「……ほんと、酷い目に遭いましたねぇ。お怪我はないでありますか?」
コトリはそう言うと、大きな溜め息を吐き出した。その横では簀巻きから解放されたレンがしょんぼりと項垂れている。情けない姿を見られた。その事に対する羞恥心があるからこそ、何も言えず俯いてしまっていたのだ。そんな彼女に対し、コトリは少しばつの悪そうな表情を浮かべながら頬を搔く。
何か気の利いた言葉を投げかけるべきなのだろう。しかし、こういう時に限って適当な言葉が出てこないのだ。困ったものである。彼女が何を思っているのかは分かる。自分と会った時に感じたの『この場で会いたくなかった』という感情だ。その意味は分からない。何故なら自分と彼女は初めて会ったのだから。もしかすると、何処かで自分の悪評を聞き、偶然居合わせてしまったのが最悪なタイミングだったのかもしれない。
「……」
取り敢えず、何かしらフォローを入れておこうと思い至ったコトリは当たり障りのない事を伝えておく事にした。
「先程、彼女達から押収した衣服や持ち物は貴女のもので間違いないでありますよね?」
そう問い掛ければレンは小さく首肯する。それを見たコトリは安堵すると、改めて彼女に対して尋ねてみた。少し踏み込んだ質問になってしまうが、まあそこはご愛嬌というものだろう。
「もし宜しければ、貴女の名前をお聞きしても良いでありますか? 私はゲヘナ学園の風紀委員会に所属する不死川 コトリと言います。是非是非コトリちゃんと気軽に呼んでいただけるとありがたみです」
コトリは努めて明るく振る舞おうと意識しながら自己紹介を行う。そして、レンはその問い掛けに応えるように、小さく答えた。
「……レン」
「レン……ちゃんでありますね。ところで、レンさんはどうしてこんな所に?」
「……」
コトリの質問に対し、レンは答えられないでいた。どう言えば良いのか分からないというのが本音だ。自分の神秘が別の世界線に干渉したことによりこの世界線に来て、そしてこの世界線に存在する誰かに助けを求めようと探していたなんて言えないからだ。
―ちょっと人探しに別世界から来ました!―
なんて言おうものならなんて思われるか。違う世界線のコトリとはいえ、ドン引きされるに決まっている。それはちょっとイヤだ。いや、凄くイヤだ。なのでレンはどうしたものかと考えてしまう。何か言い訳を考えなければいけないのに、何も思いつかない。
「もしかして……道に迷ったとかでありますか?」
と、返答に困っていたレンにコトリから救いの一声がかけられた。道に迷ったという回答は都合が良い。肯定すればコトリは納得してくれる筈だ。レンはコトリからの申し出を有り難く受け入れる事にした。
「お、おぉ……実はそうなんだ。私な、最近ゲヘナに引っ越してきたばかりで。それで土地勘が無くてなぁ……」
「……へぇ、そうですか」
刹那、コトリから発せられる空気が変化した。声色は変わらないし表情も変化はない。しかし、根本的な所で何かが変化した。コトリの目の奥からは、獲物を見つけた捕食者のような獰猛さを感じさせられた。反射的にレンは唾を飲み込み、緊張に身を硬くしてしまう。
何か拙いことを言ってしまっただろうか?
いや、そんな筈はない。けれど、この緊張感は何なのだろうか?
汗が滲み出てくる中、コトリはニッコリとした笑顔を浮かべながら尋ねてきた。
「念の為に聞きますが、不良生徒に襲われたのでありますよね? 詐欺とかそういう類ではありませんよね?」
詐欺は勿論、犯罪行為自体を否定したいところだが、問題はそこではない。コトリの表情の裏にあるものが、どうしても気になる。何を考えているのか分からない事も恐怖心を増幅させていた。
「いや、その……えっとな……」
見られている。瞬き一つせずジッと見つめてくる。一挙手一投足を見逃すまいと観察しているかのようだ。蛇に睨まれた蛙とはよく言ったもので、レンは完全に萎縮してしまい何も言葉が出なかった。
コトリだけどレンの知るコトリではない。いや、きっと自分の知らないコトリの片鱗を垣間見ているのだろう。レンが何も答えられないでいると、コトリは小さく溜め息を吐き出した。
「あのですね、レンちゃん。言いにくいかもしれませんが、ここで嘘は良くありませんよ? 正直に答えて欲しいであります。さもなくば……」
コトリは小さく溜め息を吐きながら右手に握られたSGを掲げて見せると、そのまま口元に人差し指を当てて見せた。
「秘密は守ります。こちらが聞いても大丈夫な範囲内でお願いします」
「え、えっと……その……」
「誤魔化したり、嘘をつかないように。お願いでありますよ?」
笑顔で圧力をかけてくるコトリにレンはゴクリと喉を鳴らす。逃げたい、すぐにでも逃げ出してしまいたい。しかし、今はただコトリの指示に従うしかない。従わなければどうなるのか、想像もできない恐怖心に襲われてしまっていた。
「ご、ごめ……なさ……で、でも……うそ……言った……け…ど……でも……ちがくて……な……」
緊張感とプレッシャーによってパニックになったレンの口から飛び出した言葉は謝罪と弁明が入り混じった曖昧なものとなってしまった。もっと簡潔に言えば良かったものを、より混乱させる結果となってしまったのではないだろうか?
対してコトリは、レンの言葉を聞き、真剣な面持ちで考える素振りを見せた後に再度確認を行った。今度は柔らかな優しい声音で語り掛けるようにしながらだ。
「成程、本当の事は言えない、といった感じで合ってますか?」
コトリの質問に対し、レンは小さく何度も首を縦に振った。コトリはその反応を見るなり、ふむふむと顎に手を添えながら悩む様子を見せた後に苦笑を浮かべて見せた。
「成程……事情は分かりませんが、嘘は言ってないようでありますな。仕方がありません。このままお別れしたとしてもまたかつあげされるのが関の山です。暫くは私が面倒を見ますが良いですかな?」
コトリの質問にレンは再び首を縦に振った。その後に付け加えるように、小さくありがとうと礼を述べる。自分の知るコトリよりも幾分か大人で、少し怖い所も感じるが根っこは同じなのだと分かった以上、警戒心は薄れていく。今までは知らない人だと思っていたが、改めて認識できた事で随分と印象が変わっていった。
―やっぱりコトリは優しいな。―
同じであっても異なるコトリという存在に感慨深くなるレン。それはそれとして、今は彼女の厚意に甘える事にした。この世界線のゲヘナ学園も治安が悪いらしく、このまま一人で行動していれば、再び身ぐるみを剥がされてしまう。今回は偶々コトリが通りかかり命拾いしたものの次はない。それこそ、路地裏で裸で段ボールにくるまりながら人目を避けて目的の人物を探さなければいけない可能性もある。安全策を取るのが吉だろうと判断し、コトリと一緒に行動することに決めたのであった。
レンが同意した事を確認したコトリは大きく伸びをすると、再び笑顔を浮かべながらレンに向かって挨拶をしてきた。
「さてと……レンちゃん、これから宜しくでありますな」
そう言いながら、握手を求めてきた彼女の手を取る。レンの小さな手を取り、互いに固く握り合うと、お互いに笑みを浮かべた。穏やかな笑み。最初に嘘をついた時と違い、変なプレッシャーも感じない。コトリに嘘をついてはいけない。それを再認識しつつ、レンはコトリと共に歩き出すのであった。