LateNightRacing(時々変わってる) 作:灰崎 快人
九時になり孤狼の身体を揺さぶって起こす伊吹。
浅い眠りをしていたのか孤狼はすぐに起き上がり、伊吹をFD3Sの助手席に乗せ、玲佳に言われた待ち合わせ場所へとFD3Sを走らせていた。
「……」
「あの、孤狼さん……大丈夫ですか?」
「……なにが?」
「やっぱり断っても……」
自分がきっかけで孤狼を玲佳とバトルさせてしまうことに申し訳なくなり、無理に戦わずに断って帰っても良いのではと孤狼に聞く伊吹。
「……別にいい」
しかし孤狼は玲佳と戦う事を決意しており、意志は絶対に曲がらないだろうと伊吹は思ってしまった。重たい空気の中、玲佳が言っていたレストランに辿り着く。深夜と言うこともあり車は無く、玲佳の乗る32Rだけが駐車場に止まっていた。
「……この車か」
孤狼は32Rの隣に車を止めて、玲佳が出てくるのを待つ。
伊吹が「車から出ないんですか?」と聞くと「うん」と言って玲佳が出てくるのを待っていた。しばらくして、玲佳がこちらに気づきレストランから出て来る。
「なんで声かけてくれないんですか!?」
「……なんでしなくちゃならないんだ?」
無理に勝負を挑んできたのはお前だろと言わんばかりの態度の孤狼に、玲佳は腹を立てながら睨みつけて見つけていた。「あはは……」伊吹はそんな二人を見て苦笑いするしかなかった。
《まぁ……確かに挑んできたのは相手だからな》
《しかも嫌がってる相手にだからな……》《無理もないよな》
コメント欄でもそんな声が漏れていた。玲佳はそんな孤狼にイライラしながらも、確実に撃墜すると宣言した。
「いいわ、首都高で突き放してあげるから!」
「……そうか、それは楽しみだ」
挑発的な孤狼を後ろにして2台は首都高に入っていく。
「……飛ばすからちゃんと捕まってて」と孤狼に言われた伊吹はアシストグリップを展開して急激な加速に備えることにした。「だ、大丈夫です!」と伊吹が言うと、孤狼はギアを一つあげて玲佳の後をついて行った。
「バトルって、初めて?」
「はい!初めてです!」
「……なら、しっかり見てて。暗黙のルールがあるから」
「暗黙の、ルール?」
コメント欄に助けを求めると、先駆者達が解説してくれた。
《まずバトルに入る前にコースを一周する。これは今の時間帯のコースを確認するため、エンジンを暖めるためという理由がある。あとはNPCや他プレイヤーの数の確認だったり……まぁ簡単に言えば慣らしだよ。慣らし中は180㎞を越える速度は出さず、相手を越さないように流し運転を心がけるのが大切だぞ》
《あとはバトル開始の合図として、200㎞まで車体を加速させる。そこからは追い抜き出来るから、存分に競い合って大丈夫だよ》
暗黙のルールだというのに、解説されてしまい伊吹は苦笑いを浮かべてしまう。
「……バトル開始」
孤狼がそう言うと、32RとFC3Sが一気に加速した。
200㎞を超えた辺りから、周りの車が止まったかのように見える景色。それに伊吹は見とれてしまっていた。今の自分ではこの世界を一人で見ることが出来るのかと思いつつも、孤狼が運転している様子を観察し少しでも自分の走りになにか糧に出来ればと学び始めていた。
《ここから先が本当の勝負かもな……》
《この車何処まで弄ってあるんだよ?》
《250km以上で走らせられたら本物だぞこの人!》
《車詳しい人!2台について解説してくれ!》
《ゆっくり伊吹なんだよ。今日はスカイライン32Rについて解説していくよ。RB26DETT型2.6L直列6気筒ツインターボエンジンを搭載しているよ、これは当時の自主規制値上限である280馬力を発生させ、低回転域から高回転域まで力強いトルクを発揮させているのが特徴だね。
これはツインターボシステムによって低回転域から過給圧を高め、ターボラグを最小限に抑えるそれでスムーズな加速を実現させているんだよ。
駆動式は4WD。搭載されているATTESA E-TSと呼ばれる4WDシステムは前後輪のトルク配分を最適に制御し、高いトラクションと安定性を実現しているんだ。4WDは悪天候で滑りやすい路面でも安定した走行が可能になっているから安心だよ。力強く、迫力のあるスタイリングが特徴的で、大型リアウィングはダウンフォースを発生させて高速走行時の安定性を高める役割を持っているんだよ。
フロントやサイドシルスポイラーなども空力性能を向上させるために装着されてるな。少し前にも言ったが、JTSなどのレースで圧倒的な強さを誇っていたこともあり「ゴジラ」なんて愛称で呼ばれていたこともあったのが特徴だね。
高い走行性能と安定性を両立したオールラウンダーなスポーツカーで、運転に自信の無い人でも安心してアクセルを踏める車だよ。リアウィング無いからダウンフォース減少して安定性減少してるし、間違いなくチューニングされてる車だね》
《……なんでゆっくり解説?》
《いや、良いかなって思って……》
伊吹はそんな話を苦笑いしつつ、バトルの様子をしっかり見ていた。
《ゆっくり孤狼なんだぜ、今回はFD3Sについて──》
《おい馬鹿やめろ!》《孤狼さんまでゆっくりにするな!》
視聴者同士で騒いでいたが、当の本人はガン無視してコメントを打っていた。
《FD3Sに搭載されているエンジンは13B-REW型エンジンというシーケンシャルツインターボチャージャー付きのロータリーエンジンなんだぜ。》
《おい、コイツ止まらないんだが?》《頼むから止まれ》
《このエンジンの特徴は高回転域までスムーズに吹けるのが特徴的で、軽量でコンパクトでありながら高出力を発揮出来る。最適なエンジンとして評価されていたこともある。ただロータリーエンジンは構造上、オイルの消費が多く燃費が悪い、メンテナンスが難しいってデメリットがあるんだぜ。
FD3Sは軽量な車体に優れた重量バランス、それによって高いコーナリングを発揮することが出来る。フロントエンジン・リアドライブ駆動形式を採用しているため、雨天時や滑りやすい路面では後輪が滑りやすくなって運転に注意しなければならないから、ドライバーは気をつけるんだぜ!
FD3Sのボディは流麗で美しいフォルムが特徴的だ、リトラクタブルヘッドライトを採用している。これは空力性能とデザイン性を両立しているんだぜ。
その美しいデザインは今もなお多くのファンを魅了している。
「タイプR」「タイプRS」「タイプRZ」「スピリットR」などの様々なグレードが設定されているのも特徴的だ。孤狼のFD3Sは恐らく「スピリットR タイプB」なんだぜ。5速MTの4シーターでレカロ社製の専用レッドフルパッケージシート、ドリルドタイプのブレーキディスクが装着されていた物。スピリットRはFD3Sの最終モデルであり、走行性能を極限まで高めた特別なモデルなんだぜ。
手が入れられているのは、フルバケットシートは黒色に変更されていて、多分エンジン本体も全部手加えられてるから450馬力とかあるんじゃないか?》
《解説ありがとう、とりあえず安らかに眠れ》
《惜しい人を亡くしたな》
《ん?俺今から死ぬ?》《うん》《嘘でしょ……》
伊吹はコメント欄にて2台についての解説に目を通しながらも、真剣な表情で運転している孤狼とその景色を見ていた。
コメント欄は依然として32RとFD3Sについて意見が飛び交っており、盛り上がりを見せていた。
そんな事も知らず、玲佳は付いてくるFD3Sにため息をついていた。
「……どんな腕かと思ってみれば、後ろを付いてくるだけで精一杯。期待外れね」
32Rのギアを一つあげ、250㎞で首都高を走っていく玲佳は止まっているかのように見えるアザーカー達を追い抜き、孤狼達を突き放していく。ゆっくりとバックミラーからFD3Sが離れているのを確信し早々に評価を付けていた。
「底が知れているチューナーのマシン」と。
「全く、こんなことなら最初から本気で走らなきゃ良かった」
そう言ってゆっくりとアクセルを緩めていた。それを孤狼は見逃すわけも無く、僅かにステアリングを強く握って笑みを浮かべていた。
「……伊吹だったよね」
「はい!伊吹です」
「……ちゃんと見ててね」
銀色のFD3Sが加速して並んだかと思えば、そのまま玲佳を突き放していく。玲佳はあえて後ろにつくことで孤狼が手塩に掛けた車と彼の技術がどれほどのものなのか、この目で確かめてやると睨み付けていた。
そうして再びアクセルを踏んで車を加速させたが、何故か追いつけない。
むしろどんどん離されていた。
(あれ……?なんで?さっきはこれだけで……)
追加メーター上はきっちり7500回転で約260㎞、しかしそれ以上の速さで孤狼のFD3Sは走っていた。
(油断した!本気で走ってなかったんだ!)
急いでエンジンの回転数を上げて速度を上げていく。約8000回転で290㎞を超える速度で追いつこうと食らいついていた。それでも一旦開いた差を埋めるのには時間が掛かる、玲佳は冷静に焦らずにしっかりとアクセルのオンオフ、ブレーキの入れ方にギアの入れ方をこなしていた。
「……あっちも本気みたいだね」
孤狼はバックミラーに映っている32Rを一瞬見ながらも、NPCや他プレイヤーの車両をスラロームで交わしていく。その動きは最低限であり、アクセルやギアの入れ方にも無駄が一切無かった。
「は、速いっ!今何㎞出してるんですか!?」
「ん?5速、8500回転。290㎞」
「えっ……」
そんな速度で走っているのに驚きを隠せない伊吹。見た目は普通のFD3Sしかし中身はしっかり弄られているチューニングカーである事をあらためて実感させられる。さっきまで前を走っていた32Rは一瞬の油断であっという間に突き放され、バックミラーから僅かに形が見えるだけだった。
《は、速っ……》《そりゃ周りの車が止まって見えるよな……》
《このゲームのNPCは大体150前後で走ってる、それが止まっているように見えるくらいの速さで、このFD3Sを走らせている。間違いなく本物だぞ!》
「あ、後ろから32R追いついて来てます!」
しっかりと、確実に、コーナリングをクリアしていく32Rに伊吹は驚きながらも黙って孤狼の走りを見ていた。常に冷静で何事にも動じずにFD3Sを走らせていく、コーナリングでも安定したライン取りでクリアしていく。
「……」
「……孤狼さん?」
やっと32Rが追いつFD3Sの横に並ぼうとする、しかし冷静さを僅かに失っていた玲佳は僅かにハンドルを切りすぎてしまい、ゆっくりと左コーナーで壁際に膨らんでしまっていた。
(Rが……膨らんで……!)
「……オーバースピードだよ」
Gでゆっくりと32Rが路面から剥がれていく、無理に戻そうとするが失われたグリップが戻るわけも無く一気に膨らんでいた。壁の衝撃音と金属の軋む音が聞こえ、車体からは火花が散っていた。そんな玲佳には目もくれず孤狼は次のコーナーへと入っていく。
《喧嘩ふっかけたけど、事故ったから助けてください。そんな言葉が通用する世界だとは思わないな》
《この世界、そんなに甘くないからな……》
孤狼と伊吹を乗せたFD3Sは速度をゆっくりと落とし、そのままを置いて首都高を降りて行く。孤狼の脳内には既にクラッシュした32Rなど忘れていた。
「これが、バトル。常に危険と隣り合わせ」
孤狼は一般道を道路標識の速度指定で走らせながら、ガレージへと帰路に入る。
配信画面は一旦待機画面になったが、マイクはそのまま二人の会話が流れていた。
ガレージにゆっくり戻ってきた二人。伊吹は250㎞を超える速度に身体が馴染むことが出来ず、しばらくの間助手席から動けなくなってしまっていた。
孤狼から「落ち着くまで、乗ってて良いよ」と言われ、伊吹は感謝しながらシートに身体を預け、休憩時間として視聴者と雑談をしていた。
「……孤狼さん、凄かったね」
《見た目は純正エアロ、中身はチューニングされているモンスターマシン。見た目で判断してると酷い目に遭う典型的な例だったな》
《大体450馬力から500馬力くらいか?》
《少し配信を見返してきた。タコメーターが変更されているから、まちがいなく手が入ってる。あと500回転は回せると思うから……最高速度300㎞って所かな?ノーマルは215馬力だから間違いなくエンジンに手を入れられて450馬力、いやそれ以上にされているかもしれない。
燃料系や点火系、冷却系や潤滑系も強化されている。そしてそのパワーとトルクを受け止めるための駆動系に足回りもしっかり強化し、ECUのセッティングも見直されてるだろうな。
外見が銀色ノーマルFD3Sだが、手が加えられているモンスターマシン。9000回転させたら300㎞/hは出るんだろうな……》
《全車線に一台も車両が走ってないとき、全車線使って綺麗に曲がってたな》
「そうだね……本当に、とんでもない人と出会っちゃった……」
伊吹は助手席から見える孤狼に視線を向ける、先ほどまでバトルをして疲弊していても可笑しくないはずなのに、エアロパーツや細かいパーツの最終確認を再開している。秋山玲佳がその後どうなったのかは分からない、だがある程度のペナルティーは確実だろう。
その後、この場所を知っているため、いつか訪れる可能性も充分考えられる。そんな事を考えながら明日はどうしようかと、伊吹はゆっくり瞼を閉じていた。
現時刻は24時34分、リアルタイム方式を採用しているこのゲームの夜空は更けていた。孤狼が所持しているガレージの明かりと、月明かりだけがFD3Sを照らしていた。そして瞼を閉じて規則正し寝息を立てている松田伊吹の顔を照らし、遠くからは首都高から聞こえるマフラー音が聞こえてきていた。
視聴者達は伊吹が眠ったのに気が付かず、そのまま雑談を続けていた。
《やっぱり板金7万コースだったな》
《肝心な所で冷静さを欠かしたな……本当にアンダー王みたい》
《……あれ?寝てない?》《寝たな》《寝てるな》《マジで?》
カメラが一切動いてないことに気が付く視聴者達、無理も無いと言う声も上がりながら伊吹の寝息を聞いていた。時々寝返りをうっているのか、カメラが僅かに動いて視点が変わっていた。そのたびに《起きたか!?》と盛り上がるが、寝返りだと分かると《寝返り助かる》《寝息助かる》とコメントが溢れかえっていた。
それからしばらくして、助手席の扉が開かれる。伊吹が降りてこないことに違和感を憶えた孤狼が、確認をするためにやってきていたのだった。
《お?孤狼さんか?》《孤狼さんだ》《もう3時だぞ?まだ作業してたのか?》
彼の作業着は少し汚れており、後ろにはエアロを仮止めされたFD3Sが映っていた。助手席の扉を開けた孤狼は眠っている伊吹を見て少し苦笑いしていた。
彼が服を着替えて再び戻ってくると、伊吹をそっと抱きかかえて仮眠室へと移動させていく。暖かさを感じることはあまりないが、少しでも身体をリラックスさせるために仮眠室のベッドに眠らせていた。
《やさしいな》《流石にフルバケットシートで寝るのは辛いだろ》
《身体バキバキになるぞ》《そもそも寝れねえよ》
「……無理させてたかな」
孤狼は伊吹の寝顔を眺めながら優しく頭を撫でる。それはいつもの彼とは違い、優しい笑みを浮かべていた。
「……ゆっくり休んでくださいね」
そう言って彼は部屋の明かりを暗くし、伊吹がゆっくり休める環境を整えたあと、仮眠室を後にした。
《普段からは考えられないな》
《普段って言ってもまだ二日目だけどな!》
《そうだったわ》
《ありがとう孤狼さん!》《起きたら伝えておくからな!》
《孤狼さんもしっかり休んでくれよ!今日は絶対疲れただろうからな!》
「……おやすみなさい。伊吹さん」
そう言ってログアウトしていく孤狼。
その後ろ姿を見て、視聴者達は孤狼に感謝の言葉を残していた。
伊吹は翌朝の8時まで眠っており、眠っている時のアーカイブはカットされて公開されることになったが、既に切り抜きが起きておりお姫様抱っこされる伊吹の映像がネットに広がっていた。