本当になんでいるんだ?
「いや、本当になんで此処にいるんですか?」
思っていた事を思わず口に出してしまったコトリに対し、神崎はにっこりと微笑んで見せる。その笑顔を見た瞬間に背筋が凍り付いたかのような感覚に襲われたのは言うまでもないだろう。彼女の笑みには得も言われぬ威圧感があったからだ。
「ちょっとした野暮用です。用事を済ませて帰宅しようと思っていたのですが、この辺りに有名なお店があった事を思い出してふらりと立ち寄ったのですが、まさかまさかのゲヘナの自治区。本当に反吐がでますね」
「体調が悪くなるようでしたらそのままお店を出て綺麗な空気のトリニティ自治区に戻る事をお勧めします」
「ゲヘナ風情が私に意見すると?」
「言葉のキャッチボールは大事ですよ」
言葉を投げ掛ければ助走をつけて殴りかかる勢い。本当にゲヘナの事が嫌いなのだろう。一体何をされれば此処までゲヘナを毛嫌い出来るのだろう?
そもそも、ゲヘナが嫌いであればゲヘナの自治区に来なければ良いのに。レンなんて、シスター神崎を見た瞬間後ろに隠れて様子を窺っている始末。本当に不憫でならない。
レンの頭を撫でつつ、神崎と向き合う。あまり会話を長引かせると何処で逆鱗に触れるか分からない。いや、自分がゲヘナの出身というだけで、彼女にとって逆鱗に触れているので、これ以上厄介ごとに首を突っ込むのは得策ではない。
用事を済ませ、違う所で食べるとしよう。
「すみませんが、私達は此処のケーキに用があります。ですので、用がすみ次第此処から速やかに去りますので、どうかご容赦願いたいのですが」
此処で暴れられてはお店にも迷惑がかかる。それを避けるべく、コトリはなるべく穏便に済ませる為にも丁重に断りを入れる。
すると、意外にも話が通じたのか、シスター神崎は和かな笑みを浮かべながら口を開いた。
「そうですか、それは残念です。ですが、仕方がありません。どうぞ、お通り下さい」
意外にも素直に引き下がるシスター神崎に少し驚きながらもホッと胸を撫で下ろす。早い所、この場から立ち去ろうと、目的のケーキを買うべく彼女の横を通ろうとした瞬間……。
コトリのこめかみにシスター神崎が愛用する銃であるトンプソン コンテンダーが突き付けられていた。
「……なぜ銃口を?」
「私は通そうと思ったのですが、この子が許可しなかったからです」
「……本気でそう思ってるから怖いんですよねぇ」
相手の顔を見ればなんとなく考えている事を理解できるコトリだからこそ、本気でそう思っているシスター神崎の思考を読み取る事が出来なかった。
「くったれなゲヘナに神の御慈悲を……エイメン」
引き金が引かれ、銃弾がコトリのこめかみに被弾する。しかし、不思議と痛みを感じない。それどころか、ちょっとよろめいた程度で済んだ事に驚きつつも、コトリは仕方なしと言わんばかりにSGを取り出した。
「仕方がありません。自己防衛の為にやむなしです。レンちゃんは直ぐに避難して下さい。後店員さんも」
「え? あ、はい!分かりました!」
レンと店員に避難するよう指示し、シスター神崎と対峙する。先程までの穏やかな雰囲気から一変して張り詰めた空気が漂う中、先に動いたのはシスター神崎だった。一発しか銃弾が込められない単発式。故に彼女の出来る行動は限られている。
銃弾を込め直すか、持ち手を変えて近接戦闘に持ち込むか。シスター神崎は後者を選択したようだ。銃底をコトリの腹部に叩き込むと、そのまま腕を振り上げて顎を狙う。
鈍い音が店内に響き渡る。しかし、コトリは微動だにしない。そもそも、拳以上に殺傷力がある銃弾をこめかみに受けてよろめく程度なのだ。シスター神崎の拳など大したダメージにもならない。
「あぁ、本当に忌々しいですね。ゲヘナは本当に……本当に本当に本当に本当にっ!!」
「いやいや、それはこっちのセリフですよ。何故ゲヘナの自治区で貴女と出会わねばならないのか。本当に、神がいるなら問いたいぐらいです」
「えぇい! 黙れっ!!」
激昂したシスター神崎がコトリの腹部に蹴りを入れようとするもひらりと躱される。力任せに振り抜いた蹴りは空を切り、勢い余ってバランスを崩して倒れそうになるも何とか踏み止まる。
「くっ!この……っ!!」
そして、踏み止まって隙だらけのシスター神崎の腹部に、コトリは容赦なく拳を叩き込んだ。拳は寸分狂わず打ち込まれるも、服の内側に感じる硬い感触にコトリは眉を顰める。
「……丈夫な腹筋ですね」
恐らく、服の下には鍛え上げられた筋肉が隠れている。見た目とは裏腹に……いや、きっとあの時から身体を鍛えていたのだろう。ゲヘナ出身の自分に負けた事に対する悔しさをバネに。
「えぇ、あの時の屈辱を忘れぬよう、1から鍛錬をやりなおブェッ!!」
そんな、シスター神崎の顔面目掛けて持ち直したSGでフルスイングする。
身体を鍛え直した事は賞賛するが、鍛えきれない場所というのが存在する。シスター神崎はコトリのフルスイングをモロに喰らい、鼻血を出しながら吹き飛んだ。
ドアを破壊し、そのまま屋外に放り出され、地面を転がるシスター神崎。鼻血が噴水のように噴き出る彼女だが、恐らくまた起き上がるだろうと判断したコトリは、SGを持ち直したまま彼女に歩み寄り、倒れた状態の彼女と相対す。
シスター神崎の目がコトリを捉え、身体がそれに反応するように起きあがろうとする。
しかし、コトリは彼女の動きを制止するよう肩に膝を乗せ、体重をかけて地面に押し潰す。身長や体重はシスター神崎の方が上だ。それでも微動だに出来ないのは、単にコトリの観察眼を持って相手の重心や動きを見切っているからに他ならない。
完全に動きを封じられたシスター神崎は、忌々しげにコトリを睨みつける。
「この……っ!! ゲヘナの〇〇〇〇めぇぇぇぇぁぁぁぁあああああ!!!!」
お嬢様学校出身とは思えない程の汚い言葉でコトリを罵るも、それすらも無視して見下ろし続ける。今のコトリにシスター神崎の言葉は届いていない。
この手の輩は暴力で解決しても別の形で厄介毎を呼んでくる。その事を理解しているからこそ、コトリは此処で仕留める事にしたのだ。
「さてさてぇ、ちょ〜っと『見せて』貰いますよ」
そもそもが疑問だったのだ。ゲヘナ嫌いの彼女が此処にいる理由が。
いずれはトリニティの領土と言っていたが、あれは明らかな嘘である。
本当はもっと別の理由があり、なんらかの気の迷いで此処に来たのだろう。
それが何なのか、『見て』しまえば早い事。コトリは自身の観察眼を以てして把握し、その上でそれが彼女にとっての弱点に成り得ると判断したのだ。
「……ーー………ーー……ーー…っ」
当たり障りのない言葉を羅列する。そうする事でシスター神崎の表情や反応を観察し、思考が読み取れる。
当然、シスター神崎からすれば、自分が何をされているのかすら把握できない上にマウントを取られて訳の分からない言葉を羅列し続けるコトリに苛立ちを募らせている。
そして……。
「……神崎さん。貴女……元カノ(ゲヘナ生徒)との思い出が忘れられずに此処に来たんですか?」
「ーーーーーーっ!!!?!!!!!!!!!!」
その瞬間、シスター神崎の顔が真っ赤に染まる。そしてすぐさまコトリの腹部を蹴り上げ距離を取ったかと思いきや、口をパクパクさせながら狼狽した様子でコトリを睨み付ける。
「なっ……ななな、なんでそれをっ!?!?」
今にも泣き出しそうな程に動揺しているシスター神崎を見て確信する。彼女がゲヘナ嫌いの原因。それは、彼女がゲヘナとトリニティの関係に疎かった頃、一目惚れして付き合っていた子がゲヘナ出身であり、色々あって最終的に酷いフラれ方をしたのが起因している。
その日を境にゲヘナ嫌いとなったのだが、こうして未練は残っていたらしく、思わず思い出のお店に足を運んだら運悪くコトリ達と遭遇したという事だ。
知られざるシスター神崎の過去。しかし、コトリからすれば申し訳ない気持ちになってしまう。
「あー……えっと、すみません。まさかそこまでデリケートな内容だとは知らず……」
素直に謝罪の言葉を贈るも、そこから彼女の表情がみるみるかわり、フラれた時の背景が浮かび上がってくる。
ベタ惚れだったんですね。
それが、あんなフラれ方を……。
それは、ゲヘナ嫌いになるのは仕方がない。聖人君主ですら目を覆うレベルの酷いフラれ方だったようだ。
「この……っ!!よくも、よくもよくもよくもぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?!」
怒りに我を忘れたシスター神崎が懐から大量の爆薬を取り出し、そのままコトリに突貫する。
目的は自爆。忌むべき過去を知るコトリと共に自ら殉じる勢いで突っ込んでくるシスター神崎に、コトリは申し訳ない表情をしながら銃口を向け、引き金を引いた。
「がっ!?!?」
銃弾はシスター神崎の腹部に命中。鍛え上げられた腹筋であろうとも至近距離からのSGでは耐え切れる筈もなく、彼女の身体はそのまま吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。
そして、抱え込んでいた爆薬が爆発し、シスター神崎の身体は爆炎に包まれた。
爆風で周囲の建物の窓ガラスが割れ、吹き飛ばされた破片が周囲に飛び散る。住民達が我先にと避難する中、コトリは彼女に対してほんの少しの申し訳なさと、よくよく考えれば自分達も巻き込まれただけじゃないかという二つの感情が入り混じり、最終的にはまたもやレンを巻き込んでしまった事に対する申し訳なさが優った結果となり、レンを連れてその場を後にした。
その後、ゲヘナの自治区から遠ざかるシスター神崎の姿が確認され、彼女が無事である事を知ったコトリだが、彼女の事だ。きっと過去を知った自分の事を許さないだろう。
執念深そうな彼女の事だ。絶対に襲撃があるだろう。その時は、正当防衛でやむなしと割り切る事にした。