INFINITY   作:烊々

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 中盤に登場した預言者イストワールの話です。


白き翅の答え

 

 

 異空間。それも通常の次元移動能力では干渉できない上位の次元の狭き回廊にて、預言者イストワールは思慮に耽ていた。

 

「クロワール……我が写身の一人。歪みながらも強き意志を持つ者。私は……私の手で彼女を討つことはできませんでした」

 

 預言者イストワールは、強大な力を得ていたクロワールに敗北し吸収されてしまった時のことを思い出していた。

 その敗北は、あえて吸収されクロワールが弱ったタイミングを狙い身体の内側から拘束するという策の為だったが、そのような回りくどい手段を取ったこと自体に、預言者イストワール思うところがあるようだった。

 預言者イストワールは、下位の世界を超越した存在であり、彼女の能力や機能を最大限用いればあの時クロワールを討つことだってできたはずなのだ。

 しかし、預言者イストワールはクロワールを討つことができなかった。

 

「彼女の強大な力もありましたが……私にはない強き『意志』を否定することが……私にはどうしてもできなかったのです」

 

 預言者イストワールは『創造主』による創世と『導き手』による託宣を補佐する役割であり、それに対して自由意志を必要としない。故に、意志というものが極めて希薄であった。

 だからこそ、強い意志を持つクロワールを、子の成長を祝う親のように慈しんでしまい、戦意が鈍ってしまった。そう分析した。

 

「私は……どうするべきだったのでしょうか。そもそも、私の写身からあなた方への叛逆を企てる者が生まれたことは……赦されないことではありませんか?」

 

 預言者イストワールはまるで懺悔のように語る。

 まるで、ではなく実際に彼女の主たる存在たちに懺悔していた。

 

「『創造主』そして『導き手』たちに問います。私と、あらゆるイストワールの在り方を。一言だけでも構いません。私に御言葉をいただけませんか?」

 

 しかし、答えが返ってくることはない。

 

「……私の使命はあなた方の意志をあらゆる次元に伝える預言者、それ以上でもそれ以下でもない。故に、私からあなた方への問いに……答えなど返ってくるはずありません……か」

 

『奴らは女神という存在を特に気に入っているようだが、肝心のお前に対してはどうだ? 永きに渡り奴らに貢献していたお前に対して、奴らは何か報いたか?』

 

 預言者イストワールの脳裏に、クロワールの言葉が思い起こされる。

 

「『意志』……役割に殉ずる存在たる私には必要なく、極めて希薄なもの。言葉の意味は理解できても、その本質は私には分かりません。だとしても……私は分からなければなりません」

 

 預言者イストワールは、他のイストワールより完全な存在として創られた己は疑問という自らの空白を即座に埋めなければならない、と考えていた。

 

「ならば、それを強く持つ者に……彼らの祝福を受けし者たちに問うことにしましょう」

 

 預言者イストワールは神聖な純白の翅を広げ、他の次元に飛び立った。

 

 

 *

 

 

「あれ……?」

 

 気がつくと身に覚えのない光景が目の前に広がっていたネプテューヌが首を傾げる。

 先程妹のネプギアに「おやすみ」と言って眠りについたところまでは覚えていたが、その先の記憶がなかった。

 

「……てことは夢の中かな? でも、夢ってこんなにハッキリ夢ってわかるものだっけ?」

 

 ネプテューヌが辺りを見渡すと、空と透明な地面による地平線がどこまでも続いていた。

 少し寂しさと穏やかさを感じられるこの空間に、ネプテューヌは何か思い当たることがあった。

 

「なんだろ? 何もない空間なのに、まるで誰かの部屋にいるみたいな感覚がするよ」

 

 ネプテューヌはそれを、まるで自分に近しい『誰か』を彷彿とさせるものだと気づいたが、その『誰か』が特定できずにいた。愛する妹でもないし、友でも、仲間の女神でもない。

 

「あーなんかわかってきたよ! ははーん、さては何かのフラグを踏んだら進める夢の中イベントだね!」

 

 ネプテューヌは天才的な直感で自身が置かれた状況を言い当てた。

 

「そしてだいたいこういう夢の中イベントって奴は、後に伏線となる重要な会話とか、裏ボスとの対決とかになるんだよね〜」

「概ね相違ない推理ですね。流石です」

「ねぷ⁉︎」

 

 ネプテューヌが驚きながら振り向くと、声と姿形が自分のよく知る『イストワール』にそっくりな者が浮いていた。

 

「いーすん……?」

 

 しかし、ネプテューヌはその者をイストワールだと確定できなかった。おそらく彼女もイストワールなのだろうが、自分の知るイストワールと姿形以外の何もかもが違うことを感覚で理解したからだ。

 

「君が……わたしをここに呼んだ……ってことだよね?」

「はい。あなたと接触したいと思っていましたが、私の存在はなるべく観測世界の私に視認されるわけにはいかないので、こうして二人きりになれる夢の時間に、あなたの意識をここにお連れしたことになります」

「ここっ……て、どこ?」

「心を映し出す異空間、あなた方が『心次元』と呼ぶものです。ちょうど近くの座標に便利な次元があって助かりました」

 

 この空間は目の前の預言者イストワールの心が反映された心次元だった。

 

「お聞きしたいことがあります。先のクロワールの件を覚えていらっしゃいますか?」

「えっと……どれのこと?」

 

 余罪が多すぎて特定できずにいるネプテューヌに、イストワールが少し苦い顔をする。

 

「全く、我が写身でありながら彼女には困ったものです。一番近いものを思い出していただければ」

「あー、珍しく本体と戦ったやつね」

「それです」

「それが、どうかしたの?」

「その件に関連することで、あなたに問いたいことがいくつかありまして。とはいえ、あなたは彼女を止めはしたものの、彼女があの行動に至った理由を把握はしていないようですね。まずはそこからお話します」

 

 預言者イストワールは、先の件のクロワールの動機をネプテューヌに話した。

 

「彼女の叛逆は私にとって予想外のことでしたし、彼女の行動は私にとって看過できるものではありませんでした。しかし、私は彼女を止めることができませんでした」

「……」

「あなたはどうですか? あなた方が『プレイヤーさん』と呼ぶ彼らのことを、あなたはどうお考えですか?」

「う〜ん、難しいなぁ」

 

 ネプテューヌは口元に手を当て、少し考える。

 

「でも、わたしはプレイヤーさんのことが好きだし、プレイヤーさんがわたしのことを好きでいてくれれば、それで良いと思うな!」

 

 その後放たれたのは、真っ直ぐな言葉だった。

 

「……そうですか」

 

 ネプテューヌの発言は、預言者イストワールの話を全て理解した上でのものではないように思えたが、その言葉の中にクロワールと同じかそれ以上の意志の強さを感じられた。

 

(だからこそ……彼らはこの方を特に気に入られてるのでしょうね)

 

「あなたの考えは理解しました。もう一つ……最後の問いを聞いてもよろしいでしょうか?」

「もう最後? なんでもいーよ!」

「では、あなたの意志の力というものを、私に試させてはもらえませんか? それさえ教えていただければ、私は答えに辿り着くことができる」

 

 言いながら、預言者イストワールが神聖な純白の翅を広げる。

 

「えっと……?」

 

 ネプテューヌが、目の前のイストワールが自分に戦いを仕掛けようとしていることに気づくのに数秒の時間を有した。

 

「やっぱ裏ボスとの対決イベントじゃん!」

「ええ、ですから、先程のあなたの発言に『相違ない』と言ったのですよ」

「そっかぁ〜まぁいいや。要するに、今君は悩んでて、わたしと戦うことでその答えを見つけたいってことだよね!」

「はい」

「ならかかってこーい! ねっぷねぷにしてやんよー!」

 

 夢の中の心次元にて、二人の戦いの幕が上がる。

 しかし、これは相手を倒すためのものでなければ、どちらが上かを決めるためのものでもない。

 たった数度の軽いぶつかり合いを経て、互いに傷がつく前に、預言者イストワールは自身の力を収めた。

 

「……なるほど」

「あれ? もう終わり?」

「はい。よくわかりました。私の完敗ですね」

「えー? 君全然本気出してないじゃん」

「いえ、私の望む答えを得ることができました。その時点で、この戦いの意味は果たされたのです」

「ん〜よくわかんないけど、ネプ子さんがお悩み解決してあげたってことだね!」

「はい。感謝しています」

 

(私は、己の役割というものに囚われていたようです。私が預言者として彼らに尽くすのは、役割や使命よりも自分の意志であって良いのですね。私はあらゆる世界が好きだからこそ、己の役割を全うするのです。ならば、たとえ必要がなくとも、私は意志を以って行動したい。彼女たちのように……)

 

「さて、あなたの次元はそろそろ夜が明ける頃……私はお暇させていただきましょう」

「帰っちゃうんだね」

「そうですね。あなたにはあなたの次元が、治める国があるように、私にも戻るべき場所があります」

「そっか。じゃあ……またね!」

 

 ネプテューヌが笑顔で腕を振りながら言う。また会えることを少しも疑っていないような笑顔で。

 

「ええ、また」

 

 預言者イストワールも笑顔で返すと、その空間は光に包まれ、ネプテューヌの意識はそこで途絶えた。

 

 

 *

 

 

 次の日の朝。

 

「ふわぁぁ……」

「どうしたのお姉ちゃん? 寝不足?」

「なんか変な夢見たんだよね……そのせいで疲れてる気がするんだ。でも内容は思い出せないんだ〜」

「不思議なこともあるんだね」

 

 預言者イストワールにとって、彼女が観測世界と呼ぶ次元への干渉は本来行わないものであるため、それに関する記憶の殆どをネプテューヌから消していた。

 

「寝不足だから今日のお仕事は休もうっと」

「休めると思いますか?」

「げっ、いーすん! ……いーすん……いーすん?」

 

 イストワールの姿を見て、ネプテューヌは忘れていたはずの夢の内容を無意識のうちに少し思い出した。

 

「そういえばいーすん、悩み事は解決したの?」

「悩み事……? なんですかそれは?」

「え、いや……? あれ? なんでわたし今そんなこと聞いたんだろう……?」

「私の悩みはネプテューヌさんがお仕事をしないことだけです!」

「ひぇっ、いーすんがご立腹だ。こういう時は逃げるのが一番だよね!」

「待ちなさーい!」

 

 世界の危機を退け、忙しない日常に戻るネプテューヌたちを、空の上から白い翅が見守るように少し羽ばたき、戻るべき場所へと消えていった。

 

 

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