葉だけ一層声に気持ちがこもっていたように感じたのは気のせいだろうか。
とにかく今は道場に向かわねばと、その場をあとにした。
「稲葉君が私の継子になって、二ヶ月になるわねぇ。」
「あれ、もうそんなに経ちましたっけ?」
「うふふ。稲葉君にとってはあっという間だったかしら?」
現在、僕は道場で自身の背丈ほどの長さの棍をもって構えている。
対して、カナエさんは自然体で木刀を片手に持って対面している状態だ。
「最初から常中はできてるし、半月で花の呼吸を再現できるしで、本当に優秀すぎる子ね。」
「そんなに褒められても何もでませんよ。クッキーくらいだったら作って食べさせてあげてもいいですけど。」
「あら~。嬉しいわ。稲葉君のクッキー、洋菓子店で買うものとほとんど遜色ないくらいにおいしいもの。今度から、毎日褒めてあげようかしら。ね~。カナヲ~?」
そうご機嫌でカナエさんが目を向ける先には、桃色のかわいらしい着物を着て正座するカナヲがいた。
「いや・・・下心で褒められてもうれしくないですよ・・・カナヲちゃんもクッキーは好きな時に作ってあげるから、わざわざカナエさんの真似しなくていいからね?」
無表情で座るカナヲが僕の方を見て、コクッっと頷く。この子クッキー好きだからね・・・
やがて、緩やかな談笑が一区切りついたかと思ったら、カナエさんの姿が揺らいだ。
ー花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬ー
ー草の呼吸 参ノ型 舞い散る葉のささめき
「うおわっ!!??」
軽やかに見える9連撃だが、その剣圧は木刀とは思えないような凄まじいものだ。
とっさに出が速く捌くことに特化した参ノ型で受けたが、威力を殺せず道場の壁に叩きつけられた。周囲に凄まじい音が鳴り響く。
「がっ・・・げほっ! ごほっ!!」
「あらあら~。もう終わりかしらぁ。稲葉君は根性なしなのねぇ。」
「いやいやいや!! いきなり伍ノ型はハードすぎる!!! 直撃しなかっただけでも褒めてほしい!!!」
「あら~? さっきは褒められてもうれしくないっていってたのに~。ね~。カナヲ~?」
道場のはじで座っているカナヲが、コクッっとうなずく。いや、なんでそこ共感してるの!!?? 普段反応薄い子なのに!!!
「さぁて、どんどん行くわよ~」
「ちょっ!! 待って!! 早い早い!!!」
ー花の呼吸 弐ノ型 御影梅ー
ー草の呼吸 弐ノ型 枝葉のざわめきー
道場の壁に追い詰められている以上、正面から迎撃するしかない。
回転しながら波状攻撃を繰り出すカナエさんの攻撃を相殺するように、
こちらも手持ちの棍を旋回させて波状攻撃を繰り出す。
一度カナエさんを後ろにはじき、チャンスと思って前方へと飛び出す。
ー草の呼吸 壱ノ型 草薙の一振りー
最も出が早く、速度のある壱ノ型で薙ぎ払う。
しかし、手ごたえはなく、前方にカナエさんの姿が消えた・・・と思ったら、頭上より影が差す。
ー花の呼吸 陸ノ型 渦桃ー
頭上で上下を反転させたカナエさんから、凄まじいばねの一閃が放たれ、僕は真横へと吹き飛ばされた。
「いっ・・・!!! つう~!!! ぐあああ・・・!!!」
咄嗟に得物で受けたが、威力は殺せず床へと叩きつけられた僕は、みっともないうめき声をしばらくあげていた。
「う~ん。今日はここまでかしら。それじゃあ正座して、そのまま反省会ね。稲葉君、聞いてる?」
この二ヶ月でよくわかった。カナエさんは見た目通りのお淑やかな女性ではないことを。
やはり、柱。稽古には一切妥協がない。
しのぶさんは僕のように受けずかわしてやり過ごすことが多いから気づいてないのかもしれないけど、
この人の打ち込みは鬼子母神を彷彿とさせるような恐ろしい威力のものばかりだ・・・
そして、僕が正座するころには、カナヲを膝に乗せてご機嫌な様子のカナエさんに戻っていた。
「まず、よかった点ね。なんといっても草の呼吸を自力で編み出して使いこなしていたことかしら。ちなみに型はいくつあるの?」
「・・・伍までですね。」
「本当にすごいわぁ。呼吸を派生させるだけでもすごいのに、新しい型を5つも生み出せるなんて。花の呼吸から派生しただけあって、稲葉君の個性にも合ってるわ。当初の要望通り、守りの硬さもかなりのものだし、新しい呼吸として充分に使っていけそうね。ただ・・・」
一度、カナエさんが言葉を切った。空気が変わる。
「どうして刀ではなく、長物を前提にした型にしたの?」
僕は一呼吸おいて、事情を話し始める。
「刀よりも、長物の方が実は慣れているんです。もともと僕が生まれた稲葉の家は古い神職の家系で、僧兵に似通った神人(じにん)の戦い方を継承していました。わけあって、僕の両親は亡くなり、家も神社もなくなりましたが、子供のころ護身術として学んだ長物の扱いだけは色濃く身についているんです。刀では正直柱のみなさんや雁哉には追いつける気がしません。なので、草の呼吸は矛や槍、薙刀などを扱う型を増やしていく予定です。ダメでしょうか?」
「いや・・・ダメではないけど・・・う~ん・・・」
カナエさんは悩んでいる様子。何か問題があるのだろうか。
「日輪刀はどうするの? 矛の形状をしたものがないと草の呼吸も使えないんじゃないの?」
なるほど。確かに今の手持ちにそんなものはない。だがそれなら大した問題ではない。
「今。刀鍛冶の里で、矛の日輪刀を作ってもらっています。この前、蝶屋敷の冷蔵庫を作るのに必要な金の配線を加工してもらうお願いをしに行ったときについでに頼みました。」
「そうなのね。でも、柄は木材にするわけにはいかないわ。鬼相手にそんな脆い素材で戦わせるわけにはいかないもの。」
「そこはご心配なく。柄の部分もすべて日輪刀と同じ金属で作ってもらっています。戦闘中、鬼に折られる心配はありません。」
「そう・・・ならいいわ。けど、そうするとかなり重い日輪刀になるわね。うまく扱えるかしら?」
「大丈夫です。こう見えて、生まれつき腕力ある方なんですよ? もっと鍛えて悲鳴嶼さんみたいに筋肉つけます!」
「う~ん。それは無理じゃないかしら。それに稲葉君の女の子みたいな顔で身体だけ筋骨隆々になるなんて私嫌だもの。」
「ええ!? この際見た目は二の次でよくないですか!?」
「ううん・・・せっかく整った顔なんだし、もったいないと思うわよ。しのぶやアオイががっかりしちゃうもの。」
「? なんでそこで二人の名前が出てくるんですか?」
「さあ、なんでかしら~。少し考えればわかると思うわよ。ね~。カナヲ~?」
カナエさんの問いかけにいつもうなずくカナヲが首を傾げている。
「うふふ。カナヲにはまだ早いか~。きっともっと大きくなったらカナヲもわかるようになれるわよぉ。」
「カナエさん。僕もわからないんですけど、教えてもらってもいいですか?」
「ふふふ~。ダメよぉ。私の口からは言えないわぁ。稲葉君が自分で気づいてあげなきゃね~。」
「ええぇ・・・ はあ、わかりました。いずれはわかるってことで頭の隅に入れておきますよ・・・」
カナエさんは終始カナヲの頭を穏やかな笑みでなでていた。稽古中は恐ろしい人だけど、
目の前の様子は間違いなく慈愛に満ちた穏やかなものだった。見てるこっちも心が安らぐそんな感覚がする。
僕は何かをするわけでもなく、二人の様子を微笑みながら眺めていた。
続く