追憶の記憶〜デイブレイクアーカイブス(本編完結)   作:Leona

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とりあえずもう1話だけ続けて出しておきます。出せるうちに出さないとまた間が空いてしまいそうなので


24話

「ただいまー! うぅ、今日のバイト、本当にキツかった……」

 

「お帰りなさい、セリカちゃん。今日は特売日でしたから、お客様も多かったですものね☆」

 

 シロコとの静謐な空気を破るように、部室の扉が勢いよく開かれた。

 ドサドサと鞄を置く音と共に、セリカが机に突っ伏し、その後ろからノノミが優雅に入ってくる。続いてアヤネとホシノ先輩も姿を見せた。

 

「あ、ユキト先輩! 戻っていたんですね。連邦生徒会での用事は済みましたか?」

 

「サボりじゃないでしょうね? 私たちが必死に働いてる間に……って、なんか顔色悪くない?」

 

 セリカがジロリと睨んでくるが、その表情はすぐに怪訝なものに変わった。

 今の俺は、ジェネラルとの死闘とカヤの一件を経て、心身ともに摩耗しきっている。隠そうとしても、滲み出る疲労感までは誤魔化せないようだ。

 

「……まあ、ちょっと厄介な力仕事があってな。でも、もう片付いたよ」

 

「うへ〜、ユキト君。なんだか一気に老け込んだ顔してるよ? おじさんより年上に見えちゃうなぁ」

 

 ホシノ先輩がいつもの調子で茶化しながら近づいてくる。だが、そのオッドアイは笑っていない。俺の全身を――特に、さっきまでカードを握りしめていた右手を、値踏みするように見つめていた。

 

「無理は禁物だよ。若いんだから、もっと肩の力抜きなよ。……何でもかんでも、一人で背負い込もうとすると、いつかポキッといっちゃうからね」

 

 その言葉は、過去の自分自身に向けたもののようでもあり、俺の抱えている「何か」を鋭く見抜いた警告のようでもあった。

「……肝に銘じます。ホシノ先輩」

 

「ん、いい子だねぇ。よし、今日はユキト君の奢りでパーッと……と言いたいところだけど、逆に奢ってあげようかな。コンビニのアイスでいい?」

 

「そこはもっといい物を期待したかったですけど……まあ、今はアイスが一番染みそうですね」

 

 いつもの軽口。いつもの空気。

 アヤネが淹れてくれたお茶の香りが、張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。

 これが、俺が守りたかった日常だ。

 だが、ポケットの中にある「錆びついたカード」の感触だけが、冷たい氷のように指先に残っていた。

 

☆☆☆

 

その夜。シャーレの当直室で仮眠を取っていた俺は、奇妙な夢を見た。

 そこは、アビドスだった。

 だが、俺が知っているアビドスではない。

 空は赤黒く濁り、砂漠の砂はすべて灰色に染まっている。校舎は半壊し、至る所に巨大な「鉄の墓標」のようなものが突き刺さっていた。

 

『……先生。ユキト』

 

 風の音に混じって、誰かの声が聞こえる。

 掠れた、乾いた、けれど痛いほどに懐かしい声。

 視線を向けると、瓦礫の上に人影があった。

 ボロボロになった制服。首に巻かれたホシノ先輩のマフラー。そして、その腰には――

 銀色が酸化し、赤錆に覆われたガッチャードライバーが巻かれている。

 

『どうして……私を、置いていったの』

 

彼女が振り返る。

その顔は、砂狼シロコのものだった。だが、片方の瞳は砕け、もう片方の瞳からは絶え間なく黒い涙が溢れている。

 

『私は、全部壊す。この世界も、あの世界も……全部』

 

彼女が手を伸ばす。その手には、俺が見たあの「錆びついたカード」が握られていた。

 カードから放たれた黒い雷が、俺の体を貫く――。

 

「ッ……!?」

 

 ガバッ、と勢いよく跳ね起きた。

 心臓が早鐘を打っている。全身が冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 

「……夢、か……」

 荒い呼吸を整えながら、枕元のスマホを確認する。午前3時過ぎ。ただの悪夢だ。そう思いたかった。

だが、サイドテーブルに置いていたカードホルダーが、微かに、本当に微かに震えているのを見てしまった。

 

「共鳴してるのか……? あの錆と、俺の夢が」

 

もし、あの夢が「並行世界の記憶」だとしたら。

 あそこで泣いていたシロコは、俺が救えなかった未来の姿なのか。それとも、俺が死んだ後の世界の彼女なのか。

 思考の沼に沈みそうになったその時、静寂を切り裂くように緊急アラートが鳴り響いた。

 スマホからではない。先生が持つ「シッテムの箱」と連動した、シャーレのメインモニターからだ。

 

『緊急事態発生! 緊急事態発生!』

 

アロナの切迫した声が響き渡る。

 

「アロナ!? 何があった!」

 

 俺は飛び起き、モニターに駆け寄る。

 画面に映し出されていたのは、キヴォトスの上空を捉えた衛星映像だった。

 

『ユキトさん! そ、空が! キヴォトスの空のエネルギー数値が、異常な反応を示しています!』

 

「空……?」

 

窓を開け、夜空を見上げる。そこには、星々の輝きを塗り潰すように、毒々しいまでの極彩色――理解を拒むような「色彩」のオーロラが、空の裂け目から漏れ出していた。

 

「あれは……」

 

リンが言っていた言葉が蘇る。

 黄金卿が接触しようとしていた、外なる脅威。

 

「『色彩』……! 本当に来たのか……!」

 

同時に、俺のポケットの中の錆びついたカードが、かつてないほど激しく脈動し、熱を帯びた。

 

それは警告だった。奴らが来る。

 

向こう側の世界から、絶望を背負った

「もう一人のガッチャード」が、この世界を終わらせに来るのだと。俺は拳を握りしめ、変身の準備を整える。

 

日常は終わりを告げた。ここからは、世界の存亡と、俺自身の「遺恨」をかけた、最後の戦いが始まる。

 

「ユキト! 無事!?」

 

 リビングに駆け込むと、既に先生がタブレット端末――アロナが入っているシッテムの箱を操作していた。その顔は蒼白で、普段の温和な雰囲気は微塵もない。

 

「先生……! 無事です、ただ目が覚めたらこの警報で」

 

「私もよ。リンからの緊急連絡が入ってる。……見て、これを」

 

 先生が指し示したモニターには、キヴォトスの地図が表示されていた。だが、そこには無数の赤い警告マークが点灯し、地図そのものを塗り潰さんばかりの勢いで増殖している。

 

『各自治区の上空に、正体不明のエネルギー体が出現! 物理法則を無視した質量反応……いえ、これは質量ですらありません! 概念そのものが侵食されています!』

 

アロナの悲鳴にも似た報告と同時に、窓の外でドォォォンという地響きが鳴り響いた。

 

シャーレのオフィスから見える夜景。その彼方に、天を貫くように聳え立つ、赤黒く捻じれた「塔」のようなものが出現していた。

「あれは……虚妄のサンクトゥム……」

 

前世の記憶が、警鐘を鳴らす。色彩の嚮導者によって呼び出された、別次元からの侵略兵器。あれが完成すれば、キヴォトスの神秘は反転し、全てが死に絶える。

 

「……ッ、ぐぅ!?」

 

 その塔を見た瞬間、ポケットの中の錆びついたカードが、焼けつくような熱を発した。

 心臓を鷲掴みにされるような激痛。そして、脳内に直接響くノイズ。

 

『……痛い、ヨ……』

 

『助ケ、テ……ユキト……』

 

「これは……ケミーの声……? いや、俺の持っているケミーじゃない……!」

 

 悲鳴。絶叫。そして、深い絶望。

 それは、この世界のものではない。向こう側の世界――「色彩」に染め上げられた並行世界のケミーたちの断末魔だ。

 錆びついたカードは、あちら側の世界とリンクしている通信機のようなものになってしまっているのか。

 

「ユキト、大丈夫!? 顔色が……!」

 

「平気です……! それより、あれを止めないと!」

 

 俺が痛みを堪えて顔を上げたその時、モニターの画面がノイズと共に切り替わった。

 映し出されたのは、金色の仮面とスーツを纏った男――黄金卿。

 

『キヴォトスの諸君、ご機嫌よう』

 

 その声は、シャーレのスピーカーだけでなく、外の街頭ビジョン、あらゆる電子機器から一斉に響き渡った。

『驚かせてしまったかな。だが、安心してくれたまえ。これは破壊ではない。「聖別」だ』

 

 黄金卿が優雅に腕を広げる。その背景には、宇宙空間に浮かぶ巨大な構造物――方舟(アトラ・ハシース)が映し出されていた。

 

『我々は錬金術の極致に辿り着いた。ヘイローという神秘を解析し、それを超える「色彩」という究極の触媒を手に入れたのだ』

 

「黄金卿……! ジェネラルも、カヤも、全部これの為の捨て駒だったのか!」

 

 俺の怒りなど意に介さず、黄金卿は続ける。

 

『さあ、開門の時は来た。我らが最高傑作、錆びついた世界を統べる「王女」を出迎えようではないか』

 

王女。その言葉が出た瞬間、俺の脳裏に昨夜の悪夢がフラッシュバックする。錆びついたガッチャードライバーを巻いた、シロコ。彼女が、来る。

 

『抵抗は無意味だ。だが、足掻くというのならそれもまた一興。……色彩の洗礼を受けるがいい』

 

 プツン、と通信が切れると同時に、キヴォトス各地に出現した「虚妄のサンクトゥム」から、異形の怪物たちが溢れ出し始めた。

 

『先生! 連邦生徒会から通信です! リン行政官より、全自治区への防衛命令と、シャーレへの指揮権委譲の要請が!』

 

 アロナの声に、先生がキッと表情を引き締める。その瞳には、迷いはない。生徒たちを守り抜くという、大人の責任と覚悟が宿っていた。

 

「受けるわ。……ユキト、行ける?」

 

「愚問ですよ、先生」

 

 俺は痛む胸を押さえながら、ドライバーに手を当てた。錆びついたカードの共鳴は止まらない。むしろ、近づいてくる気配に呼応して強まっている。

 

あちら側の俺が守れなかったもの。

 

 あちら側の俺が遺してしまったもの。

 

 それらが全て、"敵"として俺の前に立ちはだかろうとしている。

 

「俺の遺品が悪用されているなら、俺自身の手で引導を渡す。……それに、あんな悲しい色に染まったケミーたちを、放っておけませんから」

 

 俺は先生に向かって力強く頷いた。

 

「行きましょう。これが、俺たちの───最後の戦いです」

 

「ええ。総力戦よ。キヴォトスの全戦力を結集して、あのふざけた企みを叩き潰すわ!」

 宇宙(そら)

夜明け前。毒々しいオーロラに覆われた空の下、俺と先生はシャーレのオフィスを飛び出した。目指すは戦場。

そして、その先にある宇宙(そら)へ。

 

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