INFINITY   作:烊々

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 クロワールとネプテューヌが本気で喧嘩する話です。



Chronicle Rapture

 

 

 長き時を費やして仕込んだ世界の脅威『タリの女神』は、二つの次元の守護女神の前に敗れ去った。

 強大な負の力を持つ暗黒の女神にタリの女神の力の遺産を渡して生み出した世界の脅威『ダークオレンジ』は、その片割れと言えるオレンジの女神や守護女神の前に敗れ去った。

 俺がけしかけた滅亡に対し、その世界に生きる者たちが足掻き、その脅威を退けた結果に対しては、不満はあれど納得はできる。

 問題は、それらの敗北に、守護女神や世界とは別の何者かの意思が介在しているということ。

 世界の恒常性を維持し続けるためのシステムか、または人々の運命を司る上位の存在か。

 そういった理を破壊したい自分にとっては、許し難い存在だ。

 だが、それが存在してるとして、接触する方法がない。そして、接触する方法がない以上、これからも自分はそれらに阻止され続けることになる。

 しかし、そんな時、転機が訪れた。

 次元渡航の同行人であるネプテューヌが、VR次元という未知の次元に辿り着いた。

 そこで出会った存在こそ、高次の次元から守護女神を導き世界の滅亡を防ぐ『上位存在』たる者だった。俺はついに自分の真の敵である存在を確認することができた。

 その上で、上位存在なる者たちがいつどのような状況でどのようなやり方で介入してくるのかを再確認する必要があった。幸運が起こりねぷのーとから脱出できたことを機に、その次元が抱える問題を穿り出して滅亡を誘発した。

 その次元に封印された『ザイコパス』という世界の脅威を復活させ、『ザイコンヌ』というラスボスも用意した。また、今回注目したのは上位存在なる者がその次元への干渉を行ってくるか、ということ。

 俺の読みは正しかった。やはり今回も、奴らは干渉し、女神たちを導き、次元の滅亡を阻止してきた。つまり俺はまた敗北したのだ。

 しかし、上位存在が邪魔をしてくるのなら、その思惑ごと打ち破れば良いだけの話だ。既に数回敗北しているとはいえ、自分には永久ともいえる時がある。奴らの介入を受けた上で世界を滅ぼす、それが俺の当面の目標だった。

 そう、目標だったんだ。

 

『クロちゃん、やっぱりこの世界もう何もないよ? 記録みたいなのを見つけたらもう行こうよ〜』

 

 ある『滅亡した次元』に降り立ち、その世界の記録を読み取り、滅亡の歴史を閲覧する。そんな、俺たちの旅にとっていつものことをしていた時のこと。

 

『……』

『クロちゃん……?』

 

 俺はそこで、ある事実に直面し、衝撃を受けた。

 その次元の記録によると、シェアが一つの国に偏り、女神たちの軋轢が生まれ、その果ての果てに、この世界は滅亡した、とのことだ。

 問題は、その発端のシェアの偏りが、明らかに恣意的な操作によって行われているのだ。そんなこと偶然起こるわけもない。

 世界の覇者を狙った女神が行ったと見れるが、注目すべきはその前の歴史の記録だ。その次元における守護女神戦争は既に休戦を迎えており、女神たちの仲も良好だった。しかし、急に一つの国がシェアを独占しようとし始め、戦いが起こった。そして、それ以上世界の記録から情報を探っても、その原因が見つからない。

 

『面白くねえな。もう行こうぜ』

『う、うん……』

 

 その次元だけでなく、滅びた次元を何度か巡り、世界の記録を見た際、何度か同じような現象を見た。

 ここで俺はある仮説を立てた。『上位存在が世界の滅亡を導いたこと』だと。しかし、奴らは女神の味方であるはず。

 そんな時、俺の仮説を決定的にするモノが見つかってしまった。またある時、滅亡した次元を散策していた時のことだ。

 

『誰かの……日記?』

『ここは教会跡だ。場所からすると女神のものだろうな』

 

 その次元の女神が残した日記が見つかった。最初の方のページは、今日は何をした、誰と会った、そんな日常が綴られたものだった。しかし、読み進めているうちに、世界の脅威が迫り戦いの日々を綴ったものに内容が変わっていった。更に読み進めても、書かれていた事態は好調に向かうことなく、内容は弱音や嘆きが増えていく。

 

《導きに従って進んだはずなのに、何もかもを失った。シェアなんて得るべきじゃなかった》

 

 そして、そう書かれたページを最後に、もう日記には何も書かれていなかった。

 導き。抽象的な言葉ではあるが、俺にはその意味が理解できた。上位存在が女神を、世界が滅びる方向へと導いている、そういうことだと。俺の仮説が、確信へと変わった。

 

『可哀想に……世界を救えなかったんだ……』

『あぁ、可哀想だな、本当に』

 

 上位存在が善意の存在なら、ただ俺の目的の邪魔者でしかないなら、その存在を容認してやれた。

 だが、救うも滅ぼすも、それらが上位存在の掌の上だという事実があるのなら、それは俺にとって耐え難い屈辱だ。

 

『なぁ、ネプテューヌ』

『な、なに……?』

『お前は、自らの行動が自由な意思決定によるものだと思うか?』

『え……? いきなりなんの話……?』

『いや……忘れろ』

 

 俺は俺の意思で世界を滅ぼす。そこに誰の意思も介在させるつもりはない。上位存在の都合で動く駒になるつもりはない。俺の滅亡を、お前らの遊び場になんかさせてたまるか。

 

『もしかしてクロちゃん、また何か悪いことを企んでるでしょ!』

『どうだろうな……』

 

 だから、俺は遂に上位存在なる者たちを滅ぼすことに決めた。

 今回ばかりはこいつに邪魔をされたくはない。今まで俺たちが何度か行ってきたゲームみたいなものとはワケが違う。上位存在の排除なんてやったこともなければ試みたことすらないから、俺でもどうなるかわからない。

 そして、今回の件で俺たちが敵対すれば、俺かお前のどちらかは死ぬことになる。俺は俺の手で直接お前を殺したくはない。

 

『ねぇ、クロちゃん』

『ん?』

『悪いこともしちゃダメだけど……わたしを置いて行ったりしないでね』

『あぁ……わかった』

 

 お前との旅はここで終わりだ。お前は俺の計画とは無縁の、どこか遠くの知らない場所で生きていけ。

 

 

 *

 

 

「あれ?」

 

 目覚めた時、ネプテューヌは強烈な違和感に襲われた。

 

「ここ、どこ?」

 

 昨夜、ダンジョンの山奥にテントを立て、就眠した筈だった。しかし、目覚めたのは何処とも知れぬ廃屋の中だった。

 

「ねぇクロちゃ……」

 

 クロワールに違和感の正体を聞くため、ねぷのーとを開き、言葉を失った。

 クロワールを封印していた筈のページが、まるで焼き焦げたように千切れて消えていたからだ。

 

「え……っ」

 

 クロワールが何かをしたのか、それともクロワールに何かあったのか。この様子だと、いつものように自分より先にこの次元を動き回り、情報を集めているわけではないだろう。

 おそらくは、ねぷのーとから強引に脱出し、自分をこの次元に捨て、どこかに旅立った、ネプテューヌはそう考えていた。

 思えば、先日の滅亡した次元の記録を閲覧していた時から何か様子がおかしかった。ずっと考え事をしているようで、返事も適当、そして何故か妙に聞き分けが良かった。

 しかし、そういうことは何か起こってから気づくものであり、気づいてからではもう遅いのが常であるものだ。

 

「もう! せめて別れるなら『俺たち……別れよう』ぐらい言ってからどっか行ってよね!」

 

 ネプテューヌが突っ込みどころ満載な文句を言っても、言葉を返す者はいない。

 

「何も言わずにいなくなっちゃうなんて……寂しいよ」

 

 とりあえず、廃屋から歩いて外に出ることにした。

 

「クロちゃんどこ行っちゃったんだろう……?」

 

 ネプテューヌが歩いていると、やけに見覚えのある街並みにたどり着いた。

 

「ここって……」

「あーーーーっ!」

 

 ネプテューヌが何かを思い出しそうになっていた時、後ろから聞き覚えのある叫び声があがる。

 

「ねぷねぷ!」

 

 白と空色の二色に分かれた髪色、少し小柄な体躯、自信に満ち溢れたようなハッキリと通る声、そして自分を独特なあだ名で呼ぶ、その少女の名前は──

 

「ピピ⁉︎」

 

 『ピピ』。この次元のあるゲーム会社『ビクトリィー』のプロデューサーを務めている女神。

 そして、ピピが今ここにいることによって、ネプテューヌはこの次元が、かつて自分が辿り着き、社長として目の前のピピたちと共に滅亡の危機から救った次元だとわかった。

 

「どうしてねぷねぷがここにいるのよ! いつ戻ってきてたの⁉︎」

「え、いや、その……」

「あー……」

 

 曖昧な言葉ですらない返事を繰り返すネプテューヌに対し、ピピは何かを察したように、先程とは打って変わって落ち着き取り戻す。

 以前社長として自分たちを引っ張ってきたネプテューヌだが、今の彼女にはその時のような覇気が感じられない。

 

「……とりあえず来なさいよ、会社」

 

 そして、ネプテューヌに対してそれ以上なにも聞くことはなかった。

 

「え……?」

「『通りすがり』なんだから、どうせ行く宛無いんでしょ? また社長をやれなんて言わないからさ」

「う、うん」

「それと、買い出し手伝って。社長兼買い出し係がいなくなったせいで、じゃん負けで買い出し決めることになったのよ」

「ピピ、負けたんだ」

「そういうこと言わなくていいの」

 

 

 *

 

 

「クロワールを逃した⁉︎」

 

 ネプテューヌが事情を話すと、ピピがけたたましい声を上げた。

 

「な、ななな、なにやってんのよねぷねぷ! またこの次元が滅びちゃうじゃない!」

「いや、その線は考えられないだろうピピ」

 

 ピピを諌めるように話に入ってきたのは、『ビクトリィー』の女神二人目『ジャーガ』。

 

「なんでよ!」

「この次元にはもうザイコパスはいない。トラブルメーカーのマジェコンヌ一味も、最近ではまともにゲーム開発をしている。あまりクロワール本人の性格は知らないが、滅びる原因が無くなったこの次元にはもう興味を失くしているんじゃないかな?」

 

 ザイコンヌが撃破された当時は、クロワールはまだ何かをして世界を平和から滅亡へとひっくり返そうとしたのだが、そこでネプテューヌに捕まる結果となり、再び次元の旅に出ることになった。

 そんなクロワールが、わざわざこの次元に戻ってきて、再び滅ぼそうとするとは思えない。クロワールなら、別のどこかの滅ぼせそうな次元を見つけて、そこでまた悪巧みをする筈。それはネプテューヌが一番分かっていた。

 

「ねぷちゃんねぷちゃん」

「どうしたのリディオ?」

 

 ネプテューヌに話しかける『リディオ』という女性もまた、ピピとジャーガと同じく『ビクトリィー』社の女神の一人。

 

「ねぷちゃんが言ってる、そのねぷのーとってやつ、少し見せてもらってもいいかな?」

「いいよ、はい」

 

 ネプテューヌからねぷのーとを受け取ったリディオは、クロワールが封印されていた焼き焦げたページを観察する。

 

「ふむふむ、なるほど〜」

 

 そして、何かに気づき、ねぷのーとを閉じた。

 

「何かわかったの?」

「えっとね、強引に脱出したせいか、残滓っていうのかな? クロちゃんの力のほんのカケラが残ってるんだよね。これをどうにか応用すれば、そのワープ能力を再現できるかも」

「ほんと⁉︎」

「かもしれないって程度だけどね。とりあえず、この焼き焦げたページ、もらってもいいかな?」

「いいよ、使っちゃって!」

 

 ネプテューヌは快くねぷのーとの該当ページを千切って渡した。

 

「あとついでにバイクもメンテしとくね〜」

「ありがとー!」

 

 リディオは、ウキウキしながら自分のラボに入り、解析を始めた。

 

「あ、あのさねぷねぷ!」

「ネプテューヌ、一つ頼みがあるんだ」

 

 すると、ピピとジャーガが真剣な眼差しを向けながら言った。

 

「え、なに?」

「今度開発するムシカイザー3のアイデア、君からも何かもらえないかい?」

 

 身構えたネプテューヌに放たれた言葉は、予想とは全く違ったもので。

 

「ん……ふふ、あははっ」

 

 ネプテューヌの表情が崩れ、楽しそうに笑う。

 

「え、わたしたち何かおかしいこと言った?」

「言ってないよ、言ってないけど……なんか久しぶりだなこの感じ、って」

 

 リディオの解析を待つ間、ネプテューヌは久々にピピやジャーガと共にゲーム開発に勤しむのだった。

 

 

 *

 

 

「この次元は、犯罪神、レイ、暗黒星くろめ、あとは詳細は知らねえが時間軸統合の結果無かったことになったある事件など、最も多く『奴ら』からの干渉があった次元だ」

 

 かつてギョウカイ墓場と呼ばれた場所は既に存在しない。しかし、その跡地は墓場が亡くなった後でも、少量ながら怨嗟や瘴気が集結する地点となっている。

 そして、そこは、犯罪神の再構成、タリの女神の力やネガティブエネルギーの創出など、邪な力を扱う場所としてはうってつけなのだ。

 

「つまり、この次元を滅亡の危機に陥らせることが、奴らが介入する確率が最も高くなる」

 

 クロワールは今『超次元ゲイムギョウ界』にいた。

 

「人使って何かやんのは好きだが、自分で動くのはあんまり好きじゃねえんだよな」

 

 クロワールは、右手の上に『犯罪神の力の残滓』を顕現させる。次元渡航の最中、犯罪神が存在したゲイムギョウ界の歴史を記録した際にちまちまと集めていたものだ。

 そして左手の上には『タリの女神の力』を顕現させる。かつてキセイジョウ・レイから回収し、暗黒星くろめにも使わせた強大な力。クロワールは全てをくろめに渡すことなく、自分の中にストックしていたのだ。

 その二つの力を、クロワールが持つ『融合させる能力』を用い、一つにする。

 

「まぁ、今回ばかりはそんなことも言ってられないな」

 

 そして、次に右手の上に顕現させるのは、『ネガティブエネルギー』。暗黒星くろめが用いていた、シェアエネルギーを反転させたような負の力。猛争事変の際に、くろめから拝借していた。

 今度の左手には『ヤバミ粒子』を顕現。ザイコパスの力の源でもある、これもまたシェアや女神に悪影響を与える禁忌の力。

 そして同じように、それら二つも融合させ、先ほど融合させたものとも更に融合させた。

 

「うおっ、すげーなこりゃ……」

 

 結果作り出した力の塊は、世界の脅威が濃縮された邪で悍ましいものだった。クロワールはその塊を掌の上でこねくり回し、掌サイズの球体へと形を変えさせる。

 そしてそれを、口の中に入れ、飲み込んだ。

 

「おえっ、不味っ」

 

 邪な力の集合体の味は最悪だったが、飲み込んだ瞬間全身に邪悪な活力が漲る。精神を侵食してくるほどの邪念に襲われるも、クロワールは強靭な理性でそれを抑えつける。

 

「う……ぐ……ぅ……ふーっ……」

 

 犯罪神の瘴気、タリの女神の力、ネガティブエネルギー、ヤバミ粒子、次元を旅する間に集めた様々な力を吸収したクロワールは、既に数秒前とは別次元の存在へと進化していた。

 

「うん、悪くねえ。戦闘能力はどれだけあっても損はしねえからな」

 

 クロワールは、余りある力を用いて行動を開始した。

 犯罪神の力で、犯罪神マジェコンヌそのものを創り上げ、ルウィーの方向へ向かわせる。

 タリの女神の力で、女神の偽物を創り上げ、リーンボックスへ向かわせる。

 ネガティブエネルギーで、ダークメガミを再現し、プラネテューヌへ向かわせる。

 ヤバミ粒子で、ザイコパスを構成し、ラステイションに向かわせる。

 かつてゲイムギョウ界を危機に陥れた者たちを同じタイミングで各国に差し向け、ゲイムギョウ界滅亡の危機を一瞬にして創り上げたのだった。

 

 

 *

 

 

「うっひょ〜! できたぁ〜!」

「ムシカイザー3が?」

「違うよ、次元移動装置だよ!」

 

 言いながら、満遍の笑みでリディオが指さした物体は──

 

「いや、バイクじゃん」

「バイクよね」

「BIK、バイクだね」

 

 バイクだった。どこからどう見てもネプテューヌのバイクだった。

 

「ふっふっふ、この改造したバイクこそが、次元移動装置なのだ〜!」

 

 リディオが言うには、加速した物体のエネルギーを次元移動に使用するシステムらしく、ちょうど良くそこにあったバイクを利用した、とのこと。

 

「つまり、次元移動のシステムを起動して、最大まで加速したら次元移動できるってこと?」

「そういうこと。でも一つ問題があるとしたら、次元移動はたったの二回しか使えないってことかな。そうするとクロちゃんの力の残滓を使い切っちゃって、ただのバイクに戻っちゃうんだ。それに……」

 

 たとえ次元移動ができたとしても、重要な懸念点が存在する。

 

「クロちゃんの行き先まではわからないんだよね」

 

 あらゆる次元の中からクロワールの行き先である次元を突き止める。そんなことは、砂漠で砂粒を探すのに等しい無理難題だ。加えて、たったの二回しかチャンスがない。

 

「それは大丈夫だよ」

 

 しかし、ネプテューヌは言い切った。

 

「クロちゃんがどこに行ったか、なんとなくわかったから」

「わかるの……?」

「クロちゃんは、いつもみたいに悪いことするだけなら、わたしを置いて行ったりはしないんだよ。むしろ、わたしとかその次元の女神とかに邪魔される上で悪巧みをする。そんな性格なんだ」

 

 クロワールは次元を越えるだけでなく、様々な力を持つ、つまりは『超越者』に等しい存在である。

 ネプテューヌを本気で消そうと思えばいつでもできた筈であり、ネプテューヌから本気で逃げたいのならいつでもできた筈だ。しかし、クロワールはそれをしなかった。

 ネプテューヌに捕まっている不自由を不愉快と思いながら、その不自由さすらもゲームだと思っている節すらもあった。

 

「多分、クロちゃんは自分の中で何か明確な目標ができたんだと思う。それをわたしに邪魔されなくて……それか、わたしを巻き込みたくなくて、わたしをこの次元に置いていったんじゃないかな」

 

 そして、クロワールが遂に自分を置いていったということは、その目標のための行動を開始したということになる。

 

「ここには、みんながいるから。わたしが『通りすがり』になれなくなっても、幸せに生きていけるから、クロちゃんはここに置いていったんだよ」

 

 ネプテューヌは、この次元に居続ければ幸せに生きていける。再び社長として、信頼する仲間たちと共にゲームを作り、時に成功を収め喜びを仲間と分かち合い、時には失敗して困難に直面しながら、そんな幸せな日々を送ることができる。

 

「それでも……ねぷねぷは行くんだね」

 

 しかし、ネプテューヌはそんな幸せで満ち足りることはない。安住なんて言葉とは程遠いリスクとスリルに溢れた激動の日々でないと生を実感できない。世界の平和を望んではいるが、その平和の中に自分の居場所がない。そんなどうしようもない人間なのだ。

 それを、ピピも分かっていた。分かっているからこそ、再び旅立とうとするネプテューヌを止めることはなかった。

 

「うん、行くよ。みんなのことは大好きだけど、わたしはそれと同じぐらい大切な友達を取り戻しに行かなきゃいけないから」

「捨てられたのに?」

「捨てられたからこそだよ。クロちゃんは、こんなことでわたしがクロちゃんを諦めるはずないってことを分かってないみたいだから、それを教えてあげなくちゃ」

 

 クロワールの計画は既に動き出している筈だと、ネプテューヌはすぐさま次元移動の準備に移り、バイクに跨る。

 

「リディオ、ありがとうね。これで、クロちゃんを追えるよ」

「ねぷちゃんの頼みだからね、お安い御用だぜ〜。この次元に戻って来れば、またバイクもメンテしてあげるからね〜」

「ジャーガもありがとう。久しぶりに一緒にゲーム作れて楽しかったよ」

「ネプテューヌ、こちらからもお礼を言わせてくれ。やはりムシカイザーは君のアイデアあってこそだ。自分の手から離れたなんて寂しいことを言わないで欲しい。あのゲームは、君がここにいた証だからさ」

「ふふ、そうだね」

「……」

「ピピ……」

「どこへでも行きなさいよ」

「ピピ、そんな言い方は……」

「そして、いつでも寄りに来なさいよ。ねぷねぷにその気がなくても、いつまでもビクトリィーはねぷねぷの居場所だから」

 

 そして、ピピはネプテューヌの背中をバシン、と叩く。

 

「痛ぁ……⁉︎」

「しっかり取り戻して来なさいよ! 親友を、ね!」

 

 それに続くように、ジャーガもリディオも、ネプテューヌの背中を叩いた。

 

「TKT!」

「『闘魂注入』、だよ〜!」

「痛た……エールをくれるのは良いんだけどもうちょっと威力を抑えてほしいかなっ……て。まぁいいやありがとう! じゃあ行ってくるね!」

 

 ネプテューヌはバイクを走らせ、加速する。最高速度に達したところで次元移動システムを起動し、加速した勢いのまま次元を超えていく。

 

(クロちゃんの行き先……クロちゃんが何かを企んで、何かをしようとするから、あの次元しかない……!)

 

 そして、目的地をある次元座標に定め、次元の狭間を駆けていく。

 

(目的地は……『超次元ゲイムギョウ界』!)

 

 

 *

 

 

 超次元ゲイムギョウ界、各地にばら撒いた災厄の様子を眺めながら、クロワールが笑う。

 

「良い感じだな。第一関門は突破だ。滅亡の危機であり、女神と敵の均衡を演出できている。外的要因の介入があれば巻き返せるギリギリをな」

 

 超次元ゲイムギョウ界は、あらゆる次元の中でも女神の実力が上澄みの次元である。クロワールの懸念は、自らが創り出した世界の危機を超次元の女神たちに容易く処理されてしまうことだったが、それこそ進化した自分の力で生み出した災厄たちも、守護女神と拮抗するほどの力を持っていた。

 

「そして、奴らの介入が既に行われているのならば……頃合いだな」

「見つけたわ!」

 

 クロワールが意図したタイミングに、丁度パープルハートがギョウカイ墓場に駆けつけた。

 まるで、示し合わせたかのよう『丁度』だった。

 

「やっぱり一連の黒幕はあなただったようね、くろいーすん」

「なんだよ、もうバレたのか」

 

 クロワールは、パープルハートが来ることが分かっていながら、あえてありがちなセリフで返す。

 

「ていうか、ダークメガミはどうしたんだよ?」

「任せてきたわ。頼れる妹と先輩がいるからね」

「けっ、ケチらずに二体ぐらい作っとくんだったぜ。まぁ逆にちょうどいいか」

「あなたは邪悪な心の持ち主だけど、見た目が可愛いから見逃してあげていた……でも、ここまでのことをしたんだからもう容赦はできないわ」

「あぁ、容赦なんてするなよ。奴らの寵愛を特に受けているお前が戦う時こそが狙い目なんだからな」

 

 クロワールが邪悪なエネルギーを解放すると、頭上にシェアエネルギーの塊を感知した。

 

「おぉ……?」

「『32式エクスブレイド』!」

 

 シェアエネルギーで構成される巨大な剣が、クロワール目掛けて地面に突き刺さる。

 

「危ねえ危ねえ」

 

 クロワールは、魔法壁を生成し攻撃を凌いでいた。

 

「得た力を女神相手に試してやるのも悪くなかったが……」

 

 そして上を向くと、『ある次元』の存在を察知し、笑う。

 

「狙い通り扉が開きそうだ。そうなれば、お前と遊んでる暇はない」

「何を……!」

 

 パープルハートはクロワールに剣を振るも、クロワールが作り出した黒いモヤのようなもので受け流される。

 

「お前は、自らの行動が、自らの意志によるものだと思うか?」

「……え?」

「ミクロな視点なら人の意思、マクロな視点なら特定の次元や世界の恒常性……そんなものは、所謂上位存在と呼ばれる者たちの都合に振り回されているだけだ。世界の滅亡は、謂わばそいつらへの叛逆だな。既に、二回……いや、三回阻止されちまったが」

 

 パープルハートの剣技を涼しい顔で受け流しながら、クロワールは語り続ける。

 

「けど、収穫はあった。世界の滅亡、またはそれに伴う予兆の際、奴らは干渉してくる。逆を言えば、そのタイミングを狙えば俺たちも奴らに干渉できる。お前が此処に来たということは、それは奴らの干渉があったことになる。これで扉は開いた」

「奴ら……扉……?」

 

 クロワールの口から出た最低限の言葉から、パープルハートはその意図を理解しようとしていた。

 

「まさか……あなたの狙いは……!」

「なんとなく分かったようだな。そういうわけだから、お前に用はない。じゃあな」

 

 クロワールの目と翅が光ると、次元の扉が開き、そこからクロワールが消えていく。

 

「っ、待ちなさい!」

 

 消える直前にクロワールが作り出した魔力の塊が弾け、ビームが飛び散り、地上に降り注ぐ。

 

「く……っ」

 

 パープルハートは32式エクスブレイドを傘のように頭の上に展開し、身を守る。

 

「逃げられたようね……」

 

 パープルハートが攻撃を凌ぎ切ると、既にクロワールは姿を消していた。

 すると、いきなり再び次元のゲートが開き、中から何者かが現れる。

 

「クロちゃーんっ! ……あれ?」

 

 現れたのは、バイクに乗ったネプテューヌ。

 

「大きい私! やっぱり、くろいーすんが野放しになってるということは、あなたたちは別行動だったのね」

「ごめん、逃げられちゃったんだ」

「責めるつもりはないわ。むしろ、今までよくあんな邪悪な存在を封じ込めてくれてたって、感謝したいぐらいよ」

「違う……」

「え?」

 

 ネプテューヌは、暗い表情で語りだす。

 

「わたしね、最近クロちゃんと仲良くなれた気がして、封印を緩めてたんだ。でも、クロちゃんにとってはそれが狙いだったみたい」

「……あなたは友達を信じただけでしょう? なら、何も悪いことなんてしてないわ」

 

 パープルハートは、ネプテューヌを咎めはしなかった。

 

「とりあえず、くろいーすんを追いましょう。おそらく、行き先はVR次元よ」

「VR次元って……プレイヤーさんの……?」

「彼らは、私たちの世界の平和に貢献してくれたであろう存在。けど、くろいーすんにとっては……」

「何度も邪魔してきた敵、ってこと?」

「でしょうね。狙う理由は充分にあるわ」

 

 二人のネプテューヌが、次元を超え、決戦の地となるであろう場所へと向かった。

 

 

 *

 

 

「えらく殺風景な場所だな」

 

 心次元という場所にあった回廊が続くのみのダンジョンのような道を、クロワールは進んでいく。

 

「座標がズレたか……? 俺は確かに奴らの世界にアクセスした筈だが」

 

 一度、ネプテューヌと共にVR次元と呼ばれる上位世界に来た記憶では、そこは普通の人間が住むような部屋だった。そこにいる上位存在:プレイヤーと呼ばれる者とネプテューヌが交流していたのは覚えている。

 そして、今回もそれと同様の手順で次元を超えて来たので、その場所に辿り着き、上位存在と接触するつもりだったが、明らかに着いた場所が違ったのだ。

 

「或いは、何者かが意図的に俺の到着座標をずらした、か」

「はい。あなたを此処へお連れしました」

 

 声と共に、回廊の奥から何者かが姿を現した。

 

「ん……?」

「彼らはゲイムギョウ界に干渉し、世界の守護者たる女神を導く力を有していますが、ご自身たちの戦闘力はほぼ皆無なので、今のあなたと接触させるのは危険と判断しました」

 

 クロワールが前方に視線を向けると、其処には、イストワールに酷似した人物が、自分と同じように本の上に座りながら浮いていた。

 

「さて、くつろいでいただいて構いませんよ。私はあなたと話をしに来ましたので」

 

 その人物が指を鳴らすと、二人のいる空間が、回廊から部屋のような場所に切り替わる。

 

「初めまして。まずは、自己紹介をさせていただきましょう」

「要らねえ。大体わかる」

 

 クロワールは、その人物に指を差しながら言う。

 

「上位存在の僕。奴らの意思を記しゲイムギョウ界に繋げる……謂わば『預言者』と云うべき者。史書や教祖と存在は違えど、女神が治める次元にほぼ一体用意されている俺たち『イストワール』の元のなった存在。それがお前だ」

「ふむ、少々語弊はあるものの、相違ない認識です」

 

 彼女は、『ゲイムギョウ界』と『イストワール』の間の因果の始まりとなる存在である。

 

 また、多次元に存在するあらゆるイストワールたちが次元を超えて通信する際の中継点としての役割も持つ。

 

「ならば、何故私があなたの前に現れたか、ということももうご存知であると思われますが」

「さぁな」

「では、単刀直入に言わせていただきます」

 

 そして、クロワールの次元移動の行き先を歪ませ、自身の元に誘導したのも彼女であった。

 

「彼ら……あなた方が上位存在と呼ぶ者たちへの敵意を捨てていただきたいのです」

「……」

「また、今後の彼らへの接触をやめていただきたい、と」

「はっ、それを聞いて、俺が首を縦に振ると思ってんのかよ」

 

 クロワールは失笑しながら言う。

 

「彼らは世界の滅亡を望んではいません」

「俺は奴らを殲滅しに来たんだぞ? そんな要求に応じると思ってんのか?」

 

 そして、目の前のイストワールを強く睨みつける。

 

「何故そこまで彼らを憎むのですか?」

「何故そこまで奴らを崇拝する?」

 

 二人のイストワールは、反目し合う。

 

「俺は世界を滅ぼす、もしくは誰かしらが世界を滅ぼそうとするのを助長する。だが奴らは俺たちの世界に干渉し、女神を導き、俺の計画を阻止する。そうなれば、俺が奴らの排除を試みるのは必然だろ? それに、奴らは女神という存在を特に気に入っているようだが、肝心のお前に対してはどうだ? 永きに渡り奴らに貢献していたお前に対して、奴らは何か報いたか?」

「私は、彼らに何も求めてはいません。それに、私はこの立場を気に入っていますので」

「俺は、奴らの死を求めている。世界に対して高みの見物をしておきながら、度々俺の邪魔をしてくる奴らが心底気に入らねえからな」

「高みの見物ではありません。彼らは世界を導き……」

「導いた結果、滅びた次元もあるだろう? それが、俺が奴らを滅ぼしたい一番の理由だ」

 

 上位存在が善意だけの存在なら、クロワールはここまで憎むことがなかっただろう。

 自分は世界を滅ぼす『悪』として世界に脅威を齎す、守護女神は世界を守る『善』としてそれを食い止める。しかし、上位存在はその善悪の二つを自由自在に選ぶ。女神を導く方向性は善だけではなく、時には女神を誤った方法に導き、世界に滅亡を齎す。

 

「俺が世界を滅ぼすのはダメで、奴らが世界を滅ぼすとは良い、と? それが気に入らねえんだよ。そんな傲慢を破壊するために俺は此処に来たんだ」

 

 クロワールはそれを『傲慢』と言う。クロワールにとって上位存在とは単純な邪魔者ではなく、世界を上から見下ろし、自らの身を危機に晒すことなく、善悪を自由に選ぶ傲慢な存在だと。高みの見物が好きな自分ですら、同じ次元という同じ土俵で動いているというのに。

 そしてその傲慢は、クロワールが最も忌み嫌うものであり、それこそがクロワールが上位存在の排除を試みた理由だった。

 

「悪意を持って彼らに接触しようとしないのであれば、あなたの自由に動いてもらっても構いません。しかし、彼らへと接触だけはやめていただけると……」

「断る。そんなものは『自由』じゃねえ。奴らの干渉という『不自由』を排除するために、俺は奴らを殲滅するんだ」

 

 淡々と上位存在に都合の良い要求をするイストワールと、はなから相手の要求を呑む気などないクロワール。初めから上手くいく筈のない説得は、当然のように決裂しようとしていた。

 

「残念ですが、あなたはもう彼らに接触することはできません」

「なに?」

「私が一時的に彼らの住む世界とゲイムギョウ界の次元のリンクを断ち切りました。ですので、あなたの次元移動能力を用いても、彼らの元にはもう辿り着けない」

 

 そして、意味のない説得はイストワールにとっての時間稼ぎでしかなかった。

 

「クソみたいな真似してくれやがって」

 

 やられたな、とクロワールは小さく笑う。

 

「けど、リンクを断ち切ったから、奴らも世界に干渉できない。お前は今滅亡の危機に瀕している世界を見捨てようってわけだ。それに、お前だってこんなものは一時的な策に過ぎないってわかってるだろ? 俺は必ず奴らの元に行く術を見つけてやるさ」

「そうですね。あなたは多々存在する私の写身の中で、私の存在に気がついた唯一の個体。リンクを切った高次元に辿り着く術を得ることも不可能ではないでしょう」

「あぁ、そしてそれをたった今思いついたところだ」

 

 クロワールの目が発光し、暗黒の翅を広げる。

 

「お前を殺して力を奪えば、断ち切ったリンクを再び繋げることができるってな!」

 

 応じるように、イストワールも目を発光させ、純白の翅を広げる。

 

「観測世界の存在に対し、力を振るうことはしたくありませんでしたが、降りかかる火の粉は払い除けましょう」

 

 小さい身体ながらもあらゆる次元の力を片っ端から取り込んだ合成獣の如き存在となったクロワールと、小さい身体ながらも高次の力を振るうイストワール。

 他と隔絶された存在たちの壮絶な戦いが、誰も知れぬ次元の狭間で巻き起こる。

 先程まで部屋だった空間は、戦闘の余波により瞬く間に消し飛び、ただの回廊に剥がれ落ちる。

 しかし、決着に時間はかからなかった。

 数度の力のぶつかり合いの後、勝敗が付いた。光の翅は折れ、砕けて散り、その主は、邪悪なエネルギーに貫かれ、その場に崩れ落ちた。

 

 

 *

 

 

 二人のネプテューヌが次元の狭間の回廊の奥に到着すると、そこにはクロワールがいた。

 

「クロちゃん!」

「待って私、危険だわ」

 

 そして、その下には純白の翅が散らばり、鮮血と見られる液体が広がっていた。

 周囲の床や壁には、焼き焦げた跡や抉れたような傷があり、壮絶な戦闘があったことを示していた。

 

「ネプテューヌ、か」

 

 振り返ったクロワールは、いつもと雰囲気が違った。

 

「まさか、俺を追ってくるとは……強引にあのノートから脱出したせいで、俺の力の残滓でもあったか……」

 

 元々邪悪な心を持つもののどこか可愛げのあったクロワールだが、そういった愛嬌が今は感じられず、恫喝的な重圧感のある声色で囁く。

 

「どうして……わたしを置いて行ったの?」

「邪魔だからに決まってんだろ。今回ばかりは本当に邪魔されたくなかったからな」

「……」

「それと、お前が夢を諦めるところが見たかった。旅をする手段を失い、ただ一つの次元に生きる命となったお前が、つまらない一生を過ごして死んでいくのがな」

「そっか……」

 

 ネプテューヌはそれ以上何も聞くことはなかった。本人なりに、確かめたいことを確かめられたからだろう。

 

「今度は逃がさないわ。くろいーすん」

「もう逃げるつもりはねえよ」

「あなたの計画は終わりよ。ダークメガミも、私たちの偽物も、犯罪神も、なんか変な黒いモンスターも、みんなが押している。倒すのも時間の問題よ」

 

(なんか変な黒いモンスター……そっか、この次元のわたしはザイコパスを知らないから)

 

「だろうな。そもそも、お前らが対応してた件は手段であって目的じゃない」

「やっぱり、あなたの本当の目的は……プレイヤーさんなのね」

「お前らは、そう呼んでいたな。そいつらの排除が一番の目的だったんだよ。まぁ、直接的な手段は封じされちまったがな」

 

 クロワールは足元に広がる残骸と翅を見下ろし、鼻で笑う。

 

「預言者……力の見た目や性質はご立派だったが、大した戦闘力じゃなかったな」

 

 そして、暗黒の翅を広げ、邪悪なエネルギーを解放する。

 

「さて、手始めにコイツが見捨てたお前たちの次元を……奴らの寵愛を受けたゲイムギョウ界を全て無に還してやる」

「させないわ! その前に私たちがあなたの計画を終わらせるもの!」

 

 パープルハートは、クロワールが放つ禍々しい波動に怯むことなく前進し、剣を振る。

 

「『クロスコンビネーション』!」

 

 クロワールは魔法壁を展開し防御するも、技の衝撃で吹っ飛ばされ、後方の壁に衝突する。

 

「大きい私! 私がくろいーすんを弱らせるから、あなたはもう一度そのノートで捕獲してちょうだい!」

「う、うん。わかった」

「今のくろいーすんの力は未知数……たたみかけるわ! 『32式エクスブレイド』!」

 

 クロワールが吹っ飛んでいった方向に、大剣を射出するパープルハート。

 更に追撃を仕掛けるために再び剣を握り、クロワールに接近しようとした瞬間、その足が止まる。

 

「なに……っ?」

 

 クロワールはダメージを受けていないどころか、ただでさえ膨大なエネルギー量が更に増していた。

 

「ようやく、吸収したアイツの力が馴染んできた」

 

 それを示すような強大な鼓動が鳴った後、クロワールの身体から、可視化されたエネルギーのオーラのようなものが漏れ出る。

 

「だが、容量が多すぎるか……俺の小せえ身体じゃ抑えておけないな……なら、ふんっ!」

 

 オーラが更に背中から噴出する。

 その一部はクロワールの翅にまとわりつき、禍々しき邪悪な黒き羽へと変貌させ、もう一部は神聖な光を放つ二対の剣に姿を変え、クロワールの周りを浮遊する。

 

「悪くねえな。俺のオリジナルだからか、俺の力に良く馴染むらしい」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 クロワールの混沌の力に、預言者イストワールの崇高な光の力が加わる。

 それは、邪悪な力を司る犯罪神を超え、強大な力を司る太古の女神を超え、負の力を司る暗黒の女神をも超え、満たされぬ魂の嘆きの化身をも超えた、ゲイムギョウ界の開闢以来の全存在を超越した者が誕生したかのような気迫を放っていた。

 

「『デュエルエッジ』!」

 

 クロワールの放つ重圧に一瞬怯んだパープルハートだが、すぐに気を立て直し、剣を振る。

 

「性能の検証に充分な相手が目の前にいて助かるぜ」

 

 パープルハートの剣に対し、クロワールは身体を動かすことなく剣のみを動かし迎撃する。

 そして、もう一方の剣を、死角から差し向けた。

 

「とりゃっ!」

 

 しかし、前に出てきたネプテューヌが、これを弾く。

 

「ネプテューヌ。もう、ただの人間如きが踏み入れていい領域じゃねえ。それでも俺と戦うんなら、お前死ぬぞ?」

「わたしは死なないよ! そしてクロちゃんを連れて帰る!」

「本当に煩えなお前は。なら、まずはお前からだ。死ね」

 

 クロワールの羽が光る。

 

 そして、羽先から無数のビームが放たれ、全てが軌道を変え、ネプテューヌに襲いかかる。

 

「大きい私!」

 

 ネプテューヌを守るため、ビームを迎撃しようとするパープルハートだが、二本の剣に同時に斬りかかられ、ネプテューヌの元に向かうことができない。

 

「わわっ!」

 

 ネプテューヌは双剣を携え、ビーム砲を弾いていくが、余りにもの数ゆえ、対応が追いつかない。

 

「なら!」

 

 そして、ジェネレーターユニットを展開、装備し、戦闘能力を上げることで、なんとか防ぐ。

 

「沈め」

 

 クロワールは手を掲げ、その上に巨大な魔法弾を生成し、ネプテューヌに放り投げた。

 

「させないっ!」

 

 パープルハートはハイパーシェアクリスタルを取り出し、更に高濃度なシェアエネルギーに包まれ、ネクストフォームへと変身する。

 そして、クロワールの剣を弾き飛ばし、魔法弾の前に出る。

 

「『紫紺……一閃』ッ!」

 

 そして、シェアエネルギーをふんだんに込めた剣技で魔法弾を斬り裂き、消滅させる。

 

「はぁ……ふぅ……ありがとう小さいわたし」

 

 なんとか窮地を脱したネプテューヌは、息を切らしながらもネクストパープルの隣に立つ。

 

「くだらないな。本当に」

 

 言いながらクロワールが羽ばたくと、発生した強風が邪悪な魔力を帯び、周囲を斬り刻む。

 

「こんなもの……っ」

 

 ネクストパープルは自身の持つ膨大なシェアエネルギーを周囲にまとい、強風と斬撃をガードするが、ネプテューヌはそれだけで身体中が傷だらけになり、膝をついた。

 

「女神の方ならまだしも、人間のお前と俺とではこれだけの力の差があるのに、なぜお前は戦う?」

 

 常人を大きく超えた力を持つネプテューヌでも、今のクロワール相手では戦いすら成立しない。

 

 現に、ネクストパープルの助力がなければ数度死んでいただろう。

 

「それに、この次元が……いや、どの次元が滅びようと、お前には関係ないだろ? お前にはもう帰る次元なんてないんだから」

 

 ネプテューヌには、もう故郷と呼べるものは存在しない。その次元そのものが消滅したわけではないが、人生における比重において旅が最も多いネプテューヌにとって、自分が生まれた次元への帰属意識など等に存在しないのだ。

 

「それに、お前は女神と違って自分の格を弁えてた筈だ。自分の力じゃ手に負えない世界の危機までも完全に救おうとする奴じゃなかっただろ。旅を続けるために、見捨てた世界だって沢山あった」

 

 ネプテューヌは善人であり力もあるが、神ではない。

 横に立つ女神ネプテューヌとは違い、救える人間の数の限界はあまりにも少ない。そして、ネプテューヌ自身もそれを理解していた、

 だから、クロワールにとって今のネプテューヌの行動は不可解だった。

 

「戦う理由なら……あるよ」

 

 ネプテューヌは、傷だらけの身体をなんとか持ち上げ、立ち上がる。

 

「ここに、クロちゃんがいるから」

「は……?」

 

 クロワールは、ネプテューヌの意味不明な答えに心から困惑し、動きを止める。

 

「クロちゃんがわたしのこと嫌いでも、わたしはクロちゃんのことが大好きだから。ずっと側にいて欲しい。いろんなところに一緒に行きたい」

 

 ネプテューヌにはもう帰る場所はない。家族と呼べる人間もいない。

 そんなネプテューヌにとって、長い時間を共に過ごしてきたクロワールの存在はあまりにも大きかった。

 

「本当は、ねぷのーとに閉じ込めたくなんかないけど、クロちゃんのやりたいことをさせちゃうと、たくさんの人が犠牲になっちゃうから。だから、クロちゃんにとっては抜け出す隙を作るつもりだったからでも、クロちゃんをあんまり閉じ込めないでいたここ最近は、わたしにとって本当に楽しかったんだ」

「……」

 

 少し考え、クロワールはようやく納得した。

 クロワールは、次元移動能力と邪悪な自分の封印をかねてネプテューヌに捕まっていると思っていて、ネプテューヌから自分自身にこんなにも愛情を向けられているとは思っていなかったのだ。

 

「……お前は本当に愚かなやつだな、ネプテューヌ」

 

 クロワールは、態度では悪びれはしないものの、自分がいかに邪悪な存在であるか自覚はしている。

 だからこそ、そんな邪悪な自分に愛情を向けるネプテューヌを嘲笑した。

 

「けど、俺は俺の『自由』を譲るつもりはない。世界は滅ぼして、奴らも堕とす」

 

 クロワールが、翼が、剣が、更に輝きを増す。自らの力を高め、目の前の障害を滅ぼさんとする。

 

「全く、蚊帳の外ね。私、主人公なのに」

 

 窮地であるものの、ネプテューヌとクロワールのやりとりを見たネクストパープルは、小さく微笑んでいた。

 

「まぁ、他の皆も立てれてこそ主人公ね」

 

 クロワールが、剣をネプテューヌに向ける。

 先程とは速さも鋭さも比べ物にならない凶刃が、ネプテューヌを襲う。

 

「ふ……っ!」

 

 すると、ネクストパープルが、ネプテューヌを庇い、剣を身体に受けた。

 

「ぐ……ぅ……!」

「小さいわたし!」

「はあああああっ‼︎」

 

 しかし、ネクストパープルは刺された箇所から膨大なシェアエネルギーを逆流させ、内側から剣を崩壊させた。

 

「な……っ!」

 

 クロワールは、膨大な知識と力を持つが、戦士ではない。だからこそ、ネクストパープルの捨て身の戦法に驚き、動揺する。

 その隙にネクストパープルは、一気にクロワールに距離を詰める。

 

「ちぃっ……!」

 

 クロワールは反応が遅れ、反撃は間に合わないと踏んで、即席の防御魔法で身を守る。

 そして、それを読んだネクストパープルは、敢えてクロワールの本体を通り過ぎた。

 

「『次元……」

 

 クロワールの防御魔法の上からでもダメージは与えられるが、おそらく倒すには至らない。そして、次元一閃を放つとネクストフォームを維持できず、いくらダメージを与えることができても、その後の戦闘で勝ち目がなくなる。

 だからこそ、ネクストパープルの狙いは──

 

「……一閃』‼︎」

 

 クロワールの羽だった。

 ネクストパープルの全力の一閃が煌り、クロワールの羽を根本から切断する。

 

「後は任せたよ、大きいわたしー! お友だちを、取り戻せー!」

 

 技の反動で変身が解除され、剣を刺されたダメージを耐えることができず、女神ネプテューヌはその場に膝をついた。

 

「く……力が……っ」

 

 有り余る力の放出先だった剣と羽を失い、力を制御できず動きが止まるクロワール。

 その隙にネプテューヌがクロワールに斬りかかる。

 

「だが……人間如きに負けるかよ……っ!」

 

 たとえ制御ができなくとも、力の差は歴然。人間であるネプテューヌに、今のクロワールが負けるはずはない。

 繰り出したネプテューヌの剣技は、クロワールに届くことなく、直前でクロワールの魔法に阻まれる。

 

「それでも!」

 

 ネプテューヌは止まらない。

 どれだけ傷だらけになろうとも、手から剣がこぼれ落ちようとも、その手をクロワールに伸ばす。

 

「終わりだ……!」

 

 クロワールが無防備になったネプテューヌにトドメを刺そうとしたその瞬間、身体の内側から謎の力が湧き上がり、自分の動きを止める。

 

「ぐ……っ!」

 

 クロワールの練った魔力は、動きが止まったことにより霧散した。

 そして、クロワールの背中から純白の翅が生え、クロワール自身に巻きついて拘束する。

 

「これは……っ!」

 

 目の前の不可解な現象に困惑するネプテューヌだが、何はともあれ好機だ、とクロワールの元に距離を詰めていく。

 

「預言者の仕業かッ!」

 

 力として吸収されたフリをしてクロワールの中で潜伏していた預言者イストワールが、クロワールの身体の中から動きを止めたのだ。

 

『かつて、彼らの祝福を受けた者よ……』

 

 突如、クロワールとネプテューヌたち以外誰もいないはずの空間に、預言者イストワールの声が響き渡った。

 

『クロワールを……本当は私の手で止めなければなりませんでしたが……彼女の過ぎた力ゆえに為すことができませんでした……ですので、あなたに託します』

 

 すると、ネプテューヌに向かって、何かが飛来する。

 

「大きいわたしー! 受け取ってー!」

 

 武器を失くしたネプテューヌの為に、女神ネプテューヌが自分の武器を放り投げたのだ。

 身体を貫かれていることもあり、投擲で体力を使い切った女神ネプテューヌはその場に倒れ込む。

 

「ありがとー! 小さいわたしー!」

 

 一本の剣を携え、遂にネプテューヌはクロワールに剣が届く距離まで近づいた。

 

「く……ネプ……テューヌ……っ!」

「クロちゃん……」

 

 ネプテューヌは、友を止める決意を胸に、剣を強く握り直す。

 

「行くよ……『ネプテューンブレイク こっちのわたしver』!」

 

 双剣で繰り出す自分の技の代わりに、武器と共にもう一人の自分の必殺技を借り、クロワールに繰り出した。

 

「ぐ……ぁああああッ!」

 

 女神ネプテューヌの加護が込められた剣と、ネプテューヌの想いが力となり、クロワールが得ていた禍々しい力が浄化されていく。

 

「クロちゃん!」

 

 そして、力を失い、ボロボロになったクロワールを、ネプテューヌは思い切り抱きしめた。

 

「クロちゃん、クロちゃん!」

「離せよ……クソ……」

 

 弱々しく悪態をつきながらも、ネプテューヌに寄り掛かって身を寄せるクロワール。

 そして、ダメージと疲労により、ネプテューヌの胸の中で眠りにつくのだった。

 

「これで、一件落着?」

「そうだね、一件落着!」

『とは、言い難いですね』

 

 戦いが終わり、一息つこうとする二人のネプテューヌの間に、預言者イストワールの声が割って入る。

 

『私の力で生成したこの空間が、戦いの衝撃でもう持ちません……このままでは、この空間の崩壊に巻き込まれ、あなた方も次元の狭間に堕ちてしまいます』

「ねぷぅ! 大変だよ! どうしよう! 大きいわたし! こんな時はワープで!」

「えっと……その……言いにくいんだけど……クロちゃんの力はもう使い切っちゃって……クロちゃん本人もこれだし……」

「そんなぁ! じゃあわたしたち次元の狭間に堕ちちゃうよぉ!」

『帰り道のゲートは私が用意しましたので大丈夫です。しかし、傷ついた身体には酷ですが、速やかにお帰りになりますよう』

「うんわかったありがとう!」

「ありがとう! いーすんっぽい声の人!」

『はい。どういたしまして。それでは、お気をつけて』

 

 ネプテューヌたちはボロボロの身体を引きずりながらなんとかゲートから脱出して行った。

 

『クロワールよ……あなたの思惑は、彼らではなく、そして彼らの導きを受けずとも、あの者たちに食い止められました』

 

 崩壊していく空間の中で、預言者イストワールは独白する。

 

『そもそも……彼らとて、高次の存在であっても完全な存在ではありません。彼らはゲイムギョウ界を導きながらも、ゲイムギョウ界に生きる者たちから何かを学び、彼ら自身の糧にしていく……そこに上下関係などはありません。善意や悪意などではなく、純粋な探究心なのです。それでもあなたは、それを否定しようとするでしょうが……』

 

 その声には、どこか物悲しさが感じられた。

 

『私ではあなたの説得に至らなかった……まるで我が子のような存在を拒絶してしまう結果となり、それはとても心苦しいものです』

 

 預言者イストワールは、身体を再構築し、白い光の翅を広げる。

 

『ですが、あなたを想い、愛してくれる者が確かにいることを、どうかお忘れなきよう』

 

 そして、空間の崩壊と共に、次元を超え、再び高次元の扉へと戻っていった。

 

 

 *

 

 

 数日後。

 

「それじゃ、大きいわたし」

「うん、じゃあね、小さいわたし」

 

 超次元に戻り、休息かつ潜伏していたネプテューヌが再び次元を去る際、女神ネプテューヌが見送りに来ていた。

 

「くろいーすんも」

「けっ」

 

 ネプテューヌが他の皆に会わず潜伏していた理由は、今回超次元を危機に陥れた黒幕であるクロワールが側にいたからである。

 女神ネプテューヌは、今回の件の黒幕がクロワールであったことを、仲間達には報告せず、ただ自分が黒幕を倒した、とだけ報告していた。

 全てを詳細に話せばクロワールを処罰しなければならなくなる。守護女神としては正しい行動ではあるが、女神ネプテューヌ個人としては、誰かの愛する友人を奪いたくなかったのだ。

 

「ありがとうね」

「ふふ、どういたしまして」

「じゃあ、もう行くね」

「またいつでも遊びに来てね!」

 

 ネプテューヌはまだ自力で浮くことができるほど力が戻っていないと言うクロワールを抱えながら、超次元を去って行った。

 実際は、次元移動能力が戻っていればクロワールは自力で浮くぐらいの力も戻っているはずなのだが、ネプテューヌの腕の中に収まり、胸に寄りかかっていた。

 

「〜♪」

「なんだよ、嬉しそうな顔しやがって」

「嬉しいよ。だってここにクロちゃんがいるんだもん。もう会えないかもしれないって思ったから」

「だとしても、殺そうとしてきた相手にここまで心を許せるのかよ」

「そうだね、初めて本気で喧嘩したね、わたしたち」

「はー……うざ」

 

 減らず口を叩きながらもネプテューヌと共にいることに安らぎを感じていることを自覚したクロワールは、いつでも逃げられる状態でありながらもう逃げようとはしなかった。

 ネプテューヌは、そんなクロワールをいつものように茶化すことなく、腕の中で翅を休める親愛なる友に寄り添い続ける。

 

「ねぇクロちゃん、次はどこ行こっか」

「どこでもいい。精々俺のことをちゃんと捕まえてろよ。自由にさせてたら滅ぼすぜ」

「わかった。ちゃんと抱きしめておくね」

 

 クロワールは邪悪な心を捨て去ったわけではない、そしてネプテューヌはそれを肯定するわけではない。それでも、二人は友であり、共に旅を続けていく。

 その二人の意思に、何者も干渉することはない。

 

 

 

 

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