突然の事だった。
コンビニの店員から話は聞いていたが、本当に砂嵐に遭遇するとは思わなかった。
視界が悪く、自分が何処を歩いているかすらも分からない。唯一、運が良かったといえば、ユメと一緒に行動していた事だろう。
互いに手を取り合い、離れ離れにならないように注意しながら、砂嵐の中を歩き続けて避難出来そうな場所を探す。
「コトリちゃん、大丈夫?」
砂嵐の音に掻き消されないようにユメが叫ぶと、『何とか』と返事を返すのがやっとである。
それにしても、ただ立っているだけでも体力が削られる。このままではマズイ。そう判断したコトリはユメに声を掛ける事にした。
「何処かの民家に避難しましょう!! 確か、この辺りにも廃墟になった民家が何軒かあった筈です!!」
コトリがそう言うと、ユメも『そうだね』と頷く。そして、2人は砂嵐の中を歩き続け、漸く廃墟に辿り着いたのであった。
2人して廃墟の中に入ると、体力を温存する為に壁にもたれ掛かるように腰を下ろす。
「大丈夫? コトリちゃん」
ユメがそう聞いてくる。コトリは『はい』と頷いてから口を開いた。
「大丈夫です……でも、少し休みましょう。水は……まだ余裕がありますので、心配しないで下さい」
リュックの中身を確認し、水と携帯食料。そして地図とコンパスが無事な事を確認してホッと胸を撫で下ろす。
「ユメさんも、水飲みますか?」
コトリがそう聞くと、ユメは『ありがとう』と言ってコップを受け取る。そして水を飲み干すと口を開いた。
「ごめんね。コトリちゃん。私、何も出来なくて……」
「いえ……そんな事はありませんよ。私1人でしたら、砂嵐に対処出来たかどうか……それに、この状況ですと、1人だと不安になりますし、ユメさんと一緒で心強いですよ」
実際、今まで体験した事のない災害に、コトリも不安を感じている。そんな時にユメが一緒に居てくれるだけで安心出来るのだ。何より、今回は暇を貰って来たわけで、ヒナは無論、他の風紀委員会の生徒達にも秘密で此処に来ているので、ユメが一緒に居てくれて良かったと、コトリは心の底から思っていた。
「ありがとう……でも、本当にどうしよう……」
携帯の電波を確認するも、圏外と表示されている。つまりは連絡も取れない状況だ。
「取り敢えず……砂嵐が止むのを待つしかないですね」
果たしてこの砂嵐がいつ止むのかは分からない。しかし、このまま無策で歩き回るのは危険だ。
舞い上がる砂を完全に防ぎきれているわけではないが、それでもこの廃墟に辿り着いたのは僥倖だろう。
コトリがそう呟くと、ユメも同意する様に頷く。そして2人は砂嵐をやり過ごす為に体力を回復させる事にしたのだった。
それからどれ程の時間が経っただろうか?
砂嵐はおさまったがその頃には陽が落ち、辺りは暗くなっていた。流石にこの暗さだ。このまま外を歩き回るのは危険だろう。今日は此処で一晩過ごそうと提案すると、ユメもそれに同意した。
それにしても寒い。陽がある内は暑かったというのに、昼夜でこうも気温が変わるとは思わなかった。
「ユメさん、大丈夫ですか?」
コトリがそう聞くと、ユメは『うん』と頷く。そして続けて口を開いた。
「私よりも……コトリちゃんの方が心配だよ」
そう言って身を寄せてくれるユメに、コトリも『ありがとうございます』とお礼を言った。
「ユメさんは、寒くないですか?」
コトリがそう聞くと、ユメは微笑みながら口を開く。
「うん……大丈夫」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、やはり少し寒そうにしているように見える。購入した簡易寝袋は1つしかないが、コトリが小柄な分、何とか2人で使えそうだ。
「……ユメさん。キツくないですか?」
「大丈夫だよ……でも、私が入ってるから狭くない?」
「いえ。そんな事はありません」
2人で寝袋に入っているのだから当然狭い。しかし、自分だけ暖を取るのは気が引けるし、何より彼女に寒い思いをさせたくなかった。
「それに……こうしてれば暖かいですし」
コトリはそう言って微笑むと、ユメも釣られて笑うのであった。そして少し間を置いてから口を開く。
「……ねぇ、コトリちゃん。少し……お話ししない?」
ユメの突然の提案にコトリは首を傾げるが、特に断る理由もなく、良いですよと頷いた。そして彼女は語り始めるのだった。
ホシノとの馴れ初めを……。
「ホシノちゃんね、いつも私を助けてくれるんだ」
ユメはそう言うと、嬉しそうに微笑むのであった。コトリも相槌を打つ。
困っていた時はなんだかんだと手を差し伸べてくれるし、危ない目にあった時はいつもホシノが助けてくれた。
ユメはそう語ると、『でもね……』と言ってコトリを見つめるのであった。そして……。
「私、ずっとホシノちゃんに頼ってばっかりで……」
そう言って少し寂しそうに俯くのだった。
「ホシノちゃんはね。凄く優しい子なんだよ。それなのに、私がいつも迷惑掛けちゃうから、だからあの時も、ホシノちゃんはそんな私を怒って……」
ユメはそう言って、ホシノがポスターを破ってしまった時の事を話す。
祭りが行われていたオアシスが枯れて、生徒はおろか、住民すらもアビドスの現状に絶望し、去っていった。
彼女達は利口だ。先のない学園より、未来のある学園を選ぶ。砂に埋もれ、劣悪な環境に陥ったアビドスに何の価値があるのだろうか?
それでもと、残ったのがユメとホシノの2人だけ。ユメもホシノも、そんな現状を打開する為、毎日奔走していた。しかし……結果は見ての通りだ。
その状況でありもしない夢物語を語って、現実を見ようとしないユメの発言に、ホシノは怒り、そしてポスターを破った。
「ホシノちゃん、帰ってきてくれるかな?」
ユメはそう言って涙を零す。そんな姿を見てコトリは『大丈夫ですよ』と言って彼女の背中をさすった。
「ポスターを破ったのだって、きっと本心ではありませんよ。ついカッとなってやってしまうのが人というものです。だからきっと、ホシノさんも後悔していますよ」
「そうかな……?」
コトリの言葉にユメは不安そうな表情を浮かべながらそう呟く。そんな彼女に、コトリはゆっくりと頷いた。
「はい……きっと今頃反省していると思いますよ。なんなら、今頃慌ててユメさんを探し回っているかもしれません」
コトリがそう言うと、ユメは『そうだと良いな』と言って笑うのであった。そんな彼女に釣られて、コトリも笑みを浮かべる。
「だから、ユメさんも元気を出して下さい。ホシノさんが戻って来た時、そんな辛気臭い顔をしていたら、ホシノさんに怒られちゃいますよ」
「うん……そうだね。ありがとうコトリちゃん」
ユメはそう言って微笑むと、再び口を開くのだった。そして2人は他愛のない話を続けるのであった。
そして、いつしかユメの寝息が聞こえてくる。簡易寝袋の中で暖を取る為に、ユメはコトリを抱きしめながら眠っていた。
学生にしては豊満な胸が顔に押し付けられている。びっくりするくらい柔らかい。そして凄く良い匂いがする。ユメの無自覚な誘惑に、コトリはドギマギしていた。
こんな状態で眠れるはずがない。コトリは悶々としながら、朝を迎えるのであった。
翌日、廃墟から出た2人は、地図とコンパスを頼りにアビドス高等学校へと帰る事が出来た。
水も食料もギリギリで、着いた瞬間、安堵のあまり2人は地面にへたり込む。
良かった。無事に帰ってくる事が出来た。砂嵐に襲われたとはいえ、方向感覚が狂わされ、歩いていた道から大きく逸れ、挙げ句の果てには連絡手段もない。
正直、不安で押し潰されそうだった
自然の脅威を痛感し、そして改めて無事に帰ってこれた事を嬉しく思う。
此方の問題は無事に解決した。後はユメとホシノの問題だろう。
「ユメ先輩っ!!」
そう考えていると、校門からホシノの声が響き渡る。見ると、校門にホシノが立っていた。
「あ……っ!」
ユメが嬉しそうに声を上げると、コトリは『行ってあげて下さい』と言って背中を押すのであった。
此処から先は2人の問題だ。部外者の自分が口出しするべきではない。
「ホシノちゃん……っ!!」
ユメは駆け出すと、そのままの勢いでホシノに抱きついた。そして『良かった』と言って泣き出すのだった。そんな2人をコトリは静かに見つめる。
そう、抱き付かれた衝撃でユメの豊満な胸が顔に押し付けられて、埋もれたホシノがわなわなと身体を震わせるも、やがて大人しくなる姿に、あぁ、この人もそうかと1人納得する。
「ホシノちゃん……ごめんね」
ユメはそう言って涙を流す。そんな彼女を、ホシノは優しく抱き返したのだった。
その後、ユメとホシノが無事に和解したのを見届けたコトリは、改めてホシノと対峙する事となる。
ホシノも、ユメを助けてくれた恩人であると認識しているのか、コトリの事を無碍にはせず、話を聞いてくれるようだ。
コトリは告げた。多分、問題ないと判断した結果だ。
「私が此処に来たのは、本当は観光の為ではありません」
そう前置きをした上で、ホシノが各学園の中でも要注意人物として挙げられていた事を告げ、その偵察も兼ねて来たと、コトリは正直に話した。
「成程、そういう事……それで? 私を見てどう思ったの?」
ホシノの言葉に、コトリは少し考え込んだ後、口を開いた。
「正直な所、今のホシノさんからは、あまり脅威を感じません」
「へぇ……」
コトリの言葉にホシノは目を細める。そんな彼女にコトリは続けた。
「昔の貴女がどうだったのかは知る由もありませんが、少なくとも、今の貴女からはというのが本音です。だって……」
と、先程のユメとの遣り取りで感じ取った思いを、正直に告げた。
「ユメさんのπに溺れていた貴女は恐るるに足らz……」
気が付けばアビドス高等学校の屋上から逆さまに吊るされた状態で目が覚めた。何故こんな状態になっているのか、コトリは必死に考えるも答えが出てこない。
身体の彼方此方が痛い。特に後頭部が物凄く痛い。
真っ逆さまで頭に血が上って……あ、スカートが捲れて下着が丸見えになってるぞこれ。まぁ、人気のないアビドスだったら問題ないけど、それでも羞恥心はあるわけで。どうしたものかと考えながら、数十分後に慌てて引き上げてくれたユメに感謝の言葉を述べるのであった。
・後日談
ユメとホシノに別れを告げ、ゲヘナに戻るコトリ。
その道中、レンから連絡があった。
野菜を出荷しにユタカと共にゲヘナを訪れたがコトリがいなかった事が心配で電話をしたとの事。
事の経緯をレンに伝えると、おずおずとした様子で、ある提案をしてきた。
『な、なぁ……もし良かったらだけどよ、その……オアシスがあった所、見にいってみねぇか?』
レンの提案にコトリは首を傾げる。確か、あそこにはもう何もない筈だが……。
しかし、それでも興味はあったので行ってみるのも悪くないだろう。そう判断したコトリは了承して電話を切った後、再び歩き出すのだった。
そして辿り着いた砂漠地帯には、かつてのオアシスの面影はなく、干上がった湖に、砂埃が舞う光景が広がっている。
「やっぱり……何もないですね」
オアシスがあった所の中心辺りまで足を運ぶが、やはりそこには何もない。
無駄足だったかもしれない。しかし、もしもこのオアシスに再び水が戻り、かつての美しい姿に戻ったら……。
コトリはそんな想像をして、少し寂しくなるのであった。そして踵を返した所でふと気が付く。
「あれ……?」
枯れ果てた筈のオアシスの砂地に、僅かな水溜りが見えたような。コトリは目を凝らして砂地に出来た水溜りを見つめる。しかし、それは一瞬の事で、次に見た時には何もなくなっていた。
「気のせい……かな?」
水溜りらしきものが見えた場所まで歩き、そっと砂地に指を這わせる。やはり何もない。水気もなければ、水溜りの跡すらない。
やはり気のせいだったのだろうとコトリは判断し、その場を後にした。
コトリが去ったオアシスの名残り。その砂地には、僅かではあるが確かに水が残っていた。
しかし……それは本来有り得ない事だった。何故ならアビドス砂漠のオアシスは枯れ果てており、生命が息づく場所ではないのだから。
だが、砂地は水気を含み始め、徐々に砂地の表面を水が覆い始めた。
まるで、水溜りがオアシスを作り出そうとしているかのように……。
そして数日後、アビドス砂漠のオアシスは復活を遂げるのだった。
有り得ない奇跡。それはコトリがアビドスに来てから起こった、本来存在しない筈の奇跡の選択肢。
オアシス復活は、直ぐにユメとホシノの2人に知らされる。
ユメは涙を流しながら喜び、ホシノも驚きを隠せない様子だったが、オアシスが復活した事を知り、2人の目標が定まるのであった。
アビドス砂祭りを開催する。砂に埋もれ、劣悪な環境に陥ったアビドスでのお祭り。それは夢物語であり、実現不可能な絵空事だっただろう。
だが、その夢物語に現実味が帯びた事で、2人に新たな転機が訪れた事は間違いない。そして、2人は再び手を取り合う。困難が待ち受けていようとも、もう2人の間に迷いはなかった。
アビドス砂祭りを開催した所で、人が戻ってくるとは限らない。ほんの一瞬の、儚い夢かもしれない。
それでも、2人は夢を追いかける。そして、その夢を叶える為に、今日も今日とて駆け出すのだった。
砂漠に吹く風は砂塵を巻き上げながら彼女達の行く手を阻むだろう。それでも足を止める事はない。何故なら……もう2人の間に迷いはないのだから。
※オアシス復活の奇跡はコトリの神秘と関係があります。詳しくは『風紀の狂犬』を参考にして頂けると幸いです。
感想ありがとうございます。
凄く励みになっています。