【Tips!!】
芥川タバネは身内に甘くなりがちである。
「合宿所、とうちゃーっく!!」
ナギサに『いずれ正義を実現する』と宣言した次の日。
私たち補習授業部は、指示された通りに合宿所へと足を運び、そして現在寝室へと到着したところだった。
ベッドの数は六つ。監視カメラや盗聴器の類はなさそうだし、普通の合宿所という感じだ。
「思っていたよりも普通の合宿所でよかったですね。本校舎からはかなり離れていますから、朽ちていてもおかしくはなかったのですが……」
「まあ朽ちていたなら朽ちていたで、その時はなんとかするしかない。ただまあ、無駄な手間が省けたのはよかったな」
あからさまにほっとしているヒフミ。一応は私も野営の方法は心得ているものの、しかし皆はそうもいかないだろう。
合宿所が意外にも清潔に保たれていたのは幸運だった。この辺り、やはりトリニティの財力を感じないこともない。
と、そこまで考えを及ばせたところで。
「偵察完了だ、タバネ。狙撃の心配はないし、入り口は二つしかない。いざという時には入り口の片方を塞いで体育館に敵部隊を誘導、殲滅戦を仕掛けることもできる」
「ありがとうアズサ。それじゃあそうだな偵察の礼として……今度その想定で一対一の戦闘訓練でもつけてやる。勉強ばかりだとストレスが溜まるだろうしな」
「む、言ったな。前回はこてんぱんにやられたけど、次はそうはいかないから。盗めるもの、全部盗ませてもらうよ、タバネ」
「望むところだ。うふふ、補習授業のついでに有望な後輩へと戦術を叩き込むことができるとは、それだけでもここに来た甲斐があった!」
そんな感じで戦術談義に心をときめかせる私とアズサ。
二人だけの世界に沈みかけていたところで、しかしそんな私の意識を引き戻したのは、右腕を襲った柔らかな感覚。
早い話が、ハナコが私にその立派な双丘を押し付け……なんかこの言い方いやらしいな、やめておこう。
「アズサちゃんにタバネさん、思考回路が物騒すぎますよ? せっかくの合宿なのですから、もっと
「……ハナコ。当たってる」
「当ててるんです♡ あ、それともあれですか、言い方がお気に召しませんでしたか?
「丁寧にすればいいってもんじゃない。あとハナコ、私の腕が埋まりかけだ。離せ」
「埋めようとしてるんです♡」
なんだそれ聞いたことねえよ。
そうして私が困惑し(耳が熱くなっていたけどバレてないといいな)、ハナコに対して苦言を呈していたところ。
私とハナコの間にコハルがその小さな体──私よりも大きいけど──をねじ込み、私たちに無理矢理距離を取らせた。
「ちょっ、ちょっとハナコ! タバネ先輩が困ってるでしょ、そういうエッチなのはやめて! 死刑よ死刑!!」
「あら、せっかくの合宿なんですから、色々と曝け出した方が楽しいでしょうに……ちなみに、続けたらどうなるんですか?」
「えっ? つ、続けるって?」
「ですから、警告を無視してタバネさんに両胸を押し付け続けたらどうなるんですか? と、そういうことです」
「なっ、えっ? それは……って、何で近づいてくるの!? やめて!!」
やたらと胸を強調するようなポーズを取りながら、じりじりとコハルににじりよるハナコ。
コハルは完全に気圧されてしまっているようで、困ったような表情で私の顔とハナコの顔を交互に見ている。
段々と壁に追い詰められていくコハル。ハナコは妖しげな笑みを浮かべて、無言のまま距離を詰めていく。ヒフミとアズサはどんな気持ちでこれを見てるんだろうな。
「そっ、それ以上近付かないで! なんかするつもりでしょ、分かるから、分かってるんだから!」
「うふふ……♡」
「う、うぅ……! わっ、私は守護者討つべきは悪逆! 十四の翼誓に──」
「おっと、言わせませんよ♡」
直後、ハナコがコハルに飛びかかり、その小さな身体を抱きしめた。
どうやら抵抗はしているものの、しかし純粋な体格の差から抜け出せずにいるらしく、駄々を捏ねている子供みたいになってしまっている。
……しかしまあ、ハナコは随分と楽しそうだな。いつぶりだろうか、ここまで元気なこいつを見るのは。
そういう点だけ見れば。
補習授業部ができたことにも、感謝しなければいけないのかもしれない。
「……えっと。タバネさんどうしましょう、私に部長が務まるのでしょうか、このメンバーの中で……」
ん。またヒフミが不安になってしまっている。責任感が強くて真面目だよなあ、この子も。
ナギサが気にいるのも分かるというものだ。
「むしろヒフミ以外に務まらんだろう、部長なんて。そうだな、例えばアズサ。お前は自分に部長が──部隊長が務まると思うか?」
「時と場合による。ただ補習授業部をいち部隊として見た時、適任なのは私じゃない。もっと色々なことを知っている人が務めるべき。だから──」
アズサはそこで言葉を区切り、そしてそれからヒフミと私の方を指差す。
「補習授業部のリーダーは、ヒフミかタバネがやるべきだよ。それぞれが一番輝ける場所があるのに、そこにそれぞれを配置しないのは愚策だから」
「……ま、そうだな。この中で牽引力がある奴となれば、それこそ私かヒフミか──」
ハナコか。
そう言おうとして、しかし口をつぐむ。
こういうのは他人の口から言うべきじゃないから。
「──ま、消去法だわな。私はあくまで
「…………」
「ま、心配するな! お前を助けるために私がいると言ってもいい──そのための運営補佐、芥川タバネだ。最悪の場合は全員鯖折りにして言うこと聞かせるから安心しろ」
そんなことを言って聞かせると、ヒフミは『やっぱり思考が物騒すぎませんか……?』と言いつつも、その緊張は幾分か解れたらしかった。
心音や筋肉の動きからそれが分かる。案外私はセラピストとかが転職なのかもしれないな──なんて、自惚れすぎか。
「ちょっと、いつまで胸押し付けてんのさ! 離せ、離してってば! ねえ!!」
……さて。
そろそろコハルを助けようか。
合宿所は清潔に保たれていたとはいえ、しかしそれは
よくよく見てみると、そこら中に砂やら埃やらが散乱している始末ではあった。ハウスダストアレルギーの奴がいたら間違いなく顔面が悲惨なことになる。
というわけで。
我々補習授業部は、大掃除を敢行することと相なった。
「さて、各々動きやすい服装にはなったな? 汚れる覚悟はいいか!」
「うん、準備は万端。念のため体操着を持ってきておいてよかった」
「本当ですね、アズサちゃん。制服のまま大掃除なんてしたら、せっかくのお洋服が大変なことになってしまうところでしたから」
「……えっと、タバネ先輩」
む、どうしたコハル。ジャージも似合っていて可愛いな。三年間で成長することを見込んで少しオーバーサイズなのが最高だぞ。撫でてもいいか?
「撫でっ……別に、いいんですけど……
「あら、心外です。これでも我慢してるのに」
「スクール水着のどこに妥協があるって言うの!?」
「"まあまあ、落ち着いてコハル。スク水も確かに『動きやすくて汚れてもいい服装』だから"」
「なっ……最悪! 変態、変態教師! どうせハナコの水着姿が見れて役得とかそんなこと思ってるんでしょ、このケダモノ! 死刑だ死刑!!」
「"そんなに言わなくてもよくないかなあ!?"」
……そういえば先生って成人男性だった。完全に忘れてたな、寝室とかどうしようか、ベッド動かしておかなきゃ。
しかし先生、仮にも成人男性なら少女の水着を見て『動きやすくて汚れてもいい服装』って感想を抱くのはどうなんだ。
似合ってるとか言え、ほら。いやまあそんなこと言うのもどうなんだって話だが──
「"とっ、ところでみんなジャージが似合ってるね! 特にタバネなんか、普段きちっとしてる分、ラフなジャージがよく似合う──"」
「褒めるべきは私のことじゃねえよ!!」
「えっ、タバネさんって怒ることあるんですね……」
やっべ、キャラ崩れちった。
ハナコがなんか信じられないものを見たみたいな顔をしているが、しかし私だって怒る時は……いや、待て。
親しみを持ってもらうチャンスじゃないか、これ?
……そうと決まれば。
「先生! 言っておくがな、言わせてもらうがな! どうせ先生も『オーバーサイズのジャージで萌え袖になってるのがかわいい〜』みたいなことを思っているんだろう!」
「"えっ!? いや、そんなこと……"」
「忘れたか
これは本当のこと。
こっちだってやりたくて萌え袖やってるわけじゃねえ。
……ジャージ買い換えればいいだけと言われると、それはそうなんだけど。でも高身長に対する憧れは捨てられないんだよ。
「1年生の頃な、身体が大きくなることを考慮してめちゃめちゃ大き目のジャージを買ったんだよ。そしたらどうだ? ははは、見ろ今の私を。見事なちんちくりんだこんちくしょう」
「"……えっと"」
「デカいのは羽だけだよ。見ろこの羽、身体に対して大きすぎるんだよ。これ遠くから見た時、私ってどうなふうに見えてるんだ? なんか大きい黒っぽい塊がもぞもぞしてるように見えるだろ絶対」
「"タバネ……?"」
「正実に入ったばかりの頃は先輩方にそれでやたら可愛がられるし! 何だったんだあれ、一時期抱き枕みたいな扱いを受けてたんだぞ私は。私を抱いていいのはハスミさんだけだってのに」
「あら、だいぶ情熱的なことを言うんですね、タバネさん」
声がした方を見ると、ハナコが口元を押さえながら目を見開いていた。
……何か変なこと言ったか? 私。確認のため他の連中の顔も見てみるが、アズサは何が何だか分かっていないという感じだったし、ヒフミは口笛吹いてるし、コハルは──?
「コハル、どうかしたのか? 何か変なこと言ったかな、私は」
「……いえ、その、何でもないです」
「……?」
何だこの変な空気感は。私に親しみを持ってもらう予定が、何かしくったか?
コハルの顔が紅いのが気になるが、しかしまあ熱なんかはないみたいだし問題ないだろう。
うーん、何か失言でもしたかな。卑下しすぎた? 身長小さいことをアピールしすぎたとか?
視れば分かるんだが……しかしこの程度のことで目を酷使してもなあ。別に火急の要件じゃないし、放っておくか。
「"……とりあえず。掃除、しよっか"」
やけに気まずそうな先生の言葉が、やたらと大きく響いたような気がした。
ちなみにだが。
ハナコはこの後、ちゃんと体操着に着替えていた。
そういうとこ、意外と真面目だよな。
大掃除はおおむね順調に進んだと言っていいだろう。
寝室、教室、廊下、エントランス、食堂、体育館、更衣室、ランドリー室、給湯室、浴場、倉庫。
朝から始まった大掃除は、六人で手分けしたということもあり、昼過ぎにはひとまずの区切りが付いていた。
完全に綺麗にすることはできなくとも、生活するには困らない程度の清潔感は手に入れたと言っていいだろう。
と、そんな折。
私たちはハナコに集められ、プールに集合していた。
「せっかくここまで掃除したのですし、プールも掃除してしまいませんか?」
ハナコが皆をここに集めたのは、つまりそれを伝えたいがためだったようだ。
「キラキラと輝く水で満たされたプール、楽しい合宿、はしゃぎ回る生徒たち──素敵だと思いませんか?」
視界の先には、長年放置されていたであろう25mプール。一部の塗装は剥がれてしまって、その下にあるコンクリートが露出している。
確かにここ最近はただでさえ蒸し暑い。合宿の合間にプールなんかに入れてしまうのならば、QOLは爆上がりすること間違いなしだろう。
しかし仮にプールを掃除することになったとして。そうなると、大きな問題が一つ浮上する。
「
「確かにそうですね……ハナコちゃんの提案に乗りたいのは山々なんですけど、しかし私たちが集められた理由は補習授業ですし……」
「でも、どうせこれから毎日勉強ですよ? 今のうちに遊んでおかないと、せっかくの合宿が台無しです」
うーん。
うーん……。
運営補佐としては、これを認めるわけにはいかないのだが。
しかし私個人の意見としては、まあ一日くらいならばいいのではないか? という気持ちもあるんだよな。
「……しかし。このプールを見ていると寂しくなるな。昔は大勢の人に使われていただろうに──『vanitas vanitatum』……それが世界の真実ということか」
「……アズサちゃん?」
「古代の言葉ですね。『
…………。
「……アズサちゃん、ヒフミちゃん、コハルちゃん! そしてタバネさん──今から遊びましょう!」
「え、ええっ!?」
「……初日の勉強は、捨てるんだな?」
「はい、捨てます。捨て置きます! 今から掃除して、プールに水を入れて、みんなで飛び込んだりしたいじゃないですか!」
「まあ、確かに……?」
「どうせ明日からは更に忙しいんです、体力があるうちに、全力で遊んでおかないと! ね、タバネさん!」
随分と必死にプールを推してくるが……つまりはまあ、
……まあ、そうだろうなあ。気持ちは分かる。
お前はずっと、そうしたかったんだろうよ。
ずっと見てたから、よく知ってる。
「……先生」
「"何かな、タバネ?"」
「ちょっとした質問なんだが──今から水着に着替えてきてもいいか?」
濡れてもいい格好じゃないと、プールの掃除なんてままならないだろう。だから私は、水着に着替えるつもりなんだ。
遊んでるんじゃなくて。
あくまでも
「"──そうだね。ジャージがびしょびしょになっちゃっても大変だし、いいよ。着替えておいで"」
「だな。それじゃあ私は、一足先に水着に着替えてくるとしよう。肌を見られるのは同性相手でも恥ずかしいからな」
「──っ、ということは……!」
ま、初日くらいは羽目を外してもいいか。だとか、そんなことはこれっぽっちも思っちゃいないが。
これもまた、一つの正義であるってことにしておこう。
「お前ら、プール入るぞ……!!」
どうせ今の私は、正実の〈梟〉じゃないんだしな。
色々考えるのは、また今度でいい。
長くなりすぎるので途中で切りました。
次回はプールと夜の会議になると思います。
公式で海行くらしいけど、マジでこの部分とかどうしようね。
頭抱えたりしてます。助けて!
それから評価を入れてくださった方を紹介します。
(敬称略)
Tadanobonsai
上記の方にはこの場をお借りしてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
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