◆シャーロック・ホームズ綺談 ラノク湖の怪◆ 作:mizumega
わたしはホームズとオルコット氏に肩を貸してもらって村へ帰った。ショーン・マカラムを診たが、いくらか弱っていたものの、阿片中毒の影響は見られなかった。彼は牧師に自分の悩みを相談している最中に、勧められた食事をしてから気を失ったそうだ。
しかし精神状態は安定しており、この奇妙な冒険をいくらか楽しんでさえいたらしい。彼は牧師の語る冒涜的な信仰に目を丸くすると同時に、激しく好奇心を刺激されたようだ。
「でも、人を死なせるような信仰は間違ってると思います」
ショーンはシャーロック・ホームズに会えたことに感激し、あなたのファンですと伝えた。例によってホームズは冷淡だったが、彼の勇気を褒めたたえることは忘れなかった。
「なんと礼を言えばいいのか」
マカラム夫妻は我々に感謝の言葉もないようだった。
「良い休暇だったな、ワトソン!」
唐突にホームズは言った。
「少し怪我をしたが、静養にはなったろう」
「そうだな。うまい酒ときれいな景色。これにまさるものはないね」
「ではマカラムさん、失礼するよ。金があるならショーン君に本を買ってやりたまえ」
ホームズはさっさとマカラム家を去っていった。
「神のご加護がありますぜ、旦那がた!」
マカラムが叫んだ。
「あんたがたを守護天使が守ってまさあ」
我々は駅まで馬車を雇い、ロンドンへ帰った。
「しかしホームズ、どうにも解せんな。何から何まで。幻覚だと言われても仕方ないぞ」
車中でわたしはぼやいた。
「大冒険をしたわりには釣果なしというところだね、ドクター?」
「そういうきみも、よく事件を解決できたな。迷信だと思った段階で村を出るんじゃなかったのかい?」
「なあに、悪魔だろうが幽霊だろうが、それはどうでもいいのさ、捜査にはね。ようするに重要なのは法則性だ。一貫した事実があり、考慮すべき点があり、解決への糸口があればいい。原因があって結果が出るなら、どんな物でも探索に値する。初歩だよ」
「まあ事件簿には書けないが、興味深いという点では最高だったな」
「ぼくが手掛けるものはそうであって欲しいね」
***
オルコット氏からの手紙によると、ショーン・マカラムは彼の優秀な助手になったそうだ。彼はショーンを引き連れスコットランドのあちこちで遺跡調査に専念しているらしい。また同時にショーンへ教育を施し、友人である伯爵の援助を得て将来はエディンバラ大学へ進学させるつもりだという。ショーン君は前途有望な学者の卵なのだ。
怪物が沈んだ後、1週間ばかりして湖に魚が戻ってきたという。鮭が昇ってくるようになり漁師たちは大喜びだそうだ。滑稽なことに、村人はシャーロック・ホームズが魔法を使ったと思っているという。これにはホームズも苦笑するしかなかった。
例の遺跡についてオルコットは悩んだ末、後世のことを考えて撤去することに決めた。村人を説得して悪魔崇拝に関連すると思われる巨石はダイナマイトで爆破し、建築材にしたという。また七枝剣は元の場所へ埋め戻し、誰にも教えるつもりはないと綴っていた。かくして、我々の冒険は歴史の彼方へ消える運命のようである。
☆シャーロック・ホームズのパロディ小説は沢山ありますが、これもその一つです。
趣味が高じて自分も書きたいと思うようになりました。
「もしもホームズが悪魔や怪物に遭遇したら…」というものです。
一つだけ注意点があります。
デヴィット・マカラムが「あんたらイングランド人は…」と言っていますが、ホームズとワトソンが何人であるか、原作では言及されていません。もしかしたら彼らはスコットランドやウェールズ、アイルランドの血を引いているのかもしれません(ホームズは間違いなくフランス人の血を部分的に引いていますが)。
よってこのセリフはあくまで「他所から来た人」という意味になります。
作中でクドクド説明するのはためらわれたので、ここで解説ということにしました。