もしドル~もしも”アイ”が死んだ13年後、”I(アイ)”を名乗る少女が【アイドル】を歌ったら~   作:土ノ子

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あの日の続きが始まった

 夜の釣り堀に蛍光灯が淡い光を投げかけていた。周囲はすでに客も少なく、水面に映る月明かりだけが静かな存在感を放っている。

 竿を握る手に小さな当たりを感じ、俺――斉藤壱護は僅かに体を前傾させた。だが結局それも様子見程度の当たりで魚は食いついてこなかった。時計を確認するともう八時過ぎ。辺りは完全に闇に包まれ、蛍光灯の明かりが水面に揺らめいていた。

 

「ふぅ……釣れねぇな」

 

 ため息が漏れる。何をする訳でもなく夜釣りに来るのが日課になっていた。

 愚痴をこぼすが別に釣れなくても構わない。ただボーッと水面を見つめているだけでアイやアクア、ルビーのこと、そして自分が投げ出した責任を考える時間になる。

 ただ最近はアイのことを考える時間が増えた。

 

「アイ……」

 

 今もそう、ついその名を口にしてしまうくらいに。

 

「あれ、私のこと呼んだ?」

 

 だからその声に答える奴がいた時は……正直に言おう。口から魂が飛び出そうなくらい驚いた。

 ひょっこりと、俺の隣に、俺が最後に見たままの姿のアイがいた。

 一番星を宿した瞳、ファンを魅了する嘘吐きの笑顔。ただ屈んで俺を見ているだけの横顔が一枚の芸術作品のようで……()()()はあまりにもアイそのままだった。

 

「な、は、ぁ……? …………は? はァァァ――!?」

「え、なにそのリアクション超ウケるんだけど。社長辞めて芸人に転職したの?」

 

 ケラケラと笑いながら会話を続けるアイ。

 そのありえないはずの姿が、あまりにも違和感がなく、全く唐突にあの日の続きが始まっていた。

 

「あー……………………ちげぇよおバカアイドル。誰でも死んだと思った奴がひょいひょい顔を見せたらビビるだろ。俺は普通だ」

 

 俺は何もかもがおかしいと思いながらこのバカな世間話を続けることにした。釣竿を握り直し、浮きかけた腰を下ろす。

 …………さて、一体何が起こっているんだろうな、これは?

 

「おバカは酷いよ佐藤さん! なんでそんなこと言うの!?」

「惜しい! 俺の名前は斉藤だこのクソアイドル! テメェ何度間違えたら俺の名前覚えるんだこのバカ!」

 

 ――ああ、なんて懐かしい。

 

「アハハ、ごめんごめん。佐藤さんのリアクションが面白いからさー。ついね?」

「……聞きそびれたから聞くんだがお前のそれどこまでワザとだったんだ?」

「人の名前が覚えられないのはホントだよ? でもミヤコさんのことはちゃんと名前で呼んでたでしょ?」

 

 そう言って悪戯っぽく笑うアイに「ああそうかい」と返し、サングラスをかけ直す――目の端から流れる()()をそっと拭った。

 

「イヤな特別扱いをどーも。聞くんじゃなかったぜ、失敗した」

「そんなこと言ってほんとは嬉しいくせにー」

「おいバカ止めろ魚が逃げる」

 

 無駄にイイ面をニヤニヤとニヤけさせながらうりうりと肘で脇腹を突いてくるアイ。揺れる釣り竿に繋がる浮きが水面に波紋を広げ、反射した月の光が瞬いた。

 

(……幽霊じゃ、ねえんだな)

 

 奇妙な現実感のなさが続く事態に唯一確かな手ごたえ。

 あるいは俺がイカレて幻覚を見ている可能性もあるが、そうじゃなきゃこいつは確かに生きてここにいる。

 

「――アイ、お前いままでどこに」

「ニュースで見たよー。最近の苺プロ、すっごく忙しいんでしょ?」

 

 俺の言葉を遮ってアイは世間話を始めた。

 その傍若無人な物言いはあまりにも()()()。俺が知るアイは人に迷惑をかけることが当たり前と言わんばかりに迷惑と愛嬌を振り撒く奴だった。

 

「新生B小町の新曲も大ヒットだし、『アイドル』効果で私の歌も時を超えて再評価されてるみたいだし! いやー流石は私。才能だね」

 

 顎のあたりに指を当ててドヤァと得意げに笑うアイ。

 が、聞き逃せない単語を耳にして思わず聞き返した。

 

「おい待てアイ。やっぱあの動画のI(アイ)はお前なのか?」

「え、そうだよ当たり前じゃん。まさか気付いてなかったの……?」

 

 震える語尾付きで露骨に可哀そうな人を見る目を向けられる。

 それすら可愛いのは最早理不尽ですらあるな。顔面偏差値の暴力が過ぎる。

 

「ンな訳ねえだろまずテメーが死人だってこと考えやがれこのクソバカ!? いやマジでどういうことだ、一から十まで何が起こってるのか分からねえぞ!?」

「それこそどーでもいいじゃん。私はアイ/I(アイ)。で、ここにいるの。それが全部だよ!」

 

 それはアイの真骨頂。見る者全てを魅了して、どんな理不尽でも押し通す無敵の笑顔。

 明らかにおかしなことになっていると自覚しつつ、俺はそれ以上突っ込めない。無敵モードに突入したアイは、無敵なのだ――あの双子を産むと決めた時のように。

 

「そんなことより最近のルビーの活躍って最高だよねー! 『深掘れ☆ワンチャン!!』のリポートとかさ、あの天然っぷりがもう反則級に可愛くない? キラキラ輝いてて、見てるこっちまで幸せになっちゃう! 流石は私の天使(マイラブリーエンジェル)

 

 アイの目が輝きながら、身振り手振りを交えて熱弁を振るう。

 親バカ……いや、アイドルヲタクか? アイについて語るルビーにそっくり過ぎて思わずルビーの変装じゃないか一瞬疑ってしまう。

 

(あー……懐かしいわ。こいつたまに、いや頻繁にIQ低めのおバカ発言してたっけか。俺も結構アイのこと美化してたんだなぁ)

 

 しみじみと昔を思い出す。

 俺が、俺達(ファン)が焦がれる程に惹きつけられた(アイ)は頭がいいとは到底言えないバカだった。

 精密に精巧に形作った『嘘』で作り上げた芸術品(アイドル)でありながらその人格(キャラクター)の半分以上は天然おバカ娘だったのだ。

 

「あ、もちろんアクアのことも見逃してないよ! 『今ガチ』のアクあかマジ尊かったよね……クールなイケメンの裏に優しさが滲み出てて、涙が、涙がもう止まらなくてさ!!」

「おう、そうか」

「いやでも私個人はアクかな推し……あの子ならきっとアクアを幸せにしてくれるはず。でもそれはつまりアクあかの破局……うわあああぁぁぁん、私はどっちを応援したらいいの佐藤さん!?」

「俺に聞くな」

 

 付き合ってらんねえ。

 俺は釣り竿を振って手元に戻した釣り針にエサを付け直した。

 

「で、佐藤さん実際のところどうなの??? 関係者でしょ???」

顔を近づけるな怖えよ。お前とルビーホントそっくりだな。母娘(おやこ)か、母娘(おやこ)だったわ」

 

 ズズイと瞳に星を宿したアイに迫られちゃもうお手上げだ。

 人生は何が起こるか分からない。今日ほどそれを実感したことはなかった。

 

「忠告しとくが親が子どもの恋愛事情に首突っ込むのはマジでウザいらしいぞ?」

「え、子どものいない佐藤さんがそれ言うの?」

「……お前アクアにもそっくりだわ。人の心がない一言でグサリと刺すところとかな」

 

 なんて他愛なく、愛おしい時間だろうか。

 宝石よりも黄金よりも貴重な、奇跡そのものの時間を噛み締め……………………手放す。

 もう十分だ。俺はもう十分、報われた。

 

「……つーかよ、どうせなら本人達に聞いたらどうだ?」

 

 そう言って懐から取り出した携帯をアイに向けて差し出す。

 俺よりももっとお前に会いたがっている奴らがいるんだ。誰よりもお前に囚われちまった奴らなんだ。だからよ、アイ――あのガキどもを救ってやってくれ。

 

「そいつにはルビーの連絡先が入ってる。そこからアクアにも繋がるだろ」

「――――ぁ」

「あいつらもお前を待ってる。ずっと、ずっとだ。だから、会ってやれ」

「……………………うん」

 

 瞳の星が、(またた)いた。

 揺れる、揺らぐ。

 完璧で究極のアイドルが、1人の母親に変わる。そして俺が差し出した携帯に震える手を伸ばし――、

 

「――間の抜けたお芝居はそれくらいにしてくれるかな? 星野アイ」

 

 唐突に背後からかけられた、()()()()()()()()()()()()()にその手が止まった。

 

「な……!?」

 

 なんだ、こいつは……?

 背後を振り返る。いつの間にか気配もなく俺達のすぐ背後に、黒のドレスを着込んだ小柄なガキがいた――凶悪に、目を奪われる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 バサリ、バサリ。そのガキのそばに控えるように3羽の鴉が空から舞い降りた。

 

「あ、ツッキーじゃん。どしたの?」

「どしたの? じゃあないんだけど? その男を呼びに来たはずなのに無駄話を何時までも……」

 

 一方のアイは気にした様子もなくその不気味なガキに返事をした。

 苛立ちを示すように地面を蹴るガキとアイはどうやら知り合いらしい。

 

「アイ、お前の知り合いか……?」

「んー、まあ。今回は私のサポーター? みたいな? あ、でも普段は友達だよ」

 

 言葉を探すように腕を組んで首をひねるアイ。サポーター?

 

「興味本位。利害の一致。共犯者。あるいは傍観者。間違えないでくれるかな? 星野アイ」

「……おかしなガキだな。昔のアクアを思い出すぜ」

「勘がいいね斉藤壱護。当たってはいないが、僅かに掠ってはいるよ? 何一つ真実を知らない無知を考えれば慧眼と言っていい」

 

 クスクスと笑って上から目線でご高説を垂れるクソガキの見た目はどうサバを読んでも5歳より上ってことはねえだろ。

 なのに妖艶ですらある微笑み……こいつは上手く育てれば面白い女優になりそうだな。

 

「……妙な目で私を見ないでくれるかな? 幼児性愛者のレッテルを張られたくなければね」

「テメーみたいな不気味なガキなんざ金を積まれてもお断りだ。ところで自己紹介をした覚えはないぜ?」

「おや、気が付かなかったな。ツクヨミと名乗っている。覚えなくていいよ? どうせ今晩限りの付き合いだもの」

 

 ツクヨミと、名乗っている……ねえ?

 

「しばらく見ないうちに個性的な知り合いが増えたな、アイ。類友ってやつか?」

「失礼な物言いだね、斉藤壱護。実に心外だよ」

「あっ、ツッキーそれどういう意味!?」

「年上を呼び捨てにするガキに礼儀を説かれる謂れはねーな。用件を言え、用件を」

 

 ガキに食って掛かるアイを遮って用件を問いただす。

 すると余裕たっぷりに頷いたガキは当然と言わんばかりの調子で俺に命令してきた。

 

「斉藤壱護。キミには今夜一晩、私達……いや、星野アイに付き合ってもらいたい」

「あぁん?」

 

 急に現れて何を言ってんだこのガキは? アポ取るって概念を知らねえのか?

 大体アイの予定はうちの双子が先約済みなんだよボケ。

 

「もちろん断ってもいいよ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あ”ぁ”? ――そりゃどういう意味だ、ガキ」

 

 心臓を抉るような一言に、我ながらドスの利いた声を搾り出す。

 今の俺は話次第じゃガキが相手でもブチ殺すぞ?

 思わず釣竿を握る手に力が籠った。

 

「怖いね。これでも身体は子どもなんだ、凄まないでよ」

 

 俺の語気をクスリと笑って受け流すガキ。

 どう考えても見た目通りのガキじゃねえ。マジモンの妖怪か……?

 

「一度は何もかもを喪ったキミに機会を与えよう――アイを守れ、()()()()

「……アイ。どういうことだ?」

「ごめん、佐藤さん。私、頭が悪いからどこまで言っていいか分からないんだ。でもね、ツッキーの言ったことは本当」

 

 はぐらかす癖に無視は出来ないという一番タチの悪い台詞回しだ。性格の悪さが滲み出ていやがる。

 埒が明かないとアイを見るが、困った顔で首を振られた。

 

「私を助けて。アクアとルビーのために」

 

 胸に手を当て、真っすぐに俺を見る(アイ)の瞳が輝いて――。

 

「お願い! こういうの頼めそうなの佐藤さんだけなんだ。だから、ね?」

 

 なんつぅ殺し文句だ、畜生……!

 両手を合わせて上目遣い。あざとさの塊みたいな仕草だがこいつにそれをやられて耐え切れる奴らは少ないだろうな。アクアあたりは秒も保たず陥落だろう。

 

「……しょうがねえな」

 

 俺は違う。一呼吸分は保った。

 

「ありがとっ! さっすが佐藤さんだね、頼りになるー! ヒューヒュー♪」

「調子のいいやつだな……それで結局俺は何に付き合わされるんだ?」

 

 それくらいは聞いても罰は当たらないだろう、アイ?

 

「んーとね」

 

 アイは考え込む()()()一拍の間を置いて。

 

「あの子たちのおとーさんに会いに行くんだっ!」

 

 爆弾をぶん投げてきた。

 

「なっっっ!? は、あぁぁ? どういうことだそいつはお前を殺した――」

「ほらほら急いで佐藤さん。もう約束の時間まで余裕がないんだからさ」

「テメェちょっとは俺の話を聞けッ!!」

 

 俺のことなど気にも留めず急げと走り出すアイの背中を追う。クソガキは何時の間にやら姿を消した。

 アイも、消えてしまうかもしれない。

 そんな恐れが俺の足を衝き動かし、必死にアイを追いかける。

 結局俺は詳しい事情やアイが生き返った理由など肝心なことは何一つ分からないままアイ達に付き合わされることになった。

 




次回、因縁との対峙。
アイ「もしもしカミキ君? 私いま君の事務所の前にいるの」
ツクヨミ「さて、肉盾確保と」

 カクヨムの方でクライマックス中のメイン作品を更新しつつこちらも更新。
 正直なかなか大変なので本作は不定期更新となりますが、見捨てず感想・評価・お気に入り登録・いいねなどで応援頂けますと幸いです。
 皆様の応援がモチベーションなので何卒なにとぞーm(__)m
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