追憶の記憶〜デイブレイクアーカイブス(本編完結) 作:Leona
旧校舎へ戻るユキトの足取りは重かった。
部室では、ホシノがウトウトと椅子で船を漕ぎ、セリカたちが明日の活動資金の計算をしている。そんな平和な光景が、薄氷の上に立っていることを、ユキトは痛感していた。
(阻止する方法は?)
『……一つだけ。あれが完全に覚醒する前に、中枢を叩く。……ただし、カイザーの主力部隊を正面から突破する必要があるわ。ホシノ先輩にも、隠し通すのはもう限界よ』
夕闇が迫る部室に戻ると、そこには意外な顔ぶれが揃っていた。
影になったコーナーで、一人静かに銃のメンテナンスをしていた少女が顔を上げた。
黒いドレスのような衣装。幾分か成長した体躯。そして、かつての絶望の名残を宿したオッドアイ。
クロコ(シロコ・テラー)。
彼女は手に持っていたガッチャージガン・カースを置くと、椅子から立ち上がり、ユキトの腰にある煤けたドライバーをじっと見つめた。
「……黒い影の気配がする。……あいつが、接触してきたの?」
「……ああ。第14砂丘エリアだ。あそこに、奴らがいた」
その言葉を聞いた瞬間、普段はホシノが昼寝に使っているソファの主が、ゆっくりと身を起こした。
「……ユキト、おかえりなさい。大変だったみたいね。クロコも、そんなに殺気立たないで」
穏やかだが、全てを見透かしているような声。
先生だった。机に広げた砂漠の地図から顔を上げ、ユキトを真っ直ぐに見つめた。
「……先生。いたんですか」
「ええ。アヤネからカイザーの動きが怪しいって報告を受けてね。……それで、外はどうだった? あなたがわざわざ『変身』の準備までして確認しに行ったってことは、ただ事じゃないわね」
ユキトは一瞬、隣でデッキブラシを握るホシノと視線を交わした。ホシノは何も言わず、ただわずかに目を伏せて頷く。その沈黙は「話すべきだ」という合意だった。
ユキトは、列車砲の存在と、カイザーがそれを掘り起こそうとしている事実を告げた。
「"シェム・ハの遺産"……。カイザーは、黒服たちの手引きで、あの悪夢を呼び覚ますつもりだわ。……かつての世界を終わらせようとした、あの兵器を」
先生の言葉に、部室の空気が一気に氷点下まで下がる。
「……ん。アビドスの地下にあるなら、それは私たちのもの。勝手にされるのは、気に入らない。それに……一度、私を狂わせた代物。……今度は、私が壊す」
シロコが愛銃のボルトをカチャリと引いた。
「……私も行く。……あれが目覚めれば、今度は"この世界"のホシノ先輩やみんなが危ない。……二度も同じ結末は、許さない」
クロコが、錆びついたドライバーを手に取り、静かな殺意を込めて宣言した。
一人の「シロコ」と、もう一人の「シロコ」。二人の決意が重なる。
「うへへ……。やっぱり、ただの砂遊びじゃ済まないみたいだねぇ。……おじさんも、隠居してる場合じゃなさそうだよ」
ホシノがのんびりとした口調で、しかし盾を手に取って立ち上がった。
「先生、命令を。アビドス対策委員会として、不法投棄された巨大なゴミ……お掃除しちゃってもいいかな?」
先生は深く息を吐き、ユキトの腰にある煤けたドライバーと、クロコの手に握られた絶望の残滓を見つめた。
そして、力強く、迷いのない声で命じる。
「ええ。……作戦を開始しましょう。目標は第14砂丘、カイザー掘削基地の完全制圧、および列車砲の再封鎖。……ユキト、クロコ。二人の
「……もちろんです。それが役目ですから」
「……了解。……今度は、間違えない」
月明かりさえも届かない深夜。砂漠の風は冷たく、牙を剥くようにユキトたちのジャージを揺らす。
第14砂丘エリア。そこには、不自然なほどのサーチライトが夜空を刺し、重機が大地を穿つ地響きが轟いていた。
「作戦開始よ! 突入!!」
先生の号令と共に、ユキトはアクセルを全開にした。
黄金の閃光を放つゴルドダッシュが、砂丘の斜面を滑り降り、カイザーの防衛線を真っ正面から突き破る。
「はあああああッ!!」
ユキトがカードをスロットへ叩き込む。
【HOPPER1!IGNITE!】
【STEAMLINER!IGNITE!】
「変身ッ!!」
ガキンッ! とレバーを引くと同時に、砂漠に巨大な火柱が立ち昇った。
紅蓮の炎を纏うファイヤーガッチャードデイブレイク。
そしてその隣には、漆黒の蒸気を噴き上げ、絶望の鎧を纏ったガッチャードデイマリスが並び立つ。
「敵襲だ! 生徒が二人……いや、あれは──!?」
パニックに陥るカイザーの傭兵たちを、二人の"暁"がなぎ倒していく。
灼熱の炎と、凍てつく絶望。
正反対の力を振るう二人の仮面ライダーが、巨大な列車砲を飲み込む掘削基地の心臓部へと突き進む。
第14砂丘、カイザー掘削基地は、一瞬にして爆炎と轟音が支配する戦場へと変わった。
サーチライトの光を切り裂き、二つの影が踊る。
「はああああッ!!」
ユキトがガッチャートルネードを振るう。
刀身に纏わせた超高熱の炎が、重装甲オートマタの装甲をバターのように溶断し、内部回路を一撃で焼き切る。
「……邪魔」
対するクロコは、錆びついたガッチャートルネード・ディスペアを無造作に薙ぎ払う。
彼女の刃が触れた瞬間、オートマタの鋼鉄のボディが急速に赤錆びて劣化し、自重に耐えきれずボロボロと崩れ落ちていく。
"燃焼"と"腐食"。
対照的な破壊の力が、カイザーの前衛部隊を瞬く間に食い破っていく。
「逃がさないよ~! アビドスの砂漠を荒らした罪は、重いからねぇ!」
後方から駆けつけたホシノが、巨大な盾"アイ・オブ・ホルス"を構えながら突進し、逃げようとするオートマタを弾き飛ばす。
「援護するわ! 全員、突っ込んで!」
シロコがドローンを展開し、精密射撃で敵のセンサーを潰していく。その横で、セリカとノノミが弾幕を張り、アヤネが後方から的確な指示を飛ばす。セリカが銃を撃ちながら叫ぶ。
「ちょっと、千神先輩! あまり前に出すぎないで! 孤立しちゃうでしょ!」
「前方クリア! ユキト、クロコ! そのまま中央竪穴へ!」
「了解!」
「……ん。行く」
二人のライダーはゴルドダッシュを加速させ、掘削基地の中心にある巨大なクレーターへと飛び込んだ。
クレーターの底。そこには、地獄の蓋が開いたような光景が広がっていた。
無数のケーブルとパイプが張り巡らされ、地下深くから吸い上げられたエネルギーが、中央に鎮座する"それ"へと注ぎ込まれている。
全長数百メートル。古代の紋様が刻まれた、錆びついた超巨大な砲身。
"シェム・ハの遺産"──列車砲。
「……やっぱり、ここにあった」
バイクを降りたクロコが、変身したままその巨体を見上げる。仮面の下の瞳が、憎悪と恐怖で揺れているのが、ユキトには分かった。
「……壊す。今度こそ、跡形もなく」
クロコが、ホルダーから黒く焦げ付いたカードを引き抜く。だがその時、虚空から優雅な拍手が響き渡った。
「──ブラボー。実に素晴らしい激情だ」
砲身の上。月光を背に、二つの人影が立っていた。
一人は、先ほど接触した黒服。
もう一人は、燕尾服に仮面をつけ、指揮棒を持った男──マエストロ。
「おやおや、まさか二人の暁"が揃い踏みとは。……これは私の脚本にはない、嬉しい誤算ですねぇ」
「ゲマトリア……!」
ユキトが身構える。
「ようこそ、アビドスの地下聖堂へ。……そして、おかえりなさい、向こう側の迷子さん」
黒服が、顔のない顔をクロコへ向ける。
「あなたのその錆びついた神秘……。我々が求めていた色彩の適応データそのものです。……礼を言いますよ。あなたがこの世界に来てくれたおかげで、この列車砲の"再起動"に必要な最後のピースが埋まった」
「……何?」
クロコが息を呑む。
「起動シークエンス、最終フェーズへ移行」
無機質なシステム音声が響く。
大地が鳴動し、列車砲の砲身が軋みながら動き出した。砲口がゆっくりと持ち上がり、アビドス自治区の中心部──対策委員会の部室がある方角へと照準を合わせる。
「なっ……動いてる!?」
「エネルギー充填率、120%突破。……発射まで、あと300秒」
「ふふふ。……さあ、奏でましょう。終焉の
マエストロが指揮棒を振るう。
すると、列車砲の周囲の空間が泥のように歪み、そこから無数の"怪物"が這い出してきた。
頭上に赤いヘイローを戴き、包帯と聖画のような装飾を纏った、異形の軍勢。
「あれは……ユスティナ聖徒会!? いや、違う……!」
「ええ。これは"
マエストロの言葉と共に、複製された聖徒たちが武器を構える。その数、およそ500。
「ユキト、クロコ! 砲撃を止めて! 雑魚は私たちが引き受ける!」
「任せた、先生!」
ユキトは地面を蹴った。目指すは列車砲の制御ユニット。だが、その前には圧倒的な数のミメシスが壁となって立ちはだかる。
「どけぇぇぇぇッ!!」
ユキトがガッチャートルネードを振るう。炎の斬撃がミメシスの前衛を薙ぎ払うが、彼女たちは痛みを感じないのか、欠損した部位を泥で修復しながら襲いかかってくる。
「キリがない……!」
その時、黒い影がユキトの頭上を飛び越えた。クロコだ。
彼女は空中で体を捻り、錆びついたガッチャージガン・カースを乱射する。
「……道は、私が作る」
放たれたのは弾丸ではない。
【GANG GUNNER】のカードから召喚された、無数のドローンとライフルの幻影。それらが意思を持った獣のようにミメシスに食らいつき、爆発四散させる。
「ユキト、行って! あの大砲の根元……動力炉を壊せば止まる!」
「分かった! お前はどうする!?」
「……私は、こいつらの相手をする。……これは、私の世界を壊した"恐怖"の残骸だから」
クロコは一人で、ミメシスの大群の中に着地した。その背中から、ドス黒い蒸気が噴き出し、近づく敵を腐食させていく。
「……来い。全員、錆にしてやる」
彼女の覚悟を受け取り、ユキトは走った。
砲身の真下。巨大なエネルギーパイプが集中する、制御中枢へ。
「行かせると思いますか?」
マエストロが指を鳴らす。制御中枢の前に、一際巨大なミメシスが出現した。
巨大な蛇のような胴体に、聖女の顔を持つ怪物。
『
「グオォォォォ……ッ!!」
怪物が咆哮し、赤い雷撃を放つ。
「くっ……!」
ユキトはマントで防御するが、衝撃で吹き飛ばされる。
強い。ただの複製ではない。マエストロによって強化された、人工の"神秘"の塊。
「ユキト君!」
ホシノが駆けつけようとするが、周囲のミメシスに阻まれて近づけない。
「あと180秒……! くそっ、このままじゃ……!」
ユキトが歯を食いしばり、立ち上がろうとしたその時。
上空から、紫色の閃光が降り注いだ。
ヒエロニムスの巨体が、強烈な爆撃によって大きくのけぞる。
「……え?」
ユキトが見上げると、夜空を裂いて降下してくる、巨大な翼を持つシルエットがあった。
重機関銃"終幕:デストロイヤー"を構えた、小柄な最強の風紀委員長。
「……遅くなったわね。道が混んでたものだから」
空崎ヒナ。
彼女はユキトの前に着地すると、ふわりとマントを翻し、ヒエロニムスに銃口を向けた。
「アビドスだけの問題じゃないと言ったはずよ。……先生の許可は取ってあるわ」
「ヒナ……!」
「ここは任せて。……貴方は、貴方のやるべきことをしなさい」
ヒナがトリガーを引く。
圧倒的な弾幕が、怪物を釘付けにする。
「……ああ! 頼んだ!」
ユキトは再び走り出した。
最強の援軍を得て、戦局は最終局面へと突入する。
列車砲の発射まで、あと150秒。