遊次とオスカーの決戦は遊次の勝利に終わり、「セカンド・コラプス計画」は潰えた。パラドックス・ブリッジの鍵はNextとニーズヘッグで3つずつ保有しており、実質的には起動不可能となる。そしてデュエリア政府とニーズヘッグは、遊次達の掲げる「犠牲なき未来」へ向けて歩み始める。
次なる手がかりは、デュエルディスクの開発者であり、モンスターワールドを発見した「ヘックス・ヴラッドウッド」の証言だった。
彼は13年前に事故に遭い植物状態となっていたものの、数週間前に目を覚ました。
ヘックスが語ったのは、外界から隔絶された砂漠の国「ネフカ王国」。
モンスターと深く繋がり、モンスターワールドを見通す「霊術師」が存在するというその国にこそ、犠牲を出さずに隕石を打ち倒す方法があると遊次達は確信する。
さらに、衛星情報を隠蔽して隕石を呼び寄せた「黒幕」の存在も浮上した。神通力を持つネフカ王国ならば、その正体に迫る糸口も掴めるかもしれない。隕石の阻止へ動けば、潜伏する黒幕との闘いも確実に避けられない。ニーズヘッグを打ち破った「なんでも屋Next」の力は、これからの戦いにおいて必要不可欠だ。未曾有の危機から世界を救うため、なんでも屋Nextの4人はネフカ王国へと旅立つ決断を下した。
ネフカ王国は数か月前に国王が交代したことで、より保守的な姿勢を強めているという。しかし、この国に手がかりがあることは疑いようもない。大統領補佐官「アリシア・ローレンス」は、大統領「マキシム・ハイド」に入国要請を進言したのだった。
そして1週間後。
アリシアの案内で、幾重にも張り巡らされた厳重なセキュリティゲートを抜け、Nextの4人とオスカーは政府の極秘施設深部にある一室へと案内されていた。
そこは一切の窓を持たない、ひどく無機質な空間だった。足元には深い闇を思わせる漆黒の床が広がり、室内のわずかな照明を冷たく反射している。5人が立ち並ぶ正面の壁には複数の大型モニターがずらりと並び、画面から放たれる青白い光だけが、薄暗い部屋の中で彼らの姿を静かに浮かび上がらせていた。
室内には静寂が落ちている。その中央で、一人の男が背を向けたまま静かに立っていた。獅子のたてがみのような白髪に、屈強な肉体によって張り詰めた金と赤の豪勢なスーツ。大統領「マキシム・ハイド」である。
一切の隙を感じさせないその背中のすぐ傍らには、白いスーツに身を纏い藍色の前髪を垂らした、大統領主席補佐官「蒼月貴哉」が、冷徹な佇まいで控えていた。
「閣下、連れて参りました」
アリシアの低く通る声に、ハイドはゆっくりと身を翻す。その鋭い眼差しが、並び立つ5人の顔を静かに捉えた。
「よく来た、英雄諸君。単刀直入に言おう。ネフカ王国への入国が認められた」
「よしっ…!」
遊次は堪えきれず声を漏らし、力強く拳を握り込む。
「メンバーは私と、オスカー・ヴラッドウッド。そして神楽遊次、花咲灯、イーサン・レイノルズ、鉄城怜央の計6人だ」
淡々と告げられたアリシアの言葉に、灯は思わず視線を横へと滑らせた。同じ列に並び立つオスカーの横顔をそっと見つめる。
(ルーカスさんは来ないんだ)
選ばれし者の使命だと、世界を救うことにあれほど息巻いていた彼がこの任務に参加しないというのは予想外だった。だがオスカーの表情はわずかも揺らがない。彼もこの人選を承諾しているのだろう。
納得のいかない様子のイーサンが、眉をひそめて低い声を響かせた。
「たった6人でいいのか?護衛の者をもっと連れて行くべきじゃないのか?」
その懸念に対し、ハイドの傍らに控えていた蒼月が間髪を入れずに切り返す。
「入国する人数はこれで精一杯です。6人でも向こうは難色を示してきました。これがベストな人選かと」
無駄のない回答に、イーサンは口をつぐみ、それ以上の反論を飲み込むほかなかった。
「3日後にデュエリアを発つ。政府のジェットで向かうこととなる。約10時間で到着する予定だ。向こうでは神官が迎えてくれるらしい。質問は?」
息をつく間もなく予定を切り出したアリシアの気迫に、灯は思わず肩をすくめる。だが、並び立つ者たちの表情に迷いは一切浮かんでいなかった。すでに全員が己の進むべき道を受け入れ、覚悟を固めている。静まり返った無機質な部屋の中で、その問いに口を開く者は誰もいなかった。
「では、詳細は追って連絡する。ネフカ王国に関しては以上だが…君達には改めて見てもらいたいものがある」
アリシアはそう告げると、静かに身を翻した。そのまま室内のさらに奥に設けられた別の扉へと向かって、真っ直ぐに歩き出す。遊次たちは無言で顔を見合わせた後、彼女の背中を追うようにして後へと続いた。
薄灰色のパネルで覆われたその部屋は、無数の配線が天井から壁伝いに這い降りていた。背後の壁一面には六面の巨大モニターが連結され、放たれる青白い光が薄暗い室内を冷たく照らし出している。最奥にはサーバーラックが整然と並び、絶え間なく回る冷却ファンが低く唸り声を上げていた。
部屋のさらに奥には、一人の若い男が椅子に腰掛けていた。センターパートに分けた青緑色の髪を揺らしながら、彼は鮮やかなエメラルドグリーンのプルオーバーに身を包んでいる。光沢のある黒いレザーパンツと黒いアンクルブーツという、どこかエッジの効いた装いだ。背もたれに深く体を預け、のけぞるようにしてこちらに視線を送っている。
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「あ、アリシアさん!その人達が噂の?」
男が目を輝かせて声を弾ませると、アリシアは「あぁ」とだけ短く応じた。
「ニーズヘッグの社長も初めて生で見た!スゲー!本物だ!」
政府の秘密施設で、まるで子供のようにはしゃぐ見知らぬ青年の存在に、遊次たちは戸惑いを浮かべ、説明を求めるようにアリシアへと視線を送る。アリシアは椅子に座る青年の傍らへと歩み寄り、紹介するように左手で彼を示した。
「紹介しよう。彼は『ユ・ジョンヘ』。デュエリア政府の情報システム事務官であり、データセンターの衛星情報に仕掛けられていた改竄プログラムを見破った者だ」
「えっ!この人が…」
遊次は思わず驚きの声を上げた。隣に立つ灯やイーサンたちも、目を丸くして青年を見つめている。システムに触れずに改竄プログラムを見破ったと聞き、誰もが凄腕の技術者を想像していた。しかし目の前にいるのは、どこからどう見ても今どきの若者といった風貌の青年だ。思い描いていた人物像とのあまりのギャップに、遊次たちは一様に言葉を失っていた。
「もうそこまで知ってくれてるんスか!そこまで褒められちゃったら照れるな~!『世界を救う勇者様!歴史に名を残すべき偉人!』だなんて!」
(本当にコイツがそんな凄ェ奴なのか…?)
弾けるような笑みで頭をかくジョンヘに、怜央は呆れたような視線を送った。見かねたアリシアがわざとらしく一つ咳払いを挟み、その場の空気を引き締めた。
「すぐ調子に乗るところはどうかと思うが…彼の能力は本物だ。彼がいなければ隕石の存在を知ることすらできず、我々がこうして立ち向かうことすらなかったのだからな」
その隣でジョンヘは満足そうな表情で腕を組み、うんうんと何度も頷いている。そんな彼に、灯はそっと口元に手を当てて問いかけた。
「でも…どうやってその工作を見破ったんですか?システムには触ってないって聞きましたけど」
「えぇ~そんなに聞きたい?しょうがないなぁー!」
ジョンヘは椅子をくるくると回転させ、ぴたりと正面で動きを止めると、自分の頭に人差し指を押し当てた。
「"憶えてた"んスよ」
「憶えてた…?」
要領を得ない言葉に、灯はピンと来ていない様子で首を傾げる。
「改竄プログラムを発見したのは3年前。それよりも前に1回、俺はそのシステムを視察した事があったんス。で、前に見た時よりも衛星情報の計算が0.1秒遅かったんス。だから気付いたんスよ、プログラムが変わってるって」
その説明を聞いても到底理解できない。いや、理解できたとしても「そんなわけがない」と一蹴したくなる内容だ。イーサンがすかさず反論する。
「たった0.1秒のラグに気付いたと?仮にそう思っても、その程度は誤差か、気のせいとは思わないのか?」
しかしジョンヘは動じることなく、首を振って応じる。
「超高速処理のできるシステムで、0.1秒も遅いってのは"誤差"じゃ済まないッス。あと…俺に"気のせい"はないッスよ」
ジョンヘは得意げな眼差しでイーサンを見つめ返した。気のせいではないと断言されても、それだけで素直に納得できるはずがない。一同の間に漂う疑念の空気を察し、アリシアが言葉を添える。
「彼は"異常記憶能力"を持っている。物心ついてから見聞きしてきた情報のほぼ全てを、彼は記憶している」
「マジか!?」
遊次は口を大きく開け、驚きの声を上げた。そんな人間、出会ったこともない。半信半疑のまま、遊次たちは顔を見合わせる。
ジョンヘは、その反応すら想定内だと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべ、薄い唇から溜息を吐き出した。
「信じてないって顔ッスね?じゃあ神楽さん、花咲さん、レイノルズさん、鉄城さん。デュエルディスクを貸してくれませんか?すぐ返しますんで」
遊次達は困惑しながらも、懐から折り畳まれたデュエルディスクを取り出してジョンヘに預けた。ジョンヘはその裏面へ一瞬目を走らせるなり、すぐに4人のもとへそれを返し、すぐに口を開いた。
「遊次さんのデュエルディスクの識別番号は『882-YJ-0411-V3』。花咲さんは『019-AK-2755-M1』。レイノルズさんのは『551-ET-9032-X8』で、鉄城さんが『774-RE-1109-G5』だ。…どうスか?」
4人は一斉に手元のディスクを裏返し、刻印された小さな文字列に目を凝らした。指先でなぞり、自身の番号と一字ずつ照らし合わせていく。
「…合ってるな」
イーサンは信じられないと言った様子で呟く。
「私のも…」
灯も驚きを隠せず声を漏らした。遊次と怜央は、呆然とディスクの裏面を見つめたまま立ち尽くしている。
「…そもそも、俺は今なんて言われたかも覚えてねえぞ…」
「悔しいが俺もこのバカと同じだ。とにかく、その異常記憶ってのはどうやら本物らしい」
怜央は吐き捨てるように言うと、手にしたディスクを乱暴に懐へ放り込んだ。ジョンヘは4人を眺め、隠そうともしない自慢げな笑みを浮かべていた。しかし、その表情は突如として苦悶に歪む。
「痛てて…」
彼は頭を押さえて呻き、卓上にあった薬瓶をひったくった。乾いた音を立てて二つの錠剤を掌に落とすと、それを傍らの小さなモンブランに迷わずねじ込む。そしてそれを一口で口内へ押し込んだ。
「お、おい何やってんだ…!?大丈夫か?」
遊次は不安げな顔で、ジョンヘのそばへと歩み寄った。ジョンヘは口の中にモンブランが詰まったまま、もごもごと何かを言っているが、言葉になっていない。その様子を見かねて、アリシアが口を開いた。
「異常記憶の弊害により、彼はよく頭痛を起こす。それを抑えるために薬を常用しているが、普通に飲むだけではイヤだと言って、いつもお菓子に薬を詰め込んで服用しているのだ」
アリシアから語られたその奇妙な習慣に、遊次は頬を膨らませて必死に菓子を咀嚼するジョンヘを、何とも言えない表情で見つめた。
「へ、へえ…大変だな」
「異常記憶ってのも、良いことばかりじゃないらしい」
イーサンはぽつりと呟く。その時、これまで一言も言葉を発しなかったオスカーが、腕を組んだまま口を開いた。
「茶番はそれぐらいで良いだろう。俺達に見せたいものとは何だ」
低く鋭い一喝に、アリシアの肩が小さく跳ねた。彼女は弾かれたように我に返ると、ジョンヘの方へ指示を出す。
「そうだったな…。ジョンヘ、衛星情報を映してくれ」
アリシアに促され、ジョンヘは頬張っていたモンブランを慌てて飲み下した。
「…っ、はぁ!了解!」
荒い息をつきながらキーボードが叩かれると、正面のモニターへ情報の奔流が流れ出す。複雑なログや膨大な数値が羅列されるその中心に、巨大な隕石の形をした「異形」が映し出された。
「…諸悪の根源だな」
遊次は静かに呟く。ニーズヘッグ本社でオスカーが見せた、あの禍々しい画像。不気味な紫色の光を放ち、二つの黒いX字の環が周囲を取り巻くその姿。岩肌に刻まれた、邪悪な貌を思わせる歪な凹凸。今、目前の画面に表示されている物体は、かつて提示された特徴と完全に一致していた。
ジョンヘがキーボードを何度か叩くと、モニターはシミュレーション映像に切り替わった。画面に浮かび上がったのは、青い海と緑の陸地を持つ地球の姿だ。やがて、地球に向けて巨大な隕石が現れる。隕石は恐ろしいほどのスピードで真っ直ぐに迫り――地球へと激突した。
衝突地点が鋭く光を放った直後、すさまじい衝撃波が波紋のように地球全体へと広がっていく。海の水は高く盛り上がり、巨大な津波となっていくつもの大陸の沿岸部を一気に飲み込んでいった。さらに、激突で巻き上げられた大量の塵や破片が、空全体を覆い隠していく。ほんのわずかな時間で地球から鮮やかな色は消え失せ、その姿は、赤く燃え上がる大地と灰色の世界へと変わり果ててしまった。
そして最後に「237 days until impact」という無機質な文字列が浮かび上がった。
「隕石衝突まで、わずか237日。もしそれを超えれば…地球は、ご覧の有様だ」
画面の光に照らされたアリシアが、重苦しい面持ちで事実を突きつける。遊次達は誰一人として声を出すことができず、ただ息を呑んでモニターを凝視していた。これまでは一枚の静止画像から危機を想像するしかなかったが、今、彼らはシミュレーションの中で、世界が完全に滅びる過程を見せつけられたのだ。
これが、紛れもない現実だった。
画面に残された237という数字が、重圧となって彼らの肩にのしかかっていた。
「おや、あまり動揺していない様子ですね」
重苦しい空気に沈んでいた部屋へ、背後から唐突に声が響いた。遊次たちが一斉に振り返ると、そこには半開きになった入り口のドアに手を添えて立つ蒼月の姿があった。垂れた前髪の奥で、探るように目を細める。
「もしかして、この禍々しいモンスターの姿も、すでにご存じだったのですか?」
「あぁ、オスカーに見せてもらったからな」
蒼月の問いに遊次は淡々と事実を述べたが、オスカーは一瞬だけ遊次に鋭い視線を向けた。その僅かな反応を逃さず、蒼月は口元を歪め、意地悪く問いを重ねる。
「ほぉ…。では一体、オスカー氏はどこからこの情報を手に入れたのでしょうね?一応、政府の機密情報なのですが」
蒼月は嘗めるような視線でオスカーを捉える。さらに背後からは、アリシアもまたオスカーに刺すような視線を向けている。少し間を置いた後、腕を組んだままオスカーは言葉を吐く。
「答える必要は無い」
遊次は僅かに眉を上げた。自分が本社へ乗り込んだ時は、ある謎の情報提供者から、メールによって機密情報が送られて来たと話していた。しかしオスカーは今、その事実を隠そうとしている。
口を閉ざすオスカーに、蒼月も諦めたようにふっと表情を崩し、口を開く。
「…まあ、今更そこを追求しても仕方ありませんね」
蒼月は身を翻して扉に手を掛ける。だが完全に閉める直前、背越しに釘を刺すような声を落としていった。
「あまりその部屋に居座らないでくださいね。また情報を盗まれては、たまったものじゃないので」
鈍い音を立てて扉が閉まると、部屋には居心地の悪い沈黙だけが取り残された。その重い空気を打ち消すように、ジョンヘの声が響く。
「ま、あの人も悪い人じゃないんスよ。蒼月さんも俺らも、機密情報がどっから漏れたのか1年近く調べてたんスけど…特定できずに、大統領から調査を終えろと言われたっきりなんス。だからピリピリしてるんだと思いますよ」
ジョンヘの言葉に、遊次たちは僅かに毒気を抜かれたような顔を見せた。アリシアは小さく息をつき、静かに告げる。
「私が見せたかったものは以上だ。隕石の飛来が現実のものであることを、より強く実感できたはずだ。では、急かされたことだし、早くこの部屋を出るとしよう」
アリシアは踵を返し、足早に扉へと向かう。遊次達も彼女の背中を追って部屋を後にした。足音が遠ざかり、部屋にはジョンヘだけが残された。彼は皆の後を追おうとはせず、何かに思考を巡らせるように、一人静かに虚空を見つめていた。
アリシアに先導され、遊次たちはハイドの前へと並び立った。ハイドは背中で両手を組み、彼らを見据えて口を開く。
「できたかね?世界を救う心の準備は」
「そんなもん、とっくにできてる」
遊次は怯むことなく、はっきりと答えた。
「うむ、良い返事だ。大変結構!だが…君には世界を救う以外にも、やるべきことがあるだろう」
「やるべきこと?」
遊次は目を細め、その真意を探った。
「忘れたとは言わせないよ、神楽遊次君。キミはなんのために、ドミノタウンで予選を勝ち上がったのかね?」
「…ヴェルテクス・デュエリアか」
その問いに、遊次は彼が言わんとしていることをようやく理解した。
ハイドは深く頷き、よく通る声で告げた。
「本戦は3ヶ月後だ。いくらこの星に危機が迫っているからといって、意気消沈したり、本領を発揮できないといったことは許されない」
「わかっているね?世界が、君のデュエルを待っているのだよ」
見下ろしてくるハイドの巨体と、その重々しい声の響きが、確かな重圧となって遊次にのしかかる。遊次の傍らに立つ灯が、おずおずとハイドを見上げて声を絞り出した。
「あの…こんな事態ですし、大会を延期するとかは…」
だが、そのか細い声は、オスカーの鋭い声によって断ち切られた。
「断じて許さん。ヴェルテクス・デュエリアは全デュエリストの夢だ。一日たりとも遅らせはしない」
有無を言わせぬ絶対的な拒絶だった。オスカーの刺すような眼光と、微塵も揺るがない意志の強さを真っ向から突きつけられ、灯は言葉を飲み込み、黙り込むほかなかった。
ハイドは声音を和らげ、戸惑う灯を諭すように静かに語りかけた。
「ヴェルテクス・デュエリアでの優勝。その果てにあるのは『どんな願いでも叶える』という、国家にとって大きなリスクを負うものだ。だが故に、世界中のデュエリストが開催国であるデュエリアの国籍を取得し、頂点を目指して腕を磨く。それこそが我が国の"武力"となる」
「だからこそ、先人達は考えた。時の政府の都合によって、大会の開催が危ぶまれてはいけないと。そして40年前の政府は、DDASとの契約として、政府にヴェルテクス・デュエリアの開催を義務付けた。それを揺らがせることは、法的に不可能なのだよ」
灯はわずかに頷いた。彼が口にしたのは、学校の授業でも習うような内容だ。頭では理解していても、巨大隕石による世界の終わりが迫る中で大会を決行するのは、どうしても呑気に感じてしまう。だが、法的にそれを変えることができない以上、灯は大人しく反論を飲み込むしかなかった。
遊次は引き締まった面持ちで顔を上げ、正面を真っ直ぐに見据えた。
「自慢じゃねえけど、俺は隕石が落ちて来てる最中だろうが、デュエルを楽しむ気持ちをなくすことなんてできねえ。心配は無用だぜ」
「ウム。素晴らしい自覚だ。楽しみにしているよ」
ハイドは満足げな笑みを浮かべ、立派に蓄えられた髭を撫でた。その場の空気が落ち着きを見せかけた時、遊次は短く息を吸い込んだ。
「ヴェルテクス・デュエリア繋がりで、俺からも言いたいことがある」
「ほう、何かね?」
顎の髭に手をやったまま、ハイドは興味深げに片眉を上げる。灯やイーサンたちも不思議そうな顔で遊次を見つめた。仲間たちの視線を受けながら、遊次は意を決して口を開く。
「ドミノタウン予選の決勝で戦った虹野譲ってヤツがいる。そいつは病気で、余命があと1年しかねえんだ。でもその病気は、スヴァイスの国立医療研究所ってトコしか治せなくて、最低でも2億サークは必要らしい」
「だからよ、大統領。譲が、その病院で治療を受けられるようにしてくんねえか」
「遊次…!」
灯たちは目を見開いた。まさか今、この場で、そのことを持ち出すとは思ってもいなかったからだ。
しかし、その驚きはすぐに消え去る。灯や怜央は遊次の言葉に続くように、真っ直ぐハイドへと視線を向けた。考えてみれば、タイミングはここしかない。これから自分達は、世界を救うために異国へと足を踏み入れる。背負った願いを果たすための時間は、もう残されていないのだ。
遊次はハイドからの返答を待つことなく、さらに言葉を畳みかける。
「それとよ、シャンリンって奴が新しく会社を立ち上げるための2000万サークを用意してくれ。あと、マルコスって奴が通う『ドミノヒルズ中学校』の廃校も止めてくれ。議員がショッピングモールを作るために無理やり推し進めてるって話だぜ」
「ちょ、ちょっと待て!いったい何の話だ!?」
突拍子もない内容を淡々と並べる遊次に、アリシアはたまらず声を張り上げた。蒼月もいつもの不敵な笑みをやめ、静かな怒りが滲んだ表情で口を開く。
「思いあがらないで頂きたい。貴方が前にしているのは、この国の頂点に15年間君臨し続けるお方だ。貴方ごときの個人的な頼みを、閣下のお耳に入れる必要はない」
指摘自体はもっともだが、遊次を露骨に見下すその態度に、灯と怜央は険しい視線を向け返す。遊次は微塵も動じることなく言い放った。
「そうかよ。じゃあ、パラドックス・ブリッジの事を世間にブチ撒けるけど、いいよな?」
そのあまりにも鋭い言葉に、アリシアは敵意を剥き出しにして遊次を睨みつける。
「ふざけるなッ!よりにもよって閣下を脅迫だと!?万死に値するぞ!」
激昂したアリシアは、今にも胸倉を掴まんばかりの勢いで遊次の前へと踏み込んだ。だが遊次は真っ直ぐとハイドを見つめたまま、ゆっくりと言葉を吐く。
「政府からすりゃ、2億2000万なんて安いモンだよな?大した手間でもあるまいし、聞いてくれてもいいだろ?大統領"閣下"」
その瞳には、決して覆すことのない強い意志が宿っていた。
「…困ったものだな」
ハイドは背中で手を組んだまま、静かに目を閉じる。その顔に動揺や焦りの色は一切ない。その態度を前にして、とうとう怜央が堪えきれずに怒声を上げた。
「そもそもよ…。パラドックス・ブリッジはモンスターワールドの資源を横取りしたいっていう、テメェの勝手な欲望で造ったもんだろうが。そのせいでコラプスが起きて、俺の家族も死んでんだよ…!何の責任も取らねえで、のうのうとトップに居座ってんのがおかしいだろうが!あァ!?」
凄まじい形相でハイドへと詰め寄ろうとする怜央。だが、即座に蒼月がその前へ立ち塞がった。自らの体で怜央の突進を押し留め、冷ややかで鋭い眼光で睨み返す。
遊次の放った言葉が引き金となり、室内の空気は一気に沸点へと達した。怒声が飛び交う修羅場と化す中、当のハイドはまるで他人事のように虚空を見上げ、ぽつりと呟きを落とす。
「……パラドックス・ブリッジの建造は、神楽天聖が提案してきたのだがなぁ…」
思いもよらない人物の名が飛び出し、遊次とイーサンは同時に大きく目を見開いた。
かつてイーサンが遊次に語ったのは、ハイドが「家族に危険が及ぶかもしれない」と脅迫したことで、天聖はパラドックス・ブリッジ開発に携わることになったというもの。ハイドの言葉は、完全にこれと矛盾するものだ。
直後、遊次が激越な怒りを爆発させる。
「っざけんじゃねえッ!!そんなわけねえだろうが!!」
「この期に及んで、そんな言い逃れが通用するか!天聖さんがそんな提案をするメリットはない!」
イーサンも荒々しく腕を振り、鋭い眼光でハイドを睨みつけて言葉を叩きつけた。板挟みとなった灯は、ただ怯えたように肩を震わせ、行き場のない視線を彷徨わせている。
忌まわしき災厄「コラプス」。その記憶は遊次たちの心に深く根を張り、決して消えることのない傷を残している。惨劇を引き起こした元凶の一端が、目の前に立つハイドであることは紛れもない事実だった。それでも彼らは、犠牲なき未来を掴み取るため、政府の力が必要不可欠だと呑み込んできた。腹の底で煮えたぎるような怒りや憎悪を必死に押さえつけ、歯を食いしばってここまで歩みを進めてきたのだ。
だがたった一つのきっかけで、限界まで張り詰めていた糸は、あっけなく断ち切られたのだ。
しかし怒りが渦巻く部屋に、静かな、しかし切り裂くようなオスカーの声が響く。
「まだこの不毛な争いを続けるなら、俺は一足早くこの場から消える。暇ではないのでな」
一瞬にして場が凍りつく。行き場を失った怒りを無理やり喉の奥へ押し込み、遊次は激しく肩を上下させながら、荒い息をつき続けた。
「おい…さっきの言葉、撤回しろよ…!父さんがパラドックス・ブリッジを造らせた…?冗談でも許さねえぞ…!」
殺気すら帯びた遊次の形相を前にして、ハイドは降参を示すように両手を挙げ、ゆっくりと首を横に振った。
「まあ、これ以上は平行線だろう。確か、重い疾患を抱えた者を海外の病院へと入院させること。それと2000万サークの援助に、廃校を止める…だったかな?」
これ以上の不毛な言い争いを打ち切るため、ハイドは猛獣の鼻先に餌を吊るすような手口で、あえて自ら先ほどの要求へと話題を引き戻した。遊次は険しい視線を外さぬまま、押し黙って相手の次の言葉を待つ。
「君の提案を、受け入れてやってもいい。実際、君の言う通り大した手間ではないからな」
「閣下…!」
ハイドがあっさりと譲歩の姿勢を見せたことに、アリシアは眉を跳ね上げ動揺を露わにした。
「…二言はねえよな」
遊次は鋭い眼光を一切緩めることなく、念を押すようにハイドへと言葉をぶつけた。
「勿論。だが、機密情報が少しでも外部に漏れるようなことがあれば、君の頼みを聞くわけにはいかなくなる。わかるね?」
「口封じってわけかよ」
突きつけられた交換条件に、怜央は敵意を剥き出しにする。しかしハイドはただ答えを待つように遊次を上から見下ろす。
遊次はハイドの瞳の奥を射抜くように見据え、逃げ場を奪うような重い声音で問いかけた。
「…わかった。今すぐ、やってくれるよな?」
「いいとも。蒼月君、すぐに手配を」
「はっ。…閣下のご厚意です。光栄に思いなさい」
蒼月は遊次を一瞥すると、無駄のない足取りで部屋を出た。
再び静まり返った室内に、落ち着いた灯の声が落ちる。
「争ってる場合じゃないよね。今はみんな、味方なんだから」
彼女の一言に、遊次は数日前の自分自身の言葉を思い出した。
(人間同士で争ってる場合じゃねえだろ。皆で力合わせて、隕石のモンスターと戦わなきゃいけねえんじゃねえのか)
それはまさしく、ハイド大統領に向けてぶつけた言葉だ。遊次は奥歯を噛み締め、昂ぶる感情をねじ伏せるようにして言葉を絞り出す。
「…そうだな。悪かったよ」
遊次はハイドへと視線を戻し、言葉を真っ直ぐに投げかけた。
「願いを聞き入れてくれて、ありがとうございました。俺らだけじゃ、解決が難しいことばっかりで…頼れるのはアンタしかいなかったんだ」
1週間前、遊次は空を仰ぎ「なりふり構ってられない」と考えていた。ヴェルテクス・デュエリアで他人の願いを奪い、それを背負うと決めたからには、たとえ世界に危機が迫っていようとも、それを下ろすことなど許されない。世界を救った後には、当然ながらその先の日常が続いていく。譲の余命を考えれば、大統領と直接対面したこの機会を逃すわけにはいかなかったのだ。
ハイドの口元に、どこか満足げな笑みが刻まれる。彼は一言一言を明瞭に、よく通る声で響かせた。
「ウム。譲くんは、君と渡り合うほどのデュエリストなのだろう。貴重な命を救うことができてよかったではないか」
遊次は自身の内側に渦巻く思いを整理するように、何度も深く頷いた。自分に言い聞かせるような、静かな声を落とす。
「…そうだな。まあ、まだ助かったって決まったわけじゃないけど。…この恩は絶対に返す」
改めて、遊次は深く腰を折った。それを見た灯も慌てて頭を下げ、イーサンと怜央も納得のいかない顔を隠そうともせず、最後には抵抗を諦めたように渋々と頭を下げた。
その様子を見て、アリシアは場を締めくくるように凛とした声を響かせた。
「とにかく、旅立ちは3日後だ。それまでに準備を整えるように。今日はこれで解散とする」
「あぁ。向こうでも頼むぜ、アリシアさん」
遊次は拳を握り、アリシアの正面へと突き出した。アリシアは一瞬だけ戸惑いの視線を落としたが、再び前を向き、どこか遠慮がちに拳と拳を合わせた。
続くように、灯も笑顔を浮かべて拳を合わせる。イーサンと怜央も一瞬、視線を合わせるが、自身の中で大きな戦いへの覚悟を胸に、静かに拳を合わせる。
5人の視線は、未だに腕を組んで佇むオスカーへと向けられた。しかし、彼は迎合する様子を一切見せず、黒いマントを鮮やかに翻して出口へと歩き出す。
「お、おい…!ノリ悪りーぞ!」
遊次が堪らず声を荒らげるが、オスカーは足を止めることなく、背中越しに冷ややかな声を返した。
「"絆ごっこ"をしている暇があるなら、デッキ構築でも見直しておくことだ」
オスカーはそのまま一度も振り返ることなく、独り部屋を後にした。
「アイツ…!」
遊次は溢れ出る苛立ちを隠そうともせず、オスカーが去った扉の向こうへと鋭い視線を突き刺した。灯の顔には困ったような引きつった笑みが浮かぶ。
「きずな…ごっこ…」
思いのほかオスカーの言葉が応えたのか、アリシアは赤らんだ顔を隠すように一人俯いていた。
それから2日後。
ネフカ王国へ旅立つ前日。
遊次は、ある学校の校門前に立ち、人を待っていた。
時刻はちょうど十二時を回ったところ。学生たちが昼休みに差し掛かり、校内からは賑やかな気配が伝わってくる。
そのまましばらく待っていると、校庭の方から一人の少年が姿を見せた。
そばかすのある茶髪の少年だ。
彼は大きく手を振りながら、こちらへ向かって走ってくる。
「マルコス!」
それを見た遊次も自然と笑顔を浮かべ、少年に向かって手を振り返した。
「ビックリしたよ!急に廃校が取りやめになったって。遊次さん、何やったの!?」
駆け寄ってきたマルコスは、遊次の顔を見るなり上ずった声を上げた。その表情は抑えきれない興奮に満ちている。
「ん?まあ、ちょっとな。廃校は議員が無理やり進めたモンだってわかってたし、"知り合い"に頼んだだけだ」
半ば脅迫まがいに大統領に要求を呑ませたなどとは口が裂けても言えない。遊次ははぐらかしながら答えた。
「…まだ信じられないよ。この1年、ずっと足掻いてもダメだったから」
マルコスは足元へ視線を落とし、その瞳を小さく揺らす。やがて顔を上げると、遊次を真っ直ぐに見つめた。
「ありがとうございます、遊次さん。僕が戦った相手が、遊次さんでよかった」
涙で潤んだ両目を細め、マルコスは心の底からの笑顔を向けた。
「学校を守ろうとしたのはマルコスだろ。お前の想いがここまで連れて来てくれたんだ」
遊次が穏やかに微笑んで言葉を返すと、マルコスの顔にさらに弾けるような笑みが広がった。
次に遊次が向かったのは、ドミノタウン北部のオフィス街だった。周囲を見渡しながら歩道を進んでいると、前方から見覚えのある姿が駆けてくる。
眼鏡をかけ、濃い紫色のロングヘアをなびかせている女性――珊玲(シャンリン)だ。彼女の後ろにはさらに3人の男女が続いている。スーツを着崩した長身の青年、活発な印象を与えるショートヘアの小柄な女性、そして息を切らして走る体格の良い男が、シャンリンを追うように連れ立っていた。
「よっ、シャンリン!その人達が?」
遊次は軽く手を上げ、彼女の背後に控える3人の男女へと視線を向けた。
「あぁ。私についてきてくれた仲間達だ。連絡をもらった時は驚いたわ。まさか、2000万サークもの大金がこんなすぐに…」
理不尽な法改正の波に飲まれ、自らの会社を手放すことになったシャンリン。彼女は会社の再建を懸けてヴェルテクス・デュエリアの戦いに身を投じていた。遊次はその願いを背負い、そのための資金集めに手を貸すことを誓っていたのだ。
「あなたが神楽遊次さんですよね!シャンリンを助けてくれて、本当にありがとうございます!」
小柄な女性がものすごい勢いで頭を下げる。
「い、いやぁ…。俺は別に大したことは…」
遊次は頭をかきながら少し困惑した様子を見せる。
「皆でコツコツ働いて貯めようと思ってたんですが…あと何年かはかかる見込みだったんです。それがまさか、国から補助金が出るなんて…!」
シャンリンの背後の長身の男は、信じられないといった様子で口を開いた。シャンリンは指先で眼鏡の位置を直し、言葉を紡いだ。
「私達も補助金の申請は何度もしてきたのだけれど、断られ続けてたんだ。それが、突然向こうから声がかかるなんて…。どんな魔法を使ったの?」
じっと探るような視線を向けられ、遊次は再び言葉を濁してはぐらかした。
「政府にちょっと知り合いができたから、頼んでみただけだ。それより、会社はいつから始めるんだ?」
「すぐにでも始めるわ。ずっと皆で準備してきたしね。4年前に君と戦った時は、あの大会で勝ちあがることの意味を理解していない、気に食わない子供だと思ってたけど…。謝らなきゃいけないわね」
「ごめんなさい。それと…ありがとう。心から、感謝する」
シャンリンは真っ直ぐに遊次を見据え、深々と頭を下げる。背後に立つ3人も、続くように揃って腰を折った。
「シャンリンがデュエルの中で、人の願いの重さを教えてくれたからだ。だから俺は、戦った相手の願いを背負うって答えを出せたんだ」
遊次とシャンリンの視線が交差する。4年前から続く因縁が、こんな形で昇華するなんて、お互いに夢にも思っていなかっただろう。シャンリンは込み上げる熱を噛み締めるような眼差しを返した。
「じゃ、俺はこれで。また何かあったら、なんでも屋を頼ってくれよな!」
照れくさそうに笑い、背を向けて駆けていく遊次。シャンリンたちはその場に立ち止まり、遠ざかっていく彼の背中を穏やかな表情で見送った。
遊次が最後に訪れたのは、ドミノタウンにある病院だった。入り口前のベンチに座り、遊次はじっと人を待っている。
しばらくすると、病院の中から一台の車椅子が現れた。車椅子を押しているのは、薄い茶髪と桃色の瞳を持った青年「虹野譲」だ。その佇まいには、どこか退廃的な空気が滲んでいる。譲の姿に気づいた遊次は、ベンチから立ち上がった。遊次の動きを視界に捉え、譲もまた彼へと視線を向けた。
「まさか…君との戦いから1ヶ月も経たずに、僕の願いが叶うとはね」
遊次が腰掛けるベンチの傍らで、譲は空を仰いで呟いた。
「まだ叶ってねえだろ?向こうでちゃんと治療を受けて、病気を治してからだ」
譲は目を細め、静かに足元へと視線を落とす。
「僕は、命を懸けてあの大会に臨んでいた。負けたら、願いは叶わないと思っていたからだ。それなのに…ただの他人の願いを、本気で背負ってくれる男が現れた」
遊次は黙ったまま、譲の横顔を見つめて言葉を待つ。譲は地面から目を離さず、その瞳を揺らしていた。小さな揺れは次第に大きくなり、やがて譲は車椅子の上で両手で顔を覆う。こぼれ落ちる涙とともに、震える声を紡ぎ出した。
「…本当に…。本当に…ありがとう」
譲の横顔を見つめる遊次の目にも、うっすらと涙が浮かんだ。
ドミノタウンの人々を助けたい。少しでも支えになりたい。
子供の頃から描いた夢は、間違っていなかった。
生きてきてよかったと、思った。
遊次は指で自分の目を拭うと、明るい声で言葉を返す。
「俺の方こそ、お前に助けられたんだよ、譲」
譲が顔を横に向けると、遊次は自分のデッキから1枚のカードを取り出し、表へ向けた。
「ビックリボー…」
「あぁ。最近、すげーデカい戦いがあってさ。そりゃもう、信じられねえぐらい、大事なデュエルだ。絶対に負けられないその戦いで…俺はコイツに助けられたんだ」
その言葉に譲は目を見開き、やがて優しい微笑みで言葉を返す。
「…そうか。それは、よかった」
「コイツがいなきゃ…マジでヤバいことになってたと思う」
オスカーの最後の一撃を止められなければ、多くの犠牲を伴うセカンド・コラプス計画は成就し、世界は混沌に包まれていただろう。譲から受け取ったこのカードが、絶望の未来を食い止めたのだ。
「お前がビックリボーを気に入ってる理由がよくわかったぜ。相手が自分の勝利を確信して殴りかかって来た瞬間、急に全部ひっくり返されるんだからな。相手も目ェひん剥いて驚いてやがんの。ほんと、ビックリ箱みたいだ」
遊次はからからと弾んだ声をあげる。それに釣られて譲の肩も小さく揺れた。
「でもコイツを預かるのは、テレビの向こう…ヴェルテクス・デュエリア本戦で、お前に活躍してる姿を見せるためだからな。お前がちゃんと病気を治したら、絶対返しに来る」
「…あぁ」
譲は穏やかに目を細め、慈しむような声を返す。遊次がベンチから立ち上がったその背に、譲が声をかけた。
「あとは君が、願いを叶えるだけだ。勝てよ、遊次クン」
遊次は振り返り、車椅子に座る譲へと視線を落とす。見下ろしたその顔に、精悍で凛々しい笑みを浮かべて答えた。
「あぁ!頑張ろうぜ、お互い!」
遊次は、なんでも屋Nextの事務所へと戻ってきた。
扉の先には、灯、イーサン、怜央の人が待っている。室内にはさらに、探偵の伊達アキト、そして怜央と同じチームのドモンとダニエラも顔を揃えていた。ソファに腰を下ろした一同が、入室した遊次へと一斉に視線を送る。
「お、皆もう揃ってんのか」
足早に歩み寄った遊次は、仲間たちの輪へと合流し、勢いよく腰を下ろした。対面に座るアキトは一切の余裕を削ぎ落とした表情で、遊次の瞳をじっと覗き込む。
「それで、なんだい?話って」
呼び出しに応じた一同の間に、ぴりりとした緊張が走る。遊次は意を決して口を開いた。
「話すのが遅くなっちまったけど…俺らは明日から、別の国に行くことになった」
「別の国?どこだい?」
ソファの背もたれに深く体重を預けていたダニエラが、わずかに顎を動かして問いを投げ返す。
「ネフカ王国ってとこだ」
遊次の言葉を引き継ぎ、怜央がその名を口にする。
「ネフカ…?聞いたことねえぞ」
ドモンは太い腕を胸の前で組み、眉を寄せて考え込む。予期していたかのように、イーサンは落ち着いた口調で語り出した。
「中東の小さな国だ。本来、外国人は入ることも許されていないが…俺達はまあ…特別に仕事としてその国に行くことになった」
他国の者を拒む閉ざされた地。そしてイーサンの歯切れの悪い言葉に、アキトは怪訝そうに首を傾げた。
「そんな国に、なんでNextが入れるんです?それに仕事って?」
アキトの疑問に、即座に怜央が言葉を挟み込む。
「悪ィが、詳しくは言えねえ。まあ一言で言やぁ、"世界を救う"仕事だ」
あまりに要領を得ない言葉に、ドモンは「ブッ」と吹き、笑い交じりに言葉を吐く。
「ハッ、テメェに一番似つかわしくねえ仕事じゃねえか怜央。なんだ?ヒーローにでもなったのか?」
ドモンの挑発的な軽口に、アキトは案じるような目を怜央たちに向ける。しかし遊次は正面を見据えたまま、落ち着いた声で返した。
「嘘みたいな話だけど、マジなんだ。どんぐらい向こうに滞在すんのかわかんないけど…その間は、Nextが引き受けた依頼を3人に引き継いでほしい」
真っ直ぐに向き合う遊次の目を見て、アキトは数日前の記憶を呼び起こした。イーサンが拉致され、アキトの父を通じて政府関係者へ連絡を取ってほしいと頼んできた遊次からの電話。彼らが何か危険な事態に関わっていることだけは明らかだった。
入国不可の国へ赴くなど、政府の介入がなければ不可能だ。目の前の4人が何か巨大な秘密に関わろうとしていることを、アキトは察していた。
ダニエラは腑に落ちない様子で怜央を見据える。
「アンタ、急に引っ越すとか言いだしたり、やたら遅くに帰って来たり、最近おかしいじゃないか。何があったか説明してくんないと、納得いかないよ。何かヤバいことに関わってんじゃないだろうね?」
核心を突くその言葉に、怜央は口をつぐんだ。危なくないとは、言いきれない。黙り込んだ怜央に苛立ちを募らせ、ダニエラがテーブルを叩いた。
「どうなんだい!なんとか言ったらどうなのさ!」
「…言えねえっつってんだろ」
怜央は鋭い視線を向け、短く言い放つ。ダニエラが更に食ってかかろうとしたところ、灯が落ち着いた声色で空気を変える。
「長くても、8ヶ月。それ以上は待たせません。いつか絶対に全て話します。でも…今は話せないんです。ごめんなさい」
そのしおらしい表情を見て、ダニエラも喉の奥に言葉を引っ込めた。前に乗り出した身体を再びソファへと勢いよく沈める。
「…で、アタシらが引き継ぐ仕事ってのはなんだい」
灯は口を固く結び、ダニエラの顔をじっと見つめた。こちらからの一方的な要求に対し、言いたいことは山ほどあるはずだ。それでも彼女は言葉を呑み込み、事態を受け入れようとしてくれている。灯は腰を上げると、すぐさま本棚へと足を向けた。
「…ありがとうございます、ダニエラさん。今からリストを持ってきます」
遊次は灯の背中を見つめる。そして、アキト達へと視線を戻した。目の前にいるのは、過去の依頼によって繋がり、共に歩むことになった者達だ。これまでの軌跡を誇らしいと思うと同時に、自分が始めたなんでも屋を、一時的にでも放り出さなければならないことに、少し胸が痛んだ。
ヴェルテクス・デュエリアでの激闘を経て、彼らから託された切実な願い。その責任は、自分なりに果たし終えた。このドミノタウンで留守を守る仲間たちに、大切な「なんでも屋」の看板を預ける手はずも整っている。
あとはただ、旅立つその時を待つだけだ。
そして翌日。ネフカ王国への、旅立ちの日。
灯は軽やかな白いワンピースに薄茶色のビスチェを重ね、茶色いリュックを背負い込んだ。白い花をあしらった麦わら帽子の位置を整えると、彼女は真っ直ぐに玄関へと歩を進めた。
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靴に足を通し、爪先を床へ二度打ち付ける。その背中に声が届いた。
「灯…本当に行くのか…?」
振り返ると、白髪交じりの灰色の髪に寝ぐせをつけた父「花咲明」が立っていた。娘を案じる視線の傍らで、娘と同じ綺麗な白髪を後ろに束ねた母「絵美」もまた、硬い面持ちでこちらを見つめている。
「うん」
灯は短く返事をする。明はさらに顔をしかめ、弱弱しい声を出した。
「誰もよく知らない国なんだろ…。事情も話してくれないし…。どうしても、灯が行かなきゃいけないのかなぁ…」
縋るような悲痛な眼差しに、灯も胸が痛まないわけではなかった。心配をかけているのは事実だ。それでも再び面持ちを強くし、はっきりと言葉を返す。
「もう、逃げたくないから」
その声に、母の絵美ははっと目を見開いた。
(また逃げるの?)
頭をよぎったのは、かつての自分の声だった。習い事を辞めたいとこぼした幼い娘へ、自らが突きつけた言葉。目の前の灯が、その記憶を今でも心に抱えているのだと、絵美は悟った。
しかし灯の表情や声は、まるで呪いのように自分を縛る過去の言葉から、無理に抜け出そうとするものではない。もう、彼女はとっくに、その呪縛から抜け出している。その上での、覚悟の言葉なのだと、絵美は理解した。
絵美は、今にも泣きだしそうな夫の肩に手を置き、1歩前に出る。
そして真っ直ぐに娘を見据え、短い言葉を投げる。
「いってらっしゃい。お土産、待ってるよ」
灯は一瞬だけ目を丸くして、眉を上げた。
すぐに柔らかな笑みを浮かべ、はっきりと声を返す。
「いってきます。お母さん、お父さん」
「怜央の兄貴ぃ!いつ帰ってくるんだよぉ!」
慌ただしい足音を響かせ、浅黒い肌の少年「リアム」が階段を駆け下りてくる。
「わかんねェ」
そのやかましい声に、怜央は振り向いてぶっきらぼうに答えた。
黒いノースリーブにタクティカルベストを着込んだ肩越しに、首元のボロボロの赤いマフラーが揺れた。
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「電話、してくれるんだよね…?」
リアムの背中から、ミオがそっと顔を出した。黒い前髪で片目を隠したまま、上目遣いで尋ねてくる。
「いや、無理だろうな。外国と電波が通じるとは思えねぇ」
きっぱりと言い切られ、ミオは分かりやすく肩を落とした。すると、ドタドタと床を強く鳴らす複数の足音とともに、奥の部屋から鋭い声が飛んできた。
「コラァ、アンタら!そんな急いで降りたら、ケガしちまうよ!」
足音は怜央の目の前まで迫り、ぴたりと止まる。姿を見せたのは、共に暮らす治、ランラン、星弥の3人だった。
「見送りはいらねえっつったろうが…」
怜央は呆れたように口にする。子供たちの後を追って現れたダニエラが、荒い息をつきながら声をかけた。
「ハァ…、この子ら、見送るって聞かないモンでさ」
「ったく…。んじゃ、行ってくんぞ」
あっさりと背を向けようとした怜央に、ランランが茶色いおさげ髪を揺らして大声を上げた。
「えぇ~!!いってきますのギューは!?」
「んなもん、したことねえだろうが!」
両腕を広げて待ち構えるランランに対し、怜央は声を荒らげた。
騒ぐ子供たちとは対照的に、治と星弥は静かな眼差しで怜央を見つめていた。治は指先で眼鏡を押し上げ、落ち着いた声で問いかける。
「再確認ですが、危険はないんですよね?」
真っ直ぐに射抜くような治の視線を受け、怜央は少しだけ言葉を淀ませてから短く返した。
「…多分な」
その曖昧な答えに、クリーム色の髪をした少年「星弥」がすかさず声を荒らげる。
「多分じゃ困るんだよ、怜央さん!俺達だってまだ納得いってないんだ!それでも行くって言うなら…もっと、かける言葉ぐらいあるだろ」
星弥は潤んだ瞳を揺らし、必死に声を振り絞った。その切実な顔つきを正面から受け止め、怜央は子供たち全員へと向き直る。
「必ず帰る。だから、待っとけ」
迷いのない力強い響きに、星弥や治、後ろに立つ子供たちも揃って深く頷いた。
「じゃあ、いってきますのギューは?」
ランランが無邪気な笑みを向けてくる。怜央は一瞬だけ口ごもったが、観念したようにガシガシと頭を掻いた。
「したきゃ、好きにしろ」
その言葉を聞いた途端、ランランは目をぱあっと輝かせて駆け出した。リアムやミオ、さらには治と星弥までもがそれに続いて勢いよく飛び出していく。五人は一斉に群がり、怜央の体に力いっぱいしがみついた。
「うわっ!!」
一度にのしかかってきた全員の体重を支えきれず、怜央は彼らを抱え込んだまま大きく姿勢を崩して倒れ込んだ。それでも、下敷きになった怜央は両腕を懸命に伸ばし、のしかかる子供たちを力強く抱きしめ返した。
しばらくその体勢が続いたものの、彼らを抱え込む両腕がぴくぴくと小刻みに震え始めている。見かねたダニエラが、背後から声を飛ばした。
「アンタら、そのままだと怜央は、外国より前に天国に行っちまうよ」
「やべっ!お、おい怜央の兄貴!大丈夫か!」
ダニエラの声にはっとしたリアムは、慌てて怜央の上から飛び退くと、床に倒れ込んだ怜央の体を揺さぶった。
床を押し、怜央はじっくりと体を起こした。
立ち上がった彼は、リアムの頭へ無造作に掌を置く。
「…重ェよ」
見上げる少年の目には、怜央の表情がわずかに和らいだように映った。立ち上がった怜央を、ダニエラは射抜くような強い眼差しで見据えた。
「絶対に帰ってくるんだよ」
怜央は背を向け、歩き出しながら左手だけを掲げる。
「あぁ。行ってくる」
イーサンは自宅の玄関に立ち、すでに旅の支度を完璧に済ませていた。肩にキルティングの補強が入ったオリーブ色のジャケットに、白いシャツ、そして無骨なベルトを通したカーキのカーゴパンツ。組んだ腕の上で、人差し指が規則的なリズムを刻んでいた。
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深く溜息を漏らし、イーサンは痺れを切らしたように階段の上へ声を張り上げた。
「おい遊次ー!まだかー!」
「ごめーん!!あとちょっと!」
上階から遊次の焦った声が返ってくる。
「ったく…」
イーサンは呆れたように小さく超えをこぼした。
バタン、と家を震わせるような音を立てて二階のドアが開いた。
「悪い!待たせちまった!」
足音を荒立てて階段を駆け下りてきた遊次が、ようやく玄関へと滑り込んでくる。
黒いインナーにベージュのワークシャツを重ねた遊次の胸元には、いつもの大きな赤い宝玉のネックレスが揺れている。
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「昨日の内に準備しておけとあれほど言っただろ」
イーサンが冷ややかな視線を向けると、遊次は申し訳なさそうにひきつった笑みで答えた。
「いやー、昨日はデッキ構築見直してたら、つい寝ちまって…。でも大丈夫!準備バッチリだ!」
これ以上の説教を拒むように快活な声を張り上げると、遊次は力強く親指を立てて見せた。イーサンも諦めたように眉間を上げ、改めて真剣な表情で声をかける。
「じゃ、行くか」
「…あぁ!」
遊次は力強く返事をすると、天井を仰ぎ見るようにして、力いっぱい右手を掲げる。
「待ってろ、神の国!
絶対に、世界を救う方法を見つけてやるッ!」
威勢よく声を張り上げる遊次。その晴れやかな横顔を、イーサンは不安の混じった眼差しで静かに見つめていた。
デュエリア国の首都、メインシティ。
その都心にそびえるタワーマンション。
静寂に包まれた廊下は、柔らかな間接照明が壁をなぞり、磨き上げられた床が天井の灯りを淡く反射している。
オスカーは両手をポケットに突き込み、淀みのない歩調で進んでいく。長い黒髪をなびかせ、ハーフスリーブの黒いロングコートの裾が歩みに合わせて揺れた。上下を黒で統一した身なりのなかで、ベルトの中央に飾られた紫の宝玉だけが冷たく光を放っている。
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エレベーターホールへと向かう淀みない足取りを、不意に響いた声が引き止める。感情の起伏を削ぎ落としたような、温度の低い響きだった。
「行くんだね、兄さん」
声の方へ視線を向けると、そこには廊下の壁に背を預け、腕を組んで佇むルーカスの姿があった。同じ最上階に住む弟は、ここで兄の出発を待ち構えていたのだろう。
オスカーは眉一つ動かさず、淡々と指示を口にした。
「会社のことは頼んだ。それと"例の件"もな」
その瞳に宿る鋭い真意を汲み取り、ルーカスが低く応じる。
「…あぁ。"あの男"が動き出す前に、何か掴めるといいけど」
弟の言葉を背中で受けながら、オスカーは立ち止まることなくエレベーターホールへ歩みを進めた。ルーカスは壁に背を預けたまま、静寂のなかで遠ざかっていく兄の背中を、ただ黙って見守り続けた。
見渡す限りの平坦なコンクリートが広がる、政府専用の特別駐機場。
その中央に遊次たち「Next」の4人と、オスカーが並び立つ。
彼らの正面には、一際異彩を放つ漆黒のプライベートジェットが待ち構えている。機体全体が陽光を撥ね付けるマットな質感に包まれ、翼の先端から機首にかけて、鋭利な刃物のようなシルエットを描いていた。主翼の下に吊らされた巨大なエンジンが低く唸りを上げ、垂直尾翼に刻まれた銀の政府紋章が、この機体の特殊性を無言で示している。
漆黒の機体の傍らには、アリシアが凛とした佇まいで待ち構えていた。風に煽られる鮮やかなピンクとバイオレットの長髪が、黒いレザージャケットの肩越しに流れる。首元と耳元に光る青い雫の飾りが、彼女の鋭い眼差しをより一層際立たせていた。無骨なカーキのカーゴパンツに幾重ものベルトを締め、背には巨大なバックパックを背負っている。
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アリシアは並び立つ五人へと毅然とした視線を向けた。正面を真っ直ぐに見据え、腹の底から声を張り上げる。
「これより、我々はデュエリアの使節として、ネフカ王国へと向かう!準備はいいな!」
静まり返った駐機場に、鋭い緊張が走る。全員の瞳に決意の光が宿るなか、遊次が力強く拳を突き出した。
「あぁッ!」
アリシアは力強い返答に一度頷くと、機首の操縦席へ鋭い視線を送った。直後、漆黒の機体が地響きのような唸りを上げ、巨大なエンジンが震動を開始する。重厚な駆動音とともに機体側面の昇降ハッチが開き、タラップがゆっくりと地上へ降りた。
アリシアは迷いのない足取りで先陣を切り、機内へと足を踏み入れる。
一呼吸置いて、遊次たちもそれに続いた。引き締まった表情を浮かべ、不退転の覚悟をその一歩一歩に込めて、彼らは機体の中へと入ってゆく。
重厚な駆動音を立ててハッチが閉じ、機内は完全な密閉空間へと変わった。直後、スピーカーからパイロットの落ち着いたアナウンスが流れる。
「当機はこれより離陸し、ネフカ王国へと向かいます」
遊次は座席に深く身を沈めたまま、窓の外を鋭い眼差しで見つめていた。遠ざかる地上の景色に、これから踏み込む未知の世界への決意を静かに刻み込む。
やがて滑走路を猛烈な速度で駆け抜けた機体は、重力を振り切って大空へと舞い上がった。青い空の彼方へ、漆黒の影が吸い込まれるように消えていく。
今から10時間後。
遊次達は、未開の国「ネフカ王国」へと辿り着く。
そこには、思いもよらぬ光景と――想像を絶する過酷な戦いが待ち受けていた。
【隕石衝突まで…残り234日】
第79話「旅立ち」 完
ついにネフカ王国へと足を踏み入れた遊次たち。開かれた門の先には、想像を絶する光景が広がっていた。だが、街のあちこちには鎧を纏った兵士が目を光らせており、どこか異様な空気が漂っている。
さらに、外の者を決して信用しない神官と兵士の手によって、一行は罠にかけられてしまう。立ちはだかる巨漢の兵士に真っ向から立ち向かうのは、怜央だった。
「禁書」を操る兵士のデッキを前に、怜央は新たな戦術を見せつける。
「燃え上がる鋼のその足は、退くことなく先陣を切る。爆風となりて敵を穿て!」
次回 第80話「手厚い"歓迎"」