アビドス高等学校。
かつてはキヴォトス最大の学園として名を馳せ、長い歴史を誇っていたが、砂漠化による環境の変化から衰退の一途を辿り、今ではその栄誉も見る影もない。
そして、今現在。アビドス自治区は砂漠化の影響で住める場所が限られており、他の学園に比べて非常に過酷な環境での生活を余儀なくされている。
そんなアビドスの自治区にコトリがやって来たのだが……。
「これは……」
目の前に広がる光景にコトリは呆然と立ち尽くしていた。それもその筈だろう。何故なら、目の前に広がる景色は、砂に埋もれた廃墟が立ち並ぶ街並みがどこまでも広がっているからだ。
「本当に此処で合ってるのかな……?」
そんな不安を抱きながら駅から降りると、コトリは営業しているコンビニに直行した。
突拍子な気持ちから行動に移った事もあり、事前準備は何もしていない。しかし、街並みを見た瞬間、これはマズイと思った。
コンビニの店員に話しかけ、暫くアビドス観光をしたいと相談すると、必要な物を幾つか見繕って貰い、それを受け取ってからコンビニを後にする。
水分補給は大事とは思ったがコンパスや地図も必要とは思わなかった。何でも、時折砂嵐に襲われる事もあり、方角が分からなくなって遭難する事もあるのだとか。
「本当に、此処がアビドスなんだ……」
コンビニで買った地図を見ながらコトリはそう呟いた。ついでに店員からアビドス高等学校の場所を聞いていて良かった。本館は既に砂に埋もれており、移転を繰り返した結果、今は別館に校舎があるという。
しかし、遭難対策として簡易寝袋を持たされた時は、一度引き返そうかとも考えた。だが、此処まで来たのだから引き返すのも勿体ないと自分に言い聞かせて、コトリは砂漠に埋もれた街並みを歩くのだった。
「あ、あった……」
歩く事数時間。馴れない砂の大地に足を取られながらも、コトリは何とかアビドス高等学校に辿り着いた。
「此処が……」
目の前に広がる校舎を見て思わずそう呟く。そして、砂に埋もれた街並みと同じく、校舎の彼方此方が砂に埋もれた光景に、コトリは息を呑む。
しかし、所々砂を除去した痕跡があったり、屋上にはソーラーパネルが備えられていたりと、完全に砂に埋もれているという訳ではないようだ。
「取り敢えず……中に入ってみよう」
情報によると、現在アビドス高等学校には生徒が2人しかいないらしい。
要注意人物としてリストアップされていた小鳥遊 ホシノと生徒会長の梔子 ユメ。まずは、その2人に接触してみない事には始まらない。コトリは覚悟を決めるとアビドス高等学校の校門を潜ろうと足を踏み込んだ瞬間……。
校内からピンク髪の小柄な生徒が凄い剣幕でコトリの横を通り過ぎた。
「へ……?」
コトリは、思わず間が抜けた声を漏らす。一瞬だけ目があったが、相手はコトリの事を気にも留めず、そのまま走り去っていった。
「えっと……?」
一瞬だがその生徒はリストに載っていたホシノだった。何をそんなに怒っていたのかと疑問は尽きなかったが、取り敢えずはアビドス高等学校の中に入ろうと、コトリは校門を潜るのであった。
「……」
砂に埋もれた校舎内に入ると、外とはまた違った光景に目を奪われる。しかし……。
「誰も居ない……?」
そう思えるくらい、人の気配がない。しかし、ホシノ以外にもユメという生徒もいた筈だ。この校舎の何処かにいるのは間違いないだろう。
暫く、砂が入り込んだ廊下を歩いていると、漸く人の気配がする教室を発見した。コトリは教室の扉をそっと開ける。すると、破れた紙をテープで補強するユメを見つけた。
「あのぉ、すみません」
コトリがそう声を掛けると、ユメは作業の手を止め、此方に振り返る。
「どちらさまですか?」
ユメはそう言うと、コトリをジッと見つめる。その視線に若干たじろぎながらも、コトリは口を開くのだった。
「えっと、アビドスの観光に来ていたのですが、色々と歩き回っていたら道に迷ってしまって……そしたら、学校を見つけたので……」
コトリはそう説明すると、ユメは『あぁ、成程』と声を漏らす。咄嗟に思い付いた嘘だが、どうやら信じてくれたようだ。ユメはほんわかとした表情を浮かべながら、口を開いた。
「大変だったね。でも大丈夫。私も時々、砂嵐とかで迷う事があるから」
と、決して大丈夫な要素が何処にもない事を言いながら、ユメは立ち上がるとコトリに歩み寄る。
「それじゃあ、駅まで送ってあげるね。あ、私はユメって言うの。よろしくね」
そう言って手を差し出してくるユメにコトリは『よろしくお願いします』と答えて握手を交わすのであった。
「えっと……お名前は?」
「コトリと言います」
「コトリさんね。良い名前だね」
ユメはそう言うと、破れた紙を元の状態に補強するまで少し待って欲しいと、コトリに椅子を勧めるのであった。
「すみません、お気遣い頂いて」
「ううん、良いんだよ」
そう言ってユメは微笑むと作業に戻るのだった。そして暫くして……。
「よしっ!これで完成!」
ユメはそう言うと、破れた紙をテープで補強し終えると、満足気に笑みを浮かべるのであった。
「……それは何ですか?」
「ん? あぁ、これはね、アビドス砂祭りのポスターだよ」
砂祭り……確か、昔アビドスのオアシスで行われていた祭りと記憶している。しかし、今はオアシスが砂に埋もれて無くなった行事の筈だが、ユメはそのポスターを見つめながら、少し寂しそうな表情を見せた。
彼女の表情と先程門ですれ違ったホシノの表情。このポスターの件で何かあったのかもしれない。
「……もしかして、門で他の生徒とすれ違いましたが、何か関係ありますか?」
コトリがそう聞くと、ユメは苦笑混じりに『うん』と頷くのであった。
偶々このポスターを入手したユメが、また奇跡が起きて、あの頃みたいに人が沢山集まったらと、今のアビドスの現状を鑑みずに語った夢物語にホシノが激昂し、ポスターを破り捨てたのだという。
「それで、ホシノちゃんは飛び出して行っちゃったんだ」
ただ、いつも彼女に迷惑をかけていた事や、今回の件も、自分の発言が原因で彼女を怒らせてしまったのだと、ユメは申し訳なさそうに呟いた。
「……そんな事ないですよ。良いじゃないですか。あったら良いなって願望を話すくらい」
コトリがそう言うと、ユメは少し驚いた表情を浮かべた後、『ありがとう』と言って微笑んだ。そして続けて口を開くのだった。
「でもね、ホシノちゃんの気持ちも分かるの……」
「?」
ユメの言葉に、コトリは首を傾げる。その仕草を見たユメが更に言葉を続けた。
「ホシノちゃんね……いつもアビドスの為に頑張ってくれてたんだ」
「……そうなんですか?」
コトリがそう聞き返すと、ユメは『うん』と言って頷く。今のアビドスは多額の借金を抱えており、その負の遺産を2人だけで必死に返済しているという。
その為に、学校の備品を売ったり、アルバイトで稼いだお金も殆どが借金返済に充てているらしい。
その過程で危ない目にあった時は、いつも彼女が助けてくれて、その度に怒られつつも、なんだかんだと世話を焼いてくれるのだと、ユメは嬉しそうに語るのであった。
「ホシノちゃんはね……口は悪いけど、本当は優しい子なんだ」
そう話すユメの表情には穏やかな笑みが浮かんでいる。コトリも釣られて笑みを浮かべると『そうだったんですね』と言葉を返した。
「うん、だから……ホシノちゃんが帰ってきたら、謝ろうかなって思って。きっと、このポスターを破った事も、本心では後悔してると思うから」
ユメはそう言うと、ポスターを机の上に置き、コトリに向き直る。
「ごめんね、こんな話聞かせちゃって」
「いえ……私もホシノさんのお話が聞けて光栄でした」
コトリがそう言うと、ユメは『そう言ってくれると嬉しいな』と言って笑うのであった。そして、少し間を置いてから口を開く。
「待たせてごめんね。確か、駅に戻りたいんだったよね? 私も丁度用事があったから、そこまで案内するよ」
「ありがとうございます」
ユメの言葉にコトリは頭を下げると、彼女と共に教室を後にする。道中、『凄い荷物だね』とユメに言われ、『砂嵐に巻き込まれた時の対策だそうです』と、他愛のない話をしながら、2人はアビドス高等学校を後にした。
そして、学校を出て数十分後、2人は本当に砂嵐に巻き込まれ、遭難する事となった。
梔子 ユメ生存√