旨い飯を食うことは、私にとって最も尊い行為である。食事のためならば、まぁ二千円は出せると言ってもいい。なんだそれだけか、と思った者も多いだろう。そんなにと思った者は、はたしてどれだけいるのだろうか。この二千円は私にとってかなりの大金だ。無論、令和の時代における二千円のことだ。千円札二枚、あるいは二千円札一枚のことを指す。より正確にいうのならば千円札二枚だ。
私の暮らす六畳一間の家賃はとても安い。あり得ないくらいに安い。昔に何があったのか知らないが、どうせろくでもないことだろうから知りたくもない。
そんな六畳の部屋の中、ちゃぶ台に置かれた千円札二枚を前にして、私は悩んでいた。
「うーん。参考書にするか、豪勢な食事にするか」
実はこの二千円、私が競馬で勝って手に入れた二千円なのだが(正確には私が予想したのに親が賭けた)、使い道に困っているのだ。最近の私の成績は低迷気味なのだが、今すぐに手を打たなければならないほどではない。ならば買わずとも良い。だからといって、食事に二千円を簡単に使えるほど懐は潤っていない。
「貯金したら?」
そう言ったのは私の母だ。私は一人暮らしをしているのだが、流石に高校生の一人暮らしは心配なのか、頻繁に両親が訪れるのだ。ちなみに競馬は父に賭けてもらった。ちなみに父の予想の方は大ハズレだった。
「うーん、でもなぁ。こういう、想定外の収入って、なんか気持ち悪くない?」
私は一丁前にそんなことを言った。一応バイトはしているし、給料も貰ったことがあるのだが、しかし私は一端のガキでしかない。
「んー。ま、分からんでもないけどね」
母はそう言って缶のカフェオレを紙コップに移して啜った。私がするときっとみっともないその仕草は、しかし母がすると途端に可愛らしく見えた。
「あんたのお金だもん。好きに使いなよ」
「それ言ったら元も個もないじゃん」
「んじゃ、ご飯にしな。本はそこに積まれたの読んでから」
私は、痛いところをつかれた、と部屋の隅に平積みされた本の山を見つめた。そう、積み本というやつだ。電子書籍が一般化して久しい昨今、私は紙で本を買っていた。しかしこれには深い理由なんてない。電子書籍の買い方が分からないという、現代っ子としてかなり恥ずかしい理由しかない。
私はしばし考えた末に、結論を出した。
「うん。ラーメン食べよう」
「いいね。私もご相伴に預かろうかね」
「いいよ。奢ってあげる」
私がそう言うと、母はカラカラ笑い、「冗談よ冗談」と言った。私は子供扱いされたことに腹を立て、「絶対奢ってやる」と意固地になった。
そんな私を母は愛おしそうに見つめて、机の上の二千円を、細くしなやかな指で私の前へ押しやった。
「あんたが大人になってお金持ちになったとき、高いご飯奢って貰うから」
「いやそっちの方が私の負担大きくね?」
「たはーっ。ばれたか」
私と母はその後、二人でラーメン屋に行ってラーメンを食べた。