ヒナの身体を拘束する無数の糸。それを、無理矢理引き千切ろうと力を込めるが、彼女の力をもってしても僅かに糸が伸びるだけで、引き千切る事が出来なかった。
ならばと銃口を向けようとするが、それすら叶わない。ヒナの身体を拘束する糸は全身に絡み付き、彼女の身体の自由を完全に奪っていたのだ。
(私の銃火器も既に封じられている。少し厄介ね)
そんな事を考えつつ、ヒナは周囲を見回す。先程まで身体の自由を奪われていた風紀委員会の生徒達が地面に伏して倒れている。
意識はあるようだが、身体が動かないようだ。
「これは……毒?」
「安心せい。非致死性の麻痺毒じゃ」
ヒナの呟きにシオンが答える。そして、彼女は笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「妾の目的はお主ただ一人。他の者など、どうでも良い。じゃが……お主を舞台から引き摺り下ろすにはこの絡繰人形共だけでは不足と感じての」
袖の下から無数の蜘蛛の絡繰達が飛び出し、シオンの周囲を囲む中、シオンは妖しく嗤いながら言葉を紡ぐ。
「さて、ここからが本番じゃ」
そんな彼女の呟きと共に、シオンは着物をはだけさせると、着物の下に隠していた絡繰仕掛けの無数の義手を展開させ、背後に隠していた人型の絡繰人形達を起動させる。
「どれだけの人形を操る事が出来るか。人形師の技量で左右される。常人ならば操れて精々二体。しかし、妾は違う」
シオンの言葉と共に人形達が一斉に起動する。その数は視界に捉えるだけでゆうに百体を超えていた。
先程までの造形を重視した絡繰人形と異なり、戦闘に特化した装備や武装が施された人形達。その数は人形師の技量を如実に表している。
「さぁ、妾の可愛い絡繰人形達よ。狩の時間じゃぞ」
そう言ってシオンは嗤うと、無数の糸を操り始めるのだった。
まるで意思を持ったように大地を駆ける人形達。陣形を組み、ヒナを取り囲むように展開し、一斉に銃火器を構える。
「ふふ……妾の可愛い絡繰人形達が織りなす『戯』に心奪われた観客達のように踊ってみせよ」
そんなシオンの言葉と共に無数の銃口から銃弾が放たれるのだった。
迫る銃弾の雨。
しかし、ヒナは焦る事なくシオン一人を見据えるのであった。
「……貴女は勘違いをしている」
静かに、しかし確かな意思の籠もった言葉をヒナは呟く。そんなヒナの言葉にシオンは僅かに眉を顰めるのだった。
「ほう……勘違いとな?」
そんなシオンの言葉と共に、人形達が一斉に銃火器を連射する。無数の銃弾がヒナを穿つも、ヒナは怯む事すらせず、シオンを見据えながら言葉を紡ぐ。
「私は貴女の『人形ごっこ』に心を奪われる事はないわ」
そう言って、力強く大地を踏み締め、そして後方へと跳躍する。
拘束した糸から逃れる為か、それとも拘束する蜘蛛達を操るシオンごと引き摺り出す為か。
しかし、無駄な事だ。弾力性に富む拘束の糸は、シオンの意思次第で自在に伸び縮みし、ヒナの身体を拘束する。
彼女の思考を読み取ったシオンは、蜘蛛の糸を操作するべく指を動かした。
刹那……。
「『その指』ね」
「なっ!?」
糸を操作するべく動かした指に衝撃が走った。一瞬の事だった。指が動いたのを確認したヒナが、足元に転がっていた絡繰の残骸を、シオンの指に向けて蹴り飛ばしたのだ。
如何に糸が頑丈であろうと、それを操るシオンの指はそうではない。ヒナの放った残骸は、シオンの指へと衝突し、その指から糸が離れてゆく。
「ぐっ……!!」
思わず指を引っ込めるシオンだが、ヒナはそんな隙を見逃す事はなかった。糸に拘束された身体を強引に動かし、人形達に向けて銃口を向けると引き金を引いた。放たれる無数の銃弾。射線上にいた複数の人形達が銃弾の雨に穿たれて地に倒れ伏した。
拘束が解け、自由の身となったヒナは、そのままシオンに向けて銃火器を構えて引き金を引く。
無数の銃弾が雨のように降り注ぎ、シオンを庇うように立ち塞がる人形達を吹き飛ばしていった。
「これでお終いね」
ヒナの呟きと共に、最後の一体に無数の風穴が空き、人形達は沈黙した。
「……ふむ、これは少し不味いな」
そう言ってシオンは笑みを浮かべる。しかし、その笑みには余裕が見て取れなかった。
常に笑みを浮かべ、余裕を崩さなかったシオンが、初めて見せた焦りの表情。
ヒナはそんなシオンを見据えつつ、静かに口を開くのだった。
「最近噂になっている銃火器の売買。金銭に糸目をつけず、銃火器を高値で買い漁る人物がいるとは聞いていたけど、それも全て、この人形達の装飾品として用意していたのね」
「ふふ……さて、何の事やら?」
ヒナの言葉にシオンは惚けるように答える。そんな彼女に対し、ヒナは静かに銃口を向けるのだった。
「……別に、貴女からは後でゆっくり聞くわ。今はコトリの事が先決だもの」
「ふふ、まだ終わってはおらぬというのに、既に勝ったつもりか?」
「人形を失った人形師に何が出来るの? それとも、時間稼ぎのつもりなら……」
「あぁ、既に『時間』は稼いださ」
ヒナの言葉を遮るようにシオンはそう呟く。その言葉に、ヒナは思わず眉を顰めた。そんなヒナに対し、シオンは静かに笑みを浮かべると……次の瞬間には街中で暴れ回っていた絡繰人形達が一斉にヒナ目掛けて飛び掛かった。
自爆による特攻。
意思なき人形だからこそ可能な戦法だ。
如何にヒナであろうと、四方から迫り来る人形達を全て裁き切る事は出来ない。
弾幕を掻い潜り、肉薄する事に成功した人形達が、ヒナの身体へと絡み付く。
「くっ……!?」
ヒナは咄嗟に人形を引き剥がそうとするも、絡繰の力は凄まじく、引き剥がす事が出来ない。そして……。
「さぁ、空崎 ヒナよ『舞台から降りよ』」
そんなシオンの言葉と共に、人形達が一斉に自爆し、ヒナを中心に黒煙が巻き上がるのだった。
爆風が頬を撫で、爆煙が視界を覆い尽くす。シオンは黒煙に包まれたヒナを見据えながら静かに笑みを浮かべた。
(……妾が勝ったのか。あの空崎 ヒナに)
そんな確信と共に、黒煙が晴れてゆく中、シオンはゆっくりと息を吐いた。しかし……次の瞬間には表情を一変させる事になったのである。
「っ……!?」
黒煙が晴れ、視界が明瞭になった時。シオンの視界に飛び込んできたのは無傷のヒナの姿だった。彼女は傷一つ負う事なく佇み、そして静かに口を開いたのである。
「『舞台』を降りて欲しいなら、少し準備不足だったようね」
「な……何故じゃ!? あの中にいて無事で済む筈が……っ」
ヒナの言葉に動揺を隠せないシオンだが、そんな彼女にヒナは淡々とした口調で言葉を紡いでいく。
「貴女の絡繰人形は確かに厄介よ。だけど、所詮は『玩具』に過ぎないわ」
「……『玩具』……じゃと」
シオンの言葉にヒナは静かに答える。そして、次の瞬間には彼女の銃火器が火を噴いた。
「くっ……!?」
迫り来る銃弾の雨。しかし、人形を全て失ったシオンにそれらを防ぐ術がない。咄嗟に身を翻し、回避行動を取るが、それでも避けきれずに被弾してしまう。
そして、怯んだ隙をつくように一気にシオンへと駆け寄ると、その鳩尾に向けて拳を叩き込んだ。
「少しの間、眠ってて。私にはまだ、やる事が……っ!」
急所を捉え、そのまま再起不能になる筈だったシオンが、自身の指から伸ばした糸でヒナを拘束する。
更に、背中から伸びた義手がヒナの身体を抱き締めるように拘束し、抱き合う形で身動きを封じるのであった。
「まだ……まだじゃぞ!?」
シオンの叫び声と共に、ヒナは糸に拘束されたまま地面に押し倒される。
無駄な足掻きをと、ヒナが糸を振り払おうとしたその時だった。
「っ……!?」
不意に違和感を覚える。いや、この違和感もシオンの鳩尾を拳が捉えた時も感じたものだ。
「貴女……まさかっ」
「先の爆発物と同じと思う事なかれ……これなるは松永 シオンの最後の一手と心得よ!?」
シオンの腕に『罅』が入る。そして、その罅は瞬く間に広がり、やがて砕けるのだった。
「自分自身を『人形』に……っ!?」
ヒナが拳で捉えた鳩尾の部分も、ひび割れて中身が露出する。
絡繰仕掛けの人形……否、生きたまま、自分自身を絡繰人形へと作り変えていたのだ。
それはまさに狂人の領域。
人形師として、一握りの天才のみが辿り着く領域。その域に達した狂人だけが辿り着ける境地だ。
「醜く果てる肉体に興味はない。それだけの話よ。しかして……見遣れ! 見遣れ! 見遣れ! 見遣れ!? これなるは松永 シオンが演じる『絡繰演舞』よ!? いざ、いざいざいざ!?」
シオンの絶叫と共に、ヒナの身体を締め付ける糸が脈動する。そして……。
「『絡繰演舞 終局ノ章』……芸術とは、爆発にありっ!?」
そんな声と共に、彼女の肉体は内側から爆発し、ヒナ諸共爆炎に飲み込まれるのであった。
人物紹介
・松永 シオン
ー可愛いねぇ、可愛いねぇ。シオンは本当に可愛いねぇー
親から与えられたそれは、無償の愛とは異なるものだった。
シオンは全てを与えられた。
綺麗な着物。美味しい食事。そして寝床。
しかし、それらは全て、シオンという存在を着飾る装飾品にすぎなかった。
まるで着せ替え人形のように与えられ、それに応える毎日。
いつしか自分は本物の人形なのだと認識していった。
年をとり、成長した彼女は、親に望まれるがままの人形であり続けた。
それが正しい…というより、それが当たり前と、そう思っていた。
ある日、道端に落ちていた人形を拾い、それを愛でる事にした。
人形が人形を愛でる、なんともおかしな光景だ。
しかし、人形に愛着が湧いた彼女は、自ら人形を創り始めた。
様々な人形を作った。特にお気に入りだったのが蜘蛛の絡繰だ。
不思議と魅了され、人型の人形か蜘蛛の絡繰だけを創るようになった。
生活の大半を人形作りに費やした。技術やノウハウを徹底させ、そしてついに松永 シオンは『狂人』の域に達したのだ。
自分自身の身体を少しずつ絡繰人形のパーツとして入れ替えてゆき、そして、身体を構成するパーツのほぼ全てが絡繰人形となったのだ。
その頃には親から放れ、独立していた。
資金に困る事はなかった。彼女には商売の才能もあったのだ。
その気になればカイザーコーポレーションすらも手中に収める程度には才能があったのだ。しかし、彼女には興味がなかった。
潤沢な資金と時間は人形作りに回され、他にかけるものは何もなかった。
種島 ヒノエと出会うまでは。
彼女を見た瞬間、心を奪われた。
あぁ、彼女もまた、私と同じ『狂人』なのだと。
シオンはヒノエを迎え入れた。あらゆる手を使い、主従関係を結び、共にある事を望んだ。私の人生は彼女の望む全てに費やそう。必要とあらば、自分自身すらも捧げよう。
彼女は望んだ。ヒノエは望んだ。戦場を。不死川 コトリとの戦場を望んだ。その為には空崎 ヒナという存在が邪魔だった。ならばこそ、己の身をかけて時間を稼ごう。それが、主人として慕うヒノエに捧げる事が出来る唯一の施しなのだから。