追憶の記憶〜デイブレイクアーカイブス(本編完結)   作:Leona

32 / 34
EXエピソード・夢が残した足跡【前編】静寂の終わり/黒き予兆

 最後の重機動オートマタが、内部機関を激しく火花散らせて沈黙する。砂漠の冷たい夜気に、燃え上がる残骸のはぜる音だけがパチパチと空虚に響いていた。

 

「……ふぅ。片付いた、かな」

 

 ホシノが手慣れた動作でショットガンを下ろし、手甲の裏で額の汗を拭う。そして、変身を解除し、光の粒子と共に生身の姿に戻ったユキトの方を向き、わずかにジト目で射抜くように睨んだ。

 

「……で、ユキト君。ちょっと話があるんだけど」

 

「え……はい」

 

 ホシノが砂を踏みしめて歩み寄ってくる。彼女はユキトの腰元、激戦で煤けたドライバーと、そこにセットされたまま異様な熱を帯びているガッチャーイグナイターを細い指先でつついた。

 

「君さぁ……無茶しすぎ。おじさんを庇うのはいいけど、自分の命を安売りしすぎじゃない?」

 

「……そんなこと、ありません」

 

「あるよ。……見ててハラハラするんだよ。まるで……」

 

ホシノの言葉が詰まる。そのオッドアイが、星明かりの下で複雑な色を湛えて揺れていた。

 

「まるで……"誰かがいつか目の前でいなくなる"って、最初から分かってるみたいに……必死すぎるんだよ」

 

「……ッ」

 

図星だった。ユキトは言葉を失い、視線を逸らしそうになる。言ってしまいたい。「そうだ」と。「俺は一度、最悪の終わりを見たんだ」と。「だから俺は、二度とお前を、アビドスの誰もを失いたくないんだ」と。

 

『ダメよ、ユキト』

 

 脳内に直接、冷水を浴びせるようなリオの静かな声が響き、ユキトを制止する。

 

『その言葉は、今の彼女を救わない。……根拠のない予言は、ただ彼女の不信を煽り、余計な呪いをかけるだけよ。今はまだ、黙っていなさい』

 

 ユキトは奥歯を噛しめ、震える拳を握りしめてから、無理やりいつもの生意気な後輩の顔を貼り付けた。

 

「……買い被りすぎですよ、先輩。俺はそんな、立派な人間じゃありません」

 

 ユキトは自嘲気味に笑い、夜空を見上げた。

 

「……先輩たちは知ってるでしょう? 俺がこの砂漠で、記憶も名前もなく倒れていた空っぽの迷子だってこと」

 

「……ん。そうだね。先生から聞いた時は驚いたよ。こんな何もない砂漠で行き倒れてる人がいるなんてさ」

 

ホシノが懐かしむように目を細める。人が去りゆく一方のアビドス自治区。そこに新しく人が、それも記憶を失って流れ着くなど、異例中の異例だった。

 

「あの時、俺を拾ってくれたのは先生と連邦生徒会でした。……記憶のない俺にシャーレという居場所と、生きるための役割をくれた。だから……」

 

ユキトは腰のドライバーに手を添える。

 

「俺は、その恩を返したいだけなんです。……俺を拾ってくれたこのアビドスと、先生たちを守ることでしか、俺は『千神ユキト』になれない気がするから」

 

それは、半分は事実で、半分は"未来の記憶"を隠すための建前だった。だが、その言葉に含まれる切実さは、同じく"アビドス"という場所に縛られ、守ろうとしているホシノの心に深く共鳴した。

 

「……そっか。君も、ここが『家』になっちゃったんだねぇ」

 

ホシノの声色が、ふっと柔らかくなる。彼女はユキトの腰にあるイグナイターを、ポンと軽く叩いた。

 

「……ふーん。……似た者同士だねぇ、後輩君」

 

彼女が気づくはずがない。そのオレンジ色のデバイスが、かつて平和な時代に彼女が「誰か」のためにこっそりと買い求め、結局は包み紙を開けることすら叶わなかった"渡されなかったプレゼント"の成れの果てだということに。

 

(……先輩が平和な日常で渡すはずだった『贈り物』が、今、戦うための武器になっているなんて)

 

ユキトは、腰のイグナイターにそっと手を添えた。贈り物としての役目を果たせず、兵器として主を守る皮肉。その事実を知っているのは、世界でたった一人、ユキトだけだ。

 

「でもね、ユキト君。……()は、もう誰も失いたくないんだ」

 

 彼女は背を向け、月を見上げた。その華奢な背中は、わずかに震えているように見えた。

 

「だから……君も、死なないでよ。……私の目の前で、いなくなったりしないでよ」

 

 その言葉は、悲痛な祈りのようだった。

ユキトは、熱を持ったレバーをギュッと強く握りしめた。逆行前の、あの血の匂いが漂う砂漠で彼女が遺した「未来を見て」という言葉。そして今、目の前で生きている彼女が口にした「死なないで」という言葉。

二つの願いが、時を超えてユキトの手の中で熱く脈打つ。

 

「……約束します。俺は、絶対に死にません」

 

 ユキトは誓った。リオだけが知る、誰も救われなかった未来の記憶を胸に秘めたまま。この孤独な嘘が、いつか本当の希望に変わるその日まで、彼女を騙し通し、守り抜くことを。

 

「さあ、帰りましょう。……みんなが待ってます」

「……ん。そうだね」

 

二人は再びゴルドダッシュに跨る。夜明けはまだ遠い。だが、その背中の温もりがある限り、どんな闇の中でも走っていける気がした。

 東の空が白み始め、砂漠の稜線が蒼く浮かび上がる頃、ゴルドダッシュの重低音が静まり返ったアビドス市街地に響いた。かつては多くの生徒が行き交ったであろう通学路も、今は砂に埋もれ、静寂に包まれている。

 

『……エリア警戒解除。追跡者なし。お疲れ様、ユキト』

 

 脳内で、リオの安堵した声が響く。

 

(ありがとう、リオ。……カイザーの目的は分かったか?)

 

『ええ。ゴルドダッシュのセンサーが収集したデータを解析したわ。彼らが掘り出そうとしていたのは、ただの地下資源じゃない。……特定波長を持つ"オーパーツ"の破片よ』

 

(オーパーツ……?)

 

『おそらく、かつてこの砂漠を支配していた"忘れられた存在"に連なる遺物。……嫌な予感がするわ。黒服たちゲマトリアが裏で糸を引いている可能性が高い』

 

ユキトはヘルメットの中で眉をひそめた。逆行前の記憶にある色彩の侵攻。その呼び水となったのは、アビドスの地下深くに眠っていた力だった。歴史は、形を変えて同じ悲劇を繰り返そうとしているのか。

 

「……ユキト君」

 

背後から、少し眠たげな声が聞こえた。いつの間にか、ホシノがユキトの背中に頬を押し付けている。

 

「……ん、なんですか? 先輩」

 

「ううん。……なんだか、君の背中……あったかいなぁって」

 

彼女はギュッと、ユキトの腰のイグナイターの上から腕を回し直した。

 

「昔のユキト君は、もっとひょろひょろで、すぐ熱中症で倒れてたのにねぇ。……いつの間にか、追い越されちゃったかな」

 

 その言葉に、ユキトは胸が詰まる思いだった。強くなったわけじゃない。失ったからだ。仲間を、日常を。その喪失の穴を埋めるために、無理やり強くなるしかなかった。この背中の厚みは、背負った後悔の数だ。

 

「……先輩が縮んだだけじゃないですか?」

 

「うへぇ、ひどい! おじさん、まだ成長期だもん! 牛乳飲んでるもん!」

 

 軽口を叩き合いながら、ゴルドダッシュは砂に埋もれかけたアビドス高校の校門をくぐった。

 対策委員会の部室に入ると、そこには意外な光景があった。まだ早朝だというのに、すでに全員が揃っていたのだ。

 

「──あ! 帰ってきた!」

 

 真っ先に声を上げたのは、セリカだった。

 

「もう! 二人ともどこ行ってたのよ! ホシノ先輩も千神先輩も……みんなで手分けして探してたんだから!」

 

「あらあら……ふふっ。でも、無事でよかったです」

 

ノノミが安堵の表情でお茶を淹れ、アヤネはタブレットを抱えたまま深い溜息をついた。

 

「はぁ……。GPSも切られてましたし、本当に心配したんですよ? カイザーの動きが活発になってるこの時期に、単独行動なんて」

 

「うへへ~、ごめんよ~みんな。ちょっとユキト君に頼んで、早朝の砂漠ドライブに連れて行ってもらってたんだよ~」

 

 ホシノは悪びれる様子もなく、いつものおじさんの仮面を被ってへらりと笑った。数時間前、カイザーの部隊を単騎で殲滅せんとしていたあの冷徹な鋭さは、どこにもない。

 

「……ん。嘘つき」

 

 その時、鼻をひくつかせながら近づいてきたのはシロコだった。彼女はユキトの目の前で立ち止まり、その胸元に顔を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ。

 

「……硝煙の匂い。それに、焦げたオイルの臭い。……戦ってたでしょ」

 

「うっ……」

 

 ユキトは冷や汗をかく。彼女の視線が、ゆっくりと下へ降り、腰のガッチャーイグナイターで止まった。

 

「……ん。そのオレンジ色のやつ。前より、色が濃くなってる気がする。……それに、見てるとなんか……胸がざわざわする」

 

 ドキリ、とユキトの心臓が跳ねた。シロコは"向こうの世界"で、この装備を纏ったユキトを殺めた張本人だ。記憶はなくても、魂のレベルで何らかの忌まわしい感触を覚えているのかもしれない。

 

「……気のせいだよ、シロコ。メンテナンスで塗装を塗り直しただけだ」

 

「……そ。ならいいけど」

 

 

 太陽が中天に昇り、アビドス砂漠の気温は容赦なく上昇していた。旧校舎エリアの裏手で砂かきをしていたユキトは、不審な音とリオの警告を受け、ホシノをその場に残して一人、第14砂丘エリアへと向かった。

 

 砂丘の頂を超えた先、そこには異常な光景が広がっていた。風が止まり、音が消えている。周囲の色彩は彩度を失ってモノクロームに染まり、物理法則がバグを起こしたように、砂が重力に逆らって宙を漂っていた。

その空間の中央に、一人の男が立っていた。漆黒のスーツ。顔があるべき場所には、目も鼻も口もない、ただどす黒いモヤが渦巻いている。

 

「──おやおや。やはり、あなたが来ましたか。招かれざる"時間の迷子"さん」

 

 顔のない男が、恭しく一礼する。その声は、耳の奥に直接泥を流し込まれるような、粘着質な響きを伴っていた。

 

「黒服……。何の用だ。ここはアビドスの敷地内だ、勝手に入られては困るな」

 

「そう殺気立たないでください。今日はただの確認ですよ、千神ユキト君。あなたのその腰にあるエンジン……実に興味深い」

 

 黒服の視線が、ガッチャーイグナイターに注がれる。

 

「本来、この世界には存在しないはずの特異点。……それは死者の祈りであり、確定した絶望への反逆だ。……あなたが一度、向こう側(・・・・)を見てきたことは、隠しようもありませんよ」

 

「……ッ!」

 

「神秘と恐怖の二元論で成り立つこの世界に、あなたは錬金術という名の、不純な奇跡を持ち込んだ。……それが、このアビドスの地下に眠る禁忌とどう共鳴するのか。我々ゲマトリアは、その美しいケミストリーを見届けたいのです」

 

 ユキトの背筋に氷の礫が走る。コイツには、全てが見えているのか。

 

「……アビドスの地下に、何があるって言うんだ」

 

「ククク……白々しい。あなたを送り出したあの女(リオ)なら、もう気づいているはずだ。……かつてこの地を統治していた名もなき神が遺した、星を焼き払うための『大砲(列車砲)』の存在に」

 

『ユキト! データの照合が完了したわ。……第14砂丘エリア、地下300メートルに巨大なエネルギー反応。……これは、キヴォトスの技術体系を逸脱した"概念武装"よ!』

 

脳内でリオの切迫した声が響く。

 

「カイザー・コーポレーションという無骨な掃除屋が、まもなくその蓋を開けるでしょう。……その時、あなたが守りたがっている少女が、再び絶望に沈む。……楽しみですねぇ」

 

「……させるか。そんなこと、二度とさせない!」

 

 ユキトは、震える手でカードホルダーから二枚のカードを引き抜いた。煤けたカードの縁が、ユキトの怒りに呼応するように赤熱し、激しい火花を散らす。

 

「俺が何を見てきたか、お前が何を知っているかなんて関係ない。……俺は、俺のやり方で、今度こそ全員救ってみせる!」

 

 ガギィッ、と重厚な金属音が響く。ユキトは迷いなく、カードをガッチャードライバーのスロットへ叩き込んだ。

 

【HOPPER1!IGNITE!】

 

【STEAMLINER!IGNITE!】

 

 ドライバーが咆哮のような待機音を上げ、周囲のモノクロームの世界を焼き切るほどのオレンジ色の光が溢れ出した。腰のイグナイターが過給を開始し、ユキトの全身を紅蓮の炎が包み込んでいく。

 

「変身ッ!!」

 

 力強くレバーを引く。

 

【ガッチャーンコ!】

 

【ファイヤー! スチームホッパー! アッチー!】

 

 爆発的な熱風が砂丘を駆け抜け、宙に浮いていた砂が瞬時にガラス状に溶けて地面へ叩きつけられた。

 炎の中から現れたのは、マントをなびかせ、オレンジ色の装甲を赤熱させたファイヤーガッチャードデイブレイク。

 

「おやおや……。その姿、やはり"完成"に近い。……美しい。実に美しい絶望の形だ」

 

 黒服は、炎の熱気に晒されながらも、感嘆の声を漏らして一歩後退した。

 

「ですが、その火でどこまで焼き尽くせるでしょうか。神の遺物、そして過去の亡霊。……楽しみですよ、千神ユキト君。あなたが、自分自身とどう決着をつけるのか」

 

「……黙れ」

 

 ユキトが踏み込むより早く、黒服の姿が陽炎のように揺らぎ、空間の歪みと共に霧散した。

 残されたのは、ユキトの荒い息遣いと、静寂に戻った砂漠に響く、イグナイターの重厚なアイドリング音だけだ

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。