華麗なる冒険者クロスウェル・マスクウッドの冒険譚 作:ジデーン
異世界に転生した俺は、一言でいうとひたすらに地味だった。
転生者特有のチートっぽいものはあった、魔力も他人よりは多かった。
でも、そのチートはめちゃくちゃ地味で、魔術の適正がないせいで豊富な魔力でやることと言えば地味な身体強化だけ。
間違いなく、冒険者としては一流と言える実力はある。
しかし周囲の派手なアホ……もとい狂人……でもなく、個性的な面々の中では霞んでしまう。
そのことを恨んだことはない、これが俺の適正だってことは理解している。
それでも、そう、だからこそ。
思ってしまったのだ。
ちょっとくらい……いや、結構……かなり。
盛ってしまっても、いいんじゃないかって。
かつての俺は、思ってしまったのだ。
□
「あ、あの……ちょっとお時間よろしいでしょうか!」
その日、俺が冒険者ギルドでのんびり朝食を取っていると、一人の冒険者に声をかけられた。
見ればそこには、いかにも新人って感じの小柄な少女が立っていた。
肩の辺りで切り揃えられたセミロングの金髪と、生真面目そうな顔立ち。
背丈は小柄で、百五十あるかないかってところか。
後、俺は紳士なので言及しないが、一部がでかい。
「ええと……俺?」
「はい!」
元気よく、生真面目一辺倒みたいな返事が帰ってきた。
……え、俺?
周囲の知り合いに視線を向けるが、多分お前だ、みたいな視線が返ってくる。
俺ぇ?
「あの……声を掛ける人間違ってない? 俺、見ての通り地味な男の冒険者なんだけど」
「いえ、間違ってません!」
普通もうちょっと、顔のいいイケメンや女性の冒険者にこういう新人は声を掛けるものだと思うんだが。
もう一度視線を周囲に向けるが、よくわからんがお前だ、みたいな視線が帰ってきた。
俺ぇ?
「私が声をかけた理由は……ズバリ、その装備です!」
「……装備?」
「はい! 貴方の身につけているその鎧、ガスウッド工房のガスウッドプレート69年式ですよね!」
眼をランランに輝かせて、興奮した様子で俺が身につけている鎧の名前を言い当てて見せる少女。
おっと、その瞳を見て前世オタクの俺は察してしまったぞ。
この子は――
「ガスウッド工房のGP-69といえば、冒険者ならば知る人ぞ知る至高の一品です! マギアイアンの量産鎧でありながら、その隙のないデザインと堅牢さはブラックドラゴンの牙をも防ぐ防御力を誇りますし、何よりそれだけの防御力を誇りながら、軽いというのが素晴らしいです! 私も以前持ったことあるのですが、女の私でも軽々と装備できるその重さと、叩いた時の感触と音! たまりませんよね! 加えてこのGP-69は整備性にも優れ、一流の冒険者ならばまず間違いなくこれを選ぶという傑作量産鎧なんです!」
「お、おう」
「そんな鎧を装備している貴方は、一流の冒険者さんですね! 一級冒険者証も持ってますし!」
――冒険者オタクだ。
異世界、といっても結構ライトな部類に入るこの世界は、スキルとか普通に存在するしピンチからの脱出手段がやたら豊富だ。
だからか冒険者に憧れる人間は数多く、こうして冒険者に関する知識を湯水のように有する冒険者オタクというのは珍しくない。
周囲の人間も、そういうタイプかぁ、と彼女を見て納得していた。
とはいえ、そもそもそんな冒険者オタクが結構な数発生するようになった原因は、世界観のライトさ以外にも理由があるのだが。
まぁそれは関係ないので一旦置いておいて。
「何より、手入れにクロックゴーレムの油を使用してますよね!」
「そんなところまでわかるのか……?」
「わかります、匂いで!」
「匂いで」
すげぇな、俺油の匂いの違いとか解らねぇよ。
「それにその剣、魔導匠テクスタルの魔導剣ですよね! 魔力を通すと光るっていう」
「あ、ああうん。剣が光ると暗所での戦闘が便利だぞ」
「ーーーーーーーーっっっっ!」
何その、推しと話しちゃって尊死するみたいな反応。
怖いんだけど?
「や、やっぱり装備を見て思った通りです! 貴方はすっごく堅実で、慎重で、経験豊富な冒険者さんなんですね!」
「ああえっと……要するに信頼できそうな装備で身を固めてるから俺に話しかけたわけ?」
「はい!」
な、なるほどぉ。
そんな理由で、新人に声かけられることってあるんだ。
とはいえ周りも、
「おうおう、そいつにしとけば安心だぞ!」
「女に手ぇ出せねぇヘタレだからなぁ!」
みたいに言って囃し立ててるし……ヘタレは余計だろ!?
「じゃあそうだな……ギルドに教習制度があるのは……」
「知ってます! あの、ぜひお願いできないでしょうか!」
「ですよね」
教習制度ってのは、冒険者が新人冒険者に教習を行う制度だ。
これを受けるとギルドでの評価が上がり、以来の他に特別報酬も出る。
”堅実”な冒険者ならやらない手はない制度だ。
「じゃあとりあえず朝食済ませるから、少し待っててもらえる?」
「は、はい!」
俺の言葉に新人冒険者ちゃんは頷くと、俺の座ってるテーブルの対面の席に腰掛けた。
え、このまま俺の朝食見ながら待ってるの?
えーとあーと、何か話題は……この冒険者オタク少女に振っておけば早口になってくれそうな話題は……
「えーと、そうだ。君はどうして冒険者になったんだ?」
「……そ、それはですね!」
途端、新人冒険者ちゃんは目を輝かせた。
案の定、そこには色々と浪漫や憧れに満ちた、オタクっぽい理由があるんだろう。
「私、憧れてるんです!」
ほらね? と思いながら飲み物に手を付けて――
「華麗なる冒険者クロスウェル・マスクウッドさんに!」
――むせた。
ギリギリのところで、女の子にむせた飲み物を浴びせずに済んだのはよくやったと思う。
周りは、俺に対する笑いをめちゃくちゃ噛み殺している。
こいつら……後で覚えておけよ。
「うぇ、あ、だ、大丈夫ですか!?」
「げほっ、ごほっ、だ、大丈夫だ……」
油断していた。
最近はそういう子も減っていたし誤解は少なくなっているものと思っていたのだ。
しかしこうもド直球に、
「華麗なる……って、
「はい! 私、あのシリーズ大好きなんです!」
この世界は、文明レベルが異世界としては高い世界だ。
移動手段は馬車じゃなくて魔導車――ただし、十九世紀くらいのレトロなやつ――だし。
だからか、娯楽に関してもそれなりに発達しているのだ。
冒険者をテーマにした、ラノベみたいな娯楽小説が流行るくらいには。
そしてその筆頭にして最先端。
まぁ、多分いちばん有名な作品が――
「華麗なるクロスウェル・マスクウッドの冒険譚! 私、全巻持ってこの街に来ました!」
「あのシリーズ結構出てるのに全部もってきたのか……かさばらなかった?」
「この本は重さのうちには入らないので!」
すげぇ重量制限だな。
とにかく、『華麗なるクロスウェル・マスクウッドの冒険譚』は、冒険者小説と呼ばれる娯楽小説を
いや、『華麗なるクロスウェル』以前にもそういう娯楽小説はあったんだけど。
爆発的に流行ったのは、こいつが原因。
「幼い頃に『華麗なるクロスウェル』を見てから、ずーっと私この本に憧れてたんです! 本の中のクロスウェルさんみたいに、壮大な冒険がしたいなって! 特に最初の冒険である『リリウッズの解放者』はもう、初めて呼んだ時から愛読書で、擦り切れるくらい読んでます! 特にクロスウェルさんが迫りくる敵を、正面から一撃で粉砕してそれまでの鬱憤を晴らすシーンが大好きで……!」
「何も、そこまで褒めなくても……」
確かに、小説の中でクロスウェルは様々な苦難に立ち向かってきた。
『華麗なるクロスウェル』シリーズは、冒険者をテーマにした王道直球な作品だ。
なんというかこう、考えうる限りの王道展開を詰め込んで見ましたみたいな作品。
それを、主人公であるクロスウェルの自伝という体で小説にしている。
「まるで見てきたみたいなんですよ!? 創作のなかだっていうのに、現実みたいなんです!」
「ああうん、『華麗なるクロスウェル』は作者の体験を脚色して書いてるからな……」
「そうなんですよ! 作者さんが現役冒険者で、冒険の中で特に興味深かったものを脚色に脚色に脚色に脚色を重ねて出来上がったこの作品、私大好きです!」
「脚色の部分も好きなんだ」
実際、創作の中の出来事は現実の出来事を、めちゃくちゃに脚色した上で創作にしている。
ちょっと現実じゃありえないことも山程起きるし、それが魅力だっていう読者もいるくらいだ。
多分この子も、そういうクチだ。
「そして何より、この街はそんな『華麗なるクロスウェル』発祥の地! この街で起きた冒険が、創作の中に繋がっていると思うと……いても経ってもいられなくって!」
「ああうん、聖地に憧れるその気持……わかるよ」
「聖地! そうですね、聖地! そのとおりです、ああ……なんていい響きなのでしょう!」
おっと、そういえばこっちの世界で聖地は一般的なオタク用語じゃなかったな。
まぁ、ニュアンスとして伝わったならいいだろう。
多分。
「あ、そ、そうでした! すいません、私全然名乗ってませんでしたね!」
「そういえば……そうだな」
これだけ話してるのに、この子の名前知らないよ、そういえば。
……アレ? この子が名乗るってことは――
「私、アンナ・フェイバリっていいます、新人冒険者です、よろしくお願いします!」
「よろしく、アンナ」
「そ、それでその……貴方のお名前は?」
――ああうん、ですよね。
俺も名乗らなきゃダメですよね。
周囲からの「逃げるな」という視線が辛い。
ここで偽名を名乗ったら、後でボコボコにされる。
ええい、言うしかない。
「俺は……俺は、
――そう。
「――――――へ?」
俺の名前は、クロスウェル。
クロスウェル・マスクウッド。
「クロス……ウェル……? 『華麗なるクロスウェル』……?」
「……の、
「――――――――――――はえ」
新人冒険者ちゃん――アンナが完全に停止する。
理解が追いついていない様子だ。
ああ、やってしまった。
こんなんなら、自分の小説の主人公の名前を、自分にするんじゃなかった。
そう、俺は冒険者であり――小説家だ。
うっかり自分の名前を主人公にした小説が、世界中で大ヒットしてしまった。
今では「あそこまで盛らなければよかった」と後悔している。
そんな転生者だ。