追憶の記憶〜デイブレイクアーカイブス(本編完結) 作:Leona
アビドスの地下深く、静寂が戻った実験施設。だが、その安息は長くは続かなかった。
『……
脳内に響くリオの声は、勝利の余韻に浸る間もなく切迫していた。足元から微かな地鳴りが伝わり、天井からパラパラと砂塵が落ちてくる。
「……逃げなきゃいけないってことか。最後まで迷惑な野郎だな」
ユキトは苦々しく吐き捨てると、カヨコの手を引いた。
「行こう、カヨコ先輩。生き埋めになるのは御免だ」
「……同感。でも、出口まで持つ?」
「持たせる。
ユキトが指を鳴らすと、待機していた黄金のバイクがエンジンの咆哮を上げて滑り込んできた。だが、ユキトが跨ろうとしたその瞬間、腰のガッチャードライバーが突如として眩い光を放った。
「うおっ!? なんだ!?」
『……待って。ロックされていた
リオの息を呑む声。ドライバーから放たれた光は、空中でホログラムのように結像し、一枚の新たなカードの幻影を映し出した。それは、ユキトがこれまで見たこともない、虹色に輝くケミーのシルエット。
『……これが、貴方の深層記憶。貴方がスペアとして作られた時に刻まれた、唯一の……そしてオリジナルの
ノイズ混じりの音声データが、ユキトとカヨコ、そして通信越しのリオの耳に届く。
『──"守れ"。……システムとしての管理ではなく、心のままに。……お前は、誰かのための盾になれ』
それは、誰の声だったのか。研究者か、あるいは廃棄される前の自分自身の願いだったのか。短く、しかし力強いその言葉は、ユキトの胸の奥底に熱い楔を打ち込んだ。
「……守れ、か」
ユキトは光が収束していくドライバーを強く握りしめた。自分は、世界を管理するために作られたのではない。
ただ、誰かを守るために──その選択をするために、ここに来たのだ。
「……ふふ。あんたらしい『命令』じゃない」
カヨコが、ヘルメットを小脇に抱えながら微笑んだ。
「廃棄処分品のエラーコードなんかじゃない。……それは、あんたが自分で選んだ”
「……ああ。そうだな」
迷いは消えた。地鳴りが大きくなり、壁に亀裂が走り始める。
「乗って、カヨコ先輩! ここから脱出する!」
「飛ばしてよ、パートナー!」
カヨコがユキトの背中にしがみつく。ユキトはアクセルを全開にした。
「頼むぞ! ゴルドダッシュ!!」
黄金の閃光が、崩壊する地下回廊を駆け抜ける。落下してくる瓦礫をスラロームで回避し、迫りくる爆炎を振り切って、二人は地上への螺旋を駆け上がった。
アビドス大砂漠、地上。砂丘の彼方から朝日が昇り始めていた。紫色の夜空が、徐々に茜色と金色に染まっていく。砂煙を上げて飛び出したゴルドダッシュは、安全な距離まで走り抜けてから、ようやく停車した。
背後では、地下施設の崩落によって生じたクレーターから、土煙が立ち上っている。
「……はぁ。なんとか、間に合ったか」
ユキトはヘルメットを脱ぎ、大きく息を吐いた。冷たい朝の空気が、火照った肺に心地よい。
「……ん。乗り心地、悪くなかったよ」
後ろから降りたカヨコも、フードを整えながら砂漠の地平線を見つめた。その横顔は、戦闘の緊張から解き放たれ、どこか憑き物が落ちたように穏やかだった。
「カヨコ先輩、巻き込んで悪かった。怪我はない?」
「かすり傷だけ。それより、あんたの方こそ」
カヨコはユキトの方へ歩み寄ると、躊躇いなく彼の手を取り、その手首に自分の指をそっと這わせた。脈拍を確かめるように。
「……ちゃんと、動いてる。温かい」
「先輩?」
「あんたが人造人間だとか、スペアだとか……そんなの、やっぱりどうでもいい」
彼女は上目遣いにユキトを見つめた。その瞳には、路地裏の猫に向けるものと同じ、不器用で深い慈愛が宿っていた。
「あんたのリズムは、私が今まで聴いたどんな音楽よりも、安心する。……だから、勝手に壊れたり、いなくなったりしないでよ?」
それは、彼女なりの最大限のデレ──信頼の証だった。ユキトは胸が詰まるような想いで、彼女の手を握り返そうとした。
その時だ。
『──あー、あー。テステス。……感動的なシーンのところ、大変申し訳ないのだけれど』
空気を読まない冷ややかな声が脳内に響いた。カヨコがビクリと肩を震わせ、パッとユキトから手を離す。
『バイタルチェックなら、私のセンサーが常時行っているわ。心拍数、体温、発汗量に至るまで、全てね。……カヨコさん?
「……うわ、めんどくさいのが起きてた」
カヨコはあからさまに嫌そうな顔をして、そっぽを向いた。
「別に……減るもんじゃないでしょ。ケチな生徒会長」
『ケチですって? これは正当な管理権限の主張よ。彼はミレニアムの……いえ、私の専属エージェントなんだから』
「はいはい。……ユキト、あんたも大変だね。こんな過保護なのが頭の中に住んでて」
「あはは……」
ユキトは乾いた笑い声を上げるしかなかった。
最強の頭脳と、最強のアウトロー。
水と油のようでいて、意外と波長が合っているようにも見える二人のやり取り。
「ま、いいよ。……今日はあんたの秘密を知れただけで、十分だし」
カヨコは背伸びをすると、ユキトの耳元で小さく囁いた。
「……また、聴かせてよ。あんたの心臓の音。……便利屋に来てくれたら、いつでも歓迎するから」
そして、彼女は悪戯っぽくウィンクをして、少し離れた場所に停めてあった自分たちの車──迎えに来ていたアルたちの元へと歩き出した。
「おーい、カヨコ! 無事だったのー!?」
「カヨコちゃーん!」
遠くで手を振るアルやムツキの姿が見える。カヨコは振り返り、ユキトにひらひらと手を振った。
「じゃあね、ユキト。……また」
「ああ。……ありがとう、カヨコ先輩」
去っていく彼女の背中は、もう"恐怖"を纏ってはいなかった。ただの、自由で優しい一人の少女の背中だった。
『……ふん。油断も隙もないわね、ゲヘナの女は』
脳内でリオが拗ねたように呟く。
『帰ったら、徹底的にメンテナンスするわよ。……消毒も含めてね』
「お手柔らかに頼むよ、リオ」
ユキトは苦笑しながら、朝日に輝く砂漠を見渡した。自分の出自という重い鎖は、ようやく断ち切られた。そして手に入れたのは、新たな力と、かけがえのない絆。旅はまだ終わらない。
だが、今の彼には帰るべき場所と、背中を預けられる仲間たちがいる。ゴルドダッシュのエンジンを再び吹かし、ユキトは朝日に向かって走り出した。
☆☆☆
カヨコを無事に便利屋へ送り届けた後、ユキトは一人、ゴルドダッシュを北へと走らせた。
向かう先は、ミレニアムサイエンススクール──エリドゥ。
エリドゥの無機質な天井を見つめながら、ユキトは自身のドライバーにつけられたにある、鮮やかなオレンジ色のデバイス──ガッチャーイグナイターに手を添えた。
リオによる治療は終わり、今は術後の経過観察として、静かな時間を過ごしている。
「……そのデバイス。私の解析でも、構造が完全にブラックボックス化しているわ」
リオがモニターから視線を外し、ユキトの手元を見つめた。
「通常の科学による生成物じゃない。物質的な構成要素よりも、貴方の情動と因果が強く結びついている。……だからこそ、貴方の命の炎を燃料にして、あれほど爆発的な出力を生み出せるのね」
「ああ。……これはただの強化パーツじゃないんだ」
ユキトはイグナイターを撫でる。その指先には、今もまだあの日の砂嵐の感覚と、鉄錆びた血の匂いが焼き付いている。
「これは……ホシノ先輩が、俺にくれるはずだったプレゼントなんだ」
「小鳥遊ホシノが……?」
リオが怪訝そうに眉を寄せる。現在の時間軸において、ユキトとホシノはあくまで先輩後輩の関係だ。だが、ユキトが見ているのは"ここ"ではない。
「……逆行前の世界。あそこは、本当に何もかもが手遅れだった」
ユキトは語り始めた。誰にも話してこなかった、鮮血に塗れた記憶の扉を開く。
なぜ自分が過去に飛び、この時代で目を覚ましたのか。その"死"と"再生"の真実を。
──記憶の中の光景。
「色彩」に侵食され、空は不気味な赤紫色に染まり、かつて笑い声が響いた校舎は瓦礫の山と化していた。
その中心で、ユキトは膝をつき、動かなくなった小鳥遊ホシノを抱きしめていた。
彼女の手には、隠し持っていたプレゼントの小さな包みが握られている。
「……うへへ、ごめんね。おじさん、また……守れなかった。……みんな、いなくなっちゃった……」
「もういい……もういいんです、先輩! 喋らないで……!」
「……ねえ、ユキト君。……これ、受け取ってよ。本当はね、もっと平和な時に……『いつもありがと』って言って……渡したかったんだけど」
震える手で彼女が差し出したのは、新品のタクティカルゴーグルだった。それは、いつも無茶をして傷だらけになる後輩のために、彼女がこっそり選び抜いて買ったものだった。
「……受け取って。……それが……おじさんの……私の……最期の……わがまま……だから……」
「嫌だッ!!」
ユキトは泣き叫び、彼女の手を押し戻した。
「そんなもの受け取れるかよ! それを受け取ったら……先輩が死ぬのを認めることになるじゃないか! 嫌だ、生きてくれよ……置いていかないでくれよぉッ!!」
絶望に打ちひしがれ、子供のように縋り付くユキト。
その瞬間だった。
死に瀕して意識が飛びかけていたはずのホシノが、カッと目を見開き、血に塗れた手でユキトの胸ぐらを力任せに掴み上げたのだ。
『──馬鹿野郎ッ!! 下を向くな、ユキトッ!!』
砂嵐の轟音さえも切り裂く、ホシノの絶叫。それは、いつもの「おじさん」のような脱力した声ではない。かつてのアビドス生徒会長として、そして一人の先輩として、後輩の魂を叩き起こす怒声だった。
「……せ、んぱい……?」
『私の夢も! 希望も! 未来も……!!』
『ここで終わらせてたまるかッ! 全部、君にあげる……君に託すからッ!!』
彼女は無理やりにユキトの首にゴーグルを叩きつけ、彼を突き飛ばした。その瞳は、命の火が消える最期の瞬間まで、燃え盛るようにユキトを見据えていた。
『だから……これを持って、行けぇッ!!』
『生きて、私の代わりに……眩しい
その叫びは、彼女の命そのものだった。全てを叫び尽くし、想いの丈をすべてユキトという器に注ぎ込んだ瞬間──彼女の体からフッと力が抜け、そのままどうと倒れ込んだ。
そして、二度と動くことはなかった。
その時、ユキトの首にかかったゴーグルが、ホシノの託すという強烈な意思と、ユキトの絶望を吸い込み、形を変えた。
それは墓標ではない。彼女が最期に叩きつけた生きろという
「……ホシノ先輩も……逝ってしまったのね」
砂塵の向こうから、震える声が響く。現れたのは、黒いドレスを纏った少女。かつてのアビドスの後輩、シロコ。今は”色彩”に染まり、全てを失ったシロコ・テラー。
彼女は銃を構えているが、その手は小刻みに震えていた。瞳は、絶望に光を失い、乾いた涙の跡が張り付いていた。
「シロコ……!!」
ユキトは立ち上がった。悲しみと怒りで視界が滲む。腰のドライバーには、まだ不完全なデイブレイクケミーカードが装填されていた。
「変身ッ!!」
変身音すらもノイズ混じり。悲鳴のような音を立てて、ユキトはオレンジ色の炎を纏い、シロコへと突撃した。だが、今の彼には彼女を倒す力も、救う力も残っていなかった。至近距離からの銃撃が、ユキトの胸板を貫く。
「がはっ……!?」
変身が一撃で強制解除される。ユキトは吹き飛び、ホシノの遺体のすぐ側に転がった。砂が赤く染まっていく。致命傷だった。視界が霞み、手足の感覚が消えていく。
「……もう、いいの。……これ以上、苦しまなくていい」
シロコが、足を引きずりながら歩み寄ってくる。彼女はユキトを殺しに来たのではない。この地獄のような世界で、これ以上彼が傷つくのを見ていられなかったのだ。
「先生も、ホシノ先輩も……アヤネも、セリカも、ノノミも……みんな、向こうへ行った」
彼女はユキトの横に膝をつき、ホシノの亡骸を見て、そして瀕死のユキトを見た。その声は、迷子の子供のように心細く、壊れそうだった。
「私だけ置いて……みんな、いなくなった。……だから、貴方も……」
銃口が、ユキトに向けられる。それは彼女なりの、精一杯の慈悲であり、介錯だった。
「……ごめんね。……おやすみなさい」
乾いた銃声が響き、ユキトの意識が暗黒へと落ちていく。終わりだ。何も守れなかった。誰も救えなかった。
ホシノ先輩は「
(……いやだ)
消えゆく意識の中で、ユキトの魂が拒絶した。
(俺は……死にたくない。こんな絶望の中で、ただ終わるなんて……絶対に嫌だ……!)
(……やり直したい……!)
死にゆくユキトの手が、無意識にホシノの形見である『イグナイター』を握りしめていた。そして、ホルダーの中で震える一枚のカード──時を司るタイムロードに血濡れた指が触れる。
(未来がないなら……。この結末が変えられないなら……!!)
その時。ユキトの魂の叫びと、ホシノが遺した未来への願い。
矛盾する二つの強い情念が、タイムロードケミーのコアに干渉し、限界を超えた負荷をかけた。
『──未来ニ、道ハ無イ』
『ダカラ……戻ル。再ビ、夜明ケヲ選ビ直ス時間ヘ』
その言葉と同じくしてユキトの鼓動が止まる。だがその瞬間、彼の意識だけが肉体から引き剥がされ、時間の濁流へと投げ出された。
シロコには、それが見えなかった。彼女の目には、ユキトがただ静かに息を引き取ったようにしか見えなかった。
「……う、うぅ……」
シロコは銃を落とし、動かなくなったユキトとホシノの亡骸に縋り付いた。一人残された絶望。愛する人たちを自らの手で見送った悲しみ。
「置いていかないで……! 私を……一人にしないで……!」
砂漠に響く彼女の慟哭。それを置き去りにして、ユキトの魂は光の彼方へ、過去へと遡行していったのだ。
「……そうして、俺は気がついたらアビドスの砂漠に倒れていた。記憶を失った状態で」
語り終えたユキトの手を、リオが強く握りしめていた。彼女の顔は蒼白だった。ユキトが一度死を経験し、その意識だけが時を超えてきたという事実に、科学者として、そして一人の女性として震えていた。
「……貴方の魂だけが、タイムロードによって過去へ転送された……。向こうの肉体は死に、こちらの肉体に上書きされたということね」
「ああ。ホシノ先輩の死が、イグナイターを生んだ。俺の死と未練が、過去への扉を開いた。……俺は、たくさんの犠牲の上に立っている」
ユキトの声は震えていた。最強形態。それは希望のイベントではなく、最も大切な人たちを喪失した代償だった。
「……そう。それが、貴方の背負っている"
リオは静かに立ち上がり、ユキトの手からイグナイターを受け取ったわけでもなく、ただその上から自分の手を重ねて、包み込んだ。
「残酷な話だわ。……希望の象徴であるアイテムが、絶望の墓標だなんて」
彼女の掌から伝わる冷たさが、ユキトの熱くなりすぎた感情を鎮めていく。
「でも、ユキト。今の世界には、まだ生きている小鳥遊ホシノがいる。……シロコも、先生も……貴方が失った全ての人たちが、まだ息をしている」
リオは、ユキトの目を真っ直ぐに見つめた。
「貴方が持ってきたそのイグナイターは、過去の遺物じゃない。……未来を変えるための松明よ。貴方がその炎で照らす限り、この世界のホシノは死なない。私が
「……ああ。そうだな」
ユキトは涙を拭い、力強く頷いた。あの時、ホシノから託されたのは絶望じゃない。未来を見てほしいという願いだったはずだ。そして、この世界だけは絶対に守らなければならない。
「ありがとう、リオ。……話せてよかった」
「……礼には及ばないわ。私は貴方の
リオは少し照れくさそうに視線を逸らしたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「貴方の体も、カードも、既に完成している。あとは……その力を使って、今度こそ結末を変えるだけよ」
ユキトはベッドから立ち上がった。背中の痛みは引いていた。胸のイグナイターも、今は温かく脈打っている。
「帰ろう、アビドスへ。……ホシノ先輩が、待ってる」
過去の亡霊としてではなく、未来を掴む為、暁の仮面ライダーとして。ユキトは再び、ガッチャードライバーを腰に巻いた。エリドゥのゲートが重々しい音を立てて開き、乾いた熱風が吹き込んできた。
ミレニアムの管理された空調とは違う、砂と太陽の匂い。それは、ユキトにとっては何よりも愛おしい、日常の匂いだった。
「……行ってらっしゃい、ユキト」
背後でリオが静かに告げる。振り返ると、彼女は腕組みをして、しかしその瞳には深い信頼の色を宿して彼を見送っていた。
「貴方が導き出す解を、楽しみにしているわ。……私の計算を超えてみせなさい」
「ああ。……行ってくるよ、リオ」
ユキトはゴルドダッシュのアクセルを回した。黄金の疾風となり、彼は科学の要塞を後にする。目指すは、砂に埋もれた愛すべき母校。アビドス高等学校。
アビドス自治区に入ると、夕日が砂丘を赤く染め始めていた。その赤色は、かつて見た絶望の空の色と似ていて、一瞬だけユキトの胸をざわつかせた。
だが、胸元のイグナイターに手を触れると、その不安は温かな決意へと変わる。これは墓標じゃない。未来を照らす松明だ。校門をくぐり、対策委員会の部室のドアを開ける。
「──ただいま」
その一言と共に踏み入れた空間には、変わらない日常があった。
「あ、ユキト先輩! おかえりなさい!」
「もう、どこ行ってたのよ! シャーレの仕事が忙しいのは分かるけど、また連絡もなしにフラフラして!」
「ユキトさん、お疲れ様です。お茶、淹れますね」
「ん、おかえり。……焦げ臭い。また何か爆発させてきた?」
シロコが鼻をひくつかせ、ジト目でこちらを見る。そのいつも通りのやり取りに、ユキトの目頭が少し熱くなる。彼女たちは知らない。ユキトがたった今、自分の出生の秘密と向き合い、凄惨な過去の記憶と決別してきたことを。
「ああ……ちょっと、厄介なゴミ処理をしてきただけだよ」
セリカの怒声、アヤネの安堵、シロコの静かな気遣い、ノノミの笑顔。その全てが眩しい。そして、部屋の奥のソファで、欠伸を噛み殺しながら手を振る、ピンク色の髪の少女。
「うへ~、おかえり~ユキト君。……随分と激しい出張だったみたいだねぇ」
小鳥遊ホシノ。アビドス対策委員会の委員長であり、ユキトが一度失った、大切な先輩。
「……ああ。ただいま戻りました、ホシノ先輩」
ユキトは彼女の前に立ち、努めて明るく振る舞ったが、視線はどうしても彼女のヘイローと、その笑顔の下に隠された何かに向いてしまう。逆行前の世界で、彼女は最期に『眩しい
その時渡されるはずだったゴーグルは、今はイグナイターとなって俺の手元にあるが、今の彼女は何も知らない。けれど、その小さな体で背負っているものの重さを、俺だけは知っている。
「……ん? なになに~? おじさんの顔に何かついてる?」
ホシノが不思議そうに首を傾げ、特徴的なアホ毛がぴょこんと揺れた。
「いえ……。ただ、先輩が無事でよかったと、そう思っただけです」
「なーに言ってんのさ。おじさんはしぶといよ~? ほら、この通りピンピンしてるし」
彼女はへらりと笑って、脱力したようにソファに沈み込んだ。その笑顔に嘘はない。だが、その瞳の奥には、決して誰にも触れさせない領域がある。
かつて彼女が失った、一人の先輩。この広大な砂漠のどこかで眠る、彼女の"
「……ねえ、ユキト君」
ふと、ホシノが窓の外へ視線を移した。夕闇に沈んでいく砂漠。風が吹き抜け、砂紋を変えていく景色を見つめる彼女の瞳から、ふっと"おじさん"の色が消え、冷たく、寂しい光が宿った。
「砂ってさ、便利だよね。……どんな足跡も、時間と一緒に埋めて隠してくれるから」
「……先輩?」
「うへへ、なーんてね! さーて、おじさんもそろそろ昼寝から本気だそうかな~」
彼女はすぐにいつもの調子に戻り、大きく伸びをした。だが、ユキトは見逃さなかった。彼女が隠そうとした、砂の下の古傷を。
(……分かっているさ、ホシノ先輩)
「……俺は、忘れませんよ。どんなに砂が埋めようとしても」
ユキトの呟きは、砂漠の風に溶けていった。確かに自分はスペアとして作られたかもしれない。だが、ここで積み重ねた絆は、この温かさは、紛れもない本物だ。
カイザーやゲマトリアとの戦いは終わっていない。だが、それ以上に大きな試練が、このアビドスに迫っている。
それは、小鳥遊ホシノが封じ込めた過去。
彼女が背負い続けている、大きすぎる十字架。
──エクストラエピソード・対策委員会編 『夢が残した足跡』。
その物語の幕が、静かに上がろうとしていた。ユキトは誓う。今度こそ、その炎で彼女の"夢"ごと守り抜くと。
「……俺は、忘れませんよ。どんなに砂が埋めようとしても」
ユキトの呟きは、砂漠の風に溶けていった。アビドスの夜が来る。かつて見た絶望の夜ではなく、希望の夜明けを迎えるための、長い夜が。
本編はここで終わり!ユメ先輩関連はやるけどスオウやヒカリ・ノゾミをうまく書ける自信がないのでそこら辺削ったものとして再構成したものになってしまってる……どーっすかなー