追憶の記憶〜デイブレイクアーカイブス(本編完結)   作:Leona

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臨戦ユズとエイミまで引く余力はないが……半端に回して石を浪費するのも避けたいような奇跡に賭けたいような、そんた気分。


26話

『全艦、最大戦速! 弾幕、薄いぞ何やってんの!』

 

 ウタハの檄が飛び、宇宙戦艦ウトナピシュティムの主砲が火を噴く。

 

漆黒の宇宙空間に浮かぶ、赤黒い脈動を繰り返す巨大構造物――方舟アトラ・ハシース。その表面から無数に湧き出る迎撃システムと、色彩に汚染された飛行型の怪物が、分厚い壁となって立ちはだかる。

 

『くっ、数が多い……! エンジニア部のバリアも、そう長くは持ちせんよ!?』

 

「関係ねぇ! 道がねえなら抉じ開けるだけだ!」

 

甲板上では、戦艦から個別に指示を送るユウカの悲鳴を他所に宇宙空間対応の装備を纏ったネルとC&Cの面々が、船に取り付こうとする怪物を次々と撃ち落としていた。

 

ヒナやツルギも、それぞれの火力を最大限に叩き込み、侵入経路を確保しようと奮戦している。

 

「先生、ユキト! 突入ハッチが見えた! 30秒後に接触する!」

 

「了解! 皆、行くわよ!」

 

先生の指示と共に、俺とアビドス対策委員会の面々はエアロック前に待機した。振動。衝撃。そして、気圧調整のエラー音と共にハッチが強制開放される。

 

「突入!!」

 

俺たちは方舟の内部へと躍り込んだ。そこは、無機質な機械の迷宮でありながら、どこか生物的な不気味さを漂わせていた。

壁を這うパイプの中を流れるのは、燃料ではなくドロドロとした極彩色の液体。空気は重く、肌に纏わりつくような悪意に満ちている。

 

「……気持ち悪い場所」

 

 シロコが眉をひそめ、愛銃を構える。その指先が僅かに白くなっているのは恐怖からか、それとも共鳴する「もう一人の自分」への緊張からか。

 

「ここが敵の本拠地……あの子がいる場所」

 

 ホシノが盾を握りしめ、前を見据える。いつもの飄々とした態度は消え、その瞳にはかつてないほどの鋭い光が宿っていた。

彼女もまた、感じ取っているのかもしれない。かつて自分が守れなかった後輩が、別の可能性の果てにどのような姿になっているのかを。

 

「急ごう。黄金卿が何を企んでいるにせよ、最深部に行けば分かるはずだ」

 

 俺は先頭に立ち、回廊を駆ける。ポケットの中の錆びついたカードが、まるで心臓のようにドクンドクンと脈打ち、俺を導いていた。痛いほどの熱量。

 

それは、「来てくれ」という救難信号のようであり、「来るな」という拒絶のようでもあった。

脳裏に焼き付いているのは、あの日の光景。

 

 冷たくなったホシノ先輩の体温。そして、俺が最後の力を振り絞って突撃した先にいた、無機質な瞳の彼女。

 あの日、俺は彼女を止められなかった。だからこそ、今度は違う。

 

☆☆☆

 

 数多の防衛システムを突破し、俺たちが辿り着いたのは、方舟の中枢にある広大な空間――「サンクトゥムの玉座」だった。

 

 極彩色の光がステンドグラスのように降り注ぐ、歪な神殿。その中央に、黄金の仮面をつけた男が待ち受けていた。

 

「よくぞ辿り着いた、キヴォトスの英雄諸君」

 

 黄金卿は、まるで親しい友人を招くかのように両手を広げた。

 

「そして、久しぶりだな千神ユキト。……いや、今はこう呼ぶべきかね? 仮面ライダーガッチャートデイブレイクと」

 

「……ただいまなんて言うつもりはないぞ、黄金卿」

 

 俺はガッチャードライバーに手をかけ、彼を睨みつける。

 

「お前のふざけた実験も、聖別とやらも、ここで終わりだ」

 

「ふふ、実験? まさか、これは救済さ。錆びつき、停滞したこの世界に、私達の手でケミストリーを与えること……そのための儀式さ」

 

黄金卿が指を鳴らす。すると、玉座の影から、一人の少女がゆっくりと姿を現した。

 

「……ッ!」

 

息を呑む音が、重なった。

そこにいたのは、砂狼シロコだった。

だが、俺たちが知っている彼女ではない。

幾分か成長した体躯に喪服を思わせるような黒いドレス。

 

そして何より、その頭上にあるはずのヘイローが砕け散り、ノイズのような残滓だけが揺らめいていた。そしては瞳は虚ろで、光を失っている。

 

「……シロコちゃん……?」

 

ノノミが震える声で呼びかける。だが、少女は反応しない。ただ一点、俺のことだけをじっと見つめていた。

 

「……ユキト」

 

 乾いた、掠れた声。それはアビドスのシロコと同じ声質でありながら、決定的に何かが欠落していた。希望、未来、日常……それら全てを喪失した、空っぽの響き。

 

「どうして……生きているの?」

 

彼女――シロコ・テラーが、一歩前に出る。

 その腰には、赤錆に覆われ、腐食したガッチャードライバーが巻かれていた。

 

「私の世界のユキトは、死んだ。……私が殺した」

 

 彼女の言葉に、先生とアビドスの皆が凍りつく。

彼女は、俺が死んだその瞬間を明確に覚えていた。目の前にいるもう一人のシロコがオートマタ達と共に、最後の抵抗を試みた俺をその手で葬った記憶を。

 

「無意味だった。ホシノ先輩が死んで、先生が意識不明になって……最後に残った貴方まで、あんなボロボロの体で突っ込んできて。……馬鹿みたいに散った」

 

「……ああ。知ってるよ」

 

 俺は逃げずに、彼女の虚ろな瞳を受け止める。あの日、俺は無力だった。ホシノ先輩の遺言を守ることもできず、彼女を救うこともできず、ただ玉砕した。

 

「俺は、お前を守れなかった。お前を一人にしてしまった。……その絶望が、お前をここまで変えてしまったんだな」

 

「違う」

 

 シロコ・テラーが首を横に振る。その動作に合わせて、錆びついたドライバーが軋むような音を立てた。

 

「絶望なんて、そんな生易しいものじゃない。……私は、知ってしまったの。希望を持って足掻くことこそが、一番の苦しみなんだって」

 

彼女がポケットから2枚のカードを取り出す。それは、ホッパー1とスチームライナーだったカードの成れの果て。 絵柄は判別できないほど黒く染まり、縁からは赤錆がボロボロと零れ落ちている。

 

「だから、壊す。ユキトが生きているこの世界も、私が苦しんだあの世界も……全部、無に還す。そうすれば、もう誰も失わなくて済む」

 

「やめて、シロコ! そんなことをしても、君の傷は癒えないんだよ!?」

 

 先生が叫ぶ。だが、その声は届かない。黄金卿が愉快そうに笑った。

 

「無駄だよ、先生。彼女はもう"色彩"を受け入れた。彼女にとっての救いとは、万物の死と静寂のみ。……さあ、見せてあげたまえ。貴女の新しい姿を」

 

 シロコ・テラーが、錆びついたカードをドライバーに装填する。その瞬間、方舟全体が震えるほどの、不協和音が響き渡った。

 

【RUSTY HOPPER……】

 

【WRECK LINER……】

 

「変身」

 

彼女が呟くと同時に、左手をゆっくりと胸の高さまで掲げた。その動きは、あの日、彼女を守るために立ち上がったユキトの所作そのものだった。手のひらを内側に向け、親指と人差し指を立てて、それ以外の指を軽く畳む。

 

 未来を掴み、運命を切り開くために――いつだって諦めず、希望を追い求めていたユキトと同じ構え。

 だが、掲げられたその指は、直前で止まり小刻みに震えていた。

 

 かつての彼のように、力強く美しい矢印を作ることができない。指関節が強張り、まるで「お前に希望を掴む資格はない」と拒絶されているかのように、形が崩れていく。

 

「……ッ、うぅ……!」

 

彼女は印を結ぶことを諦め、逃げるように強く、左手を握りしめた。それは未来を指し示す指先ではなく、行き場のない感情を押し込めるための拳。

 

 彼女は震える拳を振り下ろし、叩きつけるようにしてレバーを操作した。

 

ガギィッ!!

 

本来なら滑らかに稼働するはずの機構が、悲鳴のような金属音を上げて無理やり押し込まれた。

 

【DEAD END……!】

 

ベルトを中心に赤黒い汚泥のような闇が噴き出しながら闇は彼女を包み込み、凝固し、鎧となる。

 

【Return the Void to Nothingness……!】

 

【GOTCHARD・DAYMALICE!】

 

 闇が晴れたそこに立っていたのは、絶望の仮面ライダー。漆黒の装甲は所々がひび割れ、その隙間から赤錆色の光が漏れ出している。背中にマントはなく変わりにマフラーが首に巻き付けられている。

 

彼女はユキトのようにマントを翻す代わりに、焼け焦げたマフラーを乱暴に引き上げ、その口元を隠した。まるで、仮面の下の泣き顔を見られたくないとでも言うように。

 

「俺は……諦めない! この手で、皆と未来を掴むんだ! シロコ! お前とだって!」

 

 対するユキトは静かに、しかし力強く叫ぶと、輝くカードをドライバーに装填。ガッチャーイグナイターから凄まじい熱気が噴き出す。

 

【HOPPER1!IGNITE!】

 

【STEAMLINER!IGNITE!】

 

 彼は荒ぶる炎の中で、あえてゆっくりと動いた。左手を胸の高さまで、重力を確かめるように静かに掲げる。掌を内側に向け、親指と人差し指を立てて、残りの指を畳む。

 

 それは、シロコテラーが作れなかった形。明日への希望を示す、美しき矢印(ベクトル)ユキトの指先に、迷いによる震えは一切ない。

 

彼はその二本の指の間から、悲しみに沈む少女――姿は変われど、アビドスで共に歩み背中を預けてきた仲間の、砂狼シロコの顔を鋭く見据えた。スッ、と腕を下ろし、流れるような動作でレバーを握る。

 

 ガキンッ!

 

 手首のスナップを利かせ、鋭く、重く、レバーを引き切った。

 

「……変身っ!」

 

【ガッチャーンコ! ファイヤー! スチームホッパー! アッチー!】

 

 爆発的な紅蓮の炎が彼を包み込み、鋼鉄の装甲を錬成する。炎が晴れたその瞬間。変身を終えたファイヤーガッチャード・デイブレイクは、背中のマントの裾をバサリと大きく翻し、静かに戦闘態勢をとった。その姿は、まさしく夜明けを連れてくる、希望の王だった。

 

☆☆☆

 

「行くよ、ユキト。……皆と一緒に」

 

デイマリスは腰のホルダーから、縁が黒く焦げ付いたカードの束を抜き出した。彼女はまず、漆黒に塗装されたガッチャージガン・カースを取り出すと、そのトレーに一枚のカードを装填した。

「……来て。セリカ、アヤネ」

 

 トリガーを引く指に迷いはない。

 

【GANG GUNNER……!】

 

【BURST!】

 

 ガガガガッ!!

銃口から放たれたのは通常の光弾ではない。赤とピンクの燐光が空中で実体化し、無数のアサルトライフルとドローンへと変貌するかつてアビドスを支えた二人の後輩の遺品。それらが亡霊のように宙を舞い、ユキトへ向けて十字砲火を浴びせた。

 

「ぐっ……! ドローンとライフルの連携……まさか!」

 

 ユキトはマントで防御するが、弾幕の密度が尋常ではない。その隙に、デイマリスはガッチャージガンのカードを取りだそうと手を伸ばした。次に選んだのは、緑色の装飾が施された、重厚なカード。

 

「……お願い、ノノミ」

 

 彼女がもう1枚カードをスキャンさせると、ガッチャージガンの銃身が不気味に膨張し、巨大な幻影を纏った。

 

【LITTLE MACHINEGUN……!】

 

【GIGANT……BURST!】

 

 ズガンッ!!

 

ガッチャージガンの先から、十六夜ノノミの愛用したガトリングガンの幻影が伸びる。本来なら黄金に輝くはずの銃身は、今は錆びつき、排熱で赤熱していた。回転と共に吐き出されるのは、全てを薙ぎ払う鉛の嵐。

 

「くっ……! ガッチャージガンの出力で、ミニガンを無理やり再現してるのか!」

 

 圧倒的火力を前にして、ユキトは回避するだけで手一杯。しかし、デイマリスの攻撃は止まることはない。彼女は弾幕でユキトを釘付けにすると、ガッチャージガンを捨て、背中のガッチャートルネード・ディスペアを引き抜いた。彼女は最後のカード――最も信頼し、最も憧れた先輩のカードをスロットに叩き込むように装填した。

 

「……守って、ホシノ先輩」

 

【EYE OF HORUS……!】

 

【TORNADO……SMASH!】

 

 キィィィィン……!

 

 ガッチャートルネードの刃が、高速回転する風ではなく、重厚な鉄の塊へと変質する。小鳥遊ホシノが最期まで掲げ続けた、アビドスの守り。巨大な装甲盾が、剣先を覆うように実体化した。

 それはもはや剣ではない。質量で全てを粉砕するハンマーだ。

 

「はあぁぁぁッ!!」

 

 ブースターを噴射し、デイマリスが突っ込んでくる。ホシノの盾を纏ったガッチャートルネードの一撃。防御など許さない。守るための盾を、彼女は最も凶悪な鈍器として振るった。

 

ガギィィィン!!

 

 ユキトが腕をクロスさせて受け止めるが、その重さに膝が地面にめり込む。

 

「重い……! これが、お前が背負ってきたものの重さか……!」

 

「……そうだよ。盾も、銃も、思い出も。全部カード(ここ)に入れておけば、失くさないから。……ずっと、一緒にいられるから」

 

 至近距離で鍔迫り合いをするデイマリスの瞳。

そこには、狂気よりも深い、どこまでも純粋な孤独と哀しみが渦巻いていた。

 

 彼女は仲間の遺品を武器にしているのではない。

死体を引きずってでも、彼女たちと一緒にいたかっただけなのだ。

 

「シロコ……ッ!!」

 

 ユキトは歯を食いしばり、炎を燃え上がらせて盾を押し返した。彼女の歪んだ収集を終わらせるために。

その重すぎる荷物を、半分背負うために。

 

「なら、その呪いごと……俺が断ち切る!!」

 

 ユキトが距離を取り、ドライバーのレバーに手を添え、押し込んだ。対するデイマリスもまた、盾を構えたままドライバーのレバーに手をかけた。背中のパイプから、ドス黒い蒸気が噴き出す。

 

【RUSTY FEVER……!】

 

 彼女の背後に、巨大なバッタと機関車の幻影が浮かび上がる。だがそれは、肉が削げ落ち、骨と皮だけになった死骸のような姿――『死』の概念そのものだった。

 触れるもの全てを風化させ、土塊へと還す錆の終焉の一撃。

 

「消えて……全部、消えてよ!」

 

 デイマリスが跳ぶ。絶望の重力を纏った蹴りが、ユキトへ迫る。だが、ユキトは逃げない。彼は炎の中で、もう一度あのポーズをとった。親指と人差指で、彼女を、未来を、しっかりと捉える。

 

【スチームホッパー!バーニングフィーバー!】

 

「シロコ!!!」

 

 ユキトもまた跳んだ。

紅蓮の炎を纏ったキックが、漆黒の錆を纏ったキックと正面から激突する。二つの太陽が衝突したかのような閃光が、宇宙の闇を白く染め上げた。

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