もしドル~もしも”アイ”が死んだ13年後、”I(アイ)”を名乗る少女が【アイドル】を歌ったら~ 作:土ノ子
夜の公園。
それがアイに連れられてきた”デートスポット”だった。まったく、ふざけてやがる。……荒事が起きても騒ぎは周囲に早々届かないと思う程度にこの公園は大きく、広い。
それを裏付けるように聞こえるのは葉鳴りくらい。あとは静寂に包まれていた。
街灯が点々と並ぶ遊歩道は人気がない上に横にいる
木々の隙間からこぼれる月明かりが、地面に淡い影を落とし、その幻想的な光景の中に、向かい合う2人の人影があった。
アイと、カミキヒカル。
道すがらアクアとルビーの父親と聞かされた男は仕立てのいいスーツに身を固め、この場に立っていた。
(確かに似てる、な……)
あの美形兄妹、特にアクアにそっくりだ。瓜二つと言ってもいい。探し続けた仇がこんなにも近くにいた……その事実に臍を噛んだ。
だけどその怒りをぶちまけるのは、ダメだ。今夜、この場はアイのための
『……………………』
2人は黙ったままお互いを見て微笑んでいる。
だがアイを長年見て来た俺には分かる、どっちも『嘘』だ。吸い込まれそうなくらいに綺麗な『嘘』。
「2人のデートだと思ってたんだけどね?」
そして、カミキが口を開いた。アイのそばにいる俺を見て不本意そうにそう告げる。どうも俺が
おいおい勘弁してくれよ。
(これでもテメェをブチのめすのを必死にこらえているんだぜ?)
こめかみの血管にドクドクと血が滾る。背負った釣り竿用のバッグの紐を強く握りしめた。
「私もそのつもりだったんだけどさ? 口酸っぱく“保護者を連れてけ~”って言われちゃって。ごめんね?」
「いや、構わないよ」
アイは肩をすくめ、舌をペロリと出しながらどこまでも愛嬌たっぷりに謝る。その仕草はかつての星野アイと何一つ変わらない。
そんなアイをどこか探るようにカミキが見ている。
アイはそんなカミキの様子を気にしていないのか(経験上多分そうだ)、相変わらずの軽い調子で続ける。
「そっちはスーツなんだね。なんか新鮮! だけど大人の男って感じで素敵だよ!」
「ありがとう。君も随分今風の服装だね。最近出た量販品かな? でも組み合わせのセンスがいいね、よく似合ってる」
カミキがそうさらりとアイを褒めるが、俺はその洞察力に思わず舌を巻いた。
確かに言われてみればアイの服装はどこにでも手に入れられそうな既製品の組み合わせだ。さっき身体がはっきり触れたことも相まって、なんというか……生きている生々しさが感じられる。
カミキも同じことを思ったのか、アイを見る目に僅かだが訝し気な念が混じった気がした。
「フフフ、流石は私。それほどでもあるよねー。褒めてくれてありがとっ!」
アイは嬉しそうに言いながらどうだとばかりにその場でくるりと一回転してみせる。
カミキはそんなアイを静かに目を細めて見ていた。
「アイ、13年前に死んだ君が何故ここに――なんて聞かないよ。ただ君に会えて本当に嬉しい。僕が、人生で唯一本当に愛せた人だから」
カミキは……アイを殺した仇は、本当に愛おしそうにアイを見つめながら抜け抜けとそうヌカした。
「愛せた……? テメェ惚れた女をストーカーに付け狙わせたのか、このクズ野郎!!」
これ以上黙っているのは限界だった。野郎を睨みつけながら思い切り吐き捨てる。
叶うなら、今すぐブチ殺してやりてぇ……そのツラを面影がなくなるまで叩き潰してやりてぇ……!
「……お邪魔虫は黙っていてくれませんか? 久しぶりにアイとのデートなんです」
「テメェッ!!」
思わず体が怒りに震え、野郎に向けて一歩踏み込む。それをアイが手を軽く伸ばして制した。
「もー、2人とも落ち着いて?」
アイの一言で俺とカミキの間の緊張感が少しだけ和らぐ。落ち着くために意識的に深く息を吐いて、吸った。
カミキは小さく息をつきながら、アイへと視線を戻す。
「言ったよね、カミキ君。君がリョースケ君をけしかけてゴローせんせが死んだこと、本気で怒ってるって」
「……は? ゴローせんせ? アイ、お前一体何を――」
誰だ? ……いや待てアイの出産の面倒を見てくれたあの先生か!? 随分アイに親身になってくれた。それなのによりにもよって出産当日に失踪してしまったことも併せて強く印象に残ってる。
行方不明と聞いてたが……それにもこの野郎が関わってたってのか?
(その綺麗な面の下にどんだけドス黒い闇を抱えてやがるんだコイツは……!?)
アイの糾弾を聞いたはずのカミキは穏やかな笑みを一切崩していない。それが何とも『嘘』臭い――思わず
怒りで熱くなっていた頭が一気に冷える。公園の隅にある暗闇が妙に粘っこく、”何か”が潜んでいるようにすら思えた。
「もちろん聞いたよ。君の怒りは真っ当なものだ、アイ。どんな裁きでも僕は甘んじて受け入れよう」
カミキの殊勝な態度と言葉は……驚いたことに、本物にしか見えなかった。本当に心の底から悔いていると信じさせる……『嘘つきの瞳』。
アイの『嘘』を見慣れた俺だから分かる、カミキヒカルの本気の演技。コイツは疑う余地なきクソ野郎だが、同時にとんでもないレベルの役者だ。
そう思ったのはアイも同様だったらしい。
「……『嘘』が上手くなったね、カミキ君。ううん、『嘘』しか吐けなくなったのかな?」
アイがカミキを見て寂しそうに、悲しそうにそう言った。
……なんで、そんな顔をしてるんだよ、アイ。違うだろ。お前はこの野郎の被害者じゃねえか……?
「正直ね。私を殺しただけなら、まあしょうがないかなーって思ってたんだ」
「おい、アイ、それは――」
「私も結構キミに酷いことしちゃったもんね。一方的にフッておいてヨリを戻す気もなく子どもに会って〜なんて、うん、いま思うと……ね? 反省してます。ごめんなさい」
気まずそうに視線を逸らしながら頭を下げるアイ。
(おい待て俺はそれ知らねえぞ? いや、当たり前だけどよ?)
客観的な立場から聞いてもなんというかアイの言葉は……色々と酷い。もちろんカミキの野郎を許せはしないが、何か事情があったのかもしれない。
ここまで聞いて、当たり前のことに気付く。俺は……この2人の間に何があったのか、何も知らないのだ。
「でもゴローせんせのことは別。ちゃんと君の『本当』を聞きたい。だから、教えて?」
「………………」
その問いかけにカミキはしばらく沈黙し――それからおかしそうに腹を抱えて笑い出した。
「ハ、ハハハ――ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
なんだ、一体……狂ったのか?
思わず警戒して身構えながら奴の動きを伺っていると、不意に
(目、に――真っ黒な星が……)
全てを魅了する一番星を宿したアイの逆。星の輝きを吸い込み飲み干すブラックホールのような。
嫉妬すら湧かない美しい顔に、ポッカリと欠けた黒い孔が……2つ空いていた。
「馬脚を現したな、このニセモノ」
奴が確信ありげに口にしたその言葉に思わず目を見開いた。
「
カミキの声には確信があった。そして……俺もその言葉を否定できない。
(確かに、違和感がある。この言葉は
このバカアイドルはそんな繊細で感受性に満ちた人間じゃあない。
はっきり言えば発達障害持ちで社会不適合者寄りの、誰かを慮ることがとびきり苦手な奴だった。
「あー……………………
真っ向からカミキに否定され、正体を糺されたアイは……否定しなかった。むしろ頷いた。
驚きが稲妻のように俺を打ちのめし、反射的に隣のアイを見る。
その横顔は――見えなかった。
雲が月を遮って生まれた闇が、アイの横顔を隠した。暗がりの中、ただその瞳だけが妖しく輝いて――。
(!? どういう、ことだ――?)
こいつは”アイ”じゃないのか? 偽物? だが――自問自答が忙しなく頭の中を巡る。
(”
一番最初の問いかけが、俺の胸に響いた。
だからだろう。俺は次の瞬間に起きた出来事に一瞬反応が遅れてしまった。
「――――”
アイの言葉が響いた瞬間だった。
木の影から、一つの人影が飛び出してくる。女、若い、見覚えがある顔――!?
「ニノッ!? なんでお前が――」
旧知の女の手元がギラリと輝く。それは街灯の刺々しく真っ白な光を反射した刃の煌めき。
その危険な輝きが傍らの
後書き
次話更新までに原作者の赤坂アカ先生書下ろし小説『45510』を読むことを推奨します。
以下URL。
https://youngjump.jp/oshinoko/novel_45510/novel_01.html