【Tips!!】
芥川タバネは校則違反を容認しない。
合宿初日(二日目)の夜。
我々補習授業部の活動は、引き続き概ね順調と言って差し支えなかった。
教えつつ、教えられつつ。そうやって互いの知識を補強しながら、短所を少しづつ補っていく。なるほど『補習授業部』らしい。
しかも喜ばしいことに、この『教えつつ教えられつつ』という関係性は固定されているというわけではない。常に変動するから、それがむしろ皆の学習力向上繋がっていた。
例えばこんな風に。
「……ん、分からない──コハル、この部分はどう解けばいいんだ?」
「……えっ、私!? んんっ──ここは三角形の頂点から垂直に線を引いてから考えればいいのよ。そうすれば……ほら、同じ形の三角形が二つになるから」
「なるほど、そういうことか。流石は正義実現委員会のエリートだ、頼りになるな、コハル」
「んなっ──そうよ、そうなのよ! 私は正義実現委員会のエリートなんだから、これくらい朝飯前なんだから!」
コハルはあんな風に言っているが……実際彼女は
本当ならば彼女のような人間を後方に置いておくのは結構な損失なのだが、しかしまあ、1年生のうちは後方に配置され続ける気もするな。
彼女が前線で活躍する姿を見てみたい……できればハスミさんと組んで動いて欲しい……私が特権を濫用すればそれもまあ不可能ではないが、私のわがままで正実全体を混乱に陥れるわけにもいくまい。
「"──って感じの
「……あのなあ先生、そういうのは私の専売特許なんだが、盗むのはやめてくれないかな」
「"いやいや、これはタバネの洞察術──もとい瞳察術じゃないよ。ただなんとなくそう思っただけだからさ"」
それはそれでどういう理屈なんだ。ますます先生のことが気になってきたぞ。
……今はみんな勉強に集中しているし、私の出る幕はなさそうだし──うん、今なら先生とお話できるかもな。
よし、そうと決まれば話は早い。相互理解を深めるためにも、ちょっくらお話しようか。
「しかし先生はあれだな、本当に生徒のことをよく見ているな。補習授業部が安心して勉学に励めるのは先生のおかげだ。今の今まで後回しにしてしまっていたが、本当に感謝している。ありがとう、先生」
「"どういたしまして。でも、私が集中して補習授業部の運営──手助けができるのも、実はちゃんとした理由があるんだよ?"」
「む、そうなのか? でもまあ、言われてみればそうかもな。あまりにも手際が良すぎるし、何か仕事を円滑に進めるコツを知っているんだろう? ぜひともご教授願いたい所だ──」
「"だってほら、タバネが手伝ってくれてるからさ"」
……あれ。
なんか思ってたのと違う答えが返ってきたな。
「"だから私の仕事が円滑に進んでいるように見えるのであれば、それはまずタバネの補佐があってこその話なんだよ"」
「……ん、まあ、うん……先生がそう言うのなら、そうなのかもな……?」
「"そうだよ、だからお礼を言うのはむしろ私の方なんだ。まだ二日目だけど、たくさん助けられているしね。ティーパーティーとの取り次ぎもそうだったし、補習授業の準備だって手伝ってくれた"」
「私はそれが仕事だからな。褒められるほどのことではないさ」
「"いいや、褒められるべきことだよ。褒められるほどのことじゃなかったとしても、私はタバネに感謝したいんだ。ダメかな?"」
「いやそりゃあ、ダメってことないけど──普通に恥ずかしいんだよ……」
感謝されるのには慣れているが、褒められるのには滅法弱いんだよ、私は。だからあまり私を恥ずかしがらせるな。すぐに耳が熱くなる。
この顔を見たところで先生はからかったりしないだろうが、しかしそれでも見られるわけにはいかないのだ。常に自分を律さなければ。
そういうわけで、私は自分の顔を羽で隠した。見られなければバレないだろ。
「"……えっと、タバネ──"」
「聞くな。見るな。触るな。先生が私との関係性を壊したくないのであればな」
「"それは嫌かなあ"」
「あとあと、撫でようともするな。私を撫でていいのはハスミさんだけだ」
「"イチカも撫でてた気がするけど……"」
「……あれは無許可撫でだぞ、ライセンス未所持なのだ。私から直々に許可が出ていない場合、私を撫でることは許されない」
「"ということは、私にそのライセンスが出たら私も撫でていいってことになるの?"」
「質問の意図がよく分からないんだが、仮に許可を出したとしたら撫でたいのか? 私のことを」
「"え、うん。撫でたいけど……"」
なに言ってんだこいつ!?!?
女子だぞ、私は女子だぞ!?
「……教師だ」
「"……タバネ? ごめん、聞こえなかった──"」
「セクハラだ、セクハラ教師だ! 許可がどうこうとかに関わらず、親子関係にない状態で成人男性が女子高生を撫でていいわけないだろ!?」
「"──ッ!? いや、今のは違くて、ほらあれだよ、ものの例えで……!"」
ものの例えだろうが何だろうがダメなもんはダメだろ!
あーもう見ろよ私の顔を、茹で上がったタコみたいになっているだろうし、何なら顔以外も赤くなっているかもしれない。
……いややっぱ見るな。こんな顔見られたら二週間は立ち直れない。
私はその場にしゃがみ込み、無駄に大きい羽で全身を覆った。周囲から見れば私は真っ黒い巨大なたけのこみたいになっているはずだ。
でもそっちの方がこんな顔を見られるよりマシだ。
というか、結構な大声を出してしまったが大丈夫だろうか。主にハナコとかに聞かれてたら面倒だぞ。
「たった今『変態教師』という単語が聞こえた気がしたのですが、もしかしてタバネさん、先生とよからぬ関係に──」
あーもうほら聞こえてたよ来ちゃったよどうすんだよこいつ。
「なってない、なってないからお前は勉強に集中しろ、ハナコ……というか、さっきの発言ってもしかして他のみんなにも聞こえてたか?」
「いえ? 皆さん集中していたようで、運良くというか運悪くというか、気付いているのは私だけみたいですね?」
そうか、それならいいんだ──よくはないけど、まあいい。
ふう、うっかり大きい声を出しかけてしまったが、何とか抑え込めてよかったよ、本当に。聞かれたのがハナコだけでよかった。
先生は悪人というわけではないし、私の勘違いで評判を下げるわけにはいかないからな。
深呼吸、深呼吸……よし、一旦落ち着いた。とりあえず先生には謝っておくとしよう。あと、釘も刺しておこう。
「はぁ──いや、すまなかったな先生。
「"うっ……確かに……"」
「あら、そんなことを言われたのですか? 結構面白いことを言うんですね、先生」
「私も驚いたさ……というかまさか、こういうこと、いろんな生徒に言ったりしてないだろうな?」
「"言ってない言ってない言ってない!"」
「ハナコ、どう思う?」
「まあ、言ってそうですよね♡」
「"本当に言ってないからね!?"」
本当だろうな、と確認する意図も込めて先生のことをじとっと睨みつけてやった。
……うむ、どうやら本当らしい。となると先生が「撫でてもいいの?」とか抜かしてきやがったのは私が初めてということになるわけだが。
それはそれで問題じゃないか?
まあでも、
「……ただまあ、そうだな。これまで生徒のために頑張ってくれている先生に対し、何の報酬がないというのもおかしな話か」
「タバネさん?」
「しょうがない、モチベーション維持の名目で撫でさせてやらんこともない。ただし!
「タバネさん!?」
「"一撫でっていうのは往路だけで一カウント? それとも往復で一カウント?"」
「先生? 趣味ですか? そういう趣味なんですか? 私がいる前でそういうこと言うんだったら後で沢山イジることになりますよ?」
「当然ながら往復で一撫でとする。なでなでに限らず、往路だけってのはちょっとつまらんだろう」
「"ひゅう、話わっかるぅ!"」
「そうだろう、私は〈梟〉だからな。撫でられるのもお手のものだぞ!」
「タバネさんも先生も、珍しく私がツッコミに回らされてるからってアクセル踏みっぱなしなのは勘弁して欲しいんですが」
……流石にやりすぎたか。
いやしかし珍しいものが見れたな。ツッコミに回るハナコなど、今後一年であと何回もお目にかかれないだろう。
さて、冗談はこれくらいにしておこうか。互いにふざけ合うのも案外楽しいということが知れたのはこの合宿のおかげだが、しかしそれはそれとしてふざけ続けるわけにもいくまい。
というわけで、よいしょ。
私は先生の膝の上に座ることにした。
「"……あの、タバネ?"」
「む、どうしたのだ先生。梟が対物ライフルに撃たれたみたいな顔をして」
「"何故所々でスケールアップを……じゃなくて、どうして膝に座っているのかなーって……"」
「え? だって先生は私のことを撫でたいんだろ? 許可は出してやる、だから撫でさせてやるぞと、そう思ってだな」
「"そこは冗談じゃないんだ……"」
冗談と嘘はまったく違うぞ、先生。
私は冗談を時々口にするものの、しかし嘘だけは口にしないと決めているのだ。
だから私の発言に二言はない。全ての発言に責任を取るつもりで言葉を吐いているのだ。
だから撫でさせてあげるのも本当だし、一往復で一撫でカウントなのも本当。なんかもう私のキャラは先生の中で「距離感近め」で固まっているらしいので、乗っからせていただく。
「ほら撫でろ、個人的に確かめたいこともあるからな、丁寧に撫でろ」
「"……ちなみに、確かめたいことって?"」
「ハスミさんやイチカのなでなでと先生のそれ、果たしてどちらの方が撫でられ心地がいいのかと思ってな?」
「"そういうことなら、遠慮なく!"」
そう言った先生の手が私の頭に触れる──おっと、なるほど。ハスミさんやイチカのそれとは違い、少々ごつごつとしているな。
力は私たちよりも弱いとはいえ、しかしなるほど相手は成人男性か。骨格の違いをありありと感じるぞ。
……ふむ、悪くない。とはいえあれだな、流石に遠慮がちな気がする。遠慮なく撫でてきた正実の一年生ちゃんを見習ってほしいものだ。
いややっぱ見習うな。先生には先生のままでいてほしい。なんかこう、私に対してガツガツ来るのはちょっとイメージと違う。
「……はい、大体三十五撫でくらいしたな。先生の実動時間がどれほどのものかは把握していないが、まあ大体こんなもんだろう」
「タバネさん、膝に座る必要はなかったですよね? 見せつけてますよね?」
「いや、仲のいい人なんだから膝に座るくらい問題あるまい。事実、ハスミさんは私のことを膝に座らせてくれるぞ」
「"それ、ハスミはどんな反応するの?"」
「撫で回しながらお菓子や紅茶をくれるぞ。私の心が最も安らぐ時間なのだ。ハスミさんのなでなでテクニックといえばそれはもう大したものでな、一瞬にして私は骨抜きにされ、羽を休める体制に──」
「先生、止めなくていいんですか?」
「"すっごく楽しそうだからね……"」
私のハスミさん語りは、その後も二十分ほど続いた。
ハスミさん語りに満足した私が休息として紅茶を飲んでいる間にも、補習授業部の面々は勉強に精を出していた。
ヒフミとハナコだけではない、アズサとヒフミも含めた四人全員がお互いの不足を補うため、教えられることを教え合っている。
ヒフミは総合的な基礎。
ハナコはそこから少し踏み込んだ応用。
アズサは古代語の現代語訳。
コハルは豆知識を起点とした発展形。
こうして外側から見ている分にはとてもいいバランスである。四人全員がやる気を絶やしていないというのも関係しているのか、サイクルは淀みない。
私と先生か? 私たちは四人の学習進度をそれぞれ記録し、次の模擬試験の問題を作成しているところだ。結局のところ実践形式が最も力になるからな。
だから四人から目を離すようなことはしない(決して監視しているというわけではない)。これがナギサによって与えられた私の
いやあ、しかし。
ここにいる全員、真面目な生徒で助かった──
と、そんな風に感心していた時だった。
コハルの鞄から、
「コハル、ここの問題の解き方、分かったりしない?」
「……あれ、ここ参考書で見たことある。ちょっと待ってて、確かバッグの中に──あった! これよこれ、タバネ先輩から教えてもらった参考書!」
参考書を取り出すと同時に、どさりと音を立てて本が落ちる。
音を立てたと言っても、しかしそれは
しかし、ふむ。小さな音か。本が机の上から落下したというのに大きな音を立てなかったというのは、いささか不思議に感じざるを得ない。
だからまあ、そうだな。
きっと恐らく、コハルの落とした本は。
ブックカバーで覆われているためその書影は見えないが……しかしサイズ感的に何らかの
私はそう考えて、コハルの机の元へと向かい。
その
「おいコハル、もう一冊参考書を落としているぞ?」
「えっ、本当ですか? ありがとうございま──あっ!?!?!?!?」
「む? どうした、そんなに慌てて……『恥ずかしい』という
「いやっ、えっと、まあ……大体、そんな感じですけど……!」
なあんだ、そういうことなのか。裏でも努力を重ねているとか、うちの後輩流石に天才すぎるか。撫で回してやりたいが、セクハラになりかねないな。
こうやって私が色々と考え込んでいる間にも、コハルの顔色はどんどん赤なのか青なのかよく分からない色──それってほぼ紫色なんじゃないか──になっているので、早いとこ返してあげるとしよう。
「まあ気を付けるといい。これが参考書だからよかったものの、正実の大切な書類だったりしたら大変だしな!」
「……! はいっ、気を付けます! 気を付けるので、中身は見ないで返してもらえると……!」
「うむ、私は真面目なのでな、さっさと返すことにする。人が嫌がることはしないと心に誓っているのだ……っと、危ない危ない、軽すぎて落としそうになったぞ──」
コハルに参考書を返そうとしたその時、ちらっと本の中身が見えた。
コハルに参考書を返そうとしたその時、普通に本の中身が見えた。
コハルに参考書を返そうとしたその時、ものすごく本の中身が見えた。
コハルに参考書を返そうとしたその時、がっつりと本の中身が見えた。
「──な、ん、だ、こ、れ、は…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「タ、タバネ先輩……?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「タバネさん? どうしましたか、目を見開いたまま棒立ちになって……って、あれ?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「きっ、
「どうして今日はそんな面白いことばっかり起こるんですか?」
「……うん? あっ、ブックカバーが落ちて──」
「ぎゃーっ!! ダメっ、見ちゃダメ!! ダメなのダメだからダメなのよダメってばダメっぽいダメすぎるダメらしいダメだってダメの極みダメダメだからあ!!」
「"……タイトルは、『
「表紙のキャラクター、タバネさんとハスミさんにどこか似ていますし……あっ、これってもしかして
「押・収・品!! 押収品だから!! 先輩でそんなこと考えるわけないでしょ!?」
「先輩以外では考えるんですね?」
「ちがーーーーーーう!!!!」
「……なんか、補習授業どころじゃなくなっちゃいましたね、アズサちゃん……」
「そうだね」
──その後私が目覚めたのは、一時間ほど経過した後だった。
中身については考えないことにした。明らかに校則違反だったが、もう考えないことにした。
あり得ないから、あり得るわけがないから。
私とハスミさんが
つーか、あの本書いた奴。
絶対に正義を実現してやるからな。
友達と旅行行ったり体調崩したりしてたらめちゃめちゃ時間空いちゃってすいませんでした。
それから評価を入れてくださった方を紹介します。
(敬称略)
ひょろひょろもやし オティレニヌス ケーキリゾット 故幸紗結 ドナルドキーン デデデンネ あおてぃー- 鳩尾 RNT Morigan 分福 天丼 動く証拠 ナギカ・イルカルラ ケンタウロス Dace111 1052667
上記の方々にはこの場をお借りしてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
おかげさまで『D.N.E.』のUAが20,000を突破しました。これからも何卒よろしくお願いします。
前回たくさん貰えて思ったよりも遥かに嬉しかったので、よろしければ9評価や10評価ももらえると嬉しいです。
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