もしドル~もしも”アイ”が死んだ13年後、”I(アイ)”を名乗る少女が【アイドル】を歌ったら~   作:土ノ子

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私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの

 芸能事務所『神木プロダクション』のオフィスに、夜の帳が静かに降りていた。

 時刻は19時を少し過ぎた頃。

 クリーンなホワイト企業のイメージを守るため、マネージャーや社員には定時退社を推奨している。そのお陰でオフィスに人影はほとんどいない。いや、いま最後の1人が挨拶して笑顔で退社していった。

 

「ふふ……秘密のお楽しみには丁度いい、かな」

 

 冗談めかして呟く。

 喧騒が残る東京の街とは対照的にオフィスは静かだった。デスクの上には整然と並べられた資料、モニターには最新の芸能ニュースが流れ、壁に掛けられたアナログ時計の針がカチ、カチ、カチ、カチと音を刻んでいる。

 椅子に深く身を沈め、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……嗚呼(ああ)

 

 目の前のデスクには、開いたままのノートパソコン。画面にはYouTubeの動画が再生されていた。

 『アイドル』――あの日以来、幾度となく再生したMV。それでも僕はまだ、答えを見つけられていない。

 

「……本当にキミなのかい、アイ?」

 

 会いたいのか、咎められたいのか。もう自分で自分が分からない。きっと僕は壊れているんだろう。

 呟いた声は思いのほか震えていた。椅子の肘掛けに置かれた手が、無意識にポケットの中を探る。そして取り出したのは古びた二つ折りの携帯電話(ガラケー)

 これまでずっとデスクの奥底に眠っていたそれはアイとの連絡だけに使い、アイだけがその番号を知っていたガラケーだ。もう誰からもかかってこないそれを、未だに解約することも出来ず持ち続けていた。

 

「少しでも君を感じたい……いや、■したいのかな……“I(アイ)”」

 

 さて、僕は携帯を見つめながら囁いたその言葉にどんな感情を込めたのか。

 

 ~~♪ ~~♪ ~~♪

 

 少し驚く。

 鳴り響くコール音の出どころはこのガラケーとは別の、プライベート用のスマートフォン。手に取った画面に表示される名前は――『新野 冬子』。

 うんざりだな。そう思いながら指先で通話ボタンを押した。

 

『――――』

 

 耳元で怒声が響く。痛みを訴える耳から携帯を離し、穏やかな声を作って返事をした。

 

「……落ち着いてください――ニノさん」

 

 彼女のヒステリックさは相変わらずだ。まあ、そこまで彼女を壊したのは自分なのだが。

 なので我慢をするのは自分の方であるべきだろう。

 

「何度も言ったじゃないですか、”彼女(I)”のことは僕も知りたいくらいだって。……ええ、はい、分かっています……それじゃ、何か分かったら連絡します」

 

 短く、実に不毛なやり取りだ。

 通話を切ってすぐにスマートフォンをデスクに置き、もう一度二つ折りのガラケーを手に取る。その滑らかで冷たい感触を撫でていると、

 

 PRRRRRRRRRRRRRRRR――――!

 

 その携帯が、鳴った。

 二度と鳴るはずがないガラケーが、ジリジリと震え、けたたましく音を立てていた。

 

「……」

 

 ドクリ、と鼓動が強く胸を打つ。懐かしく古めかしい着信音に、思わず動きが止まる。

 ありえない。すでに誰も知らないはずの番号。アイ以外にこの番号を知る者はいない――”なら”。

 

「……」

 

 胸の奥で膨れ上がるのは期待か、不安か。額にじわりと冷たい汗が滲んだ。

 一度ゆっくりと深呼吸し、僕は通話を選んだ。

 

「もしもし?」

 

 震える声で、電話に出た。

 

『――私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』

 

 ゾクリと背筋に冷たいものが走った。

 電話口の先から聞こえる、1()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ほとんど反射的に背後を振り向いた。

 

「…………」

 

 だがオフィスには誰もいない。

 カーテンの隙間から見える東京の夜景がただ静かに瞬いているだけだった。

 

『なんちゃって~! ねえ驚いた? 驚いた!? 一度これやってみたかったんだよね~!』

 

 悪戯っぽい、そして聞き覚えのある声が耳元に響く。

 思わず、目を見開いた。

 携帯を握る指先が強張る。これは……夢か? あるいは悪夢かもしれない。それでもいい、と思えたのは我ながら末期的だが。

 

「……どちら様ですか?」

 

 ようやく絞り出した声は、震えていなかった。僕はいつも通り嘘を吐けていた。そのことに少しだけ安堵する。

 

『え? 分かんない? 私、わ~た~し~♪』

 

 楽しげな声が続く。聞き覚えがありすぎる、いいやたとえ死んだって忘れられない彼女の声。

 だけどそれはありえないはずなのだ――死者は、蘇らない。

 

「誰か分かりませんが、ふざけているなら切りますよ」

 

 そう言いながらも自分は通話を切れないだろうと思う。だけど彼女のペースに付き合っていては何時まで経っても話が進まない。

 ……ああ、そうだ。アイはそんな少女だった。妙な懐かしさに苦笑した。

 

『わー! 待って待って! 私だよ、アイだよ! 私のこと忘れちゃったの、カミキ君!?』

「――――」

 

 予想通りの、ありえない名乗りに時が止まった。

 さて、この胸に渦巻く感情をなんと呼ぶべきだろうか。歓喜か、殺意か? 期待か、恐怖か?

 

「アイは死んだはずだ。悪ふざけもいい加減に――」

『悪ふざけって? 私の家をリョースケ君に教えたこと? それとも、君がリョースケ君をけしかけてゴローせんせが死んだこと?』

「……」

 

 冷たい汗が背筋を伝う。

 耳元に響く声は、本物のアイですら知らない13年前の記憶を正確に抉り出していた。少なくともこれはただの悪戯電話ではない。

 返す言葉が見つからず、思わず沈黙した。

 

『ねえ、カミキ君? どっち?』

「…………」

 

 声が、出ない。喉がカラカラだった。

 

『私ね、私のことはまだしも――ゴローせんせのことは結構本気で怒ってるんだ』

「…………」

『だからカミキ君。ちゃんと会ってお話、しよう? 君の事務所の近くに公園あるよね。そことかどう? 私は今からでもいいよ?』

「分かった。会おう、アイ」

 

 それでもその呼びかけにはすぐ答える。

 お願いだから一目だけでも、声だけでも――そう願っての13年だったのだから。

 

『あ、そういえばプロダクション立ち上げたんだよね。おめでと~! 私はきっとカミキ君はできる子だって信じてたよ~、ホントだゾ?』

 

 怒っていたと思えば裏表なくお祝いの言葉をくれる彼女に思わず苦笑が漏れる。

 この情緒不安定な言動もアイらしい。クルクルと一瞬までとは別人のような顔を見せる女の子だった。

 

「ありがとう。ただ、悪いけど仕事が立て込んでてね。待ち合わせは21時でどうかな?」

『……いいよ。久しぶりにデートだね?』

 

 ああ、その惚けた感じは変わらないね、アイ。

 

「……フフッ、そうだね。うん、どんなデートになるか楽しみにしておくよ』

『ごめんね。きっと楽しくはならないと思う』

「いいや……アイ、君とのデートなら、きっとどんな時間でも僕にとっては充実したものになるよ」

 

 心の底から本心でそう返す。

 ツーツーと通話が切れた後もしばらくの間僕は動けなかった。

 

「13年ぶりだ。とっておきの準備をしなくちゃ、ね……?」

 

 独り言の後、プライベート用のスマートフォンを取り出して履歴からついさっきかけて来た相手をコール。

 

「もしもし、ニノさんですか? ええ、今しがたアイから電話が――」

 

 途端に電話の向こうから、金切り声が響く。

 さて、どういう風に使おうか。そんなことを考えながら僕は舌を動かし始めた。

 

 ◆

 

「そら、言った通りになったろう?」

「ツッキー……」

「賭けは私の勝ちだ。斉藤壱護(肉盾)を誘いに行こう。なに、彼がキミの願いを断ることはない」

「だから嫌だったんだけどなぁ……」

 

 あーあ、なんでこんなことになったんだろう。

 

「あーあ」

 

 もう一度呟いて、空を見る。

 笑っているような、泣いているような――綺麗な三日月だった。




 キリのいいところでひとまず投稿。
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