「安心しろ。呪具は使わないでいてやるからよ。」
「僕はやるなんて言ってませんよ。」
「チッ。女々しいやつだなお前は。」
彼女は刀を捨てた。
「つい最近まで一般人だったお前なんぞ素手で十分だ。」
「真希さん!! 」
乙骨先生が鬼の形相で真希さんを睨んでいる。
「そんなに怒んなよ憂太大丈夫だ。私にだって手加減するだけの器用さはある。」
「そう言って……僕の時は、全身殴打で、救護室に運ばれたんだが。」
僕は腰のチャクラムを取り外すと、構えた。
真希さんは、自分が旧姓で呼ばれると怒る。
この前、イノタクさんがぶっ飛ばされたことを知っている。
先生によれば、真希さんのその底知れぬ力の要因は、彼女の血筋にあるらしい。
僕は狐の封を解いてから、呪術師から一般人まで、他人から呪力を感じられなかったことはない。
しかし、今の彼女からは、呪力の『じゅ』の字すら感じられない。
息を吐いて、意識を集中させる。
狐の力は借りない。
僕も術師だってことが分かったから。
生得術式を使わなくても、呪力を練ることはできるはずだ。
日下部師範もそうしている。
生得術式を持っていない彼も。
「ブォン」
自身に呪力が宿ったのが分かる。
同時に彼女の姿が消える。
日下部さんとは違う。
気配すら感じられなかった。
そして僕は、彼らの呪力で攻撃を予測していたことに気付く。
コレが彼女が鬼神と呼ばれる理由。
全身に呪力を薄く纏う。
横腹に衝撃を感じる。
遅れて真希さんの拳が、肋骨へとやって来た。
呪力を脇腹に固めて、衝撃を逃す。
吹き飛ばされて、視界が回転する。
目が回り、頭が混乱する。
おそらく高度五メートルぐらいはとばされている。
だがしかし彼女は、そんなもの、お構いなしで飛んでくるので、僕は度肝を抜かれた。
チャクラムに呪力を流して、地面へと放り投げる。
二対の円盤が、大地へと突き刺さる。
チャクラムをアンカーがわりにして、呪力で作った綱で、身体を思いっきり引き付ける。
僕のつま先に彼女が掠ったのが、感じ取れた。
身の毛がよだつ。
身体中の筋肉がこわばった。
ここで、可動域を下げれば、一気に刈り取られる。
身体中の血管に呪力を流す。
瞳孔が開いているのが分かる。
彼女の影をかろうじて捉えることができた。
彼女はすでに大地へと両足をつけており、僕が地面に着地したタイミングを狙って奇襲するつもりだ。
僕は、自分が次にすべき行動を思考した。
着地してすぐに、チャクラムで攻撃を受け止める。
現実的では無い。
足を呪力強化して逃げる。
なぜ自分は攻撃を防ぐことばかりを考えているのだろうか?
---汝よ困っとるようじゃのぉ? ---
彼女の声が聞こえ始める。
だけど。
急降下し、体勢を低く、限界まで下げる。
砂埃で目が眩む。
僕は彼女を、彼女の脚を、チャクラムに繋がれている鎖で捕まえた。
「ガクンッ。」
関節が外れそうになる。
腕に呪力を集中させる。
真希さんは体勢を崩して、前からゴロゴロと転がった。
自身の身体を反転させて、彼女の元へと疾走する。
飛び上がり、両手の円盤を振り上げると、彼女へと飛び掛かる。
「そうだ。ソレで良いんだ。」
彼女は両足で、僕のチャクラムを蹴り上げた。
チャクラムから手を離し、左腕で錘を握る。
右腕で彼女に殴りかかろうとした。
彼女に両手で受け止められ、上半身から振い落とされる。
僕の頭部が地面に突き刺さり、グランドが割れる。
反動を利用して、左腕で握っている鎖の先のチャクラムを振り落とす。
彼女は僕の武器を受け止めると、ソレごと僕を放り投げようとする。
彼女の右手に鎖を巻き付ける。
錘から手を離す。
そして彼女の腹部へとストレートを放つ。
「硬い!! 金剛石みたいだ。」
人間なのか、彼女は?
右拳が腫れる。
真希さんは、僕が巻き付けた鎖ごと、チャクラムを振り下ろしてくる。
僕はソレを右手で受け止めた。
刃が刺さり、血が吹き出す。
呪力で強化しているはずなのに。
チャクラムを掴む。
そして僕の身体からチャクラムへ、チャクラムから真希さんへと
「そこまで。」
先生が割って入った。
「真希さん、スイッチが入りかけてたね。」
「悪い。櫛羅がしぶといもんだからつい力が入っちまってな。」
こけしちゃんが、僕に呪力を流した。
身体の傷がみるみるうちに回復する。
「あの、ありがとうございました。」
「ああ、もう退くんじゃねえぞ。そこにお前の未来はねえ。」
彼女がつけてくれた稽古のおかげで、少しだけ自身の生得領域に近づけたような気がする。
「ありがとうこけしちゃん。もう大丈夫だよ。」
「何か掴めたかい?櫛羅くん? 」
「うーん。なんとなくは。」
「ただ、ソレが術師としての練度が上がったことによるものなのか、本来の自分が持っている術式なのか分かりにくいです。」
「なるほどね。」
「僕から見れば、君は、呪力量こそ少ないものの、緻密な呪力操作が得意な気がするね。」
日下部さんは、僕のことを器用な男だと言った。
だけど、僕はその実感がない。
どちらかと言えば不器用な方だ。
「こんな時に六眼があれば良いんだけどね。」
「憂太、その話はもうやめてくれ。」
「真希さんは何か無いの? 」
「呪力を血管に流すことのできる奴は見たことがある。」
「だけど、それは相伝の術式を持った術師だけだ。」
「櫛羅くん? 血管に呪力を? 」
彼に驚かれる。
そんなに凄いことなのだろうか?
みんな当たり前のように呪力で身体を強化して、呪力で殴ってくるもんだから、普通だと思っていた。
* * *
「赤血操術では無いな。」
短髪で細目の男はそう言った。
「私は……なんだろうか? 血液よりも呪力の方にタネがある、そんな気がする。」
「ダメかぁ。良い線行っていたと思うんだけどなぁ。」
「少年。何も自分の運命に縛られることはない。」
「もしまた俗世に戻りたくなったら、私の元に来ると良い。店長に頼んで雇ってやる。」
「ありがとうございます。でも、僕、やることがあるので。」
「……そうか。なら言うことはあるまい。」
そういうと、男は、哀愁漂う顔で高専の校門へと歩いて行った。