闇落ち阻止おじさん、闇落ち一秒前な少女の先生になる 作:ヤマシー
魔神戦争と呼ばれた戦争が幕を閉じて十年。
人と魔族は手を取り合い、新たな時代を歩み始めた。
それは決して容易な道のりではなく、今も各地で小競り合いは続いている。
それでも、多くの人々が前を向いて当たり前の明日を夢見ることができるようになった。
自衛手段を持たない商人が、少数の護衛で大陸各地を歩き回るなんて光景、以前ならそうそう拝める光景ではないのだから。
どこまでも広がる草原に、時折遠くで複数の魔物が群れをなしているのが見えるような平和な光景。それを見ながら、商人の護衛に加わっていた男はそんなことを思っていた。
どこかくたびれた雰囲気の、三十に届くか届かないかという年齢の男だ。背丈は非常に大柄で、200に届くかどうかという巨体と分厚い筋肉、それを覆う頑丈な鎧。
誰がどう見ても、手練れの冒険者であることは見て取れた。
「――リックさん、そろそろですか」
御者台の上で、風景を眺めながらあくびを噛み殺した男――リックに声を掛けるもう一人の御者台の住人。
いかにも商人といった風体の、今の雇い主だ。荷馬車一つで大陸中を飛び回るという辣腕だが、本人はどこにでもいそうな優男だ。本人そのものより、荷馬車を引く勇猛な馬が彼の実力を表しているように見える。
「ああ、そろそろ見えてくるな。この調子だと昼前には<ラファニール>につけそうだ」
「いやぁ、リックさんのような凄腕に護衛を引き受けていただいて光栄でした」
「帰り道だったからな、こちらとしても助かってるよ」
「お互い様、というやつですな」
ははは、と軽薄な笑みと裏腹に、商人はリックのことを高く評価しているように思える。それがリックとしては少しこそばゆかった。
昔から、評価されるということが彼は苦手なのだ。
「それにしても、商人さんもやっぱり<天竜祭>のために?」
「ええ、竜祖様の寛大な御心に感謝し、精一杯稼がせていただく所存です」
「楽しみにしてるよ、祭の際はぜひ立ち寄らせてくれ」
「ははは、リックさんに立ち寄られたら、うちも一躍人気店になってしまいそうですねぇ」
いやいやそんな、とリックは謙遜したかったが、あの街でリックは間違いなく街で
平時ならばともかく、祭の最中にどこの店を訪れたのかということは逐一周囲にチェックされているだろう。それがトレンドの一端になるのだから、彼らも必死だ。
と、そこで。
「――ちょっと待った」
「む、いかが致しましたか?」
「……空から狙われてるな、おそらく<太陽鷹>だ」
「お願いしても?」
「勿論、仕事だからな」
リックは、馬車に待ったをかける。
上空から視線を感じたのだ。敵意はあり、殺意もある。だが、悪意はない。そんな相手の向ける意識と視線の位置からリックは<太陽鷹>という魔物だと当たりをつける。
<太陽鷹>。その名の由来は至ってシンプル、太陽を背に狩りをするためだ。獲物の視線を太陽で焼き、その隙に喉元へ食らいつく。故に太陽の鷹と呼ばれている。
知能が高く、一部では飼いならされ狩りの友として使われることもあるが、<ラファニール>周辺の<太陽鷹>は全て野生。これは<ラファニール>が竜祖の街であることにも由来しているが、それは余談だ。
今は、撃退することだけを考えればいい。
「俺の合図で停止してくれ。そうしたら<太陽鷹>が狙ってくるからそれを牽制して俺に狙いを逸らしてから叩く」
「わかりました、お気をつけて」
リックは簡単に打ち合わせを済ませると、御者台から降りて数歩距離を取る。そのまま手で合図を送って馬車が止まったのを確認、迫りくる敵意へと意識を向ける。
急降下によって発生した速度を活かした突撃。目くらましの太陽と相まって、常人ならば対処は難しいだろう。
だが、あいにくとリックは常人ではない。
「……<一級身体強化>、<三級火炎>!」
自身に身体強化スキルを使用してから、炎を生み出す魔術を行使する。
いかにも前衛という風体に反して、リックは魔術を嗜むオールラウンダーだ。パーティのバランスに応じて前衛と後衛を柔軟にこなし、ソロで行動する場合はこのように前衛用スキルと攻撃魔術を巧みに組み合わせる。
迫りくる鷹は、自身に向けられ放たれた炎にあわてて身を捩る。
すると、その居場所は太陽を背にした場所から少しずれる。奇襲の失敗を悟った<太陽鷹>が狙いを厄介そうなリックへと変え、突っ込んでくる。
「そこで撤退を選べないのが、知恵のない魔物の限界だな」
突っ込んできたそれに、腰から剣を引き抜いて添えるように振るう。
すると、<太陽鷹>は一瞬にして両断されてしまった。リックは両断された鷹が迸らせる血を嫌って距離を取る。
剣についた血も振るって落とすと、納刀。
魔物が”マナ”へと還れば戦闘は終了だ。
後は<太陽鷹>の素材である鉤爪だけがその場に残る。
「お見事です、リックさん」
「……元々、このあたりの魔物は対処法を知ってればそこまで厄介じゃないんだよ」
純粋な称賛に、少しだけ居心地の悪くなったリックは、魔物を一刀両断できる自身の膂力を棚上げして謙遜した。
*
<ラファニール>、始まりの竜祖ラファニールの名を冠したその街は今、一年で最も賑わっていた。
数日後に行われる<天竜祭>のためだ。
街一番――どころか、この国一番の祭にあたって、多くの商人や冒険者、観光客が押し寄せている。
祭はまだ先の話だというのに、すでに多くの露天が立ち並び完全に人々はお祭り気分だ。
「それでは、また。どうか祭の際はご贔屓にリックさん」
商人から丁寧に挨拶をされて別れ、仕事を終えたリックはそんな街の喧騒を眺めながら冒険者ギルドへ向かっていた。
仕事を終えたら、まずは報告。冒険者の鉄則である。まぁ、守らない冒険者も多いが。
その点リックは冒険者としては生真面目すぎる部類だ。街に帰ってきたら、まずは冒険者ギルドという習慣を徹底している。
まぁ、匂いがとんでもない事になっている場合は、宿に戻って一風呂浴びるのが先になるが。
「――いらっしゃいませ。ああ、リックさんおかえりなさい」
ギルドに入ると、入口近くで掃除をしていた受付嬢が挨拶をしてくれた。
リックはそんな受付嬢に軽く挨拶をすると、中に進む。彼女に依頼達成の報告をしても良かったが、忙しそうなので正規の受付に声を掛けることにしたのだ。
受付では、リックと顔なじみの女性――ラベラが笑みを浮かべて迎えてくれる。
「おかえりなさいリックさん、お仕事はおしまいですか?」
「ああ、帰り道の護衛依頼を報告したい」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
最初に仕事だった<アントラット>の巣を壊滅させて欲しいという依頼は、向こうのギルドで報告を済ませている。
今のところ、リックが受けている依頼は護衛依頼だけだ。<太陽鷹>の素材は商人に直接売却してしまったのもある。
「――リックさん、ちょっといいですか?」
仕事には一切問題なかったし、後は報酬を受け取るだけ――と思っていたリックにふと戻ってきたラベラが声をかけてきた。
深刻そうな雰囲気はないが、だからこそ何やら面倒そうな何かがあると、リックの直感が告げている。
これを避けることは容易――だが、リックは避けることはしなかった。
「なんだろう、ラベラさん」
「リックさんに、長期の依頼をお願いしたいんです。ギルドから」
「……ギルドから?」
明らかに、普通じゃない依頼だ。普通、ギルドは依頼の仲介しか行わない。ギルドからの依頼なんてそれこそ、何かしらの厄介事を頼りになる冒険者へ頼む時くらいしか発生しないのだ。
加えて、長期。
となると考えられる理由は幾つかある。リックはその中から、自分に一番有り得そうな依頼を想定して口に出す。
「……何かしらの護衛依頼か? <天竜祭>絡みの」
「護衛、という側面も含まれています。<天竜祭>の最中も、そういった自体が発生する可能性は無きにしもあらずです」
「なるほど」
何やら、ただの護衛ではないようだ。おそらく、一筋縄では行かない依頼。
受けないという選択肢もあるにはある、ギルドも無理強いはしないだろう。だが、おそらくラベラの様子からして今回の依頼を受けてもらう第一候補は間違いなく自分だ。
焦りが少なく、受けてもらえるかという心配だけが感じられる。リック以外へ依頼を出してはいないが、リックが受けないと次の候補に困ってしまうのだろう。
だったら、リックの答えは一つしかない。
「話を聞かせてくれないか?」
相変わらず、損な性分だと思いながらもリックはラベラの依頼を受諾する方向で、話を聞くことにした。
*
「――新人冒険者の先生になっていただきたいんです」
「俺が先生に?」
ギルドのホールから、個室へ繋がる通路を歩きつつ。
リックは簡単な概要をラベラから聞いていた。なんでも、ギルドはリックを冒険者の教師にしたいらしい。ギルドの教導依頼で人を教えたことのない自分に、果たして
「確かに、リックさんは教師の経験が少ないかもしれません。ですが、貴方にはある経験があります」
「ある経験?」
カツン、と静かな通路に足音を立ってラベラが停止する。
そして、リックのかつての経歴を口にした。
「魔神を討伐した、伝説の冒険者パーティのバランサーであったという経験です」
――バランサー、物は言いようだ。
リックはあのパーティでただ一人、背負うものがなかっただけだ。だからこそ、他のパーティメンバーを気遣う余裕があっただけで。
決して、自分がいなかったらあのパーティは成立していない、などとうぬぼれはしない。
とはいえ、リックが彼らの暴走――言い換えれば
「――そんな貴方に」
そんな彼に持ち込まれた新たなる依頼。
それは――
「魔神の化身と目される少女を、導いてほしいのです」
――ふと、扉が開く。
ラベラが開けたわけではない、リックも開けていない。ひとりでに開いたのだ。
そして、その先に――
一言で言えば、
伝説のパーティのメンタルケア担当だった器用貧乏(自称)な現おじさんです。