遊戯王Next   作:湯(遊戯王SS投稿者)

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第89話:ネフカ王国の禁忌

外界から閉ざされた砂漠国家「ネフカ王国」。

禁忌を知る少女「トト」を助けたことで王国兵から追われる身となった遊次たち一行は、暴君「アスラナク」に反旗を翻す革命組織「ギルド」の助けを得て、地下水路の拠点へと辿り着く。しかし、長きに渡って外国と交わりのなかったネフカの民は、異邦人である遊次たちに敵意を抱き、決して信用しようとはしなかった。

 

遊次たちの真の目的をはかるため、10代にしてギルドのリーダーを務める青年「ダビデ」はオースデュエルを仕掛ける。遊次は心からの信頼を得るべく、あえて契約を提示することなくその勝負を受けた。

 

デュエルの最中、遊次はダビデの悲痛な記憶を垣間見る。「鍵はどこだ」と兵士に問われ、知らないと答えた両親が連れ去られた過去。そして、それを主導したのがかつての友人「ナイール」だったという事実。

 

自らも両親を失った過去を打ち明け、遊次は今も囚われているダビデの両親を「まだ助けられる」と強く訴えかける。その真っ直ぐな言葉は次第にギルドの者たちの胸を打ち、世界を救うためにネフカ王国へ来たという彼らの目的も、真実として受け入れられ始めていた。

 

遊次はゴエモン・スカイをS召喚し、ダビデを撃破。その圧倒的な実力を示したことで、遊次たちはついに「革命には彼らが必要」だとギルドに認められることとなったのであった。

 

 

 

 

作業所の奥、ダビデが重厚な木製の扉を押し開けた。

 

扉の向こうには、外の地下水路の暗がりとは対照的な、暖かく、活気のある大空間が広がっていた。石造りのアーチ天井からは、天井の明かり窓を通して一筋の陽光が差し込み、石畳の床を照らしている。壁際には無数のランタンが灯り、空間全体を柔らかな橙色の光で満たしていた。中央には長い木製の食卓が置かれている。壁の棚には壺や樽、食器が並び、奥には生活の匂いがする寝所のスペースも見えた。

 

中には、遊次とダビデのデュエルの場に姿を見せなかった者たちが何人か集まっていた。その中で目を引いたのは、部屋の隅で木を削っている若い男だ。

 

褐色の肌。うねりのあるオレンジ色の髪は、後ろで無造作にまとめられている。首元にはくすんだ色の布を巻き、泥や汚れのついたゆったりとした長袖のシャツを着ている。額に汗を滲ませながらも、その口元には穏やかな微笑みが浮かぶ。無骨な手で木槌と刃物を握り、手元の木材へと静かに向き合っている。

 

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男は部屋に入ってきた遊次たちに気付くと、作業の手を止めてゆるく手を振った。

 

「わぁ、珍しいお客さんだね~」

異邦人である遊次たちへ向けられた視線に、他のギルドメンバーが放っていたような険しさはない。その柔らかな声色と態度は、どこまでも自然体だった。

 

「コイツはヒルフィー。ギルドでは道具作り担当だ。鍵爪付きのロープとか煙玉とか、とにかく何でも作れるんだぜっ!」

 

「煙玉って…俺達を助けてくれる時に投げてた奴か!」

遊次の脳裏に、モナやヌーラが敵兵に向かって何かを投げ、着地した瞬間に大量の白い煙が視界を遮った記憶が蘇る。

 

遊次は真っ直ぐヒルフィーを見つめ、右手を差し出す。

 

「俺は神楽遊次だ。世界を救うためにデュエリアから来た。よろしくな!」

 

「世界を…救う?」

ヒルフィーは差し出された右手を握り返したものの、目を丸くして首を傾げる。

 

「その件については後で話す。ただし子供達がいない場所で話したい」

アリシアが端的に告げる。ダビデは頷き、ギルドのメンバーたちへ向かって声を張り上げた。

 

「とりあえず、皆集まってくれ!まずは自己紹介しようっ!」

 

 

 

互いの自己紹介を終えた拠点には、静かな活気が戻りつつあった。調理台からは、モナが手際よく何かを炒める小気味よい音と、香ばしい匂いが漂ってくる。そんな束の間の平穏の中、遊次はふと脳裏をよぎった光景を思い出し、隣のダビデに声をかけた。

 

「なあ、そういえばお前の記憶を見た時…お前の父さんに兵士が"鍵はどこだ"って聞いてたよな。アレ、なんだったんだ?」

 

「さあな。父ちゃんも鍵なんて知らないって答えてたし、わけわかんねー因縁つけられてたんじゃねえのかな」

答えるダビデの視線は遊次から外れ、虚空を彷徨っていた。その瞳の奥には、行き場のない憤りが見え隠れしている。

 

「そういや…1年前ぐらいかな。父ちゃんに言われたんだよ。『18歳になった時に大事な話がある』って。結局、18歳になる前に父ちゃん、捕まっちまって…」

ぽつりぽつりと紡がれる言葉の端に、叶わなかった約束への無念が滲む。

 

遊次は、沈んだダビデの横顔をじっと見つめた。やがて、遊次は真っ直ぐに前を向き直る。その眼差しには鋭い光が宿り、放たれた声はどこまでも凛と澄んでいた。

 

「助けような、絶対に」

 

その揺るぎない言葉に、ダビデは顔を上げ、力強く頷いた。

 

 

遊次はふと、部屋の隅へと視線を向けた。足を組んで静かに座るオスカーの周囲に、ギルドの子供たちが群がっている。

 

「なあなあ!お前、ニーズヘッグのしゃちょーなんだろ!俺のデッキ見てくれよ!」

 

一人の男の子が無邪気にデッキを突き出す。その光景に、遊次はぎくりと身を強張らせた。オスカーは差し出されたデッキを見つめたまま、微動だにしない。あの冷徹な態度であしらわれ、子供が泣き出しでもしたら大変だ。

 

遊次が慌てて立ち上がり、止めに入ろうと足を踏み出した、その時。オスカーは静かに手を伸ばし、子供のデッキを受け取った。そのままカードを扇状に広げ、真剣な眼差しで一枚一枚に目を通し始める。予想外の行動に、遊次は驚いてピタリと足を止めた。

 

やがてオスカーはカードを束ね、子供へと返す。

 

「カッコいいモンスター達だな」

 

「だろ!!俺の自慢のデッキなんだ!」

男の子が満面の笑みを弾けさせる。

 

そのやり取りを緊張した面持ちで見守っていた他の子供たちも、堰を切ったように一気にオスカーへと駆け寄る。

 

賑やかな声に囲まれるオスカーの姿に、遊次は小さく笑みをこぼす。案外、子供の扱いがうまいのかもしれない。そう思いながら、静かに元の場所へと腰を下ろした。

 

しかし、オスカーの言葉はそこで終わらなかった。

 

「だが、あらゆるカードを入れようとするあまり、バランスが悪い。これでは、目的の展開を行うためのパーツを引き込みにくくなる」

 

「え、え…?」

突然の専門的な指摘に、男の子は困惑した目でオスカーを見上げる。

 

「全てのカードをデッキに入れたいという欲求は深く理解できる。だがデュエリストとして高みに行きたければ、浪漫を捨て去らねばならない時もある。強くなるためには、痛みが伴うのだ」

 

「あいつ、子供に何言ってんだ…」

遊次は頭を抱えそうになった。子供の扱いがうまいという前言は、すぐに撤回せねばならないようだ。

 

「どうした。貴様らはデッキを見せなくていいのか」

オスカーが視線を向けると、デッキを握りしめたまま順番を待っていた子供たちが、たじろいで後ずさる。そこに、横から小さな手がすっと差し出された。トトだった。

 

「あの…私のデッキも見ていただけますか?」

 

少し緊張した面持ちのトトから、オスカーは無言でデッキを受け取る。カードを扇状に広げ、真剣な眼差しで眺めることおよそ一分。彼はデッキをまとめ、トトへと返した。

 

「類稀なるデッキコンセプトだ。興味深い」

 

「ほんとですか!?」

トトの顔に、花が咲いたような笑顔が広がる。

 

「だがこの構築では、ターンが進むにつれジリ貧となり、切り札を召喚できないまま敗北することもあるだろう。違うか」

 

「は、はい!そのとおりです!でも、どう構築を見直せばよいかわからず…」

 

トトはしゅんと俯く。オスカーは彼女をしばらく見つめると、ゆっくりと立ち上がった。そして、傍らに立てかけてあった合金のアタッシュケースを手に取り、留め金を外して開く。

 

何が始まるのかと、遊次とダビデは弾かれたように立ち上がり、オスカーの手元を覗き込んだ。

 

「おぉ!?なんだこりゃぁ!?」

ケースの中を見たダビデが、驚愕の声を上げる。そこには、デュエルディスクが生み出す個人の固有カードではなく、誰もが使える汎用的なカードの束が、隙間なくぎっしりと詰め込まれていた。

 

オスカーは敷き詰められたカードの束から素早く3枚を選び抜き、トトへと差し出した。

 

「これは…」

トトが受け取ったカードを、遊次やダビデ、そして子供たちが身を乗り出して覗き込む。そのカードは『強欲で貪欲な壺』だった。

 

「よ、よいのですか!?このような貴重なカード…!」

トトは目を輝かせ、信じられないといった様子でオスカーを見上げる。そのやり取りをそばで見ていた子供たちからも、一斉に声が上がった。

 

「ずりーぞ!俺にもくれよ!」

 

「私もー!」

 

「致し方あるまい。貴様らのデッキに合ったカードをくれてやる」

 

オスカーの言葉に、子供たちはわあっと歓声を上げてアタッシュケースの周りに群がった。少し離れた場所から、遊次はその光景を静かに見つめる。

 

(…悔しいけど、思っちまうな。こいつがニーズヘッグの社長でよかったって)

 

「なあ、俺にもコレとコレとコレ!それとコレもくれよ!」

密かに感慨に浸る遊次の横から、ダビデがケースへと身を乗り出した。無造作に次々とカードを引き抜き、計12枚の束をオスカーの目の前へと突き出す。

 

「合計22000サークだ」

 

「金取んのかよっ!!」

 

「当然だ。いい大人だろう」

 

「クソッ…!」

ダビデは悔しさに顔を歪め、小刻みに震える手で、抜き取ったカードを一枚ずつゆっくりとケースの中へ戻し始めた。

 

「買わねえのかよ…」

遊次は、未練がましくカードを手放していくダビデへ呆れの眼差しを向けた。

 

 

 

 

 

2つの大きなテーブルを繋ぎ合わせ、総勢20人が一堂に会する。食卓には、スパイスの効いた豆のスープが入った木鉢が並び、各々の前にはメインの皿が置かれていた。玉ねぎの甘い香りが漂う濃い茶色の米の上に、こんがりと焼けた白身魚が豪快に乗っている。大人たちの手元には、なみなみと注がれた木製の大きなジョッキも用意されていた。

 

「わぁ、おいしそう…!」

 

灯が目を輝かせ、目の前の皿を覗き込む。モナは得意げに腕を組み、胸を張った。

 

「バサリーヤっていうネフカの家庭料理さ。玉ねぎで炊いた米に、香辛料を擦り込んで焼いたラーミクをのせたもんさ」

 

「ラーミク?バサ…。全然聞いたことねーけど、とにかくうまそうだ!」

遊次は待ちきれない様子で、嬉しそうに両手を擦り合わせている。

 

ダビデが勢いよく立ち上がり、手にしたジョッキを高らかに掲げた。

 

「それではっ!デュエリアとギルドの同盟を祝して…かんぱーーーい!!」

 

「かんぱーーい!!」

遊次や灯も満面の笑みで声を張り上げ、久しぶりの宴の空気に身を委ねる。一方、イーサンや怜央、アリシア、そしてオスカーといった面々に浮かれた様子はなく、ただ静かにジョッキを持ち上げて形式的な乾杯に応じた。

 

 

アリシアはバサリーヤを一口すくい、静かに口へと運ぶ。スパイスの香りと魚の旨味に、思わず目を丸くした。

 

「うむ、おいしいな…」

 

「白身がほろっほろ!」

灯はとろけるような魚の食感に、幸せそうな顔で両頬を押さえる。

 

「な!こんなうめーもん毎日食ってんのかよ!」

勢いよく料理をかきこんでいた遊次は、ダビデへ羨望の眼差しを向けた。しかし当のダビデは呆れたように息を吐いた。

 

「何言ってんだ、デュエリアの方がよっぽどいいもんあんだろ?どーせ夜景の見えるでっけービルで、でっけー肉とか食ってるくせによ」

 

「どんなイメージだ。そんな生活できるのは一部の上流階級だけ…」

言いかけて、イーサンの言葉がぴたりと止まる。彼の首が、ゆっくりと二つ隣の席へと向けられた。それに釣られるように、テーブルを囲む全員の視線が一箇所へと吸い寄せられていく。

 

「このような庶民の味も嫌いではない。なかなか味わえぬ代物だ」

一斉に突き刺さる視線を浴びても、オスカーは顔色一つ変えない。淡々と食事を進めながら、涼しい顔で言い放つ。

 

「クソ、ムカつくぜ…」

怜央が忌々しげにこぼした呟きは、間違いなく全員の総意だった。

 

 

 

食事の手を休め、ダビデが遊次へと顔を向ける。先程の自己紹介で気になっていた疑問を口にした。

 

「なあ、遊次たちって、なんでも屋…とかいうのをやってるんだろ?どんな仕事なんだ?」

 

「文字通り、なんでもやるんだよ。どんな依頼でもな」

遊次は胸を張り、自信満々に言い切った。その言葉を受け、モナの顔からさっと血の気が引く。

 

「邪魔者の抹殺…とか?」

 

「んな物騒なことしてねーわ!」

遊次は目をひん剥き、慌てて声を荒げた。

 

「小せえ仕事なら犬の散歩代行、一番デケェ仕事は今んとこ、裏カジノ潰しってとこか」

 

「う、裏カジノ!?」

淡々と告げられた怜央の言葉に、ギルドの面々は一斉に目を丸くする。

 

「あれはまあ苦労したなー!皆のおかげで、なんとか親玉ぶっ倒せたけどさ」

 

「1歩間違えれば、命はなかっただろうな…」

あっけらかんと笑う遊次の隣で、イーサンは当時の危険な記憶が蘇ったのか、疲れたように深く息を吐き出した。

 

「そんな修羅場を潜っていたのか…。どおりで皆、肝が据わっているわけだ」

世界の命運を背負い、決闘に身を投じ続けるNextの常人離れした精神力。アリシアは、その強さの根源を知った気がした。

 

「なあ、なんでも屋とかいうわけわかんねー奴らが、なんでそんなに強ェんだよ。俺らなんか、1回もダビデに勝ったことねえのによ」

鼻に無骨なピアスを開けた巨漢、ザファールが口いっぱいに魚を頬張りながら身を乗り出す。

 

「俺の父さんが強くてさ。毎日のようにデュエルしてたら、考え方とかが勝手に染み付いたんだよ」

 

遊次は屈託のない笑顔で答える。対面のダビデは「へえー」と相槌を打ちながらも、ふと視線を伏せた。先ほどのデュエルで遊次の口から明かされた、両親はすでに亡くなっているという事実が脳裏を過る。その顔には、どこか複雑な色が浮かんでいた。

 

すると、少し離れた席にいた背の高い男が、遊次の顔をまじまじと見つめて声を張り上げる。

 

「アンタ…どっかで見たことあると思ったら、ヴェルテクス・デュエリアの選手じゃねえか!」

 

その一言に、ギルドの面々から驚きの声が上がり、食卓がわっとざわめいた。当の遊次は照れるどころか、嬉しそうに頭を掻き回す。

 

「あれ、もしかして俺ってけっこう有名人?ついに外国まで名が轟くようになったかー!」

 

「まあ俺達はこの国じゃもう、悪い意味で有名人だがな」

一人冷静なイーサンが、呆れ顔でぼそりと水を差す。だが直後、はっとして正面へ視線を落とした。トトが申し訳なさそうに、小さな肩をすくめて俯いている。

 

「すみません…私を庇ったばかりに…」

 

「い、いや…そういう意味で言ったんじゃなくてだな…」

 

慌てて顔を引きつらせ、イーサンが弁明しようとした瞬間、ザファールがテーブルから身を乗り出し、鋭い声で食って掛かった。

 

「おいオッサン、ウチのトトを泣かせんじゃねえぞ!」

 

その言葉に、イーサンの眉間がピクリと跳ねる。

 

「そのことについては申し訳なかったが…オッサン呼ばわりはよくないな。それに見る限り、お前もなかなかのオッサンだろ?」

 

「え、ザファールはまだ18だよ!」

横からヌーラが目を丸くして、即座に言い返す。

 

「なに!?」

怜央がたまらず大きな声で反応した。顎ヒゲを生やした筋骨隆々の男。若くても30代前半だと思っていたが、まさか自分と同年代だとは夢にも思っていなかった。

 

「アレで俺の半分以下……だと……」

衝撃的な事実に、イーサンは頭を抱え、深く項垂れた。そんな彼の背中をさすりながら、灯は慣れた様子で言う。

 

「大丈夫だよイーサン!イーサンも37歳にしては若い方だって!」

 

「えっ37!思ったよりいってんなオッサン!」

ザファールが目を丸くして驚きの声を上げる。良かれと思って放たれた灯の慰めは、イーサンが伏せておきたかった事実を無情にもギルド中に響き渡らせてしまった。

 

「頼む…もう数字を出さないでくれ…」

 

さらに深く項垂れるイーサンを神妙な面持ちで見つめ、ダビデがパンッと大きく手を打った。

 

「よしわかった!ギルドとデュエリアの同盟条約その1!イーサンをオッサンと呼ばないことだっ!」

 

「頼む…そんなものを明文化しないでくれ…」

イーサンはテーブルに突っ伏し、切実な声で懇願した。

 

 

 

食事の熱気も落ち着き、木製の皿から大半の料理が消えた頃だった。

ダビデがふと興味を引かれたように、テーブルから身を乗り出す。

 

「なあ、こん中で誰が一番つえーんだ?やっぱ遊次か?」

 

「ん?まあな!」

 

胸を張って即答する遊次だったが、斜め向かいに座るトトが不思議そうに首を傾げた。

 

「しかしオスカー様は遊次様に一度勝ってると聞きましたよ?」

 

「マジかっ!ってことはオスカーが一番ってことか!?」

 

「それは違ぇな。その後に俺が勝ってるんだから、俺の方が強いに決まってんだろ」

 

自分を指差して捲し立てる遊次に対し、オスカーは腕を組んだまま顔色一つ変えずに反論する。

 

「勝敗は1:1だ。誤った情報を流布するな」

 

「あ、誤ってねえよ!ボクシングで言ったら俺がチャンピオンだろうが!」

 

「ボクシングとデュエルは違う」

 

「理屈は同じだろ!」

 

一歩も引かない口論が続く中、オスカーがコートの内側から、スッとデュエルディスクを取り出す。

 

「ならばここで決着をつけるか」

 

「望むところだ!」

遊次も即座にディスクを構え、勢いよく椅子から立ち上がった。――その直後。

 

「こらァ!!メシほったらかしてデュエルなんて許さないからねぇ!!!」

空間を劈くようなモナの怒声が、食卓に轟いた。

 

ビリビリと空気を震わせる凄みに、立ち上がっていた2人は何も言わず着席した。あまりのあっけない終戦に、ギルドの面々は思わず笑い声を上げた。

 

「あのロン毛野郎も意外とガキだな…」

オスカーを見やり、怜央が呆れ顔でこぼす。その隣で、灯は小さく肩を揺らして言葉を返す。

 

「ハハ、ほんとにね。でも、なんか不思議。ちょっと前まで本気で争い合ってたのに」

世界の命運と多くの人々の命を懸けて戦っていた二人。それが今は、子供のような言い争いをしながら同じ食卓を囲んでいる。その光景に、灯は感慨深い思いを抱いた。

 

 

「そういや、そこの姉ちゃんは政府のお役人なんだろ?アンタもつえーのか?」

 

ザファールの何気ない問いに、遊次はぽかんと口を開けた。

 

「そういえばアリシアさんのデュエルは見たことねえな」

 

視線を集めたアリシアは、少し居心地が悪そうに身じろぎをする。

 

「…まあ、自信がないことはない。デュエリアの大統領補佐官たる者、ある程度の実力は必要だからな」

 

その言葉を聞くや否や、遊次は目を輝かせて身を乗り出した。

 

「どんなデッキなんだ?見せてくれ!」

 

「ダメだ!」

一刀両断するようなアリシアの返答に、遊次はあっけにとられて動きを止める。すると、向かい側に座るダビデがなぜかムキになって身を乗り出してきた。

 

「えー!なんでだよ!いいだろデッキぐらいっ!」

 

「ダメなものはダメだ。デッキを見せるぐらいなら、裸を晒す方がマシだな」

 

とんでもない言葉を真顔でさらりと言ってのけるアリシア。そのあまりに堂々とした態度に、賑やかだった食卓の空気が一瞬にして凍り付く。だが、ザファールだけはその気まずい空気を全く読まず、いやらしい笑みを浮かべて舌なめずりをした。

 

「へへへ、じゃあ…」

直後、両脇に座っていたモナとヌーラの拳が、容赦なくザファールの後頭部へめり込んだ。

 

アリシアは軽く咳払いをし、気まずい空気を散らすように問いを投げる。

 

「それより、皆のことも聞かせてもらえるか。革命組織というぐらいだし、デュエルの腕も相当のものなのだろう」

 

「残念ながら、デュエルが強いのはダビデだけだね~」

ヒルフィーはひらひらと掌を振ってあっさりと答えた。

 

「革命に必要なのはデュエルだけじゃねーだろ?俺は力なら誰にも負けねえ!」

ザファールが太い右腕を曲げ、自慢の力こぶを作ってみせる。

 

「ザファールはケガしちまった馬を荷車に乗せて、自力で運べるくらい力持ちだからなっ!」

 

「馬って、確か500kgぐらいあるよな…?」

 

「マ、マジか!?それを一人で!?」

規格外の怪力に、イーサンと遊次は目を見開いて驚愕した。

 

「あぁ!そのことを知ってたから、俺がギルドにスカウトしたんだ」

得意げに笑うダビデの言葉に、遊次たちの視線はザファールの逞しい腕へと釘付けになる。

 

その傍らで、灯は一人黙々と食事を進めているライダースーツの女、シャムサへと顔を向けた。

 

「シャムサさんは?何か得意なこととかあるんですか?」

声をかけられたシャムサは、露骨に嫌そうな顔を向ける。異人と食卓を囲むことへの抵抗感が、未だ拭いきれていないのだろう。しかし少しの間を置いた後、ふいっと顔を逸らしてぶっきらぼうに口を開いた。

 

「アタシは、夜目が利くの。どんなに真っ暗でも、遠くまで見える」

 

「へー、すげー!」

遊次はザファールの筋肉から勢いよく視線を外し、シャムサへと顔を向けた。オスカーも彼女の話に食いつき、視線を向けた。

 

ギルドの中でも異人を強く警戒していたシャムサだが、少しずつその態度は軟化し始めている。

モナは嬉しそうに目を細め、言葉を継いだ。

 

「その代わり、昼間は眩しすぎて外に出たくないって言うんだけどねぇ。ずっとサングラスかけてるし」

 

「しょうがないでしょ。子供の頃から夜行性なの」

からかわれたシャムサは、少しむくれたようにそっぽを向く。

 

「ねえねえ、アタシは?」

今度は自分の番だと言わんばかりに、ヌーラが身を乗り出してダビデを見つめた。

 

「アタシはってなんだよ。自分で言えばいいだろ」

 

「えー!ケチ!」

素っ気なくあしらわれ、ヌーラは分かりやすく唇を尖らせる。

 

「わかったわかった…。ヌーラは馬の扱いが一番うまい。あとすばしっこくて、身のこなしがめちゃくちゃ軽いんだ」

 

「たしかに凄かったもんね。兵士の体をぴょんって飛び越えてたし」

戦場で騎兵を馬ごと跳び越え、立ち塞がる兵士たちを軽々とかわしていた姿が、灯の脳裏をよぎる。

 

「ガキの頃から人ん家の屋根とか平気で飛び回ってたからな!」

 

ダビデの言葉に深く頷き、灯は不意に口を閉ざしてヌーラをじっと見つめた。

 

「ってことは、2人は幼馴染なんだ?」

 

「まあねー。腐れ縁ってやつ?」

 

「ふーん…」

ねっとりと舐め回すような意味深な視線に、たまらずヌーラが声を荒らげる。

 

「な、なに?そのやらしい目!ホントなんだから!」

 

「いやいや、別に何も言ってないよ?」

灯がからかうように笑みを深めた、その時。横から割り込むように遊次が口を開いた。

 

「なら俺達と一緒だな!俺と灯も幼馴染なんだぜ!」

 

無邪気な声と共に、遊次の腕が灯の肩に回される。ぐいと引き寄せられた途端、灯は気まずそうにさっと視線を逸らした。その一瞬の動揺を、今度はヌーラが逃さなかった。

 

「ふーん…」

 

「ちょっ…なにそのやらしい目!」

 

「べっつにー?」

 

 

 

 

和気あいあいとした食事の時間が終わり、皆が思い思いの場所へと散り始めた頃。ふと視線を向けた遊次の目に、部屋の隅で声を潜めるアリシアとオスカーの姿が映った。

 

やがてアリシアが小さく手招きをする。促されるままに集まった遊次たち五人が連れられたのは、人けのない薄暗い地下水路だった。冷たい水音が響く静寂の中、アリシアが口を開く。

 

「ギルドと手を組むにあたり、少なくとも主要メンバーには、地球に迫る悪星神のことを伝えるべきだと考える。まず、これに対して異議はあるか」

 

地球が滅亡の危機にあると明かせば、無用なパニックを招く恐れはある。だが、真実を伏せたまま強固な同盟を結ぶことはできない。遊次は無言で首を横に振った。周囲を見渡しても、異を唱える者はいない。

 

「ここまではいいだろう。次が本題なのだが…」

アリシアは僅かに間を置き、重い口調で紡ぐ。

 

「ネフカ王国の"禁忌"…それが本当に悪星神への対抗策に繋がるのか、我々は知っておくべきだ。今後の行動方針に直結するからな。よって今トトが知っている限りの情報を、彼女から聞き出すべきだと考える」

 

水路に重苦しい沈黙が落ちた。オスカーは腕を組んだまま彫像のように動かない。対するNextの面々は一様に険しい顔つきになり、とりわけ遊次の表情にははっきりと暗い影が落ちていた。

 

張り詰めた空気を裂くように、怜央が口を挟む。

 

「聞き出すっつっても、トトは他の人間を巻き込むのを嫌がってんだろ」

 

「だから、どうにか説得すべきだという話だ」

間髪入れずアリシアが切り返す。

 

腹の底で渦巻いていた正体不明の苛立ちが、明確な疑念へと変わる。遊次は鋭い視線でアリシアを射抜いた。

 

「まさか、禁忌を聞きだしたらトトはもう用済みだって言ってんじゃねえよな」

 

突き刺すような敵意を向けられても、アリシアの表情は僅かにも揺らがない。

 

「見捨てようなどと言う気はない。しかし…彼女の存在だけに世界の命運を委ねるわけにもいかない」

 

「…どういう意味だよ」

低く唸るような声で、遊次は一歩踏み込んで問いただした。しかしアリシアは毅然と言葉を継ぐ。

 

「万が一トトが捕らえられ、古文書が奪われた場合…私達は禁忌を知るすべを失うことになる。しかし今の内に最低限の情報を聞き出していれば…少なくとも振り出しに戻ることはない」

 

その瞬間、遊次は掴みかからんばかりの勢いでアリシアへと詰め寄った。

 

「それは、トトが捕まって古文書が奪われたら!トトを…この国を見捨てるってことだろうが!」

 

激昂して踏み込む遊次の前に、オスカーが割って入る。片手で遊次の肩を強く掴み、その動きを力づくで静止させた。鋭い眼光で睨みつけられても、オスカーは表情一つ変えることなく淡々と言葉を紡ぐ。

 

「その選択肢も持つべきだ。俺達の目的はこの国を救うことではない」

 

「ふざけんじゃねえッ!トトは絶対に守り抜く!もし…もし捕まっちまっても救い出すんだ!誰も犠牲にするつもりはねえぞ!」

遊次は肩を掴む手を乱暴に振り払い、そのままオスカーの胸倉をきつく締め上げた。

 

灯やイーサン、怜央たちは、ただ押し黙るほかなかった。誰もトトを見捨てる気はない。だが、最悪の事態を想定するアリシアたちの主張が理にかなっているのは確かだ。「犠牲なき未来」はあくまでNextの理想に過ぎず、デュエリアの総意ではない。その事実が、彼らから反論の言葉を奪っていた。

 

胸倉を掴む手を強く引き剝がし、オスカーは眼前の遊次を静かに見据えて告げる。

 

「俺が貴様と交わした契約はセカンド・コラプスの破棄だけだ。人助け趣味に付き合う道理はない」

 

「この野郎…!」

再びオスカーへ掴みかかろうとする遊次。だが、その両肩をアリシアが正面からきつく掴み、目を真っ直ぐに射抜いて声を張った。

 

「トトを、この国を救いたいという気持ちはわかる!私とて同じだ!」

 

ぶつけられた言葉の熱量に、遊次は弾かれたように息を呑む。

 

「しかし、最優先事項は悪星神への対抗策を見つけることだ。目先の命だけに囚われれば、世界からあらゆる命が消える!」

 

「…わかってる。わかってるよ、そんなこと…」

呻くような声だった。アリシアたちの理屈など、頭ではとうに理解している。だが、たとえ最悪の想定であっても、誰かを見捨てる選択肢を天秤にかけること自体を、遊次の感情が激しく拒絶していた。

 

アリシアはふっと声の熱を下げ、静かに言葉を継ぐ。

 

「トトを見捨てろなどとは言っていない。しかし君はすでに、空っぽの『犠牲なき未来』という夢物語に、世界を巻き込んだのだ。せめて、その自覚を持て」

 

完膚なき正論だった。結論はとっくに出ている。あとは、己の心にどう折り合いをつけるかだけだ。遊次はギリッと音を立てるほど強く拳を握り込み、足元へと俯いた。

 

「…そうだな。ごめん」

 

アリシアは掴んでいた手を離す。灯は、遊次の強張った背中を痛ましく見つめていた。誰も犠牲にしないという覚悟に嘘はない。だからこそ、万が一の犠牲すらも想定しなければならない現実が、彼を激しく摩耗させている。

 

たまらず灯が口を開きかけた、その時。遊次が顔を上げ、真っ直ぐに前を向いた。

 

「最後までトトを守り続けりゃ、問題ねえだろ。そうすりゃ見捨てるかどうかなんて選択肢、出てくることはねえんだ」

 

アリシアは静かに一つ頷き、言葉を返す。

 

「その通りだ。だがトトから禁忌について聞き出すべきだという結論は変わらん。いいな?」

 

「…わかった」

アリシアを見返す遊次の瞳に、もう迷いはなかった。張り詰めていた空気がひとつの着地点を見つけ、水路に静寂が落ちる。その空気を縫うように、イーサンが冷静に口を開いた。

 

「話が収まったところ悪いが、禁忌のことなんか無闇に聞けば、また疑われて、ギルドとの亀裂を生むかもしれないぞ」

 

イーサンの指摘に、アリシアは言葉を返すことができなかった。せっかくギルドとの関係を築き、不可欠な情報網や身を守る拠点を得たのだ。それを自ら台無しにするリスクは計り知れない。

 

重い沈黙が落ちかけた水路に、オスカーの低い声が響く。

 

「むしろ禁忌を聞き出す最大の好機は、今だ」

 

「どういうことですか?」

灯がオスカーへ問いかける。

 

「トトから禁忌の中身を聞き出そうとしたことで、ギルドから反発が起きるとする。それがアスラナク打倒後ならば、すでにギルドは目的を達成している。用済みの俺達に、禁忌を伝える理由はない」

 

オスカーの鋭い眼光が、イーサンたちを静かに射抜く。一同はオスカーの言葉に耳を傾ける。

 

「だが今、ギルドは俺達の力を欲している。たとえ不信感を持ったとしても、アスラナクを倒すためならばそれを飲み込む理由がある。いずれは禁忌を聞き出さねばならぬ以上、確率の高い方を選ぶべきだ」

 

理路整然とした結論だった。イーサンは反論を返すことなく、言葉を呑んだ。すると今度は灯が、アリシアへと視線を向けた。

 

「ギルドの人たちにはどう伝えるんですか?私たちには禁忌を知る理由があっても、ギルド側にもメリットがないと、ただ軋轢を生むだけな気がします」

 

アリシアは腕を組み、目を伏せる。静寂の中、水滴の落ちる音が何度か響いた後、彼女はスッと顔を上げた。

 

「こういうのはどうだ。今トトは、古文書の現物と禁忌に関する一部の知識を有している。だから王国軍に狙われている。しかし私たちがトトと全く同じ知識を有した上で、古文書を預かったとすればどうだ?」

 

その言葉に、俯いていた遊次が弾かれたように顔を上げる。

 

「王国軍が最も優先して捕らえるべきは、トトではなく我々ということになる。禁忌を外国に持ち出される方が、より深刻な事態になるのだからな」

 

遊次たちの顔色が変わる。それは禁忌に関わることを頑なに拒んでいた遊次でさえ、思わず身を乗り出すほどの妙案だった。

 

「俺らが禁忌を知れば、兵士を、俺達に引きつけられるってわけか…!」

遊次の声に、先ほどまでの沈んだ色はなかった。目を見開き、アリシアを真っ直ぐに見据えている。

 

自らを囮にして兵士を引きつける。命懸けの策だが、これこそがトトを守り抜き、同時にデュエリア陣営の決裂を防ぐ最善手だった。禁忌を聞き出すことが彼女の命を繋ぐのなら、ギルドとの衝突というリスクもケアできる。

 

「あとはどうトトを説得するかだな」

怜央が腕を組む。どれほど外堀を埋めようと、禁忌を知る唯一の当人が口を開かなければ、これまでの話し合いも意味を成さない。

 

「世界を救うためには禁忌を聞かなきゃなんねえんだ。それを真っ直ぐ伝えるしかねえよ」

遊次は前を真っ直ぐに見据えて言い切る。

 

アリシアは静かに頷き、踵を返した。ダビデたちが待つ拠点へ向けて、一同は迷いのない足取りで歩き出した。

 

 

 

アーチ状の石組みに覆われた、薄暗い拠点の一室。天井や壁から吊るされたランタンの灯りが、無骨な木造の二段ベッドや床に置かれた古い木箱、大きな土壺を赤茶色に照らし出している。本来は休息を取るための静かな空間だ。アリシアの呼びかけにより、狭い室内に多くの人間が集結していた。デュエリア陣営の6人をはじめ、ダビデとトト。そしてザファール、シャムサ、ヌーラ、ヒルフィーら、ギルドの主要メンバーたちである。

 

 

アリシアは集まった面々を静かに見渡し、その口火を切った。

 

「皆に集まってもらったのは、我々がこの国に来た目的を共有するためだ」

 

「世界を救うってヤツだろ?」

ダビデが薄暗い中で視線を合わせ、口を開く。アリシアは真剣な眼差しで一度頷く。

 

「悪星神と呼ばれる、巨大な隕石型のモンスターを知っているか?」

 

「あぁ、もちろん!精霊世界の神だろ?ネフカの民ならみーんな知ってるぜ」

 

ダビデが迷いなく即答する。その言葉を引き継ぐように、ヒルフィーが静かに口を開いた。

 

「でもここ数年ぐらい、霊術でも姿が見えないらしいね」

 

「それこそがまさに本題だ」

アリシアは言葉を区切り、一拍置いた後、意を決して語りだす。

 

「単刀直入に言おう。悪星神がモンスターワールドから消えたのは、現実の宇宙空間に召喚されたからだ。そして約7か月後、地球に衝突する」

 

「なっ…!!」

ギルドの面々の顔色が、一瞬にして凍りつく。ヌーラが困惑と恐怖を浮かべ、問いを投げかける。

 

「どういうこと!?神を召喚?誰が!なんで?!」

 

「それは俺らにもまだわからねえ」

遊次は重く首を振った。

 

「そもそも、なんでアンタたちがそんなこと知ってるのよ!霊術なんて使えないはずでしょ!」

シャムサが身を乗り出し、鋭い声をぶつける。アリシアは表情一つ変えずに答えた。

 

「衛星情報だ。ただし中枢のデータセンターが何者かによって工作され、デュエリア以外はこの情報を知らない。しかし我が国はそれに気付き、特殊なルートでこの事実を知った。他国には何も伝えていない。真実を知ったところでパニックを引き起こすだけだからな」

 

「…ダメだ、頭が追い付かねえ…」

ダビデがたまらず両手で頭を抱え込む。アリシアは構わず言葉を繋いだ。

 

「到底信じられないだろうが、これが事実だ。悪星神はモンスターワールドから現れた存在。悪星神を討つためには、モンスターワールドの膨大な知識を持つこの国の協力が不可欠なのだ」

 

信じたくない気持ちはあれど、ギルドの中にはすでに、アリシアの言葉を疑う者はいなかった。悪星神がここ数年、霊術によっても捉えることができなかったという事実が、それを裏付けていたからだ。

 

ザファールが腕を組み、意外にも冷静に低く通る声で応じた。

 

「…なるほど、話がわかってきたぜ。お前らは悪星神をブッ倒したい。でも絶対派のアスラナクが、それに協力するわけねえ。だから俺達と手ェ組んで、革命起こそうってハラか」

 

「…まあ、そういうことだ」

真の目的はアスラナクへの謁見だが、革命を企てる彼らに今それを説くのは得策ではない。アリシアは僅かな思案の末、短く肯定し、言葉を続ける。

 

「ネフカ王国への入国にあたって、地球に隕石が迫っていることは伝えている。おそらくアスラナクも、それが悪星神であることに気付いているだろう。それでも我々の入国を許したのは、神官であるムルシド氏の健闘が大きい。アスラナク自身も、更なる事実把握を求めているだろうがな」

 

その言葉の切れ間で、トトが弱々しく口を開く。

 

「ムルシド様と私は、すでにこの事を聞かされていました。ムルシド様も、おおむねアスラナクが悪星神の打倒に協力するはずがないと考え、彼らと共に革命を起こそうと…。しかし…」

 

トトの声が震え、そこで途切れる。言葉に詰まる彼女へ、遊次がすかさず言葉を投げた。

 

「お前を助けたのは、俺らが好きでやったことだ。自分を責めんじゃねえよトト」

 

「…はい」

トトは小さく頷くが、深く俯いたままだ。

 

誰も口を開かない。重苦しい沈黙の中、ダビデがぽつりと言葉を零した。

 

「アスラナクをぶっ倒しても…めでたしってわけじゃねえのかよ」

 

ギルドの面々の顔に、濃い疲労と絶望が影を落とす。世界滅亡という巨大な現実は、今の彼らにとってあまりにも重すぎた。

 

その重苦しい静寂を、オスカーの鋭い声が断ち切った。

 

「絶望している暇はない。世界を救うためには、アスラナクを倒さねばならん。まずはそれだけを考えろ」

 

遊次はダビデたちの横顔を見つめた。唇は固く結ばれ、顔には険しい影が落ちている。だが、その瞳から光は決して失われていない。途方もない現実を前に、ただ沈黙の中で必死に心を整理しているのだ。

 

やがて、ダビデが勢いよく顔を上げた。

 

「ま、くよくよしててもしゃーねーなっ!俺らがやることは変わらねえ!アスラナクをぶっ倒すだけだっ!」

そこに憂いの色はなく、いつもの笑みが戻っている。

 

その快活な声に引っ張られるように、周囲の面々も次々と顔を上げた。

 

「…そうだな!悩んだって、隕石がどっかにぶっ飛んでくれるわけでもあるめえしな!」

ザファールがパンッと大きく両手を打ち鳴らし、己を鼓舞する。

 

「うん。不安なのは、デュエリアの皆も一緒だもんね!」

へたり込んでいたヌーラが、膝に手をついて力強く立ち上がる。

 

彼らも本心ではまだ現実を受け入れられていないはずだ。それでも、必死に前を向こうとしている。

 

「悪星神のことは、君たちがなんとかしてくれるんだよね~?じゃあ僕は、必要な道具を作るだけだよ」

ヒルフィーはどこ吹く風といった様子で、あっけらかんと言い放つ。

 

「…はぁ。ったく、アンタらといると、落ち込みたくても落ち込めないよ」

シャムサは大きなため息とともにサングラスを外し、頭を振って髪をなびかせた。

 

力強く立ち上がる彼らを見渡し、遊次の口元に自然と笑みがこぼれた。

 

「強いな、お前ら」

 

「ったりめーだろっ!」

ダビデが胸を張り、頼もしい笑みを返す。その横顔を見上げていたトトの唇も、つられて柔らかくほころんだ。

 

部屋の空気が熱を取り戻したのを確認し、オスカーがアリシアへと視線を送る。無言の合図に頷き、彼女は再び口を開いた。

 

「我々の目的は理解してもらえただろう。では、ここからが本題だ」

 

「え、今のが前段なの!?」

シャムサの顔が、分かりやすく引きつる。だがアリシアは表情を変えずに、視線を真っ直ぐトトへと据えた。

 

「我々は君が持つその古文書に記された"禁忌"が、悪星神への対抗策に繋がると踏んでいる。だから禁忌について、君が知る限りのことを教えてもらいたい」

 

部屋の空気が、再び鋭く張り詰める。ギルドの面々の目に、隠しきれない警戒と不信の色が浮かんでいる。その重い空気の中、トトが弾かれたように声を荒げた。

 

「ダメだと言ったはずです!あなた達も狙われてしまうんですよ!?」

 

「それでいいんだよ、トト」

遊次が、ひどく落ち着いた声で返す。その言葉の裏に確かな思惑があるのを感じ取り、口を開きかけたダビデたちも無言で言葉を呑み込んだ。

 

「俺らが禁忌を知れば、王国軍はトトじゃなくて、俺らを最優先で捕まえようとするはずだ。外国人に禁忌持ってかれる方がイヤに決まってっからな」

 

遊次の言葉の真意は、ギルドの面々にもすぐに伝わった。禁忌について早く知っておきたいという思惑はあれど、自らを囮にすることでトトを守ろうとしているのは確かだった。

 

しかし、当のトトがそれに頷くはずがなかった。

 

「ですから、それではあなた方を危険に巻き込んでしまいます!そんなの…もうイヤなんです…!」

胸元の古文書をきつく抱きかかえ、トトは固く目を瞑る。

 

悲痛な声を上げる彼女へ、灯が真っ直ぐに語り掛ける。

 

「私達はもう王国兵に狙われてる。安全なんてないんだよ。だから…」

 

「それでもっ!!あなた達はまだ一線を越えてない!禁忌を知れば…処刑は免れません!」

灯の言葉を遮り、トトは必死に声を張り上げた。自分を守ったせいで、ムルシドは捕らえられた。その事実が彼女をここまで頑なにさせていた。

 

「いつまで甘ェこと言ってんだ」

 

鋭い声に、トトは弾かれたように顔を上げた。怜央が射抜くような視線で彼女を見下ろしている。彼はそのまま膝を折り、トトの目の前で容赦なく言葉をぶつけた。

 

「わかんねえのか。足手纏いなんだよ。ガキ1人守るために、こっちは戦力を割かなきゃなんねえ。だからせめてテメェに群がる兵士の数を減らせって言ってんだ」

 

息を呑み、トトは言葉を失う。見開かれた目からじわりと涙が滲んだ。ザファールが怒りに顔を歪め、怜央へ踏み出そうとする。だが、ダビデが無言で腕を突き出し、その歩みを制した。

 

トトの目から次々と涙が溢れ落ち、やがて嗚咽が漏れ出す。それでも怜央は眉一つ動かさない。

 

「親殺されてんだろうが。ピーピー泣いて終わりかよ。それでいいのかテメェは」

 

トトの小さな両肩を強く掴み、怜央はさらに顔を寄せる。トトはびくりと肩を震わせ、両目を限界まで見開いた。

 

「いいわけないッ!!」

喉を裂くような声だった。トトはギリッと強く歯を食いしばる。込み上げる嗚咽を必死に呑み込み、涙で濡れた顔のまま、目の前の怜央を真っ直ぐに睨み返した。

 

「なら…テメェも戦えよ」

 

「戦う…?」

 

「あぁ。デュエルや腕っぷしじゃねえ。"意志"の話だ」

 

掴んでいたトトの肩から手を離し、怜央はゆっくりと立ち上がった。張り詰めた静寂が部屋を包む中、表情一つ崩すことなく、足元で震えるトトを見下ろす。

 

「アスラナクをブッ潰すためにはどうすればいいか、それだけを考えろ。もしテメェ1人で禁忌を抱えたまま捕まったらどうなる。もう向こうは俺らに構う必要はねェ。そうなりゃ革命のチャンスもなくなっちまうだろうが」

 

トトは小さく息を呑んだ。刃のように研ぎ澄まされたその言葉の裏には、整然とした理屈があった。アスラナクを倒すという目的を果たすなら、彼女一人だけが禁忌を抱え込む状況は決して望ましくない。

 

戦う意志があるなら、選ぶべき道は一つしかない。怜央はあえて激しく感情を揺さぶることで、彼女自身にその決断を迫ったのだ。

 

「俺らには今さら処刑もクソもねえ。やるか、やられるかだ。テメェは、俺らと一緒に戦う気があんのか」

 

トトは怜央の顔を見上げる。その脳裏を、遠い日の情景がよぎる。

 

古紙と埃の匂いが立ち込める薄暗い部屋で、内緒話のように世界の伝承を語ってくれた父の低い声。冷えた体を背中から優しく包み込んでくれた、母のショールの温もり。

 

そして、その平穏を唐突に踏みにじったあの夜。鎧の兵士たちに床へ押さえつけられ、「逃げろ」と叫んだ父の血走った目。闇の中へ引きずり出されながら、必死にこちらへ手を伸ばし続けた母の泣き顔。

 

理不尽に奪われ、もう二度と戻らない両親の姿だった。

 

 

トトは袖口で乱暴に目元を拭い、顔を上げた。赤く腫れた瞳の奥には、先程までの怯えを塗り潰すような確かな決意が宿っている。

 

「私も…戦います。皆さんと一緒に」

 

その言葉に遊次達は、ただ真剣な顔で1度頷いた。

トトは真っ直ぐに背筋を伸ばし、部屋を見回して告げる。

 

「しかし禁忌を伝えるのは、単独で副指揮官以上に対抗し得る力を持つ人だけです。ザファールさん、ヌーラさん、ヒルフィーさん、シャムサさん。申し訳ありませんが…出て行っていただけますか」

 

名指しされた4人は、誰一人として声を上げなかった。禁忌を知れば、大勢の兵士の標的となる。その状況を逆手に取り、オースデュエルで敵幹部に契約を突きつけられる力がなければ、この役目は担えない。トトのその判断を、全員が沈黙のまま受け入れていた。

 

「…あぁ。わかった」

ザファールが顔に暗い影を落としながら、静かに頷く。他の3人も唇を噛み締め、無言で踵を返した。重い足音が石造りの床を叩き、4人の背中が部屋の外へと遠ざかる。

 

ギルドの中でその場に残ることを許されたのは、ダビデただ一人だった。

 

部屋から一切の音が消え去る。そこにいる全員の視線が、中央に佇むトトへと向けられていた。

 

「聞かせてくれるか」

言葉の重みを乗せるように、遊次は真っ直ぐに向き直った。

 

トトは応じるように、一度だけ深く顎を引く。張り詰めた空気を吸い込み、逃げずに正面を見据えたその唇が、ゆっくりと動いた。

 

「ネフカ王国の禁忌とは…

『モンスターを現実に召喚する巨大な扉』のことです」

 

 

その場の全員が、思わず目を見開いた。

遊次の胸の奥で、鼓動が急激に速まっていく。悪星神を討つための手がかりを想定してはいたが、もたらされたのはあまりにもクリティカルな事実だった。

 

「約1000年前、まだ武器があった時代…隣国がネフカ王国へ数万という兵を送り、侵略を企てました。しかしその兵士達は、たった一夜にして全滅したそうです」

 

「しかも、そこにネフカの兵士の亡骸はありませんでした。通常の戦争であれば、そんなことはありえません。でも何が起きたのかは推察しようもありませんでした。実際にそれを目にした人は、皆死んでしまったのですから」

 

「それが、扉で召喚したモンスターによるものだと?」

 

オスカーの低い声に、トトは首を縦に振った。

 

アリシアの脳裏に、かつてヘックスが口にしていた言葉が浮かぶ。他国との関わりを断絶している小国が、なぜ一度も他国からの侵略を受けずに済んだのか。近代兵器が実在していた旧時代に、ネフカ王国が独立を維持できていた理由。その裏にこれほどの事実が隠されていたとは、想像すらしていなかった。

 

「1000年前って、全然科学も発展してねえはずだろ。なんでそんなもんが存在すんだよ…」

 

モンスターワールドと現世を繋ぐ、遊次の2人の父が創り出した「パラドックス・ブリッジ」。世界を結ぶという不可能を可能にしたのは、現代の粋を集めた絶大な科学力に他ならない。

 

しかし遊次がどれほど思考を尖らせようとも、その矛盾を埋める答えは見つかるはずもなかった。

 

「その『禁忌の扉』は、王宮の地下に存在すると言われています。しかしそれ以上の情報は知りません。原理も、成り立ちも。この古文書には書かれているかもしれませんが…」

 

トトが話したことが、彼女の持ち合わせる禁忌の全てだった。さらに煤けた頁に眠る真実を手繰り寄せるには、あまりにも莫大な時間と労力が立ちはだかる。

 

ダビデははっとした表情を浮かべ、トトへと激しく詰め寄った。

 

「な、なあっ!もしかして18年前にモンスターが王宮を破壊した事件って…その扉の仕業じゃねえのか!?」

 

その言葉に、遊次たちも一斉に顔を上げる。神官ムルシドから聞かされていた原因不明の事象。しかし、この扉によるものだとすれば、すべての辻褄が合う。

 

「その可能性が高いですね。だとすると、少なくとも18年前には扉の力を使うことができていた…ということです」

 

「でも、もし誰かがモンスターを召喚して王宮をぶっ壊したってんなら…なんのためにそんなこと…」

 

ダビデは腕を組み、眉根を寄せて頭を捻る。しかし、あまりに情報が断片的すぎて、これ以上の結論は見えそうになかった。

 

 

ネフカ王国だけが秘める超常的な力。確かにそれは、悪星神を討つ手がかりになり得るはずだった。しかしこの場にいる誰もが歓喜に沸くことはなかった。

 

それは、ようやく掴んだはずの手がかりが、地球に迫る隕石への直接の解決策ではなかったからか。人智を超えたその力が、一歩間違えれば凶悪な暴力装置になり得るという恐怖からか。あるいは、その両方か。

 

沈黙の中、口火を切ったのはオスカーだった。

 

「その禁忌の扉とやらが、悪星神を討つための力となるのは疑いようもない。やはり以前からの目論見通り、モンスターに対抗できるのはモンスターだけであろう」

 

現実にモンスターを召喚して悪星神を討つ。それはかつてNextが阻止した『セカンド・コラプス』の思惑そのものだ。あの計画と同じように、禁忌の扉もまた無数の犠牲を強いるのではないか。

 

最悪の結末を危惧した遊次は、たまらず言葉をぶつけた。

 

「結局、その扉もパラドックス・ブリッジと同じなんじゃねえのか。現実にモンスターを召喚したら、また多くの人が…」

 

「違うな」

遊次が言葉を紡ぎ終わるより早く、オスカーはその声を遮った。

 

「ネフカ王国はこの扉を兵器として運用していた。18年前の事件も、あくまで何者かが意図的に王宮を襲ったものだろう。そうでなければ被害は王宮だけに留まるはずがない」

 

「即ち、召喚したモンスターは制御できるということだ。パラドックス・ブリッジとは違う」

 

遊次たちは、はっとして顔を見合わせた。空間を裂き、そこから無制御のモンスターが流れ込んでしまうパラドックス・ブリッジとは違う。この扉から召喚するモンスターを従えられるのなら、周囲の人間に危害を与えずに悪星神を討てるかもしれない。

 

「何故そう言い切れる?完璧に制御できるなんてトトは言っていない」

 

イーサンの鋭い反論に、オスカーは迷いなく即座に切り返した。

 

「以前にも言ったが、デュエルディスクを通したモンスターの召喚は、モンスターワールドから呼び寄せたモンスターの魂を、ソリッドヴィジョンに宿らせるものだ。貴様らは事実、デュエルディスクを通してモンスターを召喚し、使役している。己がすでに成し得ている以上、召喚したモンスターが制御可能であることを疑う余地はない」

 

イーサンは奥歯を噛み締め、押し黙った。それは論理的に否定する要素がなく、デュエルディスクを生み出したニーズヘッグのCEOが突きつける絶対的な事実だったからだ。

 

腕を固く組み、宙を睨んだまま沈黙していたダビデが、ゆっくりと視線を下ろした。

 

「パラドックス…なんとか?専門用語はよくわかんねーけど。この国じゃ、デュエルディスクで召喚したモンスターと一緒に生活すんのは普通のことだ。それがデュエルディスクじゃなくて、扉から召喚できるようになるってだけの話だろ?」

 

ダビデのあっけらかんとした言葉は、かえって遊次たちを冷静にした。実際、自分たちもネフカの人々がモンスターと生活を共にしている光景を目にしている。アリシアは背筋を伸ばし、凛とした声で告げる。

 

「デュエルディスクとの違いは、数万人の兵士を滅ぼせるほどの実体と力を持っていること…というわけだな。だが確かにオスカー氏やダビデ君の言う通り、モンスターを制御する行為自体に、ことさら懸念を抱く必要はないだろう」

 

情報が少ない中で、一同は思考を擦り合わせてゆく。少なくとも「禁忌の扉」はパラドックス・ブリッジと異なり、無制御のモンスターが人々に危害を与えるような代物ではないのだろう。

 

その中で、灯がふと眉をひそめて疑問をこぼした。

 

「でもさ、アスラナクも禁忌の扉のことは知ってるんだよね。じゃあなんでその力を使わないのかな?絶対派の人って、モンスターの威光を知らしめるのが目的なんでしょ」

 

核心を突いたその問いに、場の空気がわずかに緊張する。しかしトトは思考を挟む隙すら見せず、すぐに滑らかな口調で言葉を返した。

 

「これは推測ですが、禁忌の扉からモンスターを召喚するには、何か条件があるのだと思います。アスラナクがそれを知らないか、まだその条件が整っていないのかと」

 

遊次は正面を真っ直ぐに見据え、はっきりと言葉を放つ。

 

「結局、もっと調べなきゃわかんねえってことだな。トト一人で古文書を全部読むなんて無理だし…この国ごと、味方になってくんねえと」

 

掴んだ手がかりも、世界を救うための断片に過ぎない。今のままでは確実にネフカ王国の協力は得られない。アスラナクとの謁見、あるいはその打倒。その目標は揺るがなかった。

 

それまで床に落としていた視線をすっと持ち上げ、怜央が正面をまっすぐに見据えるようにして顔を上げる。

 

「ともかく、これでノーヒントってこたぁなくなったな」

 

その言葉に応じるように、遊次も勢いよく正面を向いた。沈んでいた表情に弾けるような笑みが戻り、声にははっきりと希望の響きが宿る。悪星神に対抗するための策がこのネフカ王国にあるという見立ては、間違いなく正しかった。

 

「…あぁ。古文書を読めば色んなことがわかるだろうし、他にもこの国にはモンスターワールドの知識がいっぱいあるしな。前に進んだのは間違いねえ!」

遊次の前向きな声が響き、張り詰めていた場に僅かな熱が灯る。

 

「貴様が知っている情報は全て話したか」

オスカーが鋭い視線を向ける。トトは身じろぎ一つせず、深く首を縦に振った。

 

アリシアはトトの腕に抱えられた分厚い表紙へ目をやる。

 

「その古文書のことだが、常に持ち運ぶわけにもいかないだろう。どこかに隠しておくべきだと思うが、どうだ?」

 

トトは腕の中にある父の形見へと視線を落とす。装丁をそっと撫で、顔を上げた。

 

「はい、そうすべきだと思います」

 

「この拠点に隠したらいいんじゃねーか?」

 

ダビデの提案と共に、オスカーが間髪入れずに言葉を返す。

 

「ここはギルドの者全員が知っている以上リスクが高い。王国軍にこの場所が割れれば、古文書も奴らの手に渡ることとなる」

 

「そ、そりゃそうか…」

ダビデは苦笑いで頭を掻く。するとイーサンがすっと腰を上げた。

 

「"1人だけが古文書の隠し場所を知ってる"。これが最も王国軍の手に渡るリスクが少ないだろう。俺が隠してこよう」

 

「待て」

鋭い声が背後から刺さる。イーサンは目元を険しくして振り返った。

 

「オースデュエルによって、古文書の場所を開示する契約を結ばされる可能性がある。最も敗北する可能性の低い者が古文書を隠すべきだ」

 

オスカーは腕を組み、微動だにせず前を見据える。数秒の静寂が落ちた後、再び唇を動かした。

 

「神楽遊次。貴様が古文書を隠して来い」

 

遊次は驚いてオスカーへと顔を向ける。食事の席では自分の方が強いと決して譲らなかった男が、まさか自分を指名するとは思ってもみなかった。彼はプライドを捨ててでも、より勝率の高い選択をしたのだ。

 

「異論はないな」

オスカーは固く腕を組んだまま、周囲へと視線を巡らせる。重い沈黙が答えだった。遊次はオスカーを見据え、一つ力強く頷く。

 

「でも今日はもう暗いし、道に迷っちまったら困るから、明日の早朝にした方がいいぞ。人も少ないしな」

ダビデは薄暗い地下の天井を見上げて言う。

 

「でも明るかったら顔を見られちまわねえか?」

 

「肌の色さえ変えれば、異人だってバレっこねーよ。ヒルフィーに頼めば化粧かなんか作ってくれると思うぜ」

ダビデは自身の頬を指先で軽く叩き、事もなげに言い切った。

 

「そっか。じゃあそうするぜ。トト、悪ぃけどその古文書、俺が預かっといていいか?明日の朝一にどっかに隠してくるから」

 

遊次はトトの正面に立ち、真っ直ぐに両手を差し出した。

 

「…はい。よろしくお願いします」

トトは胸に抱えていた古文書を、その掌の上へゆっくりと預ける。遊次は分厚い書物の確かな重みを、両手でしっかりと受け止めた。

 

「一歩前進だな。ダビデ君、ギルドのメンバーを作業所に集めてくれるか。今後の作戦を話し合いたい」

アリシアがダビデへと視線を向け、通る声で告げる。

 

「わかった!」

ダビデは力強く頷いて踵を返す。硬い地下の床に足音を響かせながら、急ぎ足で部屋を出ていった。トトも弾んだ足取りで前を行く背中を追い、小走りで部屋を後にした。

 

残された遊次たちもそれに続こうと踵を返した矢先。

 

「少しいいか」

アリシアの凛とした声が、背後から彼らを引き留めた。遊次は歩みを止め、振り返る。

 

「君達と私はもはや運命共同体だ。だから一応、伝えておいた方がいいと思ってな」

 

「なんだ?」

遊次は軽い口調で問う。アリシアは表情を変えることなく、淡々とした口調で告げる。

 

「2年前、オスカー氏に衛星情報やパラドックス・ブリッジの情報を流したのは…私だ」

 

 

「……えぇ!?」

遊次はあんぐりと口を開けた。灯やイーサン、怜央も揃って目を丸くする。ただ1人、当のオスカーだけは微動だにせず、アリシアを見据え返していた。

 

アリシアはきつく唇を噛み締め、微かに震える拳をただ握りしめていた。

 

 

第89話「ネフカ王国の禁忌」 完

 

 

 

アリシアは政府を裏切っていた。

その事実が、彼女に次なる選択を迫る。

 

一方デュエリアでは、ルーカス達がオスカーからある指令を受けていた。

その任務とは「ある男の弱みを握れ」というもの。

 

ルーカスは、祖父ヘックスを失墜させた20年前の事件に活路を見出し、一人の記者と接触する。

 

何故、"ある男"を探らなければならないのか。

ルーカスが世間へ憎しみを向けるきっかけとなった20年前の事件、その裏にいったい何があるのか。

 

ルーカスは兄の意志を背負い、オースデュエルを挑む。

 

 

「俺は今、奴に心臓を握られているも同然だ。

覚悟しておけ。お前達だけで戦う時が来ることを」

 

次回 第90話「アナザー・ミッション」

 

 

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