ある日友達のシュヴァルちゃんが壊れちゃった。
原因はシュヴァルちゃんのトレーナーさんが事故で死んじゃったから。
事故当日。トレーナーさんが亡くなったと言う知らせが届いたシュヴァルちゃんは気が狂ったように泣き叫んだ。
突然の恋人の死に直面すれば当然だ。
ジャパンカップ優勝後、念願のG1優勝に感極まった彼女は勢いのままにトレーナーに告白して付き合うことになったらしい。
次の日の祝勝会ではいつものように恥ずかしそうに、だけど幸せそうにトレーナーと恋人になったことを報告してくれたのを皆んなでお祝いした。
まさしく幸せの絶頂だったであろう。
しかしその幸せは突如として終わりを告げた。
彼女は恋人の死という現実を拒むかのように人目を憚らずに慟哭した。
その後しばらく泣きじゃくったあと力尽きたように動かなくなってしまった。
それを心配した私は出来る限りの看病をした。
そしてシュヴァルちゃんは丸一日寝続けたあとに目を覚ました。
目を覚ましたシュヴァルちゃんはいつもより元気そうになっていた。その姿を見て安心したのも束の間、私の姿を見つけたシュヴァルちゃんは元気そうに話しかけてくれた。
「おかあさん!」と
もうダメかもしれない。
そう思った。そう思ってしまった。
私を含めた皆んなが困惑する中、私を母親だと信じ込んだシュヴァルちゃんは私に縋り付いてくる。
いくら説明してもシュヴァルちゃんは私を母親だと主張し、他のみんなを拒絶した。
そんなことがあってシュヴァルちゃんが回復するまでは私が面倒見ることになった。
最初はお互い寮生だったから夜は同部屋の人に看病をお願いしたけど、シュヴァルちゃんがこれを拒否した。
私じゃないと嫌だと言って暴れるシュヴァルちゃんに困ったトレセンは部屋を一緒にする話もあったけど他の学生に悪影響があるのは本意ではないとの事で、結局トレセン近くのアパートを借りて2人で生活することになった。
「おはよう、シュヴァルちゃん。今日は調子どう?」
「………………」
起きてはいるようだが、ぼーっと一点を見つめて動かない。
「シュヴァルちゃん?」
「うぁ、……おかあさん?おはよう」
ようやく私の声に気づいて反応してくれた。
「……ご飯食べよっか」
「うん!」
あの日からこんな感じ。どうして私がお母さんだと思っているのか分からない。
けれどこんな状態の彼女を見捨てられない。お助けしなきゃというそんな私のくだらないプライドのために壊れた彼女を治るまで面倒見ることにした。
「美味しい?」
「うん!おかあさんの作るご飯美味しい!」
「うん。……ねぇシュヴァルちゃん?私おかあさんじゃないよ?」
「?何言ってんの?」
「だからさ、私……なんでもない」
「変なの」
私をお母さんと呼び、私の作った料理を食べて、楽しそうに話してくれる。
明らかに異常なのに、彼女のトレーナーさんが亡くなった時の物を言わない人形みたいだった時と比べると表面上は元気に見えるからひとまずこれでいいのかもしれない。
そう自分を騙して今日まで何もすることなく、現状維持をしてきたのだった。
「今日は学園行けそう?」
「うん」
「それじゃ行こっか」
シュヴァルちゃんを着替えさせて、自らの支度もする。
家を出て歩き慣れない通学路を2人で歩く。
隣を歩く彼女はまるで子どものように楽しげにはしゃいでいる。
「キタサン」
「クラちゃん」
学園が見えてきたところでクラちゃんと出会った。あの日以来何かと心配してくれて連絡をしてくれてる。
「ほらクラちゃんだよ、挨拶しよ」
「お、おはよ」
私の後ろに隠れてしまったシュヴァルちゃんを窘める。
シュヴァルちゃんはこうなっても人見知りなのは変わらないみたいで私以外にはおどおどしてしまう。
「キタサンもだいぶお母さんになってきたね」
「そんなことないよ」
「何か困ってることない?」
「大丈夫。引退して時間は有り余ってるし、お金もこれまでのレースの賞金があるから」
「ねぇ、本当にいいの?」
「何が?」
「引退したとはいえ、まだ走れるじゃない。ゴールドシップさんみたいな道もあるし、やりたいことあるなら協力するわよ?」
「ううん。シュヴァルちゃんの面倒見なきゃいけないし、もう走る気もないよ」
「でも」
「この話やめよ?シュヴァルちゃんの前でする話じゃないよ」
「……そうね」
「おかあさん?」
「ごめんね、行こう」
「それじゃまた教室でね」
クラちゃんと別れてからシュヴァルちゃんを連れて保健室に向かった。
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「それじゃお願いします」
「はーい、安心して任せてね」
「あはは……」
授業中は面倒を見ることが出来ないため、保健室の先生(たまに笹針刺してくる変人)に面倒を見てもらうことになっている。
「それじゃ良い子にしててね」
「うん」
少し寂しそうな表情をする同級生に複雑な感情を抱きながら保健室を出る。
「はぁ、いつまであのままなんだろ」
もちろんこのままではいけないと思い病院に行ってみたりしたが、本人が立ち直るしかないと言われてしまいどうすることも出来ないのである。
「悩んでいても仕方ないよね。とりあえず今日も頑張らなきゃ」
このまま悩んでいても自分らしくないと己を奮い立たせてる。
「頑張るぞ!」
「あっキタちゃん!おはよう」
「おはようダイヤちゃん」
気合いを入れて教室に入ると親友のダイヤちゃんが笑顔で挨拶をしてくれる。
「シュヴァルちゃんどう?」
「うーん、あんまり変わってないかな。でも前より元気になってはいるよ」
「そうなんだ。早く元に戻るといいね」
「うん」
「何か手伝えることあったら言ってね」
「うん、ありがとう」
皆んな心配してる。そしてシュヴァルちゃんのために協力してくれようとしている。
友人たちの存在に元気が無かった私もいつものような笑顔が出てきたのであった。
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放課後、私はすぐさまシュヴァルちゃんを迎えに保健室へ急いだ。
「あ、おかあさんおかえり」
「た、ただいま」
相変わらずおかーさん呼びには慣れないけど、とりあえず何事もなかったようで安心する。
「それじゃ帰ろうか」
「うん!」
私とシュヴァルちゃんは手を繋ぎ一緒に帰路につく。
幸いレースを引退したウマ娘はトレーニングの参加は任意になるため、こうして一緒にいる時間はたくさんあった。
「おかあさんは走らないの?」
「うん、この前走ったので引退したから、もう走らないよ」
「そうなの?おかあさんと一緒にレースで走ってみたいな」
「シュヴァルちゃんは覚えてない?昔一緒に走ったんだよ?」
「えー?覚えてない」
「そうなんだ」
どうやら一緒に走った記憶も無いようだ。だけどそれも仕方ないことではある。
「いつかまた一緒に走ろうね」
「うん!絶対におかあさんに勝つからね!」
こうして今日も異常な日常は続いていく。