風紀の狂犬ちゃん   作:モノクロさん

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狂信者の末路

 放たれた銃弾と共に空薬莢が宙を舞う。

 

 一切の慈悲もなく、一切の躊躇いもない。その一撃は、コトリの眉間に吸い込まれるように放たれた。

 

 しかし、銃弾はコトリの眉間を捉えるよりも先に、銃口の位置から射線を予測したコトリの掌によって阻まれ、弾かれるようにして明後日の方向に飛んでいく。

 

「……おや?」

 

 と、シスター神崎の間の抜けた声と共に、別の銃声が響き渡り、彼女の身体が後方へと吹き飛ばされる。

 

 見ればコトリのSGから煙が上がり、シスター神崎を至近距離から撃っていたようだ。

 

「……全く、何の真似ですか?」

 

 銃弾を受け止めた掌をヒラヒラとさせながら、コトリはそう呟く。

 

 咄嗟の事とはいえ、トリニティの生徒に手を出してしまった。『まだ』ゲヘナの生徒ではないとしても、風紀委員会の手伝いをしている身としては、学園間のトラブルにもなりかねない問題は避けたいというのが本音である。

 

 状況的に、先に手を出したのはトリニティであり、コトリの行為は正当防衛にあたるだろう。しかし、先に手を出された立場という免罪符があるとはいえ、それはあくまでも状況的に見ての話であり、この事自体が問題になる可能性だってある。

 

 本人からすれば面倒な事この上ない。

 

 そんなコトリの心境とは他所に、シスター神崎はゆらりと立ち上がると、何事もなかったかのように微笑んだ。

 

「おやおや……おやおやおや……おやおやおやおやおやおやおやおや……おかしいですねおかしいですねおかしいですね。まさかまさか、ゲヘナ相手にまさかまさか……これはいけませんねぇ。えぇ、とてもいけません」

 

 そう言って、懐からコトリの銃弾で大きな穴が空いた聖書を取り出し、それを高らかに掲げた。

 

「主のお守りがなければ、私は今頃天に召されていたでしょう。我ながら恥ずかしい。まさかまさか……まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか……ゲヘナ風情に遅れを取ろうとは」

 

 周りからは『いや、聖書で防ぎきれてないでしょ』と突っ込みが入るも、その言葉は耳に届いていないのか、シスター神崎は続ける。

 

「主は言いました、右の頬を打たれたならば、左の頬も差し出しなさい。しかしゲヘナ。手前はダメだ。右の頬を打ったならば、その命を持って償えブタが……と」

 

 そう言って、シスター神崎はコトリに銃口を向ける。

 

「主よ……この者に裁きの鉄槌を……」

 

 そう言って引き金を引こうとした瞬間、コトリは素早くSGを持ち替え、銃底でシスター神崎の銃を持つ腕を殴り付けた。

 

「ぐっ……!?」

 

 痛みで思わず銃を手放してしまう。そして、その隙をコトリは逃さなかった。地面に転がる銃を蹴り上げ手に取るとそのまま銃口を向け、躊躇う事なく発砲。

放たれた銃弾はシスター神崎の眉間を撃ち抜き、彼女はその場に崩れ落ちた。

 

「あ……やべっ」

 

 コトリは思わずそう呟く。そして、周囲を見渡しながら呟いた。

 

 二度にわたる正当防衛。しかし、トリニティの自治区でまたも問題を起こしてしまった。

 

 立場としては、まだゲヘナではないと何度も同じ言葉を自分に言い聞かせるも、シスター神崎が『ゲヘナ』と連呼したせいで、皆の視線からは『ゲヘナの生徒とシスターフッドが問題を起こした』という認識で見られている。

 

 何よりも、いきなり銃口を向けられた事でレンが子鹿のようにプルプルと震えている状態だ。このままではマズい。荒事に慣れてないレンからすれば、この光景はトラウマになりかねない。

 

「……行きますよ」

 

 そう言ってコトリはレンの手を引きながらその場を後にしようとするが……。

 

「一度ならず二度までも……まさか、まさかまさか、まさかまさかまさかまさか、まはかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか……ゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナ風情がゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナゲヘナ……」

 

 そんなコトリに、シスター神崎がゆらりと立ち上がる。

 

 そして……彼女は叫んだ。

 

「ゲヘナ風情がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!?!!!」

 

「ピィ!?」

 

 あまりの迫力に、レンは恐怖のあまりコトリに抱き着く。清いイメージのシスターが鬼のような形相で睨んで来るのだ。怖いに決まっている。

 

「ゲヘナ風情がぁ!???!!? 我が主を侮辱しただけでなく、神聖なる天罰まで受けぬとは……貴様は万死に値する!?」

 

「えぇ……私がいつ貴女が信仰する神を侮辱したのでしょうか?」

 

 冒涜した覚えのない神を侮辱したと言われては、コトリも困惑する。そもそも、シスター神崎が『主』と呼ぶ神についても知らないのだ。

 

「ふざ……けるなぁぁぁぁあああ!!!!????」

 

 もはやシスター神崎は正気ではない。彼女は武器を持たぬ状態のまま、我武者羅にコトリに襲い掛かる。

 

「【お上品なトリニティスラング】!!?!」

 

 暴言を吐き散らし、シスター神崎はコトリに襲い掛かる。しかし、その攻撃は全て空を切り、逆にカウンターを食らって吹き飛ばされてしまう。

 

 これで三度目。流石にコトリも泣きたくなってきた。

 

 お出掛けを楽しみにしていたレンは涙目で震えているし、周りの生徒の視線も痛い。

 

 もうやるしかない。コトリは深いため息を吐きながら、再度銃口をシスター神崎に向けた。

 

「すみませんが、目と耳を塞いでいてください」

 

 コトリはそう言うと、引き金を引く。放たれた銃弾がシスター神崎の身体に被弾し、地面の上で跳ね上がる。

 

 それを確認した後、再び銃弾を装填しては引き金を引き、それを何度も繰り返す。

 

 手持ちの予備含め、全ての銃弾を撃ち尽くすまでの間、コトリは何度も引き金を引いた。

 

 そして、弾が尽き、カチカチと引き金が引かれる音だけが響く中、最後はSGを持ち替え、何度も振り下ろした。

 

 鈍い音と水音が一定間隔で鳴り響き、やがてその音は聞こえなくなるまで、コトリは何度も、何度も、振り下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レンちゃん、申し訳ありませんでした」

 

 帰り道、返り血を全身に浴びたコトリは、隣で鼻を啜るレンに謝罪した。

 

 握る手は流石に血塗れだと可哀想なので近くの公園で手を洗い、レンの手を握る手だけは清潔そのもの。それ以外は猟奇的殺人が行われた後のように凄惨たるものだった。

 

 自分よりも小さなレンの前で見せるようなものではなかった。しかし、あのまま何もしなければ、彼女はきっと何処までも執念深く追いかけてきただろう。いや、確実に追いかけてきた。そういうものだ。

 

 あの後、シスター神崎は遅れて到着した救護騎士団のメンバーにより運ばれていった。運ばれる最中も『ゲヘナめ…ゲヘナめ…』と呪詛の如く呟き続けていたが、それは置いておこう。

 

 そして、周囲の視線から逃げるように逃げ帰る事になったコトリとレンは、現在帰り道を共にしているという訳だ。

 

「あの……その……」

 

 レンが何か言いたげに口を開くも、言葉が出てこないのか口をパクパクさせるだけで終わってしまう。そんなレンにコトリは言った。

 

「今回は問題が発生しましたが、レンちゃんがよければ、今度は別の……もっと楽しめる場所に遊びに行きませんか?」

 

 それは、レンが望んだ言葉である。今回の一件も、徹頭徹尾、巻き込まれ事故以外のなにものでもないのは事実だ。

 

 ただ、自分がゲヘナと関わりがあっただけの話であり、それを匂いで嗅ぎ分けられただけであり、シスター神崎による暴走以外の何物でもない。

 

 レンもコトリも、本来は悪くないのだ。悪いのは全てシスター神崎であり、二人はただの被害者である。だからこそ、レンはコトリの言葉に頷いた。

 

「うん……私も遊びてぇ」

 

 そう言って、頑張って笑う彼女に、コトリも優しく微笑み返すと彼女の手を引いて歩き出すのだった。

 

 そんな二人の姿を、遠目から観察する者がいるとは気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、催しとは良いものだ。スイーツなる菓子に舌鼓を打ち、活気溢れる人々の往来を横目に、彼女はそう思う。

 

 催しとは良いものだ。それは人々を楽しませるだけでなく、その活気を肌で感じ取る事で己の活力にもなるのだから。

 

 そして何より楽しいのは、その手のイベントには必ず『問題』が発生する事である。

 

 今回はシスター神崎なるシスターの暴走でゲヘナの生徒らしき人物が巻き込まれたようだが、それもまた一興。

 

 しかし、シスター神崎なるものは、思想こそは強けれど、実力の伴わない小物。

 

 今頃は問題を起こしたとしてシスターフッドから追放されたか。それとも、トリニティの自治区にて問題を起こした事で矯正局に身柄を拘束されてもおかしくはない。

 

 とはいえ、彼女の事は正直どうでもいい。どちらかといえば、彼女を退けたゲヘナの生徒の方が気になる。

 

 トンプソン コンテンダーの銃弾を至近距離から受け流した技量……否、正面から受け止め切った膂力は目を見張るものがある。

 

 あれは面白い。きっと面白い。

 

 久方振りの高揚感に、思わず身体が震えてしまう。あぁ……あの生徒との『戦争』を想像するだけで、身体は熱を帯びるようだ。きっと彼女は強いのだろう。私を楽しませてくれる程には強いのだろう。

 

「はっは……あぁ、楽しみじゃなぁ。楽しみじゃなぁ」

 

 まさか、百鬼夜行から遠く離れたトリニティまでぶらり旅の最中に、こんな面白い事に出会えるとは。

 

「久方振りの獲物じゃ。あぁ、血湧き肉躍るとはこの事じゃなぁ……」

 

 あぁ、早く。一刻も早く。あのゲヘナの生徒と死合いたい。そして、この昂る熱を冷ましたい。

 

「あぁ……待ち遠しい」

 

 そんな思いを抱きながら、遠のいていくコトリとレンを見送りながら、出店で購入したスイーツを口に運ぶのであった。

 




生徒紹介
・シスター神崎
思想が強いが普通に弱い狂信者。
しかし、狂信者ゆえに皆からは怖がられている。
今回の一件で矯正局送りとなるも、『私がいなくなろうともサクラコが私の意思を継いでくれる』と安心している。
尚、巻き込まれたサクラコは『受け継がない意思』を選んだ。
因みに彼女のフルネームは神崎 カオル
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