結末は変わらない。過程もまた同じように。
調月リオはキヴォトスの安寧の為に、アリスと言う少女を殺すと決めた。


けれど、もし、その選択に誰かが立ち会っていたら。
同じ星を追う者の先達が、苦痛を背負う方法を知っていたなら。

1 / 1
情報量の波に溺れたまま海の底から書き上げました。


夢見るような

〈……あれ〉

 

 目を覚ますと、そこは見知らぬ路地だった。

 いつも感じるベルベットの座面はなく、まさぐった手には手袋越しに冷たいアスファルト舗装の路面が手応えを返してくる。

 

 立ち上がって周囲を見渡せば、不思議と――何処か、開放感を覚えた。

 

〈ここは……何処なんだろう〉

 

 咄嗟に懐を確認すると、いつも使っている携帯情報端末(LCB-PDA)と人格牌の山が確かにあることに安堵した。

 

 さて、都市で過ごして――少なくとも、記憶を失ってから半年以上は――訳の分からないことも日常茶飯事と割り切れるように慣れてきた。

 こういう時、大体はファウストが原因を教えてくれて……

 

 おや。

 

 辺りを見渡す。

 普段ならヒースクリフが愚痴を零したり、ロージャがシンクレアを揶揄い出したり、良秀が短縮言語で感想を述べたり……まぁ、囚人たちの声で騒がしくなるはずなのに。

 何故かここには彼らの姿はなく、声も聞こえない。

 

〈そういえば、囚人たちは何処に行ったんだ?〉

 

 まさか私一人置いて周辺の探査に赴いた、などということはないだろう。誰かしら揺り起こしてくれるはずだ。

 となると、此処へは私一人が迷い込んだことになる。

 

 ……これは、不味いのでは(ボーン!)

 

〈あ、あわわわわ……ち、違うんだヴェルギリウス。

 私も寝て覚めたらこんなことになっていて、つまり不可抗力という奴で、どうしようもないことだってあるってことは分かってほしい……いやいや、そもそも原因の特定が先か? 連絡を取って安否の確認をするべきか?〉

 

 カチチチチチチチチ……と、秒針の歩みが駆け足になっていく。

 こういう時に怖い顔をする人物を思わず思い浮かべ、彼への言い訳に数分を費やしたのは、しかし冷静になる為には必要な間であった。

 

 暫くしても誰一人――迷子になったことに静かに怒る案内人も、大体のことは知っているが教えてくれるわけではない囚人も、或いは私を探してくれそうな幾人や荒い運転のメフィストフィレスも――迎えに来てはくれないことを現実として呑み込んで、問題の解決に思考を割けるようになった。

 

〈……とりあえず、安全そうな場所を探そう。聞いた限りによると、裏路地の夜っていうのはすごく危険らしいし、此処が裏路地なら、そこは早めになんとかしなきゃ駄目そうだ〉

 

 見上げた空は快晴。まるでU社の裏路地で見た巣のビーチが如く、厭味ったらしいぐらいに清々しい。

 

〈そういえば、此処の路地は建物が随分と低いな〉

 

 開放的だ、と感じていた理由はそこにあるらしい。

 都市の大部分がそうであるように、これまでバスが通ってきた道は『湖』やP社などを除いて、大抵がぎちぎちに、息が詰まりそうなほど過密に建物が詰まっていて空も小さく閉ざされていた。

 それは窓の外の景色に閉塞感を覚える一因であり、また日光浴が一つの贅沢となる理由でもある。

 

〈珍しいな。ここの翼の規定なのかな?〉

 

 そう言えば、此処が見知らぬ『巣』なのであれば、『翼』の規則や禁則事項は早めに把握しておかなければならない。

 浮浪者に寄付しなければ違法だとか、一定額の納税をしなければ違法だとか、どんな規則だってありうるのだから。合流前に『翼』の規則を破って捕まったら合わせる顔がない。

 

 私ひとりじゃ言葉も通じないしね。

 

〈ま、顔なんて無いんだけど〉

 

 あるのは時計ヅラだけだ。

 

〈うーん〉

 

 一先ず、周囲を警戒しながら歩きだしてみた。

 まだ昼頃のようだし、少しぐらい散歩しても罰は当たらないはずだ。

 夜までに住居を見つければいいのだから。

 

 そう言えば、手持ちの(アン)はどれほどあっただろう。心もとなければ、コートのボタンとか売っても……良いのだろうか?

 

 

 

***

***

 

 

 

〈……はっ!〉

 

 情報収集、とはいえ言葉が通じない状況では取れる手段も限られていた。

 手っ取り早くは道端で人の話を盗み聞きしたりだろうか。兎に角、聞き込みができないというのが酷く不便であるのを久々に実感した。

 というわけで、現状の私にもできる手段を模索し、その結果行きついたのが書店だ。

 

 本屋にある本を立ち読みして、そこの区の常識を学ぶ。

 

 なかなかいい考えではないだろうか。

 

 だから思わず読み耽ってしまったのは情報収集に熱心だったからに他ならない。決して手に取ってみた詩集が思いの外面白いから時間を忘れたわけではない。

 ちゃんと情報は集めていた。詩集に書かれた日常からすると、どうもここの区は銃や銃弾が豊富に出回り、また些細な怪我を不幸として悲しめる感性を持っているらしい。

 此処まで真っ当で、裕福となると……著者は『巣』の人間かもしれない。

 

〈……ところでこの本、幾らなんだろう〉

 

 本をひっくり返せど値段は不明。いや、円とかいう単位は記載されているが、それが具体的に何(アン)なのかは記されていない。

 手持ちで買えるかどうか……

 

「あのー」

〈っ!? あ、いや、別に立ち読みだけしていこうってわけじゃなくて、手持ちで買えるか悩んでて……あ〉

「あら? カチカチと……もしかして、喋れないんですか?」

〈まぁ、言葉通じてないよね……〉

「これは、落ち込んでるのでしょうか? ふふ、中々に表情豊かな時計さんですね」

 

 声をかけてきたのは少女だった。丁度、イシュメールくらいの背丈の。

 生まれつきなのだろう。自然な白の長髪をまっすぐに背中に流し、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてきている。

 服装は白で統一されており、頭につけている用途不明のヘットセット以外は特に何ら変哲の無さそうな少女に見えた。

 

 ……浮遊している輪っかは流行りなのだろうか。

 そう言えば道行く子供たちは大抵これを乗せていた気がする。

 

「そちら、買われるんですか?」

〈え? ああ、うん。買うよ。情報収集だからね、情報収集〉

「……むぅ、どのようなことをおっしゃっているんでしょうか」

〈えーっと……そうだ、貨幣を取り出せば伝わるかな? 丁度いいし、値段を尋ねておこう〉

 

 そう思い立ち、懐から(アン)を何枚か取り出した。

 元々大して使い道のないものだったが、囚人たちにご褒美を買ったり、暇潰しになりそうな本や道具を買ったりなんなり、割と便利に使っていて経済を回せている。

 その為普段から常備はしていたが、そこまで自信のある量ではない。少なくともホンルとかシンクレアとか、あそこ辺りの金銭感覚にはついていけないだろう。

 

「えっと、綺麗な紙……ではなく、紙幣でしょうか? 見たことのない通貨ですね」

〈えっ〉

 

 いやいやいや。

 まさかまさかまさか。

 

 (アン)の通じない区なんてこれまで一つもなかったし……あ、でも『巣』独特のルールで使用を禁止されている可能性が……無いとは言い切れない、なぁ。

 

「……もしかして」

〈どうしよう……〉

「外の世界からお越しになった、のでしょうか?」

 

 外の世界?

『巣』の外、という意味だろうか。

 

「……?」

〈……?〉

 

 カチカチカチカチ(頭を捻って考えてみる)

 

 ボーーーーーーン(答えは出なかった、が気付いた)

 

「きゃっ」

 

〈――助けてファウスト!〉

 

 もしかしたら窃盗犯扱いされるかもしれない!

 

 

 

 

 

 

 ……なんて心配は杞憂だったようで。

 あの後、同じ詩集のファンであるという少女に同好の士として語り合おうと誘われ、今はカフェでのんびりと腰を据えて話し合っていた。

 私は、卓上に置かれた紙にペンで感想を書きながらになるが。必然、会話のペースも遅くなり、ちょっと語らっただけでもう二時間も過ぎていた。

 起きた頃は昼間だったはずが、もう夜である。

 

「ふふっ、確かに私も、そこは――あら、もうこんな時間ですね」

〈あ……碌に情報も集まらないうちに、暗くなっちゃった〉

 

 店内の時計を確かめる。あれが頭標準時間なら、午前3時13分から午前4時34分の間に裏路地の夜が来る。

 今の時刻は8時16分だから……まだ時間はあるといえば、ある、けど。

 

 そもそもここは、『都市』ですらないかもしれない。

 じゃあ『外郭』なのか、と言われても困るんだけど……

 

「えっと、途方に暮れているようですね。……あ、先ほど見せられた通貨は使えませんし、もしかして宿に宛てがない、とかでしょうか?」

〈あ、そうそう、そうなんだよ〉

 

 幸いにも、長く語らったからだろうか。

 生塩ノアと名乗った少女は察しが良く、私の無い顔の表情を読み取って此方の心情を的確に推察してくれている。

 それが先から話が成り立つ要因でもあった。

 

「ふむふむ……でしたら、うーん……まぁ、いっか……良ければ、セミナーの仮眠室をお貸しいたしましょうか? 一晩くらいであれば、私の権限で借りることができるので」

〈え、いいの?〉

 

 セミナー、というのは私の知る範囲で言うと翼に相当する自治区の統治を行う機関らしい。

『都市』のそれにあるような異常な技術――特異点とかは持っていないようで、聞いた限りだとまだ私でも理解できる程度の、それでも何処か小説の世界染みた科学技術しか持ち合わせていない。

 

「はい、折角の読者……もとい、同好の士ですから!」

〈それじゃあ、ありがたく。お世話になるとするよ〉

 

 ということで、私は初対面の少女――生塩ノアの助けにより、一晩の宿を借りることに成功した。

 当初の想定とは少し違う形になったけど……まぁ、何とかなったからいいか!

 

 

 

 

 

 

「――その時のユウカちゃんったら、ふふふ……ああ、着きましたね。此処がセミナーの仮眠室です。私の名義で借りてあるので、出入りするときにはこちらのカードを使ってくださいね?」

〈あ、ありがとう〉

「いえいえ、どういたしまして」

 

 言葉がなくとも会話はできる。

 と言うか、頭を下げれば普通は謝罪か感謝だなと思うわけで、要はこの短い間に彼女は私の身振りから大まかな意思を読み取ることができるぐらい、互いに慣れ合って来たということだ。

 私としても自分がこんなに社交的な人間だとは思っても居なかった。けどまぁ、いきなり殺してくることもなく、その心配もなく、悪意もなく、ちゃんとこっちを一個人として見てくれる善人なんてこれまで――少なくとも、記憶を失ってからは一度もであったことがなかったし、むしろ私の方が口説き落とされていると言えるのかもしれない。

 

 はぁ。

『都市』の人間がみんな彼女みたいだったら、世界はきっと格段に平和だったんだろうなぁ。

 

「あら、中にいろいろ残ってますね。さてはまた彼女たちが遊びに来たんですね……まぁいいでしょう」

〈ベットとか箪笥とか机とか以外にもいろいろ揃ってるんだね。仮眠室の域を越えてない?〉

「ええっと……? まぁ、部屋にあるものは好きに使っていいですよ。それじゃあ、おしゃべりの続きを――と行きたいのですけれど、もう夜も遅いので、私はこれで帰りますね」

〈え、私を一人にしちゃっていいの?〉

 

 同じ部屋に泊まる、とは思ってなかったけれど、それでも監視のために隣室に留まるぐらいは考えていた。勿論帰るというのは嘘で、実はカメラ越しに私を監視とかするのかもしれないけど、彼女はあまりそういう後ろめたいことをするような子には見えない。

 とはいえ、私のような部外者を泊めて首輪もつけない――と言うのは、翼とかの人間にはありえないほど無警戒な対応だ。

 

 恐らくはそれに類する機関である「セミナー」の人間としても。

 

「これは、私が帰って良いのか、責任問題にならないか……と言った感じの疑問でしょうか?」

〈うん、そうだね〉

「でしたら心配いりません。此処はセミナーの資料などが保管されている階とは別のフロアですし、何よりダンテさんなら、信頼できますから」

〈私の今までの言動のどこにそんな全幅の信頼を置かれるような要素が……!?〉

 

 少し怖くなってきた。

 主に、この善性の塊ともいえる少女が誰かの食い物にされるんじゃないかということで。

 良い人過ぎて申し訳なくなってくる。悪いこと、何もしてないはずなのに。

 

 ……いや、普通に職権乱用に当たるような事させてる時点で悪いことではあるか。

 

 少し補足してみると、もしかしたら私は彼女に「舐められている」のかもしれない。

 それはつまり、彼女たちのように銃弾を食らっても怪我をしない、なんて耐久性がなくて、身体能力にも優れていないから。

 ねじれだったり幻想体だったり特異点だったり……そんな、何が起きてもおかしくないような脅威と言うのは、恐らく、此方にはないのだろう。

 

 多分。

 

「おやすみなさい。それでは」

〈あ、うん。おやすみ〉

 

 カシュー、と空気の排出されるような音と共に扉が閉まる。廊下の向こうで足音が遠ざかっていく。

 

〈うーん……まぁ、問題を起こさなければ良いわけだし、うん……〉

 

 歯切れが悪いのは、私がこれまでどれだけやらかしてきたのか――その多くは囚人たちによるものだが、責任者は私だ――に自覚がある為である。

 エピ達には結構迷惑をかけた自覚は、ちゃんとある。

 

 あったからと言って、何かできるわけでもないが。

 

〈……よし、切り替えよう!〉

 

 振り返った部屋の中にはいろいろなものが散乱していた。

 まずは、片付けからと行こう。

 

〈ええっと、これはたぶん……置物かな? このコードは……何に使うんだろう。あ、テレビの裏側に差し込み口みたいなのがある。ささった。此処に接続しておくものなのかな〉

 

 しばらくして、部屋の掃除は完了した。良く分からない置物は机の上にどかし、散乱したゴミはゴミ箱へ入れて、乱れたカーペットは整えて。

 さて、寝よう。ガパリと布団に身を投げ出し――のそのそと起き上がる。

 

 寝ないのか、だって?

 

〈――いやいやいやいやいや! 寝れるわけないでしょ!〉

 

 端的に言うと、すごくいいにおいがする。

 考えるまでもなく、女性の匂いだ。

 

 そりゃあそうだよね。仮眠室だもん。他の人だって使うだろう。

 それに女性のノアが借りる部屋なんだから、女性の使っている部屋でもおかしくないだろう。

 

 うん。

 

〈寝れるわけないじゃん……!〉

 

 いくら私でも、年頃の少女たちが寝起きしたであろうベットを気にせず使えるほど厚顔無恥ではない。

 気にしないだろう連中には、何人も心当たりがあるけれど。

 

〈仕方ない、床で寝よう……〉

 

 カーペットの上で横になる。そこにも花のような香りが漂うが、ベットよりはマシであると言い聞かせて目を瞑った。

 けれどやはり枕がないと寝付けず、寝返りを打ったところ、頬に当たる部分に何かがぶつかった。

 

〈ん?〉

 

 それは、床に散乱していた置物のうちの一つ。

 恐らくはテレビに接続して使うのだろう代物に繋がった、ハンドルから縁を削ぎ取ったような形状の代物だった。

 いろんなボタンがついているが、使用用途は不明。テレビのリモコン、みたいなものだろうか。

 指先で適当なボタンを押してみた。

 

 テレビが付いた。

 

〈あ、やば……いや、どうせならテレビでも見て時間潰すか。寝れないし〉

 

 そう思って流れている番組を眺め始めると、この時間帯にはアニメでも流れていたのだろうか、何処かチープに感じる演出と共にこんなタイトルが映し出された。

 

“テイルス・サガ・クロニクル”

 

 そこで画面の変化は止まる。壊れたのか、と一瞬焦ったが、どうもそうではないらしい。

 その下に「ボタンを押してください」と現れたのを見て、リモコン? を操作する必要があるのだと理解した。

 

〈こ、こんな感じで良いの、かな?〉

 

 リモコンは両手持ちに適した形状だった。不思議と手に馴染むそれの、十四個ぐらいあるボタンの内、一つを押してみる。

 すると効果音と共に画面が移り変わっていった。此処で気付いたが、どうもこれは何かの番組とかではないらしい。

 それよりも、テレビゲームとかいう奴に似ている気がする。この単語は何処で聞いたんだっけ。元から覚えていたのかな?

 となると、手元のこれはコントローラー、っていうものか……

 

“コスモス世紀――”

 

〈新しい説明が――あれ?〉

 

 急にゲームオーバーとなった。

 説明通り、Bと印字されたボタンを押したのに。

 

〈なんでだ……?〉

 

 爆発音とともに暗転し、最初の画面へと戻る。

 そこでもう一度適当なボタンを押して、再挑戦。

 そうやって試行錯誤を繰り返すうち、一つのことが判明した。

 

〈ここ、指示を無視してAボタンを押さなきゃいけないのか……〉

 

 いきなり騙しにかかった説明への信用を若干欠きながら、漸く先に進み始めたテキストを読んでいく。

 

〈あ、敵にエンカウントした。ええっと、こういう時は……駄目だ、説明はAを押せってあるけど、信じられない……〉

 

 それでも一応、言われた通りやってみると――

 

〈あ〉

 

“どれだけ剣技を鍛えたところで、我が銃の前では無力……ふっ”

 

〈いや弾いてよそのくらい〉

 

 銃殺されて死んだ。

 どうも操作キャラの性能は私と同程度らしい。つまりは、銃を向けられれば為す術がないってこと。

 

〈うーん。確か、ツヴァイの人格がこんなことを言ってたような……〉

 

 ――銃を向けられたなら銃口を見ろ。引き金にかかった指を見れば、発射の時機(タイミング)は自ずと分かる。後はそれに合わせて剣を振るうだけだ。

 

〈駄目だ。参考にならない……あ、でも奥歯ポートの人格もこの時助言してくれたな〉

 

 ――銃なんて、所詮は点でしか攻撃できないんですから避ければいいんですよ。いちいち照準を合わせて、構えて、撃って……そんな手間がかかる上にあんな大金なんですから、ほんと、真正面からの戦闘じゃ安物は役に立ちませんよ。管理人も、購入の機会があれば念頭に置いておいてください。

 

〈うーん……次は、射程距離とか視界を意識して立ちまわってみようか〉

 

 

 

 結局、それからもゲームは理不尽な展開が多く蔓延っていた。一度装備するともう外せない装備があったり、うっかり捨てた道具がキーアイテムになっていたり、単純にバグで詰んだり。

 その度に再挑戦して、時には初めからやり直して。

 何度も、何度も、繰り返して。

 

 苦痛ではあるけれど、普段のそれとは違う、確かな進歩の実感できる繰り返しは何処か楽しく思えた。

 

 

 

 

 

 

〈……もう、朝か〉

 

 窓の外からは朝日が差し込んできている。そういえば、昨日はカーテンも閉めずに寝ようとしていたっけ。

 星が綺麗に見えるからそうしたのだけれど、今思えば迂闊だったかもしれない。ウーティスが言ったんだっけ、狙撃を警戒するために、窓のカーテンは常に閉めておくべきだと。

 どうも、私は気が緩んでいるようだ。昨日まではこんなミスをしなかったのに。

 

〈……やっと、終わった〉

 

 腹違いの友人って単語の意味だけは最後まで理解できなかったけれど、それ以外は『都市』でも十分にありうる程度の――少なくとも、鏡ダンジョンの中ではありうる程度の理不尽しかなかった。

 

〈それにしても『私は植物人間なので、女性に気軽に声を掛けれません』って、この世界の植物は人体に対話することで受粉するような性質でも持ってるのかな?〉

 

 あまりにも多くのことが説明されず、結局全てのエンディングを見てしまったけれど。

 なお残る疑問は未だ解消されないままだけれど。

 

 まぁ、湧き上がる質問に一々親切に丁寧に答えてくれる存在なんてないわけだし、そんなもんだろう。

 

〈あー、面白かった〉

 

 こんなのやっちゃうと、みんなで遊ぶポーカーとか詰まらなく感じちゃうね。

 持って帰ったりできないかなぁ?

 

 

 

「おはようございます、ダンテさ――」

〈あ、おはようノア〉

「――ダンテさん。まさか、そちらのゲームを?」

 

 ……そういえば、一睡もしてなかったな。

 

〈あ、いや、これはその……!〉

 

 何故だかばつが悪い。

 慌てて誤魔化そうとしたが、きっと見抜かれていたことだろう。

 

「……多くは聞きません。ええ。もしかすればダンテさんは寝なくても体調に支障をきたさないのかもしれないですし、或いは朝起きてそのゲームをプレイされたのかもしれませんから」

 

 けれど幸いなことに、ノアはこれ以上の追及はするつもりがないようだ。

 助かった。そう思ったのは、親切な彼女にダメな人間であると思われたくなかったからだろう。

 

「これだけ聞かせてください」

〈はい〉

 

 そんな彼女からの質問だ。

 まぁ、会社の機密とかに関わるものでもなければ、なんだって答えよう。

 

「そちらのゲームは、面白かったですか?」

〈え? うん〉

 

 私の出自とか、来歴とか――って身構えていたところに、そんな「散歩でもしますか?」ってぐらい気軽な質問が飛んできたので拍子抜けしたが、まぁ答えに困ることはない。

 確かに、このゲームは面白かった。

 他のものと比べろ、と言われても他を知らないので困るが。

 

 それでも、試行錯誤して進め、やりきった後に味わった喝采のような達成感の中には「楽しかった」というご満悦な自分が紛れていた。

 

 

 

「ふふ」

 

 ノアが微笑んだ。

 まるで、後ろめたく思っていた問題が知らずのうちに解決して、それを知ったかのように。

 

 私は彼女のことを知らないけれど、その表情にはありありとこう書かれていた。

 

“良かった”

 

 そんな安堵が。

 

 

 

 

 

 

***

***

 

 

 

 

 

 

 ダンテさんは、初めから不思議な方でしたね。

 他の市民たちはそうでないのに、一人だけ表情も浮かべられない頭を持っていて、なんと声も出せないのだとか。

 

 あ、別に悪い意図はなく……単純に、そういう個性の人なんだとお伝えしたかったんです。

 

 はい。

 

 燃える時計の頭。

 とても特徴的で、街中に紛れてもすぐ見つけられるでしょう。

 来ているコートもどこか異質で、なんと言いますか……似つかわしくない、と感じたんです。

 何故かは、少し言語化しがたいのですが……これまで彼のような装いの方を見たことがないから、ですかね?

 

 それで、私は彼に声を掛けました。

 不審者ですからね。傍目から見れば。素性に不安があれば通報しようと思っていました。

 けれど彼が読んでいる本をみて、その考えは吹き飛びました。

 

“思い出の詩集”

 

 ええ。

 私が前回のミレニアムプライスに応募し、そして不本意な理由で受賞したあの作品です。

 ええ、ええ。

 私だって評価されるとは思っていませんでした。

 一生懸命やったんですよ? 沢山の詩集を読んで、自分なりに表現を学んで、工夫して。どういう表現が、どういう光景が、どういう語調が。技法も学びました。私の記憶力の限り、多くの詩から引用もしてみました。

 

 別に、それで評価されるとは、本当に思ってなかったんです。

 だってミレニアムプライスは本来、それぞれの部活や個人が生み出した技術の産物を品評する会だったんですから。

 強いて言うなら、ユウカちゃんと一緒に笑ってネタにして、それで終わりにしようと思っていたんです。

 

 ――それが。

 それが、睡眠導入剤扱いですよ!

 酷くないですか!?

 

 私だって、私だって頑張ったのに……!

 

 せめて「つまんない」だとか「くだらない」だとか、「自分に酔ってる」だとかでもいいので、せめて内容に対しての評価をしてほしかった……!

 

 

 

 ……失礼、取り乱しましたね。

 

 はい。

 ダンテさんは書店で私の本を手に取って、それを興味深そうに読んでいました。

 

 初めてであった私の作品の読者に、なんと言いましょうか、私は少し冷静な判断ができなくなったのです。

 だって、身内以外では初。それも手元を見ている限り、ちゃんと噛みしめるようにして一頁一頁を読んで、中ほどまで差し掛かるぐらいに読み進めていたんです。

 嬉しくないわけないですし、誇らしかったり、恥ずかしかったり、それ以上に期待も抱いていました。

 

 そうですね。

 私は、彼の感想を聞こうと思って彼を夕食に誘いました。

 初めはその場で済ませようと思っていたんですが、彼がどうもキヴォトスの通貨を持っていなかったり、それでも本を買いたそうにしていたので……代わりに私が支払い、ついでに何処かに腰を落ち着かせて感想を聞くことになりました。

 

 まぁ、ダンテさんが水もご飯も口にできないとは知らなかったんですが。

 

 彼との会話はとても楽しかったです。思わず、同じ詩集のファンであるという建前を忘れそうになるぐらい。

 それで会話も弾んだついでに、一夜の宿に困っていたダンテさんにセミナーの仮眠室を案内しました。

 

 あ、はい。ごめんなさい、ユウカちゃん。うん、そうですね。部外者をやすやすと立ち入らせるのは、普通にいけないことでしたね。

 ごめんなさい。

 

 ……それで、翌朝になって、それでも私からは昨夜の高揚が抜けていませんでした。

 自分のファンに会いに行くというのが、何処か非日常的なイベントのようでもあって、足取りも軽いものでしたね。

 それで開けた仮眠室の中で、ダンテさんはゲームのコントローラーを握ってテレビに向き合っていました。

 画面に映っているものには覚えがありませんが、刺さっているカセットは知っています。

 それはユズちゃんの作った「テイルズ・サガ・クロニクル」のクリア画面でした。

 

 ……私は、それがどのエンディングのものなのか、知りませんでしたが。

 

 もしかしたら、ダンテさんは夜通しそのゲームをプレイされていたのかもしれません。

 

 あ、はい。そうでしたね。

 一晩中電気を点けっぱなしで、報告が上がってましたね。

 

 はい。

 はい。

 

 ……あの、ユウカちゃん。

 一旦、お説教はあとで、まとめてお願いします……。

 も、もうすぐ終わるので!

 

 

 

 それで、ダンテさんがゲームをしてた、と言うよりもクリアしていたところからでしたね。

 私はダンテさんに感想を尋ねようとしました。滅多にいないユズちゃんのゲームをプレイして、そしてクリアまで辿り着いていたんですから。感想を聞いて、モモイちゃんたちにも共有したいと思いました。

 ですが、ダンテさんが喋れないこと、複雑な意思疎通が図れないことを思い出した私は、こう尋ねました。

 

「そちらのゲームは、面白かったですか?」

 

 と。

 

 ダンテさんは、さも当然かのように頷きました。

 私の詩集が面白かったかと尋ねた時のように。

 

 

 

 

 

 

 ……私がダンテさんについて知ることは、そう多くありません。

 ですが先生。私はどうしても、彼が悪い大人だと思えないんです。

 だって、彼は私の詩集と、ユズちゃんのゲームを楽しんでくれたんですから。

 

 なのでどうか、もう一度、考え直していただけませんか?

 

 私にはどうしても彼がアリスちゃんを魔王になるよう唆し、リオ会長を良いように騙した、悪い魔法使いには思えないんです。




ダンテのノート
・キヴォトス

キヴォトス
記録#1
285.1.20



-私が迷い込んだ世界の名前。

-近頃急激に治安が悪化してきているというが、巣の雰囲気よりは大分柔和だ。

-全体的に銃や弾丸が安価なようで、それは下手すれば軽食を買うよりもハンドガンと弾倉を一揃え買う方が安くつくかもしれないくらい。

-また、この世界に住まう住民は全員銃弾に対する高い耐性を持ち合わせているらしい。強化施術なしに、銃弾を素肌で受け止められるのだとか。

-信じがたいが、これまで遭遇してきた突飛な出来事を考えるとそういうこともあるのだろうと納得できた。

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百万回超生きたねこ(作者:百万回死んだねこ)(原作:超かぐや姫!)

超かぐや姫! のお姫様の側には、何度でも蘇る不思議な猫の姿ありけり……▼というお話


総合評価:2680/評価:8.95/連載:35話/更新日時:2026年04月10日(金) 03:22 小説情報


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