遊戯王Next   作:湯(遊戯王SS投稿者)

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第92話:激戦の火種

隕石型モンスター「悪星神」が地球に衝突するまで、残り7ヵ月。人類とモンスターワールドの双方を犠牲にしない対抗策を求め、遊次たち6人は外界との交わりを断つ砂漠国家「ネフカ王国」へと足を踏み入れた。しかし現在のネフカ王国は、モンスターを人間より上位の存在と崇め、人類の屈服を目論む「絶対派」の支配下にあった。国王アスラナクは思想の異なる者を容赦なく処刑する暴政を敷いており、悪星神討伐を掲げるデュエリア陣営に協力する可能性は極めて低い。

 

一行は、国の禁忌を知る少女「トト」を救ったことで王国軍に追われる身となるも、革命組織「ギルド」に窮地を救われる。デュエルで追手を退け、隣町ペルメリトの地下水路に根付く彼らの拠点へ到達。異邦人を強く警戒するリーダー「ダビデ」と一時は衝突するも、遊次のデュエルによってその壁は瓦解し、デュエリア陣営とギルドは正式な同盟を結ぶこととなった。

 

遊次たちはギルドの主要人物へ、世界が滅亡の危機にあること、そしてそれを食い止めるすべを求めて来訪した事実を共有する。さらに、トトが抱えるこの国の禁忌「モンスターを召喚する扉」の存在へと辿り着く。それが真実であれば、召喚者の意思でモンスターを制御し、その力で悪星神を討ち滅ぼせるかもしれない。遊次たちは、このネフカ王国にこそ世界救済の鍵があると確信を深める。

 

しかし禁忌の扉の全貌は、トトの父が残した古文書と、王国が所有する古代の書物を読み解かねば明らかにできない。アスラナクの暴政が敷かれている限り、その道は閉ざされたままだ。目前に迫る戦いに備え、デュエリアとギルドの一同は作戦会議を行うべく作業所へと集った。

 

 

 

松明の炎が、石造りの壁に揺らめく影を落とす。地下水路内に構えられたこの広い空間には、無骨な造りのテーブルや備品、幾つもの器具が立ち並んでいた。壁際の一角に、分厚い掲示板が立てかけられている。そこに留められた15枚の写真。頂点に君臨するアスラナクから始まり、その下に連なる七使徒、そして副指揮官たちの顔が張り出されていた。

 

「こいつらが俺らの戦うべき敵だ。ツラと名前、覚えたよな?」

ダビデは肩越しに振り返り、デュエリアの面々へ力強く同意を求める。しかし、腕を組んでボードを眺めていた怜央は、不満げに眉根を寄せてすぐさま異論を唱えた。

 

「外人の名前なんざ、すぐに覚えられるわけねえだろ」

 

「私はもう覚えたぞ?」

怜央のぼやきを隣で聞きつけたアリシアが、ふんぞり返って得意げに鼻を鳴らす。怜央は「そうかよ…」と半ば呆れたようにため息を吐き、再び面倒くさそうに写真の群れへと視線を戻した。

 

そんなやり取りの傍らで、灯は張り出された写真の1枚からじっと目を離せずにいた。そこに写っているのは、赤銅色の髪をした、まだあどけなさの残る若い女性の顔だった。

 

「ムウミン・カウル…こんな若い奴も七使徒にいんのか。こいつがどうかしたのか?」

灯の様子にいち早く気付いた遊次が、横から同じ写真を見つめながら声を掛ける。

 

「…うん、ちょっとね。この人の軍の副指揮官と戦った時、言ってたの。"ムウミン指揮官を守り続けることが、この国の未来に繋がる"って」

 

「…どういうことだ?」

遊次は腕を組み、意味を測りかねて首を傾げる。

 

「私も詳しくは知らないけど…このムウミンって人が七使徒になってから、幹部同士のいがみ合いがなくなって、王宮の空気が変わりつつあるんだって。だから、あの副指揮官さんはこの人に七使徒で居続けてもらうために、成果を上げる必要があった」

 

敵の事情を慮るような灯の言葉に、場を支配していた空気がピリッと張り詰める。

 

「フン、成果を上げるってのは罪のない人を捕まえることだろう。そんな奴が国の未来を語る筋合いはないよ」

魚屋の女店主であるモナが、怒りに任せて声を荒げた。

 

「…彼らのやり方を肯定するつもりはありません。でも、あの人が彼女を信じてることだけは間違いなかった。だから…どんな人なのかなって、ちょっと思っただけです」

 

灯はモナの怒りを受け止めながらも、伏し目がちにムウミンの写真を見つめ続ける。敵であるはずの少女に寄せられた、部下からの狂信とも呼べる信頼。それが彼女の胸の内に、小さな疑問のしこりを残していたのだ。

 

「アスラナクに従ってる時点で、ろくでもない奴に決まってる。あんまり期待しない方がいいわ」

黒いライダースーツに身を包んだシャムサが、壁に寄りかかったまま氷のように冷たく吐き捨てた。

 

遊次もまた無言でボード上の写真へ視線を送っていた。ふと、ムウミンの隣に張り出された一人の男の写真に、彼の目がピタリと留まる。

 

「こいつ…ダビデの両親を捕まえてた奴じゃねえか!」

それは紺青の長髪で顔の半分を覆い隠した、褐色肌の青年。ダビデとのデュエル中、遊次に流れ込んできた記憶の中で垣間見た顔だ。

 

ダビデは足元へ視線を落とし、掠れた声でぽつりぽつりとこぼす。

 

「俺の親友…だ。最近まで、普通に仲良くしてたんだ。昔ほど一緒に遊ぶって感じじゃなかったけどさ。なのにアイツ…アスラナクが王になってから急に七使徒になんかなりやがってっ!そんで、父ちゃんと母ちゃんは…っ!」

 

最初はひどく力弱かった声が、言葉を重ねるごとに荒く尖っていく。遊次はその姿を何も言う事なく見つめる。

 

「アイツが絶対派だったなんて知らなかった。でも、普通の良い奴だったんだよっ!多分、アスラナクに無理やり従わされてんだ!だから、俺はっ…!」

 

ダビデは自分の声が大きくなっていることを自覚し、落ち着くために大きく息を吐き、言葉を続ける。

 

「だから…アスラナクぶっ倒して、皆を助けなきゃ。父ちゃんも母ちゃんも、ナイールも」

 

作業所に沈黙が漂う。そんな中、鼻ピアスの大男「ザファール」がボードに貼られた別の写真に指を叩きつける。

 

「それで言やぁ、コイツもぶっとばさなきゃなんねえ!」

ザファールが荒々しくボードの一角を叩いた。写真に写るのは、頭部に炎の刺青が刻まれたスキンヘッドの男。その下には「ガネシュ・シン」と記されている。

 

「このハゲは、ガンドさん…トトの親父さんを密告しやがったんだ!親友だったってのにな!」

 

忌々しげに吐き捨てるザファールの横で、トトは金縁眼鏡の奥の瞳をスッと細めた。

 

「ガネシュ先生は父上の同僚で、親友でした。でも父上が捕まった数日後、突然彼が王宮に迎え入れられて…」

 

「こいつらはなんで、ダチ裏切ってまでアスラナクの役に立とうとする?なんか見返りがあんのか」

 

腕を組んだ怜央が、到底理解できないというように険しく眉をひそめる。それに答えたのは、魚屋のモナだった。

 

「絶対派の中じゃ、アスラナクは"精霊の声を聞ける神の遣い"なんだとさ。だから皆ありがたがって、奴を担ぐのさ」

 

「精霊の声を…」

灯は弾かれたように、隣に立つ遊次へと顔を向けた。

 

「そんな奴、遊次以外に見たことがないぞ…。デタラメじゃないのか?」

イーサンが疑わしげに目を向けると、モナは軽く息を吐く。

 

「霊術師みたいに精霊世界を見通せる人間もいるしねぇ。実際アタシらも、この男のウソみたいな力を目の前で見ちまったし」

モナが顎をしゃくって遊次を示した。

 

もしアスラナクの力が本物なら、遊次の力の謎を解く手がかりになるかもしれない。灯は隣の遊次を見つめたまま考える。

 

すると沈み込んだ空気を、オスカーの冷淡な声が払い除けた。

 

「貴様らの因縁と真偽のわからぬ噂に興味はない。俺達は何のために雁首を揃えている」

 

「そ、そうだった!作戦会議だよなっ!」

ダビデは勢いよくボードに向き直ると、最上段に貼られたアスラナクの写真を平手で叩きつけた。

 

「話は簡単だっ!コイツをぶっ倒せば、全部解決するっ!」

 

「…そういうの、作戦って言わないんだけど…」

ヌーラがため息交じりに視線を送る。しかし、当のダビデは真っ直ぐに前を見据えたまま微塵も動じない。

 

「何言ってんだっ!アスラナクにオースデュエルで勝てば、アイツを玉座から引きずりおろせる!兵士だって王の指揮下なんだから、アスラナクに勝てば契約で止められる!」

 

「問題はそのオースデュエルをどうやって仕掛けるか、でしょ。それができるなら…」

 

ライダースーツの女「シャムサ」ははっと何かに気づいたように言葉を途切れさせ、遊次たちの方へ目を向ける。

ダビデは確信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「そうっ!遊次たちの強制オースデュエルがありゃ、アスラナクに拒否権はねえっ!」

 

ギルドの面々から、驚きを含んだどよめきが上がる。オースデュエルは本来、互いの了承があって初めて成立するものだ。王に戦いを強要する状況など市民上がりの彼らには到底作れず、組織を立ち上げてからの数ヶ月間、ずっと手も足も出せずにいた。しかし、デュエリアからの思わぬ来訪者が今、革命のための最後のピースとなったのだ。

 

熱を帯びる周囲の空気を遮るように、アリシアは静かな声で問いを投げる。

 

「では聞くが、国王に強制オースデュエルをどう仕掛ける?式典のような、アスラナクが公衆の面前に出てくるタイミングがあるのか?」

 

「いーや、ないなっ!」

まったく悪びれないダビデの即答に、アリシアは深く息を吐き出した。

 

「元々は堂々と話し合いをするために来たんだけど…この状況じゃ、捕まるのがオチだよね」

灯は眉をひそめ、懸念を口にする。

 

「今さら謁見させてくれっつっても、はいそうですかとはならねえよなぁ…」

遊次も腕を組み、渋い顔で首を傾げた。

 

「すでに副指揮官を2人も倒してしまった。反逆と捉えられても仕方ない状況だ。こんなはずではなかったのだが…」

アリシアは額を押さえた。当初、彼女が求めていたのは王の真意を問うための対話だった。いきなり事を構える危うさを避け、まずは言葉を交わす道を探っていたのだ。だが、追っ手との衝突を経てその前提はもはや崩壊している。後戻りできない現実を前に、重い沈黙が落ちた。

 

「今さら話し合いで解決なんて言わせねーぜ。俺らと同盟組んだ以上、アスラナクぶっ倒すまで付き合ってもらうからな」

ダビデの強い眼光を正面から浴び、アリシアは無言で唇を引き締める。彼女自身もこれまでギルドの前では謁見が目的であることを伏せてきたが、いよいよその望みは完全に絶たれようとしていた。

 

「んで、アスラナクに強制オースデュエルを仕掛ける作戦だけど…王宮に入っちまうってのはどうだ?」

 

「どういうことだ」

イーサンが怪訝な顔で問い返す。

 

「変装だよ。王国軍の兵士は、軍によって鎧が統一されてる。同じ鎧を着れば王宮に潜り込めんだろっ!」

ダビデが胸を張る。その提案の実現性を頭で弾き出すように、一同は揃って押し黙った。

 

静寂を破り、ヌーラが地べたに座り込む道具師のヒルフィーへ視線を向ける。

 

「ねえヒルフィー、鎧、造れる?」

 

「さすがに、あのレベルのものは造れないな~。時間もかかるしね~」

 

「んじゃ、奪うしかねえな」

緩い口調の返答を断ち切るように、怜央が短く言い切った。

 

「七使徒や大量の兵士を相手取ることもないし、雑魚兵士からオースデュエルで鎧を剥ぎ取ればいいだけか。確かに一番現実的で効率的、かつ安全かもな」

 

顎に手を当てたイーサンが、納得したように深く頷いた。ダビデの思いつきが、意外にも理にかなった一手であると腑に落ちた。

 

「王宮内の構造はムルシドさんから聞いてる。これを見てくれ」

ダビデは1枚の図面を取り出し、テーブルの上へ開いた。

 

「正門から兵士のフリをして王宮内に入る。まず外庭に出て、第一門を抜けて中庭へ進んで、その奥の広間を目指す。広間の奥に大階段があるから、そっから上がって大広間を抜ければ謁見の間。アスラナクはそこにいるはずだぜ」

 

図面の上に指を走らせながら、ダビデは玉座までの道筋を淀みなく語った。遊次たちはテーブルに広げられた図面を覗き込み、真剣な面持ちで首を縦に振る。

 

そんな中、背の低いトトは椅子に上がり、前のめりになって声を上げた。

 

「しかし王宮内にうまく入れたとしても、その後はアドリブになってしまいませんか?ただの一般兵士が王に簡単に会えるはずもありませんし…」

 

その懸念へ、遊次が間髪入れずに返す。

 

「鎧を頂戴するために兵士をぶっ倒すだろ?そいつらから聞き出せばいい。似たようなこと、裏カジノに潜入した時にもやったしさ」

 

「な、なるほど…。遊次様がそう言うのであれば…」

あっけらかんと言い放つ遊次を前に、トトは困惑を滲ませながらも小さく同意を示した。

 

 

「もし変装がバレたらどうするの?」

灯が不安げに身を乗り出す。

 

その懸念を、オスカーの冷淡な声が一刀両断した。

 

「世界デュエル憲章によって、デュエル中の武力行使は禁じられている。そこらの兵士にでも強制オースデュエルを仕掛ければ、身の安全は保証される」

 

世界的な法に違反すれば、DDASによる制裁だけでなく国連の介入さえもあり得る。そうなれば禁忌が知られることよりも大事を呼び起こしてしまう。強制オースデュエルがあれば、武力によって制圧される可能性は限りなく低いということだ。

 

ただし、この方法を使えるのは、強制オースデュエルの権限を持つ者に限られる。そのため、これまではトトを守るには逃げ続けるほかなかった。だがデュエリア陣営だけで王宮へと入る場合は、強制オースデュエルによって武力による制圧を回避できる。

 

「んな使い方できんのか!便利だな、強制オースデュエルってヤツは」

 

ザファールがぽかんと口を開けた。だが、アリシアは険しい表情を崩さない。

 

「世界デュエル憲章でも、デュエルに支障のない行動は縛れない。直接的な武力を受けずとも、たとえば王宮の出口を塞がれたら、我々は逃げ戻ることができなくなる」

 

「…んじゃ、バレたらアスラナクに辿り着くまで、ひたすら兵士に強制オースデュエルを仕掛けて進んでくしかねえってことだな」

 

覚悟の宿った遊次の言葉に、一同の顔にピリッとした緊張が走る。一歩間違えれば逃げ場を失うという事実に、場は重い空気に包まれた。

 

そんな中、シャムサがダビデへ鋭い視線を向ける。

 

「じゃあ強制オースデュエルを使えないアタシらはお役御免ってこと?せっかく革命のために準備してきたのに」

 

不満を滲ませて顔を背けたシャムサへ、ダビデが間髪入れずに口を開いた。

 

「そんなことねーよ!今まで俺らが情報を集めて、拠点を構えて、道具造って、今があるんだっ!」

その力強い言葉に同意するように、トトやモナたちも深く首を縦に振った。

 

「それに鎧奪うためには狙いやすそうな兵士も探さねーといけないし、遊次たちが王宮に入る時も、万が一に備えて俺らも近くで待機しとかねーと。まだまだやることはあんぜ」

 

淀みなく言い切るダビデとは対照的に、シャムサの顔には未だ晴れない陰りが落ちている。そこへ、オスカーが静かに歩み寄った。

 

「シャムサと言ったな。貴様の眼は夜間でも遠くまで見通せるのだろう」

 

「え、えぇ…そうだけど」

唐突な問いに、シャムサが戸惑うように声をもらす。

 

するとオスカーは懐からスマートフォンを取り出した。

 

「この国では国外と通信できない。他国との国境付近まで行けば通じるか」

 

「さあ…国外と通信する物なんかネフカにないし、試してみないとわからないわ。それに…国境付近は警備が厳重で、簡単には近づけない」

 

「不可能ではないのだな」

オスカーは短く言葉を返すと周囲の面々へ一瞥をくれ、無言で手元の画面を指で叩き始める。そして1分後、彼はその端末をシャムサへと差し出した。

 

「これ…」

画面を覗き込んだシャムサが、ハッと息を呑む。そこには、ギルドに集う全員の名が整然と並んでいた。そしてその中には「トト・ミポット」の名前も連なっていた。

 

トトや遊次たちも横から画面を確認し、一様にオスカーへと顔を向けた。無言の問いに対し、彼は淡々と告げる。

 

「他国との国境付近に向かい、その端末でルーカス・ヴラッドウッドへメールを送信しろ。ここにいる全員に、強制オースデュエルの権限を与える」

 

ギルドの面々は一斉に目を見開いた。息を呑んで固まる彼らを見据え、オスカーはさらに言葉を叩きつける。

 

「何が起きるかわからん以上、貴様らにも相応の戦力を持ってもらう。舞台裏になど引っ込めると思うな」

 

「オスカー…!」

ダビデの口角が、ニヤリと吊り上がった。オスカーの意図は、あくまで戦力確保という合理的な判断でしかないが、自分たちも革命の確かな戦力なのだと自覚させるその言葉は、間違いなくギルドの士気を高めていた。

 

「でも、国境まで行くには川を下らないといけないのよ。丸一日はかかるわ」

 

部屋の片隅に腰を下ろしたままシャムサは言葉を返す。オスカーは立ったまま、彼女を真っ直ぐに見据えていた。

 

「今から最速で国境を目指せ。そのために貴様の眼がある」

 

「おいおい…こんな真夜中に川を下れってか!?いくらなんでも危ねえだろ!」

ザファールは腕を振り上げて声を荒らげたが、それを意に介すことなくオスカーの瞳はシャムサの姿だけを捉えている。

 

 

「…いいわ。私ならやれる」

数秒の静寂。シャムサはゆっくりと顔を上げる。その覚悟を受け、ダビデが深く息を吸い込み、眉根を寄せる。

 

「シャムサは太陽の光に弱い。体力的にもキツいし…ザファール、お前も一緒に行ってくれねーか。丸一日川を下るには、お前の体力と腕力が要るっ!」

 

ザファールの顔つきが変わる。ニヤリと口角を吊り上げると、彼は太い腕を大きく回して関節を鳴らした。

 

「…そう来ると思ってたぜ。しゃあねえ、久々に大仕事と行くか!」

ザファールが声を張り上げる。その隣で、座っていたシャムサがゆっくりと立ち上がった。

 

「頼んだぜ。シャムサ、ザファール!」

遊次の声に、歩き出そうとしていた二人が足を止める。肩越しに振り返ったシャムサは、小さく一度だけ顎を引いた。対照的に、ザファールは深く口角を吊り上げる。短い呼応を交わし、二人の影は薄暗い地下の奥へと溶け込んでいった。

 

遠ざかる二つの影が完全に見えなくなると、ダビデは正面へと向き直る。彼は両手の拳を胸の前で力強く打ち合わせ、張りのある声を出した。

 

「さてっ!まずは、鎧を手に入れねーとな!俺らで街を監視して、人気のない場所にいる少人数の兵士を見つける。そんでデュエリア陣営が強制オースデュエルで鎧を奪う。これでいいな?」

 

ダビデの提案に、ギルドの面々が静かに首を縦に振る。

 

「作戦としてはこんなとこか。後は…その本をなんとかしなきゃな」

ダビデの指先が、遊次の抱える古文書に向けられた。視線を集めた遊次は、周囲の顔をゆっくりと見渡す。

 

「詳しい事情は話せないけど…この古文書には、世界の未来が懸ってるんだ。絶対に奪われちゃいけねえ。だから、明日の早朝に俺が隠してくる」

 

大半のメンバーが顔を見合わせる。世界滅亡の危機も、古文書の内容も、知っているのは一部の者だけだ。彼らの様子を見て、ダビデがすぐさま言葉を引き取る。

 

「こん中で一番強えーのは遊次だ。遊次だけが本の隠し場所を知ってれば、遊次が負けない限り、古文書は奪われない。それが一番いいって俺が判断したんだ」

 

「そうかい。アンタが言うならそれで構わないよ」

モナが応じると、ダビデは少しだけ口角を上げた。そのまま、足元でしゃがみ込んでいるヒルフィーへと視線を落とす。

 

「ヒルフィー、遊次の肌を塗るための化粧みたいなもん作れねーか?」

 

「お安い御用だよ~。朝までに作っておくね」

 

「さっすが!頼んだぜっ!」

弾んだ声で請け負うヒルフィーに、ダビデは勢いよく腕を振り下ろし、その肩を叩いた。そして周りを見回して声を張る。

 

「んじゃ今日は解散だっ!俺からの命令が最後に一つ!たっっぷり寝て、明日に備えることだっ!」

 

「おぉー!!」

活気に満ちた声がギルド内に響き渡る。周囲の面々が応じる中、遊次と灯も力強く拳を突き上げた。

 

 

ネフカ王国、波乱に満ちた一日目がこうして幕を閉じた。

 

地球に迫る危機を伝え、協力を仰ぐ。それが本来の目的だったはずだ。しかし、絶対派の暴君や禁忌を知る少女との遭遇をはじめとした予測不能な事態が、デュエリア陣営を"革命"の渦中へと引き込んでいた。

 

アスラナクの暴政が続く限り、悪星神打倒の協力を得ることは叶わない。どれほど遠回りで険しい道のりであろうと、これこそが自分たちの選んだ「犠牲なき未来」への道だ。遊次たちは覚悟を胸に、深まる夜の静寂へと身を沈めていった。

 

 

 

 

 

ネフカ王宮、軍議の間。

壁や太い円柱、そして天井に至るまで、室内は青や赤の顔料で描かれた極彩色の壁画と象形文字で埋め尽くされている。等間隔に置かれた燭台の炎が石室を照らし、壁際の木棚に並ぶ無数の巻物や壺に深い影を落としていた。部屋の中央には、巨大な四角い石卓が鎮座している。広げられた地図の上には大小の駒や丸まった羊皮紙が点在し、その卓を四方から囲むように、背もたれに黄金の翼をあしらった重厚な椅子が静かに配置されていた。

 

張り詰めた空気が漂う室内には、七使徒のうち三人、シャユト、アザン、ムウミンが集っていた。

 

黄金の鎧を軋ませ、高く束ねた紺青の髪を揺らしながら、シャユトが沈黙を破る。

 

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「各軍が異人とトト・ミポットの捜索を続けてるが、未だ発見できず。夕刻にヘカポリスで目撃証言があったが、それ以降は音沙汰無しだ。それに…」

 

シャユトは卓の向こうへ視線を移す。そこには、純白の鎧を纏った赤銅色の髪の女、ムウミンが椅子に深く腰掛けていた。彼女は両目を閉じたまま、呼吸の起伏すら見せないほどぴたりと静止している。

 

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「ムウミン、お前の軍の兵士だけ一人たりとも、王宮に帰って来てねえ。それどころか報告すら上がってこねえじゃねえか。こりゃ一体どういうことだ?」

 

シャユトはテーブルを叩き、ムウミンへと身を乗り出す。対するムウミンは重たい瞼をゆっくりと上げ、奥まった柔らかな声がこぼれる。

 

「お昼寝…かなぁ」

 

シャユトは口をぽかんと開けたまま、信じられないといった表情でムウミンを見つめた。そして数秒後、表情を引き締めて言葉を返す。

 

「今は夜だ。お昼寝ならもう済んでるはずだぜ。それに、お前の部下はお前みたいに勤務中に寝たりしない」

シャユトの言葉に、ムウミンはぽーっと宙を見つめた後、言葉を返す。

 

「じゃあ…異人さんに負けて、捕まっちゃったんじゃないかなぁ」

 

「じゃないかなぁ、じゃねえよ。だとしたら大問題だろうが。お前、指揮官としてこのままでいいのか?コイツみたいに、崖っぷちに追い込まれちまうぞ」

 

シャユトは親指を向け、壁際に立つ男を指す。

黒い鎧を纏い、静かに佇む壮年の男、アザンである。

 

キャラデザイン:ttps://imgur.com/a/rUTsaXY

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後ろ手を組んだアザンは、椅子に座るムウミンへと視線を落とし、低く凄みのある声を響かせる。

 

「兵が戻って来た分、私の方がマシだ。ムウミン、何をすべきかわかっているであろう。寝ぼけている場合ではないぞ」

 

静かな語気の中にも、強い意志のこもった言葉だった。それを受け、ムウミンの視線が卓上に積まれた何十枚もの紙束へと落ちる。そこには民から寄せられた異人の目撃証言がずらりと並んでいた。ムウミンはその一番上の紙を手に取り、記された文字をぼんやりと見つめる。一枚めくり、数秒ほど眺めては、また次をめくる。その単調な動作を繰り返すうち、半ば閉じていた彼女の瞼がゆっくりと上がっていく。

 

紙をめくる速度が劇的に跳ね上がる。凄まじい勢いで束をさばき、文字列の上を鋭い視線が滑っていく。空気が一変したその様を、シャユトとアザンはただ無言で見守る。

 

最後の報告書から顔を上げたムウミンは、卓上に広げられた地図へと視線を移し、指先を這わせる。シャユトとアザンの目線もその指を追う。

 

ムウミンの指先は、首都ヘカポリスから東へと向かい、隣町ペルメリトで止まる。町へと入り、ある倉庫らしき建物の位置で一度停止する。そこからさらに東へと滑り、ある一角でぴたりと静止した。顔を上げた彼女の声は、先ほどまでの気だるげな響きを完全に失っていた。

 

「トトちゃんと異人さん達がいるのは、この区域」

 

「何故そう言い切れる?」

シャユトが目を細めて問う。

 

「ヘムからの報告だと、異人さんを見つけたのは、ヘカポリス西側。でもそれっきり報告がない。それは、異人さんにオースデュエルで負けたから」

 

「では、何故その後に異人がペルメリトへ向かったとわかる?」

淡々と紡がれるムウミンの言葉に、アザンが口を挟む。

 

「会敵したのはヘカポリス。でも誰もデュエルしてるとこ、見てない。だから、デュエルが行われたのは人目につかない場所。それは、ここしかない」

 

ムウミンはヘカポリスから少し離れた、東側の広野を指差す。街道沿いに広がる砂地であり、道から逸れてしまえば人目はほぼ届かない場所だ。ましてや外国人かどうかなど判断しようもない。

 

「ヘカポリスで会敵して、ここまで逃げたあとに、異人さんはヘムにオースデュエルを仕掛けた。でもヘムと戦った人以外は、他の兵士から逃げなきゃダメ。つまりデュエルが終わるまで、ずっと逃げ続けてたってこと。お馬さんが走り続けるのは、せいぜい20分が限度。だから、ここから20分で行けるペルメリトに、異人さんはいる」

 

「そもそも、どうやって異人共が兵から逃げるってんだ。相手は馬だぜ?」

 

シャユトの問いに、ムウミンは淀みなく答える。

 

「誰かが助けた。それ以外ない」

 

少しの間を置き、シャユトが腑に落ちたように声を上げる。

 

「まさかムルシドさんが言ってた"ギルド"ってヤツか。ムルシドさんはトト・ミポットを匿ってた。仲間が同じようにあの娘を守ろうとするのは当然だ」

 

ムウミンは小さく頷く。

 

「筋は通っているな。だがペルメリトで異人を見たという報告はない。どうやって人目につかずに隠れ続けるというのだ」

アザンが腕を組み、地図を見下ろしたまま問う。

 

「ムルシドのおじーちゃんは、"ギルドを探せ"って言った。言い方的に"ギルド"は場所。異人を助けた人たちは、身を隠せるような拠点を持ってると思う」

 

「それがペルメリトにあると?」

アザンの言葉に、ムウミンは再び頷く。

 

「目撃証言がないってことは、ペルメリトに入ったあと、誰にも見られずに姿を隠せたってこと。でも広野とペルメリトを繋ぐ道は搬入路。隠れる場所はない。けどちょっとまっすぐ進むと、おっきい倉庫がある。そこに荷車なんかがあったら、異人さんをすっぽり隠して、どっかに運べる」

 

「なるほど…」

アザンの口から、感嘆の息が漏れる。

 

「荷車を運ぶのもお馬さん。でもお馬さんは、とっても疲れてる。だから、この倉庫からそんなに遠くには行けない。倉庫からは3つのルートがある。一つは山道。隠れる場所はなさそうだし、お馬さんが疲れちゃうから違う。一つは港の方。こっちは兵士が荷物を検査するから、通れない。だから、向かう方向は一つ」

 

ムウミンの指先が、最初に示した区域をじっと指している。

 

「…さすがの集中力だな。これがあるから、アスラナク様の前で居眠りしてても誰も怒れねぇ」

シャユトは両手を軽く掲げ、呆れたように、しかし確かな感心を含んで首を横に振った。

 

椅子から立ち上がり、ムウミンはアザンへと真っ直ぐに向き直る。

 

「アザン、兵士を貸して。7人ぐらい」

 

「それだけでよいのか」

地図に落としていた視線を上げ、アザンが静かに聞き返すと、ムウミンは小さく首を縦に振る。

 

「うん。多すぎても警戒されて、異人さん出てこないかも」

 

「そうか。いいだろう」

 

2人が短いやり取りを終えるのを見届け、シャユトが口を開いた。

 

「謁見の間へ行くぞ。他の幹部も待ってる」

シャユトが背を向け、軍議の間を出る。続くように、アザンとムウミンも部屋を後にした。

 

 

 

王宮の深奥に沈む謁見の間。壁際で明滅する炎が、両脇に立ち並ぶ太い円柱に刻まれた古代の彫像たちの影を長く揺らしている。冷たい石の床には、七使徒が列を成して跪いている。その視線の先、中央に鎮座するピラミッド型の玉座には、王「アスラナク」が座している。額には紅い宝石を抱いた黄金の冠。そこから溢れ落ちる長い金髪が、背後で炎のように鮮やかな広がりを見せていた。

 

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闇の中で妖しく光る赤い瞳が、眼下の者たちを静かに見下ろす。アスラナクは玉座の肘掛けに腕を置き、顎に手を当てたまま、一切の抑揚を削ぎ落とした無機質な声で問う。

 

「ジテンドラ、あの老人は何か吐いたか」

 

その声に反応し、逆立った漆黒の髪を持つ青年、ジテンドラが素早く立ち上がる。鋭い棘を備えた重厚な漆黒の鎧が、室内に冷たく鋭い金属音を響かせた。

 

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「それがあのジジイ、全然吐きやしません。何回も殴って爪も剥いだんですが、口一つ割りやしねぇ。もう処刑しかねえんじゃねえですか」

 

野卑な響きを残す言葉遣いでジテンドラは報告する。アスラナクの貌に動揺は浮かばない。底知れぬ余裕を湛えた表情のまま、淡々と言葉を落とした。

 

「いや、まだ利用価値はある。己の身が亡ぶことは恐れずとも、近しい者が同じ目に遭うことは望むまい。しばらく生かしておけ」

 

「…はっ」

ジテンドラは短く応じ、重い鎧を鳴らして再びその場に跪いた。

 

「異人の行方はわかったか?」

見下ろすアスラナクの冷たい瞳を受け、シャユトが素早く立ち上がった。

 

「各軍から報告がありましたが、異人の行方は未だ掴めていません。またムウミン軍については未だ帰宮せず、報告すらない状況です。それについては、当人から説明が」

 

シャユトは傍らで跪く者へと視線を送る。促されるようにムウミンが立ち上がり、玉座を見上げた。その顔に、普段のまどろむような眠気は欠片も宿っていない。

 

見下ろすアスラナクの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。頭上から注がれる威圧的な視線に対し、ムウミンは目を逸らすことなく応じる。

 

「ムウミン軍は、ペルメリトで異人さんと会敵して負けた。契約で縛られて、報告も、帰ってくることもできない。これがあたしの予想」

 

「ほぉ。では今頃、禁忌はもうデュエリアに持ち帰られているやも知れんな?この国始まって以来の大失態だ。我はさぞ歴史に名を轟かせるだろう」

 

アスラナクの口調は冗談めいていたが、その場に笑い声を上げる者などいるはずがなかった。並び跪く七使徒たちの表情は、まるで蝋人形のように強張って凍りついている。

 

異様な沈黙の中、ムウミンだけは玉座を見上げたまま微動だにせず、淡々と言葉を紡いだ。

 

「国を出るなら、市場を通らなきゃいけない。でも、ヘムが異人さんを発見したって報告したあとは、市場で誰も異人さんを見てない。だから、まだこの国にいる。安心して」

 

王に対してあまりにも不遜な態度に、紺青の髪で片目を隠した男「ナイール」は肝を冷やし、鋭い視線をムウミンへと突き刺した。

 

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「して、どう始末をつけるつもりだ」

アスラナクの顔からスッと笑みが引く。冷たい眼差しが、眼下にいるムウミンへと注がれた。

 

「異人さんが隠れた場所は、大体読めてる。だから…」

ムウミンは胸に手を当ててうつむく。脳裏をよぎるのは、無邪気な笑顔を向ける赤銅色の髪の幼い男の子2人の姿だ。

 

ムウミンはかしゃりと鎧の音を響かせ、そのまま両膝を床に落とした。

 

「チャンスをください。あたしが必ず…"異人"を捕まえます」

玉座に向けて深く跪き、祈るように両手を固く握りしめる。その切実な姿を、アザンは射抜くような強い眼差しで見つめていた。

 

アスラナクの口角が、ふっと持ち上がる。

 

「よいだろう。成し遂げれば、お前は国を守った英雄となる。ゆめ、その好機を逃すな」

 

「…はっ!」

ムウミンは力強く立ち上がり、凛と響く声で応じた。

 

するとシャユトが素早く立ち上がり、真っ直ぐに玉座を見据えた。

 

「アスラナク様。アザン軍・ムウミン軍副指揮官の敗北を受け、指揮系統の変更を提案します」

 

「聞かせてみろ」

アスラナクは玉座の背もたれに体を預け、言葉を落とす。

 

「これまでは指揮官が命令の指針を示し、現場での実質的な指揮は副指揮官が行う形でした。そのため、副指揮官にもかなり広い権限が与えられていました。しかしそれが仇となり、異人の強制オースデュエルによって、副指揮官配下の兵に好き勝手な契約を与えられてしまった。その対策として、副指揮官の権限を縮小すべきかと」

 

玉座の肘掛けに腕をつき、アスラナクは口元に余裕の笑みを浮かべた。

 

「指揮官の命令を個別具体的にし、副指揮官はその範囲の現場指揮のみを可能とする、ということか。だがそれは盾にも枷にもなる判断だ。想定外の事態が起きれば、副指揮官は身動きが取れん。この問いをどう解く」

 

「指揮官も前線に出る、というのは如何でしょう」

 

シャユトの言葉に、隣から一つの影が立ち上がる。薄桃色の髪を持つ魔女のような風貌の老婆「サルマディ」である。

 

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「前線に出たら、今度はアタシらが強制オースデュエルの餌食になるじゃない」

 

「受けて立てばいい。まさか、日和ってるわけじゃねえだろ?」

シャユトは横目に見遣り、挑発的に笑う。

 

「誰にナメた口利いてんだい小僧。異人を捻り潰すぐらいワケないわ。アタシはただ、この歳で下っ端みたいな仕事してらんないよって言ってんのさ」

 

その威圧的な言葉に、シャユトは小さく肩をすくめた。

 

「セカンドキャリアに兵士を選んだのはアンタだろ。まぁいい、全ては王がお決めになることだ」

 

サルマディは「フン」と鼻を鳴らし、シャユトと並んで玉座の主へ向き直った。

 

アスラナクは眼下を見据え決定を下す。

 

「指揮系統の変更だ。これより副指揮官は指揮官の命令の範疇でのみ、行動を許されることとする」

七使徒のデュエルディスクが一斉に起動する。空中に展開したソリッドヴィジョンの中で、軍の組織図が新たな構造へと書き換わっていった。

 

「王のご判断だ。ぜひ、ご老体に鞭をお打ちください」

シャユトは笑みを浮かべ、芝居がかった動作で敬礼した。サルマディは「ケッ」と短く吐き捨て、顔を背ける。

 

「私からも一つよろしいでしょうか」

穏やかな声とともに、一人の男が小さく手を挙げて立ち上がった。額に炎のタトゥーを刻んだスキンヘッドの男、ガネシュである。

 

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「例の"囲い込み"について、準備は整いつつありますが、発令のタイミングは如何ほどにいたしましょう」

ガネシュは深く頭を下げ、王の意向を伺う。

 

「少なくとも、異人が陰に潜んでいる今ではない。だが、いつでも発動できるようにしておけ。全ては其奴の健闘次第だ」

 

アスラナクは顎をしゃくった。その視線の先では、ムウミンがただ静かに目を閉じ、跪いていた。

 

 

 

 

 

地下水路の拠点。デュエリア陣営はギルドからいくつかの部屋を貸し与えられ、各々休息を取っていた。灯とアリシアが同室。遊次はイーサン、怜央と同部屋をあてがわれている。なぜかオスカーだけはVIP待遇の個室だったが、半ば諦めていたのか、特に誰も文句を言うことはなかった。

 

時刻は午前5時半。怜央の寝息が響く薄暗い室内で、遊次は部屋に備えられた小さな鏡を覗き込んでいた。鏡面には、手筈通りにヒルフィーが施した褐色のペイントで、見慣れない肌色になった自分の顔が映っている。

 

(確かにぱっと見ネフカ人だぜ。これなら堂々と歩いても大丈夫だ)

 

遊次は音を立てないよう立ち上がり、木の机からトトの古文書を掴み、そっと廊下へ出た。

 

「気を付けてよ、遊次」

背後から声をかけられ、足を止める。振り返ると、灯が不安に顔をこわばらせて立っていた。

 

「灯…起きてたのか」

 

「うん。なんか、眠れなくて」

 

その浮かない表情を見つめ、遊次は意識して口角を上げる。

 

「心配すんな。ちょっと行って戻ってくるだけだ。最悪、強制オースデュエルがあるんだ。捕まったりしねーよ」

 

「…うん。でも…気を付けてよ、ほんとに」

 

「…おう。灯もゆっくり寝とけよ。こっからが本番なんだからさ」

ポン、と軽く彼女の肩を叩き、遊次は踵を返した。

 

これ以上あの消えない不安を直視し続ければ、自分の足元まで揺らぎそうだった。だから振り返らず、後ろ手にゆらゆらと手を振る。遊次はそのまま、地上へ続く水路の闇へと歩みを進めた。

 

 

水路から続く通路の奥では、ヒルフィーが待機していた。彼の手によって昇降機が操作され、遊次はゆっくりと上層へと引き上げられていく。そこからさらに長い階段を上り切ると、地下の淀んだ湿り気が消え、代わりに乾いた藁の匂いが鼻を突いた。たどり着いたのは古い倉庫だ。乱雑に積まれた木箱、壁に掛けられたしめ縄、そして床に散らばる無数の工具が、薄暗い空間に所狭しと並んでいる。

 

遊次は短く息を吐き出し、出口の鍵を外して重い扉を押し開いた。

 

外へ踏み出した瞬間、視界が真っ白に染め上げられる。暗がりに慣れきっていた目に、太陽の光が容赦なく突き刺さった。強烈な眩しさに遊次は思わず顔をしかめ、反射的に手のひらをかざした。

 

突き刺さる眩しさが和らぐにつれ、周囲の景色がはっきりと輪郭を結び始める。瞬きを繰り返した遊次の目に映ったのは、両脇を建物に塞がれた窮屈な路地だった。早朝の張り詰めた空気の中、辺りに人の気配はほとんどない。

 

「さて、どこに隠すかな…」

 

 

 

低地の入り組んだ路地を抜けると、足元の石畳が途切れ、視界が急に開けた。それまで両側を塞いでいた倉庫の壁も、軒を連ねる作業場の屋根も、そこで一度切れていた。目の前には幅の狭い水路が流れ、その上に古びた石橋が架かっている。橋の向こうは町外れへ続く旧道で、荷車の轍だけが薄く残る、人気の少ない道だった。

 

遊次は橋の手前で足を止めた。水路はその旧道に沿うように東へ折れ、低い石垣の先で、ひときわ古い石造りの建物に突き当たっていた。門のように水路を跨ぐその建物は、街の中にある倉庫や民家とは明らかに造りが違う。分厚い石を積み上げた壁。水面に半ば沈んだ黒ずんだ扉。上部には壊れかけた手すりと、使われなくなった滑車の影が残っている。

 

水門だ。正面は旧道からでも見える。けれど、人が立ち寄る場所には見えなかった。橋を渡った先の道はそのまま右へ伸びており、水門の正面へ近づくには、道を外れて水路沿いの細い石段を下りる必要がある。さらにその裏側は、石壁と土手に挟まれていて、橋の上からも旧道からも見通せない。

 

遊次は周囲を見た。背後には、いま抜けてきた低地の町並みがある。屋根と壁が重なり合い、どの路地から来たのか、振り返ってもすぐには分からない。前方には古い水門。目印としては十分すぎるほど大きく、けれど、その裏手に回れば人目は切れる。

 

隠すなら、あそこしかない。遊次は古文書を入れた鞄を抱え直し、石橋へ足を踏み出した。

 

その肩を、何かが掴んだ。

 

布越しに指が食い込む感触が走り、遊次の体がびくりと跳ねた。反射的に振り向いたその目が、大きく見開かれる。

 

「お前は…!」

 

そこに立っていたのは、白い鎧を纏った若い女だった。赤銅色の髪が肩口で揺れている。幼さの残る丸い輪郭に、伏せ気味の瞳。感情を荒げているわけではないのに、その視線だけが、薄く醒めたように遊次を捉えていた。それは、拠点のボードに貼られていた写真と、同じ顔だった。

 

ムウミン・カウル。

七使徒の一人だ。

 

「みつけた」

 

力の抜けたような声。けれど、その響きに背筋が凍った。遊次は考えるより先に、掴まれた肩を振り払い、一気に後ろへ飛んだ。石橋の上で靴底が鳴り、鞄を抱える腕に力がこもる。

 

(嘘だろ…!なんでこんなピンポイントで七使徒が…!)

 

次の瞬間、彼女の背後から黒い鎧を纏った兵士たちが数人、なだれ込むように駆けてきた。

 

このままでは捕まる。選択肢は一つしかなかった。

 

遊次は左腕にデュエルディスクを装着し、剣を振り抜くように腕を振るった。

 

≪強制オースデュエル発動≫

 

デュエルディスクから赤い光の円が広がった。石橋の上を走り抜けた光が、ムウミンと黒い鎧の兵士たちを巻き込む。兵士たちは、その瞬間に足を止めた。

 

世界デュエル憲章により、成立したデュエルを外部から妨害することは許されない。それは彼らも理解しているのだろう。

 

「ほーこく」

ムウミンが背後の兵士たちへ短く告げる。その言葉に、兵士の一人が即座にデュエルディスクを取り出した。王宮へ連絡を入れるつもりなのだろう。しかし、次の瞬間、その兵士の顔色が変わった。

 

「な、何…!繋がらない…!」

ムウミンがわずかに振り向く。

 

そして再び前を向いた時、遊次はズボンのポケットから掌ほどの黒い機械を取り出し、見せつけるように掲げていた。

 

数時間前。

深夜一時を回った頃だった。

 

拠点の奥はすでに寝静まり、石壁に囲まれた部屋には、湿った空気だけが沈んでいた。遊次も横になろうとしていたところで、扉が短く叩かれる。

 

遊次が扉を開けると、そこに立っていたのはオスカーだった。灯りの少ない廊下でも、その表情はいつもと変わらず感情が読めない。

 

「どうした?」

問いかける遊次に、オスカーは答えなかった。代わりに、掌ほどの黒い機械を無造作に投げて寄越す。

 

「うぉっとっと…!…なんだ、これ?」

 

遊次は慌てて両手で受け止めた。黒い外殻の側面には小さな溝と表示灯のようなものがある。ただの道具にしては、妙に重かった。

 

「ジェンが作った電波妨害機だ。古文書を隠す際に持っていけ。万が一兵士に見つかっても、すぐに報告されることはなくなる」

 

「マジ!?ラッキー!…でもよ、こんなのがあるならなんでもっと早く言ってくんなかったんだよ」

遊次は手の中の機械を裏返し、側面の溝や小さな表示灯を眺めながらぼやく。

 

オスカーは、遊次の反応にも眉ひとつ動かさずに淡々と応じる。

 

「暑さのせいで壊れていた。先ほど、ヒルフィーという道具師によって修理された」

 

「マジか、あいつなんでもできるな…。サンキュー!助かったぜ」

 

遊次は機械を握り直し、ポケットに押し込んだ。オスカーはそれだけを見届けると踵を返す。

 

「その機械があるからといって、敵に見つかっていいわけではない。せいぜい間抜けを晒さぬことだ」

一方的にそう告げると、オスカーは振り返ることなく自分の部屋へと戻っていった。

 

「へいへい…」

廊下の暗がりへ消えていく背中を見送りながら、遊次はポケットの中の機械を指先で確かめた。

 

 

 

遊次の手の中で、黒い機械が低く唸っている。

 

「残念だったな。これがある限り、通信はできねえぜ」

 

黒い鎧の兵士たちは明らかに動揺していた。通信を試みた兵士が何度もデュエルディスクを操作する。だが、返ってくるのは沈黙だけだった。

 

ムウミンは、その様子を一瞥する。

 

「誰かひとり、王宮に戻って」

 

「は…はい!」

命じられた兵士が、鎧を鳴らして駆け出した。石橋を離れ、旧道の方へ遠ざかっていくその背中を遊次は追う。

 

(馬で往復すると考えりゃ、せいぜい1時間が限度。それまでにカタつけねえと…!)

 

通信は封じた。だが、完全に連絡手段を断ったわけではない。人を走らせればいずれ王宮には伝わる。時間は稼げても、猶予は長くない。オースデュエルにおいて作為的な遅延行為は、DDASが咎めるため不可能だ。しかしデュエル展開が長引けば、それだけで大量の兵が押し寄せることとなる。

 

遊次はデュエルディスクを構え、ムウミンと向かい合った。だが、このオースデュエルは咄嗟に発動したものだ。事前に契約内容を詰めていたわけではない。ここで何を賭ければ、今の状況を最大限に利用できるのか。遊次はムウミンを見据えたまま、必死に頭を回した。

 

逃げるだけでは足りない。この相手を退けるだけでも足りない。勝った時に、こちらの次の一手へ繋がる契約でなければ意味がない。

 

その瞬間、遊次の眉がわずかに上がった。

 

「俺が提示する契約は1つ。ムウミン軍は俺の命令に従うこと」

 

それは、この場を切り抜けるための契約ではなかった。

 

今後、王宮へ侵入するためには兵士の鎧が必要になる。灯との契約によって、ムウミン軍は今も山の頂上を目指している。だが、ムウミン軍そのものを遊次の命令下に置けるなら、山へ向かっている兵たちを呼び戻すこともできる。

 

そうなれば、鎧は一気に揃う。

王宮へ潜り込む作戦へ協力させることもできる。

単純に、一小隊をこちらの戦力として組み込める。

 

このデュエルは、革命へ向けた大きな一手になる。

 

ムウミンは表情を変えなかった。遊次の提示を聞いても、驚いた様子はなく、ただ静かにデュエルディスクを構えている。

 

「じゃあ、あたしから提示する契約は、2つ。1つは、あなたの身柄の確保。もう1つは、私の質問に真実を答えること」

 

七使徒にとっては、定石のような契約だった。だが、遊次にとっては最悪に近いものだ。

 

(もし負けたら…ギルドの拠点を吐かされる!作戦も、何もかも…!)

 

質問に真実を答える契約が通れば、隠しているものを守れなくなる。ギルドの拠点。古文書。王宮へ踏み込むための作戦。すべてがムウミンの問い一つで引きずり出される。

 

勝てば、ムウミン軍を動かし、王宮への道を開ける。

負ければ、遊次は捕らえられ、ギルドの拠点へ兵が押し寄せる。

 

この一戦は、大きな前進にも、大きな後退にもなり得る。遊次は電波妨害機をポケットへ押し込むと、強い眼差しでムウミンを睨み返した。

 

 

「オースデュエルの開始が宣言されました。内容確認中…」

 

プレイヤー1:神楽遊次

条件①:ムウミン軍は、神楽遊次の命令に従うこと

(ただしこれらの契約は、国王アスラナク・バルネフェルの命令においては適用されない)

 

プレイヤー2:ムウミン・カウル

条件①:神楽遊次の身柄はムウミン・カウルに一任される

条件②:神楽遊次は、ムウミン・カウルの質問に真実を答えること

 

詳細な契約内容は、ソリッドヴィジョンの契約書として両者の前に浮かび上がる。そこには別の解釈が入り込む余地が一切ないほどに徹底された文章が記載されており、承認した時点で、完全なる両者の意図通りの契約にしかならないようになっている。

 

遊次とムウミンは、指でソリッドヴィジョンの契約書にサインを行う。

 

「契約内容を承認します。デュエルの敗者は、勝者が提示した契約を履行する事が義務付けられます」

 

DDASがオースデュエルの開始を宣言する。遊次はデュエルディスクを構えた。ムウミンも、白い鎧の腕を静かに持ち上げる。

 

「デュエル!」

 

「デュエル」

二人の声が揃うと、ムウミンのデュエルディスクのランプが緑色に光る。

 

 

「あたしは、レムスリーパー・キャットを召喚」

 

■レムスリーパー・キャット

 効果モンスター/リバース

 レベル4/地/獣/攻撃力1600 守備力700

 このカード名の①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 ①:このカードが召喚・リバースした場合に発動できる。

 デッキから「レムスリーパー・キャット」以外の「レムスリーパー」モンスター1体を手札に加える。

 ②:自分メインフェイズに発動できる。このカードを裏側守備表示にする。

 ③:このカードが墓地に送られた場合、墓地の「レムスリーパー」カード1枚を対象として発動できる。

 そのカードを手札に加える。

 

 

現れたのは橙色の毛並みに濃茶の縞模様を持つ、猫のモンスター。凛と顔を上げたその額には三日月の紋章が浮かび、顔立ちを縁取るように優美な文様が淡く発光している。ピンと張った大きな耳からは白い飾り毛が覗き、首元には金色の鈴をあしらった紫色のリボンが巻かれている。しなやかに揺れる長い尻尾は、先端がくるりと特徴的な螺旋を描いている。

 

モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/Lf89SP2

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「レムスリーパー・キャットの効果発動。召喚した時、デッキからレムスリーパーを1体、手札に加えることができる。手札に加えるのは『レムスリーパー・ラーバ』」

 

「レムスリーパー・キャットの効果発動。1ターンに1度、裏側守備表示になる」

 

その宣言と同時に、キャットの小さな体が軽やかに跳ね上がった。宙に浮いたその足元へ、ソリッドヴィジョンのカードが裏面を向けて現れる。キャットはくるりと身を丸め、そのカードの上へすたっと着地した。次の瞬間、警戒するように立っていた耳がゆっくりと倒れ、尻尾の先が力なく揺れる。キャットはカードの上で前足を折り畳むと、そのまま小さな寝息を立て始めた。

 

「モンスターが…寝た…?」

遊次は見た事のないモンスターの状態に戸惑い、目の前の眠りこける猫を見つめる。

 

「フィールドに裏側守備表示モンスターがいるとき、レムスリーパー・ラーバは手札から特殊召喚できる」

 

■レムスリーパー・ラーバ

 効果モンスター/リバース

 レベル2/地/昆虫/攻撃力500 守備力800

 このカード名の、①の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、

 ②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 ①:自分フィールドに裏側表示モンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。

 ②:自分メインフェイズに発動できる。このカードを裏側守備表示にする。

 ③:このカードが召喚・特殊召喚・リバースした場合に発動できる。

 デッキから「レムスリーパー」カード1枚を墓地へ送る。

 

 

現れたのは白くふっくらとした節を持つ、幼虫のモンスター。短い足で体を支え、つぶらな瞳を開いている。

頭部を覆う黄金色の硬質な殻には、葉脈と三日月の意匠が白く浮かび上がる。体の側面には節に沿って金色の螺旋模様が描かれ、その下部では小さな丸い器官が等間隔に並んで淡い光を放っている。

 

モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/Lf89SP2

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「ラーバが特殊召喚したときの効果を発動。デッキからレムスリーパーを1枚墓地に送る」

 

「墓地に送られたレムスリーパー・モンキーの効果を発動。デッキからレムスリーパー魔法カードを1枚手札に加える」

 

手札に加えたのは魔法カード「レムスリーパーの夢現(ゆめうつつ)」だ。

 

「レムスリーパー・ラーバの効果を発動。1ターンに1度、裏側守備表示になる」

 

幼虫のモンスターが、短い足を動かしてゆっくりと身を持ち上げた。何もない空中にカードの裏面が浮かび上がると、その上へ静かに這い乗る。ふっくらとした体の節をぎゅっと縮こまらせ、黄金色の硬質な殻を落としてうずくまると、ゆっくりとまぶたを閉じて安らかな寝息を立て始めた。

 

「いい夢みてね」

眠りについたモンスターを見下ろし、ムウミンは柔らかく微笑む。その穏やかな態度に、遊次は怪訝そうに眉をひそめた。

 

「絶対派ってのはモンスターを神みたいに崇めてるんじゃなかったのか?」

 

「精霊は、お友達」

ムウミンは短く返す。ただ当然のことを口にしただけのような、迷いのない声だった。

 

「んじゃ、アンタは絶対派じゃないのか?絶対派ってのは、人間をモンスターにひれ伏させたいんだろ」

 

「お友達を大事にするのは、あたりまえ。でもみんな、大事にしてない。だから、あたしは怒ってる」

 

絶対派だからといって、必ずしもモンスターを神として崇拝しているわけではないらしい。神と友達。対象への見方に違いはあっても、モンスターに敬意を払わない者へ向ける確かな怒りは共通していた。

 

だが、どこか違和感があった。本当に彼女は望んでアスラナクに従っているのか。彼女の持つオーラや独特の雰囲気が、アスラナクに従っているという事実と相反しているように思えた。

 

「だからって、考えが違う人を捕まえて処刑するってのはおかしいだろ。アンタは望んでそんなことやってんのかよ」

遊次は鋭い眼差しで迫る。しかしムウミンは一切表情を崩さず応じた。

 

「それが命令なら、従う」

 

やはり絶対派には話など通じないのか。遊次は奥歯を噛んだ。ムウミンは手札から1枚のカードを選び、デュエルディスクに装填する。

 

「魔法カード『レムスリーパーの夢現』発動」

 

 

■レムスリーパーの夢現(ゆめうつつ)

 通常魔法

 このカード名の②の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 ①:手札を2枚捨て、自分フィールドのこのターン「レムスリーパー」魔法・罠カードの効果の対象になっていない、裏側表示の「レムスリーパー」モンスターを対象として発動できる。

 対象のモンスターのカード名が記された「レムスリーパー」融合モンスターをEXデッキから特殊召喚する。

 この効果の対象となった裏側表示モンスターがフィールドを離れた場合、または表側表示になった場合、

 この効果で特殊召喚したモンスターは破壊される。

 次のターン終了時、このカードの対象になった裏側表示モンスターをリバースする。

 ②:自分の墓地の「レムスリーパー」融合モンスター1体を対象として発動できる。

 そのモンスターをEXデッキに戻し、墓地のこのカードを手札に加える。

 

 

「これは、眠ってる精霊の夢を形にするカード。手札を2枚捨てて、裏側守備表示のレムスリーパー1体を対象として発動。そのモンスターの名前が記されたレムスリーパーを、EXデッキから特殊召喚する」

 

ムウミンは手札からモンスターと罠カードを1枚ずつ墓地へ送り、静かにラーバへと視線を落とした。裏側のカードの上で丸くなったラーバは、戦いの最中とは思えないほど穏やかな寝息を立てている。その小さな頭の上から、ふわりと桃色の煙が滲み出した。

 

煙は細く揺れながら上へとのぼっていく。やがてそれはただの煙ではなく、眠る精霊が見ている夢そのもののように、淡い光を帯びて広がり始めた。遊次は思わず目を細める。

 

桃色の煙は空中でゆっくりと渦を巻き、柔らかな輪郭を保ったまま膨らんでいく。ラーバの小さな体から生まれたとは思えないほど、その光は大きく、鮮やかだった。

 

ムウミンは眠るラーバへ向けて、そっと言葉を紡ぐ。

 

「深き眠りの中の小さき希望、その夢は美しき森の守護者なり」

 

桃色の煙は、ラーバの頭上から細く立ちのぼった。揺らめく霞はそのまま消えることなく、裏側のカードを覆うように広がっていく。やがて煙は横へ押し広げられ、眠るラーバの上に大きな繭のような塊を作った。

 

ダン、と硬い音が鳴る。

遊次は反射的に視線を上げた。

 

煙の内側で、何か重いものが組み上がっている。姿はまだ見えない。ただ、ダン、ダン、と金属同士が噛み合うような音が鳴るたびに、桃色の煙が内側から押されるように膨らんだ。その奥に、黒い影が浮かび始める。丸く巨大な胴。左右へ開く薄い羽。前方へ張り出す、鋭く湾曲した角。煙が少しずつほどけていく。桃色の幕が薄れるにつれ、夢の中で形を得たその輪郭が、遊次の目の前にあらわになっていった。

 

「現れよ、レムスリーパー・スプレンディッドビートル」

 

■レムスリーパー・スプレンディッドビートル

 融合モンスター

 レベル10/地/幻想魔族/攻撃力2400 守備力2800

 このカードは「レムスリーパー・ラーバ」を対象とした「レムスリーパー」魔法・罠カードの効果でのみ特殊召喚できる。

 このカード名の②の効果は1ターンに1度しか使用できず、③の効果は1ターンに3度まで使用できる。

 ①:「レムスリーパー」魔法・罠カードの効果で特殊召喚したこのカードは相手の効果の対象にならず、相手はこのカードを攻撃対象にできない。

 ②:このカードが特殊召喚した場合に発動できる。

 デッキから「レムスリーパー」罠カード1枚を選び、フィールドにセットする。

 ③:相手がカードの効果を発動した場合、そのカードと同じ種類のカードを自分の墓地から除外して発動できる。

 その効果を無効にして破壊する。

 

 

煙が晴れると、黒銀の甲殻をまとった巨大な甲虫が姿を現した。重なり合う金属装甲の胴から六本の脚が伸び、節ごとに鋭い棘と鉤爪が並ぶ。頭部には三日月のように湾曲した大角と、天へ突き出す短い角。額のウジャト眼めいた紫の紋章が淡く光り、その下で赤い複眼が遊次を見据えていた。背では銀の前羽が大きく開き、その奥から薄く透き通った羽が広がっていた。

 

モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/538h7kt

※URLの最初に「h」を付けてURLを開くと画像を表示可能

 

遊次は目の前に現れた甲虫を見上げ、息を呑んだ。小さな精霊の夢は、黒銀の鎧を纏う美しき守護者として、フィールドに降り立っていた。

 

「スプレンディッドビートルの効果を発動。特殊召喚した時、デッキからレムスリーパー罠カードを1枚、セットできる。私がセットするのは『レムスリーパーの夢遊(ゆめあそび)』」

 

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【ムウミン】

LP8000 手札:2

 

①レムスリーパー・キャット(裏側) DEF700

②レムスリーパー・ラーバ(裏側) DEF800

③レムスリーパー・スプレンディッドビートル DEF2800

 

伏せカード:1(レムスリーパーの夢遊)

 

 

【遊次】

LP8000 手札:5

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裏側のカードの上で、ラーバは幸せそうに安らかな寝息を立てていた。その小さな体を守るように、空中には黒銀の甲殻を纏ったスプレンディッドビートルが重々しく浮かび上がっている。威風堂々たる巨体から放たれる圧倒的な威圧感が、石橋の上の空気を重く震わせていた。

 

巨大な甲虫の影の奥で、ムウミンは静かに遊次を見据えている。その立ち姿に、もはや気だるげな微睡みの気配はない。真っ直ぐに向けられた瞳の奥には、己の信じるものを守り抜くための、冷たく研ぎ澄まされた覚悟が宿っていた。

 

「"みんな"の夢を叶える。それが、私の夢。

だから…ごめんなさい。あなた達には、死んでもらう」

 

 

第92話「激戦の火種」 完

 

 

 

 

ラーバの夢から現れたスプレンディッドビートルは、効果と攻撃の対象にならず、3度の無効効果を誇る強力なモンスターだった。さらにセットされた罠カードが、次なる夢モンスターの脅威を暗に告げている。

 

眼前にそびえ立つ脅威を見極め、あえて引きの戦術を選んだ遊次。だが、フィールドに新たなる夢モンスターが呼び出される。その強烈な一撃を身に受けた瞬間、遊次の脳裏に再び相手の記憶が流れ込む。それはムウミンが七使徒となった原点だった。

 

驚異的なリソースを背に、息もつかせぬ猛攻を仕掛けようとするムウミン。圧倒的な戦力を前にして、対峙する遊次の脳裏に描かれている秘策とは。

 

 

「みんな一緒に、ずーっと、眠ればいい。

そしたらずーっと、たのしい夢の中にいられる」

 

次回 第93話「目醒める悪夢」

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