背中で泣きじゃくるレンを連れて、コトリは風紀委員会本部へと戻ってきた。
その道中、多くの生徒達の視線がコトリとレンに集まり、『え、何あれ誘拐?』『あの子って、確か風紀委員会の……』『風紀委員会の生徒が小さい子を?』などなど、言いたい放題である。
釈明したいが、1人1人説明していたら、とてもじゃないが時間が足りない。
レンは未だに『う゛ぅ゛……ぐずっ……』とぐずっているし、下手に刺激したらまた泣き出してしまいそうだ。
コトリは、レンをあやしながら風紀委員会本部の中に入る。そしてそのまま執務室に直行し、ヒナ委員長へ報告するのだった。
「あら? もう巡回は終わったのかしら?」
「はい……その……」
「……その子がどうしたの?」
「実は……」
コトリは、巡回中に見つけた女の子を連れてきた事をヒナ委員長に説明した。その説明を聞いたヒナ委員長が口を開く。
「……その子の事は分かったわ。大変だったわね。ちょっと待ってて。その子の身元を調べるから」
「はい……お願いします……」
コトリはレンをソファに降ろして座らせ、常備していたお菓子のクッキーをレンに差し出す。
「はい、どうぞ。これでも食べて、少し待っていてくれる?」
「ゔぁ゛い゛……」
コトリが優しく声を掛けるとレンは素直に返事をしてクッキーを食べ始める。その様子を見たヒナ委員長も『ふふっ』と笑うのであった。
お菓子を食べて少し落ち着いたのだろう。レンの口から、ポツリポツリと言葉が紡がれ始めた。
朝起きたら姉がいなかった事。
畑仕事でもしているかと思い、姉を探しに外に出た事。
しかし、姉の姿は何処にもなく、不安で一杯になり、探しに出た事。
そして、ろくに家から出る事もなかったレンは、此処が何処なのかも分からずに彷徨い続けた事。
「ね゛ぇ゛ぢゃ……どごぉ゛……ごぇ゛ぇ゛よぉぉ……」」
レンは、またも泣き出してしまう。そんなレンをコトリが優しく抱き締めて頭を撫でると、次第に落ち着きを取り戻していった。
「大丈夫ですよぉ……お姉ちゃんならきっと見つかるからねぇ」
コトリがそう声を掛けると、レンは『ゔぅ゛ん……』と小さく頷いた。そして暫くすると、安心したのかスヤスヤと眠り始めたのである。
落ち着いて気が抜けたのだろう。コトリはレンをソファに寝かせて毛布を掛けた。
「ご苦労様、コトリ」
ヒナ委員長がそう言うと、コトリは小さく首を横に振った。
「いえ……私は何もしていませんから」
「そんな事ないわ。貴女はやるべき事をしっかりやったもの。お陰でこの子の名前も分かったし、後はこの子の姉を探すだけね」
ヒナは、レンを起こさないように静かに執務室に入り、ソファで眠る女の子の名前と住所が書かれた書類を手渡した。コトリはそれを受け取り確認をする。
辰巳 レン。
ゲヘナの自治区から比較的に近い自治区に住んでいるようだ。姉の名前は辰巳 ユタカ。学業の傍ら、農業を営み、栽培した野菜を市場に卸して生計を立てていたらしい。
レンの様子から、姉に相当甘えていたのだろう。いつもいる筈の姉がいなくて、心細かったのかもしれない。
コトリは、レンが泣きじゃくっていた事を思い出しながら一通り書類に目を通した後、ソファで眠るレンを一瞥し、小さく息を吐く。
「この子の姉……ユタカさんは何処にいるのかしら?」
ヒナもソファに座り、眠っているレンの頭を優しく撫でるとそう呟く。
「可能性としては栽培した野菜の出荷先……市場に野菜を卸しに行って、その間にレンちゃんが姉がいなくなったと勘違いして探しに出た……というのが自然の流れだと思います」
「そうね。その可能性が高いと思うわ」
「それなら、レンちゃんを家まで送ります。もしかしたら家に帰っているかもしれないので」
そして、ある程度時間が経過しても帰って来なかったら、その時は改めて指示を仰ぐ。コトリがそう付け加えると、ヒナもそれに頷いた。
「えぇ……お願いするわ。私も、何か分かったら連絡するから」
「お願いします。それでは、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
起こさないようにレンを背中におぶって、その体勢のままヒナに頭を下げて一礼すると、風紀委員会本部を後にした。
それにしても、『行ってらっしゃい』か。言われてみると、不思議な感じだ。
誰かに行ってきますと言うのも、行ってらっしゃいと言われるのも、何だか胸の辺りが温かくなる。
そんな事を考えながらコトリが歩いていると、背中でスヤスヤ寝ていたレンが小さく声を発した。どうやら目が覚めたらしい。
「おや、起きましたか?」
コトリが声を掛けると、少し間を置いてから返事が返ってくる。
「……うん」
「まだ眠たかったら寝てて良いよ? おうちまで送りますからねぇ」
そんなやり取りをしながら、コトリはレンを背中におぶって自治区の中を歩いていく。
いっぱい泣いて、そしてお菓子を食べてお腹が満たされて、心なしか気持ちが落ち着いたのだろう。レンは、『なぇ……』とコトリに声を掛ける。
「どうしましたか?」
「……お姉ちゃんが何処にいるか分かるのか?」
そんな質問を投げ掛けるレンに対して、コトリは少し困ったような表情を浮かべながら答える。
「うーん……それはまだ分からないかなぁ。でも、一度お家に帰ったら何か分かるかもしれませんし、ヒナ委員長……私の先輩も調べてくれているみたいなので、何か分かったら連絡すると仰ってましたから、きっと大丈夫ですよぉ」
コトリがそう言うと、レンは『うん』と短く返事をした。そして暫くすると、再び小さな寝息を立て始めるのであった。
そんなやり取りをしながら自治区の中を歩き続けていく事1時間程だろうか。ゲヘナの自治区から他の自治区の境界線を超え、レンの住む家の住所まで到着した。
「レンちゃん。着きましたよ」
優しく声を掛けると、背中で眠っていたレンは『ん……んん』と小さく声を漏らしながらゆっくりと目を覚ます。そして、キョロキョロと周囲を見渡す彼女に、コトリは問い掛けた。
「此処がレンちゃんのお家の近くで間違いないですか?」
コトリがそう問うと、レンは『……うん』と小さく頷いた。そして、背中におぶさったままの状態で家を指差す。
「あっち……」
そう言って指差す方向を見てみると、それらしい建物を視認する事が出来た。
「あの家ですか?」
コトリがそう聞くと、レンは『うん』と頷いた。そして、今度は家の前を指差して口を開く。
「あれがうち」
どうやら此処で間違いないらしい。コトリは小さく頷いてから、レンを背負ったまま、家の前まで歩いていく。
「レンちゃん、お家に着きましたよ」
コトリがそう声を掛けると、背中のレンは『うん』と小さく返事をして、家の前に立って呼び鈴を鳴らした。すると……。
「……は〜い」
1人の少女の声が返ってきた。どうやらレンの姉、ユタカの声らしい。
「っ! 姉ちゃん!!」
その声に、背中にいたレンが反応して、バタバタと暴れ始めた。
「おっと……レンちゃん、落ち着いてください」
コトリがそう言うと、レンは『ゔぅ゛……』と小さく唸りながら大人しくなるのであった。
そんなやり取りをしていると家の中からパタパタという足音が聞こえてきて、玄関の扉が開かれた。
見た目はレンが成長した姿の、名前のように豊かな胸囲を携えた女性だ。
「どちら様でって……レンちゃん! もぉ、何処に行ってたの? 凄く心配したんだよ」
ユタカは、コトリにおんぶされているレンの姿を見つけると、安心したようにホッと胸を撫で下ろす。そして、『もう……』と言いながらも優しく微笑むのであった。
「妹を送り届けて下さってありがとうございます」
ユタカは、コトリにお礼を言うと、レンの頭を撫でながら優しく微笑むのだった。
レンはユタカが家にいた事に安心したのか、『ゔぅ゛……ぐずっ……』とまたも泣き始める。
もう離れたくないと言わんばかりにユタカの服をギュッと掴んで、胸に顔を埋めるレン。そんな妹を優しく抱き止めると、ユタカはコトリに頭を下げるのであった。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ……それでは私はこれで失礼しますね」
そう言って踵を返して帰ろうとすると、ユタカが『あっ!』と声を漏らした。
「あの、少しだけお待ち下さい」
ユタカはコトリを呼び止めると、家の中に引き返していく。そして直ぐに戻ってきたかと思うと、その手に何かを持って戻って来たのである。
「お礼と言っては何ですが……もしよろしければこれを受け取って下さい」
そう言って、ユタカから受け取ったのは栽培していたであろう野菜の詰め合わせだ。
「これは……頂いても良いんですか?」
コトリがそう聞くと、ユタカは『はい!』と頷いた。
「……ありがとうございます」
コトリはそう言って頭を下げると、再び踵を返してゲヘナ学園へと帰路につくのであった。
ヒナ以外に……風紀委員会のメンバー以外にお礼を言われるのは初めてかもしれない。
コトリは、ユタカから渡された野菜の詰め合わせを見つめながらそんな事を考える。そして、なんだか胸の奥が暖かくなるのを感じたのだった。
その後も風紀委員会本部へと戻り報告を済ませると、ヒナ委員長に『お疲れ様』と労いの言葉を掛けて貰った。
「ユタカさんの件ですが、どうやら市場でトラブルがあったらしく、帰りが遅くなったようです。それと、これはそのユタカさんから……」
コトリは、先程の野菜の詰め合わせをヒナ委員長に見せると、『あら? 良いのかしら?』と首を傾げていた。
「はい……お礼だそうです」
「それならありがたく頂いておきましょうか」
そう言って微笑むヒナ委員長を見て、コトリは『はい』と頷きながら微笑み返すのであった。
後日、ユタカが栽培した野菜は給食部に高く評価され、正式に契約が結ばれた。
時折、野菜を積んだトラックが学園の門を潜り、ユタカとレンと交流する事となったのは、また別のお話。
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