タキオン先生   作:カチャンコカチロホ

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授業中

 既に傾いたオレンジ色の日差しに満たされた教室の中で、僕はふと講習の時間がもう五分しか残っていないことに気が付いた。

 夏休みが終わり、少しずつ日没までの時間が早まりつつある今日この頃。それでもまだ時折顔を出す酷暑の残り香に蒸されながら、僕達は放課後の教室で特別講習に精を出していた。

 僕の学校で開かれる放課後の特別講習は各教科の先生が行う補講の様なもので、主に特定の教科を苦手とする生徒や、難関大学を志望する生徒が受けている。

 当然、その内容も特定のジャンルやレベルに偏るため、各講習に集まる生徒は多くても10人前後な中、この化学室にはその限度を遥かに超える40人の同級生が肩を寄せ合って机に向かっていた。

 なぜ、この教室にだけ通常講習の四倍もの生徒が犇めき合っているのか?

 

「で、あるからして……」

 

その理由は偏に、淀みなくホワイトボードに数式と化学式を書き連ねていく、一人のウマ娘の先生にあった。

 

タキオン先生こと本名アグネスタキオン先生。

 

普段は科学部の顧問をしながら、時折自分の研究と称して怪しげな薬を片手に学校を徘徊しているこのミステリアスな先生は、何を隠そうあの伝説の三冠ウマ娘の一人、アグネスタキオンその人なのだった。

 先生自身は僕達生徒にそのことを聞かれても、「もう十五年以上前の話だよ」といつものミステリアスな微笑を浮かべて煙に巻いてしまうけれど、時折気が向いたときに陸上部所属のウマ娘の同級生達に見せる”お手本”は素人の僕ですらハッと目を奪われてしまうくらいに美しかった。

 けれど、そんな情報は僕達男子生徒からしてみれば、全て些事でしかない。じゃあ、一体何が重要なのか? それは、

 

「おやおや、ここの化学式は中々にアグレッシブだねぇ?」

 

「は、はひっ!?」

 

この、生徒との距離が妙に近い先生が、学校の誰よりも美人な事こそが僕達にとっては重要なのだ。

 そう、この教室に集まった生徒は他でもない、少しでも長い時間タキオン先生の近くに居たい、声を聴きたい、あわよくば運良く先生に手元を覗き込まれたあいつと同等の幸運が自分にも降り注ぐことを望んでやまない、そんな勉強とは全く別ベクトルの情熱を胸に抱いた仲間達なのだった。

 活躍したのが十五年以上前? 逆算すれば3X歳? というか、僕達とそう年齢が変わらないお子さんが居る? だからどうした!!

 そんなノイズなんて誰の耳にも入らないくらい、タキオン先生は美人なのだ。

 シミどころか小皺一つない肌といつもシニカルに歪められた艶やかな唇。ほつれ一つない癖髪は僕達の親とは似ても似つかないどころか、クラスの女子が思わずため息を漏らす代物だ。

それでいて眼鏡の奥からのぞくミステリアスな視線と、纏っている雰囲気や立ち振る舞いは、何と言うかこう、大人の色気を感じさせるそれで、端的に言って僕達男子学生の理想のお姉さんを体現した存在とすら言えた。そして何より、

 

「うっはぁ……」

 

「お、おい、どうだった!?」

 

今しがた注意を受けたクラスメイトと、その周り数人の視線の向かう先、先生がコツコツと歩を進めるたびに、たふんたふんと揺れる大きな胸元があった。ゆったり目のシャツの上からですらはっきりとその動きが見て取れるそれは、先生が赴任してきた直後から男子の話題をかっさらって離さないでいる。当然、このクラスに居る男子(と、一部女子)はご多分に漏れず、先生の姿に視線が釘付けにされている。

 正直、このクラスの定員がすでに過剰気味で、成績で足切りされていなければ、放課後の一時間を、先生を見ることだけに費やしたいという同級生は更に膨れ上がるだろう。

 そんな、いつもミステリアスでセクシーな先生だが、夏休み明け以降その風貌が一変していて学校中を驚かせたことがあった。と、言っても何か妙なメイクを始めたとかではなく、普段は研究室にこもりがちで白い肌が見事に日に焼けて、奇麗な小麦色に塗られていたのだった。

 どうやら、夏休みの間に家族でバカンスに出かけたらしく、その時に気まぐれで肌を焼いてみたのだとか。思わず尋ねた同級生に特に気にした様子もなくあっさりとそう告白した先生の後ろであんぐりと口を開いたのは記憶に新しい。(なお、その授業の後には普段の先生と日焼けした先生、どっちが良いかで論争が起こった)

 と、そんなことを思い出していると、不意に隣から「あ……」という声が聞こえてきた。同時に、教科書に掛かった黒い影に、あれ?と思って視線を向けると、どうやらちょっと考え込んでしまっていた僕に気付いたらしいタキオン先生が、いつものニヤニヤとした笑みを浮かべて机のそばに佇んでいたのだった。

 

「お目覚めかい?」

 

「あ、そ、そのー……」

 

咄嗟に言い訳を口にしようとするも、良い言葉が思い浮かばない。まさか、真正直に先生のことを考えていましたなんて白状する訳にもいかず、「あー、うー」と呻いていると、くっくと喉を鳴らした先生が、そんな僕に向かっていつもの様に前屈みに……

 

 

―ペキッ……―

 

 

なろうとしたところで、何かが軋む様な音がやけに大きく教室内に響き渡ったのだった。

 

「おや?」

 

直後、僕の目前で先生の胸が爆発した。いや、本当に先生の胸が爆発したわけではないが、ゆったり目のシャツが一瞬で1.5倍くらいに膨れ上がり、僕の視界を埋め尽くしたのだった。

 

 

突然の衝撃に耐えきれず、ふつりと外れる第二ボタン

 

開かれたはずの襟元をむっちりと満たす胸元の柔肉

 

首紐の細さを想起させる、鎖骨から胸元にくっきりと浮き上がった白い水着痕

 

そして、ミチミチの深い谷間に引きずり込まれた銀色の鎖

 

「おっと、これはすまないねぇ」

 

そう言って上体を起こす先生の仕草がやけにゆっくりと脳裏に刻み付けられていく。正直、他の同級生も似たようなものだろう。

 そんな僕達の反応に気付いているのかいないのか、タキオン先生は深く開かれたシャツの合わせ目に手を入れると、その奥からずるりと黒い布切れを引きずり出したのだった。

 教室の反対側が簡単に見通せそうな薄いメッシュ地のそれを確かめて、「ふむ、寿命だったか」と事も無げに呟いた先生の言葉に、ようやく僕は先の頭どころか耳にも残らないはずの音が、先生のブラジャーのホックが壊れた音だったことに気が付く。

 一方のタキオン先生は自分に集まる視線に気付いていないのか、はたまた気にも留めていないのか、ブラジャーと一緒に谷間から引きずり出された銀色の鎖の先で、ちらりと揺れる銀色の輪っかに軽い口付けをすると、大切そうにそれを胸元に戻してむちりと人差し指でその奥へと銀のリングを押し込んだのだった。

 そして、銀色の結婚指輪への扱いとは対照的に、壊れたブラを雑に白衣のポケットに入れると、再びコツコツとホワイトボードの方へと戻っていったのだった。

 まるで、この一連のやり取りを何でもないかの様に平然としているタキオン先生。けれど、僕達生徒の方はそんな訳にもいかない。

 ただでさえ歩くたびにたふんたふんと弾んで、生徒の視線を縛り上げていたタキオン先生の胸元。それが僕達の記憶よりも一回りも大きくなり、たふんたふんを通り越してゆっさゆっさと揺れているのだ。

 薄いシャツの中で普段よりやや下向いた頂点は、弾力と引き換えに先生の本来のそれの重量を何よりも雄弁に物語っている。その先で微かに張ったテントに、誰かが「うはぁ……」とため息を漏らす。先生の白衣に乱雑に突っ込まれたブラジャーがただでさえ色気マシマシな先生のそれをどれだけ戒めていたのかが良く分かった。というか、正直もう授業とか補講とかそういう状況じゃない。

 

「あ、あの!」

 

そして、とうとう耐えきれなくなった一人がガバッと席を立ちあがる。

 

「ん? どうかしたのかい?」

 

突然の生徒の起立に、不思議そうに小首を傾げる先生。その小さな仕草にも体が反応して、大きな胸がゆらんと揺れて、銀色の鎖と白い日焼け痕がちらりと光る。

 

「そ、その……」

 

「ふむ?」

 

「ト……」

 

「ト?」

 

「トイレ行ってきます!!!」

 

けれど、立ち上がった同級生は感情の読めない先生の視線に晒されて、一瞬言いよどむ様に口ごもる。けれど、すぐに辛抱たまらなくなったのか、そう叫ぶと一目散に教室の外へと飛び出してしまう。

 

「トイレって……あと1分も無いぞ?」

 

教室の時計を見上げながら、コテンと不思議そうに首を横に倒す先生。

 

「お、俺も!」

 

「僕も!!」

 

けれど、そいつの気持ちが痛いほどに分かる僕達は、内心で勇気ある同級生に喝采を叫びながら、慌てて立ち上がって教室の外に向けて走り出す。

 

「お、おいおい」

 

そんな僕達の姿に、本当に珍しくもタキオン先生の少し困惑した声が届く。けれど、そんな声じゃ流石に止まれない。というか、先生に着火された僕達男子学生のパトスはもう、もう!!

 

一足遅れて校内に響き渡ったチャイムの音を背に、僕達は溜まりに溜まったリビドーを発散するために、ウマ娘もかくやのスピードで普段は足も運ばない校庭を全力で走り出したのだった。

 

 

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