崇道の末裔   作:ちぇりー×ちぇりー

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得体の知らないモノ

暑い。

 ソレも、じめつくような肌に張り付くような嫌な暑さだ。

 まだ6月だと言うのに、地球温暖化やらヒートアイランド現象やらで、今年の夏もやばいらしい。

 暑さで視界が歪む。

 僕の身体がおかしいのか、これも暑さによる蜃気楼って奴のせいなのか、僕には理解できなかった。

 意識が朦朧とするなか、僕は幻覚を見る。

 彼女の。

 幼馴染の狐狸精猫己(こりせいねこ)の。

 彼女は、橋の上で何やら一人で喋っている。

 最近はBluetooth? ワイヤレスイアホンにマイクが搭載されており、スマホを取り出さなくても、通話ができるようになっているらしい。

「いよいよヤバいな。」

 僕はカフェインと水分を取る為に自販機へ向かおうとした。

 彼女が橋の欄干に手をかけている!!

 幻覚でも良い。

 勘違いでも良い。

 彼女が自殺をするような人間ではないのは分かっている。

 彼女は桟橋から天に手を伸ばし、ついに桟橋から足が離れた。

 飛び上がり、彼女の脇腹をガッチリ掴む。

 そして背中から橋の中腹へと倒れた。

「えっ? あっ? ごめん。櫛ちゃん? 」

 名前を呼ばれたのは久しぶりだ。

 初めてじゃないのに、なんだか新鮮な気持ち。

 多分、僕も彼女も成長したからだ。

「ダメだよ猫己さん。自殺なんて。悩み事があるなら、僕が相談に乗るから。」

「あ〜えっと。別にそんなことじゃないんだけどさぁ。」

「なんだか空から声がして。」

「お母さんお母さんって。」

 きっと、猫己さんも暑さで頭がッ。

 猫己さんが瞬時に遠くなる。

 猫己さんだけじゃない。

 橋にへばり付いているガムのシミも、桟橋も、川のほとりに生えているススキもセイタカアワダチソウも、僕の身体はコンクリートの塀に押し付けられると、遅れて鈍痛がやってくる。

「ぐがぁ。」

<ママ!! ママ!! 僕からママを取るな!! >

「マ?ま? 」

「櫛ちゃん!! 」

 彼女は何が起こっているのか分からず、腰が抜けたようで、立つことができず、橋の中腹でうずくまっている。

「は・や・く・に・げ。」

 意識が朦朧とする。

 暑さのせいか、痛みのせいか、

 僕は最後の言葉を出すとともに立ち上がり、彼女を……

「て!! 」

 僕が彼女を抱き抱えるより先に、何か(・・)が彼女を連れ去った。

 僕は意識を失う寸前。

 (まぶた)が落ちる寸前、その全容を見た。

 藍色の肌に、黄色の眼。

 体長は二メートルぐらい。デカい。

 デカかったとても……

 

           ・

 

           ・

 

           ・

 

「___んじ? 」

「汝!! 」

 この女の人は誰だろう。

 綺麗な金色(コンジキ)のセミロングに、青の着物に青色の眼。

 瞳孔は髪と同じ黄色で、猫のようにギラリと開いている。

 そして……

 耳?

 いや、人間だ。耳があるのは当たり前なんだけど耳は大きく上に伸びていて、今ピピッと揺れた。

 そして、僕は彼女のしっぽで寝ていたのだ。

 モフモフとした毛並みは、彼女の臀部から、一・二・三……九本生えている!!

「いやん。汝は尻派か? 」

 間違いない。彼女は九尾だ。

 アニメやら漫画で見たことがある。

 人を化かす狐の化身。

 僕が飛び上がり、身構えたので、彼女はゆっくりと上目遣いで僕の方へとやって来た。

「汝。あの女を助けたいのか? 」

 あの女? 気がつくと、空間に窓のようなモノが出現しており、気を失った猫己が化け物に首を絞められている。

「あの女、運がないのぉ。元々呪霊に好かれる体質だったみたいじゃが。あの巨体はおそらく水子。中絶したか、死産かは知らんが、本能的に女を求めておる。」

「あのままでは呪い殺されるじゃろうな。」

 猫己が死ぬ?

 そんなの嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 だけど、同時に、あのバケモノに吹き飛ばされた時の感覚がフラッシュバックする。

 足が動かない。

 こんな時、少年漫画の主人公は何も考えず立ち上がれるんだろうって

 自己嫌悪する。

 仕方がない。

 僕の中にはホロウもクラマもいない。

 ヒーローから特別な力を貰ってもいないし、鬼を倒すために、代々呼吸を継承している家系でもなからば、波紋が使える紳士の末裔でも無かった。

 自分にのしかかる責任と、恐怖とで僕の頭は割れそうになる。

 身体から精神まで。

「ふふふ。悩んでおるのぉ汝。」

「どうしたら、あのバケモノを。」

「あるぞ、お前にも、あのバケモノを倒す力が。」

「………どうすれば良い? 」

「ワシに汝の心をくれ。」

「さすれば、汝に世界すら壊す力を授けよう。」

 僕は首を横に張った。

「なんじゃ? 変なところに強情じゃな。そんなにあの女子が好きか? 」

 彼女が、僕の首に手を回してくる。

「なんなら、魂をちょっとよこしてくれるだけで良い。」

「汝は、とてつもない呪力を得る。その呪力で呪霊を倒す。」

「さすれば、また『あの女子が好き』に戻ればええんじゃ。」

「男はのぉ。考える場所が上と下で二つあるんじゃ。正直になった方がええぞ。」

 僕は彼女を振り払う。

「僕が君に協力するとして、君が、僕に力をくれるって言う保証はないよね。」

 彼女は、目を細めると、僕を見下ろすようにマジマジと見た。

「なるほど……()が信用できぬか。」

「なら縛りを結ぼう。お前が、ワシに魂を渡すたびに、お前にワシの呪力を授ける。等価交換じゃ。」

「縛り? 」

「お前の父親はお前にそんなことも教えなかったのか。」

「まぁええ。ワシが手取り足取り教えてやる。」

 こわばる僕の体を、彼女がそっと包み込む。

 さっきの獲物を捉えるような力強いものではない。

 暖かく心地の良い抱擁。

「良いか? ワシに続け。」

 

* * *

 

 僕は、あの蒸し暑く張り付くような灼熱の世界へと引き戻させる。

 同時に、時間が巻き戻ったように僕の傷口が塞がっていく。

「凄い。」

---反転術式じゃ。そうじゃな。要は掛け算じゃよ---

 彼女は何を言ってるのか分からないけど、今はどうでも良い。

 僕は有り余るそのエネルギーを血液に乗せて、全身に流し、四肢を活性化させる。

 この力の使い方は良く分からないけど、昔読んだ漫画のキャラクターは、その値の知れない力を身体の回路に流して身体強化を行っていた。

 だから僕も真似をしてみる。

 水子のバケモノは、ようやく僕の存在に気づくと、遅れて、猫己が僕を見た。

 彼女は僕をみると、憐憫(れんぴん)と悔恨の入り混じったような表情をこちらに向ける。

「待ってて。今助からからさぁ。」

 拳にエネルギーを溜めて打ち出す。

「がええああ。」

 大丈夫、ちゃんとバケモノにも効いている。

---上手いぞ、汝。気をつけるのじゃよ。呪力には呪力でしかダメージを与えられん---

 拳の薙ぎ払いを瞬時に察知し、前に倒れ込むと、体勢を低くして、水子の攻撃を避ける。

 神経が活性化しているせいか、反応速度も上がっているような気がする。

 僕は、開脚し、両手で全身を持ち上げると、振り回した。

 本能的に、血中に回していたエネルギーを、下半身に回すと、エネルギーを纏った両足で、水子に足払いをかける。

「ふぎぃぃぃ。」

 巨大は、下半身を掬われたことで、体勢を崩して、左へ倒れた。

 すぐさま左足で着地すると、左脚で蹴り上げる。右に放り出された猫己を右手で抱き抱え、右脚を大きく収縮させて、空高く跳躍する。

 回転しながら、身動きの取れない水子へと肉薄する。

 右脚に全エネルギーを集中させて……

「全部ぶちこむ。」

 瞬間、僕の足は黒く光り、僕は水子を橋ごと叩き割った。

 水子は一瞬にして塵と化し、コンクリートは地響きのような音ともに大きなヒビが入る。

---時間切れじゃ---

 静寂を蝉時雨がかき消し、彼女と僕の目が合う。

 遠のいていく意識の中で、ただ彼女の言葉だけが、耳に響いていた。

 

 

 

 

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