ネプシスのバッドエンド後の話です
解放されたISクリスタルの力を手に、ゲイムギョウ界を支配したマホ。
シェアの力を捻じ曲げ、供給を絶ってしまえば、女神の意識を永遠に奪うことだってできる。現に、以前ゲイムギョウ界を支配していた四人の女神と三人の女神候補生の意識は、まだ戻していない。
そう、マホは全ての力を自分に集め、ゲイムギョウ界の唯一絶対の女神として君臨したのだ。
『──ごめん』
しかし、ISクリスタルの力でシェアを捻じ曲げ自らの力にしても、人の心まで操ることはできない。
民衆は、マホという女神を受け入れることはなかった。
『私は……マホちゃんに協力できない』
あの時自らを拒絶した、親友のように。
従わなければ罪の無いの国民を一人ずつ殺していく、そんなことを言えば従わせることは可能だったかもしれないが、それをしてしまえば女神として終わりだ。そして、育んだ友情は永遠に失われることになる。
「マホ……」
アンリというもう一人の友は、何も言わずについてきてくれた。マホ一人で世界を統治できるか、という心配もあったのだろう。
だが、人々の生活に必要なエネルギーやインフラは、捻じ曲げたシェアを用いれば楽に賄える。モンスターによる害は、自分が出向けば問題ない。それでも歯向かうものは、力を示して黙らせればいい。自分とISクリスタルがあれば、世界は問題なく廻る。
「な〜に、あんりー?」
「ネプギアの行方は……未だ掴めていないわ」
「……そう」
ネプギアは、あの時以来姿を消した。
拒絶された時、他の女神同様意識を奪い、永遠に手元に置くこともできた。
けれどマホは、去っていく親友を前に、何も出来ずただ立ち尽くすしかできなかった。
「それよりもマホ……無理してない? ちゃんと食事と睡眠は取ってる?」
「大丈夫だよ、あーしは大丈夫だから」
『大丈夫』、マホはそう繰り返す。しかし、アンリは強がりを含んでいることを察していた。身体は健康であっても、心が擦り減り続けていることは見れば明らかだった。
「マホ……」
一人で女神の責務を果たそうとするマホを、アンリは見送るしか出来なかった。
*
『──っていう感じなの、見ていられないわ……』
「そっか……」
『それでネプギア……マホを止められる算段はついたの?』
「それはまだ……」
『そう……』
ネプギアは、密かにアンリと連絡を取っていた。
『私はあなたと違ってあの子に力を貸してしまっている……けど、あの子が日に日に心が弱っていくのを見てると……私のやっていることが間違いなのもわかってる』
「……うん」
『でも私にはあの子を止められない。それができるのはネプギア……あなた一人だと思うわ。だから……』
「わかってる」
アンリがNギアの通信を切る。この連絡を取っていることをマホに悟られないよう、長時間の通信はしないようにしている。
ネプギアはマホの誘いを断った後、旧四大国教会関係者たちと共にレジスタンスとして潜伏していた。
「ネプギア」
「アイエフさん?」
「マホの制御下の機械兵がこのエリアにも近づいてきているわ。そろそろここも潮時ね」
「わかりました」
未だ見当もつかないマホへの対抗策を求めて、ゲイムギョウ界の至る所から至る所へ、終わらない旅を続けていた。
「町沿いのルートは、見つかる可能性があるから難しいわね。となると、ダンジョンを横断する必要があるけど……」
「モンスターに見つからないように、さっさと駆け抜けましょう」
マホが捻じ曲げたシェアの影響で、ネプギアは戦闘力の殆どを失っている。スライヌ程度のモンスターなら倒すことができるが、大型のモンスター相手には手も足も出ない。
「────ッ!」
だからこそ、大型のエンシェントドラゴンに見つかったこの状況は、絶体絶命である。
「アイエフさん、皆を連れて離脱してください」
「でも、そうしたらあんたは!」
「皆が離脱したら私も適当にやり過ごして逃げますから」
「任せたわよ……」
アイエフは自らの意思を押し殺し、ネプギアに従い離脱した。
「逃げるだけなら……!」
ネプギアは戦うことを一切考えず、背を向けて逃げ出す。
「ふ……っ」
モンスターには個体差があり、身体の大きさだけでなく強さも差異がある。
そして最悪なことに、このエンシェントドラゴンは、最上位級な強個体であり、逃げようとするネプギアは軽く追い詰められてしまった。
「ぎゃっ……!」
エンシェントドラゴンは、長い尻尾を鞭の方に振り回し、ネプギアの腹部を殴打する。
「うぐ……ぅ……」
痛みで蹲るネプギアに、エンシェントドラゴンの凶爪が突き出される。
「く……ぅ……!」
しかし、その凶爪がネプギアを貫くことはなかった。
「え……?」
瞬きをする間もなく、拳と双剣を連撃を与えられたエンシェントドラゴンは、断末魔をあげながら横たわり消滅した。
「ネプギア、久しぶり」
「大丈夫か、ぎあっち」
「お姉ちゃん……! うずめさん!」
長らくの間旅に出ていたネプテューヌ(大人)と天王星うずめが、今ゲイムギョウ界に帰還した。
「ぅ、ぐす……うわぁぁぁん!」
最後に残った女神として気丈に振る舞っていたネプギアだが、心から頼れる二人との再会で泣き崩れてしまった。
ネプテューヌとうずめは、ネプギアが落ち着くまで抱きしめてあげるのだった。
*
「──ということなんです」
「俺たちのいない時にそんなことが……」
ネプギアから事の顛末を聞いたネプテューヌとうずめ。
生まれ育った世界が危機に瀕している時に不在だった己の不甲斐なさに、うずめは拳を震わせ握りしめ、血さえ滲んでいた。
「逆にうずめが不在だから始まった、ってのもあるんじゃない?」
「かもな。俺は普通の女神と色々違うからな」
天王星うずめという女神は、世界を廻るシェアの流れから逸脱した女神である。
故に、四女神を相手取る場合に当たっての一番の懸念事項になり得る存在となる。シェアの流れを阻害して四女神や候補生の戦闘力を奪っても、うずめの戦闘力には然程影響が出ないからだ。
『相変わらずやべーことばっか起こってんなゲイムギョウ界ってやつは』
「クロちゃんったら茶化さないの!」
「それにしてもぴーしー大陸かぁ。俺の頃は誰も気にしてなかったな」
「気にしてない……?」
「ぴーしー大陸ってさ、国にとって女神という存在の成り立ちや扱いが違うから、俺たちからすれば関わるメリットが無かったんだよ」
「そうですか……」
もし、もっと早くぴーしー大陸と手を取り合っていればこんなことにはならなかったかもしれないと、うずめもネプギアも後悔していた。
「とりあえず、そのマホって女神を止めないと」
「けど、わたしたち三人でそのマホちゃんに勝てるの? ISクリスタルってやつのせいで、世界中のシェアが集まってるなら、下手したらあの時のくろめぐらい強いんじゃない?」
「そういや【オレ】も世界中のネガティブ感情を集めてパワーアップしてたな」
女神オレンジハートと、女神に匹敵する戦闘力を持つ超人たるネプテューヌ、二人は戦力としては申し分がないが、肝心のネプギアは戦闘力を失ってしまっている。
「シーリィさんを見つけて修復して、過去に戻れば……」
『時間逆行か、悪くない策だが、今回ばかりは無理だろうな。マホって女神が完全にゲイムギョウ界を支配すれば、過去現在未来全部がゲームオーバーだ。勝てなきゃおしまいだぜ?』
「どうして?」
『時ってのは過去から未来に進むが、確定された未来があると、過去をどう変えようがその未来に行き着くことになる。そして、今この時間軸は確定された未来になる特異点になりつつあるわけだ』
「つまり、このままだとマホちゃんが今この世界を支配した時間軸にあらゆる時間軸全てが統合されるってことですか?」
『そういうことだ』
最後の女神たるネプギアの敗北こそが、この時間軸における最後の牙城だった。
ネプギアは負けるわけにはいかない。しかし、今のままでも勝ち目は無い。策を練ろうにも、何も思いつかず、沈黙のまま時間が過ぎていく。
とりあえずアイエフたちに合流しようと、座り込んでいたネプギアが立ち上がろうとした時、ポケットから何かが落ちた。
「あれ……? どうして私がこれを持ってるんだろう……?」
『お……?』
以前はマホが持っていた筈の『それ」が、どさくさに紛れたのか自分の手元にあったことに驚くネプギア。
そして『それ』に強く興味を惹かれるクロワール。
『おいおいおいこれゲハバーンじゃねえか』
『それ』とは、別の時間軸で用いられ、その時間軸のネプギアによって砕かれた『ゲハバーン』のカケラであった。
『現物なんて始めて見たぜ。破片だけになっちまってもったいねえの』
「クロワールさん……知ってるんですか?」
『まぁな。けど、情報として知ってるだけで実物は見たことねえ。お前の手元にそれが転がり込んだのは、運命ってやつかもな』
「運命……ですか?」
『ゲハバーンとネプギア。お前らは因果で繋がっているんだよ』
「因果……?」
クロワールが言うには、ゲハバーンという剣は、どの次元にでも存在するが、どの次元にも存在しない。ある次元の女神がゲハバーンの存在を知覚したその時に、時系列を否定してでもその次元に存在することになる。剣自体の性能だけではなく、それが魔剣と呼ばれる所以であった、と。
「そんな剣が、なんでぎあっちと繋がってんだ?」
『あらゆる次元の中で、あの剣を始めて覚醒させたのはネプギアだからだろうな』
「別の次元の私が……」
どこか別の次元において、ネプギアが犯罪神を倒すため全ての女神の命をゲハバーンに捧げ覚醒させたことが、ネプギアとゲハバーンの因果の始まりであったが、その経緯を詳しく知る者はもういない。
「クロちゃんそんなことまでよく知ってるね」
『度々お前とどっかの滅びちまったゲイムギョウ界に流れ着いたことあったろ?』
「うん」
『そこで既に機能が停止してる史書からデータを頂戴して、色んな次元の興亡の記録を得てるってわけだ。その断片から適当に推理した結論だから、間違いはあるかもしれねーけどな』
「へぇ〜」
『そのゲハバーンなら、例の女神に勝てるかもしれねえだろうな』
シェアを捻じ曲げゲイムギョウ界の常識を覆すISクリスタルに唯一対抗できる剣こそがゲハバーンでもあるのだ。
「でももうこれカケラだよ? 見た感じ力も失われてるし……」
『なら新しいのを作ればいい。ネプギアならその因果を利用したバグ技で、ゲハバーンを作り出すことができる』
「どうやってですか?」
『簡単だ。お前がゲハバーンを望んだ上で地面に手を突っ込んでみろ』
「えっと……こう、かな?」
ネプギアがゲハバーンをイメージし、地面に手を入れる。すると、何か棒状のものが手に引っかかる。
「え……?」
ネプギアはその棒状のものを掴み、地面から手を引き抜く。
「まじか……」
うずめが声を漏らした。
ネプギアの手には、確かにゲハバーンが持たれていたからだ。
最初にネプギアの手に触れたものは、ゲハバーンの持ち手だった。
『やっぱ俺の考えは当たってたようだな』
本来、この次元には過去にも未来にもゲハバーンは存在しない。しかし、次元を超えた因果が、ネプギアの元にゲハバーンを引き寄せ創り出したのだ。
「でも、ゲハバーンって女神の命を捧げなきゃいけないんですよね? マホちゃんを止めるためとはいえ私はそんなこと……」
『それもバグ技を使う。お前の話によると、この次元のマホってやつは、本来出会えば対消滅する筈の別の時間軸のマホが統合されてるんだろ?』
「はい。マホちゃんの言ってたことが正しければ……」
『なら、今この次元っていうか時間軸は、その常識が覆っている特異点ってことだ。時間軸そのものがバグってる。それを利用すれば良いのさ』
クロワールが説明しようとする前に、ネプギアはその意図に気づく。
「えっと……じゃあつまり、ゲハバーンのカケラを今私が抜いたゲハバーンに統合させれば、カケラにある『女神の命が捧げられてる』という情報を『新品のゲハバーン』にインプットして『女神の命が捧げられてる新品のゲハバーン』という存在が生まれる、ってことですか?」
『そういうこった。本来合体なんてさせたら対消滅するが、この時間軸ならそれが可能なんだ。お前はこのバカ二人と違って話が通じやすくて助かるぜ』
「誰がバカ二人だ!」
「そーだそーだ!」
クロワールはネプテューヌとうずめに、封印されていることの意趣返しの悪態を吐くも、うずめとネプテューヌは抗議しつつ表情にはあまり怒りは見えていない。それはまるで友人同士の軽口の叩き合いのようだった。
「……」
そんな三人の様子から、今は袂を分かっている親友マホやアンリとのやり取りを思い起こし、物憂げに俯くネプギア。
『さて、俺から情報を渡してやれんのはこの程度だ。後は精々頑張るんだな』
「……クロちゃんやけに協力的じゃん。何か企んでる?」
『企めるなら企みてえけど、今回はマジで俺の好奇心だけだ』
「好奇心?」
『ISクリスタルとゲハバーン。俺のメモリー以上のもんが見れるかもしれねえってことさ。ただ世界が滅びるよりもその方が面白えってな』
そう言ってクロワールは二人をワープさせるのに疲れたから、とねぷのーとの中で眠りについた。
「攻撃力は手に入ったけど、肝心のネプギアは今見た目通りの可愛い女の子ぐらいの力しかないよ」
「最悪俺らがゲハバーンを持って戦うか?」
「でも、クロちゃんの言い方的にもネプギアが持たないと強さを発揮しなさそうだし……」
「そうだな……」
う〜ん、も考え込みながらも策を思いつかないネプテューヌに対して、うずめは何か思い当たる節があるようだった。
「ぎあっちが戦えるようになる方法が、あるにはある」
「あるんですか⁉︎」
「あぁ。すげえ昔、守護女神の最終奥義って呼ばれてた技。それを使えば、シェアが無くてもぎあっちの限界以上のパワーを引き出せるかもしれない」
「最終……奥義……?」
「正直、俺はぎあっちにこの技を教えたくない。この最終奥義ってのは、守護女神戦争が壮絶で女神の命すら消耗品扱いだった時代の技だから……使えば無事で済まない」
「どうして、そんな危険な技をうずめが知ってるの?」
「すげえ昔、俺が現役の頃犯罪神と戦った当時、最悪俺たちがこれやって相討ちになろうと思ってたからな」
また、最終奥義は、それに劣るもののリスク無しで高い威力を誇る必殺技エグゼドライブが開発された結果、廃れてしまった技でもある。
「うずめさん、その技を私に教えてください。マホちゃんがこうなって、世界がこうなったのは、私のせいでもあります。それに、私は命を賭してマホちゃんを倒してでも止めないといけないんです」
「女神の使命,か? そのために命を捨てるのはぎあっち自身やねぷっちが嫌っていたことだった筈だろ?」
「使命でありません。私とマホちゃんが……ズッ友だからです」
親友だからこそ自分の命を賭けてでも止める、そんな使命を超えたネプギアの決意を前に、うずめは断ることなどできはしなかった。
「ふっ……意地悪な言い方しちまったな。わかった。ぎあっちに教えるよ」
「ありがとうございます!」
うずめは、技の概要をネプギアに説明する。
「さて、まずやる必要があるのは武器との対話だ。ゲハバーンみたいな強い武器となると、難易度は跳ね上がっちまうけどな」
『跳ね上がるなんてレベルじゃねえよ』
うずめとネプギアの会話に、ねぷのーとの中で寝ていたはずのクロワールが割って入る。
『ゲハバーンとネプギアは因果で繋がってるが、仲良しこよしじゃねえ。むしろ逆だろうな』
「どうしてそう言えるんだよ」
『ゲハバーンの覚醒条件を思い出してみろよ。そんな剣のことをネプギアが好きになると思うか? そして、自分を好きでもないのに振るう持ち主を、剣が好きになると思うか?』
「それは……たしかに」
『ゲハバーンに限った話じゃねえが、魔剣とか呪剣とか呼ばれるいわくつきの武器は、心を閉ざしてんだよ。最終奥義で対話しようとする相手をぶっ殺そうとするぐらいな』
「殺……っ!」
物騒な言葉を聞き、うずめとネプテューヌは動揺する。
しかしネプギアだけは、表情一つ変えず、ゲハバーンに手を翳す。
「やります。うずめさん、お姉ちゃん、クロワールさん、お願いします」
そして、ネプギアは己の意思を剣に落とし、最終奥義習得の為の儀式を開始した。
意識を失い倒れ込んだネプギアの身体をネプテューヌが抱き上げる。
「さて、俺は行くわ」
すると、うずめが立ち上がる。
「行くって……どこに?」
急に立ち上がったうずめに問い詰めるネプテューヌ。
「多分このままだと、俺の力を辿ってぎあっちの場所がバレるからな。だから俺はそのマホって女神を足止めしに行く」
「そんな! 一人でなんて無茶だよ!」
「後輩の為に無茶するのがカッコいい先輩ってもんさ。ねぷっちはぎあっちのことを頼む」
うずめはニコっと笑い、ネプテューヌの下から去る。
「わかった……うずめ、死なないでね」
ネプテューヌはうずめを送り出すと、ネプギアとゲハバーンをねぷのーとの中に隠し、自身も物陰に潜伏した。
「大丈夫かな……ネプギア」
『賭けだな』
うずめとネプギアを心配するネプテューヌに、クロワールが軽口を叩く。
『うずめがどれぐらい時間を稼げるかってのと、ネプギアの方が本当に上手くいくか、な』
「でも、ネプギアならやるよ」
本当はうずめと共に戦いたいネプテューヌであったが、ネプギアの儀式を邪魔させないためねぷのーとを守るという役割があり、祈ることしかできずにいた。
*
ゲハバーンに意識を落としたネプギアは、謎の空間を歩いていた。
「ここは……?」
どこまでも広がる濁った空。瓦礫に塗れた大地。どこからか鳴る地響き。
そんな世界の終焉のような光景に、ネプギアは見覚えがあった。
「零次元……かな?」
「確かに、此処は暗黒星くろめが想像した崩壊したゲイムギョウ界である『零次元』と、さほど差異はないのかもしれないね」
「え……?」
ネプギアが、声が聞こえた方向に顔を上げると、そこには自分とそっくりな者が立っていた。しかしその顔はモヤのようなものに覆われ見ることができない。
「あなたは……私……?」
「この姿は、君の容姿を借りているだけだよ。初めまして……じゃないね。君と私は因果で繋がっているんだから」
その言葉を聞き、ネプギアはその者の正体を確信した。
「あなたは……もしかして、ゲハバーン……?」
「そう、私はゲハバーン」
目の前にゲハバーンと名乗る自分とそっくりな人物が出現した奇妙な現象だが、これこそがゲハバーンとの対話か、とネプギアは納得する。
「あなたの力を貸してください。守護女神の最終奥義……それを習得するために」
そして対話の為、ゲハバーンに協力を頼んだが。
「断る」
「え……」
「今の君に私の力は使えない。そして、私は君の護りたいものに価値を感じてなどいない……!」
ゲハバーンは、禍々しい紫色のオーラを身に纏う。
明確な戦意を感じたネプギアは、女神化の為に力む。直後、マホにシェアを奪われている今女神化ができないことを思い出すが、その身はパープルシスターに姿を変えていた。
(女神化ができる……? そっか、ここは私とゲハバーンの心の中だから……)
「そう、君の護りたいものが私の護りたいものではないんだよ!」
ゲハバーンは、真っ直ぐ拳を突き出す。
パープルシスターは、M.P.B.Lを出現させ、盾のように構えてガードする。
(やっぱり……ゲハバーンは魔剣だから、世界を護るための力を貸してくれないの……?)
「そんな発想じゃ、守護女神の最終奥義には至れないよっ!」
「く……っ!」
パープルシスターは、ゲハバーンが自らの心を読んだかのような言動をとったことに驚き、身体が強張る。
その一瞬の隙に、ゲハバーンはパープルシスターを殴り飛ばす。
「きゃぁっ!」
「どうしてもと言うのなら、力で押し通せばいいのよ。かつて私を使い、他の女神を手にかけた時のように、ね」
吹っ飛ばされた先の瓦礫の山を蹴散らし、パープルシスターは立ち上がる。
「私はそんなことしていません!」
「私と君の因果が始まった世界線での君の行動を言ったまでさ」
「え……っ? あ……っ」
ゲハバーンの言葉を聞き、パープルシスターは、クロワールがあらゆる次元の中でゲハバーンを完全に覚醒させたのは自分だと言ったことを思い出した。
ならば、その世界線で自分は全ての女神を手にかけたことになる。ゲハバーンの言葉は真実だということにも。
「気づいただろう! この空間は、零次元などではない!」
崩壊した世界の景色を指差し、ゲハバーンが言った。
「私と君が救えなかった世界! 私と君が幾度となく至った『果て』だ!」
ゲハバーンを覚醒させ、全ての女神を手にかけ、それでも世界を救うことができず、滅びてしまったゲイムギョウ界、それがこの空間であると。
「私と君の心が一つになった心理空間が、その『果て』を映し出すのは何故だろうね!」
パープルシスターは何も言い返せず、ただ振るわれるゲハバーンの拳を防ぐことしかできない。
「君の心が『果て』の景色の反映を跳ね除けるほど強きものであれば、こんな景色になどなってはいないのに!」
先程からゲハバーンが述べているように、この心理空間はゲハバーンのものを一方的に映し出しているわけではない。ネプギアとゲハバーンの心を同時に映し出している。つまり、ネプギアの心が希望に満ちていれば、このような風景にはならなかっただろう。
「なら、私と君の心の景色が、このような負の想いで一致してしまうのは何故か! それは、君がグレイシスターとの力の差に絶望し、その心の歩みを止めているからだよ!」
パープルシスターは、図星を突かれ、表情が固まる。
友であるマホを止めなければならない、その覚悟はしている。けれど、心の奥底では、絶対的な力を持つISクリスタルを持つマホの力に、折れている一面もあったからだ。
「そんな君に、私と対話するなどできる筈はない!」
「それでもっ! 私はやらなきゃいけないんです!」
「諦めないか……! ならば、君が私の力を望むなら、君と私の因果を君自身も知ると良い!」
ゲハバーンは、パープルシスターの頭に手を翳す。
「う……っ!」
「あえて、私が君とは共有しなかった、あらゆる世界線で君が絶望した記憶だよ」
すると、パープルシスターの頭の中に、今の自分には存在しない記憶が流れ込んで来た。
全ての女神を、友を、仲間を、そして最愛の姉をこの手にかけた記憶。その涯てに、永遠の孤独の中、衰退していく世界を前に、何もできなかった記憶。
「ぅ、あああああぁぁぁぁーッ!」
一気に押し寄せてきた哀しみと絶望で、パープルシスターは絶叫する。
「この私たちの心が一つになった空間で君を殺せば、私の心から君の意識を切り離せる」
正気を失いつつある無防備なパープルシスターに、ゲハバーンはトドメを刺そうとする。
「たとえ君がグレイシスターに勝てずとも、そうなれば君はもう戦わずに済む。それでいいじゃないか」
ゲハバーンはエネルギーを纏わせた拳を、パープルシスターに思い切り突き出した。
「ダメです……それだけは……ダメ……!」
しかし、ギリギリで正気を取り戻したパープルシスターは、その拳を素手で掴んで防いだ。
「そんな未来は……みんなが……そしてなによりマホちゃんが永遠に救われない……! そんな未来だけは、私は止めなきゃいけない!」
頭が割れそうな思いをしながらも、パープルシスターはまだ戦意が尽きてはいなかった。
「そう。それでも、君は戦うんだね」
「……」
「なら、もう言葉は要らないか」
ゲハバーンの身体が光り、その姿を変えていく。それはまるで、ネプギアがパープルシスターへと女神化するように、ゲハバーンもまた変身を完了させた。
「さぁ、ここからは本気で行くよ! ネプギアッ!」
*
「簡単な話でした」
今ここにいるマホという女神候補生は、三つの時間軸の彼女が統合された存在である。
その結果、根本の性格は同一であれど、三種類の表面上の性格や振る舞い、言葉遣いなどは混ざり合っていた。
「何故私がネプギアの行方を追えなかったのか。それは私が彼女の力を殆ど奪っていたからこそ彼女の女神の力の痕跡を辿ることができなかったのです」
彼女が女神化した『グレイシスター』は、落ち着いた敬語で話を続ける。この話し方が一番しっくりきたらしい。
「だから、あなたの女神としての強大な力の痕跡を辿れば、自ずとネプギアの元にも辿り着けると踏みました」
グレイシスターは目の前の相手に敵意は見せていなかった。
それは見せるまでもない力量の差であるという傲りでもあり、なるべくは傷つけることなく事を済ませたいという気遣いでもあった。
「初めまして。オレンジハート、天王星うずめさん」
「ずいぶんなご挨拶だ。こんな舐めた真似しておいて」
対する天王星うずめは、グレイシスターに敵意を剥き出しにしていた。
戦友たる七人の女神の意識を奪い続けている目の前の相手を許せるはずもない。
「ネプギアはどこですか?」
「素直に答えるとでも思ってんのか?」
「でしょうね。ならば、力づくで吐かせるまでです」
グレイシスターが臨戦態勢に入る。空気が震え、大地が揺れる。
しかし、うずめは怯むことなく、シェアクリスタルの力を解放し、オレンジハートへと女神化する。
「力だけで全てを思い通りにできるほど、ゲイムギョウ界は甘くないよ。まほっち」
プラネテューヌの過去の女神『天王星うずめ』と、未来からやってきた女神候補生『グレイシスター』、本来は巡り会うはずのなかった二人が、今この時代にてぶつかり合う。
「力だけではありません。それ以外の全ても、私は超えているのです」
斬撃も、射撃も、打撃も、魔法も、ISクリスタルの力でほぼ無限のエネルギーを持つグレイシスターが繰り出す攻撃全ては、他の存在をそれを超越している。
「よっ、ほっ」
しかし、それらの攻撃がオレンジハートを捉えることはなく、紙一重で全て回避される。
「当たらなければどうってことはないよ!」
オレンジハートは、あらゆる攻撃を回避しながら、距離を詰めていく。
「ほにゃあぁぁっ!」
そして、自慢の鉄拳をグレイシスターに突き出す。
「ぐ……っ!」
相手がよろけた隙を狙い、更にもう数発入れ、反撃に備え、攻撃後はすぐに距離を取る。
「やはり、歴戦の女神だけのことはあります」
ゆっくりと体勢を整えながら、グレイシスターは語る。
「しかし、今の攻撃は今しがた意味を失いました」
女神とは、シェアがあればどんな傷も治り、無限に生き続ける生命体。ISクリスタルにより世界の全てのシェアを吸収できるグレイシスターにとって、全てのダメージは与えられた瞬間に回復する。
「本当にすぐ傷が治る……これがぎあっちの言っていたISクリスタルの力だね」
「はい。だからこそ、ゲイムギョウ界において,今の私に勝てる存在などはいません。妄想力とやらで虚構のシェアを具現化させ力を得られるあなたでも、私とは戦いにすらならない」
「それを聞いて、諦めるうずめだとでも?」
しかし、無敵ともいえるISクリスタルの力を見せつけられたとしても、オレンジハートの戦意が揺らぐことはない。
「それに、ISクリスタルってやつが相手だからこそ、うずめの本領発揮でやつなんだよね〜!」
オレンジハートは再び拳にエネルギーを込め、グレイシスターの攻撃を掻い潜り、打撃を放つ。
「無駄なことを……」
グレイシスターは避けることもしない。当たったところで、すぐに回復するからだ。
「どうかな?」
オレンジハートの拳が、グレイシスターに直撃する。
「ぐ……ぅああぅ⁉︎」
予想外のダメージに、グレイシスターは膝をついた。
「痛いよね。わかるよ」
そして追撃の蹴りが繰り出されるも、グレイシスターはこれを回避した。
「ちぃ……っ」
「無駄だって言ったのに、避けたね。まほっち」
先程のグレイシスターの発言を覆したことに得意げに笑うオレンジハート。
(なんですか……彼女は何をした……?)
オレンジハートは、ネガティブエネルギーを拳に込めることで、炸裂した打撃からグレイシスターの身体へとネガティブエネルギーを侵食させ、ダメージを拡大させたのだ。
暗黒星くろめの存在を受け入れてから数年、オレンジハートは少量であるがネガティブエネルギーを扱う戦闘を行えるように修行していた。
ネガティブエネルギーは、シェアエネルギーに相反するエネルギー。シェアエネルギーの集合体である女神には、たとえ少量でも絶大なダメージとなる。
「たから……なんだと言うのです? 回避させたからなんですか? それで、あなたと私の絶対的な力の差が埋まるとでも……?」
しかしグレイシスターは、自身をネガティブエネルギーが侵食する以上のシェアエネルギーを取り込み、ネガティブエネルギーの侵食を強引に止める。
「確かに、この世界だと無敵だねまほっちは。でもこの世界じゃなくなればどうなるのかな?」
「え……?」
グレイシスターが語る間に、オレンジハートはある準備を済ませていた。
「これは……?」
グレイシスターは違和感に気づいた。
自分と相手を取り巻くシェアの流れが、渦を巻きながら濃度を上げている。
「いっくよー!」
オレンジハートは右腕の装置を起動させる。
それは、候補生はおろか四女神すら使用できないシェアエネルギー操作の真髄。
「『シェアリングフィールド』、てんかーい!」
空間を形成するほどに濃度を上げたシェアが、二人を包み込む。
「さて、と」
オレンジハートが、自らのメイン武器たるメガホンを構える。
「すぅぅぅ……ほにゃああああああッ‼︎」
絶叫がメガホンを通り破壊音波となって、あらゆる方向からグレイシスターを襲う。
「……!」
先程はオレンジハートの攻撃を避けようとすらしなかったグレイシスターだが、今度は大きく飛行し、フィールド内を旋回しながら破壊音波を避けていく。
(やはり……シェアが供給されない……)
シェアリングフィールドは、世界とは隔絶された異空間。
ISクリスタルの力であっても、この空間に存在しないシェアの流れを操ることはできない。
「やっぱり、狙い通りだったね」
グレイシスターの逃げた先に回り込んでいたオレンジハートが、エネルギーを込めた拳で殴り飛ばす。
「きゃあっ!」
先程までとは違い、この空間でのシェアは有限。ダメージの回復にシェアを使いすぎれば、グレイシスターにはエネルギー切れの可能性がある。
(落ち着け私。たとえこのフィールド内でも、私が持つシェアエネルギーの総量は、オレンジハートさんの持つ量を遥かに上回っている……!)
女神の戦いは、シェアの戦い。自身が持つシェアの数が相手の持つ量より大きく上回っていれば、負けることはない。
そんな当たり前の理屈を反芻し、グレイシスターは体勢を立て直す。
「はぁ……っ!」
しかし、グレイシスターがエネルギーを貯めようと身体に力を入れても、シェアリングフィールドから発する黒い霧のようなものにシェアエネルギーが削られていく。
「これは、まさか……!」
「そのまさかだよ」
オレンジハートは、展開したシェアリングフィールドにネガティブエネルギーを混ぜていた。
他者と隔絶された技術である空間生成の上に、相反するエネルギーを混ぜる。天王星うずめという女神は、猛争事変の頃よりも格段に進化していた。
「とりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」
好機を逃さぬよう、拳のラッシュを叩き込み続ける。フィールドの制限時間が終われば、勝ち目は薄くなる。この機を逃さぬよう、全身全霊で攻撃を続ける。
「吹っ飛べぇーっ!」
そして最後の一撃──オレンジ色に輝く拳が炸裂した。
「終わりだよ、まほっち」
「終わり……そうですね……」
満身創痍のグレイシスターは、一度目を閉じ、そして再び見開く。その瞳は、禍々しい光を放っていた。
「これで、終わりです」
異様な気配だった。ネガティブエネルギーの影響、そして必殺技の炸裂により、敗北して減っていくはずだったグレイシスターのシェアエネルギーが、突然急激に増加したのだ。
「え……? でも……っ!」
謎の現象に驚きはすれど、動きを止めることなく、オレンジハートはすぐさま追撃しようとする。何をするつもりであろうと何かをする前に仕留める、その一心で。
シェアリングフィールドは未だ展開されている。一時的にシェアエネルギーが増加したところで、ネガティブエネルギーで侵食して押さえつけ、もう一度か二度攻撃を叩き込めば、今度こそ勝てる。
「てやぁーっ!」
しかし、次の瞬間、グレイシスターから解き放たれたエネルギーが、シェアリングフィールドを破壊した。
「ぐ……っ! そんな……っ」
その衝撃でオレンジハートは吹き飛ばされ、攻撃のチャンスを失った。
「私はたった今をもって、完全なISクリスタルとの融合を果たしました」
グレイシスターは語る。
シェアリングフィールドを破壊し、元の世界に戻ったことで、フィールド内で受けたダメージは既に回復している。
「私はISクリスタルを扱うことはできても、全ての力を得ることはできていなかった。それでも、この世界で私に敵う存在などいませんでしたが」
対するオレンジハートは、シェアリングフィールドの使用による疲労で息が上がっており、二度目の展開はできないほどに消耗していた。そして、たとえ展開できたとしても、再び同じように破壊されるだろう。
「しかし、あなたはそんな私を敗北に追い込むほど強かった。だから、敗北を恐れたのです」
決着は付いた。だからこそ、グレイシスターは、目の前のもう敵ですらない女神に、自身の身に起こったことを、ゆっくりと語る。
「私が、ではありません。ISクリスタルそのものが、絶対なる存在である自身の敗北を恐れ、私という使用者に縋った。だから、私は完全にISクリスタルを掌握し融合することができたのです」
ISクリスタルとの融合により、グレイシスターはただ使用していた時とは桁違いのシェアエネルギーの出力を得た。そして、ネガティブエネルギーでも浸食できないほどの量のシェアエネルギーを拡散させ、シェアリングフィールドを打ち消したのだ。
「それに、私はもう恐れるものなんてない」
恐れる心など、等に失っている。
何度も時を繰り返し、何度も無力感を味わい続け、心身ともに苦痛を感じ続けすり減った心は、もう恐怖など感じることはない。
「それでも……!」
オレンジハートは、勝ち目がなくなってもなお、グレイシスターに拳を振るう。
「言ったはずです。終わり、だと」
しかしグレイシスターは、ISクリスタルから供給される絶大なエネルギーの波動をオレンジハートに叩き込んだ。
「ぅ……ぁ……」
たった一撃でオレンジハートは変身解除し、その場に倒れ伏した。
「さて、ネプギアを……」
グレイシスターがその場から立ち去ろうとすると、その足をうずめが掴む。
「そんなことをしても無意味なのはあなたが一番分かっているはずですが」
「ぎあっちのとこには……まだ行かせねえ……!」
「行かせない、ですか。そもそも私はネプギアを傷つけるつもりはありません。彼女ために……」
「相手のことを想っていても……相手の想いを踏み躙れば……それは友情とは言わねえぞ……」
「なにを……」
「今のこんな世界で、本当にぎあっちとお前は笑えるのかよ……!」
「黙れ……っ」
グレイシスターの表情が、怒りで歪んだ。
「あなたに何が分かる! 私がどれだけの想いで、何度繰り返してきたか!」
こんな世界をネプギアは望んでいない。そんなことは、言われずともわかっている。
「綺麗事で世界と彼女を守れるなら、私だってそうしたい! けれど、無理だった……!」
全ての始まりとなったあの時間軸で、命をかけて自分を過去に送り出したネプギアの意思を無駄にしないために、ひたらず進み続けた。
その過程で、正しさというものを失ったことも分かっている。
「だから決めた! どんな手を使ってでも、私は世界とネプギアを守る、と!」
グレイシスターの右腕にシェアエネルギーが宿る。どれだけ傷をつけても、この女神は自分を食い止めようとするだろう。だから、満身創痍でも抵抗を続けるうずめにトドメを刺そうと。
「さようなら、天王星うずめ……!」
グレイシスターが腕を振り下ろそうした、その瞬間──
ドン!
──と、何かが飛来し、大地に降り立った轟音が鳴った。
「……!」
グレイシスターが振り返るとそこには……
「こんなに待たせてごめんね、マホちゃん」
女神ネプギア──パープルシスターが、立っていた。
「ネプギア……ようやく私の元に来てくれるんですね……!」
グレイシスターの言葉に、パープルシスターは首を横に振る。
「私は、ユニちゃんとかロムちゃんとかラムちゃんと、最初から親友だったわけじゃないんだよね」
そして、親友である彼女らとの出会いを語る。
「出会った頃は敵だと思われてて、何度か戦って……そうやって仲間になって、友達になった」
「何が……言いたいのですか?」
「私とマホちゃんに足りないのはそれだったんじゃないかなって」
親友だと思っていたし、実際に親友だった。けれど、心中を晒して本音でぶつかり合うことはしたことなかった。
「だから、喧嘩しに来たよ」
「喧嘩?」
「喧嘩する前に、場所を変えよう? うずめさんを巻き込みたくないから」
パープルシスターの言葉を、グレイシスターは鼻で笑う。
「ネプギア、そのような言葉は、私と戦うことができる者のみが言えるものです。何故シェアが無いあなたが女神化できているのかは謎ですが、私には勝てません。だから、あなたの意思がどうであれ──」
グレイシスターが言い終わる前に、パープルシスターは大地を蹴り出して接近し、グレイシスターを押し動かし、空に投げ飛ばす。
「──なっ!」
そして吹っ飛んでいくグレイシスターに空中で追いつき、再び掴んで地面に投げる。
その場所は、ギョウカイ墓場跡地。どれだけ暴れて周囲を壊そうと何も問題はない。
「見せてあげる、マホちゃん」
急いで体勢を直し、地面に着地したグレイシスターにの目の前に、ゆっくりと高度を下げてくるパープルシスター。
「守護女神の最終奥義、その力を」
*
パープルシスターがグレイシスターを強引に動かした直後、うずめの元にネプテューヌが駆けつける。
「うずめ!」
「……おぉ、ねぷっち」
「大丈夫?」
「ボロッボロだけど、大丈夫だよ」
大ダメージを受けながらも命に別状のないうずめを見て、ネプテューヌはほっ、と胸を撫で下ろす。
「ぎあっち……成功したんだな」
「うん。でもネプギア……勝てるかな……?」
「ぎあっちはやるって言ったらやるさ。あいつはそういう女神だ」
うずめは、ネプテューヌの肩を借り、ゆっくりと立ち上がる。
「勝てたとしても……ネプギアは……」
「それがぎあっちの覚悟だろ? 俺たちは見届けるしかないさ」
クロワールの力を使い、ネプギアたちの激戦に巻き込まれないぐらい遠い場所から、二人の決戦を見届けに行くのだった。
*
「なるほど、言うだけのことはありますね、ネプギア」
グレイシスターはシェアの力で軽傷を直ぐに治す。
「しかし、ISクリスタルの力で、私は今現在も強くなり続けている。今あなたが私に見せた膂力も速さも、私は既に超越しています」
そして、常人には目にも留まらぬ速さでパープルシスターに接近し、掌から衝撃波を放つ。
「……」
パープルシスターは吹き飛ばされ、その先のギョウカイ墓場の瓦礫を薙ぎ倒していく。
「良いでしょう、喧嘩。あなたがしたいならしてあげます。あなたを動けなくなるぐらい痛めつけて連れて帰る口実にもなりますし」
言いながらグレイシスターが、パープルシスターが吹き飛んでいった方向の瓦礫の山にエネルギーの塊を投げつけると、直撃した瓦礫の山が爆発し粉塵が舞う。
「さて」
ダメージで倒れ込んでいるであろうネプギアを回収するため、土煙が晴れるタイミングを見計らい、ゆっくりと歩いていく。
「え……っ」
しかし、グレイシスターは急にその足を止め、身体を横に捻る。
その刹那、煙の向こうからパープルシスターの拳が突き出される。
「ネプギア……っ!」
土煙が晴れ、視界が開ける。
パープルシスターは、土埃が身体に付いている程度で、大したダメージを受けてはいなかった。
グレイシスターは戦慄した。先程の攻撃が、例えばオレンジハートに直撃した場合、勝負は付いていただろう。それほどの威力だ。
しかし、パープルシスターは何食わぬ顔で立っている。
「力加減を見誤ったようですね、私は」
グレイシスターは、シェアエネルギーで創り出した光の剣をパープルシスターに振るう。
「切り傷は、後で治してあげますから……!」
パープルシスターは表情ひとつ変えず、グレイシスターの光の剣を素手で掴み、へし折った。
「は……?」
グレイシスターは声に出るほど動揺した。避けるわけでもなければ、そもそも今の自分のスピードを見切られる筈もなく、避けられることすら想定外だったのに、斬撃を素手で掴まれたのだ。
動揺するグレイシスターをよそに、パープルシスターは反撃を行うためグレイシスターの懐に潜り込む。
「『スラッシュウェーブ』」
そして、剣ではなく手刀で放たれる斬撃の衝撃波を、ゼロ距離で放った。
「ぐ……っ、ああああッッッ!」
技の衝撃で、グレイシスターは十数メートル地面を引きずりながら仰け反っていく。
「こんなダメージ……!」
グレイシスターはダメージを全快させ体勢を立て直──
「う……っ!」
立て直そうとした瞬間、身体にガクッと衝撃が走った。
「なに……これは……?」
おかしい。身体へのダメージは既に消えている。それなのに、何故か痛みが続く。
「はぁ……? 意味が……わかんないんだけど……!」
グレイシスターは苛立ち始める。
そもそも、ISクリスタルを使用する自分は負けるはずがなければ、苦戦するはずもない。
目の前のパープルシスターだって、それがわかっているから今まで自分から逃げ続けていたわけである。
本来あり得ない事が続き、思い通りにならない現実に、苛立つ。
「うざったいなぁ……もう!」
苛立ちが増し、言葉遣いが崩れる。
「そう思うでしょ、ISクリスタルあんたも!」
グレイシスターは、初めて感情のままにISクリスタルの力を更に解放させる。
溢れんばかりのシェアエネルギーを身に纏い、盾型の機器の液晶から攻撃用アプリを起動し、エネルギーをビーム状にして放とうとする。
「少しぐらい殺す気でやっても良いよねぇ! ぎあちー!」
怒号と共に、巨大なビーム砲がパープルシスターに放たれた。
「……」
パープルシスターは掌を前に出し、薄いバリアを展開、ビーム砲を受け止める。
「は、ああああッッッ!」
そして、受け止めたまま腕を上に振るい、ビームの起動を変える。
「やるじゃん! でもねぇっ!」
直後、パープルシスターの目の前に迫っていたグレイシスターは、再び光の剣を創り出し、斬撃を振るう。
先程よりも多いエネルギー量で作られていることを察知し掴んで折ることはリスクが高いと察したパープルシスターは、手刀で迎撃する。
「たぁ……っ!」
飛び散った斬撃の余波が、周囲を破壊していく、瓦礫に当たれば消しとばし、野にあたれば大地を抉り取り、山に当たれば山肌を削る。
「力を奮えば地形が変わる! これが今のあーしの力だよ! 女神も、犯罪神も超えたあーしの! あーしだけの……っ!」
感情が沸き立てば立つほど、ISクリスタルから送られるエネルギーが増していく。
「これで……倒れてよ! ぎあちーっ!」
見ているだけで気を奪われそうなほどの莫大なシェアエネルギーの力が、グレイシスターの斬撃に込められる。
「私は……」
そんな中、パープルシスターが口を開いた。
「私は今でもずっと……マホちゃんのことが大好きだよ。でも……」
斬撃を押し止めながら、言葉を続ける。
「ISクリスタルの存在だけは許せない。人々の思いを捻じ曲げるそれは……この世界に、いや、あらゆる世界や時間軸にあってはいけない」
すると、グレイシスターの光の剣が、少しずつひび割れ始める。
「嘘……」
「それと、さっき地形を変えたのは、マホちゃんの力じゃなくて……私の力だよ」
「な……っ!」
パープルシスターは、グレイシスターの斬撃を押し返し、光の剣を粉々に砕いた後、手刀でグレイシスターを斬り伏せる。
「ぐ……っ!」
そのダメージをすぐに全快するグレイシスターだが、何故か痛みを感じ続けることは変わらない。
「何……その力……っ! なんで! なんでっ! なんでなんでなんでなんでぇっ!」
「マホちゃん、ISクリスタルを渡して。アレは破壊するから」
「嫌だッ!」
まるで絶叫のような怒号で、パープルシスターを拒絶するグレイシスター。
「ISクリスタルがマホちゃんにとって大切なものなのはわかる。けど、それは存在しちゃいけない」
「うるさい! なんでも持ってるぎあちーが言わないでよ……!」
「マホちゃん……?」
「友達も! あったかい家族みたいな人たちも! お姉ちゃんも! あーしに持ってないものを、あーしがずっとずっと欲しかったものを全部持ってるくせに!」
マホ──グレイシスターは、初めてネプギア──パープルシスターへの劣等感を口にした。
「だから……渡さない! ISクリスタルだけは! あーしだけが持ってる大事なこのクリスタルは! 誰にも渡さないっ!」
マホは激情のままに、ISクリスタルに集められた全てのシェアを解放する。
「マホちゃん! そんなことをしたら……!」
過ぎた力に、心まで呑まれてしまう。
始まりの時間軸で、犯罪神マジェコンヌが力に呑まれ邪念以外を失ってしまったように。
「だって、あーしには……これしかないもんっ!」
「そっか……ごめんね、マホちゃん。そしてありがとう」
パープルシスターは、小声で呟く。
「やっと、マホちゃんの本音が聞けた。私たちとマホちゃんの何が違うか、私にわからなかったことが、やっと知れた」
今まで何度も言葉を交わしてきたが、心の奥に抱えているものを出し合ったことはなかった。ようやく本音でぶつかり合えた、と歓喜さえしていた。
「マホちゃんの全力、受けて立つよ。守護女神の最終奥義の力を今、ここに解放する!」
「最終……奥義ぃ?」
「守護女神の最終奥義、それは──」
パープルシスターは、自らの身体から、紫色の禍々しい光のオーラを出し、身に纏う。
瞬間、パープルシスターは、先程まで行っていたその力を得るための儀式、ゲハバーンとの戦いを思い出していた。
*
パープルシスターは、ゲハバーンと戦い始めてから、ずっと違和感を持っていた。
「やるね、流石は守護女神」
ゲハバーンは、自分を殺す気迫で攻撃を仕掛けてきているように見えるが、その力からは、哀しみしか感じられなかったからだ。
「……」
そして、その『哀しみ』を感知したパープルシスターは、目の前のゲハバーンを倒すことが、守護女神の最終奥義を習得するために必要ではないことを感覚で理解した。
「あなたは……」
一瞬、頭にある考えが過った。
自分は、M.P.B.Lを扱う時、何を思いながら扱っていたか。
初めて女神化し、専用の武器として開発されたM.P.B.Lを手にした時の感動は今でも覚えている。四六時中持ち回し、枕元にまで持ち込もうとして、ネプテューヌとイストワールに止められたことがあったのは、今では良い思い出だ。
(あぁ……そっか)
武器と、それを用いる女神との確かな信頼関係。枕元に持ち込もうとした自分ほどではないにせよ、自らの持つ武器に愛着を持つものは少なくはない。
また、女神の中で、武器を乱雑に扱う者はいない。打撃や投擲など、一見乱暴に見える扱いはすれど、そこには自らが命を預ける武器への確かな信頼がある。
そして、女神が扱う武器は、『守護』女神の名の通り、何かを護るという確固たる意志にて作られた物たちだ。
(あなただって、誰かと一緒に戦いたかったんだよね)
しかし、魔剣であるゲハバーンは、そのような扱いをされたことはあるだろうか。
ゲハバーンは魔剣であり、あらゆる時間軸で悲劇を齎してきた。その存在を使用者に恨まれ、疎まれ、時には使用者の手で破壊されたこともあった。
自分は、希望のために振われることはない。使用者は、自分に心を預けることはない。
(誰かに、愛されたかったんだよね)
いつ、誰に、どのような意図で作られたかなど、もう忘れてしまったが、ゲハバーンだって、かつては女神の命を捧げてまで成し遂げたい、護りたいモノのために、作られたものだった筈だ。
そんな、目の前の存在が背負う哀しみを理解したパープルシスターは。
「……」
ゲハバーンが突きつけた拳を、両手を広げて受け入れた。
「ネプギア……っ」
ゲハバーンの腕が、パープルシスターを貫く。
「どうして、わかったの……?」
「わかりません……けど、そうした方が良いって思ったから」
しかし、パープルシスターは痛みを一つも感じていなかった。
貫かれた拳の先は、光となってネプギアの身体の中へ、溶け込んでいっていた。まるで、その力を渡しているかのように。
「私のこと……嫌いじゃなかったんですか……?」
「たとえ……魔剣として忌み嫌われてもいても、私を扱ってくれたのは君だけだった……だから、嫌いになれるはずなんてないよ」
たとえパープルシスターが自分に敗北しても、グレイシスターの庇護の下でネプギアは命の危機に陥ることなく生きていける。
パープルシスターが自分の心を悟り、それを受け入れることができれば、自身の力を託すことができる。
ゲハバーンの護りたいものとは、ネプギアだったのだ。そして、ゲハバーンの哀しみとは、愛されないこと以上に、ネプギアが守護女神の最終奥義を使ってしまうことだった。
「身体が貫かれてるのに……痛くない……」
「ここは精神世界、肉体の痛みを感じることはないよ。それに、これは攻撃じゃないから」
「そっか……」
ゲハバーンは、光となってパープルシスターの中に消えていきながらも話し続ける。
「ネプギア、これで君は、守護女神の最終奥義を使用できる、私の力、私の想いをその身に宿して振るえば、あなたは誰にも負けないから」
「ありがとう……」
「けど、その力を使えば──」
*
パープルシスターの纏うエネルギーの正体を見て、グレイシスターは全てを理解した。
(その力……そして魂に届く攻撃……まさか……っ!)
禍々しい紫色のオーラ、身体を超えて魂に届くダメージ、そしてISクリスタルを超越する究極のパワー、その答えは一つしかない。
「私自身が……ゲハバーンになることだよ」
パープルシスターは、ゲハバーンと一つになっていた。
武器と融合し、武器の持つエネルギーや魔力を強引に力に変え、シェアが不足していても限界以上に力を引き出すことができる。これが、かつてゲイムギョウ界で伝わっていた守護女神の最終奥義であった。
そして、ゲハバーンとの対話に見事成功したパープルシスターは、ゲハバーンの力をその身に宿し、ISクリスタルを使うグレイシスターを圧倒できるほどの力を手に入れたのだ。
ゲハバーンは使いようによっては世界すらも滅ぼせる武器。世界の全てのシェアを操れるISクリスタルであっても、世界そのものを滅ぼすことのできるゲハバーンには敵わない。
(これが私の……最期の一撃。この力を使えば、私は全ての力と……命を失う)
パープルシスターがその身に宿すゲハバーンの力を解放しそのエネルギーを纏うということは、本当に勝負を決めに行くという意味。
「ぎあちぃいいいいっ!」
ISクリスタルの力に呑まれ、理性すらも失いかけているグレイシスターは、ありったけの力を込めて、パープルシスターに殴りかかる。
「……」
パープルシスターは、腕を前に出し、空間を指でなぞる。
「『滅紫一閃』」
そして、技名と共に、ゲハバーンそのものとなった自分の身体から、巨大な斬撃を繰り出し、なぞった方向に放つ。
「ぎあ────」
紫色の斬撃の波動が、轟音を響かせながら、ギョウカイ墓場全てを包み込み、焦土へ変えた。
技が炸裂した直後、その衝撃は空まで届き、暗雲を薙ぎ払い、天候が快晴へと変わる。
「はぁ……はぁ……うぅ……っ」
パープルシスターの技を受け、全ての力を失い地面に倒れるマホ。
その手の先には、ISクリスタルが粉々に砕け散って転がっていた。
「ぐ……ぅ……ぎ、ぎあちーっ!」
しかし、マホにとってその破片はもうどうでも良かった。
同じく力を使い果たし、地面に倒れ込むネプギアの元に這って進む。
「マホ……ちゃん……?」
「ぎあちー! なんでぎあちーがそんなにボロボロなの……っ?」
「良かった……元に戻ったんだね……優しいマホちゃんに……」
マホは弱々しく呟くネプギアを見て、ネプギアが何を代償に戦っていたか理解した。
「嫌だよ……ISクリスタルも……ぎあちーも失うなんて……っ」
「大丈夫……」
「何がさ!」
「私たちの想いも……戦いも……その全てを知った過去の私が……全てを終わらせてくれるはず。悲しみの歴史の原因となった過去に飛び……その因果を断ち切ってくれる」
ネプギアは過去の自分を信じていた。そのために今の自分ができることは、命を賭けてでもこの未来を確定させないこと。
そして、過去のネプギアが事を成せば、全ての時間軸が統合され、新しい真の未来に進んでいく。そうなればこの哀しき決着も無かったことになる,と。
「ねぇマホちゃん。時間軸が新しくなって、私たちが全て忘れちゃっても、また親友になろうね」
「うん……」
「いっぱいおしゃべりして、時に喧嘩して、そして分かり合って……」
「うん。また親友になれるよ。だってあーしたち……ズッ友だから」
全ての力を失い、命が尽きたネプギアを、マホはそっと抱きしめる。
そして、自身も目を閉じ、二度と覚めない眠りにつくのだった。
「おやすみ、二人とも」
そんな、二人の戦いを見届けたうずめとネプテューヌと。
「ありがとうございました。私も一緒に見させてもらって」
二人の親友であったアンリは、二人の亡骸が、光となって消滅するところまでも見届ける。
『お……? この感じ、時間軸の統合が来るな』
すると、クロワールが予兆を感じ取った。
「過去のネプギアが上手くやったんだろうね」
『俺やネプテューヌはこの次元の異物だから、統合の影響を受けても記憶までは無くならねーけど、お前ら二人は無くなるだろうな』
「そうですか……でも、記憶を失ったとしても、私はマホと共にいます」
「俺は……う〜ん、忘れたくはねえけど、そういうもんなら受け入れるさ。じゃあねぷっちとクロワール、また後でな。俺は忘れてるけど」
直後、ゲイムギョウ界は時間軸統合の光に包まれた。
そして、新たな時間軸が生まれ、未来へと進んでいく────
*
「お姉ちゃん、早く早く! きっともうみんな来てるよ!」