古風な西洋の街並みが囲む広場の中心には絞首台が置かれている。
警備の人間と中世風の格好をした西洋の兵士が絞首台の近くで厳かに立っていた。罪人の姿は見えない。
聴衆は異様な熱を持って声を上げている。その大半は罪人に向けられた罵声だ。
「これから首を括られる罪人は余程愚かなことをしたのだろう」
そう考えながら男はその光景を、路地から眺めていた。
男はスウェットにトレーナーを着ていて、さながら中世に迷い込んだ現代人といった様子だ。
「夢とは言え、罪人が裁かれるのは気分がいいな……」
男はこの光景を夢だと言った。
彼からしてみればこの光景は彼の知る現代の風景からは程遠いのだ。夢だと判断するのも当然と言えるかもしれない。
「夢ではありませんよ」
男は後ろから声をかけられる。
振り返ると、そこにはスーツに身を包んだ美しい女性の姿があった。
「……あなたは?それに、夢では無いとは?」
男が怪訝そうに訊ねると女性は柔和に微笑み、口を開く。
「そう警戒しなくても大丈夫。……まずは質問に答えましょう。私は、神様です。そしてここは夢の中ではなく、貴方の罪を裁くために、あなたの心を映し出した場所です。」
「……」
男は確信した。これは夢だと。
最近疲れていたから変な夢を見たのだと結論付けた。
「だから夢では……あぁ、ではこうすればどうでしょう」
「……?ぁ、が……ひゅ……」
神様がそう言うと、突然男の胸に激痛が走り、息も出来なくなる。
ほんの数秒の出来事だったが確かに男はその苦痛を味わった。
「人間は夢かどうかを痛みで判断すると聞きました。どうです?痛かったですか?」
「はぁ……はぁ……」
息も吸えるようになり痛みも消えたが、突然襲ってきた苦痛に怯えて肩で息をする。ゆっくりと呼吸を整えながら男は小さく頷いた。
確かな苦痛は、男にこれが夢では無いと訴えていた。
もしくは夢だと言い続ける限りまた苦痛が襲ってくるかもしれないという恐れだったかもしれない。
「よかったです。では本題に入りましょう。先程も言いましたが、貴方の罪を裁くためにこの場を用意しました」
「……俺は罪なんて犯してません」
男が絞り出すようにそう言うと神様は「そうですか」と残念そうに言うとどこからか紙の束を取り出して男に差し出す。
「これを読んでみてください」
男は神様から受け取った紙の束に目を落とす。
そこには男のこれまでの人生の全てが細かく記載されていた。
日付と時間単位で細かく、行動やその時の男の心情まで。
「これは俺の……。でも別に神様に裁かれるような罪なんてどこにも」
「貴方の罪状は『正義』です」
「は……?」
間抜けな声が上がる。
男は、神様の言った事がまるで理解出来なかった。
「正義の……どこが罪なんですか?」
「貴方はインターネット上でよく誹謗中傷を繰り返していましたね?企業や政治家や政党、有名人、一般人問わずです」
「誹謗中傷じゃありません!正当な批判です……」
「貴方には貴方なりに正義があった、そうですね?」
男は頷く。
神様の言う通り、男はSNS等で日常的に様々なものへの誹謗中傷を繰り返していた。男の掲げる、正義の名のもとに。
「『弱者が救われないのは政治家が汚職をしているからだ。政治家は全員土下座して首を括れ』『この海外企業は日本に侵略しようとしている!証拠はネットに大量にある!この企業の製品を買う人間は頭がおかしい!』……こんなのはまだまだ序の口で名指しで特定の個人を批判したり反論してきた人への人格否定までしていましたね?」
「そんなことはしていない!間違っていることに間違っていると言っただけだ!反論してきた奴らだって最後に黙ったんだから俺が正しいって認めたんだ!それに、間違ったことをしてる奴らはこれくらい言われて当然だろう!俺は間違ったことはしていない!」
神様の言葉に男は激情し、激しくまくし立てる。
「では貴方が批判した政治家ですが、本当に汚職をしていたのでしょうか?」
「していた!」
「本当に?証拠は?」
「ネットに山ほど転がってる!それに有名なインフルエンサーも言っていた!」
「なるほど。ではそれが事実だとして首を括れ、とまで言われるほどのことでしょうか?」
「それだけの事をしたんだ!当然そうに決まってる!」
男が言い切ると、神様は「ふふ」と笑う。
「何がおかしい!?」
「これは失礼しました。気に障ったなら謝ります。では次の質問です。
貴方の言っていた海外企業が本当に日本を侵略しようとしてるとして」
「本当だ!」
「……この企業の製品を買っている消費者は頭がおかしいのですか?」
「当たり前だ!日本人でありながら侵略者に与する売国奴なんて頭がおかしいに決まっている!なんなんださっきから!」
男は苛立っているのを隠そうともしない。
目の前にいる人間は自身の正義とは違う思想の敵だと言わんばかりの様子だ。
「……では最後に、貴方がその正義を持ったのは何故ですか?」
「あ?……親から言われたんだよ、正しく生きろって」
「そうですか、ありがとうございます。……ではこれより刑を執行します」
神様がそう言うと男は再度感情を激しく燃え上がらせる。
「なんでだよ!お前は間違ってる!」
「正しいとか間違ってるとかはどうでもいいんです。これは決定事項なので」
「はぁ!?そもそもなんで俺が裁かれなきゃいけないんだよ!」
男は神様に掴みかかろうとするが神様が腕を振ると突風が吹き、吹き飛ばされてしまう。
神様は笑顔を崩さずに話し始めた。
「貴方の罪状は先程言った通り『正義』です。貴方の中にも純粋な正義があったのでしょう。正しくありたい、間違ったことは許せないという正義が。しかし、貴方の正義のアクセルはいつしか壊れてしまった。正義が暴走してしまったのです。行き過ぎた正義は無自覚に他者を傷付けます。少しでも自分の価値観と合わないものは間違っている、悪いことをしているのだと決めつけて暴走した正義感で過剰に攻撃する。そしてそんな自分を認められずにいた。……それが貴方の『正義』の罪です」
「……」
神様の言葉に男は俯いて黙っていた。
「では、貴方への刑を執行します」
「ま、待ってくれよ……」
「はい?」
男は弱々しい声を絞り出した。
「……お、俺以外にも俺みたいなことしてた奴はいただろう?な、なんで俺だけ……」
「あぁ、貴方だけとかじゃないですよ。たまたま貴方の番なだけです。集団になると余計に加速するんですよね〜、貴方みたいなタイプは。だからしっかり刑は執行します」
依然笑顔のまま神様は言った。
男はガックリと項垂れるともう顔を上げることは無かった。
「もういいですね?……では、刑の説明をします。貴方へ執行する刑は絞首刑。そして刑が執行されると貴方のこれまで生きてきた事実は消却され、文字通りいなかったことになります。貴方がいなかったことになった事で空いた穴は私の力で塞いで貴方のしてきたことも無かったことになります。これで貴方が傷付けた人達の心も元通り。晴れてハッピーエンドです」
「……」
「……では刑を執行します」
神様が指をパチン、と鳴らすと男の身体は一瞬で広場の絞首台の上へと移動した。
「ぁあ……」
男は先程自分の考えていたことを思い出した。
『これから首を括られる罪人は余程愚かなことをしたのだろう』
まさか自分の事だったは思いもしなかった男の胸中は絶望が犇めいていた。
「早く首を括れー!」「そんな奴に生きてる価値なんてない!」「どうせ他にも悪いことしてたんでしょ」「早く死ねばいいのに」「土下座して詫びろ!」
聴衆からの罵声が辺りに響く。
「ではこれより、刑を執行する!」
兵士が高らかに宣言すると、男の体は勝手に縄を自分の首に括りつけた。
後悔と絶望が混ざり合い、濁った男の目に映る最後の光景は怒り狂う聴衆の姿だった。
「執行!」
兵士が大声で叫ぶと男の足元の板が抜けて、男の首に括りつけられた縄が男の首を締め上げ、落下の衝撃で頸椎が折れる。
その光景を見た聴衆は歓喜の声を上げるのだった。