【Tips!!】
芥川タバネは仕事を途中で投げ出すことはない。
第一次特別学力試験。
本日はつい先日行われたそれの答案返却日である。
特別学力試験とは、その名に
つまりは──
具体的には、そうだな……おおよそ授業前に行われる小テストくらいの感覚でいてもらって構わない。三十分も事前学習しておけば、恐らくは問題なく通過できる。
合格となるのは100点満点中の60点。特別学力試験自体の難易度も加味すれば、一発で突破する可能性すらある(なんならその可能性の方が高い)。
補習授業部が解散となる条件は、この特別学力試験に全員が同時合格することだ。チャンスは三回。つまりそのどれかで、全員が60点以上を取ればいいわけである。
ちなみに、今回の試験で不合格となった場合、更なる救済措置として補習授業部の合宿の開催が決定することになる。
特殊学力試験の説明としてはこんな感じ。
さて、ここ数日の間、私と先生が何をしていたのかというと、補習授業部の皆が勉強しているのを見守ったり、そして時には手伝ったりしていた。
……まあ正直なことを言っちゃうのならば、私たち二人はあんまり何もしていない。ヒフミとハナコが中心となって、それぞれ勉強を教えあっていたからな。
あくまでもいち顧問といち運営補佐である。
手を出しすぎてしまっても、為にならんだろ。
「"というわけで、答案を返却するよ!"」
と、先生がそう一言。
即座に我々補習授業部の間に、奇妙な緊張感が張り詰める──ここでもやはりハナコは普段通りだ──体感温度が少し下がった気がした。
ちなみに、今日の私はイヤーマフ着用だ。耳に入る音からネタバレを防ぐ為だな。流石に目隠しまではしていないので、視界は塞がれていないが。
しかしイヤーマフがあるだけでも
さて、どうなるかな。
「"そういえば、テストの点数なんだけどね。どうしても四人全員のこれからに関わることだから、みんなの前で発表することになるんだけど……それでも大丈夫?"」
「ええ、まあ……しょうがないことですから」
「うん、私も異存はない。隠すほどのことでもないし」
「ええ、私もそれで構いませんよ」
「……私も、それで大丈夫」
先生の問いかけに対する四人の反応は、おおよそそんなところ。イヤーマフをしていようが、流石に周囲の音くらいは聞こえる。
と、まあそんな感じの答えが返ってきたので、先生は大きめの頷きをもって返す。
返却の形式は各机を回っての手渡し。現在みんなが座っている位置関係からして、順番はヒフミ、コハル、アズサ、ハナコの順番だろうか。私はコハルの右後ろ、つまりはアズサの後ろに座っている。
私は両手の指を組み──つまりは祈る時のような姿勢を取り──座したまま待った。
「"まずはヒフミから。部長だしね"」
「……はい!」
「"──78点、合格!"」
「っ、本当ですか! よかったぁ……」
「"おめでとう、次も頑張ろうね。それから、他のみんなは不合格だったけど落ち込まないで。まだチャンスは二回もあるから!"」
先生はそんなことを口にしながら、あからさまにホッとしているヒフミへと答案を──ん?
えっ? 今、なんつった?
あれ、おかしいな。近頃の激務で耳がイカれたか。
私はせっかく持ってきたイヤーマフを耳から外し、たまらず挙手してから発言した。
「えっと、すまないが先生、もう一度今言ったのと同じことを言ってくれないか? イヤーマフを付けていた私の落ち度だが、ちょっと、耳がおかしくなったかもしれなくて」
「"おめでとう、次も頑張ろうね。それから、他のみんなは不合格だったけど落ち込まないで。まだチャンスは二回もあるから!"」
「えっと、すまないが先生、もう一度今言ったのと同じことを言ってくれないか? イヤーマフを付けて──今は付けてないけど、とにかく私の落ち度だが、ちょっと、耳がおかしくなったかもしれなくて」
「"おめでとう、次も頑張ろうね。それから、他のみんなは不合格だったけど落ち込まないで。まだチャンスは二回もあるから!"」
「………………………………??????」
何度聞き返しても、全く同じトーンで、全く同じ声量で、全く同じ文言が返ってくる。ヒフミはホッとした笑顔のままフリーズし、答案を床に落としていた。
ふと気になってコハルの方をちらと見る。すると、顔面蒼白で目に涙を溜め、震えながらこちらの様子を窺っている姿が映った。
「ちが、これは違くて、教えてもらったのに、思ってたよりも難しくて……」
あーーーー!!!! そうだよねごめんね私が勉強教えてあげちゃったせいで力入りすぎちゃったから!! だから本当の力を発揮できなかったのかつまりそういうことか先輩に見られてると緊張するもんな!!
「"はい、コハルは50点。惜しかったね……でも半分は答えられてるから、次は絶対に合格できるよ! タバネもそう思うよね"」
「ん? ああ、当然だ。コハルはとっても偉い子だとハスミさんからも聞いているし、私もここ数日でそれは実感したところだしな。張り切りすぎてしまったんだろう──あまり気負わず、のびのびやるといいぞ!」
「……はい! 次は、次こそは頑張ります!」
いやあしかし、コハルは駄目だったか……あんなに頑張って勉強していたのに50点だったのならば、勉強の仕方を変えるのが一番いいかもな。
……それにしても。
いや、贔屓目とかテストに対する侮りとかじゃなく。
しっかりと、『もうこれ以上やることはない』と断言できるほどにテスト範囲を勉強した上で、しかしそれでも
どうにもその辺り、違和感を覚える。
例えば、そうだな。
「……そうだ、コハル。折角なら問題を見直して、解き直しなんかをしてみるといいかもしれないぞ」
「解き直し……はいっ、やってみます!」
と、ここで。ようやくヒフミがフリーズから復帰した。
「えっ、と……先生? その、あれ? 私以外は不合格、ですか?」
「"うん、そうみたい。合宿決定だね"」
「アズサちゃんとハナコちゃんは……?」
「"おっと、そうだ。二人にも返してあげなきゃね。まずはアズサから──はい、42点"」
「ちっ、紙一重だったか」
「本当に紙一重ですかね!?」
漫才やってるんじゃないんだぞ。
しかしその表情を見るに、アズサは割と本気で紙一重だったと思っているらしく、既に次の特別試験に向けて闘志をたぎらせている。
そもそもの話──この42点という結果は、補習授業部結成以前までのアズサの授業進度を考えれば、十分どころか十二分すぎる結果ですらある。
もっと端的に言うのであれば、
たったの数日でこれなのだ、合宿が終わる頃にはとんでもない秀才になっている可能性だってある。
「"それじゃあ、最後にハナコ──"」
この流れで行くとハナコちゃんも不合格なんでしょうけど、知的な感じで溢れていますしきっと59点とかなはず──と、ヒフミはどうやらそんなことを考えているらしい。
うーん……まあ、そうだなあ。
実際、昔はそうだったし。
「"2点……2点!?!?"」
「2点!!?!??!?!!!?」
「2点です♡」
たまらずといった感じで立ち上がり叫ぶ先生とヒフミ。そしてそんな中、にこにこといい笑顔を浮かべながらダブルピースをしているハナコ。
アズサとコハルも分かりやすく驚愕してしまっている。というかまあ、そんな衝撃的な事実を聞かされて驚かない奴など、キヴォトス中を探し回ったっていないだろう。
私は、まあ……
「2点、2点ですか? ハナコちゃん、2点ってあの!? あの2点ですか!? あの1点の上で3点の下の2点ですか!?」
「あの1点の上で3点の下の2点みたいですね♡」
「ハナコ、2点なのか? 本当に2点なのか? あんなに古代語にも歴史にも数学にも詳しかったのに2点なのか?」
「あんなに古代語にも歴史にも数学にも詳しかったのに2点みたいですね♡」
「私でも取ったことない点数!? そんなに賢そうで知的な感じが溢れ出てるのに、よりにもよってあんたが私よりもアズサよりもぶっちぎりで下の2点なの!?」
「こんなに賢そうで知的な感じが溢れ出てるのに、よりにもよって私がコハルちゃんよりもアズサちゃんよりもぶっちぎりで下の2点みたいですね♡」
途端にきゃいきゃいと騒がしくなる教室。先生は『しょうがないなあ』みたいな感じでそれを見ているが、悠長している場合じゃないと思うぞ、この状況。
ああっ、ほらっ、ヒフミがくらくらしているぞ先生助けに行けほら早く。ささっと動けほら大切なかわいい生徒のピンチだぞ。私は先生の背中をせっついて動かした。
「不合格……2点……あうぅ」
ヒフミが倒れた! マジかそこまでとは思っていなかったぞ。私は席を立ち、アズサとコハルの間をすり抜けヒフミの机へと向かう。
途中で、一瞬だけコハルの机上をチラ見。
──……へえ〜。
ああ、そういうことする。
ハナコ──不合格
アズサ──不合格
コハル──不合格
ヒフミ───合格
補習授業部の合宿が決定した!
その日の夜。
落ち込む補習授業部(一名除く)を見送ったタバネは、すぐさまナギサに連絡を取り、夜会の約束を取り付けていた。
運営補佐として派遣されている以上、補習授業部の試験結果について可及的速やかに報告しなければいけないためである。
そしてその報告は、ちょうど今しがた完了したようであった。
「──というわけだ。ま、既に先生から聞いていたみたいだが、一応な」
「はい、ありがとうございます。お察しの通り、既に先生からは聞いていましたが……報告ありがとうございます、タバネさん」
「礼はいらん。私は私の役割を果たしただけだ」
見るからな高級な椅子に座りながら、タバネはそう言った。
対面して椅子に座っているナギサは、ともすれば突っぱねているように感じられるその言葉に対して、特に思うところもないらしく、平然とした
以前先生と共に補習授業部補佐の任を受けた時とは違い、ティーパーティーのテラスにある長机ではなく、もっと小さな円卓を挟み、二人は対面していた。
机上にあるのはナギサ手作りのロールケーキと、既に盤面が
ナギサが手慰みに一人でプレイしていたらしいそのチェスは、黒駒側が強制被動の状態──早い話がいわゆる
「……いつ見ても思うんだが、チェスなんてよくできるな。私はこういうややこしいゲームは苦手だ」
「おや、そうなのですか? まあ私のこれはあくまでも趣味程度のものです。もしよければ、エデン条約の一件が終わった後にでもお教えしましょうか?」
「申し出はありがたいんだが、遠慮しておこう。どうにも私はな、この手のゲームでは力押しになってしまう癖があるらしい」
実際の戦場ではそんなことないんだがな。タバネはそんなことを言いながら、ティーカップを上品な仕草で口元へと運んだ。
その動作に澱みはなく、普段から同じように紅茶を飲んでいるのだろうということが察せられる。流石に三年もトリニティに通っていれば、この辺りはお手のものらしい。
「ふう。それでナギサ、補習授業部の件だが──先生と話してた内容が外からでも一部分聞こえたぞ、もっと気をつけろ」
「あら、そうでしたか? タバネさんの耳が良過ぎるだけのような気もしますが……しかし、そうですね。これからはより一層の注意を払うことにしましょうか」
先生とナギサが話していた内容というのは──ずばり、
……トリニティの裏切り者を追い出すため。
何を隠そう、補習授業部に現在在籍している四人は、揃いも揃って
エデン条約機構──
その成立を妨げる反乱分子の
「だからって全員まとめて一つの箱にぶち込むってのはどうなんだ。短絡的過ぎるぞ、お前らしくもない──苦言を呈すほかないな、私としては」
「私もそうは思いましたが、しかし彼女たちは実際に成績不振ではあるのです。不審な点だってたくさんあります。杞憂かもしれないというのは分かっているのですが……しかし、どうしても、ね?」
「はあ……とにかく、私はトリニティの裏切り者を探せばいいんだな? 私まであそこに組み込まれているの、つまりはそういうことなんだろう」
「ええ、まあ。タバネさんには今までもエデン条約に向けて頑張ってきてもらいましたが、ここで裏切り者を見つけられなければ、全てが水泡に帰してしまいますから」
そういう理由で、そういう理屈で。ナギサはタバネを補習授業部送りにしたということらしい。
確かにタバネであれば、ほんの少しの違和感から真実に気付くことも可能である。彼女の能力を考慮すれば、なるほど妥当な采配だ。
と、ナギサがそういう意味を込めた言葉を吐いたところで。突如としてタバネはチェス板から目を逸らし、夜空にその視線を向けた。
「どうかしましたか、タバネさん?」
「いやなに、
「そうですね、いい夜です。普段から学園に満ちている喧騒も、それこそ青春を体現していて私好みではありますけれど、こういった静寂も乙なものです」
「まったくだな、同感だよ。やはりお前とは気が合うな──この前は随分と騒がしかったが、やはりあれは私に『補習授業部が作られた理由』を気取らせないためなのか?」
「……お見通しでしたか。流石は〈梟〉です──なんてことを言っても今更ですね。これまでにあなたが成してきたことを思えば、このくらいは当然です」
「私は〈梟〉だからな、当たり前だ」
既に受け止め慣れた賛辞の言葉もほどほどに、タバネは突然起立した。
流石のナギサもこれには困惑したようで、一瞬だけとはいえ、タバネに向かって怪訝な視線を寄越す。
と、そこでナギサは違和感を覚えた。
というのも、タバネの様子がおかしいのだ──おかしいほどに、落ち着いているのだ。
そう形容できそうなほどに──
「なあ、ナギサ」
「……はい、なんでしょう、タバネさん?」
「
「……?」
不意を打つような形で、突如としてそんなことを言い始めたタバネ。ナギサはトリニティの長であるから、その言葉も、それが指す意味も当然知っている。
──
トリニティが誇る治安維持組織、正義実現委員会発足時に定められた、
「知っていますが、それがどうかしましたか──」
「
「──えっ? ああ、ええ、はい……」
なんだ、タバネは何が言いたい? ナギサの心情としては、おおよそそんなところだった。
なんというか、先ほどから話があちこちに飛びすぎだ。何からどうやって答えたものだろうか、何を話して何を隠すべきだろうか。
……というか。
もしかすると、タバネは私の
「ん? ああ、心臓が跳ねたから何事かと思ったが……そんなに警戒しなくてもいい。身構えなくても、別に覗き見だなんて、そんな小さいことはしないからな」
「……そう、ですか」
それならばよかった。
そんなことを考えながら。
精神を落ち着けるために、目を閉じ。
それから、小さめの深呼吸を一度して。
目を開けた。
タバネがいた。
タバネがいる。先ほどまで、つい先ほどまで机を挟んだ位置に立っていたのに。3
視線の高さが合っている。猛禽類のような瞳がこちらを覗き込んでいる。身じろぎしようにもできない、椅子に押さえつける力が強すぎる。
「タっ、タバネさん!? 何を──」
「『何を』じゃない。ティーパーティー・ホスト、桐藤ナギサ……補習授業部のテスト範囲を半分ほど
「ええっ!?!?」
「補習授業部兼正義実現委員会である下江コハルの答案を確認したところ、出題範囲の約半分が学習進度およそ1年生三学期相当のものになっていた。お前が
無表情でそう問いかけてくるタバネ。
何だそれは、身に覚えがないし、そんなことを指示した記憶もない。しかし目の前の〈梟〉が嘘をついているようにも思えない。
とにかく誤解を解かなければ。そんなことで冤罪にかけられてはたまったものではない。
そう考えて『あの!』と大声を出したところで。
「……ん、あれ? ナギサじゃないのか。うーん、となると誰が……?」
タバネはそんなことを言って、ナギサから距離を取った。
あれ、私がせっかく決めた覚悟とかは無視される感じですか。ナギサとしては、何だか肩透かしを喰らったような気持ちになった。
「って、いきなり何だったんですか!? 心臓が痛いんですが!」
「いやあ、すまんすまん! てっきりナギサの指示でテスト範囲が書き換えられたのかと思ったよ!」
「言ったじゃないですか『一次試験では何の操作もしていない』って……!」
ナギサはタバネに恨みがましげな視線を投げかける。がしかし、タバネはどこ吹く風といった様子だった。
というかそもそも、ナギサはタバネに対して『二次試験以後は操作をする』と白状してしまったようなものなのだが、しかし先生との会話を聞かれている以上は今更だった。
「さて、そんじゃあアテも外れたことだし──報告も終わったことだし! 私はこれでお暇するぞ!」
「なんなんですか、本当に……!」
用が済んだ瞬間、爆速で去っていくタバネ。ナギサはもう文句を言う気力も残っていないようだった。
それほどまでに。
タバネを警戒していたらしい。
「……ああ、そうだ。最後に一つだけ言っておくんだが」
「ああもう、はい、なんですか……!」
「全てが終わった後。つまりは補習授業部全員合格させた後。お前に対して、私は十四の翼誓に則り、正義を実現する。覚悟しておけ、桐藤ナギサ」
扉が閉まり。
後には、ナギサただ一人だけが残された。
「……望むところですよ、〈梟〉──」
トリニティを束ねる長は。
今日も一人、秘密を重ねて、罪を重ねる。
テスト範囲操作したの、誰なんでしょう。
つーか〈十四の翼誓〉って何なんでしょう。
それから評価を入れてくださった方を紹介します。
(敬称略)
syaruru 外のヒト ネムリス アルジェ00
上記の方々にはこの場をお借りしてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
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