追憶の記憶〜デイブレイクアーカイブス(本編完結) 作:Leona
「……あ、れ……?」
後方から追いついてきたホシノの足が、凍りついたように止まる。
彼女の視線の先。列車砲の制御ユニットを守るように立っていたのは、泥のようなノイズの中から浮かび上がった、一人の少女の姿だった。
ふわりとした癖っ毛。首から下げた手帳。そして、太陽のように明るい笑顔。
かつてアビドスの生徒会長であり、ホシノが守れなかった唯一の存在。
梔子ユメ。
「……ユメ、先輩……?」
ホシノの声が震える。あり得ない。彼女は死んだはずだ。あの日、砂の中で冷たくなっていたのを、この手で見つけたはずなのに。
だが、目の前の少女は、あの日と同じ優しさでホシノに微笑みかけ、ゆっくりと手を差し伸べた。
「久しぶりだね、ホシノちゃん。……また背、縮んじゃった?」
「……うそ。なんで、先輩が……」
「嘘じゃないよ。……ずっと見てたんだから。ホシノちゃんが、私のせいで苦しんで、傷ついて……ボロボロになっていくのを」
ユメの表情が、ふっと曇る。その瞳の奥には、生気のない、どす黒い虚無が渦巻いていた。
「もういいんだよ、ホシノちゃん。……そんなに辛いなら、全部やめちゃおう? アビドスも、借金も、未来も……全部砂に埋めて、私と一緒に眠ろう?」
それは、ホシノが心のどこかで最も望み、同時に最も恐れていた「甘い毒」のような言葉だった。
ホシノの手から、力が抜ける。巨大な盾"アイ・オブ・ホルス"が、ガシャンと重い音を立てて地面に落ちた。
「……先輩が、そう言うなら……私……」
「聞いちゃ駄目だ、ホシノ先輩!!」
ユキトが叫び、割って入ろうとする。だが、それより早く、ユメの幻影はスカートのポケットから「ある物」を取り出した。
それは、無骨で禍々しい、カイザー製の量産型ベルト。
レプリ・ドレッドライバー。
「……この”力”があれば、もう痛くないよ。……誰も傷つかなくて済むから」
ユメが、ベルトを腰に巻く。
その光景は、アビドスの青春を象徴する彼女にはあまりにも似つかわしくない、最悪の冒涜だった。
「やめろ……ッ!!」
ユキトの制止は届かない。彼女はカードを装填し、虚ろな笑顔のまま告げた。
「……変身」
【DREAD... ARMY…】
肉が腐るような嫌な音と共に、どす黒い赤の装甲がユメの体を浸食していく。
優しかった笑顔は鉄仮面に覆われ、温かかった声はノイズ混じりの機械音声へと変わる。
そこに現れたのは、ユメの面影を残しながらも、全身から排気ガスと殺意を撒き散らす
怪物───
「あ……あぁ……」
ホシノの瞳孔が開く。
憧れが。思い出が。大切にしていた記憶のすべてが、目の前でカイザーの兵器へと書き換えられていく。
パリン、と。
ホシノの頭上で輝いていたヘイローに、決定的な亀裂が入った。
「……ふふふ。そう、それですよ」
列車砲の上で、マエストロが恍惚とした声を上げる。
「彼女の”神秘”が反転し、純粋な"
ホシノから溢れ出したドス黒いオーラが列車砲へと吸い込まれ、砲口の輝きが臨界点を超えていく。
発射まで、あと60秒。
「……ふざけるな」
静かな、しかしマグマのように煮え立った怒りの声が響いた。
ファイヤーガッチャードデイブレイク──ユキトは、炎のマントを激しく揺らめかせ、目の前の
「死んだ人間の姿を使って……心を折るためだけに兵器にするだと……?」
ユキトは知っている。ジェネラルが最期に見せた戦士の意地を。リオが作った「零式」の重みを。
そして何より、命というものの尊さを。
錬金術師ではない彼だからこそ、命を冒涜し、ただの燃料として使い潰すそのやり方が、生理的な嫌悪感として許せなかった。
「……消えろ。そんな姿で、あの人の前に立つなッ!!」
ユキトが咆哮と共に地面を蹴る。
ガッチャートルネードに全エネルギーを集中させ、ドレッドへと斬りかかる。
ドレッドが生成した赤いエネルギーシールドが、炎の斬撃を受け止める。
だが、その出力は桁違いだった。ユキトの怒りに呼応するように、イグナイターが暴走寸前まで回転数を上げている。
熱暴走に近い負荷が、変身システムを蝕んでいく。
「うおおおおおッ!!」
力任せにシールドごとドレッドを吹き飛ばす。ドレッドは瓦礫の山に叩きつけられるが、すぐに不気味な関節の動きで立ち上がり、無感情に銃剣を構えた。
『EXCLUDE... TARGET...』
その声が、わずかにユメの声色を含んでいるのが、余計にユキトの神経を逆撫でする。
ドレッドの銃口が光り、どす黒いエネルギー波が放たれる。
「……ユキト!」
クロコが割って入ろうとするが、間に合わない。
直撃し、限界を超えていたユキトの変身が、激しい衝撃と共に強制解除される。
「がはっ……!」
光の粒子と共に、ユキトは生身の体で地面に叩きつけられた。ドライバーから煙が上がり、カードが弾け飛ぶ。
「……くっ、まだだ……!」
ボロボロになりながらも、ユキトは立ち上がろうとする。
その背中を見て、クロコもまた、自身の変身を解き、駆け寄った。
「……ユキト、大丈夫?」
「ああ……。あいつを……ぶっ飛ばすまでは、倒れられねぇ……!」
二人は、血の滲むような視線で、ホシノの憧れの先輩たるユメの姿をした怪物を睨みつけた。
ユキトは深く息を吐き、ホルダーから煤けた二枚のカードを引き抜いた。
それは錬金術師の秘術ではない。ただの戦士が、未来を掴み取るための鍵だ。
同時に、クロコもまた、錆びついた二枚のカードを手に取る。
二人の声が重なる。
ユキトはホッパー1とスチームライナを。
クロコはルスティホッパーとレックライナーを。
流れるような動作でドライバーに装填する。
【HOPPER1 IGNITE!】
【STEAMLINER IGNITE!】
【RUSTY HOPPER!】
【WRECK LINER!】
ドライバーが待機音を響かせる中、ここから二人の動作が完全にシンクロする。
ユキトとクロコは、ゆっくりと右腕だけを天高く掲げた。
指先で、失われた光を、あるいは遠い未来を掴もうとするかのように。
そこから、静かに、重力に逆らうような緩やかな速度で、掲げた手を胸元へと下ろしていく。
己の心臓、その鼓動と覚悟を確かめる一瞬の静寂。
手が胸の高さを過ぎると、もう片方の手も合わせ、さらに両手を腰のあたりまで落とし──溜めを作る。
そして、鋭く、力強く、眼前に両手を突き出した。
親指と人差し指を合わせ、両手で作られたのは「三角形(トライアングル)」の印。
それは錬金術における「火」の象徴であり、彼らにとっては"夜明け"を切り拓く
三角形の隙間から、二人の鋭い瞳がドレッド(過去の亡霊)を捉える。
「「変身ッ!!」」
二人は気合と共に、ガッチャードライバーのレバーを勢いよく引いた。
【ガッチャーンコ!】
【DEAD END……!】
ユキトの背後からは紅蓮の炎が、クロコの背後からは底なしの深淵が噴き上がる。
【ファイヤー! スチームホッパー! アッチー!】
【Return the Void to Nothingness……!】
【GOTCHARD・DAYMALICE!】
爆発的な熱波と、凍てつく冷気が渦を巻く。
炎の中から現れたのは、夜明けの太陽を思わせる装甲に身を包んだ戦士。
その背には、幾多の死線を潜り抜けてきた証である、煤け、焼け焦げたマント炎の翼のように揺らめいている。
そして、そのマスクの奥で輝くのは――蒼き双眸。
燃え盛る紅蓮の炎の中で、その瞳だけが、もっとも熱く、そしてもっとも悲しい青を湛えて、静かにドレッドを見据えていた。
対するクロコもまた、錆と虚無を纏い、絶望の果てに立つ。
輝ける未来の戦士、仮面ライダーガッチャードデイブレイク。
絶望の果ての戦士、仮面ライダーガッチャードデイマリス。
相反する二つの力が、今、ホシノを救うために並び立った。
「クロコ、準備はいいか?」
「……ん、すべて、無に還す」
二人のライダーは、同時に大地を蹴った。
「「はああああああッ!!」」
空中で重なり合う、赤と黒の軌跡。
放たれるのは、錬金術の理屈など超えた、魂のダブルライダーキック。
二人の足裏が、正確無比にドレッドの胸部装甲――その奥にあるカイザー製のドライバーを貫く。
二人同時に、再びレバーを操作する。
【スチームホッパー!バーニングフィーバー!】
【RUSTY HOPPER……FEVER!!】
「「はああああああッ!!」」
衝撃波が砂漠を揺るがし、偽りのユメ先輩の姿が、光の粒子となって霧散していく。
後に残ったのは、立ち尽くすホシノと、彼女を守るように背中を見せる二人の戦士だけだった。
爆風の中、ホシノが顔を上げる。
目の前にあった悪夢が消え、そこに立っていたのは、背中で自分を守る二人の後輩の姿だった。
「……ホシノ!!」
先生の声が、今度は鮮明に届いた。
そして、ユキトが振り返り、変身を解いていない手で、ホシノの胸ぐらを――かつてのユメ先輩の遺品である、あのヘアピンを掴むように強く握った。
「……見ろよ、先輩!!」
ユキトの怒声が、ホシノの鼓膜を震わせる。
「そこに幽霊なんかいない!貴女を恨んでるユメ先輩も、貴女を責める過去も、ここにはもう残っていないんだ!!」
ユキトは、燃え盛るイグナイターの熱をそのまま伝えるように、彼女を引き寄せた。
「いるのは俺たちだ! 先生だ! アビドスの仲間だ!! ……勝手に過去に殺されてんじゃねぇ! 先輩が守ってきた『今』を……俺たちがいるこの場所を、先輩自身の手で掴み取れッ!!」
掴み取れ。
その言葉が、ひび割れたホシノのヘイローに突き刺さる。 脳裏をよぎったのは、血まみれのユメ先輩の記憶ではない。今日の昼間、砂だらけになって笑い合ったセリカたちの顔。不器用にお茶を淹れてくれたノノミの笑顔。
いつも心配してくれるアヤネの声。
そして、無茶ばかりする、この生意気な後輩の熱い手。
「……あ……」
ホシノの瞳から、どす黒い色が引いていく。
代わりに溢れ出したのは、大粒の涙だった。
「……うん……うんっ……!」
彼女のヘイローが、パリンと音を立てて砕ける――ことはなかった。
亀裂はそのままに、しかし以前よりも強く、透き通るような青い輝きを取り戻していく。
「チッ……! テラー化がキャンセルされた!? ええい、ならばこのまま発射するまでです!!」
マエストロが焦りを見せ、列車砲の手動トリガーに手をかける。
砲口が唸りを上げ、アビドス市街地へ向けて破滅の光を吐き出そうとする。
「させるかぁぁぁッ!!」
ユキトが再び跳ぶ。
だが、エネルギーは今のキックで使い果たしている。
その時。
「……ユキト君、頭下げて!」
背後から、凛とした声が響いた。
復活したホシノが、愛用のショットガン"アイ・オブ・ホルス"を構え、自身の盾をスロープにして構えていた。
そして、その横には──
「……合わせなさい、小鳥遊ホシノ」
「うへへ、人使いが荒いねぇ……風紀委員長ちゃん!」
ヒエロニムスを制圧したヒナが、残った全火力をホシノの射線に重ねる。
アビドス最強の盾と、ゲヘナ最強の矛。
奇跡の共闘。
「「いっけぇぇぇぇぇッ!!」」
二人の同時射撃が、ユキトの横をすり抜け、マエストロの手元──列車砲の強制点火プラグをピンポイントで撃ち抜いた。
行き場を失ったエネルギーが逆流し、内部爆発すると巨大な砲身が根元からひしゃげていく。
神の遺産は、その咆哮を上げる前に、自らの熱で崩壊を始めた。
「ば、馬鹿な……! 私の芸術が、私の脚本が……!!」
マエストロの絶叫が爆音にかき消される。
崩れ落ちる鉄塔の下、黒服はただ静かに、肩をすくめてその光景を眺めていた。
「……やれやれ。やはり変数を甘く見てはいけませんね。……今回は我々の負けです。撤収しましょう」
ゲマトリアの影が消え、掘削基地は崩壊する瓦礫の山へと変わっていく。
後に残ったのは、立ち昇る黒煙と、夜明け前の静寂だけだった。
朝日が、砂漠の稜線を黄金色に染めていく。
戦いは終わった。カイザーの部隊は撤退し、列車砲は二度と動かない鉄屑へと戻った。
瓦礫の上に座り込み、ホシノは空を見上げていた。
その横顔は、憑き物が落ちたように穏やかだった。手には、砂かきの時に見つけた、あの錆びたヘアピンが握られている。
「……ホシノ」
先生が歩み寄る。ホシノは振り返り、少し恥ずかしそうに笑った。
「先生。……おじさん、また迷惑かけちゃったね」
「ええ。本当にね。……始末書、山ほど書いてもらうから覚悟しなさい」
「うへぇ~、お手柔らかに頼むよぉ……」
軽口を叩き合う二人の後ろで、変身を解いたユキトとクロコ、そしてボロボロになったヒナが並んでいる。
「……終わったな」
「……ん。今度こそ」
ユキトが呟くと、ホシノが立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
彼女はユキトの前で止まると、背伸びをして、その頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……ありがとね、ユキト君。君の熱い説教、心に響いたよ」
「……説教じゃありませんよ。ただの事実です」
「はいはい。……生意気な後輩を持って、おじさんは幸せもんだよ」
そして、ホシノは砂漠の彼方──梔子ユメが眠る場所へ向かって、手の中のヘアピンを掲げた。
「……行ってきます、ユメ先輩」
それは、別れの言葉ではなかった。
これからも一緒に、このアビドスで生きていくための、新しい挨拶。
彼女はヘアピンを懐にしまうと、大きく背伸びをして、仲間たちの方を振り返った。
「さあ、帰ろうか! 今日はきっと、いい天気だよ!」
その足取りは、もう砂に足を取られることはない。
しっかりとした一歩が、未来へと続く砂の上に、確かな足跡を刻んでいった。
EXエピソード・夢が残した足跡・完