LateNightRacing(時々変わってる) 作:灰崎 快人
「さてと、私は色々と聞きたいことがあるんだけどね~?伊吹」
伊吹の姉である透は、RX-8のボンネットに腰を僅かに添えて伊吹を見ていた。伊吹は苦笑いしており、なんとなく彼女が言わんとしていることを察している様子だった。
パーキングエリアの一角、そこで姉妹同士の会話が始まったため、孤狼は少し離れたところで見守ることにしていた。
「今配信は~?」
「し、してないです……」
「しなさいよ!」
「ごめんなさい!」
練習するのであれば配信しろと、配信者歴の長い姉に怒られてしまい、伊吹は身体を萎縮させてしまってた。まだゲームを始めて一ヶ月も経っていない伊吹の成長を、視聴者達と見届けるためにもカメラはしっかり回しておくこと、そうお説教されてしまっていた。
《そういえば伊吹ちゃん配信枠なかったな》
《ガチで練習するために、配信しなかったのかもな……》
透の配信画面ではそんなコメントが流れていたが、その中には少し寂しいというコメントも紛れ込んでおり、やはりしっかりと配信した方が良いと透は注意していた。
「とりあえずお説教はここまで。あとは、あの人についてしっかり説明して貰うからね?」
「は、はい……」
そうして、伊吹は孤狼咲夜について話し始めていた。孤狼自身もそれに気が付いたのか、近くに歩いてきてくれていた。
「えっと、こちら孤狼咲夜さん。私がこのゲームを始めてから数時間後、事故に巻き込まれたところを救ってもらいました。孤狼さんにFD3Sを無料で修理して貰っている間に、このゲームの非公式バトルの様子や首都高での走らせかた、あと初心者公式レースについて教えて貰ったりしてました」
「……後半の配信は?」
「……してないです」
「い~ぶ~き~?」
「ご、ごめんなさい~!!!」
そんな姉妹の様子を、孤狼は黙って見守っていた。彼には配信のコメントも見えていないため、ただ姉が妹を問い詰めているようにしか全く見えなかった。
「……これが姉妹、か」
《まぁ、うん……そうかな?そうかも……》
孤狼の発言に、視聴者達は納得できるような納得できないようなコメントを漏らしていた。孤狼は二人の会話が終わるまで銀色のFD3Sのボンネットを開けてエンジンを確認していた。伊吹が210㎞まで踏めたのであと30㎞は速く走らせらせることが出来れば、ノーマルのFD3S(リミッター解除)の最高速度ほどになる。勿論メンテナンスなどしっかりした上で走らせるのを繰り替えさせていた、その費用はしっかり伊吹から頂いているが、他整備士の7割引きの値段で提供していた。
最初こそ「良いんですか!?」と言われたが、孤狼がどうせならこの世界を全力で楽しんで欲しいと言ってこの値段の提示だった。そのおかげで伊吹は初心者公式レースで入賞するようになると、喜んで孤狼のガレージに戻ってくるようになっていた。
オイル交換は1500㎞で交換、点火プラグはオイル交換と一緒に、バッテリーも冷却水は走りに行く際に確認だった。エンジンのオーバーホールはドライバーである伊吹が違和感を感じ次第確認してくれており、定期的なメンテナンスも孤狼が行ってくれていた。
FD3Sの純正ホイールは16インチだが、孤狼が17インチに勝手に変更していた。TE37 SAGA SーPLUSのマットブラックに変更され、タイヤもPOTENZA S007Aを装着されていた。こちらは高いグリップ力と快適性・静粛性を兼ね備えたプレミアムスポーツタイヤであり、ウェット路面での性能も非常に高いため、雨の日でもある程度走らせることが出来る。
実はこの構成、孤狼のFD3Sと全く同じ構成だった。
2台の違いはチューニングされているか、ドライバーの技量だけだろう。
松田姉妹の話が終わったのか、透が孤狼に近づいてきていた。
何か気になることでもあるのかと思えば、みなとみらいの一件を話していた。
「あの時簡単に追い抜かれたRX-8のドライバーで、伊吹の姉の松田透です。伊吹がお世話になってます」
「……別に、よく頑張ってる」
孤狼はそう言って伊吹の方を見ていた。彼は伊吹のFD3Sのデータを取っており、そこからノーマルFD3Sの走らせ方をアドバイスしていた。時には自ら伊吹のFD3Sを運転し、水温・油温・油圧について話ながらも240㎞という速さで首都高を走らせていた。その後しっかり無償で点検しているため、伊吹にとっては教科書のような存在だった。
「……伊吹はまともだから、アクセルを踏むのにも少し躊躇いがある」
「でしょうね。伊吹はしっかり者だから。それにこの手のレースゲームも今回が初めてだから、右も左も分からない完全な
透はおっとりした口調を忘れたように、真面目な顔で孤狼と話をしていた。
「別に珍しいことじゃない、配信者の影響でよく人が入ってくる。伊吹が事故に遭った日、TOYOTA・クラウンのチーム「ロイヤル」が全員永久追放を受けた。理由は2つ、1つは一台をスピンを誘発して事故らせたこと。これは伊吹。もう一つは古参チームの車にぶつけて全損させた、ドライバーは車を放棄して仲間のクラウンで逃げたことで共犯判定。他メンバーのドライブレコーダーから、ぶつける気が最初からあった事が分かって全員共犯判定。結果とチーム「ロイヤル」は完全消滅した」
「……そう、そうなのね。でも仇討ちしたかったかな」
「そんなやつらと走って、無事に帰れる保証は無いけど?」
孤狼にそう言われると、透は黙ってしまった。もしその事故が伊吹でなく自分だったら上手く交わせていたのか、ぶつけられても立て直すことが出来たのか、それは誰にも分からない。技術のあるドライバーや、古参のプレイヤーになれば、仮に出くわしたとしても関わることすらしないだろう。万が一絡まれたとしてもすぐにパーキング、もしくは首都高を降りて落ち着くまで待つのが賢明な判断と言える。
「俺の知り合いの
孤狼はFD3Sのボンネットを閉めると、透のRX-8を見ていた。
「エイトか、しかも特別仕様車のスピリットR……エンジン見せて」
「いいよ~」
透はRX-8のボンネットを開けるとすぐにターボ化したことに気が付いたらしい。
「へぇ……シングルターボか、しかも大型のGT2835Rクラス。エキゾーストマニホールドにタービンアウトレット・フロントパイプ、インタークーラシステムにブローオフバルブもしっかり取り付けてある。ECUは?」
「しっかりターボに合わせて燃料噴射量、点火時期マップを作成してるよ~」
「……そう」
何か思うことがあるのか、孤狼は何か考えている様子だった。伊吹と透は不思議そうな顔をしていたが、彼が何も言わないためあまり気にすることはなかった。孤狼が「ありがとう」といってボンネットを閉めると、伊吹と向かい合っていた。
「……ごめん、今日はこれ以上付き合えない。少し用事が出来た」
「えっ!?あ、いえいえ!元々無理矢理教えてもらってるような物ですし!私のことは気にしないでください」
「……また金曜日の夜にログインできたら、メッセージで教える」
「はい!ありがとうございます!」
「ガレージの合鍵、無くしてないよね?ガレージは半分開けておく、戻ってきたら閉めて」
「わかりました!」
孤狼はFD3Sに乗って一足先に首都高に戻ってしまった。
残された姉妹はつかの間の姉妹コラボとして、配信を盛り上げていた。
《そういえばこのゲームでしっかりコラボするのは初めてだな、というか今日初めて合流した訳だし》
《そういえばそうか。それにしても姉妹揃ってマツダ車を選ぶなんて、血筋かな?それとも似たもの同士ってことかな?》
そんなコメントが上がれてくる。確かに言われてみれば姉の透はRX-8、妹の伊吹はRX-7を愛車として選択していた。どちらもマツダが誇っているロータリーエンジン搭載車両、どちらもマニュアル車だった。
「血筋、かもね?」
「そうだね」
2人は顔を見合わせて笑っており、伊吹に至っては配信を始めていた。今から姉妹でドライブ配信しながら雑談をすることにしたらしく、2人のマシンはBluetoothやUSB端子が標準装備されている訳ではないため、携帯電話を固定しそこにインカムを接続することで会話を可能にしていた。
なお視聴者達は当たり前のように2窓しており、二人の会話を聞いていた。
「伊吹もフライアークの拠点に来れば良いのに。そうすればガレージも広いし家も広いから、ゲームでもゆったり出来るよ?」
「もしかして、このゲームで配信してなかったのって私だけ?」
「そうだよ。ちなみに
「……伊吹、あんまり言いたくないんだけどさ」
「……何?」
「あの人と関わるのは、私は正直オススメしないかな……」
透の発言に、伊吹は少し驚いていた。それは彼女だけではなく配信を見ていた視聴者達もだった。
「どうして……?」
「どうしてもなにも、あの人はいくら何でも怪しすぎるよ。確かに私のRX-8を見ただけでどんなチューニングがされてるのか、瞬時に見抜いていたけど……それでも分からない事が多すぎると思う。うちのメカニックなら伊吹にあったチューニングをしてくれると思うし……」
その言葉に伊吹は納得できないのか、反発するように速度を上げていた。透の言ったことは確かなのかもしれない、こじんまりとした一軒家で整備士をしているプレイヤーとフライアークに所属しているチームメカニック。どちらが立場的に責任があり技量があるのか、ぱっと見たところでは後者の方が確かな実力があるように見える。
しかしこのゲームが発売されたのは僅か2年前であり、フライアークがこのゲームを始めたのはサービス開始の1年後。孤狼咲夜はサービス開始から始めているため、その1年という大きな差を埋めることは難しい。
さらに言ってしまえばチームのメカニックはフライアーク所属メンバーが、ノウハウ無しで一からメカニックを学んで資格を取っただけ。つまり実戦的なチューニングなどは模索中、メンバーが同じマシンを愛車としている訳では無いためチューニング方法も多少変化する。
孤狼の腕はまだ不明な点はある、しかしFC3Sをあそこまでチューニング出来る時点で腕があるのは確かだろう。
「ごめん、お姉ちゃん……合流するのはもう少し後にさせて。今は、このまま」
「伊吹……良いけど、絶対に半年以内に来てね。多分そこまでしか待てないから」
「……わかった」
伊吹が走り去っていくのを、透は追うことなく眺めていた。透にとって伊吹は妹で同じフライアーク所属メンバー、妹の意志を尊重するか同じメンバーとして引き連れるかその判断は前者を尊重することが基本的だった。しかし透はいつの日か必ずフライアーク所属の「松田伊吹」としてチームガレージに来てくれると信じていた。
「……伊吹が来るまで、私達がフライアーク代表として頑張らないとね」
《まぁ伊吹ちゃんのマシンはまだノーマルだからな、これからどんどん強くなって腕前も上がっていくだろ》
《それまでは、透や薫そして神楽と空道、健気がメインで走るのか。あとメカニックになった南見のレベリングに付き合っている伊月に期待するしかない》
《それにしても、何者なんだ?その孤狼咲夜って……》
謎多き人物、孤狼咲夜について未だに分からないことの方が多い。透も視聴者達も伊吹と彼の関係をより深く知りたいと僅かに心が揺れ始めていた。
「……もしもし。うん、ちょっと仕事お願いしたくて」
薄暗いガレージを蛍光灯が照らし、銀色のボディが輝いていた。その隣で電話をしているのは孤狼咲夜、FD3Sそしてあの白いFC3Sのドライバー。
そんな彼が電話している相手はわからないが、パーツの製造をお願いしているのを考えるに、簡単に想像できるだろう。
『……RX-8用のパーツ?お前が乗ってるのはRX-7だろうが』
「……すこし気になってて。RX-8にも手を出そうかなって」
『はぁ……ロータリー馬鹿が』
「馬鹿で結構……出来る?」
『良いだろう、1週間で仕上げてやる……金はいつも通り前払いだ』
「……わかった」
指定された金額を打ち込み、電話先のプレイヤーに送金する。その動きは慣れており、迷いもなかった。
『……確認した。ターボキット本体に冷却系・燃料系・点火系・排気系・駆動系。おいおい、RX-8を本格的なターボ化するつもりかよ』
「うん、他に必要になったら連絡する」
「……はいよ、最高のパーツを届けてやる」
「ありがとう、雨宮」