追憶の記憶〜デイブレイクアーカイブス(本編完結)   作:Leona

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29話 絆/始まりのルーツを探れ

黄金錬成神エルドラドとの決戦から数日後。

キヴォトスは復興の槌音に包まれていたが、その喧騒から離れたミレニアムサイエンススクールの要塞都市エリドゥ、その残存区画にある隠れ家。かつてリオが世界から身を隠していたそのシェルターに、今は二人の男女の姿があった

 

「……傷は、もういいの? ユキト」

 

 研ぎ澄まされた冷徹な美貌を持つ、ミレニアムの生徒会長、調月リオ。彼女はソファーに腰掛けたユキトの包帯を、その白く細い指で丁寧に撫でた。普段の合理的で人を寄せ付けない彼女からは想像もできない、湿度を帯びた瞳。

 

「ああ、アヤネや救護騎士団の皆のおかげでな。リオこそ、顔色が悪いぞ」

 

「……貴方のせいよ」

 

 リオは小さく溜息をつくと、ユキトの胸にそっと額を預けた。心臓の音を確かめるように。そこに彼が生きていることを確認するように。

 

「あの絶望の未来で……世界が燃えて、誰もがいなくなって。貴方と私、二人きりで寄り添って震えていた、あの記憶。夢じゃなかった」

 

 色彩に侵略され、荒廃した未来。その地獄の中で、論理も理性も砕け散ったリオを支えたのは、ユキトだった。瓦礫の山で、互いの体温だけを頼りに夜を明かし、肌を重ね、慰め合った日々。その記憶は、世界が書き換わっても彼女の中に焼き付いている。

 

「ああ。俺も覚えてる。……あそこで俺たちが重ねた時間は、嘘じゃない」

 

ユキトが彼女の背中に手を回すと、リオは身をよじってさらに深く彼に密着した。

 

「今の世界では、先生が生きてる。ヒマリやユウカたちもいる。でも、私のこの弱さを知っているのは、世界で貴方だけ」

 

ひとしきり彼の温もりを摂取した後、リオはゆっくりと体を離し、いつもの冷徹なビッグシスターの顔へとスイッチを切り替えた。だが、その手はユキトの手を強く握ったままだ。

 

「……だからこそ、解き明かさなければならないわ。千神ユキト、貴方という存在の特異性を」

 

彼女は空中にホログラムモニターを展開する。そこに映し出されていたのは、ガッチャードライバーとケミーカードの解析データ。そして、ユキト自身の身体スキャンデータだった。

 

「キヴォトスの生徒は神秘を持ち、ヘイローによって物理的な攻撃から守られている。……でも、貴方は違う」

 

リオが指し示すデータには、致命的なほどに平凡な数値が並んでいた。

 

「貴方は、ただの人間。銃弾一発で死に至る、脆弱な肉体。キヴォトスの外から来た先生と同じ存在。……なのに、なぜ?」

 

彼女の視線が鋭くなる。

 

「なぜ、貴方は変身できるの? 先生が使う大人のカードは、生命力を代償にする切り札。でも、貴方のガッチャードライバーは違う。……あれは、神秘を人工的に再現した外付けのハードディスク、あるいは模倣したエルドラドが言うところの”錬金術”の結晶」

 

リオはモニターに映るドライバーの内部構造図を拡大する。

 

「この技術体系は、キヴォトスのものじゃない。デカグラマトンとも、古代のオーパーツとも違う。……ユキト、貴方は記憶を失う前、どこでこれを手に入れたの? そもそも、なぜヘイローのない貴方が、このキヴォトスに流れ着いたの?」

 

「それは……」

 

 ユキトはこめかみを押さえた。思い出そうとすると、いつも白い霧がかかる。覚えているのは、燃え盛る炎と、誰かの叫び声。そして──黄金に輝く扉の向こうから差し伸べられた手。

 

『頼んだぞ、ドライバーを、ケミーたちを……』

 

「……っ、ぐ……!」

 

「ユキト!?」

 

激しい頭痛にユキトが呻く。その時、シェルターのスピーカーから、ノイズ混じりの、しかし慇懃な男の声が響き渡った。

 

『ククク……無理はいけませんねぇ。その記憶の扉は、まだ開くべき時ではない』

 

「誰!?」

 

「この声、黒服か!」

 

リオが即座に防衛システムを起動しようとするが、モニターの画面がジャックされ、一本の「黒い影」が現れた。黒のスーツに身を包み、顔のない頭部を持つ男──黒服。

 

『お久しぶりです、調月リオ。そして、仮面ライダーガッチャード……いえ、千神ユキト君』

 

「相変わらずだな、黒服。お前、何を知っている?」

 

ユキトの言葉に、黒服は画面の向こうでゆったりと両手を広げた。

 

『私は観測者であり、研究者ですから。貴方のそのドライバー、そしてケミーと呼ばれる人工生命体。非常に興味深い。以前ユキト君には話したこともありましたが、神秘と恐怖の二元論で成り立つこのキヴォトスにおいて、それは第三の理……物質の変成と合成による奇跡だ』

 

「質問に答えなさい。彼の何を知っているの?」

 

リオが睨みつける。黒服は楽しそうに笑った。

 

『彼は招かれたのですよ。キヴォトスの外側、あるいは並行する次元の彼方から。本来、キヴォトスに入ることができるのは、先生のような導き手か、あるいは……』

 

黒服が一拍置き、その空洞の顔をユキトへと近づける。

 

『世界を救うために作られた、兵器の器として』

 

「……兵器?」

 

『ええ。ユキト君。君のその体は脆い。だが、そのドライバーは、キヴォトスの神秘すら凌駕する可能性を秘めている。誰かが、君にそれを持たせ、この世界に送り込んだ。神秘の暴走を止める、安全装置としてね』

 

 黒服は、モニター越しに一本の指を立てた。

 

『記憶がないのは当然です。君がこの世界という異界の境界を超える際、魂にかかる負荷に耐えきれず、自己の一部が摩耗してしまったのでしょう。ですが、ドライバーは覚えているはずだ』

 

「ドライバーが……覚えている?」

 

ユキトは腰のベルトに手を当てた。ホッパー1が、不安そうに明滅している。

 

『君がここに来た理由。そして、君が元いた場所。それを知る鍵は、錬金術の根源にあります。我々ゲマトリアもまた、その答えを探している。どうです、私と取引をしませんか?』

 

「……断る」

 

 ユキトは即答した。

 

「俺は、俺の足で記憶を探す。お前たちの実験材料になるつもりはない」

 

『ククク……やはり、貴方も先生に似ている。良いでしょう。ですが、覚えておきなさい。君のその力は、キヴォトスにとっての異物。いずれ、世界そのものが君を排除しようとする時が来るかもしれない』

 

 通信が途切れ、モニターは元の静寂に戻った。

「……異物、か」

 

ユキトが自嘲気味に呟く。だが、その手を、リオが強く握りしめた。

 

「関係ないわ」

 

リオは、まっすぐにユキトを見つめた。あの荒廃した未来で、彼に向けたものと同じ、熱っぽい瞳で。

 

「貴方が異物だとしても、兵器だとしても。貴方は私を救ってくれた。今度は私が、貴方の謎を解き明かす。ミレニアムの全技術を総動員してでもね」

 

「……リオ」

 

「覚悟しておいて。私の計算(これ)からは、もう逃げられないわよ?」

 

 その言葉は、科学者としての宣言であり、一人の女性としての独占欲の表れでもあった。記憶の謎、ガッチャードライバーの正体、そしてキヴォトスに来た理由。新たな謎を前に、二人の絆は、あの未来よりも強く結ばれようとしていた。黒服との通信が途絶えた後、セーフルームには重苦しい静寂が戻るはずだった。だが、調月リオという少女がそれを許さなかった。

 

「……感傷に浸っている暇はないわ。黒服の言葉がブラフ(はったり)でないなら、猶更よ」

 

 彼女はユキトの手を引き、メンテナンス用のリクライニングシートへと座らせた。その手つきは強引でありながら、扱う対象が壊れ物であるかのように慎重だ。

 

「これから貴方のドライバーを、エリドゥの中枢演算システム『アバンギャルド・ブレイン』に直結させるわ。……少し、くすぐったいかもしれないけれど」

 

「くすぐったい? 痛いのは勘弁してくれよ」

 

「ふふ。……あの未来で、私が貴方の傷を縫合した時よりはマシよ」

 

 リオは悪戯っぽく微笑むと、キーボードを叩き始めた。無数のホログラムウィンドウが展開され、青白い光がユキトとガッチャードライバーを包み込む。

 

「スキャン開始。……表層プロテクト、解除。深層領域へのアクセスを試行……」

 

リオの瞳が、高速で流れるデータ列を追う。その表情は、恋人から冷徹な科学者へと戻っていた。だが、解析が進むにつれて、彼女の眉間の皺が深くなっていく。

 

「……信じられない。この構造(アーキテクチャ)は……」

 

「何か分かったのか?」

 

「ええ。黒服の言う通り、これは”記憶”するデバイスだわ。貴方のバイタル、感情の起伏。全てがログとして記録されている」

 

リオは指先で空中のデータを弾き、一つの赤い領域を拡大した。

 

「でも、それだけじゃない。このドライバーのコアには、ブラックボックス化された『ロック領域』が存在する。通常の電子的な解析では開かない、物理的にも干渉できない、完全な未踏領域」

 

「ロック……? 俺の記憶がそこに?」

 

「恐らくね。そして、この鍵を開ける条件は……」

 

リオは椅子を回転させ、ユキトの方へ向き直った。

 

「『共鳴(レゾナンス)』よ」

 

「共鳴?」

 

「ええ。このドライバーは、ただの機械じゃない。……心に反応する。貴方が強い感情を抱いた時、あるいは……貴方と強い信頼関係にある神秘と接触した時、回路が活性化する反応が出ているわ」

 

リオは立ち上がり、ユキトの目の前に立った。彼女は躊躇うことなく、自分の額をユキトの額にコツンと合わせた。

 

至近距離。互いの吐息がかかるほどの距離で、彼女の頭上にあるヘイローが、幾何学的な光を放ち始める。

 

「……試してみましょう。私の仮説が正しいなら」

 

「リオ、何を……?」

 

「黙って。……私を感じて」

 

リオが目を閉じると、彼女の体から青い燐光のようなオーラが立ち昇った。それはミレニアムの生徒会長が持つ、強大な論理と理性の神秘。その力が、ユキトのガッチャードライバーへと流れ込む。ドライバーが唸りを上げた。オレンジ色の光が激しく明滅し、スロットの中でホッパー1が興奮したように震える。

 

ユキトの脳裏に、ノイズ混じりの映像がフラッシュバックした。

 ──燃える研究所。

 ──白衣の男たちの罵声。

 ──『失敗作』という焼き印。

 ──そして、誰かが泣いている声。

 

「……っ、ぐあぁぁぁっ!?」

 

「ユキト! しっかりして! 私が演算をサポートする!」

 

激痛にのけぞるユキトを、リオが抱きしめる。彼女の冷たい体温と、計算され尽くした精神安定(メンタルケア)の波動が、ユキトの暴走しそうな意識を繋ぎ止める。

 

「ぐっ!がぁぁぁ!」

 

 ユキトが叫びと共に、ドライバーの天面を叩いた。青とオレンジの閃光がエリドゥを満たす。だが、光は収束するどころか、さらに眩い輝きを増してドライバーの炉心で渦を巻いた。

 

「……待って。エネルギーが逆流している……? いいえ、これは……定着しようとしている?」

 

 リオが目を見開く。彼女の体から溢れ出た青い燐光と、ユキトから迸るオレンジ色の炎。相反するはずの二つの光が、ガッチャードライバーという坩堝の中で溶け合い、新たな質量を形成していく。小気味よい音と共に、ドライバーのスロットから一枚のカードが排出され、ユキトの手元に舞い落ちた。

 

「これは……」

 

ユキトは震える手でそれを拾い上げた。かつては何も描かれていなかったブランクカード。そこに今、鮮やかな絵柄が焼き付けられている。描かれているのは、ミレニアムの要塞を彷彿とさせる幾何学的なラインと、リオが愛してやまないロボット──アバンギャルド君をより先鋭化させたような、威容を誇る機械の巨神。レベルナンバーは、最上級を示す"10"。

 

「"グランド・アバン" 俺とリオの力が混ざり合って、生まれたのか」

 

「信じられない……神秘と物質の融合シミュレーションは、私の計算でも成功率0.001%未満だったはずよ」

 

 リオがユキトの手にあるカードを覗き込み、眼鏡の奥の瞳を揺らした。

 

「私の"倫理(ロジック)"という冷たい方程式に、貴方の情熱(パッション)"という不確定変数が代入されたことで、奇跡的な解が導き出された……。これが、錬金術……」

 

 彼女はそっと、生まれたばかりのカードに指先で触れた。

 

「……温かい。これが、私と貴方の絆の形なのね」

 

「ああ。このカードが証明してくれている。俺たちは分かり合えたんだって」

 

ユキトが微笑むと、カードが応えるように一瞬だけ青く輝いた。光が収まり、モニターには改めてUNLOCKの文字と、新たな座標データが表示されていた。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

「成功したわ……。ユキト、大丈夫?」

 

 汗だくになったユキトの顔を、リオがハンカチで拭う。彼女自身も、かなりの神秘を消耗したのか、少し息が上がっていた。

 

「ああ……なんとかな。……それで、何か出たか?」

 

「ええ。ロックされていたファイルの一つが開いたわ。そして、そこには一つの座標が記されていた」

 

 リオがモニターを指差す。地図上に示されたポイント。それはミレニアムでも、アビドスでもなかった。

 

「……ゲヘナ自治区?」

 

「ええ。それも、最も治安が悪く、混沌としたエリア……万魔殿(パンデモニウム)や便利屋68が活動する地区の近くだわ」

 

「貴方の記憶の断片、あるいは貴方がこの世界に来た痕跡が、そこにあるのかもしれない。……そして、それを回収するためには、私との共鳴(レゾナンス)だけでは足りない」

 

「どういうことだ?」

 

「私の神秘は”論理(ロゴス)”でも、ドライバーが求めているのは、もっと多様な”混沌”や”情熱(パトス)"といった異なる属性の神秘よ。……つまり」

 

 リオはユキトの目を見つめ、少しだけ不満げに、しかし真剣に告げた。

 

「貴方はこれから、他の生徒たちとも"絆"を結ばなければならない。……私の計算ではゲヘナにいる誰かが、(キー)になるはずよ」

 

「ゲヘナの誰か……」

 

 ユキトの脳裏に、何人かの顔が浮かぶ。最強の風紀委員長か、自称ハードボイルドな社長か、それとも……。

 

「分かった。行くよ。俺自身の正体を知るために」

 

 ユキトが立ち上がると、リオもまた立ち上がり、部屋の隅にある備蓄食料の棚へと歩いていった。彼女が手に取ったのは、無骨なデザインの缶詰が二つ。

 

「行くのは構わないけれど、その前に腹ごしらえよ。……あの時みたいにね」

 

 彼女が少しはにかんで差し出したのは、あの崩壊した未来で、二人で分け合った思い出のレーションだった。

 

「……ああ。そうだな。いただきます、リオ」

 

「ええ。……召し上がれ、私のヒーロー」

 薄暗いシェルターで、二人は缶詰を開ける。それは決して美食とは言えない味だったが、今、隣に温かい体温があることの証明だった。

 

 黒服の予言。兵器としての出自。不安要素は山積みだが、リオという最強の頭脳(パートナー)がいる限り、道は拓ける。

次の目的地はゲヘナ。そこで待つ新たな出会いと、過去への扉を開くための戦いが始まろうとしていた。

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