歩く。
ただひたすらに、歩く。
一歩踏みしめるたび、足元が崩れて重い砂がまとわりついてくる。
頬を伝う汗を拭い、遊次は荒い息を吐き出しながら口を開いた。
「はぁ…はぁ…。もう30分も…歩いてるぞ…。まだ着かないのか…」
隣を歩く灯も苦しそうな表情で汗を拭い、イーサンは虚ろな目でただ機械的に砂を踏みしめている。
遊次ら一行は、ジェット機でネフカ王国へと向かい、砂漠の地に降り立った。しかしそこから30分ほど、指示された方角に向かってただひたすらに歩き続けていた。
明らかに苛立ちを募らせていた怜央が、棘のある声でぼやく。
「なんでジェット機から降りてこんな歩かなきゃいけねえんだ…。おかしいだろうが…」
その横を歩くアリシアは、額の汗を拭いつつも真っ直ぐに前を見据えて答える。
「仕方ないだろう。そもそも向こうは、外国からの来訪者など想定していないのだからな。この砂漠の中で着陸できる場所はあそこしかなかったのだ」
怜央は言葉を返す余裕すらなく、ただ忌々しげに舌打ちを鳴らした。灯は隣を歩く怜央を横目で見やり、気を紛らわせるように口を開いた。
「ずっと思ってたんだけど…怜央、そのマフラー、暑くないの?いつも巻いてるけど…」
怜央は自身の首元に巻かれた赤いマフラーへ視線を落とす。脳裏を掠めたのは、古くからのチームメイトである少女「ミオ」がこのマフラーを手渡してくれた光景だった。
少しの沈黙の後、怜央は顔を上げてわざとらしい口調で返す。
「知らねえのか?砂漠の夜は冷えるんだぜ」
「え、マジ!?俺上着なんか持ってきてねーぞ!おいイーサン!言ってくれよ!」
遊次は、同じ屋根の下で暮らすイーサンに向かって勢いよく食ってかかった。
「ガキじゃあるまいし、そんなこといちいち確認するわけないだろ…」
イーサンは呆れたようにため息を吐く。
会話が途切れ、再び重い沈黙が下りる。広大な砂漠に響くのは、6人が砂を踏みしめる単調な足音ばかりだ。ふと、灯は先ほどから一言も発さずに歩き続けるオスカーへと視線を向けた。
黒のロングコートは袖こそ捲り上げられているものの、この炎天下ではどう見ても暑苦しい。だが、当のオスカーの涼しげな横顔には、汗ひとつ浮いていなかった。灯は少し緊張した面持ちで、そっと声をかける。
「オスカーさんは、その…暑くないんですか?」
オスカーは涼しげな表情を一切崩すことなく、淡々とした声で返した。
「この程度で音を上げるようならば、世界を救うことなどできん」
「は、はぁ…」
それとこれとは別だと思う。灯は喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
一行がさらに足を進めると、吹き荒れる砂煙の奥に巨大な影が霞んで見えた。遊次が目を細めて見据える先で、一歩、また一歩と近づくにつれてその輪郭が露わになっていく。
「あ、あれ…!」
砂漠の中に忽然と姿を現したのは、天を突くほどに巨大な石造りの門だった。風化に耐え抜いた赤茶色の砂岩で組まれ、表面には異国の緻密な紋様が深く刻み込まれている。その重厚な門の両脇には、物々しい鎧を纏った男女の憲兵が一人ずつ立っていた。そして彼らの間、門の真正面には、一回り小柄な老人が静かに佇んでいる。
過酷な砂漠の道程を経て、ようやく眼前に現れた目的地。アリシアの口元に、自然と安堵の笑みがこぼれる。
「ついに辿り着いたな…!」
彼女はその瞳に確かな達成感を滲ませ、真っ直ぐに門を見据えて力強く歩みを進めていく。
門の威容が間近に迫ると、遊次は満面の笑みを浮かべて駆け出した。頭上で大きく手を振りながら、門の前に立つ者たちへ向かって声を張る。
「すいませーん!お待たせしました!デュエリアからやってきた、神楽…」
「止まれ!異人よ!」
しかし全てを言い終わる前に、鎧姿の二人の憲兵が遊次の眼前へと立ちはだかった。
威圧感に気圧され、見上げる遊次の顔がみるみると引きつっていく。後方を歩いていた灯たちも焦りを顔に滲ませ、慌てて彼の背を追って駆け寄った。オスカーただ一人は歩調を一切乱すことなく、静かな足取りのままゆっくりと門の前へ辿り着いた。
憲兵たちの間に立っていた老人が、ゆっくりと前へ進み出た。
「私はネフカ王国神官のムルシドと申す。遥々よくぞ参られた」
男は純白の頭巾とゆったりとした法衣を纏い、首元には青と金の豪奢な装飾をあしらっている。腰に巻かれた重厚な黄金の帯には、十字の意匠がいくつも下げられていた。頭巾から長い髪を覗かせたその顔には深い皺が幾重にも刻まれているが、遊次たちを見据える眼光はひどく鋭く、異様な凄みを漂わせている。
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憲兵の放つ威圧感には肝を冷やしたが、目の前に立つ神官は落ち着いた様子で、真っ当に話が通じる気配があった。アリシアは密かに安堵し、口を開く。
「あなたが入国に立ち会ってくださる神官様ですね。私はデュエリア政府のアリシア・ローレンス。こちらはニーズヘッグ・エンタープライズのCEO、オスカー・ヴラッドウッドです」
アリシアが右手でオスカーを指し示す。するとムルシドはゆっくりと歩みを進め、オスカーを見上げて右手を差し出した。
「あなたが、偉大なるヘックス・ヴラッドウッド殿のご令孫でございますか。お会いできてよかった」
ムルシドは目元に皺を浮かべる。
半ば放置されている遊次たちは、宙に浮いたムルシドの右手をじっと見つめ、心配そうな面持ちでオスカーへと視線を上げた。彼らが見てきたオスカーという男が、この握手に普通に応じるとは到底思えなかったからだ。
しかしその予想に反し、オスカーはムルシドの握手に応じ、滑らかな口調で言葉を返した。
「こちらこそ、お会いできて光栄に存じます。古代より長き歴史を紡ぐネフカ王国、その由緒ある地に足を踏み入れることをお許しいただき、深く感謝いたします」
別人のようなオスカーの振る舞いを目の当たりにして、遊次と怜央はぽかんと口を開けた。
「あいつって敬語とか使えたんだ…」
「まあ、腐っても社長だしな…」
呆気にとられた声を零す彼らなど気にも留めず、オスカーが静かに手を引いて握手を終えると、アリシアは流れるような動作で遊次たちへ右手を向けた。
「こちらは遣いの者で、左から神楽遊次、花咲灯、イーサン・レイノルズ、鉄城怜央です」
「よ、よろしくお願いします!」
遊次は慣れないかしこまった態度で、ぎこちなく頭を下げる。その声に促されるように、灯、イーサン、怜央の三人も次々と頭を下げていった。
ムルシドは遊次たちへと視線を巡らせ、訝しげな表情でアリシアに問いかけた。
「はて…彼らもデュエリア政府の者なのですかな?随分若く見えるが…」
その問いに、アリシアは少し困ったように言葉を返す。
「えぇと、正式にはデュエリア政府の者ではないのですが…訳あって行動を共にしています」
ムルシドは少し間を置いた後、「成程」と短く呟いた。そしてゆっくりと前を向き、静かながらも圧のある声で告げる。
「我が国へ迎え入れる前に、少しばかり調べさせていただく」
ムルシドが両隣に立つ憲兵へ軽く視線を送る。それに応じ、男の憲兵が遊次の前に、女の憲兵がアリシアの前に進み出た。
「両手を挙げろ」
「へ…?」
遊次は戸惑いながらも、言われた通りに両手を高く上げる。一方のアリシアは気にする素振りも見せず、スムーズに両手を頭の後ろで組んだ。
憲兵たちは無言のまま二人に近づき、衣服の上から手際よく身体を叩き、入念に探っていく。ひとしきり調べ終えると、今度は背負っていたリュックを下ろすよう命じた。彼らは容赦なくリュックの口を開け、中の荷物を無造作に引っ張り出しながら、乱暴な手つきで探り始めた。
「問題ありません」
「こちらも同じく」
手際よく確認を終えた憲兵たちが、ムルシドへ向かって淡々と報告を入れた。
「うむ。そのまま続けろ」
報告を受けたムルシドの短い指示に従い、二人の憲兵は横へ移動し、今度はイーサンと灯の前に立つ。威圧感のある憲兵が目の前に迫り、灯は思わず顔をこわばらせた。その様子を横で察知し、アリシアが静かに声をかける。
「入国において当然の手続きだ。従うように」
その言葉に、灯は小さく息を吐いて表情を引き締めた。自分たちは歓迎される客人ではなく、この国にとって警戒すべきリスクを伴う存在なのだ。今はその立場に相応しい振る舞いを示さなければならない。灯は内心でそう考えを改めると、素直に両手を頭の上へと挙げた。
全員分の身体検査が終了し、ムルシドは6人の方へと向き直った。
「皆様方の入国を認めます。門を開けろ」
「はっ!」
二人の憲兵がムルシドの指示に短く応え、巨大な門の扉へと向かう。彼らが重厚な扉に手を掛け、体重を乗せて押し込むと、ズズズ……と地鳴りのような低い摩擦音が響き渡った。砂埃を振るい落としながら、巨大な門がゆっくりと、重々しく内側へと開いていく。
重々しい音が止み、門が完全に開き切る。途端、眩いほどの色彩と熱気が遊次たちの目に飛び込んできた。あまりの光景に、遊次たちは言葉を失い、ただ大きく目を見開く。アリシアは思わず口元を手で覆い、信じられないものを見るように瞳を激しく揺らしていた。
目の前に広がっていたのは、活気に満ちた巨大な市場。石畳の通りの両脇には赤や黄、紫といった色鮮やかな天幕がどこまでも連なり、店先には色とりどりの果物や様々な品物が山のように積まれている。その通りの遥か奥には巨大な宮殿が聳え立ち、道を行き交う褐色肌の人々は皆、民族的な装いを纏っていた。
だが、遊次たちの視線を釘付けにしたのは街の賑わいではない。行き交う人々の波の中に、"異形の存在"がごく自然に溶け込んでいたのだ。
鎧を纏った緑色のゴブリンが店先で品物を扱い、純白の羽を生やした妖精が、人間と並んで果物を吟味している。さらには通りの手前で、黄金の装飾を身につけた巨大な青いドラゴンが、まるで日向ぼっこでもするように無防備に地面へと寝そべっていた。
モンスターたちが、人間たちと当たり前のように肩を並べ、同じ日常を過ごしている。そこには、彼らの常識を根底から覆す光景が広がっていた。
「うそ、だろ…!やべえよ…!ヤバすぎんぜ、ネフカ王国ッ…!!」
最初は掠れた呟きだった遊次の声は、こみ上げる興奮とともに熱を帯び、最後には周囲に響き渡るほど大きくなっていた。
「こんな…夢のような世界が、本当に…」
感極まったアリシアが、今にも泣き出しそうな震える声を絞り出す。
「どういうことだよ…。本物のモンスターじゃ…ねえよな…?」
怜央は目の前の光景が信じられず、誰に宛てるでもなく虚空に向かって問いかけた。
オスカーは視界に広がる景色の隅々まで視線を巡らせる。内心の驚きを隠しきれない様子だったが、声のトーンだけは普段の落ち着きを保っていた。
「あれもソリッドヴィジョンだ。デュエルディスクにカードを置けば、デュエル以外でもモンスターを呼び出すことはできる。しかし…モンスターとの並外れた心のリンクがなければ、ソリッドヴィジョンとして呼び出されたモンスターにここまで"命"が宿ることはない…」
古代から精霊世界を深く知るこの国では、精霊の存在がごく当たり前に日常へと根付いている。彼らがモンスターに対して抱く信仰心や愛情の深さは、他国のそれとは到底比べ物にならない。民と精霊を繋ぐその強固な「心のリンク」は、オスカーの想像すらも遥かに越えていた。その深すぎる想いこそが、実体を持たないはずのソリッドヴィジョンに、まるでそこに生きているかのような確かな命を吹き込んでいたのだ。
そして遠く前方には、青や金の装飾が施された丸屋根の、砂岩で築かれた城が見える。そこがこれから目指すべき王宮だとアリシアには一目でわかった。
「ここは我が国の首都"ヘカポリス"。多くの人々と精霊が交わり、暮らしを共にする場所」
ムルシドはゆっくりと深く頷き、口を開く。
「今やこの光景はネフカ王国にとって日常ですが…これも、ヘックス殿が我が国にデュエルディスクを伝えてくれたからこそ。ソリッドヴィジョンという仮初の体とはいえ、現実世界に精霊を呼び寄せることができるようになったのですから」
オスカーだけは静かにムルシドへ視線を向けたが、残る5人は完全に眼前の光景へ心を奪われたままだった。呆然と立ち尽くす彼らを見かねて、ムルシドは一つ咳払いをして口を開く。
「少し、街を案内しましょう」
その言葉に、遊次たちの顔にぱっと明るい笑みが咲きこぼれた。ムルシドが先頭に立って街を進んでゆく。
市場をさらに奥へと進むと、微かに潮の香りが漂い始めた。立ち並ぶ露店の毛色が変わり、水盤や分厚い氷を敷き詰めた台が目立ち始める。そこでもやはり、半魚人のような姿をしたモンスターが器用に氷を運んでいるなど、人々と精霊が共存する特異な景色が続いていた。
ふと、歩きながらイーサンが周囲を見渡す。これだけ活気にあふれる市場の中にありながら、自分たちの周りだけぽっかりと空間が空いていた。すれ違う国民たちは皆、露骨に歩む軌道を変えて一行から距離を取り、よそ者である彼らへ冷え切った警戒の視線を突き刺してくる。
肌が粟立つような排他感。しかし、そんな不穏な空気など全く視界に入っていない様子で、灯が弾むような明るい声を上げた。
「ねえみて遊次っ!あれ!」
灯が指差した先にある海鮮の露店では、宙にふわりと浮かぶ魚のモンスターが、口から器用に泡を吐き出して空中にハートマークを描き出していた。そのすぐ隣では妙齢の女性がパンパンと威勢よく手を叩いて客引きをしており、店先の台には色鮮やかな魚が所狭しと並べられている。
「うわぁー!なんだこの魚!見たことねーぞ!」
遊次と灯は弾かれたように露店へ駆け寄った。氷の上に並べられていたのは、透き通った瑠璃色の鱗を持ち、尾びれが幾重にも重なる花びらのように広がっている奇妙な魚だ。二人がそれを食い入るように見つめていると、突然、頭上から鋭い声が降ってきた。
「コラッ!よそ者に売る魚はないよ!さっさと消えな!」
驚いて声のした方へ丸い目を向ける。そこに立っていたのは、褐色肌でふくよかな黒髪の妙齢の女性だった。この魚屋の店主だろう。彼女は二人をきつく睨みつけ、邪魔者を追い払うようにシッシッと手を振っていた。理不尽な物言いに、遊次は反射的に声を荒らげた。
「な…なんだよその言い草!見てるだけじゃ…っ!」
さらに食ってかかろうと前のめりになった瞬間、グイッと強い力で背後へと引っ張られる。驚いて顔を上げると、イーサンが無言のまま遊次の襟を掴んでいた。
「ほら、行くぞ」
短く告げたイーサンは、女性の方へ向けて静かに頭を下げる。そして、まだ何か言いたげな遊次を半ば引きずるようにして、強引に前へと歩き出した。灯も、女性へ向かって申し訳なさそうにちらりと視線を送ると、慌てて二人の背中を追いかけていった。
「な、なんだよイーサン!ひでーこと言われたのは俺らだぞ!」
引っ張られていた腕を乱暴に振り払い、遊次は不満げに頬を膨らませた。対するイーサンは足を止め、冷静な眼差しで遊次を振り返る。
「何千年の歴史で、外国人を入れたのは30年前に1度きり。そんな国で、突然ずけずけ踏み入って来た外国人が歓迎されるわけないだろ」
「…そりゃ、そうだけどよ…」
納得いかない様子で口答えしようとする遊次へ、イーサンはさらに言葉を重ねた。
「長い歴史の上にできた価値観は簡単に覆らないし、その価値観が悪いなんてこっちが決められるものじゃない。そうだろ」
諭すようなその言葉に、遊次は押し黙った。しばらくその意味を咀嚼するように伏し目がちになっていたが、やがてゆっくりと二度頷く。
「…そうだな」
小さく零れた声には、先ほどまでの怒りはもう混じっていなかった。それと同時に、小さな哀しみが浮かんでいた。
一部始終を背中越しに見守っていたムルシドが、ぽつりと声をかけた。
「深きご理解、痛み入る」
そう言い残し、ムルシドは再び前を向いて静かに歩みを進める。一行の間に漂っていた入国時の高揚感は、まるで冷水を浴びせられたかのようにすっかり消え失せていた。通り過ぎる国民から突き刺さる排他的な視線に、今や遊次でさえもはっきりと気づいている。重苦しい沈黙が落ちる中、ふいにオスカーが口を開いた。
「だが…この不穏な空気はどうも俺達のせいだけではないらしい」
その言葉にはっとした遊次たちは、改めて周囲の光景に目を向けた。よく見れば、通りのあちこちに鎧の兵士らしき男達が立っている。彼らは行き交う群衆を監視するように目を光らせていた。そして通りを歩く人々もまた、そんな兵士たちの視線を恐れるように俯き、そそくさと足早に通り過ぎていく。
周囲の様子を窺っていた怜央の耳に、ふと、くぐもった声が飛び込んできた。
「例のガキはまだ見つからないのか」
「申し訳ありません、副指揮官。ここらで目撃証言があったのですが、まだ見つからず…」
怜央は声のした方へ視線を向ける。少し離れた場所で、二人の男が周囲を気にするように声を潜めていた。一人は銀色の鎧を着た兵士。そしてもう一人は、黒い鎧を纏った薄緑色の髪の若い男だ。彼らが誰を探しているのか、詳しい事情はわからない。だが、異様な緊張感の中で交わされるその密談は、怜央の胸に冷たく不吉なものを感じさせた。
周囲から突き刺さるような冷たい視線を浴びながら歩き続ける一行。やがて曲がり角に差し掛かったところで、先頭を歩いていたムルシドが足を止め、6人の方へと振り返った。
「人目も気になるでしょう。少し裏へ入りましょう」
そう告げると、ムルシドは大通りを外れ、人通りの少ない細道へと足を踏み入れる。遊次は足を止め、活気に満ちた市場の方へと少しだけ名残惜しそうな視線を向けた。そしてやがて向き直り、ムルシドの後に続いていった。
入り組んだ薄暗い裏路地を、一行は黙々と進んでいく。何度目かの角――大柄な兵士が警備に立つ曲がり角を過ぎたところで、イーサンは周囲へ鋭い視線を巡らせた。確かに喧騒は消え、人通りは途絶えた。だが、今やすれ違うのは重々しい鎧を纏った兵士ばかりだ。どうやら、一般の民が立ち入れない通路へと足を踏み入れているらしい。
ここ数分、ずっと不安げな表情を浮かべていたアリシアが、たまらず背中へ向かって口を開いた。
「あの、ムルシド殿…。王宮は逆方向ではありませんか?」
しかし、ムルシドは何も答えない。明確な違和感に空気が張り詰め、遊次も怪訝な声を上げる。
「お、おい…。ムルシドさん…?」
唐突に、ムルシドがピタリと足を止め、静かに振り返った。それと同時に、遊次たちの足元に背後から巨大な影が覆い被さる。はっとして振り返ると、そこには見上げるほど巨大な、2メートルを超える屈強な兵士が音もなく立ちはだかっていた。先程、曲がり角の前で立っていた兵士だ。
頭頂部で無造作に髪を結び上げたその男は、眉間に深い皺を刻み、鋭く光る黄金色の瞳で遊次たちを見下ろしていた。筋骨隆々とした丸太のように太い腕や分厚い胸板を包み込んでいるのは、無数の禍々しい棘が突き出した黒鋼の重鎧だ。岩山のようにそびえ立つその姿は、ただそこに立っているだけで息が詰まるほどの重圧を放っていた。
路地の前後をムルシドと大柄な兵士に塞がれ、一行は完全に足止めを食らっていた。退路を絶たれた状況下で、オスカーが鋭い眼光をムルシドへと向ける。
「…どういうつもりだ」
オスカーの問いかけに、ムルシドは一切の感情を排した冷たい表情のまま言葉を返した。
「王宮には、突如として異人を招き入れることに反対している者も多くてね。何か謀略を企てているのではないかと」
「そんな…!断じてありえません!我々は…」
反論するアリシアの言葉を、背後に立つ巨漢が低く重い声で叩き斬る。
「異人の言う事なんざ、信じられるわけねえだろ!」
ムルシドと巨体の兵士、2人が初めから結託し、自分たちをこの人気のない路地へと誘い込んだのは明らかだった。罠に嵌められた状況の中、イーサンは冷静さを崩さずにムルシドへ問いただす。
「我々は国王の承認を経て入国しているはずです。このような真似が許されると?」
その理路整然とした問いに、大柄な兵士が粗暴な声で吠えた。
「逆だぜ!お前らみてえなモンを、アスラナク王の前に立たせられるわけねえだろ!」
兵士の言葉を引き継ぐように、ムルシドが静かに言葉を重ねる。
「アスラナク様は寛大なお方だ。異人といえど対話を拒むことなどない。ならば先んじてそなたらの目的を吐かせるまで」
アリシアは、一切の感情が抜け落ちたムルシドの横顔をただじっと見つめていた。
(先程までは強い敵意など感じなかったのだが…)
張り付いたようなその冷ややかな表情を前にして、彼女の胸の奥では得体の知れない不安がざわめき続けていた。
「構えろナディムよ」
ムルシドの命令が下る。それに応じ、ナディムと呼ばれた巨漢の兵士は、自身の左腕へとデュエルディスクを装着した。
「全員とは言わねえ。誰か1人でもひっ捕らえて、ゆっくり話を聞くだけだ。さあ誰が相手になる?」
「ちょ、ちょっと待ってください!本当に私達は何も企んでません!」
ここで拘束されれば、何をされるかわからない。灯は必死に声を張り上げた。だが、背後から伸びてきた手が力強く彼女の肩を掴み、怜央が真っ直ぐナディムの前へと歩み出た。
「ずいぶん手厚い"歓迎"じゃねえか、ネフカ王国よォ。いいぜ、俺が相手になってやる」
「怜央…!」
見上げるほど巨大な相手を真っ向から睨みつけるその横顔に、遊次は驚いて目を見開いた。
「どうせ何を言っても聞きやしねェだろ。道を塞がれてる以上、このデカブツをどかさねえといけねえしな。それに…俺も新しい戦術を試したかったところだ」
怜央は静かに左腕へデュエルディスクをセットした。その顔には、微かな余裕すら浮かんでいる。それを見た遊次はふっと肩の力を抜き、仲間たちを振り返った。
「ま、怜央なら大丈夫だろ。道を空けようぜ」
言うなり、遊次は路地の端へと移動し、壁に背を預ける。灯とイーサンも怜央へ視線を送ると、遊次に倣って道を空けた。オスカーはコートのポケットに両手を突っ込んだまま、ぽつりと声を落とす。
「ルーカスに勝った以上、あのような一兵卒に負けてもらっては困る」
そのままオスカーも壁際へと寄り、腕を組んで背を預けた。
「あぁ、くそっ…。なぜ出だしからこんなことに…!」
デュエリア政府の人間として想定通りに事が進まない現状に、アリシアは強い苛立ちを露わにしながら壁際へと駆けた。
日の光がほとんど差し込まない薄暗い路地。怜央と巨漢のナディムは静かに対峙する。やがてナディムが先に口を開いた。
「俺から提示する契約は、お前の身柄の拘束だ」
「いいぜ。俺からは、テメェが二度と俺らの邪魔をしないことと…ちゃんと俺らを国王の前まで案内して…」
しかしその時、怜央の言葉を遮るように、オスカーが言葉を挟む。
「いや、王とはまだ謁見すべきでない。貴様らも感じただろう、この国の"異様さ"を。国王との対面は事態を把握してからにすべきだ」
その言葉に、怜央はピタリと口を閉ざす。脳裏をよぎったのは、街の至る所に配置されていた鎧の兵士たち。そして『例のガキはまだ見つからないのか』と通りで耳にした声。
数秒の沈黙。
怜央は小さく息を吐き、オスカーへと視線を向ける。
「そうだな。お前の言う事を聞くのは癪に障るが、ちっとばかし様子を見た方がいいのも確かだ」
怜央は再びナディムへと向き直り、真っ直ぐに指を突きつけた。
「俺から提示する契約は、二度と俺らの邪魔をしないことだ」
「上等だ!この誇り高きネフカの戦士が、異人ごときに負けるはずはない!」
路地に一触即発の空気が張り詰める。その熱を帯びた空間へ、不意にムルシドが氷のように冷たい声を差し込んだ。
「ナディムよ、敗北は許されんぞ。もし負けるようなことがあれば…貴様の"秘密"を公にする」
「ひ、秘密!?」
思いがけない言葉を突きつけられ、ナディムは先ほどまでの威勢を失い、途端に焦りを含んだ表情を見せた。ムルシドは表情一つ変えずに淡々と言葉を突きつける。
「知らぬと思ったか。お前は夜な夜な"中立派"の女と逢瀬を繰り返しているだろう」
「なっ…!!」
ナディムは大きく口を開けたまま、石のようにその場で硬直した。
「中立派…?」
聞き馴染みのない言葉に、灯は首を傾げる。
「お前が勝てば、この秘密は私の胸に留めておいてやってもいい。だが負ければ…わかっているな?」
鋭利な刃を首筋に当てられるかのような脅迫。完全に退路を断たれたナディムは、焦燥に駆られた表情で強引に怜央の方へと向き直った。
「ええい…!負けなきゃいいだけだ!とっととブッ潰してやるぜ、異人!」
デュエルディスクを構え対峙する2人。静寂の中、デュエルディスクの機械音声が響く。
「オースデュエルの開始が宣言されました。内容確認中…」
プレイヤー1:ナディム・カーティブ
条件①:鉄城怜央の身柄に関する一切の処遇は、ナディム・カーティブに一任されるものとする。
プレイヤー2:鉄城怜央
条件①:鉄城怜央およびその同行者5名のいかなる行動をも妨害、あるいは制限することを禁ずる。
詳細な契約内容は、ソリッドヴィジョンの契約書として両者の前に浮かび上がる。そこには一切の別の解釈の余地がないほどに徹底された文章が記載されており、承認した時点で、完全なる両者の意図通りの契約にしかならないようになっている。
怜央とナディムは指でソリッドヴィジョンの契約書にサインを行うと、DDASがオースデュエルの開始を宣言する。
「契約内容を承認します。デュエルの敗者は、勝者が提示した契約を履行することが義務付けられます」
(こんな異国の地で捕まれば、解放されるかもわからない。頼むぞ、怜央…)
イーサンは対峙する2人を真剣な表情で見つめる。
「デュエル!」
宣言と共に、ナディムのデュエルディスクのランプが光る。
「俺は手札から『黒秘の凶典 ノワール』と『妖篇の凶典 ファシクルス』をPスケールにセッティング!」
ナディムの頭上に、2体の書物のようなモンスターが浮かび上がる。
ノワールは、禁書そのものが意思を持ち、異形の化け物へと変貌したような悍ましい姿だ。表紙の側面からは蝙蝠のような黒い翼が広がり、開かれたページの中央には、不気味に渦を巻いて発光する双眸と、無数の鋭利な牙が剥き出しになっている。
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ファシクルスも同様、禁書がモンスターと化した姿だ。ページは古びて変色し、古代の魔法文字や複雑な図表がびっしりと書き込まれている。その中心、開かれたページの間から、不気味に輝く単眼と鋭い牙が並ぶ悪魔的な顔が剥き出しになっている。書物の背後や下部からは、蛇のように絡み合う多数の触手が伸び、渦巻いている。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/3TzxEqM
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「『黒秘の凶典 ノワール』のP効果発動!1ターンに1度、デッキから『凶典』と名の付く精霊を手札に加える」
■黒秘の凶典 ノワール
ペンデュラムモンスター
レベル4/闇/悪魔/攻撃力1500 守備力1700 スケール3
【P効果】
このカード名の①のP効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分メインフェイズに発動できる。デッキから「黒秘の凶典 ノワール」以外の「凶典」モンスター1体を手札に加える。
【モンスター効果】
このカード名の①③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードがEXデッキに表側で置かれた場合に発動できる。このカードを自分の魔法&罠ゾーンに置く。
②:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、自分フィールドの「凶典」モンスターは戦闘で破壊されない。
③:自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」モンスター1体を対象として発動できる。そのカードを特殊召喚する。
「俺は『冥位の凶典 オフィキア』を手札に加えるぜ。さらに『妖篇の凶典 ファシクルス』のP効果発動!手札から『凶典』を1枚、魔法&罠ゾーンに置くことができる」
■妖篇の凶典 ファシクルス
ペンデュラムモンスター
レベル3/闇/悪魔/攻撃力1200 守備力1500 スケール8
【P効果】
このカード名の①のP効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分メインフェイズに発動できる。自分の手札の「凶典」モンスター1体を自分の魔法&罠ゾーンに置く。
【モンスター効果】
このカード名の①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードがEXデッキに表側で置かれた場合に発動できる。このカードを自分の魔法&罠ゾーンに置く。
②:このカードが魔法&罠ゾーンに存在し、自分フィールドの「凶典」モンスターを対象とする相手の効果が発動した場合に発動できる。その効果を無効にする。
③:自分のPゾーンの「凶典」Pカード1枚を対象として発動できる。そのカードを他の自分の魔法&罠ゾーンに移動する。
「俺は今手札に加えたオフィキアを置く」
■冥位の凶典 オフィキア
ペンデュラムモンスター
レベル4/闇/悪魔/攻撃力1600 守備力1800 スケール3
【P効果】
このカード名の①のP効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分のPゾーン以外の魔法&罠ゾーンに「凶典」カードが存在する場合に発動できる。デッキから「凶典」Pカード1枚を選び、もう片方のPゾーンに置く。
【モンスター効果】
このカード名の、③の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、
このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードがEXデッキに表側で置かれた場合に発動できる。このカードを自分の魔法&罠ゾーンに置く。
②:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する場合に発動できる。デッキから「凶典」モンスター1体を特殊召喚する。
③:自分の魔法&罠ゾーンに「凶典」カードが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。
ナディムの眼前に現れたのは、石造りの遺跡と一体化したような堅牢な禁書だった。開かれた分厚いページには複雑な陣が刻み込まれ、その上には神殿のような建造物がそそり立っている。書物の手前側には、鋭利な黒岩を繋ぎ合わせたような禍々しい顔面が象られていた。深く窪んだ眼窩と、鼻筋を縦に走る亀裂の奥からは、冷ややかな青い光が発せられている。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/J6VF4RP
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「我が『凶典』は、魔法&罠ゾーンに置かれている時に固有の効果を発動できる!『冥位の凶典 オフィキア』の効果発動!魔法&罠ゾーンに置かれている時、デッキから凶典と名の付く精霊を特殊召喚する!
現れよ!『邪印の凶典 ガルドラボーク』!」
■邪印の凶典 ガルドラボーク
ペンデュラムモンスター
レベル5/闇/悪魔/攻撃力2000 守備力1600 スケール8
【P効果】
このカード名の①のP効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分フィールドの「凶典」モンスター1体をリリースして発動できる。デッキから『凶典』モンスター2体を選び、自分の魔法&罠ゾーンに置く。
【モンスター効果】
このカード名の①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードがEXデッキに表側で置かれた場合に発動できる。このカードを自分の魔法&罠ゾーンに置く。
②:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する場合に発動できる。自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを自分の魔法&罠ゾーンから選んで墓地へ送り、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。この効果は相手ターンでも発動できる。
③:自分メインフェイズに発動できる。このカードを自分の魔法&罠ゾーンに置く。
「ガルドラボークの効果発動!フィールドの自身を魔法&罠ゾーンに置くことができる」
Pゾーンも含め、魔法&罠ゾーンには凶典モンスターが4体存在する。その特異なデッキの性質に、怜央は警戒を強める。ナディムは魔法&罠ゾーンのカードを3枚EXデッキへと送ると、両手を強く握り合わせ、力強く宣言する。
「俺は魔法&罠ゾーンのオフィキア、ノワール、ファシクルスの3体で、融合召喚を行う!この精霊は、魔法&罠ゾーンの凶典を素材に、融合カード無しで融合召喚できる!」
「魔法&罠ゾーンのモンスターで融合!?」
遊次は目を見開き声を上げる。フィールドにいた3体の凶典モンスターが、ふわりと宙へ浮かび上がった。それぞれのページが激しい勢いで捲り上がり、やがて本体から千切れ飛んだ無数の紙片が空中で巨大な渦を巻き始める。
「異形の名を綴る魔書よ、その禁断の頁を開き、封じられし悪魔を解き放て!」
「融合召喚!現れよ!『幽階の凶典 モナルキア』!」
■幽階の凶典 モナルキア
融合モンスター
レベル7/闇/悪魔/攻撃力2800 守備力2300
【モンスター効果】
「凶典」モンスター3体
「幽階の凶典 モナルキア」は、融合召喚及び以下の方法でのみ特殊召喚できる。
●自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」カード3枚を墓地へ送った場合に、EXデッキから特殊召喚できる。
このカード名の②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードの攻撃力は、自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」カードの数×300アップする。
②:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する場合に発動できる。自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」カードの数だけ、自分フィールドに「悪魔トークン」(悪魔族・闇・星8・攻/守2500)を攻撃表示で特殊召喚する。この効果は相手ターンでも発動できる。
③:相手がモンスター効果を発動した場合、自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」カード1枚を墓地へ送って発動できる。その効果を無効にし、自分の魔法&罠ゾーンに置く。この効果で魔法&罠ゾーンに置かれたカードは「凶典」カードとして扱う。
荒れ狂う紙の渦が弾け、紫色の瘴気と雷光の中から、新たな一冊の巨大な魔導書が現れる。分厚い装丁の下部には、赤い双眸を光らせて長い舌を垂れ流す、禍々しい悪魔の顔面が一体化している。開かれたページの中央には魔法陣が描かれ、左のページからは大鎌を手にした死神が、右のページからは炎を纏う悪魔が、今にも現実へ這い出そうと立体的に浮かび上がっていた。周囲には棘付きの鉄球が繋がれた鎖が垂れ下がり、ビリビリと肌を刺すような邪気を放っている。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/raB6mC5
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「さらに融合素材となった3体の凶典の効果発動!EXデッキに表側で置かれた場合、1ターンに1度、自身を魔法&罠ゾーンに置くことができる!」
融合素材となったオフィキア、ノワール、ファシクルスの3体は再びナディムのフィールドへと蘇る。
「さらに手札から『断罪の凶典 マレウス』をPゾーンにセッティング」
■断罪の凶典 マレウス
ペンデュラムモンスター
レベル5/闇/悪魔/攻撃力1900 守備力2200 スケール3
【P効果】
このカード名の①のP効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分フィールドの「凶典」カード1枚と相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。それらのカードを持ち主の手札に戻す。
【モンスター効果】
このカード名の①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードがEXデッキに表側で置かれた場合に発動できる。このカードを自分の魔法&罠ゾーンに置く。
②:このカードが魔法&罠ゾーンに存在し、相手が魔法・罠カードの効果を発動した場合に発動できる。その効果を無効にする。
③:このカードが召喚・特殊召喚した場合に発動できる。デッキから「凶典」Pカード1枚を選び、自分の魔法&罠ゾーンに置く。
頭上に浮かび上がったのは、重厚な鉄の装丁に守られた分厚い魔導書だった。本の下部には無骨な鉄の顔面が据えられ、その双眸からは赤々と不気味な光が放たれている。開かれたページに描かれているのは、火刑やギロチンといった凄惨な魔女裁判の光景だ。焼け焦げた紙面からは本物の炎と煙が立ち上り、周囲には引きちぎられた鎖や石の破片が散乱していた。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/QoBtYtO
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「俺はこれでターンエンド。モナルキアは魔法&罠ゾーンの凶典の数×300攻撃力が上がり、1ターンに1度、相手が発動した精霊の効果を無効にできる」
「さらにノワールが魔法&罠ゾーンにある限り俺の凶典は戦闘で破壊できず、ファシクルスはフィールドの凶典と名の付く精霊を対象とする効果を1度無効にできる。そしてマレウスは魔法&罠ゾーンに存在する限り、相手の魔法・罠カードの効果を1ターンに1度無効にできる」
-------------------------------------------------
【ナディム】
LP8000 手札:2
①幽階の凶典 モナルキア ATK4300
魔法&罠ゾーン:オフィキア、ガルドラボーク、ノワール
Pスケール:マレウス、ファシクルス
【怜央】
LP8000 手札:5
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「どうだ!この崇高なる御姿!歯向かうことなど許されぬ!ひれ伏すがいい!」
巨大な魔導書モンスターの背後に、5体の『凶典』がずらりと並び立つ。その異様で強固な盤面を前にして、怜央は静かに思考を巡らせていた。
(それだけじゃねえ。奴にはまだ奥の手がある。だが…)
怜央の表情に緊迫感は微塵もなかった。彼の脳裏に浮かんでいたのは、一週間前のルーカスとの死闘だ。完全耐性を得た無敵の白き龍と、5体の強力な天使たちが並ぶ絶望的な光景。
(どう考えても、アレよりかはマシだろ)
怜央はニヤリと不敵に口角を吊り上げると、勢いよくデッキトップに指を掛けた。
「俺のターン、ドロー!手札から速攻魔法『スチームアーミー・アサルト』を発動!デッキからスチームアーミーを1体、特殊召喚できる!」
■爆焔鉄甲強襲作戦(スチームアーミー・アサルト)
速攻魔法
このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:デッキから「スチームアーミー」モンスター1体を特殊召喚する。
ターン終了時、自分はこの効果で特殊召喚したモンスターの元々の攻撃力分のLPを失う。
②:墓地のこのカードを除外し、自分の手札を1枚捨て、
自分の墓地の「スチームアーミー」モンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを特殊召喚する。
「そうはさせねえ!『断罪の凶典 マレウス』の効果発動!1ターンに1度、相手の魔法・罠カードの効果を無効にする!」
マレウスが目を赤く滾らせると、怜央が発動した魔法カードは燃え尽きて消える。
「手札からスチームアーミー・バーン・スナイパーを召喚!」
■爆焔鉄甲 灼狙撃兵(バーン・スナイパー)
効果モンスター
レベル4/炎/機械/攻撃力1800 守備力900
このカード名の①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスター以外の自分フィールドの「スチームアーミー」モンスター1体を選び、
対象のモンスターに装備カード扱いとして装備する。
この効果は相手ターンでも発動できる。
②:このカードが召喚・特殊召喚した場合に発動できる。
デッキから「スチームアーミー」モンスター1体を手札に加える。
③:相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。
そのカードを破壊し、相手に800ポイントのダメージを与える。
肩から腕にかけてライフルが取り付けられた銅色の機兵が姿を現す。目にはゴーグル型のレンズが装着されている。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/sp2cODa
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「バーン・スナイパーの召喚時、効果発動。デッキからスチームアーミー1体を手札に加える」
現れたモンスターを見つめ、ナディムは考えを巡らせる。
(あのモンスターは俺の魔法・罠カードを1枚破壊する効果がある。残してたら厄介だ。だったら…)
そして結論を出して右腕を振るう。
「『幽階の凶典 モナルキア』の効果発動!魔法&罠ゾーンの凶典を1枚墓地へ送り、相手の精霊の効果を無効にする!その後、その精霊を凶典カードとして俺の場に置く!『冥位の凶典 オフィキア』を墓地へ送り、バーン・スナイパーの効果を無効にし、凶典と化す!」
巨大な魔導書の下部に据えられた悪魔の顔が、ずるりと長い舌を這わせ、空気を震わせる咆哮を轟かせた。呼応するように、開かれたページに刻まれた魔法陣が血のような赤光を放ち始める。その不気味な光の輪は、怜央の陣営で銃を構えるバーン・スナイパーの足元にも突如として浮かび上がった。
魔法陣から立ち昇る光に囚われた瞬間、鋼鉄の機械兵の体に異変が起きる。装甲が軋み、関節が本来とは逆の方向へとへし折れる。見えない巨大な万力でプレスされるかのように、金属の胴体がバキバキと凄惨な音を立てて四角く圧縮されていった。
「うわっ!」
目の前で繰り広げられる凄惨な光景に思わず遊次は声を上げる。
原型を留めないほどに折り畳まれたその体は、やがて一冊の分厚い書物へと姿を変える。完全に本と化したそれは、持ち主である怜央のフィールドを離れ、宙を滑るようにしてナディムのもとへと吸い込まれていった。
「だが、これで妨害効果は使い切ったはずだ」
イーサンは冷静に戦況を分析する。怜央の表情には動揺は見えない。手札から1枚のカードを捨てた後、別のカードを1枚表へと向けた。
「手札のスチームアーミー・ライター・テルミットを捨て、スチームアーミー・モールス・シグナラーを特殊召喚!コイツは手札の『スチームアーミー』カードを1枚捨てて手札から特殊召喚できる」
■爆焔鉄甲 号通信兵(モールス・シグナラー)
効果モンスター
レベル4/炎/機械/攻撃力1600 守備力1700
このカード名の、②の方法による特殊召喚は1ターンに1度しかできず、
①③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスター以外の自分フィールドの「スチームアーミー」モンスター1体を選び、
対象のモンスターに装備カード扱いとして装備する。
この効果は相手ターンでも発動できる。
②:このカードは手札の「スチームアーミー」カード1枚を捨てることで、
手札から特殊召喚できる。
③:このカードが召喚・特殊召喚した場合に発動できる。
デッキから装備カード扱いとなった場合の効果を持つ
「スチームアーミー」モンスター1体を特殊召喚する。
現れたのは、錆びた鋼鉄の装甲をまとった機械の通信兵。胸のモニターと片目のレンズに波打つ通信波が浮かび、信号を受信している。右手にはアンテナ付きのドライバー、左手には円形の送信装置を握っている。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/Phs4Zrr
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「モールス・シグナラーの効果発動!特殊召喚時、デッキから装備カード扱いとなった場合の効果を持つスチームアーミーを特殊召喚できる。さらに手札から捨てられたライター・テルミットの効果発動!このカードが手札から捨てられた時、デッキから『スチームアーミー』通常魔法を1枚手札に加えられる」
「ライター・テルミットの効果により、俺はデッキから『スチームアーミー・フレアブラスト』を手札に加える。さらにチェーン1のモールス・シグナラーによって、デッキから『スチームアーミー・クロック・ダイナマイト』を特殊召喚!」
姿を現したのは、四方に赤い爆薬を括り付けた時計型のモンスターだった。無骨な真鍮色のフレームの中央には、ローマ数字が並ぶ真紅の文字盤が据えられている。太い鉄の鎖に取り囲まれるように佇むその爆弾は、カチ、カチと無機質な音を立てて時を刻み続けていた。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/i8cv4K9
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「対象に取る効果が無効にされる以上、得意の爆弾を装備させる戦法も今は通用しないな…」
アリシアは小声でぽつりと落とす。
「俺はレベル4のモールス・シグナラーとクロック・ダイナマイトでオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」
2体のモンスターが眩い光の奔流と化し、地面に現れた銀河の渦へと吸い込まれていく。
「猛進する重厚なる鉄塊、その汽笛は激戦の始まりを告げる。
エクシーズ召喚!ランク4!スチームアーミー・レイル・エクスプレス!」
■爆焔鉄甲 煙機関車(レイル・エクスプレス)
エクシーズモンスター
ランク4/炎/機械/攻撃力2000 守備力2500
レベル4モンスター×2
このカード名の①②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードがX召喚した場合に発動できる。デッキから「スチームアーミー」罠カード1枚を手札に加える。
②:このカードのX素材を1つ取り除き、このカード以外の自分フィールドのXモンスター1体を対象として発動できる。
フィールド・墓地から2体までモンスターを選び、そのモンスターの下に重ねてX素材とする。
この効果は相手ターンでも発動できる。
③:このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。
デッキから「スチームアーミー」モンスター1体を特殊召喚する。
この効果は相手ターンでも発動できる。
空間を裂いて、漆黒の巨大な鉄塊が姿を現した。もうもうと立ち昇る黒煙と共に、無数の配管と歯車を露わにした蒸気機関車が降り立つ。煙突からは赤々とした火柱が吹き出し、煤に汚れた重厚な車体は周囲の熱気を孕んで鈍く光る。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/LXkoeMH
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「この重鎮なる列車が精霊だってのか…。なんと猛々しく雄々しい…!」
巨大なレイル・エクスプレスの威容を前に、ナディムはその場に膝をついていた。まるで神を崇めるかのように、熱を帯びた瞳で見上げている。敵であるはずの怜央のモンスターを突如として称賛し始めたその姿に、遊次たちは顔を見合わせ、困惑を隠せない。
「な、なんだ…?急に怜央のモンスターを褒め始めたぞ…」
その呟きを耳にした途端、ナディムは弾かれたように立ち上がり、遊次たちを睨みつけて吠えた。
「お前らには、この崇高さがわからねえだろうな!所詮、精霊を道具としか扱わねえ異人には!」
「んだとぉ…?道具だなんて思ったことねーっての!」
反射的に声を荒らげた遊次へ、ナディムはさらに言葉を叩きつけようと身を乗り出す。だが、その勢いは冷徹な声によって唐突に断ち切られた。
「戦いに集中しろナディム。自分の置かれた立場を忘れたか?」
ムルシドの静かな一言に、ナディムの動きがピタリと止まる。握られている己の秘密を思い出し、ぎくりと顔を引きつらせた彼は、押し黙ったまま強引に盤面へと向き直った。ナディムに対して怜央はぶっきらぼうに言い放つ。
「確かに噂通り、モンスターへの信仰心は強いらしいな。だが祈ったからって手加減はしねえ。レイル・エクスプレスの効果発動!オーバーレイユニットを1つ使い、デッキからスチームアーミーを1体呼び出す。来い、スチームアーミー・コンパス・グレネード!」
太い鉄の鎖を引きずりながら、青黒い装甲に覆われた手榴弾型のモンスターが姿を現した。無数の棘が突き出した武骨な球体の正面には、青白く発光するコンパスが据え付けられている。その針の中心には炎の紋章が浮かび上がり、不気味な光を放ちながら静かに時を待っていた。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/Q5phK61
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「魔法カード発動!『スチームアーミー・フレアブラスト』!墓地の装備カードとなった場合の効果を持つスチームアーミーを任意の数除外して、その枚数だけ相手フィールドの魔法・罠カードを破壊する!」
■爆焔鉄甲豪烈熱風(スチームアーミー・フレアブラスト)
通常魔法
このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:自分の墓地に存在する装備カード扱いとなった場合の効果を持つ「スチームアーミー」モンスターを任意の枚数除外して発動できる。除外した枚数分、相手フィールドの魔法・罠カードを破壊する。
②:墓地のこのカードを除外して発動できる。
手札の「スチームアーミー」モンスター1体を召喚する。
この効果は相手ターンでも発動できる。
「俺は墓地のクロック・ダイナマイトとライター・テルミットを除外して、魔法&罠ゾーンのガルドラボークとファシクルスを破壊する!」
この効果が通り、対象耐性を付与するカードを破壊できれば、ナディムの融合モンスターに爆弾を仕掛ける隙が生まれる。だが、ナディムの口元には邪悪な笑みが浮かんでいた。
「フン、ネフカの兵士を甘く見るんじゃねえ!この俺が凶典の破壊を想定してないはずねえだろ!」
ナディムは余裕の態度で、大きく両腕を広げる。
「『邪印の凶典 ガルドラボーク』の効果発動!このカードが魔法&罠ゾーンにある時、俺の魔法&罠ゾーンの凶典を墓地に送ることで、融合召喚を行うことができる!俺は魔法&罠ゾーンの5体の凶典で融合!」
「5体で融合だと…!?」
さらに強大なモンスターが呼び出される予兆。その規格外の召喚を前にして、アリシアは険しい顔で眉間を寄せる。
魔法&罠ゾーンに並ぶ5体の凶典が、不気味な紫色の瘴気を纏いながらふわりと宙へ浮かび上がった。それぞれの装丁が激しく軋み、開かれたページから無数の紙片が音を立てて千切れ飛ぶ。頭上で荒れ狂う無数の紙片は、規則的な円形を描きながら巨大な融合の渦へと変わっていった。
その光景を見上げ、ナディムは狂気を孕んだ表情で両手を強く握り合わせ、天へと掲げる。
「呪われし禁書よ、記されし悪魔の名を喰らい、ここに災いとなりて受肉せよ!」
「融合召喚!降臨せよ!『魔統の凶典 エスペリツ』!」
■魔統の凶典 エスペリツ
融合モンスター
レベル10/闇/悪魔/攻撃力4000 守備力3000
【モンスター効果】
「凶典」モンスター5体
「魔統の凶典 エスペリツ」は、融合召喚及び以下の方法でのみ特殊召喚できる。
●自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」カード5枚を墓地へ送った場合に、EXデッキから特殊召喚できる。
このカード名の②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードは、攻撃力が自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」カードの数×500アップし、相手の効果で破壊されない。
②:このカードが特殊召喚した場合、自分フィールド・墓地・EXデッキ(表側)の「凶典」モンスター1体を対象として発動できる。そのカードを自分の魔法&罠ゾーンに置く。
③:自分・相手ターンに、自分の魔法&罠ゾーンの「凶典」カード3枚を墓地へ送り、相手フィールドのカード3枚までを対象として発動できる。そのカードを「凶典」カード扱いで自分の魔法&罠ゾーンに置く。
荒れ狂う紙片の渦が業火と共に弾け飛び、その中心から炎を纏う巨体が姿を現した。
全身から猛火を噴き上げる巨大な魔導書。
扇状に開かれたページの中央には炎の玉座へと続く階段がそびえ立ち、頭上には魔法陣の刻まれた炎の輪が後光のように並んでいる。書物の下部には、鋭い角と灼熱の双眸を持つ悪魔の顔面と、大地を踏みしめる禍々しい獣の脚がせり出していた。両脇から垂れ下がる太い鎖には燃え盛る火球が繋がり、周囲の空気を焼き尽くすほどの熱と邪気を放っている。
モンスターデザイン:ttps://imgur.com/a/ClStdaD
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眼前にそびえ立つ巨躯と、そこから放たれる圧倒的な威圧感。怜央は、無意識のうちにじりっと一歩後退していた。壁に寄りかかって静観していたオスカーも、ゆっくりと背を離す。彼もまた頭上の怪物をただ静かに見上げていた。
「融合召喚されたエスペリツの効果発動!さらに融合素材となった4体の凶典の効果発動!EXデッキへ置かれた凶典は、1ターンに1度魔法&罠ゾーンに置くことができる!」
融合素材となった4体の凶典は、エスペリツの背後へと浮かび上がる。凶典カード扱いとなっていたバーン・スナイパーは怜央の墓地へと送られた。
「チェーン1のエスペリツの効果発動!このカードが特殊召喚した時、フィールド・墓地・EXデッキの凶典を1体、魔法&罠ゾーンに置くことができる。俺はフィールドの『幽階の凶典 モナルキア』を魔法&罠ゾーンへと置く!」
「融合モンスターをわざわざ自分から…」
盤面を見つめる灯の表情には、確かな警戒が浮かんでいた。
「『魔統の凶典 エスペリツ』は、魔法&罠ゾーンの凶典1枚につき、攻撃力が500アップする!さらにこの精霊は相手の効果で破壊されない!」
-------------------------------------------------
【ナディム】
LP8000 手札:2
①魔統の凶典 エスペリツ ATK6500
魔法&罠ゾーン:ガルドラボーク、ノワール、モナルキア
Pスケール:マレウス、ファシクルス
【怜央】
LP8000 手札:2
①スチームアーミー・レイル・エクスプレス(X素材:1) ATK2000
②スチームアーミー・コンパス・グレネード ATK1500
--------------------------------------------------
「6500の攻撃力に効果破壊耐性。さらに魔法&罠ゾーンの凶典によって、戦闘破壊もできず対象を取る効果は無効。とんだ怪物だな」
イーサンは低い声で呟いた。怜央がただの兵士相手に負けるはずがない。そう固く信じていた彼の思考に、濃い暗雲が立ち込め始める。
「エスペリツはお互いのターンに1度、魔法&罠ゾーンの凶典を3枚墓地に送り、その数まで相手フィールドのカードを凶典として俺の魔法&罠ゾーンに置くことができる。たった2枚の手札でお前に何ができる!」
ナディムは完全に勝ち誇り、煽るように声を張り上げた。あまりにも強悪な効果を突きつけられ、遊次はギリッと奥歯を噛み締めながら怜央の横顔を見つめた。
周囲の緊迫した空気をよそに、怜央の顔にはいつもの不敵な余裕が張り付いたままだった。静かに視線を落とし、手元に残された2枚のカードを見つめる。やがて顔を上げ、強大な敵が陣取るフィールドへと真っ直ぐに向き直った。迷いのない指先が、デュエルディスクへと触れる。
「墓地の速攻魔法『スチームアーミー・アサルト』を除外して効果発動。墓地のスチームアーミーを1体、特殊召喚する。来い、スチームアーミー・バーン・スナイパー」
炎の紋様が刻まれた装甲を持つ機兵が、鈍く光るライフルを携えてフィールドに降り立つ。これで怜央の陣営にはレベル4のモンスターが2体並んだ。いつでもエクシーズ召喚を仕掛けられる盤面だが、対峙するナディムは迎撃の構えすら見せない。
(耐性がある分、エスペリツの除去効果は俺がX召喚してからで構わねえってか。随分余裕だな)
一切の妨害を挟んでこない相手の態度に、怜央は内心で毒づきながら眼前の巨体を鋭く睨みつけた。
「バーン・スナイパーの効果発動!1ターンに1度、相手の魔法・罠カードを1枚破壊し、800のダメージを与える。『幽階の凶典 モナルキア』を破壊」
怜央の命令を受け、バーン・スナイパーが銃口を真っ直ぐに標的へと向ける。
(耐性を与える凶典ではなく、わざわざモナルキアを破壊するだと…?)
ナディムはその行動を鼻で嗤うように、薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「無意味だ!魔法&罠ゾーンに置かれた『幽階の凶典 モナルキア』の効果発動!魔法&罠ゾーンの凶典の数だけ、フィールドに攻撃力2500の悪魔トークンを呼び出す!」
ナディムの眼前に浮かび上がった巨大な魔導書『モナルキア』。その装丁の下部に一体化した禍々しい悪魔の顔面が、真っ赤な双眸をぎらつかせ、鋭利な牙の並ぶ口から長い紫色の舌をだらりと垂らして咆哮した。分厚いページがひとりでに激しく捲れ上がると、フィールドの五箇所に赤い魔法陣が浮かび上がる。
そこから姿を現したのは、5体の悪魔だった。どす黒く隆起した筋肉と、コウモリのような巨大な翼を持つ異形の魔物たち。ねじ曲がった角を備えた頭部からは獣のような荒い息を漏らし、手にした無骨な大斧を構え、怜央たちを威圧するように立ち塞がった。
「まさに悪魔召喚の禁書、か」
オスカーは腕を組み、冷静に呟く。
「攻撃力2500のモンスターが一気に5体も…」
おぞましい悪魔の群れに、灯は顔を歪ませる。しかし怜央は冷静に効果処理を続ける。
「チェーン1のバーン・スナイパーの効果により、モナルキアは破壊され、お前に800のダメージを与える」
バーン・スナイパーが銃床を肩に当て、標的へ向けてライフルを構える。銃口から放たれた鋭い光弾が一直線に宙を切り裂き、宙に浮かぶ分厚い魔導書『モナルキア』の中心を容赦なく貫いた。禍々しい悪魔の顔が苦悶に歪んだ直後、巨書は大きな爆発音と共に粉々に砕け散る。
「クッ…!」
ナディム LP8000→7200
「凶典が1枚減ったことで、エスペリツの攻撃力は500下がるぜ」
-------------------------------------------------
【ナディム】
LP7200 手札:2
①魔統の凶典 エスペリツ ATK6000
②悪魔トークン ATK2500
③悪魔トークン ATK2500
④悪魔トークン ATK2500
⑤悪魔トークン ATK2500
⑥悪魔トークン ATK2500
魔法&罠ゾーン:ガルドラボーク、ノワール
Pスケール:マレウス、ファシクルス
【怜央】
LP8000 手札:2
①スチームアーミー・レイル・エクスプレス(X素材:1) ATK2000
②スチームアーミー・コンパス・グレネード ATK1500
③スチームアーミー・バーン・スナイパー ATK1800
--------------------------------------------------
「フン!たった500下がった程度でお前に勝機はねえよ!我がフィールドの崇高なエスペリツは、戦闘でも効果でも破ることはできねえ!」
口元を歪めるナディムに、怜央は苛立ち混じりに言葉を返す。
「図体のデカさに合わねえお喋りっぷりだな。そろそろ鬱陶しくなってきたぜ」
「俺はレベル4のコンパス・グレネードとバーン・スナイパーでオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」
二体の機兵が光の渦へと呑み込まれ、激しい火花が散る。
「燃え盛る鋼鉄の機兵よ、爆煙と共に現れ、敵陣を焦土と化せ!」
「エクシーズ召喚!ランク4!
『爆焔鉄甲 炎機公子(エクスプロード)』!」
■爆焔鉄甲 炎機公子(エクスプロード)
エクシーズモンスター
ランク4/炎/機械/攻撃力2400 守備力2400
レベル4モンスター×2
このカード名の②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードの攻撃力はこのカードのX素材の数×200ポイントアップする。
②:このカードのX素材を一つ取り除き、フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを破壊する。
このカードが炎属性モンスターをX素材としている場合、この効果は相手ターンでも発動できる。
③:このカードのX素材を任意の数取り除き、
その数だけフィールドのモンスターを対象として発動できる。
対象のモンスター以外の自分のフィールド・墓地の「スチームアーミー」モンスターを選び、
対象のモンスターに装備カード扱いとして装備する。
赤と黒の金属板で覆われた炎を纏う鋼鉄の機兵が姿を現す。背中には大きな燃料タンクとブースターが、左腕にはバーナーが装備されている。
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「来た!怜央の切り札!」
炎を纏う黒き機兵の姿に、遊次の顔に明るい笑みが広がった。対するナディムは、自身のデュエルディスクから空中に投影されたソリッドヴィジョンへと視線を落とす。新たに現れたモンスターのテキストを素早く読み込んだ彼は、すぐに鼻で嗤い、先程までの余裕に満ちた表情を取り戻した。
「ハッ!気高き精霊には違いないが、その破壊効果では我がエスペリツを破ることはできん!」
余裕の表情を浮かべるナディムを前に、怜央は手札から一枚のカードを抜き取ると、勢いよく表へ向けた。
「誰がこれで終わりっつった?速攻魔法発動!『RUM-エクスプロージョン・フォース』!フィールドのスチームアーミー1体をランクアップさせる!」
■RUM-エクスプロージョン・フォース
速攻魔法
このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:自分フィールドの「スチームアーミー」Xモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターよりランクが1つ高い「スチームアーミー」Xモンスター1体を、
対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いでEXデッキから特殊召喚し、
このカードをそのX素材とする。
②:墓地のこのカードを除外し、フィールドのモンスターを2体まで対象として発動できる。
対象のモンスターの数だけフィールド・墓地から「スチームアーミー」モンスターを選び、
対象のフィールドのモンスターに装備カード扱いとして装備する。
この効果は相手ターンでも発動できる。
「ランクアップ…マジックだと!?それは選ばれし者のみが持つ崇高な魔術…!」
ナディムは戦慄に目を見開き、その場に釘付けになる。対する怜央は首を傾け、どこか投げやりな態度で言葉を返した。
「そうか、知らなかったぜ。俺はエクスプロード1体をランクアップさせる!」
「そうはさせねえ!『魔統の凶典 エスペリツ』の効果発動!魔法&罠ゾーンのガルドラボーク、ノワール、マレウスを墓地へ送り、貴様のフィールドの2体のXモンスターを、凶典として吸収する!」
ナディムが鋭く腕を振るう。巨大な魔導書が地を震わせる咆哮を上げると、背後に浮かぶ炎の円環が唸りを上げて回転を始めた。その熱波がフィールドのモンスターを飲み込もうとした瞬間、怜央は手札の最後の一枚を勢いよく突き出した。
「速攻魔法発動!『スチームアーミー・クロスファイア』!スチームアーミーXモンスター1体をEXデッキに戻し、そのX素材モンスターを特殊召喚する!」
■爆焔鉄甲分進制圧(スチームアーミー・クロスファイア)
速攻魔法
このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①:自分フィールドの「スチームアーミー」Xモンスター1体を対象として発動できる。
そのカードをEXデッキに戻す。その後、そのモンスターのX素材となっていたモンスターを可能な限り墓地から特殊召喚する。
この効果でXモンスターが特殊召喚された場合、そのモンスターは、そのランクと同じ数値のレベルのモンスターとしてX召喚の素材にできる。
②:自分の「スチームアーミー」Xモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合、墓地のこのカードを除外して発動できる。
破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える。
「エクスプロードをEXデッキに戻し、素材となるコンパス・グレネードとバーン・スナイパーを特殊召喚する!」
漆黒の機兵が異常なまでの熱を放ち、一気に蒸気を噴き上げる。その姿が白い煙の中へと消えていくのと同時に、周囲を回っていた二つの光球がフィールドへと降り立った。眩い光が弾けると、そこにはライフルを構えた機兵と、コンパス型の武骨な手榴弾が姿を現していた。
「チッ、小賢しい!だがレイル・エクスプレスは俺のフィールドに凶典として置かれる!」
ナディムの叫びに合わせ、エスペリツはその巨大な両手を正面で力任せに打ち合わせた。その衝撃を受け、怜央の前にそびえていたレイル・エクスプレスが激しく歪み始める。巨大な鋼鉄の列車は見えない圧力によって、紙細工のように押し潰された。
一際大きく上がった火柱が収まると、そこには一冊の魔導書が浮かんでいた。重厚な鉄の装丁には無数の歯車が刻まれ、錆びた金属の光を放っている。その本は吸い込まれるように、ナディムの魔法&罠ゾーンへと吸い寄せられていった。
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【ナディム】
LP7200 手札:2
①魔統の凶典 エスペリツ ATK5000
②悪魔トークン ATK2500
③悪魔トークン ATK2500
④悪魔トークン ATK2500
⑤悪魔トークン ATK2500
⑥悪魔トークン ATK2500
魔法&罠ゾーン:レイル・エクスプレス(凶典)
Pスケール:ファシクルス
【怜央】
LP8000 手札:0
①スチームアーミー・コンパス・グレネード ATK1500
②スチームアーミー・バーン・スナイパー ATK1800
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魔法&罠ゾーンの凶典カードが2枚になったことで、エスペリツの攻撃力は下がっている。しかしなおも5000の圧倒的な攻撃力を誇り、破壊耐性を持っている。ナディムは大声で笑い声をあげる。
「フハハハ!これでお前の手札は0!場には下級精霊2体!圧倒的な力を持つ我が精霊の前に、一体何ができる!?」
天を突くような魔導書を象る異形と、それを取り囲む五体の悪魔。相対する怜央の姿は、ひどく小さく映る。重苦しい沈黙を破り、腕を組んだオスカーが静かに口を開いた。
「まさか、これで終わりではあるまい。"新しい戦術"とやらも見た覚えがないしな」
冷徹な響きとは裏腹に、その眼差しは刃のように鋭い。弟を打ち破った者がこの程度の窮地で屈することを、彼は決して容認していなかった。怜央は挑発を正面から受け止め、不敵な笑みを浮かべる。
「お望みなら…見せてやるよ」
その瞳に強い光が宿り、怜央は凛とした表情で正面を射抜いた。
「俺はレベル4のコンパス・グレネードとバーン・スナイパーでオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」
2体のモンスターが眩い光の奔流と化し、地面に現れた銀河の渦へと吸い込まれていく。
「燃え上がる鋼のその足は、退くことなく先陣を切る。爆風となりて敵を穿て!」
「エクシーズ召喚!ランク4!
『スチームアーミー・ブレイズ・ヴァンガード』!」
■爆焔鉄甲 熾鋒隊将(ブレイズ・ヴァンガード)
エクシーズモンスター
ランク4/炎/機械/攻撃力2600 守備力1000
レベル4「スチームアーミー」モンスター×2体以上
このカード名の②の効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:このカードは、攻撃力がこのカードの装備カード扱いの「スチームアーミー」モンスターの数×500アップし、その数だけ1度のバトルフェイズに攻撃できる。
②:このカードのX素材を任意の数だけ取り除き、その数だけ自分の墓地・除外状態の、装備カードになった場合の効果を持つ「スチームアーミー」モンスターを対象として発動できる。
対象のカードをこのカードに装備する。
③:装備カードを装備したこのカードが戦闘で相手モンスターを破壊した場合に発動できる。
破壊したモンスターと同じ縦列の相手カードを全て破壊する。
姿を現したのは、全身を煤けた装甲で覆い、無数の歯車を剥き出しにした機兵だ。肩や背中からは数本のパイプと太い煙突が突き出し、激しい黒煙と共に高圧の蒸気が噴き出している。
右腕に据えられた巨大な円錐状のドリルは、猛烈な勢いで回転し、周囲の空気を切り裂く轟音を響かせている。腰に巻かれた襤褸のような赤い布が熱風になびき、鋭利な頭部と胸部の隙間から漏れ出す橙色の光が、足元を焼き尽くす炎の中で不気味に輝いている。
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「これが怜央の新しい力…」
フィールドに降り立った機兵。その姿を食い入るように見つめながら、遊次は思わず息を漏らした。
見上げるナディムの視線の先には、彼自身よりも大きな機兵がそびえている。だが、彼の周囲を固める悪魔たちと切り札であるエスペリツは、さらにその上をいく巨体を誇っていた。ナディムは余裕の笑みを浮かべ、煽るように声を張り上げる。
「無駄な足掻きだ!ランク4の精霊1体で倒せるほど我が軍勢はヤワではない!」
怜央はその言葉を鼻で嗤い、冷たく吐き捨てた。
「何言ってんだ。もうテメェは"終わって"んだよ」
「あ……?」
不快そうに額に皺を寄せ、ナディムが怜央を睨みつける。怜央はそんな視線を気にも留めず、エクシーズモンスターの下に重ねられていた二枚のカードを同時に引き抜いた。
「ブレイズ・ヴァンガードのオーバーレイユニットを2つ取り除き、効果発動!取り除いた数だけ、墓地または除外状態の、装備カードとなった場合の効果を持つスチームアーミーを、このカードに装備する!」
「自分自身に爆弾を…?」
アリシアと灯は驚きに目を見開く。相手モンスターに爆弾を装着させる今までの戦術とは明らかに一線を画していた。
「俺は除外されてるクロック・ダイナマイトとライター・テルミットをこのカードに装備!」
無骨な時計型の爆弾と、巨大なライターを模したテルミット弾が空中に現れる。そして二つの爆弾型モンスターから、鋭い射出音と共に鋼の鎖が放たれた。伸びた鎖はブレイズ・ヴァンガードの煤けた装甲に蛇のように絡みつき、ギリギリと火花を散らしながら巨体を縛り上げる。直後、鎖が一気に巻き取られ、宙に浮いていた爆弾本体が機兵の背中へと急速に引き寄せられる。
ガァンッ!と重厚な激突音が響いた。時計型爆弾とテルミット弾は機兵の背面に深く食い込み、まるでそれらはブレイズ・ヴァンガードと一体となるように装着された。
「さらに墓地の『RUM-エクスプロージョン・フォース』を除外して効果発動!墓地のスチームアーミーを、フィールドのモンスター1体に装備する!墓地のコンパス・グレネードを、ブレイズ・ヴァンガードに装備!」
続いて、ブレイズ・ヴァンガードの眼前にコンパス型のグレネードが実体化する。その無骨な外装から数本の鎖が弾け飛び、巨体の分厚い胸部を囲うように絡みついた。鎖が限界まで張り詰めると、宙のグレネードが強烈な勢いで装甲へと引き寄せられる。激しい硬質な音を響かせ、機兵の胸の中央に新たな兵装として合体した。
「ブレイズ・ヴァンガードは、装備しているスチームアーミーの数×500攻撃力が上がり、その枚数だけ1度のバトルフェイズで攻撃できる!」
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【ナディム】
LP7200 手札:2
①魔統の凶典 エスペリツ ATK5000
②悪魔トークン ATK2500
③悪魔トークン ATK2500
④悪魔トークン ATK2500
⑤悪魔トークン ATK2500
⑥悪魔トークン ATK2500
魔法&罠ゾーン:レイル・エクスプレス(凶典)
Pスケール:ファシクルス
【怜央】
LP8000 手札:0
①スチームアーミー・ブレイズ・ヴァンガード ATK4100
(コンパス・グレネード、クロック・ダイナマイト、ライター・テルミット装備)
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「攻撃力4100の3回攻撃…。しかしこれでは、融合モンスターまでは倒せないぞ」
アリシアは目を細め、盤面に立つモンスターたちを睨む。その横で、遊次は口角を上げて言葉を返した。
「あいつが終わりだってんなら、終わりってことだぜ」
アリシアはわずかに眉を寄せたまま、再びフィールドへと視線を向けた。
「何が"終わり"だ!その攻撃力じゃトークンは倒せても、我が切り札たるエスペリツには届かねえ!」
ナディムは顔を歪め、荒々しい声で怒鳴りつける。肩で息をしながら怜央を睨みつけるが、その瞳は、いまだ崩れない相手の余裕を前に微かに揺れ動いていた。
怜央は静かに右手を持ち上げる。表情を変えぬまま人差し指と中指を伸ばし、銃口に見立てた二本指をナディムへと真っ直ぐに突きつけた。
「バトルフェイズ!ブレイズ・ヴァンガードで、悪魔トークンへと攻撃!」
攻撃対象としたのは左端に位置するトークンだ。
怜央の号令と共に、ブレイズ・ヴァンガードの右腕に据えられた円錐状のドリルが回転を始める。装甲の隙間から噴き出した炎がドリルの螺旋に巻き込まれ、鋭い炎の渦を形成した。背中の煙突から激しく黒煙を噴き上げ、機兵は悪魔トークンへ向けて一直線に突進を開始する。
重い鋼鉄の足取りがフィールドの距離を一気に削り取り、巨体の眼前にまで迫った。機兵は勢いを一切殺すことなく、燃え盛るドリルを正面から真っ直ぐに突き出す。高速で回転する灼熱の切先が悪魔の胴体に深く食い込み、激しい火花と炎を周囲に撒き散らしながら抉り開けていく。圧倒的な推進力に押し込まれ、回転するドリルは悪魔の背中を完全に貫き通った。
悪魔を貫いた勢いそのままに、ドリルの先端から放たれた螺旋状の炎が後方へと突き抜ける。燃え盛る渦は一直線に伸び、その延長線上に立つナディムの身体を容赦なく飲み込んだ。
「ぐあああっ!!」
ナディム LP7200→5600
熱波が吹き荒れる中、怜央は首元のマフラーを鋭く翻し、前方へ右手を突き出した。
「ブレイズ・ヴァンガードの効果発動!装備カードを装備したこのカードが相手モンスターを破壊した時、その同じ縦列の相手カードを破壊する!」
ナディムを包み込んでいた炎の螺旋が、天に向かってさらに勢いを増す。荒れ狂う炎はそのまま彼の頭上へと迫り、ペンデュラムゾーンに配置された『凶典』のカードを瞬時に焼き尽くし粉砕した。
炎の熱波が残る中、ナディムは肩で荒く息をしながらも、口元に笑みを浮かべていた。
「はぁ、はぁっ…。だからなんだぁ!?それがお前の秘策か!?結局、トークンしか倒せねえことには変わりねえ!」
堂々と両腕を広げ、高らかに声を上げる。だが、傍らの遊次と灯は無言で顔を見合わせ、ムルシドは眉間に指を当てて静かに首を振った。彼らのその反応を目の当たりにし、ナディムの笑みがピクリと引きつる。
(な、なんだ…この空気は!)
「そいつの攻撃力をよく見てみろ」
怜央はすかさず腕を上げ、宙に浮かぶ『魔統の凶典 エスペリツ』へと真っ直ぐに指を突きつけた。怜央の言葉に、ナディムは空間に浮かび上がったソリッドヴィジョンのステータスへと目を向ける。表示された数値を目にし、目を見開いて息を呑む。
「はっ……!」
魔統の凶典 エスペリツ ATK4500
「テメェのそのモンスターは、魔法&罠ゾーンの凶典の数だけ攻撃力が上がる。逆に言やぁ、魔法&罠ゾーンの凶典が減れば攻撃力も下がるってことだ」
怜央は口角を釣り上げ、煽るような笑みを向けた。
「まさか精霊様を信仰してるくせして、その力もまともに把握してねえのか?」
ナディムはギリッと歯を食いしばり、顔を歪めたまま押し黙る。
(全てのモンスターゾーンにトークンがいるから、その同じ縦列には必ず凶典が存在する…。耐性を与える凶典ではなくトークンを生み出すモナルキアを破壊対象に選んだのは、確実に効果を使わせて俺のモンスターゾーンを埋めるためだったのか…!)
怜央がバーン・スナイパーでの破壊対象に選んだのはフリーチェーンでトークンを生み出すモナルキア。破壊する前に効果を使われてしまう以上、他に破壊すべき凶典があったのは事実だ。ナディム自身もそこに違和感を抱いていた。しかしその真の狙いに彼は気づくことができなかった。
怜央はそんな彼を意に介さず、次なる命令を下した。
「ブレイズ・ヴァンガードは装備カードの数だけ攻撃可能!続けて悪魔トークンへと攻撃!」
ブレイズ・ヴァンガードの右腕が再び前方へと突き出される。ドリルが高速回転して炎の渦を生み出すと、機兵は短い助走で一気に地を蹴った。そのまま2体目の悪魔トークンの胴体を真っ向から貫き通した。
「があああっ!!」
ナディム LP5600→4000
「ブレイズ・ヴァンガードの効果発動!相手モンスターを破壊した時、同じ縦列のカードを破壊する!この効果は1ターンに何度でも発動できる!」
炎の螺旋が向かう先には、凶典と化したレイル・エクスプレスが位置していた。轟音と共に、巨大な炎の槍が、禍々しい書物へと姿を変えたその標的を真正面から捉える。容赦なく突き立てられたドリルが紙片を散らしながら抉り抜き、凶典を跡形もなく粉砕した。
「魔法&罠ゾーンの凶典が減ったことで、エスペリツの攻撃力は下がる」
魔統の凶典 エスペリツ ATK4000
盤面を見つめるアリシアの表情に、微かな疑問が浮かぶ。
(これであの融合モンスターを突破できるが、相手のライフを削り切ることはできない。では"終わり"とは何だ…?)
だが、ナディムの額には大量の脂汗が浮かんでいた。彼は血の気を失った顔で、じりじりと後ずさる。
「や、やめろ…!中立派と会っていたことが知れれば、俺は反逆者扱いだ!頼む、許してくれ…!」
ナディムは顔を引きつらせ、必死の形相で怜央へとすがりつくように手を伸ばす。怜央は冷ややかな視線でナディムを射抜き、冷徹な声色で短く切り返した。
「知るか」
怜央の言葉に目を見開き、ナディムは縋るようにムルシドへと視線を向けた。しかしムルシドの瞳は冷酷そのものだった。そこに一切の慈悲がないことを悟り、ナディムは絶望に顔を歪ませる。
そして怜央が鋭い声で最後の命令を下す。
「終わりだ。ブレイズ・ヴァンガードで『魔統の凶典 エスペリツ』へ攻撃!」
ブレイズ・ヴァンガードが力強く地を蹴り、空中へと跳躍する。宙に浮かぶエスペリツへと一気に迫り、高速回転するドリルをその胴体へと真っ直ぐに突き立てた。引き裂かれた箇所から、無数の紙片が吹雪のように激しく飛び散る。やがてエスペリツの巨体は猛烈な炎に包み込まれ、空中で完全に燃え尽きた。
「クッッソォォオ!!」
ナディム LP4000→3900
エスペリツが燃え尽きた直後、怜央がデュエルディスクの墓地スロットから素早く一枚のカードを引き抜いた。そのままカードを表側へ向ける。
「墓地の速攻魔法『スチームアーミー・クロスファイア』の効果発動!スチームアーミーXモンスターがバトルで相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、このカードを墓地から除外して、破壊したモンスターの元々の攻撃力分、相手にダメージを与える!」
アリシアがハッと小さく息を呑む。怜央の言った「終わり」とは、墓地に潜むこのカードのことだった。傍らの遊次やイーサンは歓声を上げることもなく、当然のように真っ直ぐな信頼の眼差しを怜央へと向けている。
「エスペリツの攻撃力は4000!テメェのライフは燃え尽きる!」
ブレイズ・ヴァンガードが、右腕のドリルを天高く掲げる。すると、その頭上に巨大な禁書を模した炎の塊が浮かび上がった。迫る熱波に、ナディムは目を見開いて後ずさる。
ブレイズ・ヴァンガードは掲げていた右腕を勢いよく振り下ろし、頭上の炎の塊がナディムへと一直線に襲い掛かる。
「ぐぉおおおお!!!」
巨大な禁書を象った炎が、ナディムの全身を容赦なく飲み込む。彼は激しく燃え盛る業火に焼かれ、その視界は赤一色に染まった。
ナディム LP3900→0
「勝者、鉄城怜央。契約に基づき、ナディム・カーティブに対し、鉄城怜央および同行者5名の行動の妨害・制限を禁じます」
仰向けで倒れるナディムに、DDASが冷徹な契約を告げる。
「しゃあっ!ワンターンキル!やったな怜央!」
遊次が横から腕を伸ばし、怜央の肩を組んで笑いかける。だが怜央は倒れ伏すナディムに一瞥もくれず、沈黙を保つムルシドを鋭く睨みつけた。
「このデカブツはもう俺らに触れられねえ。さすがに老いぼれ1人で俺らを縛り上げるなんざ無理だろ。どうするつもりだ?」
怜央の言葉にも、ムルシドは口を閉ざしたまま動かない。そこにイーサンが一歩前に出て、声を張った。
「もし兵士を呼ぼうとすれば、悪いが俺らはアンタを人質に取る。こんだけ人数がいれば簡単なことだ。もう強硬手段は取れないと思った方がいい」
不利な状況を突きつけられてもなお、ムルシドの顔に動揺の色は浮かばなかった。彼は静かに足を踏み出し、倒れたままのナディムの傍らへと歩み寄ってその姿を見下ろす。
イーサンがすぐさま後を追い、不測の事態に備えてムルシドの背後にピタリと張り付いた。鋭い視線でその動きを警戒する。だが、ムルシドは意に介さず、深く息を吸い込んで大音声を響かせた。
「ここに反逆者がいる!この者を捕らえよ!」
唐突な叫び声に、遊次がぎょっと目を剥く。
「オ、オイ!マジかよ!人質に取るって言われたばっかだろ!?」
焦る遊次に対し、ムルシドは振り返ることなく、背中越しのまま淡々と返した。
「安心せい。捕らえるのはそなたらではない」
予想外の言葉に、遊次たちが一斉に眉を寄せる。直後、ガチャガチャと重い金属音を鳴らしながら、鎧姿の兵士が二人駆けつけてきた。
「ムルシド様!反逆者とはいずこに!」
息を切らす兵士たちに対し、ムルシドは無言で腕を伸ばす。その指先は、よろけながら起き上がろうとしているナディムの姿を真っ直ぐに指し示していた。
「この者は夜な夜な、中立派の女と密会を繰り返していた。反逆を企てているに違いない。今すぐ捕らえよ」
言葉を突きつけられたナディムは顔を歪め、大声を張り上げる。
「ふ、ふざけるなッ!!違う!反逆なんかじゃねえ!俺はただ…」
勢いよく上体を起こすが、駆けつけた二人の兵士が両側から太い腕をきつく押さえ込み、その動きを力ずくで封じ込める。
「ク、クソォ!!離しやがれッ!!」
激しく身を捩りながら抵抗する巨体が、兵士たちに引きずられるようにして連行されていく。遊次たちは困惑した顔でその光景を見つめていた。デュエル前、ムルシドは敗北の代償として秘密の暴露を突きつけていたが、彼らにとってその行動の真意は全く読めないままだった。
足音が遠ざかり、薄暗い裏路地にはムルシドと遊次たちだけが残される。遊次が一歩前へ踏み出し、険しい顔つきで声をかけた。
「どういうつもりだよ!アンタの目的はなんだ?」
遊次の言葉に、ムルシドは背中を向けたまま答える。
「悪いが、そなたらの力を見極めさせてもらった。この国を取り戻すに足る力を持つかどうか、な」
その言葉の意味は、誰しもが理解できずにいた。
ムルシドがゆっくりと振り返る。その顔を見た瞬間、遊次たちは押し黙った。先ほどまでの冷徹な態度はすっかり消え失せている。そこにあったのは、一世一代の覚悟を決め、何かにひどく追い詰められているような、ひたすらに真剣な眼差しだった。
「…お待ちしておりました。我が"盟友"、ヘックス・ヴラッドウッドの使者よ」
ムルシドは突如としてその場に膝を折り、遊次たちの前で深く頭を垂れた。
「なっ…!」
遊次たちは思わず身を引き、地面に伏した老人の姿を目を見開いて見下ろす。
ムルシドはゆっくりと顔を上げた。真っ直ぐに向けられたその瞳には、切迫した真剣な光が宿っていた。
「この国は今、滅びの一途を辿っている。だがそなたらの力があれば…未来は変えられる!」
未開の地、ネフカ王国。
この地で遊次たちを迎え入れた神官「ムルシド」。
男は突如として牙を剥き、彼らを罠へと陥れた。
そのはずの男が今、標的であった遊次たちの足元に平伏している。
ネフカ王国を救ってくれと。
果たして、この男の真の目的は何なのか。
そして今、ネフカ王国に一体何が起きているのだろうか。
第80話「手厚い"歓迎"」 完
ネフカ王国に根付く二つの思想。
モンスターワールドの原初たる二体の"神"。
そして遊次達の前に現れた少女「トト」。
彼女の抱える一冊の古文書に記されたという"禁忌"。
トトの命を狙い、圧政を敷く国王「アスラナク」。
地球に迫る隕石を打ち破ろうとする遊次達と、
暴君アスラナクを打ち破ろうとするムルシド。
彼らの目指す道は交差する。
「女の子1人守れねえで…世界なんか守れっかよ」
次回 第81話「禁忌を抱く少女」