LateNightRacing(時々変わってる) 作:灰崎 快人
「こんにちは!今日は前回の続きをしていこうと思います。前回はちょっと事故っちゃって、それで孤狼咲夜さんの車を借りたところで終わりましたね。今回はそれ使って車の癖とか走らせ方とか憶えていきたいですね!」
元気よく視聴者達に挨拶をする伊吹だが、その声は僅かに落ち込んでいる声色だった。それもそうだろう、前回で愛車をぶつけられた挙げ句、即事故車にされてしまったのだ。落ち込むなと言う方が無理な話だった。
「……大丈夫?」
そんな伊吹に話しかける孤狼、目元には僅かにクマができており、パーツの調整が行われた後の様子だった。まさか昨夜からずっと整備をしているのでは?と一瞬思ってしまったが、そんなわけは無いと考えをすぐに捨てた。流石に今日が日曜だからと言ってオールしているなんてことはないと思って居た。
「あの、孤狼さんは大丈夫なんですか?」
「仮眠室で寝たから大丈夫」
「……えっと、ゲームの中で寝たんですか?」
「そう」
確かにこのゲームの世界では家の模様替え用にベッドや布団がラインナップで存在するのだが、それを使うよりもゲームを終了して現実世界で眠った方が健康的なのは言うまでも無いだろう。しかし孤狼の発言からして彼はその用意されたベッドで眠っているのだ、仮に休憩が取れたと言ってもごく僅かな疲労感が取れただけ。
「あ、あの……ちゃんと現実世界でも寝てくださいね?」
「……わかった」
伊吹の言葉を素直に受け止める孤狼だが、再び車と向かい合って整備を続けていた。動いたときにパーツが干渉しないか確認をしている様子だった。
「……本当に大丈夫かな」
《信じるしかない》《それはそれとしてはよ寝ろ》
《無茶してないか不安になるわ》
《下手に直されても文句言えないからな……助けて貰ったし》
そんな言葉がコメント欄に流れていく。
それでも信じて愛車が直るまでの間、孤狼から貸し出されている車でこの世界と技術を磨くことにした。
「それじゃあ、行ってきます!」
伊吹は元気よく孤狼に挨拶をすると「……いってらっしゃい」と小さく手を振って送られた。
まさか挨拶言葉を返してくれるとは思わず、少しドキッとしてしまっていた。
「よ、よし……今回は首都高に行こう。流石に前回みたいにならないように注意しながら走って行こう」
そう自身に言い聞かせ、伊吹は首都高に走り出していった。昼間と言うこともあり、速い車はそこまで数は無く、どちらかと言えば一般車やトラックが多い。目の前を走っている車達はNPCではなく、この世界で別の職業に就いているプレイヤーの可能性もある。NPCとプレイヤーを見分ける方法は、NPCは一定の速度で走るため追い越しなどが発生しない。しかしプレイヤーはどんどん追い越していく、それがNPCとプレイヤーの違いだった。
「やっぱりお昼に練習した方がいいのかな……」
そんな事を呟きながら走っている伊吹。視聴者からはその方が良いかもしれないと言う声も上がるが、昼は昼夜は夜という考えをもつ意見もあった。
昼間はNPCが走っているが、夜はNPCが走っていないらしく、夜の方が練習になると言う声もあった。人によって練習する時間は違うため、伊吹は自身のレベルにあった練習時間を考える必要があった。
「そういえばこの世界で整備士の資格って取れるんだね」
《取れないとNPCにしか点検して貰えないからな、ちなみに滅茶苦茶高いぞ一回で30万だからな?しかも2週間も掛かるし》
《わざわざディーラーに持って行かずに自分で整備するってのもめんどくさそうって、考える人はかなり居る。実際は整備士の資格取れたらかなり重宝されるからな、NPCより安く済ませてくれるし》
《ただそうなると自由な時間がかなり減るんだよな……1級取るのに自動車科でも5年とかかかる し。ちなみにこの世界だとすぐに1級になれる。自動車検査員、特殊整備士にもなれたはず。だけど、それはごく僅かだって聞いた》
「孤狼さんは……整備士なのかな?」
そんな会話をしながら伊吹はパーキングエリアに車を停車させ、僅かな配信休憩を取ることにした。お昼時を少し過ぎた時間と言うこともあり、視聴者も食事を取りながら伊吹の配信を見ている様子だった。伊吹自身も世界から一旦ログアウトし、昼食と軽いエクササイズをしていた。長時間のゲームは身体や精神に悪影響をもたらしてしまうため、リフレッシュことをオススメされていた。
「ん……よし、水分補給もしっかり取って身体もほぐした」
一時間後に戻り、FD3Sの周りを見渡してみればトラックに普通車が少しと、寂しいものだった。
《お、配信再開か》
《1時間も休憩できれば充分だろ、他の配信者とかトイレ休憩とか言って5分しか休まずに再開するからな?それで結局疲れ取れなくて、レースでミスして壁に車体を擦りつけてたからな?それでペナルティで一週間ログアウト》
《は~馬鹿だね。リアルでも30分以上の休憩を取るのが基本なんだぞ?430休憩って知らないのか?配信でも休憩は必須だろ》
そんな話をしている時、入り口から一台のRが入ってくるのを目撃した。
《白い32R?》《羽無しだな》
そんな声が上がる中、その32Rは銀色のFD3Sの隣に駐車した。NISSANのスカイライン32Rは、RB26DETTエンジンを搭載している。
2.6Lの直列6気筒ツインターボエンジンを搭載した32Rは当時の自主規制値上限である280馬力を発生させたため、そのポテンシャルの高さからチューニングベースとして人気が強かった。電子制御トルクスプリット4WDシステムである「SUPER HICAS」を採用したことで高速走行時のコーナリング性能はかなり高く、
その強さから「ゴジラ」という愛称で呼ばれていた。
《リアウイング外してなんか意味あるのか?》
《ダウンフォースの減少する。高速コーナーや直線で安定性が低下する。具体的に言うと、車体後部が浮き上がりやすくなって不安定になる。スタイリッシュに見せるためにリアウィングを外すことがあるな。まぁその方が格好いいからって事だよ。よく居るだろ?例えば外見を一切弄らず、見えない場所だけチューニングするとかな。エンジンだけはチューニングしてるとかな》
《エンジンだけチューニングして速くなる物なのか?》
《レスポンスは向上すると思うけど、それ以外がノーマルだとエンジンの性能を十分に活かすことが出来ない場合もある。車全体をバランス良くチューニングした方が性能は発揮しやすい。あとエンジンのチューニングは負担が大きくなる可能性もあるからな、定期的にメンテナンスした方がいいだろ》
《なるほどな》
コメント欄が賑わっていると、操縦席側の扉がゆっくりと開いた。そこからはスーツを着込んだ女性が姿を現した。容姿を見てみれば、伊吹よりも年上でスラッとした体型のアバターだった。
「ちょっと良いかしら?」
「な、何ですか?」
「この車、どこでチューンしてもらったの?」
「……え?」
「そのFD3S、相当手が入れられてる様に見えたから何処でチューニングして貰ったのかなって、気になっちゃって」
笑顔でそう言う彼女に、伊吹は素直に答えるかどうか悩んでいた。
《なんかこの女怪しいな》《でも下手に嘘教えたら目を付けられるかもしれない》
《ここは素直に話した方が良いかも》
視聴者から助言を貰い、素直に話す伊吹。しかし相手はどこか不思議がっている様子だった。
「孤狼……孤狼?そんなチューナー居たかな……」
「えっと、実は整備士かもしれなくて……」
「それは無いわよ。チューナーと整備士をやってるなんて……ありえるの?」
そういって考え込んだ後、改めてゲーム内の掲示板を確認する。掲示板にはバトルの挑戦状やイベントなど、様々な物事に浮いて書かれているだけではなく、プレイヤー達の憩いの場でもある。勿論整備士の評価やチューナーの評価もそこに書かれているため、評価の高い人ほど多くの客が来るのだ。
「孤狼、孤狼……これかしら?」
《孤狼咲夜、若き天才。ガレージ不明、これからの活躍に期待》
《整備士とチューナーの資格保持者》
「資格はあるのね。でもどうして?そんなに凄いなら有名になってても良いはず」
「……えっと、確かこの世界で整備士って重宝されるんですよね?」
「え?うん、そうね。プレイヤーの整備士なんて50人も居ないはずだから、特に企業所属のドライバーチームとかにスカウトされれば、一生安泰だからね」
「それが嫌で、隠してるとか……」
「それは無いわよ、だってスカウトされれば現実世界で一生遊んで暮らせるのよ?それだけこのゲーム世界では希少価値なの。でも本当に嫌な人は隠し通すかも知れないけど……」
ため息を漏らしながら話す彼女を見ながら伊吹は孤狼について考えていた。彼は基本的に無口なタイプであるが、人には優しいタイプだと伊吹は考えている。ただ何処か口調に若さが出ていたりと、容姿に似合わないのが気になっていた。
「……まあ良いわ、このFD3Sと走ればわかるもの。と言うことで今夜バトルしてくれない?」
「え?えぇ!?私このゲーム初めて二日目なんですけどぉ!?」
「え?そうなの、じゃあバトルは無理そうね……」
「……孤狼さんバトル受けてくれないかな」
伊吹がそう呟いたとき、女性がなにか閃いたかのように声を上げた。
「そうだ!その孤狼とバトルすれば分かるわね!」
そう言って伊吹に孤狼のガレージに案内するよう言ってくる。迷惑を掛けないだろうかと心配しながらも伊吹は女性を連れてゆっくりと孤狼のガレージに戻った。
勿論ガレージに向かうまで、配信画面は待機画面にされたため、視聴者達は再開するまでまた休憩を取ることになった。一部視聴者の中にはLNRを遊んでみたいとフルダイブ機器とゲームの購入を検討している視聴者達が多くなっていた。
既にゲームを遊んでいる視聴者達が先駆者として初心者プレイヤーにアドバイスする光景が続いていた。
《やっぱりオススメは手頃で扱いやすい車か》
《外車も良いだろうけど……正直チュートリアル達成報酬以外で手に入れるとなるとかなり時間掛かるぞ、ポルシェ911カレラGTSは2379万円するからな》
《高っっっっっっっか!!!!》
《だからレースに出て、賞金を稼ぐって訳だ》
孤狼のガレージに戻ってくると既にパーツの塗装に入っており、伊吹のFD3Sと同じ塗料が白いパーツに塗られていた。伊吹と女性に気が付くが、パーツの塗装が終わるまで話しかけることは無かった。
「……凄い」
「自分で塗ってるのね……あのFD3S、あれが貴女の?」
「あ、はい。初日でぶつけられちゃって……」
「そう……災難だっだわね」
孤狼の作業が終わるまで離れて会話をしていると、こちらにゆっくりと近づいてくる。どうやら作業を一旦終わらせたらしい。
「……?」
「えっと、途中でこの女の人と会って」
「初めまして
「……そうだけど」
「私と今夜首都高でバトルしてくれませんか?」
玲佳の提案に少し黙った後、孤狼はゆっくりと口を開け「断る」と言った。
まさか断られると思って居なかったのか、玲佳が一瞬呆然としていたがすぐに立て直し何故バトルしてくれないのかと聞き返した。
「……理由がない」
嫌そうに玲佳を見ながらそう呟く孤狼。確かに出会って数秒しか経っていない相手にいきなり勝負を仕掛けられるのは、プレイヤーとしてどうなのか?と一瞬伊吹も視聴者も思ってしまっていた。しかし諦めず玲佳は孤狼にバトルを挑む。
「整備士とチューナーの資格を持つ孤狼咲夜。その噂が本当の話なのか、この目で確かめたい。勝負、受けてもらえますか?」
玲佳は本心を伝えるが、孤狼には全く響いていないのかむしろ迷惑そうにため息を漏らしていた。面倒なのかそれともバトルが嫌いなのか……
《やっぱり嘘なのか?》《それか本当に面倒くさくて相手したくないか》
《いや仕事してる人にいきなりバトルしてくれ!って言う方が迷惑だろ》
《それはそう》
そんな会話を見ながらも伊吹は孤狼がどう返事をするのか不安になりながら見ていた。すると孤狼がゆっくりと口を開いた。
「……何処」
「っ!首都高速神奈川1号横羽線、付近のレストランで集合で」
「……わかった」
孤狼はめんどくさそうに玲佳の勝負を取り付けた後、再びFD3Sパーツの塗装に入っていた。
「ありがとう、これでやっと孤狼咲夜について知れるわ」
「……少し無理矢理だった気がします」
「いいのよ、これも彼を知るためならね」
そう言って玲佳は32Rで走り去っていった。伊吹はその場から走り去るのを見た後、孤狼に近づいた。彼は不機嫌そうにため息をついており、玲佳が走り去っていった方を眺めていたが、しばらくするとFD3Sにシートをかけていた。
「あ、あの孤狼さん。やっぱり迷惑でしたよね……」
「……一日延びた、いい?」
「あ、はい!大丈夫です私が迷惑掛けちゃってるんで!」
そう伊吹は言うが、内心では重荷を背負わせてしまったと酷く自分を責めていた。
孤狼は普段着に着替え、仮眠室に移動していた。
「……九時に起こして」と言って仮眠室で眠る孤狼の寝顔は、少しだけ幼く見えて可愛らしいと伊吹は思ってしまった。
「……大丈夫かな、孤狼さん」
《徹夜で修理してたから、今は寝かせた方が良い》
《シャッター閉めてお客さん来ない様にしよう?途中で起こしたら可哀想だし》
《……そもそも客来るのか?》
「そんな事言ったら失礼でしょ……ガソリンスタンド行って燃料満タンにした方が良いよね?9時になったらバトルするために行かないと行けないし」
そう言って伊吹は車を近くのガソリンスタンドへと運んで行く。この世界ではレギュラーが100、ハイオクが150、軽油が50とかなり破格の値段で提供されて居る。現実世界でもこのくらいの値段に下がって欲しいところ。
「リッター150円って結構破格じゃない?」
《充分破格だよ》《日本の平均180とかだぞ》
《ゲーム内だからこんなに安いんだろうな……現実クソだわ》
そんな言葉がコメントに並んでいた。伊吹は苦笑いしつつも、ガソリンを満タンにしてガレージへと戻り、九時になるまで視聴者との雑談配信をするのだった。
《32Rと言えばアレだな……》
《あぁ、アレか》
「……あれ?」
《肝心な所でアンダーを出しちまったぜ!》
《いってーな……また板金7万コースかな……》
「……?」
よく分かっていない伊吹だった。
NISSAN・スカイライン32GT-R 350馬力。