遊戯王Next   作:湯(遊戯王SS投稿者)

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第70話:三つ巴

「イーサンっ!!」

遊次が倒れ伏すイーサンに駆け寄よろうとした時、階段の上から、ルーカスの冷たい声が響く。

 

「勝手に触れるな。そいつの身柄は僕のものだ」

 

ルーカスは階段をゆっくりと降りながら忠告する。

 

「み、身柄…?何言って…」

言葉を紡いでいる途中で、先ほどのDDASが発した契約内容が脳裏に浮かぶ。

 

『契約に基づき、敗者イーサンの身柄は以後、ルーカス・ヴラッドウッドの一任下に置かれるものとします。』

 

 

「アイツは、強制オースデュエルでイーサンの身柄を要求しやがった。

イーサンを人質にして、残りの鍵も奪うつもりだ…!」

 

怜央は憎しみを込めた瞳でルーカスを睨む。

 

「そんな…。でも、私達にはオースデュエルの強制力はない!

あなたにイーサンは渡さない!」

 

灯の言葉はもっともだ。

あくまで契約はルーカスとイーサンの間で結ばれたもの。

第三者の行動を縛ることはできない。

しかし、それはルーカスも織り込み済みであった。

 

ルーカスが勝者の余裕を纏い、一段ずつ静かに階段を降りる。

その冷徹な視線が公園の入り口へと向けられていた。

 

視線の方から、夜の静寂を暴力的に引き裂く凄まじいエンジン音が響き渡る。

遊次達が音の方を見ると、漆黒の高級車が、まるで獲物へ躍りかかる獣のような速度で広場へと突っ込んでくるのが見えた。

 

「うわああぁああ!?!」

 

あまりの猛速に遊次は叫び声を上げるが、身体は反射的に動いていた。

倒れ伏したままのイーサンを守るべく、その細い背中を自らの体で必死に覆い隠す。

 

タイヤが悲鳴を上げ、白煙を巻き上げながら、車は遊次たちの鼻先で荒々しく急停止した。

静まり返った空気の中、車のドアが開く。

 

「お前は…」

遊次達の前に姿を現したのは、2メートルの屈強な身体を持つ大男、ジェン・ズーシャ。

ニーズヘッグのエージェントの1人だった。

 

彼はイーサンに迷いなく歩み寄ると、立ちふさがろうとする遊次に対し、

一切の手加減なく右腕を裏拳の軌道で振り抜いた。

 

「がはっ…!?」

 

肉を打つ鈍い衝撃音と共に、遊次の体は地面を転がった。

灯が悲鳴に近い声を上げて、吹き飛んだ遊次の元へ駆け寄る。

ジェンは一瞥もくれず、イーサンの体を引きずり上げた。

 

「テメェ…!!」

 

怜央がジェンに飛びかかろうとしたその時、

ジェンに担がれるイーサンの唇から乾いた言葉が漏れた。

 

「やめろ…。お前らが傷つくだけだ…」

 

「ッ…!」

イーサンの言葉に、怜央はすんでのところで体を静止させた。

 

「わかってるな、怜央。お前が遊次を止めろ…!」

 

車へと強引に引きずり込まれながら、イーサンは怜央を鋭く射抜いた。

その瞳に宿る凄絶な覚悟を突きつけられ、怜央は連れ去られようとするイーサンを前に、ただ立ち尽くすことしかできない。

 

「何してんだ怜央ォッ!!イーサンを取り返せ!!」

 

地を這う遊次が喉を潰さんばかりに叫ぶ。

それでも怜央の足は動かなかった。

 

無慈悲な音を立てて車のドアが閉ざされ、その前にジェンとルーカスが立ちはだかる。

 

「イーサンをどうするつもりだ!!イーサンが死んじまったら、お前らが生体認証を使えねえんだぞ!わかってんだろうなぁ!?」

 

遊次は倒れながら、彼らに向かって縋るように必死に叫ぶ。

 

「もちろん殺しはしないさ。

ただ、お前達が鍵を渡さなければ、死ぬ以外のことは全てやるけどね」

 

「んだと…!!」

 

遊次はすでに冷静さを失っている。

ルーカスは車内のイーサンに指を向け、言い放った。

 

「2時間後、神楽遊次に映像電話を掛ける。

もし鍵の所有権を渡さなければ、お前達の前でこいつの指を1本ずつ砕いていく」

 

言葉を投げ捨てるように告げると、彼はそのまま踵を返し、迷いのない足取りで車へと乗り込んだ。

 

「テメェ…ふざけんな!!させねえぞ、そんなこと!!」

 

遊次は灯の静止を振りほどき、漆黒の車へ迫ろうとする。

しかしその瞬間、運転席のジェンが助手席のイーサンの髪を掴み、自分の方へと引き寄せた。

 

「この者の身柄はこちらが握っている。それを忘れるな」

 

無造作に髪を引っ張られ抵抗できないイーサンの姿に、遊次は顔を歪める。

それ以上は、今は何もできなかった。

 

「元来、お前達のような凡人が関わることじゃない。

ただ鍵の所有権を返せば、元の生活に戻れるんだ。何を悩む必要がある?」

 

元の生活に戻れる。

ルーカスの言葉は、まるで救いのようにも感じた。

しかしこれまでの戦いが、こんなにもあっけなく終結してしまうことを、どうしても受け入れられずにいた。

 

「…俺のことは気にするな。

大丈夫、死にはしないんだ。またすぐに会えるさ」

 

「イーサン…ッ!」

 

そのイーサンの儚げな力ない声が、遊次の心に爪を立てた。

このまま行かせてはならない。

でも、何もできない。

 

「いいか遊次…。鍵だけは絶対に渡すな……!」

 

「…っ…!!」

 

その目を見た遊次は、言葉を飲み込まざるを得なかった。

イーサンの意志は確固たるものだった。

彼は本気で、自分を救いに来るなと訴えかけているのだ。

 

「……ッ!!」

ジェンがイーサンの口を太いロープで塞ぐ。

そして漆黒の車は猛然と加速し夜の闇へ消えていく。

 

「イーサンッ!!」

 

遊次は叫び声を上げ、遠ざかる車を追おうとする。

その肩を、怜央が背後から強く掴んだ。

 

「何すんだ!離せッ!!」

 

「追いかけて何になる…!」

振り払おうとする遊次を、怜央は強い眼差しで一喝する。

 

「ダメだッ! 今追いかけないと!」

食ってかかる遊次に、灯が言葉を絞り出した。

 

「……どうすべきか、考えなきゃ」

遊次が灯の方を向くと、彼女の瞳には今にも溢れそうな涙が溜まっていた。

 

「リミットは2時間後。まだ時間はある」

 

何かを必死で押し殺す灯の表情を見た瞬間、

遊次の肩から力が抜け、強引に前へ出ようとしていた足が止まる。

 

「………クソッ…!」

やり場のない憤りを噛み殺すように、遊次は静かに毒づいた。

 

 

 

 

夜の公園に停まった赤いスポーツカーの車内には、ひりつくような殺気が立ち込めていた。

重い静寂が支配する中、遊次が口を開く。

 

「……どうすんだよ。大人しく鍵を渡せってのか」

 

低くくぐもったその声からは先ほどまでの激昂が消え、落ち着きが戻っていた。

 

「…んなわけにもいかねえだろ。大人しく鍵を渡したら、ニーズヘッグの計画は完成だ。

それこそ一巻の終わりだろ」

 

「じゃあイーサンがどうなってもいいってのかよ…!」

遊次が再び声を荒らげ、言葉を返す。

 

「んなわけねえだろ!だが絶対に鍵を渡すなってのがアイツの…イーサンの意志だ!

お前も、アイツの目ェ見ただろ!」

 

遊次の脳裏に、連れ去られる直前のイーサンの表情がよぎる。

 

イーサンを取り返すことは簡単だ。ただ"鍵の所有権を返す"と宣言すればいい。

契約上、イーサンの身柄を解放しても、生体認証の使用権はニーズヘッグにある。

彼らにとって、鍵を手に入れた後にイーサンを解放しない理由はない。

 

しかし今、自分の肩には世界の人々の命が懸かっている。

1度オスカーに敗北し、それでもチャンスは巡ってきた。

そして2度の勝利を納め、ニーズヘッグの計画にようやく風穴を開けたのだ。

 

考えがまとまらない。

居心地の悪い沈黙が車内に漂う中、灯が落ち着いた口調でその静寂を破る。

 

「ニーズヘッグが目指してるのは、全世界の人達が一斉にモンスターを召喚して、隕石を倒すこと。

だからパラドックス・ブリッジを使って、モンスターワールドのエネルギーで世界を満たす必要がある。

でもパラドックス・ブリッジは政府が管理してるから、計画には政府の協力が必要。だよね?」

 

「…そうだな」

灯の冷静で静かなトーンが、遊次と怜央に再び平静を取り戻した。

 

「だったら、もしここで鍵を手放したとしても、

すぐにパラドックス・ブリッジが起動するわけじゃないよね」

 

一瞬、再び静寂が訪れた。

遊次は自分の足元を見つめたまま動かず、怜央が低い声で言葉を継ぐ。

 

「…いったん鍵を奴らに渡して、そっから逆転の方法を考えるってか?

1回負けたのに、今鍵を2つ奪えてるだけでも奇跡みてえなもんだ。奇跡は2度も起きねえぞ」

 

「でも、そうしないとイーサンは…」

食い下がる灯を、怜央はさらに突き放した。

 

「んな甘ェ考えでいいのかよ。俺らは誰も犠牲にしないために、命懸けてんだろうが。

指砕かれるぐらい、覚悟の上じゃねえのかよ」

 

「指だけじゃ済まないよ…っ!私達が鍵を渡すまで、イーサンは…」

 

灯の震える声が、その先に待つ惨状を突きつける。

怜央はそれ以上言葉を返せず、ただ深く俯いた。

遊次はまだ、何かを考えている様子で、自分の足元を見つめ続けている。

 

 

 

ルーカス達の乗る漆黒の高級車は、大都会の光を背に郊外へと滑り出した。

窓の外を流れる高層ビルやネオンは次第に影を潜め、代わりに街灯のまばらな倉庫街や空き地が目立ち始める。

 

後部座席には、目隠しをされロープで口を塞がれたイーサンが、なす術もなく項垂れて座っている。

これから行おうとしているのは、まごうことなき違法行為だ。

人目を避け、外部の干渉を断つために、都心を離れる必要があった。

 

「申し訳ありません。私が敗北したせいで、このようなことに」

 

ハンドルを握るジェンが、後部座席のルーカスへ自責の念を込めて告げた。

対するルーカスは、不機嫌さを隠そうともせずに吐き捨てる。

 

「本当だよ。"邪魔"さえ入らなければ、最初から僕がとっとと生体認証を奪ってたんだけどな」

 

彼の言う"邪魔"とは、他でもないフラワーによる美蘭の拉致だった。

あの不測の事態によって送金対応にオスカーとルーカスが追われ、結果としてジェンが一人でイーサンと対峙せざるを得なくなった。

すべての計画の歯車は、あの一件を境に狂い始めた。

 

「まあいいさ。結果は同じだ」

隣のイーサンを一瞥したルーカスは、スマートフォンを取り出してオスカーへと繋いだ。

 

「…兄さん。イーサン・レイノルズの生体認証は手に入った。

それと身柄も拘束してるから、コイツを人質に奪われた2つの鍵もすぐに取り戻すよ」

 

オスカーはメインシティにそびえ立つ黒き龍のビル、その79階にある『シークレットルーム』にて、モニターを見つめながら答える。

 

「そうか。鍵が揃い次第、パラドックス・ブリッジの制圧に入る」

 

「え、もう?」

ルーカスは意外そうに聞き返した。

 

「フラワーとやらの邪魔が入り、計画には想定外のノイズが入った。

ハイドに有無を言わせないためには、やはり"世界"を人質に取るしかない」

 

映し出された3Dマップ上の並んだ複数の赤い点を見つめながら、オスカーは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「了解。終わったらジェンとそっちに向かう」

 

ルーカスは短く答えると、そのまま通話を終了した。

都会の光を背に、車はそのまま深い闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

公園の脇に停車した赤い車。

静まり返った車内で、遊次がようやく顔を上げる。

 

「考えたけどさ、やっぱ答えは最初から一つしかねえよ」

灯と怜央の視線が、遊次に集まる。

 

「イーサンも、世界中の皆も、傷つけさせねえ。

どっちかじゃねえ、どっちもだ。それが、俺らの目指してきた未来だろ」

 

「遊次…」

灯の呟きに、これまでの彼の姿が重なる。

どんな窮地に追い込まれても、遊次は常にそうやって強引に、しかし確実に新しい道を切り拓いてきた。

 

彼の言葉は仲間に希望を灯すが、今求められているのは単なる気休めではない。

大切なのは、その言葉が現実的な解になり得るのかどうかだった。

 

「…そんなこと、どうやってできんだよ。

奴らの居場所もわからねえし、時間もねえんだぞ」

 

怜央の突き放すような問いに、遊次はしばし沈黙した。

 

「…まだハッキリとはわかんねえ。今考えてるところだ」

 

その煮え切らない返答に怜央は落胆を見せかけたが、さらに遊次は言葉を続けた。

 

「ただ、灯のさっきの言葉でなんかピンと来たんだよな…」

 

「さっきの言葉?」

 

問い返した灯は、先ほど自ら口にした状況の整理を、記憶の中でなぞり直す。

 

「えっと…ニーズヘッグの計画は鍵を揃えても完成じゃない。政府の協力が…」

 

「っ!それだ!!政府の協力!」

遊次が助手席から身を乗り出し、運転席に座る灯の肩を掴んだ。

 

「ど、どういうこと…?」

灯は戸惑いながら遊次の顔を見つめる。

 

「アイツらの計画は、政府の協力がなきゃ成り立たねえんだろ!?

だったら、政府が俺達の側につけばいいんだ!そうすりゃ、計画は止められる!」

 

「な…んなこと、できるわけねえだろ!あと2時間もねえんだぞ!

そもそも、政府はモンスターワールドを滅ぼそうとしてた奴らだろうが!

今から誰も犠牲にしない方法を探そうなんてほざいても、鼻で笑われるだけだ!」

 

「んなもん、やってみなきゃわかんねーだろ!

あの大統領も案外話がわかる奴かもしんねーじゃん!」

 

怜央は頭を抱え、呆れたように溜息を吐く。

 

「…ったく、よくそんなぶっ飛んだ発想が出てくるもんだぜ」

 

しかし、そのあまりにも無鉄砲な提案も、今の閉塞した状況においては、全くの的外れとは言い切れなかった。

灯もまた、遊次の言葉の中に、わずかな、しかし確かな活路を見出していた。

 

「政府もニーズヘッグに計画を邪魔されて、面白くはないはず。

私達に完全に賛同してくれるかはわかんないけど、少なくともニーズヘッグを邪魔できるなら、イーサンを助ける協力はしてくれるかもしれない」

 

灯の言葉に頷きつつも、遊次は腕を組んだまま、目前の厚い壁に思考を巡らせる。

 

「問題は大統領とどう会うかだよな…」

 

「…そうだね。大統領のスケジュールが公開されてないか調べてみる」

 

灯は即座にスマートフォンを操作し始めたが、数分後、その指が止まった。

画面を消して首を横に振る彼女の顔には、隠しきれない不安が広がっている。

 

「だめ。大統領の予定はどこにも書いてない。

どうしよう、このままじゃ…」

 

停滞する空気を打ち破ったのは、怜央の短い一言だった。

 

「あの探偵はどうだ?」

 

「アキトか!確かにあいつならどうにか調べられるかもしれないけど…」

遊次は深く眉根を寄せた。灯はその意図を汲むように口を開く。

 

「多分、それだとあと1時間半じゃ間に合わない。

それに、いきなり私達が大統領の前に現れても、話してくれるわけない」

 

足踏みしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

怜央は焦燥を隠せず、無言で貧乏ゆすりを繰り返していた。

そこで灯が、何かに気づいたように声をあげる。

 

「そうだ!伊達さんのお父さん、ジャーナリストをやってるって言ってたよね!?」

 

灯の言葉に、遊次と怜央が顔を上げた。

裏カジノ打倒の依頼の際、アキトは自分がDIEBの諜報員であると明かすと共に、

その原点がジャーナリストである父にあることを語っていた。

 

「確かに言ってたけど…」

まだ意図を汲みとれない遊次に、灯が畳みかける。

 

「ジャーナリストだったら、政府の関係者とコネがあるかも!

伊達さんに頼んで、どうにかお父さんと連絡取れないかな」

 

遊次と怜央は短く目を合わせた。

それが現状における最適解であることを、二人は直感的に理解した。

 

「なるほどな…!とにかく、大統領と話ができるようにお願いすりゃいいんだよな?」

遊次はスマートフォンを取り出し、アキトへ電話をかける。

 

数回のコール音が車内に響き、アキトが電話に出た。

 

「もしもし、遊次?」

 

「アキト!お前の父さんと今すぐ話さなきゃいけないんだ!連絡取ってくんねえか!?」

 

遊次の口から飛び出したのは、あまりにも単刀直入な要求だった。

スピーカーの向こうでは、アキトが完全に要領を得ない様子で困惑している。

 

「え、え…?父さん?俺の?」

 

説明を省きすぎた遊次は、焦りから頭をかきむしり、言葉を探して沈黙した。

その様子を見かねた怜央が、冷静なトーンで電話口に割り込む。

 

「イーサンが拉致られちまった。

助けるためには、大統領と会わなきゃならねえ。

お前の親父なら、政府の人間とコネがあんだろって話だ」

 

「イ、イーサンさんが…。それに、だ…大統領!?なんで…」

 

「今は言えねえ。いつか話す」

 

怜央の短くも重々しい言葉が、事態の深刻さをアキトに突きつけた。

数秒の空白を経て、アキトが覚悟を決めたように応じる。

 

「…わかった。父は長年、ニーズヘッグとハイド大統領を追ってるんだ。

政府関係者とも繋がってる。でも協力してくれるかどうかは…」

 

「お願いします!あと1時間半以内に大統領と話をつけないと、イーサンの身が危ないんです!」

 

灯が切羽詰まった声を上げると、アキトの返答に迷いは消えた。

 

「…わかった。お父さんに連絡してみるよ。

具体的には何を頼んだらいい?」

 

アキトの質問に、3人は目を合せる。

考えてみれば、具体的な段取りは何も決まっていない。

怜央は少し考えた後、電話口に向かって話す。

 

「お前の親父は、ただその政府の人間に"メッセージ"を伝えるだけでいい。

大統領にそれが伝われば、話ぐらいは聞きたくなるはずだ。

政府の人間が俺らに連絡をよこしさえすれば、あとはこっちでどうにかする」

 

怜央はアキトの父親に可能な限り負担のかからない方法を即座に考え、提案した。

 

「なるほど。それならなんとかなるかもしれない」

 

宙を見ながら頭を整理していた遊次は、すぐに電話へと意識を戻す。

 

「悪い、アキト!変なことに巻き込んじまって…!

アキトの父さんには俺の番号を教えてくれ!」

 

遊次の必死の訴えに、アキトは静かだが力強い声で応じる。

 

「あぁ。他にも困ったことがあったら言ってくれ。

俺もイーサンさんを助けたいから」

 

「それと念のため、ドモンとダニエラにガキ共を見とくように伝えてくれ」

 

「了解した」

怜央の言葉に、アキトは一層の覚悟のこもった声で返す。

 

「本当にありがとう、アキト!」

 

遊次は感謝を伝え、通話が切れた。

静まり返った車内で、遊次が怜央へ視線を向ける。

 

「…後は祈るしかねえな。

にしても怜央、さっき言ってたメッセージってなんだ?」

 

まだ遊次は作戦の全容を掴めていないようだ。

 

「俺らみたいな一般人が"大統領閣下"と話すためにはデケェ餌が要る。

だから俺らが鍵を持ってることと、ニーズヘッグを倒してえってメッセ―ジを送りゃあ、飛びついてくるかもしれねえだろ」

 

「なるほどな…!」

国家にとっての最重要事項を突きつければ、相手は動かざるを得ない。

その確信が、遊次の表情にわずかな光を灯す。

 

「わかる人だけがわかるようなメッセージにしないとね。

それと移動してる時間もないし、政府からこっちに電話をかけられるようにしなきゃね」

 

灯の補足に、遊次はさらに一歩踏み込んだ提案を口にする。

 

「だな。だったら、俺の名前と連絡先をメッセージに付けよう。

…大統領は俺の父さんと繋がりがあったんだしな」

 

遊次の父、天聖はかつてハイド大統領の依頼でパラドックス・ブリッジを開発した。

その息子の名は、政府にとって有力な呼び水になる。

遊次にとってはまだ受け入れがたい事実を、自ら利用することになるとは思っていなかった。

 

(頼むぜアキト…!)

遊次は祈るように背を丸め、眉間に拳を当てた。

 

 

 

 

ドミノタウンの片隅に佇む小さな探偵事務所。

アキトは静まり返ったオフィスで、手の中のスマートフォンを険しい表情で見つめていた。

 

(イーサンさんが、どうして…。それに、なぜ大統領が関係あるんだ?

わからない…。でも、今は遊次達を信じるしかない)

 

アキトは迷いを断ち切るように再び指を動かし、連絡先リストから「伊達ツルギ」の名を呼び出して発信ボタンを押した。

2度、3度と虚しいコール音が響き、5度、6度と回数を重ねるごとにアキトの眉間に皺が寄る。

ようやく音が止まったのは、7度目のことだった。

 

「…アキト、珍しいな。どうした」

受話口から、低く落ち着いた声が聞こえる。

 

「お父さんにお願いがあるんだ」

アキトの深刻なトーンに、ツルギはどこか面白がるような響きを混ぜて応じた。

 

「ほう、これまた異例が相次ぐな。なんだ?」

 

軽薄ともとれるその返しに対し、アキトが抱える依頼はあまりに重い。

彼は少し間を置いてから、神妙に切り出した。

 

「僕の友人が、大統領に伝えたいことがあるんだ。

お父さんに頼みたいのは、大統領に近い政府の関係者にそのメッセージを伝えること」

 

「…何かの冗談か?なぜ俺が、お前のお友達の、言伝をしなきゃならない?」

 

ツルギはあえて言葉を区切り、その要求の突飛さを強調するように問いかける。

 

「詳しい事情は俺もわからないんだ。

でも大事な仲間が1人攫われて、危険に晒されてるらしい。時間がないんだ…」

 

ただ事ではない気配を察したのか、ツルギは沈黙を挟んで再び口を開いた。

 

「…疑問が尽きないな。

その話が真実だとして、なぜ警察ではなく政府に泣きつく?」

 

アキトは思考を巡らせる。

大統領の名前が出たということは、遊次達は自分の想像を遥かに超える巨大な渦中にいるのだろう。

詳しいことを明かさないのは、自分を巻き込まないための配慮に違いない。

 

「悪いけど、俺もわからない。でも、これだけは信じてほしい。

彼らは、俺の心から信頼できる仲間なんだ。

彼らはいつも誰かを助けるために、どんな大きな危険にでも飛び込んできた。

多分、今回も」

 

息を吸い、アキトは自分の中に刻まれた父の言葉を呼び覚ます。

 

「"何かを守りたければ線を引くな"。お父さんのこの言葉を忘れたことは、1日もない。

だから…お願いします。僕の仲間を…助けてほしい」

 

その真っ直ぐな訴えに、ツルギはしばし言葉を飲み込んだ。

 

やがて、観念したような溜息が漏れる。

 

「…大統領首席補佐官と繋がりがある。

バカなフリして、その人にメッセージとやらを伝えてやってもいい」

 

「…父さん…!」

アキトの顔にようやく安堵の色が差す。

 

「ただし、深入りするつもりはない。

俺やお前に少しでも危険が及ぶようなら、すぐに手を引く。それでいいな」

 

「…ありがとう、本当に。友人の連絡先を送るよ。

神楽遊次って人で、一応、ドミノタウンから引っ越す前の小学校の同級生なんだ」

 

「神楽…」

その名に微かな引っかかりを覚えたのか、ツルギは小さく復唱した。

 

「わかった。後はそいつと話して決める」

 

 

静寂に包まれた赤い車内で、遊次のスマートフォンが突然震え出した。

画面には見覚えのない番号が表示されている。

アキトの父親だ。

 

遊次は、緊張を孕んだ手つきで通話ボタンを押した。

 

「神楽遊次君、でいいかな」

 

「は、はい!」

緊張で声を上ずらせる遊次に対し、電話越しのツルギは淡々と告げた。

 

「伊達ツルギという者だ。アキトから話は聞いた。

メッセージを伝えるだけなら、協力してやってもいい」

 

「ほ…ホントですか!?ありがとうございます!」

遊次は車の中で深々と頭を下げる。

 

「時間がないんだろう。首席補佐官…大統領の右腕に電話してやる。

俺は何を伝えればいい?」

 

遊次は一呼吸置いた後、メッセージを伝える。

 

「まずは俺の名前と、連絡先。それから…こう伝えてください」

 

「P・Bの鍵、その欠片は我が手の中。C・Nは龍の腹の中。

一刻の内に応答せよ。さもなくば、悲劇は起きる」

 

 

 

大統領公邸の一角、豪奢な装飾が施されたダイニングルームでは、煌びやかなクリスタルのシャンデリアが卓上の銀食器を眩しく照らしていた。

重厚なマホガニーの長テーブルを囲むのは、仕立ての良いスーツやドレスに身を包んだ、この国の政財界を動かす10名ほどの男女だ。

 

卓上には、産地直送の最高級フィレ肉のローストが芳醇なトリュフソースの香りを漂わせ、

色鮮やかな季節のオードブルや、黄金色に輝くヴィンテージワインが並んでいる。

耳当たりの良いクラシックの調べが流れる中、会食は和やかな、しかし打算に満ちた空気で進んでいた。

 

「ハイド大統領、先日の経済政策は見事でしたな。

我々としても、次の選挙では全面的にバックアップさせていただくつもりですよ。

期待していますぞ」

 

恰幅のいい男性がグラスを掲げ、追従の笑みを浮かべる。

それに同調するように、周囲の面々も「左様ですな」「閣下以外にこの国を任せられるお方はおりません」と口々に賛辞を重ねた。

 

「ガッハッハ! それは心強い!

諸君らの期待に応えられるよう、吾輩も粉骨砕身の覚悟でこの国を導いていくつもりだよ。

共に輝かしい未来を築こうじゃないか」

 

マキシム・ハイドは豪快に笑い飛ばし、如才ない返答で場を盛り立てる。

だが、その宴を切り裂くように、一人の男が静かに歩み寄った。

 

白のタイトなスーツを完璧に着こなし、藍色の前髪を冷ややかに垂らした男性。

大統領首席補佐官、蒼月貴哉だ。

彼は周囲の空気を凍らせるような無機質な足取りでハイドの背後に立つと、その耳元で短く何かを囁いた。

 

その瞬間、ハイドの瞳の奥で鋭い光が走る。

彼は手にしていたフォークを静かに置き、ゆっくりと腰を上げた。

 

「…申し訳ないが諸君、急用ができてしまった。

本日の会食は、これでお開きとさせていただこう」

 

あまりにも唐突な幕引きに、場は一転して困惑に包まれる。

先ほどまで饒舌だった有力者の一人が、不満げに眉をひそめて声を荒らげた。

 

「閣下、正気ですかな?

その用事とは、次期選挙のキーマンである我々との食事よりも、大切な事か?」

 

その言葉に対し、ハイドは出口へと歩みを進めながら、振り返ることなく重厚な声で言い放った。

 

「この国…いや、世界にとって非常に重大な事だ」

 

ハイドは蒼月を引き連れ、呆然と立ち尽くす賓客たちを残して、悠然と部屋を後にした。

 

 

 

赤い車の車内で、遊次のデュエルディスクから着信音が鳴り響いた。

音声と共に映像が投影される、ソリッドヴィジョンを伴う通話だ。

遊次は灯と怜央と短く目を合わせると、意を決して車を降り、ディスクのボタンを押した。

 

すると、空中に青白い光が収束し、映像が浮かび上がる。

そこに映っていたのは、白色のスーツを纏い、前髪をたらした藍色の髪の男性と、

バイオレットのロングヘアをした、ダークグレーのスーツを纏う女性だった。

 

「はじめまして。神楽遊次さんですね。

私は、大統領首席補佐官の『蒼月貴哉』と申します」

 

「アリシア・ローレンス。大統領補佐官だ」

 

2人はそれぞれ淡々と名乗る。

 

「メッセージ、見てくれたんですね」

 

遊次は緊張した面持ちで問いかけた。

蒼月は表情を変えず、静かに問いを返す。

 

「ええ。ですがまずは、あのメッセージが本当に我々の想像する内容と一致しているか、確認させていただきたい」

 

蒼月は、遊次が送った言葉を正確になぞった。

 

「『P・Bの鍵、その欠片は我が手中』。

これはどのような意味でしょう?」

 

その言葉から、自分たちのメッセージの意図を政府側が正しく理解していることを察し、遊次は口を開いた。

 

「パラドックス・ブリッジの鍵を、俺らは今2つ持ってる。

ニーズヘッグとの戦いで勝ち取ったものです」

 

「…ほぉ」

 

一介の市民が、平然と国家機密を口にしている。

その事実が、メッセージの信憑性を裏付けていた。

 

「ニーズヘッグは強制オースデュエルを使って、クロム・ナイトシェイドの生体認証を手に入れようとしました。

でも私達が勝ったことで、逆に鍵の所有権を手に入れたんです」

 

灯がその名を出すと、映像の向こうにいたアリシアが、訝しげな表情で問いを投げかけた。

 

「やはりメッセージに書かれていた『C・N』とは、そのことか。

しかし、クロム・ナイトシェイドはとっくに死亡したはず。どういうことだ?」

 

「死んだっていうのは嘘で、顔と名前を変えて生きてた…らしい。

俺も今日知ったことだけど」

 

遊次は複雑な心境を滲ませて答える。

ハイドはその様子を、静かな笑みを浮かべたまま見つめていた。

 

「これが鍵の所有権に関する契約書です」

 

灯はデュエルディスクからソリッドビジョンの契約書を1枚浮かび上がらせる。

それは、美蘭とのオースデュエルで鍵を勝ち取った何よりの証だった。

 

蒼月は画面の外に視線を向ける。

まるで、そこにいる誰かと意思を疎通するように。

 

そして、画面の向こう側から一人の人影が現れた。

遊次たちは、その姿を息を呑んで見つめる。

 

白髪をオールバックに整え立派な髭を蓄えた、筋肉質な男。

デュエリア国の大統領、マキシム・ハイドだった。

 

「ごきげんよう。

偉大なる科学者『神楽天聖』の息子、神楽遊次君」

 

この国のトップを15年間守り続けてきた男が放つ、圧倒的な威厳。

ソリッドヴィジョンの映像越しであっても、マキシム・ハイドのオーラは周囲の空気を重く変えるほどだった。

 

遊次はその圧迫感に気圧されそうになりながらも、一歩も引かずに言葉を紡ぐ。

 

「…大統領。俺らは全部知ってます。パラドックス・ブリッジのこと、モンスターワールドのこと、隕石のこと。

政府の計画も、ニーズヘッグの計画も」

 

「ガッハッハ!これは困った。大変な情報漏洩ではないか」

 

ハイドは豪快に笑い飛ばすが、その眼光は鋭い。

遊次は構わず、自分たちの意志を叩きつけるように続けた。

 

「ニーズヘッグの計画は、世界中を危険に巻き込むものです。

だから俺たちは、誰も犠牲にしないために、あいつらと戦ってます」

 

ハイドは何も言わない。

 

「でも今、あいつらにイーサン…クロム・ナイトシェイドを連れ去られちまって…。

今ニーズヘッグはクロムの身柄と引き換えに、俺達が持ってる鍵を要求してきてる。

応じなきゃ、あいつの指を一本ずつ砕いていくって」

 

悔しさに顔を歪める遊次の言葉に、

画面の向こうの蒼月が「実に彼ららしいやり方だ」と冷淡に付け加えた。

 

「俺らはあいつを助なきゃならない。でも、鍵を渡すわけにもいかない。

だから大統領…アンタに手を貸してほしい」

 

遊次の真っ直ぐな訴えを受け、隣に立つ灯も凛とした声で言葉を継ぐ。

 

「政府も、ニーズヘッグの計画には反対のはずです。

今の私達は利害が一致しているのではないでしょうか」

 

「時間がねえんだ。あと一時間で奴らから連絡が来る。

それまでになんとかしねえと…!」

 

怜央も焦燥を滲ませ、切実に訴える。

3人の言葉を受け止めたハイドは、しばし間を置いてから、重厚な声を響かせた。

 

「ふむ。確かに、ニーズヘッグに鍵を奪われるわけにはいかないな。

それで、君たちは吾輩に何を求める?」

 

それは、喉元に鋭利な刃を突きつけられたかのような感覚だった。

下手なことを口にすれば、何もかもが音を立てて崩れ去ってしまうという恐怖が遊次の背中を伝う。

 

それでも、彼は不退転の覚悟を持って言葉を紡ぎ出した。

 

「…政府は最初、パラドックス・ブリッジを使って空間に穴を空けて、

そこからモンスターワールドを襲撃する計画を進めてたって聞いてます。

隕石はモンスターワールドから現れた存在だから、モンスターワールドごと消せば隕石も消えるって」

 

政府の最高機密であり、計画の核心を突くその言葉に、アリシアは隠しきれない驚愕を見せた。

彼らがここまで深く内情を掌握しているという事実に、彼女の心は激しく揺さぶられる。

 

「ハッキリ言うけど…俺らはアンタらの計画にも反対だ。

デュエリストとモンスターは一心同体。

どっちかを犠牲にして何かを守るなんて、考えられない」

 

その瞬間、ハイドの表情から笑みが完全に消え去った。

ソリッドヴィジョンの画面越しであっても、周囲の空気が一気に冷え込むのが肌で感じられるほどだ。

 

それでも遊次は怯むことなく、自らの信念と言葉をぶつけ続けた。

アリシアは瞳を揺らしながら、食い入るようにモニターを見つめている。

 

「だけど…世界の人達を守りたいと思ってることは、変わらないはずだ。

俺達も、アンタらも、それにニーズヘッグも」

 

「だったら、人間同士で争ってる場合じゃねえだろ。

皆で力合わせて、隕石のモンスターと戦わなきゃいけねえんじゃねえのか」

 

遊次は堅苦しい言葉をやめ、本音でぶつかろうとしている。

重苦しい間を置いたあと、ハイドが低く、短く応じた。

 

「何が言いたいのかね?」

 

遊次は溜まっていた熱い息を吐き出すと、迷いのない声で答えた。

 

「俺らは、誰も犠牲にしない道を見つけたい。

この世界も、モンスターワールドも、何も犠牲にしたくない」

 

「だから、大統領…俺達にノッてくれ!!」

 

遊次は臆することなく、真っ向から堂々と宣言した。

 

ハイドは何も答えず、ただ険しい表情のまま、モニター越しに遊次の姿を鋭く射抜くように見つめていた。

その傍らで蒼月は相変わらず真意を読み取らせない笑みを浮かべ、アリシアは隠しきれない困惑を顔に滲ませている。

 

遊次の頬を一筋の汗が伝い落ちる。

張り詰めた静寂の中で、この一瞬の時間が永遠かのように感じられた。

 

「…そのような大言壮語を吐くからには、当然、何か糸口はあるのだろうな?」

 

アリシアがその静寂を切り裂くように問いを投げかけた。

灯と怜央は、痛いところを突かれたと言わんばかりの表情で遊次を見る。

しかし、遊次の瞳に迷いの色はなかった。

 

「…ない!!これから探す!!」

 

そのあまりに拍子抜けな答えに、アリシアは思わず頭を抱えた。

蒼月も小さく首を振り、呆れたようにため息を吐く。

 

息の詰まりそうな空気が流れる中、突如として弾けるような豪快な笑い声が響き渡った。

 

「ガッハッハ!吾輩を前に、とんだ戯言を言ってくれる!」

 

ハイドは遊次の言葉を「戯言」と切り捨てた。

それを受け、遊次たちの表情はより一層険しさを増していく。

 

「何も犠牲にしたくない、か。理想を抱くのは結構。

だがそれは、本気で人々の命を背負う覚悟があっての言葉かな?」

 

ハイドの鋭い眼光が遊次を捉える。

国家の命運を握る大統領が突きつける、重く、容赦のない問いかけ。

 

「覚悟なら、ある」

遊次は声を震わせることなく真っ直ぐに応えた。

 

「俺達が邪魔したせいで隕石が落ちて、皆死んじまう。

そんな想像を、何回もした。それでも皆で、この答えに辿り着いたんだ」

 

遊次は背後に立つ仲間たちの気配を感じながら、さらに一歩、踏み込むように言葉を強めた。

 

ハイドは深く息を吸い、静かに言葉を吐き出す。

 

「…青いな、あまりにも青い」

突き放すような響きに遊次たちが肩を落としかけた時、ハイドの声が重なった。

 

「だが…その青さこそ、我々に足りなかったものなのかもしれぬ」

 

その声は、どこか妙にわざとらしく演出がかった声色にも聞こえた。

 

「大統領…!」

遊次たちの表情に光が灯る。

 

「だが!」

しかし、ハイドはその声で一気に静寂を創り出した。

 

「我々が協力できるのは、クロム・ナイトシェイドの救出までだ。

君達に世界の命運を託すことはできない。少なくとも、今は」

 

ハイドは不敵な笑みを深く刻み、遊次たちを値踏みするように見据えた。

 

「今は?」

怜央がその言葉を問い直す。ハイドは淀みなく言葉を続けた。

 

「我々は、パラドックス・ブリッジによるモンスターワールド侵攻計画を進めていた。しかし、今から我々の手に鍵が戻ることなどあり得ぬ。いくらパラドックス・ブリッジが政府の管理下にあるとはいえ、ただゴネて時間を無駄にするわけにはいかないからね」

 

「つまり鍵がニーズヘッグと君達の手にある以上、我々はその"どちらか"につくしか選択肢がない」

 

その言葉は、彼らがまだニーズヘッグの側につく余地を残していることを示唆していた。

 

「現状、ニーズヘッグの計画が最も成功率が高いだろう。我々のモンスターワールド侵攻計画よりも遥かにね」

 

「それに比べ、君達は完全なるノープランだ。

だがそんな君達が、黒き龍の鱗に傷を与えたのもまた事実」

 

一同はハイドの言葉に真剣に耳を傾ける。

 

「結論を言おう。我々デュエリア政府は、

パラドックス・ブリッジを巡る戦い…その勝者に味方する!」

 

遊次たちは一斉に驚愕の表情を浮かべた。

アリシアもまた驚きを隠せず、蒼月は意味深な視線をハイドに送っている。

 

「君達がニーズヘッグに敗れたのならば、その程度だったということだ。

諦めてニーズヘッグの計画を受け入れよう」

 

「しかし、もし君達がニーズヘッグを打ち破るという奇跡を起こせたのならば、

まだ見ぬ第3の道…"誰も犠牲にしない未来"を信じてみようではないか!」

 

それはまるで、聴衆を魅了する演説のような堂々たる言葉だった。

 

大統領の宣言を受け、遊次の表情は凛としたものへと変わった。

その傍らに立つ灯と怜央の瞳にも、迷いのないさらなる覚悟が宿る。

 

「…ありがとうございます、大統領…ッ!」

遊次は深々と頭を下げる。

 

「本当は皆、何も犠牲にしたくないはずなんだ。

だから、俺達がニーズヘッグに勝って、皆で同じ方向を向けるようにしてみせる!」

 

遊次が真っ直ぐに想いをぶつけると、ハイドは深く頷いてその言葉を受け止めた。

 

「だがこのままでは、真に君達の強さと覚悟をはかることができない。

まず考えるべきは、クロム・ナイトシェイドの救出だろう」

 

ハイドの言葉により、対話は喫緊の課題である本題へと引き戻された。

遊次達より一層真剣な表情を浮かべた。

 

 

 

 

人里離れた場所にひっそりと佇む、崩れかけの廃屋。

かつては何かの作業場だったのか、剥き出しのコンクリート壁には無数のひび割れが走り、床には割れた窓ガラスの破片が散乱している。

その中央で、イーサンは古びた木製の椅子に手足を固く縛り付けられていた。

 

「準備が完了しました。逆探知も対策済です」

 

ジェンが、傍らに立つルーカスに向けて淡々と報告を上げる。

イーサンは目の前の木の机に置かれたペンチやハンマーを見つめ、強く心の中で念じた。

 

(頼む、遊次。鍵は渡すな。俺は何も怖くない。

お前と、天聖さんの願いを叶えるためなら)

 

 

 

 

ニーズヘッグ・エンタープライズ本社79F。

何重ものセキュリティに守られた一室は、外界の喧騒を一切遮断した漆黒の壁に包まれている。

冷徹な静寂が支配する部屋で、オスカーはただ一人、淡い光を放つモニターを見つめて佇んでいた。

 

その時、彼のデュエルディスクが電子音を鳴り響かせた。

ソリッドヴィジョンによる映像通話のコールだ。

黒いコートから折り畳まれたデュエルディスクを取り出す。

 

発信者の名は、マキシム・ハイド。

オスカーは一瞬、目を細めて警戒の色を見せた後、コールに応答する。

 

空中にソリッドヴィジョンの画面が鮮明に浮かび上がり、マキシム・ハイドが姿を現した。

 

「ごきげんよう、若き社長。七乃瀬美蘭くんは大丈夫だったのかね?」

ハイドは不敵な笑みを浮かべている。

 

「…えぇ、無事解放されました」

オスカーは警戒を解かずに答えた。

 

「そうか、それはよかった!

あのフラワーとかいうふざけた犯罪者は、野放しにするわけにはいかんな。

いや、あえて野放しにする…という選択も、あったりするかな?」

 

冗談めいた様子で伺うハイドに対し、オスカーは画面の向こうに潜む真意を探ろうとした。

数時間前、彼らが会談している最中に送られてきた映像ドローン。

そこには、誘拐された美蘭と、謎の花の仮面を被った女「フラワー」の姿が映っていた。

その正体も目的も不明であり、政府がニーズヘッグを妨害するために送り込んだ刺客という可能性も否定できない。オスカーは思考を巡らせた後、言葉を紡いだ。

 

「…今は泳がせて尻尾を掴むべきかと。

それより、私に用があるのでしょう」

 

オスカーが強引に話を区切ると、ハイドは本題へと応じた。

 

「うむ、それじゃあ会談の続きといこうか。計画書は読ませてもらった。

現状では君達の計画が最適解なのは認めよう」

 

ハイドは淡々と続ける。

 

「しかし、世界中にモンスターワールドのエネルギーを行き渡らせるには、巨大な穴を空間に長時間空け続ける必要がある。その分、より巨大なモンスターが、大量にこちらの世界に現れることを意味する」

 

「私は、多くの人々の命を危険に晒したくなかった。

故に、無理筋だとしてもモンスターワールドを攻撃する道を選んだのだ。

人間が通れる程度の穴さえ空ければ、そこからモンスターワールドへと兵士を送り込めるからな」

 

ハイドは軽く両手を上げ、肩をすくめてみせる。

 

「しかし、君達は我々の予想を超え、パラドックス・ブリッジを奪った。

その時点でモンスターワールド侵攻計画に立ち戻ることは不可能。

吾輩は君の計画に同意するしかない…そう考えていたのだがね」

 

「…どういうことでしょう」

話の風向きが変わった。オスカーは低く圧のかかった声で問う。

 

「夕刻の会談で、君はさも最後の鍵がもうすぐ手に入るような口ぶりだったね。

存在するはずのない、吾輩以外の生体認証が可能な人物を知っていると」

 

ハイドは愉快そうな表情を浮かべて言葉を繋いだ。

 

「だが…君達はもしや、鍵を揃えるのに難航しているのではないかね?」

 

「…その根拠は?」

オスカーは鋭い言葉を即座に返す。

 

「実は先程、ある情報が入ってね。

どうやら"第三勢力"が現れ、君達から幾つか鍵を奪ったそうじゃないか」

 

その言葉を受けたオスカーの眼は、いっそう鋭さを増した。

彼は何も言葉を返さず、ただ画面の向こうにいるハイドを射抜くように見つめ続ける。

ハイドは不敵な笑みを浮かべ、さらに言葉を重ねた。

 

「もう1人、この場にゲストを招待したい。

君もさぞ驚くことだろう」

 

その言葉に応じるように、空中に新たなソリッドヴィジョンの画面が割り込んだ。

そこに映る人物の顔を認めた瞬間、オスカーは呻くような声を漏らす。

 

「神楽、遊次…!」

 

「久しぶりだな、オスカー」

 

新たに現れた画面の中で、オレンジ色の髪の青年が不遜に応じた。

一国の大統領と世界一の企業のCEO。

そんな最高権力者たちが顔を揃える密談の場に、本来「いていいはずのない」部外者が、平然とその顔を晒していた。

 

「どうやら紹介するまでもないようだね。では単刀直入に言おう」

 

ハイドは表情を引き締め、言い放った。

 

「すぐにクロム・ナイトシェイドを解放しろ!

でなければ我々デュエリア政府は、セカンド・コラプス計画への協力を一切拒否する!」

 

有無を言わせぬ圧力が、漆黒の部屋に満ちる。

 

「なんだと…」

 

オスカーは画面の向こうを睨みつけた。

その言葉には、大統領への礼節など既に存在しなかった。

 

「当然、クロム・ナイトシェイドに限らず、人質を取るような行為は全て認めぬ」

ハイドの言葉に、オスカーは鋭く言葉を返す。

 

「俺達の計画が最適解だと自ら認めたはずだ。時間を無駄にするつもりか」

 

「最適解こそが最善とは限らないのだよ」

 

ハイドは静かに、かつ断定的に返した。

 

「この突如として現れた第三勢力がもしニーズヘッグを打ち倒す奇跡を起こしたならば、犠牲の伴わない未来をも創り出せるやもしれん。吾輩はそう考える」

 

(奴は夢想家であっても現実主義者だ。果たしてどこまでが本音だ)

 

オスカーは、ハイドの言葉の奥を見抜こうと視線を凝らす。

 

「デュエリア政府は、パラドックス・ブリッジを巡る戦いの"勝者"に協力する。

セカンド・コラプス計画を成し遂げたくば、残り2つの鍵を勝ち取ればよいだけのことだろう?」

 

不敵に言い放つハイドに対し、オスカーは考えを巡らせる。

 

政府が瀬戸際で反旗を翻すことはオスカーにも想定済だった。

そのためにパラドックス・ブリッジを制圧し、完全に主導権を奪うつもりだったのだ。

だがそれは『政府の計画が完全に潰えれば、ハイドはニーズヘッグの計画に協力せざるを得ない』という前提の話だ。

 

政府が神楽遊次という第三勢力の存在を認識したことで、ニーズヘッグがパラドックス・ブリッジを制圧しても、政府には他の選択肢が残っている。

ここで強硬手段に出れば、ニーズヘッグと政府は決別し、ハイドが遊次の側に加担する可能性が高い。

そうなればセカンド・コラプスの実現はさらに遠のくだけだ。

オスカーにとって、わざわざここで戦いを避け人質を維持することは、リターンよりもリスクの方が大きい。

 

オスカーは頭の中で結論を出す。そして自嘲するように言った。

 

「…一日に二度も脅迫に屈するとはな」

 

その言葉とは裏腹に、その眼光はハイドを鋭く射抜いている。

そしてオスカー低く、冷たい声で言葉を放つ。

 

「いいだろう。クロム・ナイトシェイドを解放する」

 

遊次の後ろで、灯がほっと安堵の息を漏らした。

この数時間、張り詰めた糸のように精神を尖らせていた反動で、一気に疲れが押し寄せる。

 

「仕切り直しってことでいいよな、オスカー。正々堂々、デュエルでケリつけようぜ」

 

「…元より、力で奪い取るつもりだ」

 

ソリッドヴィジョンの画面越しに、遊次とオスカーの視線が真っ向から交錯した。

 

 

 

 

 

崩れかけた廃屋に佇むルーカスとジェン。

イーサンの身柄を人質に鍵を手に入れるために、デュエルディスクを手に遊次達に連絡をしようとする。

しかしその時、先にスマートフォンのコール音が鳴り響いた。

 

「…兄さん?」

ルーカスは応答するなり目を見開き、表情を険しくさせた。

 

「何…?マキシム・ハイドが…!?そんな…なんであいつらが…」

 

状況を飲み込めないまま、ルーカスは苛立ちを露わにする。

 

「…わかった。あくまで人質は保険だ。徹底的に叩き潰せばいい」

 

電話を切ると、ルーカスは椅子に縛られたイーサンを見下ろし、ジェンに命じた。

 

「ジェン、こいつを解放しろ。兄さんからの命令だ」

 

「…何故です?」

 

「クロム・ナイトシェイドを解放しなければ政府は僕達に協力しないと、マキシム・ハイドが言っているらしい」

 

「大統領が…?彼がなぜこの戦いの内幕を…」

 

ジェンが困惑を口にすると、ルーカスは不服そうに言葉を続けた。

 

「神楽遊次が大統領に直談判したらしい。

ニーズヘッグじゃなくて自分達に協力しろと。

結果、僕達となんでも屋連中、戦いを制した方に政府はつくそうだ。

まったく、思い通りにならないジジイだよ」

 

その言葉を聞き、イーサンは唖然としていた。

 

「大統領に直談判?くくくっ…あり得ないだろ、普通…」

 

思わず笑い出したイーサンに対し、ルーカスは嫌悪感を隠そうともしない。

ジェンがイーサンの拘束を解くと、ルーカスは冷たく言い放った。

 

「一時の安寧を得られてよかったな。でも忘れるな。

お前の生体認証の使用権限は変わらず僕達が持ってるんだ」

 

「…パラドックス・ブリッジは過去の遺物だ。誰にも使わせないさ」

 

イーサンとルーカスの視線が火花を散らす。

 

大統領への直談判という起死回生の一手により、鍵を渡すことなくイーサンを救い出すことができた。

しかし、戦いはまだ終わっていない。鍵のほとんどはニーズヘッグの手中にある。

ルーカスとオスカーという二人の強者に勝たなければ、誰も犠牲にしない未来へ手を伸ばすことはできない。

 

 

 

 

遊次とオスカーが映るソリッドヴィジョンを前に、ハイドが提案を口にした。

 

「どうせデュエルで雌雄を決するのならば、一堂に介して決着を着けるべきではないかね?」

 

「俺はいいぜ。その方が手っ取り早い」

 

「構わん」

遊次とオスカーもその提案に同意する。

 

「そうだな…特別にデュエリアシンフォニーホールの使用を許可しよう。吾輩も直接、君達の力をこの目で見させてもらう」

 

オーケストラなどに使用されるその会場が、決戦の舞台に指定された。

灯は生唾を飲み込む。大統領が直接現れるという事態は、予想を遥かに超えていた。

 

遊次の傍らで、怜央が口を開いた。

 

「遊次、お前にはしばらく"お預け"しててもらうぜ。

まずは俺が副社長を倒して、イーサンの敵を取る」

 

ルーカスの手の内を知る者としての判断に、遊次は「あぁ」と短く返した。

 

「楽しみにしているよ、諸君。

決戦の行く末は、しかとこの目で見届けよう」

 

通信が途切れると、ハイドは背を向けた。

 

「さて、世界を救う英雄は、一体誰になるのかねぇ」

 

ハイドの背中に、蒼月が鋭い疑念に満ちた視線を向ける。

 

「閣下。もし神楽遊次が勝利した場合、本当に彼らを信じ、世界を背負わせるのですか」

 

「…吾輩が信じるのは、吾輩だけだ。

今必要なのは"時間"だよ」

 

アリシアはハイドの背を、その真意を見抜こうとするかのように、鋭く見つめていた。

 

ニーズヘッグ、デュエリア政府、そしてなんでも屋「Next」。

複雑に絡み合う三つ巴の構図の中で、世界の命運を握るのは果たして誰か。

 

 

第70話「三つ巴」 完

 

 

 

メインシティの大都会に佇むオーケストラホール。

ついにNext、ニーズヘッグ、政府の三つ巴が一堂に会する。

ステージ上では、怜央とルーカスが鋭い視線をぶつけ合う。

 

完全耐性+高打点のヘヴンアイズ・エターナルドラゴン。

さらには圧倒的な制圧能力。

イーサンが成すすべなく敗北したその脅威を前に、怜央は勝利を掴むことができるのか。

 

「おめでたい奴だぜ。

まさか、死んだ奴がみんな天国に行くと思ってんのか?」

 

 

次回 第71話「次元の塔」

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