【Tips!!】
芥川タバネは「トリニティの〈梟〉」と呼ばれ、正義実現委員会の面々から信頼されている。
トリニティ
この学校はティーパーティーという
学校の特色として挙げられるのは、とにもかくにも伝統と歴史に重きを置かれているということだろう。いかにキヴォトス広しといえども、我らがトリニティを凌駕する伝統を有する学校というのは、ほとんどないと言っても過言ではない。
生徒数が多ければ、当然のことながら部活や委員会なども数多く存在する。公認・非公認は問わず。
謎多きシスター集団、ほぼ全てが秘された密かなる花園シスターフッド。
一に救護二に救護、救護を救護して救護する救護騎士団。
新書から古書まで、学術書からライトノベルまでなんでもござれ図書委員会。
非公認でも正義は正義、呼ばれて飛び出て即参上トリニティ自警団。
この世の甘味を喰らい尽くそう、スイーツ大好き放課後スイーツ部。
純文学部。紅茶部。茶道部。情報局。エトセトラエトセトラ。
そして、この私が所属する
首元に着用されているチョーカー、そして赤いラインの入った黒いセーラー服が、正義実現委員会に所属していることを陰に陽に示している。
基本の制服が白を基調としている関係上、私たちはとてもよく目立つ。わざと悪く聞こえるように言うなら、
正義実現委員会はいわゆる
そうしているだけで、皆は意識せざるを得ない。正義あるところに正義実現委員会あり。正義実現委員会あるところに正義あり。つまりは、いるだけで争いを抑止できることもあるから。
まあここ最近は制服の多様化だったりも進んできて、シンプルにおしゃれな制服だと思われている
まあいい。正直に言っちゃうと、私もこの制服はお気に入りだ。私の髪と羽は黒色だから、うまい具合に統一感も出ている。白い方の制服も似合うのかもしれないが……今となってはこれ以外の服を着る自分を想像できない。
すっかり馴染んじゃった。嬉しいことにね。
「──ふう、よしっ」
こんなものでいいかな。まったく、登校前の朝の
「うん、今日も『私』は完璧だな!」
鏡に映る私──
比喩表現だが、何か文句でも?
しょうがないだろう。私は体格には恵まれなかった──主に身長とか肩幅とか、あとは胸とか。別にいいんだけどさ、これはこれで。高等部に上がってから、身長は何度測っても146
ハスミさんくらい身長が伸びれば……いや、でも本人は気にしてるんだっけ──いやいや、気にしてるのは体重の増加だったっけな。ううむ、難儀なものだよね……。
ハスミさんはどんな姿格好でも綺麗だと思うんだけど。しかしまあ、本人が気にしていることにとやかく言うのも、なんか違うか。理想の自分というやつかな。
まあいい。また今度ちょっとした暇ができた時にでも、ハスミさんを軽めのご飯に誘うとしよう。毎日働き詰めだし、たまには手ずから
さて、と。それじゃあ今日も頑張ろう。ここ最近は不良生徒の相手をする機会も減ってきたが、しかし問題というのは起こる時は起こるものだし。
だから平時でも──いや、
トリニティの〈
そういうわけで、寮の部屋を出る前にもう一度、姿見で確認をしてみたが……しっかりまとまったショートボブの黒髪、
いやはやしかし……今になって気が付いたけれど、私に〈梟〉なんて二つ名が付けられたの、見た目によるものも大きいんじゃないだろうか。ほら、こうして身体を羽で包むと──
「……絶対、これも原因だ」
髪型か。髪型が悪いのか。いやいや、だからと言って今更になって髪を伸ばすというのもなにか違うし……羽がやたらと大きいせいで、髪を伸ばすと全体的に
正義実現委員会は確かに治安維持組織ではあるけど、それ以前にそもそも私たちは
正義実現委員会の生徒が、それも〈梟〉が同委員会に拘束されたとか、
恥ずかしくて、というか。
普通に留置やら拘留やらされるだろうし。
まあそもそももしそうなったら、濡れ衣が原因で拘束なんて絶対にされてやらないし、ツルギとかハスミさん以外なら無理矢理突破も出来ると──いやいや、ちょっと待てよ私。捕まった時のこと考えてどうするんだ。
私たち正義実現委員会は、そういう誤認逮捕みたいなことがないようにしないといけないんだってば。
「……髪型は、皆に聞いてみることにするか」
イチカとかはなんとなくこういうのに詳しそうだ。どこか業務が暇な時にでも話しかけて、聞いてみることにするかな。迷惑にならないようにしながら。
さて。そろそろ本当に部屋を出なければまずい。別に授業に遅れるとか、朝の部活動に間に合わないとかじゃなくて、もっとこう、個人的な理由で。
早朝の正義実現委員会の部室で、書類仕事を始末しながら窓から差し込む日の光を浴びるのが好きなんだ。最高に生きてるって実感できるからな。
「ふぁ……よし、準備万端」
私はあくび混じりに立ち上がってカバンと愛銃を持ち、忘れ物が一つもないことをしっかりと確認してから扉を開けて外に出た。
日の出までは……あと一時間くらいかな。ゆっくりと向かうことにしよう。
時は進み、現在時刻はお昼時を既に過ぎた頃。私はイチカと共に歩きながら、私の髪型をどうすればいいかということについて質問をしていた。
「──というわけで、ちょっと髪型を変えてみようと思ってるんだが……イチカはどんな髪型が私には似合うと思う?」
「えーっと、うーん……私としては、タバネ先輩の髪型が今更変わるところが想像できないというか──」
「私はかわいいから好きっすけどね、その髪型。みんなもそう思ってるでしょうし、無理に変える必要もないと思うんすけど」
「ふむ、言われてみれば確かに……少なくとも、イチカの代が正義実現委員会に入ってきてからはずっとこの髪型だったな。昔は伸ばしていたんだが」
顔の横でくるくると髪をいじりながらそう口に出した。髪を短くしてからもう二年も経ってるのか、随分とあっという間に時間が過ぎている感覚だ。
──仲正イチカ。正義実現委員会の2年生で、彼女が来年以降の外交役をほとんど一手に担うことになる……と、私は思っている。イチカは正しい意味で適当だから。
それに、仕事とプライベートのメリハリもきっちりしている。少々ストレスを溜めてしまいがちのようだが……そこはまあ、私が気を配ってあげればいいだけの話だ。
「というかイチカ、私のこと──私の髪型を『かわいい』って言ったか? かっこいいと言えかっこいいと。かわいいって柄じゃないぞ、私は」
「そうっすか? 私はタバネ先輩の髪──タバネ先輩はかっこいい系ってよりかわいい系だと思いますよ。あと多分ですけど、みんなそう思ってるっす」
認めない。認めないぞそんなの。だって『かわいい系』って、それはつまり威厳がないってことだろう。それじゃあ困るんだよ、トリニティ内でならともかくとして、ゲヘナの人たちにナメられたりしたら。
エデン条約の締結も近いんだから。
あとさらっとかわいいって言ってたのを『私の髪型』から『私自身』にすり替えるな。私じゃなかったらその一言で勘違いしちゃうぞ。褒め上手め。
ただ、そういうところが外交・仲裁役を務めるにあたって有利に働いていそうなんだよなあ。本当にイチカは、話の進め方が上手だ。
「だけどなイチカ、覚えておけ。かわいいっていうのは私みたいな奴じゃなくて、もっと
「……えっ!?」
私は近くを歩いていた
ちなみにわざわざ手のひらで指し示した理由は、単純に指差すだけだと失礼だからだ。こういう所から徹底しなければな。
さて、友人の正実部員二人と歩いていたらしいその子は、あからさまに驚愕している。すまんね、いきなり話題の中心にしちゃって。
すまないついでに、ちょっとこっち来てもらえないかな。そうそう、君だよそこの君。そう、私の隣まで。出来ればイチカと私の間に……うん、完璧。
「よく見ろイチカ。本当の『かわいい系』ってのはこういう子のことを言うんだ。ほら、この綺麗な黒髪とか、不安げにちょこんとバッグに添えられた手なんか、もう最高だ。撫でていいか?」
「ええっ!? い、いいですけど……?」
「ふむふむ、なるほど……まあ確かに撫で回したくなりはするっすね。本当に正実には、なんでかかわいい子が多い──あっ、私も撫でてみていいっすか?」
「あっ、えっと、はい……」
二人して部員ちゃんを撫で回していると、段々部員ちゃんの耳が真っ赤になっていった。それを見てかわいいな、だなんて思っていたら、さらっとイチカは私のことまで撫でてきやがった。
「おい、イチカ……」
「うーん、撫でてみた感じはあんまり変わらないっすよ。タバネ先輩が言うにはこの子はかわいい系ってことなんで、撫で心地が変わらないということは、タバネ先輩もかわいい系なんじゃないっすかね?」
なんだよその理屈は。通ると思うなよ。
「君も撫でてみたらどうっすか? 撫でられっぱなしってのもなんか違うと思うんすよね、私としては」
「あっ、えっと……はい、それじゃあ失礼します」
「えっ、ちょっと、おい!? 撫でっ、撫でんな……とは言わないけど! こっちが先に撫でたけどさ、私一応先輩だぞ! 3年生だぞ! 君っ、何年生!?」
「1年生です!」
「そっか! 肝が座ってていいな! それじゃああれか、将来はツルギみたいに前線で活躍しちゃおうとか考えてる感じか!」
「あ、いえ。その、私はタバネ先輩みたいになりたいと思ってて……毎日誰よりも早く仕事をしているところとか、あと不良生徒の鎮圧とかも迅速で、本当に尊敬してて……!」
あう。
やめろ、褒めるな、目と目を合わせながらそういうこと言うな。嬉しくなっちゃうから。先輩としての威厳とか、そういうのが全部無くなっちゃうから。
「おや、照れてるみたいっすよ。これでかわいい系じゃないって言い張るのは、ちょーっと無理があるんじゃないっすかね」
「だから、私は可愛い系じゃないって言ってるだろ……! 〈梟〉とかいうイカした二つ名で呼ばれてる以上、それっぽくしたいんだよ!」
「無理に変わる必要ないですよ! みんなタバネちゃん先輩のこと、裏でかわいいかわいいって言ってますから!」
「裏で私『タバネちゃん先輩』って呼ばれてるの?」
まあいいや。ひとまず呼び方は別になんだっていいから、そこは気にしないでおく。なんとなく親しみを込められているようで、ちょっと嬉しいのも事実だし。
少し視線を動かして部員ちゃんの友人二人の様子を確認してみると、視線が合った瞬間に二人とも頷いていた。共通認識だということは間違いないらしい。
あ、そう。
終わったのかな。先輩としての威厳とやらは。
「とにかく、タバネ先輩。髪型については本当に変えなくてもいいと思うっすよ。シンプルイズベスト、そのままのタバネ先輩が一番っす。君も──」
「そう思います! 向こうで待ってる二人もそう思ってます!」
「──……だ、そうで」
ああ、何か事件が起きてくれれば、こんな
つまり、ここから逃げ出せない。
「はあ……もういいよ、好きなだけ撫でればいい……」
「おお。それじゃあ羽も触ってみていいっすか?」
「もう勝手にしろ!」
結局、髪型は変えないことにした。似合っているらしいので、しばらくはこのままにしておく。まあ変えようにも変えづらい髪型だから、しょうがないと思っている。
それから。やられっぱなしは癪だったので、最後の最後にイチカの頭を羽でふぁさっと軽めに撫でてやった。何か言っていたような気もしたが、普通に無視した。
まあ、楽しく会話できたんじゃなかろうか。
そんなこんなでなんやかんやあったものの、私は今日も無事に正義を遂行することができた。とはいっても、あの後一度だけ、喧嘩していた不良生徒を鎮圧したくらいだが。
結局『かわいい系』のレッテルを剥がすことは出来なかったが、しかし私が〈梟〉と呼ばれている理由の
あの後も一緒に行動していた部員ちゃんが目を輝かせてくれていたので、多分上手くいった。イチカも感心していたようだったし、先輩の面目躍如といったところか。
それからちょちょいと書類を片付けて、部室にいたハスミさんと一言二言交わすだけ交わしてから、すっかり日も沈んでいたのでこうして帰ってきた。と、そういうわけなのだ。
そうして今、身体を布団に投げ出している。ふかふかの布団に包まれることによって、多幸感を得ている真っ最中なのだ。
──というわけでは、ない。
私は今から、
さて、これくらい深く布団を被れば大丈夫かな。
かな。
な。
なん。
なんなん。
なんなんだよ『その辺を歩いてた子を呼び付けて普通に頭を撫でる』って!? わたしそんなに
確かにさ、確かに! わたしが自主的にやり始めたことだよあのキャラ付けは! だけど、その、なんか違うじゃん!? 話し方も『
わたしは! 根本的には! 根暗なの!! 現代風に俗っぽく言うのであれば陰キャってやつなの!!
……はあぁ。
「……むう。とはいえ、こうでもしないと……」
でも、でもなあ。自分で自分の夢のために始めたことなんだよなあ。
だから、責任はわたしにしかないわけで、今更こんなことを言っても、なんにも始まらないよね。
わたしは枕から顔を離して、以前どこかで適当に買ったせいでキャラクターの名前を知らない、変な顔をした鳥のぬいぐるみ──とりあえず勝手にとり太郎と名付けた──を抱きしめながら天井を眺めた。
その夢を──わたしの正義を実現するためにも、エデン条約の締結は必要不可欠だ。それ以前に、トリニティ内で団結することも。だからわたしは、自分の正義を実現するために、不慣れな演技なんてやっている。
ただ不慣れとは言っても、そろそろ始めて二年経つ。その間、元々事情を知っている人以外には、わたしの演技はただの一度もバレていない。つまり、一人しか演技のことは知らない。
結果として『トリニティの〈梟〉』なんて二つ名という、
正義実現のために外交・仲裁の技術も磨いてきた。そしてその努力の結果は、わたし自身が最も実感しているところだ。イチカという超有能な後進が育ってくれているおかげで、わたしも安心して臨めるというものである。
──エデン条約の締結日に。
長年続いたゲヘナとの不穏な関係性に終止符を打つことができれば、わたしの夢は叶う。万が一叶わずとも、大きな前進であることには間違いない。
元々はトリニティ内部の人たちと関係性を結ぶために作り出したわたしの『私』が、今度はゲヘナとの交流に役立つ可能性がある。それなのに今ここで『私』が偽りだったとバレてしまえば、どうなるかなんて分からない。
相手はゲヘナだ。嫌っているわけではないけれど、やはり向こうは『自由』が売りの学校だから、何があるかは分からないし、ナメられるようなことは極力避けたい。
仮に
とまあ、そういうわけで。わたしは『私』の皮を剥がされるようなことは、何としてでも阻止したいのだ。
ここまで上手くやってきた。二年間と少しの間、誰にもバレずに
だから、だからお願いだ。
お願いだから、何人たりとも──
弱くて
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