D.N.E.   作:Minus-4

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【Tips!!】
 芥川タバネは、五感の全てが生徒の中で最も鋭敏である。






#4 外交役・芥川タバネ

 

 

 

 

 時は流れ、一週間後。

 

 私は片手にお土産のひよっ子を携え、お供にイチカを連れて、シャーレへと()()にやって来ていた。

 

 

「いやあしかし、これ以上ないってくらいの晴天だな。こんなに晴れていると、私としては海に行きたくなるところだ」

 

「まったく同感っす。これから少しずつ暑くなっていくでしょうし、その時にでも行ってみましょうかね〜」

 

「……ま、夏休みに入れば、私たちの仕事量は爆増するんだがな。羽目を外す奴が多いと、こちらとしては羽を休める暇もない」

 

「もう少し不良生徒たちが落ち着いてくれれば、どこか一日くらいは海に行けるかもしれないんすけどね。まあでも、泣き言を言うわけにもいかないっすから」

 

 

 仮に正実みんなの休みが揃ったとして、今はエデン条約の件で忙しいしなあ。ハスミさんやイチカたちはともかくとして、私は行けそうにもない。

 

 だからまあ、海に行くなら全部終わってからになるんだろう。

 

 

「そもそも海に行くとき用のかわいい水着なんて持ってないしな、私」

 

「……えっ? いや、いやいや。冗談っすよね?」

 

「いや、本当だぞ」

 

「冗談っすよね?」

 

「本当だぞ」

 

冗談ですよね!?

 

 

 本当だってば。

 

 学校の授業で使ってたスク水なら持っているけど、やっぱりちょっと、あれで海に行くのは恥ずかしいし。

 

 ……あれで海に行く人っているのかな? 本人が楽しめるのならばそれでいいんだが。

 

 

「というかそもそも、私が水着に着替えるとしても、上にラッシュガードを羽織るのは確定事項だしな」

 

「えっと、ちなみに理由は?」

 

「肌なんか出したら恥ずかしいだろが」

 

「ああ、まあ、そうっすね……」

 

 

 イチカは何故かがっかりとした様子だが、しかしこれだけは譲れない。

 

 私はちんちくりんだからな。かわいい水着を着せられたところで、()()()()()()って感想が出るのが関の山だろう。

 

 いやしかし、ツルギもハスミさんも、イチカもマシロも、他のみんなも……正実の子たちは揃いも揃って水着が似合いそうだよな。

 

 羨ましい限りだ。

 

 

「っと、このエレベーターに乗ればいいのか。ここまで随分と簡単に入ってこれたな……」

 

「オープンな組織なんでしょうね。ホームページにも先生の顔写真が載せられてますし、しかも()()()()()()()らしいっすよ」

 

「二十四時間ねえ。ワンオペでよくやるよ、本当に。よくもまあ、こんな部活の顧問を請け負ったもんだ」

 

 

 監視カメラが備え付けられているエレベーターへと乗り込み、ボタンを押す。行き先はシャーレの部室があるフロア。

 

 上昇中のエレベーターから辺りを見渡す。近くにはそこそこの高さをしたビルが、遠くには天を衝くサンクトゥムタワーが見えた。

 

 ……ふむ。

 

 

「タバネ先輩」

 

「なんだ、イチカ」

 

「ここ、()()()()()()()()()()?」

 

「……決めつけるには、まだ早い気もするがな」

 

 

 足を踏み入れた時から──どころか、シャーレの最寄り駅まで足を運んだ時点で、感じていたことではある。

 

 シャーレの先生は、超法規的な組織の長である。極端な話ではあるが、どこかのバカが先生を脅して言うことを聞かせるなんてことをしてみろ。

 

 治安は一週間前に逆戻り、どころかそれ以下になる可能性だってある。

 

 

「ただなあ、それにしては警備が甘すぎる。エントランスとか素通りだったもんな」

 

「せめてIDカードとか、そういう何かしらで入退室の管理をしてほしいっすよね」

 

「私たちと違って、先生は()()()()()()()()なんだろう? もう少し危機感を持ってもらいたいところだ」

 

 

 そうして先生の不用心さについて語っていたところで、ようやくエレベーターがシャーレ部室のあるフロアに到着した。

 

 思っていたより長かったな。部室は意外と高い場所にあるらしい。

 

 

「さて、と。シャーレの部室は……あそこか」

 

「……どっちから先に行きます?」

 

「そりゃあ私だろうよ。シャーレにご挨拶のお手紙を送ったのも私だしな」

 

 

 そう言うと、イチカは私から見て右斜め後ろの立ち位置へと移動した。私とイチカの関係性を分かりやすくするためだろう。

 

 一度深呼吸をする。鼻から息を吸って、口から息を吐く。限界まで吐ききったところで、普段通りの呼吸へと戻した。

 

 密かな緊張を心の内へと押し込めてから、私たちは廊下と部室を隔てている、ガラス張りのドアの前へと移動した。

 

 部室の中に、スーツを身に纏った成人男性らしき姿が見える──とはいっても、後ろ姿なのだが。

 

 

「……イチカ」

 

「はい、なんでしょう」

 

()()()()()()

 

 

 そして、コンコンコンっと三回扉をノック。丁寧に、等間隔で行う。

 

 来客を分かりやすく示すサインは、キヴォトスの内外を問わず有効らしい。先生がこちらを振り返ったのが、ガラス越しに確認できた。

 

 はい、どうぞ。ほんのりと笑顔を携えたまま、先生がそう言い放つ。

 

 それを受けた私たちは、入室の許可に対する礼を述べながら、扉を開き、足を一歩先へと進めた。

 

 

「"シャーレへようこそ──っ!?"」

 

お初にお目にかかります、独立連邦捜査部S.C.H.A.L.E(シャーレ)の顧問を務めておられる先生。(わたくし)はトリニティ総合学園より馳せ参じました、正義実現委員会にて外交役を務めさせていただいております〈梟〉こと、芥川タバネと申します。芥川でもタバネでも、お気に召すようにお呼びくだされば幸いであると存じます

 

 私はあえて、とんでもなく畏まった様子で先生に相対した。しつこいくらいに回りくどい言葉遣い、それでいて表情はしとやかな印象を与える笑み。加えて出来る限り完璧に仕上げたカーテシー。

 

「えっ、と……」

 

「本日は急なご連絡であったにも関わらず、先生の貴重なお時間を割いていただき、その迅速な対応に心より感謝申し上げます。先日は副委員長である羽川ハスミに多大なるお力添えをいただいたようですので、本日はそのお礼も兼ねてこちらに参上した次第でございます」

 

 ──決め手は、()()()()()()()()()ということを伝えるために、左右に広げられた大きな黒い翼。私の身長を三倍しても尚足りないサイズの両翼を、先生に見せつけた。

 

 結果として。先生は私の姿に釘付けになった。言葉を失った。はっはっは、そりゃあそうだろうよ。

 

 男の人はみんな、こういうのが大好きなんだろう?

 

 

「……先生? どうしたのですか、そんな風に黙りこくってしまうだなんて。もしかして、私は何か粗相をしてしまいましたでしょうか?」

 

「"えっ!?"」

 

「だとしたら申し訳のしようもありません、汗顔の至りでございます。大恩ある先生に対して、まさか未熟な礼を見せるなど──」

 

「"いやいやいや、まさかそんな! 完璧な礼すぎて見惚れていただけだから、気にしないで!"」

 

「そうですか……! いや、不肖この(わたくし)、心の底から安堵しております。私の一挙手一投足が与える印象は、即ち()()()()()()()()()()に直結するでしょうから」

 

 

 これは本当のこと。建前上は()()としてここに来ている以上、私は私の行動全てに責任を持たなければならない。

 

 でなければ、迷惑を被るのはトリニティの全生徒だ。私の両翼に、全てがかかっていると思え。

 

 

「"シャーレへようこそ、タバネ。歓迎するよ!"」

 

「ですって、良かったっすねタバネ先輩。シャーレに来るまでものすごく緊張してましたけど、もうほぐれました?」

 

「ちょっ、イチカ! それを言うなよ……!?」

 

 

 これは半分本当。しかしそれをイチカが口にしたのは、もちろんわざとである。

 

 ハスミさんは、先生のことを()()()()だと形容した。であれば『私が緊張していた』という事実を知った時、彼が口に出す言葉は──

 

 

「"緊張なんてしなくてもいいよ、タバネ。シャーレでは存分に気を抜いちゃって構わないからね!"」

 

 

 ──当然、その手の言葉だろうよ。

 

 であれば万事順調だ、当初の想定通りに進めさせてもらおう。

 

 

「本当、ですか? (わたくし)は……自分で言うのもなんですが、公私をかなり分けておりますけれど」

 

「まあまあ、他でもない先生がいいって言ってくれたんすから──っと。そういえば私の方は自己紹介がまだでしたね。正義実現委員会の2年生、仲正イチカっす」

 

「"よろしく、イチカにタバネ。好きなだけリラックスしていってね。それにしても、すごくかっこいい制服だね!"」

 

「ああ、これか? この制服の良さが分かるとは先生もなかなかやる。今なら写真とか撮ってもいいぞ」

 

「"公私の移り変わりがとんでもない!?"」

 

 

 ふふふ、驚いてる驚いてる。あまりの変わり身に風邪をひいてしまいそうだろう、先生。

 

 さて、とりあえず挨拶はこんなもんでいいだろう。そう考えて、私は先生に持ってきたお土産を渡そうとした。すると、先生はタブレット端末を取り出して。

 

 

「"はい、チーズ"」

 

 

 確かにそう言った。

 

 ……マジで撮るのか。でも『撮っていい』と言ったのは私なわけだし、一応ポーズだけ取っておくことにしようか。

 

 一枚、二枚、三枚──おい、いつまで撮るつもりなんだ、この大人。

 

 撮るたびに別のポーズを要求してくるし、もしかして写真撮影が趣味だったりするのだろうか?

 

いやしかし、そろそろ私の方がキツくなってきたな。もう取れるポーズがあんまりないし、撮るたびに先生が『"かわいい!"』だの何だの言ってくるし。

 

 というか、成人男性にありとあらゆる角度から写真を撮られてるのってとんでもなくないか?

 

 やば、スカートの丈とか大丈夫かな。羽のツヤは? もっとチェックすれば良かった……!

 

 うぅ。私の顔面をこれ以上(あか)くしないでくれ。

 

 

「イチカ、イチカ!

 

「ん? どうしたんすか、タバネ先輩」

 

「どうしたじゃない、何とかしてくれ……!」

 

「いいじゃないっすか。可愛いっすよ、タバネ先輩」

 

「イチカぁあ!!」

 

 

 渾身の絶叫が、シャーレ中の窓ガラスを震わせた。

 

 

 

◇ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 数分後。上がった息が落ち着きを取り戻してきたところで、私たち三人は仲睦まじくお茶会と洒落込んでいた。

 

 

「……ふぅ。どうだろう、お菓子は口に合ったか?」

 

「"うん。ひよっ子……だったっけ? 紅茶の風味とマッチしてて最高!"」

 

 

 イチカが淹れてくれた紅茶を飲んだ先生の語り口には、熱がこもっていた。

 

 そうだろう、そうだろう。イチカは紅茶一本でお店を出せるくらいに淹れるのが上手だからな。

 

 私の後輩はトリニティでも屈指の腕前なのだ。

 

 

「"イチカ、この紅茶もすっごく美味しいよ。今までに飲んだ紅茶の中で一番!"」

 

「ははは、いやぁ、それほどでも。しかしここまでまっすぐ褒められると、ちょっと照れるっすね」

 

「ちょっとで済んでよかったな。私なんか……その、ものすごく褒められたからな。あんな辱めを受けたのは初めてだ」

 

 

 少々の非難を込めながら、先生のことをじとっと睨んでみる。すると先生は、にっこりと柔らかい笑みを浮かべた。

 

 ……本当に、この野郎。

 全部()()()()()()()()()な。

 

 いいだろう、そっちがその気ならこっちも本気だ。やられっぱなしじゃ女が廃る。

 

 トリニティの〈梟〉の実力、その一端をお見せしよう。

 

 

「……ところで先生。向こうの机には書類が山積みなようだが、私たちが来る直前まで、何か調べ物でもしていたのか?」

 

「"え? ああ、うん、そうだよ。タバネとイチカの二人が来てくれるってことだったから──"」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ティーカップを傾けて紅茶を嗜みながら、そう言ってわざと先生の言葉を遮る。

 

 ひどく驚いた様子の先生が浮かべた表情は、私が想像していたよりもはるかに面白いものだった。

 

 ふふん、悪戯は成功しそうだ。

 

 

「"えっ、と……それは、どうしてそう思ったの?"」

 

「いや何、単純なことだ。部室に入ってきた瞬間、机の上にあった書類の文面が()()見えてしまってな」

 

「"偶然にしては、随分と距離があるけど……"」

 

「でも見えた。なぜなら私は〈梟〉だからな! 私の両目はどんな不正も見逃さないぞ!

 

 

 私の視界が捉えた限りでは、先生は私たち二人が入室する直前まで、正義実現委員会のメンバー全員分の書類に目を通していた。

 

 ギリギリで隠したつもりのようだったが、しかし詰めが甘いと言わざるを得んな。

 

 既に()()したから。

 

 

「タバネ先輩は目がいいんすよ。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()くらいには」

 

「うむ。だからここから先生の毛穴とか見れるぞ」

 

「"やめてね?"」

 

「もう少し睡眠時間を増やすことをお勧めするぞ」

 

「"そこまで分かるの!?"」

 

 

 うふふ、驚いてる驚いてる。

 

 前にこれをハスミさんにやったら『誤魔化しがきかないから外交に便利そうですね』と言われたこともある。だからこれは、自慢の特技なのだ。

 

 しかし。私がハスミさんに褒められた特技はこれだけではない。

 

 まさか〈梟〉の長所が、視覚だけな筈ないだろう?

 

 

すん、すんすん……ふんふん、なるほど昼ご飯は()()()()()()()()()()()()()か。よく食べたな、アレを」

 

「"匂いにも敏感なんだ……"」

 

「何を隠そう、私は鼻もいいのだ。そのおかげで紅茶の風味にも人一倍敏感だったりするんだぞ」

 

「"それなら、ただでさえ美味しいイチカの紅茶をより堪能できるね"」

 

「もう、お世辞はいいっすから。そんなことより先生、タバネ先輩の真骨頂はこんなもんじゃないっすよ」

 

 

 羽をぱたぱたと小さく動かしながら、そんなことを言って恥ずかしさを誤魔化すイチカ。

 

 真骨頂、となると……まあ、お決まりのやつだよな。〈梟〉を語る上で、まさかこれを外すわけにもいくまいよ。

 

 

「ふむ。それならば先生、トリニティの〈梟〉の真骨頂、体感したいか?」

 

「"おお、したいしたい! ここまで視覚、嗅覚と来ているということは"」

 

「当然! ()()だッ!!」

 

 

 私はどんと胸を叩き、ふんすと鼻息を吐く。

 

 聴覚に関しては絶対の自信があるのだ。ハスミさんにも二年前から褒められ続けている。

 

 私がトリニティにおいて重要とされる外交……そのほとんどを任されている理由。それは簡単なこと。

 

 私の五感が、キヴォトスで()()()()だから。

 視覚が、聴覚が、嗅覚が、味覚が、触覚が。

 

 策略も、計略も、謀略も、英略も、戦略も。

 全てを捉えて、相手を捕らえて離さないから。

 

 どれだけ鉄面皮だったとしても、私の()()から完全に逃れられる者など、このキヴォトスに存在しない。

 

 生きている限りは、絶対に。

 

 

「そういうわけで先生、好きな人体の部位について話そうか」

 

「"えっと、ごめん、どういうわけで??"」

 

「ああ、すまない。実物が目の前にあった方がイメージ湧きやすいか。ちょっと失礼」

 

「"……距離、近くない?"」

 

「仲のいい人と話す時は、いつもこれくらいの距離で話す。それに、この方が先生の表情もよく観察()える」

 

 

 私は先生に向かって歩き、それから肩越しにソファへと両手を突いて、澄んだ双眸を覗き込んだ。

 

 いわゆる壁ドンみたいな形。耳まで真っ赤になりそうなほど恥ずかしいが、しかしこれも、先生という人物を()()()()ために必要なのだ。

 

 変数(先生)の正体を、今ここで認識()極めるために。

 

 

「さて。そういうわけで、先生は人体で言えばどの部位が好きなのだ」

 

「"えっと、さっきも言ったけど、ごめん、どういうわけで?"」

 

「どういうわけも何も……『先生は女体のどの部位が好きなのか』というわけだが」

 

「"生徒とそんな会話してるのがバレたら私の人生詰んじゃうよ"」

 

「それなら話題を変えよう。先生は女体のどの部位に興奮を」

 

「"この話やめない!?"」

 

 

 いやほんと、私もそう思う。

 

 でもごめん、一応これで()()()()なんだ。

 

 

「真骨頂、体感したいんじゃなかったのか、先生」

 

「"したいけど、したいけど! まさかこんな形だと思わないじゃん!"」

 

「鎖骨」

 

「"さこ……えっ?"」

 

「違うんだな、よし次」

 

「"いや、待って待ってちょっと待って! そんな、まさか、()()()()()()()()とかじゃないよね!?"」

 

 

 ふむ、鎖骨に関しては『好きは好きだが特筆して取り上げるほどかと言われるとそうでもない』のか。

 

 先生は私のやろうとしていることに気付いたようだが、もう遅い。というか遅かれ早かれ分かることだ。

 

 

「二の腕」

 

「"だっ、断固として黙秘するからね!"」

 

「手のひら」

 

「"…………"」

 

「む、少し心拍数が上がったか? そんなに力むと肩こりが悪化するぞ」

 

「"それは困るね。というか、肩こりのことまで分かるんだ"」

 

「当然。私は〈梟〉だからな」

 

 

 私はそこで、顔を先生の顔にぐいっと近付ける。驚いてはいたが、しかし顔を背けることはしなかった。

 

 同時に、恥ずかしがりもしていない。となれば、好みの部位は()()()()()()()()()

 

 そりゃあいい。顔で人を判断しないということだ。

 

 

「それなら、手指はどうだ?」

 

「"さっきから、手を随分と推すんだね。私の好みがその近辺にあると勘付いたのは流石だけ"」

 

「分かった。だな」

 

「"ど……え゙"」

 

 

 分かりやすっ。

 

 私の意識をあからさまに手に向けようとしすぎだ。おかげで足が好きだと一瞬で分かったぞ。

 

 シャーレを束ねる長がこの調子だと、ちょっと心配になってくるな。騙されたりしないだろうか。

 

 ……しょうがない、()()()()()()()か。

 

 

「それなら足のどの部分が好きなのだ? やはり王道のふくらはぎか? だろうよ。太ももは──やはりな。足裏は? へえ、マニアックだ」

 

「"ちょ、ちょっと、タバネ"」

 

「腰……は少し違うのか。太ももがありなら膝とかもいけるだろ。膝裏は? そうか、これもか。正直なところ他人の足とか舐めれる? へえ、行けるのか!」

 

「"いやいやいやいや! そんなことしないから!"」

 

「嘘なんかつかなくていいぞ。別にこんなんで軽蔑しないから」

 

 

 私が勝手に聞き出してるだけだしな。

 

 それに、先生は生徒たちのことを()()()()()()()()()()ようだし、問題ない。

 

 

「"……ちなみにだけど、タバネ。私がそんなことをすると、本当に思ってるの?"」

 

「目が泳いでいた。質問した瞬間、声が一瞬だけ上擦ったな。拍動が激しくなっているぞ。少しだけ汗をかいただろう。たった今、体温もちょっと上がったぞ。だから、()()()と判断した。違うか?」

 

「"えっと、その"」

 

「ま、あくまで『やろうと思えば出来る』だけで、実際にやるわけじゃないんだろうがな。安心してくれ、本当にやるだなんて思っちゃいない」

 

 

 そう言った瞬間、先生は明らかにほっとしていた。

 本当に、いくら何でも分かりやすすぎるぞ。

 

 ──でも、足りない。もっと認識()りたい。

 

 あなたの()()が、どうやってできたものなのか。

 

 

「先生、駄目じゃないか、シャーレの長ともあろうものが」

 

「"……タバネ? ちょっと"」

 

 

 その瞳の奥底で何を思っているのか。

 

 その耳は言葉をどうやって捉えるのか。

 

 その肌が今まで何と触れ合ってきたのか。

 

 

「そんなに分かりやすかったら、悪い生徒たちに騙されてしまうかもしれないのだぞ」

 

「"近い、近いってば"」

 

 

 その舌はどんなものを食してきたのか。

 

 その鼻に焼き付いた香りは何なのか。

 

 私は、知らなければならない。

 私の掲げる夢のために。

 

 

「先生。シャーレの先生。そんなに分かりやすいままだと、この私に、トリニティの〈梟〉に、シャーレごと、根こそぎ刈り取られて」

 

「"ちょっ、ストップストップストップ!"」

 

 

 ──()()()()()()しまうかもしれないぞ。

 

 にっこりと微笑みながら、そう言い放った。

 

 そうして、先生のことを、もっと深く、底の底まで認識()ろうとしたところで。

 

 

「あのー、タバネ先輩。ちょっといいっすか?」

 

 

 横から待ったをかけたのは、他でもない、私の頼れる後輩であるイチカだった。

 

 何だよもう、ここからが本番なのに。

 

 

「……イチカ。私は先生のことをもっと詳細に()()しなければならないのだ。止めてくれるな」

 

「いやまあ、正実の外交役として、そして〈梟〉として職務を全うするのは別にいいんすよ。先生もそう思うっすよね?」

 

「"うん、それについては同意するよ。仕事に一生懸命なのは、とってもいいことだしね"」

 

「先生もそう思っているんだな。でも、それなら何故──」

 

 

 何故()()()()というところで止めるのか。

 

 そう問おうとした私に対して、イチカはきっぱりとした口調で、端的に問題点を伝えてきた。

 

 

()()()()()

 

「──……何が?」

 

「いや、だから。顔、近すぎっすよ。いくら何でも」

 

 

 顔が近すぎ、ねえ。

 

 真偽を確認するため、イチカの方に向けていた顔を、再び先生の方へと向ける。

 

 目の前、鼻と鼻が触れ合うかどうかくらいの位置に、先生の顔はあった。

 

 姿勢を確認する。私は先生に対して壁ドンをするような姿勢を取っている。ソファは一人がけだ。

 

 側から見たなら、というか先生から見てもそうだと思うが、これだと私が()()()()()()()()()()みたいに見えるな。うん。

 

 うん?

 

 

うわああぁぁぁっ!?!?!?

 

 

 いつから、どこから、何でこんなことに!?

 

 いや、最初から近かった!? あれ、どうだっけ、思い出せない、恥ずかしすぎて!!

 

 ……違う。そんなことより、先に弁明だろうが。

 

  

「先生。その、違うんだこれは、私は、その」

 

「"私は大丈夫だから落ち着いて!"」

 

「さっきのがタバネ先輩の真骨頂その1っすよ、先生。外交役に選ばれてる理由の一つが、あの()()()()()()と洞察術、もとい瞳察(どうさつ)術っす」

 

「"凄かったよ、凄かったし憧れるけど! タバネの顔がとんでもない(あか)さになっちゃってるから!"」

 

「先生、本当に申し訳なかった、私に出来ることなら何でもするから、どうか責を問うなら私個人に……」

 

「"問わないから! あと簡単に『何でもする』とか言わない方がいいよ!?"」

 

「ああっ、タバネ先輩、翼に隠れちゃったっすね。こうなった時の先輩、本当にかわいらしいんすよ〜」

 

「"イチカ、イチカやめたげて! 撫でないであげて!"」

 

 

 その後もしばらく、私は撫でられ続けた。

 

 先生は本気で私のことを心配しているらしかった。

 

 ……ここまで。

 

 

 全て、()()()()

 

 

 

◇ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あの後、私たちは非礼のお詫びに『何か困ったことがあれば力を貸す』という約束を先生と取り付け、そして現在、帰路についていた。

 

 無論、これはシャーレとの距離を()()()()()()()()でもある。先の非礼は、このためのものだったのだ。

 

 

「うっかりで予定よりも近づきすぎてましたよね?」

 

「うるさい、あれも演技だ、だからわざとだ!」

 

「はーい、そういうことにしとくっすよ」

 

 

 ……ともかく。

 

 ()()はおよそ十全だったと言えるだろう。先生の善意に甘える形を取ったのは正解だった。

 

 節々の態度や反応から見るに、先生は生徒に頼られること、転じて信頼されることが嬉しいらしかった。

 

 正実の皆にも、ティーパーティーにも、いくつかの良い報告が待っていけそうだ。

 

 そしてその中でも、最も重要な報告は。

 

 

「ゲヘナの連中、特に万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)より先に接触できたのは僥倖だったな。連中は何かと企みがちだし」

 

「エデン条約に向けた前準備としてはこれ以上なかったっすね。シャーレがゲヘナ側に取り込まれるリスクはだいぶ減らせたんじゃないっすか?」

 

「これはナギサ様にしっかりとお伝えしなければな。何かと憂いがちなお方だ、負担は減らして差し上げるに限る」

 

 

 ゲヘナよりも迅速に動けたのは幸運だった。しかしそれにも、はっきりとした理由がある。

 

 私が()()()()()()()()()()をナギサ様より与えられていなければ、ここまで迅速な対応は出来なかった。

 

 ここまでの信頼を勝ち取っていなければ。二年に渡る積み重ねがなければ。先にシャーレと接触したのは、ゲヘナだっただろうよ。

 

 

「……上手くいくといいっすね」

 

「ああ、私の悲願だからな、あの条約は」

 

 

 楽園(エデン)の成就に向けて、私たちは一歩ずつ、確かに歩みを進めている。

 

 長きに渡るトリニティ・ゲヘナ間の確執に終止符が打たれるその日を、ずっと待ち続け、そして待ち焦がれているのだ。

 

 現時点での手応えは、十分。

 

 

「絶対に、この機を逃しはしない」

 

 

 未来への展望は、開けて見えた。

 

 

 

 







 タバネちゃんは全身敏感ってことです。
 タバネちゃんは全身敏感ってことです!
 はい。そういうことで。

 第0章はここで終わりです。オリ主ものといえば掲示板(諸説あり)とのことだったので、次回は掲示板やります。特殊タグです。頑張りました。見てね。

 それから評価を入れてくださった方、ありがとうございます。
(敬称略)

わけみたま 桜木メイ

 この場をお借りしてお礼を申し上げます。

 お気に入り登録感想評価等もよろしくね。

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