LateNightRacing(時々変わってる) 作:灰崎 快人
鴉の伝言通りにガレージにやって来た伊吹と透そして薫。伊吹がガレージのスイッチを入れてシャッターを上げると、そこには純白のRX-8が佇んでいた。その近くの机の上には鍵が置かれており、透はそれを手に取ると孤狼が用意したエイトの運転席に乗り込んでいた。
一方的に打ち負かされ挙げ句の果てに自身の不適和でブローさせてしまったエイトの代わりに、一週間という限定された期間でこの純白のエイトを乗ることを許されていた。
「……私は後ろから追いかけた方が良いよね?」
「うん、それでお願い」
透は普段のキャラを忘れいつになく真剣な表情で、ステアリングを握っていた。エンジンが掛かると13B-MSP型が咆哮するように目覚めた。馬力は乗っていたエイトと同じくらいに調整されているのだろうが、細部まで拘っているのかメーター類も綺麗に整えられていた。
「……見せて貰おう、私のエイトとどれだけ違うのか」
今回は配信外であり完全なプライベートだった、透はゆっくりと1速に入れてガレージを後にする。伊吹と薫を乗せたFD3Sはその後ろについて行った。エイトの動きを後ろから見ていると、快調に速度が乗っており、FD3Sの助手席に乗っている薫は見ているだけで動きが違うと感じていた。
「……よく出来たチューニングカーだと思う、パワーを上げるだけじゃなくて細部もしっかり強化されてる。元になったチューニングは多分、透と同じシングルターボだと思う。だけど私が見た時と違って車体がブレているようには見えないし、多分あれから手を入れて本当に完成されたマシンなんだと思うよ」
薫はそう話をしながらも、前を走るエイトを見ていた。伊吹は何故あの車を姉の透に一週間だけ貸しだしたのかその理由が分からずにいた。圧倒的な車の完成度を見せつけるためならば、透を助手席に乗せて走ればそれだけで済んでしまう。それで終わらせれば済む話だった。しかし伝言では「お前のエイトで来い」と言われていた。伊吹は孤狼の意図がやっぱり分からなかった。
「孤狼さんは、どうしてそんな事を言ったんでしょうか?」
「……考えられるのは2つ。1つはそのエイトを彼の言い値で買わせるため、そうすればあのエイトは透のセカンドマシンとして確実に力になってくれる。もう一つは透のエイトに同じチューニングをするためのデモカー、あの赤いエイトはエンジンブローしても修理可能なレベルで落ち着いていた。それならまだ走ることは出来る。だからあの白いエイトはその為の予備パーツ……まぁどっちか私は分からないけどね」
伊吹は余計に分からなくなっていた。
一方、透は自身のエイトと比べて安定した動きのあるエイトに驚きつつもしっかりと加速させてC1を走らせていた。6速までしっかりギアを上げ、エンジンの回転数をメーター読みで8000回転までしっかり上げていた。エイトにターボの加速がしっかりと乗り、ストレートでは約270㎞程まで速度が伸びていた。
トータルバランスが優れているエイトに対して、どれだけ自身のエイトが荒削りなチューニングをしていたのか、それを思い知らされる結果になっていた。今自身のエイトはフライアークで修理されているが、それよりもこっちのエイトが乗り心地が良いとすら思えるようになっていた。しかし少しでも雑な運転をすればスライドしてラインが僅かにズレていた、妥協を許してくれないマシンとして完成されていた。
「コーナーで少しでも気を緩めれば、このエイトは牙を剥いてくるっ……!」
まだ始まったばかりだったが、このエイトを乗りこなすには充分な時間である事には変わりないだろう。
「……伊吹、薫。ここからは一人で走らせて、お願い」
「お姉ちゃん……」
「行こう、伊吹。私達は少し邪魔だろうから」
「わ、わかりました。無理しないでね、お姉ちゃん」
「……うん」
伊吹と薫は首都高を降り、透はエイトを感じるためにC1の周回を続けていた。するとそこにバトル中と思われる34Rとポルシェ911が現れた。ポルシェがRを追いかけている様子であり、Rは必死に逃げている様子だった。
(どっちかがバトルを仕掛けた?33R……じゃない、多分仕掛けたのはポルシェから?)
ポルシェは煽るように後ろに付いており、33Rのドライバーは焦りつつもしっかりラインを外さないように走っている様子だった。992型のポルシェしかもベースモデルであるカレラだとすれば、
ノーマルでも最高速度は約300㎞まで伸びる。対して33Rは何処までチューニングしているのか分からないが、ノーマルから200馬力ほど上げていれば同じラインに立てるレベルのポテンシャルを秘めたRB26DETTが積まれている。エアロ系もしっかりと空力が考えられたセッティングにされており、ポルシェよりも乗れているように見えた。
ポルシェ992型はベースのカレラモデルのようだった、歴代911クーペの核となる
そうしてポルシェと34Rが走り続けていると、ポルシェが速度を緩めて34Rの背中を追うのを辞めてしまった。34Rはチャンスだと思い一気に加速し、もうテールランプすら見えなくなってしまった。ポルシェは一体何がしたいのだろうと思っていると、透の真後ろにピッタリと張り付いていた。
(今度はこっち!?)
透が速度を上げてポルシェを突き放そうとすると、しっかりと一定の距離を保って付いてくる。まあこちらが慣らし運転中だと言うことを分かっているのか、2メートル以上離れてじっと後ろを走られていた。
(……このプレイヤー、何考えてるの?)
透はしばらくC1を周回した後にPAに滑り込むと、ポルシェも同じように入っていた。そうして隣同士に車を停車させると、ポルシェのプレイヤーがゆっくりと降りてきた。
「……へぇ、お前が咲夜が言ってたRX-8乗りか。どうだ?あいつのエイトの乗り心地は?」
「孤狼咲夜の知り合い?」
「まぁそんなところだ、ある意味悪友でもあるかもな?」
「名前は?」
「俺か?
そう言って目の前の男はケラケラと笑っていた。そんな人物が何故自身を追いかけているのか分からず、透は怪しむような目で彼のことを見ていた。
「おいおい、そんな目で見るなよ」
「一体何のよう?」
「なに、少し気になっただけだ。あいつが気にかけるプレイヤーなんて早々いないからな。しかもあいつ、お前にこのマシンと同等のチューニングしようとしてるみたいだし……全く何考えてるんだか。あいつには悪いけど、俺はそのマシンにアンタが相応しいか勝手に見てるだけだ。しっかり物に出来るドライバーじゃなければ、あいつが手がけたマシンに乗る資格はない」
孤狼咲夜に対して絶対的な自信を寄せており、むしろ強火ファンまで行きそうなレベルの人物だった。
「ただ……少し見ただけでも充分そうだったし、問題無そうだな。あんたはエイトの走り方をよく知っているようだ、特にターボ化されたエイトにはな」
「私が乗ってたエイトも、ターボ化されてたから」
「なるほど、通りで慣れてるわけだ。それならもう完全に物に出来るのも時間の問題か、俺が心配しなくても問題なかったな」
羅枯はそういうとポルシェの運転席に乗り込むと、そのまま首都高に戻って行ってしまった。初対面でレベルを測られた、しかもその人物が孤狼咲夜のライバルを自称している。少し疲れを覚えつつも、透はエイトに乗り込んで再びC1を走り出していた。
一方その頃、伊吹と薫を乗せたFD3Sは首都高を降りて近くのスーパーマーケットで買い物をしていた。食品や衛生品など様々な品揃えだが、この世界はゲームであり食事は必要としない。しかしこれらが用意されているのは娯楽の1つであり、ゲームの中でもリアルな生活をすることが出来る。
「そういえばこの世界って警察署と病院が無いんですね」
「うん。確かに警察署はあった方が良いかもしれないけど、そのロールプレイをこの世界でしたい人がいるかどうか分からないから。病院も同じ理由、基本的にこの世界を遊んでいる人は非日常感を楽しむ為にやってるのが多いと思う」
伊吹の問いに薫が答えていた。薫はカゴにコーヒーやスティックシュガーを入れており、今夜のドラブ配信の後のアフタータイムを楽しむ予定らしい。スーパーマーケットやコンビニエンスストアはNPC(希にプレイヤー)の店員がレジ打ちや仕入れをしている為、商品が無くなるということは無さそうだった。逆に捉えればそれだけ需要が薄いと言うことでもある。ただレースで勝てないプレイヤーの最低限の救済措置らしく一日で10万ほど稼げるらしい、それでもレースに勝った方が10倍以上の賞金が簡単に手に入るため本当に需要はごく僅かだった。
対して最も懐が潤っているのがこの世界のメカニックや整備士だった。この世界はリアルを追求しているため、当然メンテナンスは必須になってくる。NPCも当然いるにはいるのだが、こちらは初心者向けに最低限度の金額で最低限度のメンテナンスしかしてくれないため、懐が潤っていけば必然的にプレイヤーに頼むようになってしまう。そのためこの世界でメカニック、そして整備士は重宝される存在だった。
「三菱さんも鈴木さんも本当は自分の車を走らせたいんだろうけど、整備士とメカニックのロールを請け負ってくれている。ただ本当にこの世界では二人よりも腕の良いプレイヤーがいるってこと、あの孤狼咲夜ってプレイヤーがどれだけの実力者なのか……あのポルシェもきっと」
「ポルシェ?」
「……なんでもない、気にしないで。とにかく、一週間で透がどれだけあのRX-8を自分の物に出来るか。そして孤狼咲夜の考えが分からない以上、一週間後を待つしか無い」
「……は、はい」
そうして二人は支払いを済ませ、フライアークの拠点へと戻っていた。
そうして体験終了日。
透は薫に同伴して貰っていた。透が孤狼のRX-8を、薫が透のRX-8に乗ってガレージへやって来ていた。
「……来たか」
ガレージの前には孤狼と羅枯が待っていた。孤狼はエイトの鍵を受け取ると、透に乗り心地はどうだったかと感想を求めてきていた。透は素直に乗りやすく加速が伸びるとても良い車だと思ったのと同時に、少しでも油断すれば何処かへ飛んでいきそうだとも話していた。
「そこまで掴めてるのか、意外とセンスあるんだな」
羅枯がそう言って笑っているが、薫はその男性がどんな人物か未だに分かっていないため、少し警戒している様子だった。
「それで、どうする?この車を忘れるか、同じようにそっちのエイトも組むか」
透のRX-8は元の250馬力クラスに戻されていた。原因はターボキットが使い物にならなくなってしまったこと、そして予備パーツが一切無いことだった。そのため今のエイトは馬力は純正そのもの、それ以外はストリート仕様としての面影をきっちり残していた。
「……お願いします。私のエイトを、貴方のRX-8と同じように、してください」
そういって透が頭を下げると、孤狼は透の鍵を受け取りガレージに赤いRX-8を搬入した。羅枯は孤狼の指示に従ってサポートする形で動き回っており、白いエイトからパーツを外して孤狼に渡していた。250馬力から一気に450馬力にパワーアップ、しかもエアロやウイング系統も新しい物に交換されていた。
「カーボンボンネットにGTウイング……エアロはマツダスピード風?」
しかもエアロに関しては既に赤いボディに塗装済みであり、取り付け調整をすれば良いだけになっていた。赤いエイトに搭載されていたパーツは逆に白いエイトに取り付けられる形になり、僅か四時間ほどで完了した。そしてサイドスリップ・ブレーキ・速度計複合試験機に乗せられており、透が運転席に乗ってアクセルを噴かしていた。孤狼は細かい調整をしてそこから一時間後には終了と呟いていた。
「えっと……お金の方は」
「要らない」
「……え!?」
「要らない、走りで返してくれ。伊吹みたいに」
透は困惑しつつも、薫と伊吹が一礼したのを見て同じように頭を下げてガレージを離れて行った。生まれ変わったRX-8のマフラー音が響いており、首都高に上がったのを聞いた二人は家の中に入って行った。
「事故ることは無いと思うぞ。まぁ油断したらどうなるかね?」
「油断しなければ問題ない、運転は現実でもゲームでも同じ。だろ?一瞬の油断が命取りになる、それに羅枯はある程度後ろを追いかけたんだろ?」
孤狼はそう言って羅枯を見ていた。
実はあの後結構な頻度で羅枯はエイトを見ては後ろから追いかけ回して様子見をしていたのだった、それは孤狼に言われたからではなく純粋な興味からだった。そしてもう一つ走っていた理由があるのだが、その理由は孤狼とだけしか共有されていない特別なものだった。
「咲夜、例のFC3S……情報入ったか?」
「いや、まだ。そもそもカブリオレ仕様なんて余程の物好きしか乗らないよ。それにイベントレース限定報酬車両だけど、参加者も数える程度しかいない」
「はぁ……マジかよ。公式の掲示板見ても分からないのか?」
「見たら分かるかも知れないけど、ボディーカラーが変わってる可能性も充分にある。だから鵜呑みに出来る情報じゃない、あくまでも参考資料程度にしかならないよ」
羅枯がLNRの公式掲示板で「MAZDA・オープンカー・トーナメント」の歴代優勝者を確認していた。しかしほぼ同じ名前であり、時々違う人物の名前になっているだけだった。
「神楽柊か……それとも
羅枯は二人のプレイヤーの名前を呟いていた。