追憶の記憶〜デイブレイクアーカイブス(本編完結) 作:Leona
「なあ、ノノミさんや」
「はい、何かしらユキト君」
「なんで俺は膝枕されてるんです?」
「あら、嫌でしたか?」
アビドスへと帰還し、体を休めつつシャーレにいる先生の代理としていくつかの書類処理をしていた、はずなのだが。何故だが俺は今、後頭部をノノミの肉付きの良い膝に預け上を見上げている。ちなみに景色は半分しか見えない。ノノミのごりっぱなおっぱいのお陰で。向こうから見下ろす彼女は笑みを浮かべ、耳かきを片手に持って構えている。仕事を中断してちょっと休もう、と常備してあるペットボトルのお茶とウタハ経由で貰ったミレニアムで売っているお高めのお菓子を用意したところで、急に提案してきたのである。
「なんかあったかなってさ、ノノミは気遣い上手だけどいきなりこんな事はしないだろう」
「ふふ、ユキト君が最近特に無茶ばかりするのでお姉さん心配になったの。ちなみに対策委員会の総意でもあるんですよ?」
いつも明るく笑顔を絶やさないノノミの目が揺れている、声だっていつもの調子だが精一杯平静を保とうとしているようにも思えた。
「それは、まあ有り難いけど何だかこそばゆいよ。こういうのは先生かホシノ先輩にやってあげてたらいいのに」
「ふふ、シャーレの業務で疲れているのはユキト君も一緒でしょう?この前も危なかったそうじゃないですか」
毎度死にかけているわけではない、と反論したかったがシャーレ所属の生徒という立場に加えてナギサやハスミやリオなど各学校の上層部の生徒と親しくしている様子を口コミで広められた。その事で先生とはまた違った意味で目をつけられる形となってしまった。
俺とガッチャードの姿両方を知っている住人も増えてきた、ヘルメット団の中には俺の顔を見ただけで逃げる者まで出てきてしまい借金返済の為の賞金稼ぎに影響が出る程だ。
アビドスの借金を減らすことは何とかできているのだが、そもそも日々の政活費諸々を考えるとノノミが少し援助してくれているぐらいでは間に合わない。根本的な解決方法を用意しなければならないんだが……。
「めっですよ、また難しい顔をして。少し寝てください。起きたら、またお話したいこともありますから」
「やっぱ、善意だけじゃないか、いいけど、さ……」
「はい、おやすみなさいユキト君」
優しく頭を撫でられさらに膝枕から伝わる温もりに徐々に意識が薄れ、気付くと眠りに落ちていった───。
✩✩✩
「やあ、久しぶりだね。千神ユキト」
「百合園、セイア……先輩」
そこは夢の中、というかかつて乗り込んだアリスの精神空間に近いが見回す限り白一色。中央にテーブルと椅子が2つあり、俺はそこに突っ伏していて目の前にはそれを見つめながら紅茶を口に含んでいるセイアがいた。
「色々とナギサとミカが世話になったようだね、君という存在がいい方向に作用してくれたことは僥倖だ」
「俺は、何も。あの時は必死だっただけで実際は先生や桐藤会長や風紀委員会の生徒の皆がうまくやってくれたからですよ」
「謙遜しなくていい、私は事実だけを述べているだけさ。さて、本題に入ろう。あまり時間がないのは今回も一緒だからね」
重傷を負いトリニティで眠りについているであろう百合園セイアとこうして会うのは二度目になる。ナギサの言葉を聞く限りでは絶望的な状態から奇跡的に回復したと聞くが、面会謝絶で外部の生徒である俺では接触できていなかった。
「君が私の言葉を聞いてくれたのは私が見た夢の内容が変わったことで理解した。だが……」
「こういう形でまた会いに来てくれたんだ。拝聴させてもらいますよ、百合園先輩」
口籠るセイア、付き合いが長くない俺としては彼女の性格や内面について知らないことが多い。ナギサからそれとなく人となりを聞いたが、面と向かって話すのではまた印象が変わってくる。
「いいだろう。端的に言えば今までは、ほんのつい最近までは私が見た未来の大筋は変わっていなかった。だが、ここにきて大きく私の能力でも見通せなくなってきている。心当たりはあるね?」
「それは……アリスとケイのことでしょうか?」
俺がいた未来の結末、世界線ともいうべきか。あそこに辿り着かないように勿論もがいてきたわけだが、ターニングポイントになる事件がいくつかあったのだと思う。その一つが天童アリスを巡るあの事件だろう、リオが強引に捻じ曲げようとした結末を俺が全て台無しにしそうになったのは反省すべきことだろう。
「そうだ、こんな形でしか介入出来ない我が身がもどかしかったが、さりとていい加減な助言をするわけにいかなかったからね」
「せめて桐藤会長に伝えられなかったので?」
「すまない、私も思い出した頃にはご覧の有り様でね。君には苦労をかけた」
ナギサならセイアの話くらいは聞いてくれる。さらに同じように記憶を持つミカとて、先生を救いたいという点で凶行を未然に防ぐ手になったかもしれない。だが、その点を責めるのは酷だろう。それに俺も未だ、”あまねく奇跡の始発点”へ辿り着くためのレールを敷けていない。
「百合園先輩、今後は直接話すことも?」
「ああ、今すぐとはいかないがね 。もっとも、目覚めたところで物理的な意味では私ではあまり力になれないだろう。そういうのはミカを頼りたまえ」
「聖園ミカ……ですか」
思えば投獄されて以来あまり顔を合わせていない。トリニティの一角であり、正面から暴走せずにガチンコでやりあえばあっさりと捻じ伏せられていてもおかしくない実力を備えている。今後を考えればきちんと話しておくべきだろう、先生ほど熱心に話せていないが。
「少々お転婆だが悪い子じゃないんだ、どうか仲良くしてやってほしい」
「善処します、ただ俺がどう思われているか」
「心配ないさ、彼女は根は優しい。ただナイーブ過ぎる嫌いがあるだけさ。落ち着けばきっと頼りになる」
ナギサや先生、そしてセイアが信じているのなら、あるいは歩み寄れるかもしれない。そもそもこの戦いに置いて無用に人材を切り捨てる余裕はない。むしろ今までがうまく行きすぎていたのだ、少しばかり頑張るべき時が来ただけなのだろう。
「また会おうユキト、それまで息災である事を願っているよ」
その一言がまた彼女との邂逅の終わりを告げる合図となった。思えば現実世界以外でやたらと人と話すようになった気がする。いやそういう変化もまた、目指すべき”あまねく奇跡の始発点”へ辿り着くための一歩だと思うことにしよう。
「……夢、か。うおお!?」
「あら?ユキト君、大胆ですね♪」
目覚めて反射的に上半身を起こそうとした瞬間柔らかい何かに当たる。空が半分どころか視界全体が何とも言えぬ弾力と体温によるぬくもりで塞がってしまった。よく分からない事態にそのまま動きを止めてしまって数秒してから頭上から聞こえるノノミの声に、ようやく状況を把握しそっと頭を下ろし再びノノミの膝に頭を下ろすと一息つく。改めて見上げると、少し頬を赤く染めたノノミがニコニコと笑みを浮かべて見下ろしていた。
「おはようノノミ。それと、その……ごめん」
「不可抗力だったようですし、いいですよ?可愛い寝顔も見れましたし♪ふふ、皆ももう少し早く戻ってくれば見せられたのに残念です」
ノノミの意味ありげな言葉に恐る恐る膝の上で向きを変え、部屋の入り口の方を見るといつの間にか委員会の面々が勢揃いしていた、勿論先生も 。戻ってきたばかりとはいうが俺のやらかしはばっちり見られていたようだが、侮蔑的なものではなく何故か生暖かい視線を向けてきていた。こういった事をするとセリカとアヤネ辺りは特に大きく反応したものだが……。
「ユキト、ごめんね。起こすつもりはなかったんだけど、君に会いたいって生徒が来ているんだ」
真っ先に口を開いたのは先生だった。先生も相当な激務続きで疲労困憊な筈なのに、パワフルに毎日毎時動き回っていて、休んでいるところも見たことがないとは言わないがシャーレのビルの明かりが夜遅くまでついていることは側にいて補佐する立場としてもよく知っいる。
「いえ、いつまでもノノミの膝を借りてるわけにもいかないので」
「ふふ、私はまたいつでも構いませんよ?」
「……えーそれで先生、誰が来てるんです?」
気恥ずかしさからすっと起き上がり離れると何事もなかったようにするが、背中にノノミが母性溢れる笑顔でオーラを漂わせて来るのに耐えきれず頬が熱くなるのを感じた。それはもう酷く赤く染まっているだろうとは思ったが、こればかりはどうしようもない。ほんのちょっと壮絶な経験をしようが人間的に成長できる程のものはなく、弱いとこを突かれればあっさりこうして転がされるものなんだろう。
「会ってみればわかるよ、一度ゆっくり話したいって言ってたから」
「はあ……では、行ってきます」
✩✩✩
「どうも、千神ユキト。先日は王女共々ご迷惑をおかけしました」
「アリス?いやケイ?またアリスの身体を乗っ取ったのか?」
事務室を出て直ぐ側にある応接間に行くと、天童アリス──ではなく、ケイがいた。先日は身体をドローンに移していた筈だが、そんな自由に移動できるものだったのかと驚く。もうアリスをどうこうするつもりはないだろうが、もし悪意があるなら──
「そんな事はしませんよ、王女には許可を頂いてここに来ています」
来客用の緑茶とお茶請けを用意したが、手を付ける気配はない。身体はアリスのものだし機能面で問題はない筈だが。
「わかった、あの時君は先生やゲームの皆だけでなく俺にも力を貸してくれた。だから信じる事にするよ、それで今日はどうしたんだ?」
「無論、今後の事を。飛鳥馬トキから聞きました。お前も未来を見たことがあると」
その言葉にやはりかという思いが心の内に浮かんだ。あの時の言動は出会った時から明らかに俺や先生を知っているだけでなく、言動の端々に俺が接触してきた多くの生徒と同じく、形は違えど異なる世界線の記憶を持っているのではないかと。そして、問いに頷いて肯定してみせると、ケイは少し考え込むような仕草をしていた。
口を開いたケイと情報交換をした。彼女の記憶にある世界線では魔王と化したアリスを才羽姉妹が、文字通り命がけで止めたことで世界滅亡は辛うじて止められたこと、その後修羅となりキヴォトスに巣食う厄災ともいうべき侵略者に立ち向かう為の研究に没頭したが、志半ばで死んだことを。俺達が方舟を巡る戦いに集中出来た影で犠牲になった生徒達が確かにいたのだということを。
「……いいですか、千神ユキト。共に行動できるように別の身体を用意しておきます、それまでは可能な限り大人しくしておきなさい。いいですね?」
「ケイ、それは……」
「無論、王女の身を守る為に私が側にいて差し上げるのが一番なのですが。お前は死なない程度業務をこなしておくんですよ?」
言いたいことを言うだけいって、ケイはその場を後にして去っていった。そろそろ、本格的に組織的な行動を取れるような顔合わせをしてもいいのかもしれない。そう考え何人かにモモトークを起動しメッセージを送ると俺は、書類仕事以外の何時もの借金返済を兼ねた賞金首狩りをするべく今度はそのリストに目を通したり、先生を含めて皆で夕食を食べたりと心の休まる楽しい時間を過ごしたのであった。