風紀の狂犬ちゃん   作:モノクロさん

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レンの大冒険―神秘は巡り―

 今日は悲しい事が起きました。

 

 なんと、コトリちゃんが幼女を誘拐した上にその毒牙で幼女を穢そうとしたのです。これはもう、ゲヘナ風紀委員会として見過ごせない案件です。コトリちゃんにはキチンと反省してもらわなければいけません。

 

 そう思い、ヴァルキューレに連絡を取ろうとしたのですが、コトリちゃんに止められました。

 

「違うでありますよミサちゃん」

 

 と、必死に弁明するコトリちゃんの話を聞くに、どうやらこの幼女は迷子のようです。そして、レンという名前だそうですが、人探しの為にゲヘナに来たようです。成程、そういう理由でしたか。これは早とちりをしてしまったようです。

 

 とはいえ、レンちゃん何処かで見覚えがあるようなと思いましたが、お姉ちゃんと一緒にいた子もレンちゃんです。

 

 見た目も容姿も同じですが、目の前にいるレンちゃんはお姉ちゃんと一緒にいたレンちゃんよりも少し若い気がします。

 

 これは……同じレンちゃんなのでしょうが恐らく違うレンちゃんでしょう。根拠はありませんが、そういう事もあるという事です。レンちゃんの目的が人探しである事を聞き、私も協力する事にしました。ここで出会ったのも何かの縁ですしね!

 

「それで、レンちゃんは誰を探しているんですか?」

 

 私がレンちゃんに問いかけると、コトリちゃんが代わりに答えてくれました。

 

「あぁ〜多分なのですが、恐らくはミサちゃんなのではと私は思うわけなのですよ」

 

「え、私……ですか?」

 

 コトリちゃんの言葉に思わずキョトンとしてしまいました。私がレンちゃんの探している人?

 

 そんな偶然あるのでしょうか?

 

 詳しく聞いてみると、レンちゃんは怪我をした友人の為に此処まで来たという事です。その友人が誰なのか、そればかりはコトリちゃんも分からないようですし、レンちゃん自身も話そうとしません。

 

「……ふむ」

 

 私は少し考えました。ほんのちょっと考えて、そして即断しました。

 

「良いですよ。協力しましょう!」

 

 レンちゃんが探している友人が誰かはさておき、レンちゃんだけどレンちゃんじゃなくとも友達を見捨てる事など出来ません。私に出来る事であるなら、力を貸してあげたいと思います。

 

「え……良いのでありますか?」

 

 コトリちゃんが驚いたように聞き返してきましたが、私はニッコリと笑顔を浮かべながら頷きます。そしてレンちゃんの方を向くと再び問い掛けました。

 

「それでは行きましょうか」

 

 そう言って手を差し出すと、レンちゃんは少し戸惑いながらも私の手を掴みます。そして……あぁ、そうそう。忘れてました。この子は私の事を知らない。私の事を知っているあの子ではないのだから。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名前は黒木 ミサです! よろしくね、レンちゃん!」

 

 

 

 

ー薬用植物園ー

 花咲く庭園。色彩溢れる楽園。様々な薬用植物が植えられたそこは、まるで夢のような空間だった。

 

 花々が生きている。当然の事だがレンからすれば意味合いが違う。ミサが植物園に入ると同時に、植物たちが彼女を歓迎するようにざわめいたのだ。歓喜の歌声にも似たそれが、植物園全体に響き渡る。その音色が人々の耳に届く事はない。この感覚は恐らく植物達が思念の様なものだろう。

 

 或いはこれを、神秘と呼ばれるものかもしれない。

 

 此処は神秘で溢れている。植物の一つ一つが神秘に包まれ、それら全てが一つの空間を作り上げている。それが、それらが、どうしようもなく……。

 

(うぉぉ……酔いそう……) 

 

 美しさを感じる一方で、水の中でもみくちゃにされる感覚に襲われる。感嘆と困惑と驚愕を同時に感じながら、レンはミサが育てた植物たちに目をやれば、見慣れないものも数多く見受けられる。これほど多くの種類の植物を育てるのは並大抵の苦労ではないだろう。

 

 そして、その一つ一つに対して愛情を持って接している。それがミサの人柄を表しているようだ。

 

「レンちゃん、どうぞ座ってください」

 

 促されるままベンチに腰掛けると、ミサは微笑みながら薬を調合する準備を始めた。一体どの位の時間がかかるだろうかと思っていると、意外にも手際が良いようで、あっという間に完成する。そうして、透明の液体が入った瓶を手渡されると、レンは興味津々といった様子で蓋を開けて匂いを嗅いでみる。

 

 植物独特の香りが鼻腔を刺激するが、不快感はなく寧ろ心地良いものであった。それらの液体が入った瓶が数本。恐らくそれぞれ効能が違うのだろう。

 

(おや、怪我をしたのであれば塗るタイプの傷薬を調合すると思ったのですが、どうやら違うようですね)

 

 小瓶を受け取ったレンと小瓶を用意したミサの遣り取りを遠目に、コトリは思考する。仮にも迷子とはいえ、知らない人物への施しとしては些か行き過ぎているように見える。無論、それが間違いだと言うつもりはないし、コトリ個人としても他人に親切にする事は美徳だと思っている。

 

 ただ、今回の場合はあまりにも都合が良すぎるのだ。偶然とはいえ、レンが探していたのはミサだった。その情報をレン本人から聞き出した訳ではなく、偶々ミサがそれに該当するというものだった。あまりにも出来過ぎている。

 

 もしもの時はと警戒していたが、当の本人であるミサは警戒心がまるでない。既知の仲のような対応だ。その点においても奇妙に感じられる。コトリは注意深く観察しながら、二人のやり取りを静かに見守る。

 

「こっちの瓶は自然治癒力を高めるもので、こっちは身体の奥底から……特にレンちゃんが飲んだ方が良いかもしれないね」

 

 そう言って、渡した薬の説明をするミサに、レンは嬉しそうに顔を綻ばせる。そして、ミサから渡された薬品を大事そうに抱えながら口を開いた。

 

「あ、ありがとな。本当に、本当にありがとな!」

 

 と、満面の笑みでお礼を言うレンに、ミサは柔らかい笑みを返す。それだけで十分だと伝えるように、小さく頷いて見せたのだ。

 

 

 

 

 

 二人と別れた後、レンは最初に飛ばされた場所に一人立っていた。

 

 必要なものは無事に手に入れた。後は元の世界線に戻るだけだ。

 

 だというのに……。

 

(え、あ……えっと……こっからどうすればいいんだ?)

 

 帰還方法なんて全く考えていない。今更のようにそんな事を考えてしまう辺り、まだまだ未熟者だと思う。とはいえ、一度成功した事だ。多少のズレはあるだろうが、恐らく問題ないだろう。

 

「……待ってろよ。コトリ」

 

 呟きながら小瓶の蓋を開けて中身を口の中に流し込む。苦味が強いが我慢するしかない。そのままグイッと飲み込んで、目を閉じ集中する。頭の中でイメージするのだ。自分が元の世界に戻る様を。目を開くとそこは元の世界であると信じてやまない景色が広がっていて欲しいと思う気持ちがあった。

 

 故にこそ強く強く強く……思うのだ。

 

 大切な人を、あの頑張り屋で誰かの為に無茶をする大事な人を失わないために。この願いに応えてくれたであろう、この世界線のミサに感謝をしながら。そこで突然視界が歪んだ。平衡感覚が狂い、上下左右さえも判別できなくなるような感覚。天と地が逆さまになるような錯覚に陥る。

 

 不安はあるが、それでもレンは信じていた。必ず辿り着けると。そう自分に言い聞かせて……。

 

 

 

 

 

 それからどれだけ時間が経っただろうか。永遠にも感じられる長い時間を過ごしたかと思えば、実際はほんの一瞬だったような気もする。兎にも角にも、気が付いたら元の世界に戻ってきていた。しかも、時間軸のズレも殆どない。戻ってきた場所は風紀委員会本部近く。

 

 ミサの育てた薬用植物から採取したエキスで作られた薬。それら全てを持って、レンは倒壊した風紀委員会本部へ走り出した。

 

 コトリのいる病院。そこが何処だかわからない。分かっている人に聞くしかない。

 

 誰かに話しかける事が怖い。怖くて怖くて堪らない。それでも、それでも、今だけはそれを乗り越えるしかないのだ。風紀委員会ならば知っている生徒も何人かいる。特にコトリが親しくしていた空崎 ヒナという人物ならば確実に知っていそうだ。

 

 ヒナならばきっとコトリの居場所を知っている筈。彼女を探す為、レンは走り出した。呼吸が乱れ胸が苦しくなっても止まることなくひたすらに走った。ヒナの所在が分からないため、虱潰しに探していく。途中、何度か他の生徒に話しかけようとしたが、結局何も言えずに終わってしまった。

 

 時間が経過していくにつれ、徐々に焦燥感が募っていく。早くしないと手遅れになってしまうのではないかという恐怖に苛まれながら、尚も諦めず探し続ける。

 

「……っ!」

 

 漸く見つけた。風紀委員会の制服を着た銀髪の少女。間違いない、彼女だ。幸運にもすぐ近くにいる。一刻も早くコトリの所へ行かないといけない。そんな焦りを抑えつつ、まずは落ち着いて深呼吸を一つして、震える声で呼びかけた。

 

「……あ、あの……あの……っ」

 

 言葉が出ない。普段から人と接する事の無かった彼女ならば仕方のない事だ。しかし、言葉にならない声は、確実にヒナの耳に届いていた。

 

 ゆっくりと振り返る。その井出達。その佇まい。間違いなく空崎 ヒナ本人だ。

 

「あの……お、おね……お願い、その……コ…コトリがどこにいる……か…分からなくて、だから……その……!」

 

 要領を得ない言葉。理解できるかと言われたらそうではないだろう。しかし、ヒナは少しだけ考える素振りを見せた後、レンに優しく微笑みかけて口を開いた。

 

「落ち着いて」

 

 優しい声音。敵意も邪心もない。純粋な善意のみで作られたセリフ。その声色に安心感を覚えたレンは少しだけ落ち着きを取り戻すことが出来た。

 

「コトリは今、病院にいるの。怪我をして、少しの間、入院している」

 

 淡々とした話し方は冷静沈着な性格を表しており、彼女の精神的な成熟を感じさせる。その態度は周りを和ませるものがあり、少なくともレンにとっては非常に好ましいものとして映ったようだ。

 

「……一緒に行く?」

 

 短い言葉で訊ねてくる彼女に対して、レンはコクコクと激しく首を縦に振る。一刻も早くコトリの元へ行きたい。その強い思いが、勇気となり形となったのだ。ヒナは一つ頷くと、レンに手を差し伸べる。

 

 今になって気付いたが、走り回ったせいか肩で息をしていた。そんな状態ではまともに歩けないだろうと察してくれたらしい。その配慮はとてもありがたかった。素直に差し出された手を握る。すると、ヒナはしっかりと握り返してきた。

 

 それはまるで、繋いだ手を通じて熱が流れ込んでくるようで暖かかった。小さな両手が包み込まれるように覆われる感触と体温が合わさって、妙な安心感を与えてくれる。

 

「こっちよ」

 

 ヒナは静かに告げると、ゆっくりとしたペースで歩き始める。レンもそれに倣って足を進める。目的地までの距離は然程遠くない。ほんの数分歩けば到着する程度だ。それでもレンにとっては途方も無い道のりに思えたが、それでも今は急がなければいけないという使命感に突き動かされていた。ヒナの歩幅に合わせてゆっくりと前へ進んでいくうちに少しずつ呼吸も整ってくる。

 

 落ち着きを取り戻したレンは周囲を見回した。倒壊した風紀委員会本部。瓦礫の山。破損した壁面に割れた窓ガラス。焼け跡のように焦げ付いた大地。あらゆる箇所がボロボロになっているにも関わらず、人々の営みは続いている。

 

 それは悲惨な光景で、見慣れている筈なのに何故か新鮮味を感じた。

 

 その原因は、キヴォトスの住民たちが以前と同じように暮らしている事にあるのかもしれないと、漠然と考えながら、レンはヒナと共に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 病院まで来た二人は受付を済ませると、案内板を見ながら該当の病室へ向かった。個室しかないらしく、個々の病室はそれほど広くないが設備は整っているようだ。各ベッドには点滴台などが置かれており、医療器具も充実している様子が伺える。

 

 目的の部屋の前に辿り着くと、扉の上にあるプレートを確認する。そこには確かに不死川 コトリの文字が刻まれていた。部屋の主に許可を貰った上で、恐る恐る扉を開けて中に入る。病室内には他に誰もおらず、ただ静寂に包まれている。微かに消毒液の臭いが漂う中、ベッドの上で眠る少女が一人いた。

 

 医療器具に繋がれたわけでもなく、寝息は穏やかそのもの。目立った外傷も見当たらない。とりあえず大丈夫なようでホッと胸を撫で下ろす。傍まで寄って、寝顔を覗き込む。すると、ヒナは小声で話しかけてくる。

 

「眠ってるけど……起こした方がいい?」

 

 その問いに、レンは首を横に振る。今は起こすべきではない。安静にしておく必要があるだろう。起きていれば色々と迷惑をかけてしまう。ましてや今の状態なら尚更だ。だからこそ、今はゆっくり休んでもらいたいという想いがあってのことだった。

 

「……そう」

 

 その意図を汲み取ってくれたのか、ヒナはそれ以上何も言わなかった。それからしばらくの間、無言のままコトリの側にいた。しかし、何時の間にか隣にいたヒナはおらず、気を使ってくれたのだと、心の中で感謝の気持ちを示す。

 

 後に残されたのはレンだけだ。ヒナがいなくなったことで、改めて自分の心臓の音が大きくなっていくのを感じ取る。手の中には薬品の小瓶が数本。これらを使って治療を施すことになるのだが、果たして上手く行くかどうか一抹の不安を覚える。しかし、ここまで来た以上後戻りはできないのだ。例えどんな結果になろうとも後悔だけはしない。そう決意し、レンはゆっくりとコトリの側に寄り添った。

 

 ベッドサイドテーブルの上に置いてある椅子を引き寄せ、そこに腰掛ける。改めて見てみると、とても弱々しい印象を受ける。いつも寄り添ってくれた頼れる姿は何処にもない。今の彼女は普通の女の子だ。否、女の子と表現するには少し厳しいだろう。華奢で脆い存在に思える。

 

 レンはそっとコトリの腕に触れる。細い腕だ。レンと比べれば肉付きは良い方だが、それでも骨格自体はしっかりとしている方だし筋肉量も人並み以上はある。にも拘らず、今触れるととても頼りなく感じた。儚く消えてしまいそうな危うさを持っている。

 

 このまま放っておけばいつか崩れ落ちてしまうのではないかと思うくらい、不安定なバランスを保ち続けているように見えた。コトリの手を握る。温もりを感じた。とても温かい。生きてる温度だ。涙が出そうになるが、今は泣いている場合じゃないと言い聞かせ、無理矢理嗚咽を押し殺す。

 

 それでも、それでもと、感情の昂ぶりはどうしても抑えきれず涙腺が緩み始め、遂には堰を切ったように大量の雫となって溢れ出てきてしまった。最早自制など効く筈がない。しゃくり上げるたびに肩が大きく跳ね上がり、鼻の奥がツンとする痛みを感じる。このままではいけない。そう思いつつも止めることができない。みっともない姿を見られまいと慌てて拭い去ろうとするが、追いつかず次から次へと零れ落ちていく。辛い。寂しい。苦しい。そんな感情が入り交じり頭の中がぐちゃぐちゃになる。心が痛い。全身に鉛を括り付けられたように重怠い。頭がクラクラして視界が霞んでいる。今までずっと堪えてきたものが一気に爆発したかのような衝撃が襲いかかる。理性ではダメだとわかっていても、本能は勝手に動き出す。心が折れてしまいそうで怖かった。このままでは自分自身が耐えられない。早く楽になりたいという欲求が湧き上がる。

 

 でもそれは叶わない願いだということも分かっている。どうしたら良いのか分からない。どうするのが一番賢明なのか見当もつかない。唯一の救いといえば、この場に自分以外の第三者が存在していないことぐらいだろう。もし誰かいたら、おそらく醜態を晒すことになっていただろうから。とにかく今は、早く落ち着く必要がある。荒くなった呼吸を整え、必死に平常心を取り戻すことに専念する。一分か、五分か、あるいはもっと長い時間だったかもしれない。顔を上げる事すら叶わず、コトリの眠る布団に顔を突っ伏していたレンの頭を、誰かがそっと撫でた。

 

 優しく慰められるかのようなその仕草に、ようやく人心地つくことができたレンは、おそるおそる顔を上げてみる。すると、先程まで眠っていた筈のコトリが目を開き、レンの頭をポンポンと叩いていた。微笑を湛え、慈愛に満ちた表情で見つめてくる少女の瞳を見た瞬間、堪え切れなくなって大きな声で泣き叫ぶ。言葉にならない叫びを上げ、赤子のようにただひたすらに泣き続ける。恥も外聞もなく泣きじゃくり続けるレンに対し、コトリは終始穏やかな笑みを浮かべながらずっと頭を撫で続けてくれた。

 

「あぁ……あぁぁぁ……コ、コトリぃ……!!!」

 

「どうしたんですか。そんなに泣いてって……あぁ、そうでした。心配をかけてしまったんですね。申し訳ありません」

 

 レンが泣いている原因を瞬時に察し、謝罪の言葉を紡ぐも、レンは首を激しく横に振るだけで一向に泣き止む気配がない。

 

「ケガ……しだっで……凄く……や、やべぇって……だがら……わ、わだ……薬ぎゃ……ゲヘナに……ぐぅぅぅ……」

 

 喋ろうとするも嗚咽が漏れ出し、上手く伝えることができない。そのせいで余計に混乱する羽目になるが、コトリは丁寧に聞き取り、レンが自分の為に何かを頑張っていた事を理解する。誰かの為に頑張る。レンにとってそれは何よりも難しい事だ。人と関わる事が苦手なレンが、臆病で自分の殻に籠りがちなレンが、勇気を出して助けを求めに行ったのだと知り、とても嬉しく思えた。感謝の念を込めて頭を優しく撫でる。

 

「ありがとうございます、レンちゃん。こんな私の為に無理をさせてしまって。そして、ごめんなさい。こんな心配をかけてしまって」

 

 申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするが、レンは勢いよく首を振って否定する。その動作に伴いポタポタと床に垂れ落ちる雫を見て、コトリは苦笑した。少しでもこの子が安心できるよう優しい声色を意識しながら語りかける。

 

「大丈夫。大丈夫ですからね。私はここにいますよ。もう何処にも行きませんから安心してください」

 

 その言葉を聞いた途端、堰を切ったように更なる号哭を轟かせながらコトリの胸元に縋りつくレンは、縋るものが出来た途端に安心しきったらしく、今度は疲労感を覚えたのか、一気に瞼が重くなり睡魔が襲いかかってくる。

 

「……レンちゃん?」

 

 ぼんやりとした意識の中、朧げになった視界に映ったコトリの顔が、不安げに揺らいでいるのを見て、慌てて目尻の水分を拭い取り、なんとか焦点を合わせようと試みるが、やはり限界を迎えてしまったようで急速に眠気が増していく。

 

「……コト……リ……ね……る……ぜん……ぶ……飲ん……」

 

 支離滅裂な発言をしている自覚はある。それでも伝えなければならないことがあって、懸命に口を動かして訴え続ける。ただ一言だけはちゃんと届けたい。一番大事な部分だけはきちんと告げなければならない。その一心で言葉を紡ぎ続ける。もうほとんど寝ぼけている状態なので呂律は回らず、舌足らずな子供のようだが、それでも構わずに口を開く。

 

「薬……全部……で……」

 

 果たして、言葉としては些か物足りない部分はあるものの、その言葉を残し、レンは眠りについた。それまで続いていた嗚咽もピタリと止まり、安堵の吐息を吐き出すと共に完全に意識を手放したようだ。規則正しい呼吸音を奏でながら深い眠りについていることを確認し、安堵の息をこぼす。恐らくは泣き疲れてしまったのだろう。まったく困った子だと思いながらも、身軽なレンの身体を持ち上げ、自身の寝るベットに寝かせる。少し狭いが、体躯の小さなもの同士が密着しているなら窮屈とは感じないものだ。寧ろ互いの体温のお陰で心地よい温もりを提供してくれるのだから有難い限りだと言える。

 

 さて、レンが言っていた薬とは、彼女が大事に持っていた小瓶の液体の事だろう。中身の成分が分からないものだが、彼女が必死に探してきたものに違いない。であれば信用するのは当たり前だ。だが、今はそれを飲む事はない。レンが起きた時、その時に飲もう。その方が、きっと彼女が喜んでくれるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。不思議な夢だ。

 

 気が付けば、家の前にいた。身体は自然と家の扉を開け、家の中へと入った。誰もいない暗い部屋。家具どころか照明もない虚無の空間。レンはゆっくりと歩みを進め、自室の扉の前に立つ。部屋の中から気配を感じる。誰かが中にいると直感的に悟り、躊躇うことなく扉を開く。

 

 そこには……

 

 私の

 

 布団の上で

 

 枕に顔を埋め

 

 激しく深呼吸する変質者がいた

 

『スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……………………ハァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァ…………スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……………………ハァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァ…………うっ!!!!!!!』

 

 なんとなく理解した

 

 変質者だが、これはきっと、私の…………

 

「おめぇ、わたしの神秘か? ほんっとうに嫌なんだけど」

 

 ミサより与えられた神秘を齎す不思議な薬の影響か、自身の神秘を夢の中で認識する事が出来るようになったレンは、目の前の神秘もとい変質者との不思議な共存関係が生まれたのであった。




―並列世界のゲヘナ―
ミサ「レンちゃん、元気にしてるかなぁ」

コトリ「元気にしてますよきっと」





という事で、慈愛の魔女様作の『縁繋の魔女〜小さな偶然達の集会で会いましょう〜』とのコラボ章は以上となります。新しい職場になり、中々更新が遅くなった事は本当に申し訳ありません。遅い筆ではありますが、引き続き風紀の狂犬ちゃんを宜しくお願いします。
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